第8話 明日、学校で、全部バレる
もう、逃げ場は、どこにもなかった。
翌朝、目が覚めると、窓の内側が、うっすら、曇っていた。
優奈のSNSは、静かに、燃え広がっていた。
昨夜の『幼馴染がバズ作家かもしれない件』の投稿に、クラスメイトたちが、次々と、反応していた。誰? 誰のこと? と。優奈は、名前こそ伏せていたが、思わせぶりなヒントを、小出しにしていた。
『小説書いてるって、昔から知ってた』『地味で、目立たない子』『でも、意外と、芯があるっていうか』
外堀は、もう、ほとんど、埋まっていた。
俺は、スマホを握ったまま、しばらく、動けなかった。名指しされる、その一歩手前で、みんなが、答えを待っている。あとは、誰かが、俺の名前を、口にするだけ。それだけで、全部が、決まる。
止める方法を、俺は、必死で考えた。でも、どこにも、なかった。優奈の記憶も、翔太の好奇心も、特定班の執念も、俺の力では、どうにもならなかった。
***
学校へ行くと、空気が、変わっていた。
廊下を歩くだけで、視線が、まとわりついてくる。あいつじゃないか、いや、と、ひそひそ声が、俺の背中を追ってくる。
教室に入ると、翔太が、俺を待っていた。
「よう、秋月」
にやついた顔で、俺の肩に、なれなれしく手を置く。
「なあ、優奈が言ってる幼馴染って、お前のことなんだって? 冬野結ってさ、お前なの?」
教室中の目が、一斉に、俺に集まった。
俺は、答えなかった。答えられなかった。
翔太は、俺の沈黙を、面白そうに、眺めていた。
「まあ、明日にでも、はっきりするよな。特定班、もうすぐ確証つかむらしいし。……お前が本物なら、俺、一枚噛ませてもらおうかな。同じクラスのよしみでさ」
打算の匂いが、ぷんとした。
こいつは、俺の正体を、自分の手柄に、しようとしている。バズった作家の、同級生。その肩書きを、着たがっている。
俺が、底辺だった頃は、視界にも入れなかったくせに。数字が動いた途端に、これだ。
人の目というのは、こんなにも、簡単に、変わる。俺は、そのことに、ぞっとした。もし本当にバレたら、この教室の全員の目が、こんなふうに、変わるのだ。
***
その日は、地獄みたいに、長かった。
放課後、俺は、コートの前も合わせずに、逃げるように、タワマンに帰った。
「もう、隠しきれない」
俺は、ソファに崩れ落ちた。
「明日にでも、バレる。俺が、冬野結だって。学校中に、この街中に」
こわかった。バレたら、静かに書けなくなる。あの六畳で、零時二分の一人に向けて書いていた、あの静けさが、二度と、戻ってこない。
暦は、俺の前に、そっと膝をついた。
そして、俺の、キーボードで硬くなった手を、両手で、包んだ。指先を冷やさぬための、あの手袋の上から。
「神様。一つ、訊いてもいいですか」
彼女の声は、静かだった。
「あなたが、こわいのは――有名になることですか。それとも、書けなくなることですか」
俺は、掠れた声で、答えた。
「……書けなくなることだ。誰かの夜に、届けられなくなることだ」
暦は、微笑んだ。
「なら、大丈夫です」
彼女の灰色の瞳が、まっすぐ、俺を射た。氷ではなく、燃えるような、静かな熱で。
「あなたが書ける場所は、わたしが、守ります。世界中が、あなたを、笑っても」
***
暦は、立ち上がった。
窓の外の、暮れかけた光を、背にして。
「明日、学校で、あなたの正体が、バレるでしょう。……止められません。もう」
俺は、顔を上げた。
「でも、覚えておいてください。神様」
彼女の声が、静かに、宣言した。
「あなたが、公衆の面前で、笑い者にされるなら――そのときは、わたしも、隠しません」
「……隠さないって、何を」
「わたしが、あなたの、いちばん古い信者だということを」
俺は、息を、呑んだ。
氷の令嬢。学校で、誰も近づけない、完璧無比な、あの如月暦。
その仮面を、彼女は、俺のために、公衆の面前で、脱ぐ気だ。
「暦。それは、だめだ。君が、どうなるか――」
「かまいません」
暦は、静かに、笑った。
「この仮面は、わたくしが、被ったものです。使いどころくらい、わたしが、決めます」
窓の外で、街の光が、一つずつ、灯りはじめた。
明日。
学校で、全部が、バレる。
俺が「冬野結」だということも。
そして――氷の令嬢の、隠された、その本性も。
「あなたが笑い者にされるなら、わたしも隠しません」。氷の令嬢が、公衆の面前で仮面を脱ぐと宣言する——その覚悟にぞくっとしたら【びっくり】を。明日、全部がバレる。続きはブクマで。




