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姉を狙う婚約者も、姉を追い出した元夫も、まとめて返り討ちです!  作者: さんけい


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11/36

11 反撃はこれからきちんと

 私はそこで、アーシャの手元に気づいた。細い指に嵌まっている、淡い色石の指輪。

 見覚えがある。姉上がまだ婚約中、春の庭で本を読んでいた時にしていたものだ。


「母上」

「何かしら」

「指輪もです」


 全員の視線がアーシャの手へ落ちた。アーシャは慌てて手を隠そうとしたけれど、遅い。


「それも、カルダン様が?」


 私が訊くと、アーシャは唇を噛んだ。


「……そうよ」

「まあ」


 私は目を細める。


「人の婚家と持ち物を手に入れても、まだ足りなかったのですね」


 アーシャの顔が歪んだ。


「何よ」


 初めて、剥き出しの声が出る。


「だってあの人は、何をしても黙っていたじゃない」

「アーシャ!」

「そうでしょう!?」


 カルダン様が止めるより早く、アーシャは声を張った。


「いつも静かで、綺麗で、文句も言わないで……そんな顔をしているから、周りも皆あの人ばかり庇うのよ!」

「庇われる理由があるからでしょう」


 私は言い返した。


「少なくとも、他人の宝石を身につけて開き直る人よりは」

「あなたに何がわかるのよ!」

「ええ、わかりませんわ。姉の居間に勝手に入り、姉の席に座り、姉のものを使う趣味は私にはありませんもの」


 アーシャが息を荒くする。泣きそうなのか、怒っているのか、その両方か。たぶん全部だ。

 でも母上は、そういう荒れ方には少しも動じなかった。


「なるほど」


 とだけ言って立ち上がる。


「状況はよくわかりました」

「ベルジャン侯爵夫人」


 ドルメーユ侯爵夫人が立つ。


「どうなさるおつもりです」

「どうもいたしませんわ」


 母上は優雅に手袋を整えた。


「まずは、不足品の一覧を正式に送ります。現物の返還を求めるとともに、返還不能の品については相応の補償を」

「そんな」


 カルダン様が顔をしかめる。


「大げさでは」

「大げさ?」


 私はもう笑うしかなかった。


「姉上の宝石を愛人に与えておいて?」


 母上は私を制さず、そのまま続けた。


「加えて、パールの名誉を損ねた件についても、こちらは改めて文書でお話しすることになるでしょう」

「名誉?」


 ドルメーユ侯爵夫人が低く言う。


「離縁は家同士で合意したこと」

「だからといって、雑に扱ってよい理由にはなりません」


 母上の声は静かだった。


「ドルメーユ侯爵夫人。あなた方はたぶん、あの子が泣き寝入りすると思っていたのでしょう。そうして、荷物を返し、話を終えたことにしてしまうおつもりだった」

「……」

「残念でしたわね。あの子には実家がございますの」


 その言葉を聞いた瞬間、私は胸の奥が熱くなった。ああ、と思う。こういう時の母上は、本当に美しい。

 アーシャはもう椅子に座り込むようにして黙っていた。

 カルダン様は完全に言葉を失い、ドルメーユ侯爵夫人だけがかろうじて体裁を保っている。

 でも、その体裁も少しずつ剥がれていた。

 古い家の重み。名家の面子。それらが、母上のごく丁寧な言葉で、一枚ずつはがされていく。


「アンバー」


 母上が振り向く。


「もう十分です。帰りましょう」

「はい」

「真珠の留め具と指輪は?」


 思わず訊くと、母上はほんの少しだけ唇を上げた。


「それも文書で返していただきます」

「今ここで返させないのですね」

「ええ。証拠として、今は相手の手元にあることが大事ですもの」


 私は心の中で、もう一度拍手を送った。さすがだ。

 その場で取り返してすっきりするより、後から逃げられない形にしたほうが強い。


 ◇


 玄関へ向かう途中、廊下の窓から庭が見えた。広い芝生と、まだ芽吹いたばかりの木々。土の匂いがしそうな景色だった。

 こういう庭を見れば、この家が本来どれだけ豊かな土地を持っているかはわかる。けれど、その豊かさを受け継ぐ人間がこの有様では、いずれ土台まで傷むのではないかと思えてならない。

 馬車へ乗り込むと、私はやっと息を吐いた。


「母上」

「何かしら」

「今日の私は、少しだけゆっくり言えた気がします」

「ええ、合格です」

「嬉しいです」

「ただし最後の一言は少々刺しすぎました」

「どれでしょう」

「“姉の婚家と持ち物を手に入れても、まだ足りなかったのですね”」

「やっぱり」

「でも、私も同じことを思っておりましたので、大目に見ます」


 私は吹き出した。

 馬車が動き出す。窓の外で、ドルメーユ侯爵家の門がゆっくり遠ざかる。

 真珠の留め具はまだ向こうにある。指輪も、小冠も、青い耳飾りも、たぶんまだ。

 けれど、もういい。

 今日見た。今日聞いた。今日、相手の口からこぼれた。

 それだけで十分に、次へ進める。


「アーシャ、思ったより浅かったわ」


 私はぽつりと言った。


「ええ」


 母上が頷く。


「浅い人ほど、よそのものを奪えば自分が高くなれると勘違いするのです」

「でも結局、自分で崩しましたね」

「その通り。助かりますわ」


 助かる、で済ませるあたりがやっぱり怖い。

 私は膝の上で手袋を整えながら、春の光のなかを流れていく王都の通りを見た。

 姉上のものは、まだ全部戻っていない。姉上の傷だって、こんな一日で消えるわけではない。

 でも少なくとも、今日ではっきりした。ドルメーユ侯爵家は、やはり押し切れると思っていた。

 アーシャは奪ったものを自分の勝利の印のように身につけていた。カルダン様はそれを止めず、止められず、今になって“大げさだ”と言った。

 だったら、もう容赦はいらない。ベルジャン侯爵家が次に返すのは、確認ではない。

 きちんとした形の、反撃だ。

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