3-5-5 Hands on Deck
BEEFがDJブースに立った。
さっきまで店内に流れていた音が、少しだけ下がる。
クラブの空気が、自然に一点へ集まっていった。
「BEEF回すの?」
「マジで?」
「一曲だけ?」
「え、リバクラも立った?」
「何これ、急に始まるやつ?」
フロアの客たちは、事情を知らない。
ここがリバックラインの歓迎会だということも。
この場が、ただの飲み会ではなくなりつつあることも。
リバクラ三人が、なぜ今この曲を選んだのかも。
誰も知らない。
ただ、BEEFがDJブースに立った。
リバクラ三人がマイクを受け取った。
それだけで、空気はもう変わっていた。
店内のスタッフが、スマホを構えかけた客に軽く手を上げる。
「撮影はご遠慮ください」
この店は撮影禁止だった。
写真も動画も残らない。
切り抜きも上がらない。
誰かの顔が、勝手にネットへ流れることもない。
だからこそ、今ここにいる人間だけが受け取る時間になる。
mcRCは、それを確認するように一度だけ店内を見た。
それから、リバックライン五人の席へ視線を向けた。
Kate。
Miwa。
Nina。
Sara。
Yui。
五人とも、まだ何が始まるのか分かっていない顔をしている。
でも、mcRCの目線で、自分たちに何かが向いていることだけは分かった。
mcRCがマイクを上げた。
「ちょっとだけ、言わせて」
フロアが静かになる。
BEEFは何も言わず、フェーダーに指を置いている。
wataは、少しだけ照れたように笑っている。
EGUIは、まっすぐリバックラインを見ている。
mcRCは、五人の方へ向いたまま言った。
「リバックライン」
その言葉に、五人の肩がわずかに揺れた。
周りの客が、ぽつぽつと反応する。
「リバックライン?」
「あの五人のこと?」
「チーム名?」
「関係者?」
mcRCは、個人名を出さなかった。
代わりに、役割を呼んだ。
「外部連絡。物販。広報。権利確認。庶務」
Kateが静かに目を伏せた。
Miwaが口元を押さえた。
Ninaが息を止めた。
Saraが姿勢を正した。
Yuiが、置いていたペンを見ないようにした。
mcRCは続けた。
「俺らの音は、俺らだけじゃ届かない」
wataが小さく頷く。
EGUIも、リバックライン五人をまっすぐ見ている。
「名前を晒すためじゃない。俺らが、ちゃんと見えてるって言うために、今だけ言わせてくれ」
フロアは静かだった。
誰も茶化さなかった。
リバックライン五人の素性を暴くような空気でもなかった。
むしろ、逆だった。
個人名を出さない。
役割だけを呼ぶ。
撮影もできない。
ネットにも上がらない。
でも、この場にいる人間には分かる。
いま、リバクラは、誰かの手を見ている。
mcRCが短く言った。
「Hands on Deck」
次の瞬間。
Hands on Deckのイントロが、クラブの床に落ちた。
最初に鳴ったのは、派手な音ではなかった。
低く、短いキック。
少し跳ねるベース。
奥で光るシンセ。
そこにBEEFが、ほんの少しだけクラップを刻む。
強く煽らない。
でも、身体が勝手に前を向く。
BEEFはDJブースの中で、顔を上げなかった。
でも、見ていた。
フロアの反応。
リバクラ三人の立ち位置。
リバックライン五人の席。
客がどこまで近づいてくるか。
全部、見ていない顔で見ていた。
mcRC、wata、EGUIは、まだステージに立っているわけではない。
テーブルの近くから、手持ちのマイクで始める。
完全なライブではない。
でも、音はある。
BEEFがいる。
リバクラがいる。
リバックラインがいる。
周りの客も、もう見ている。
だったら、ここはもう、半分ステージだった。
mcRCが、リバックライン五人を見た。
≫ Unseen hands
≫ 今は見えてるぜ
その一行で、Miwaの顔が変わった。
Ninaが息を止めた。
Saraが一瞬だけ目を伏せた。
Yuiは、反射的にメモを取ろうとして、手を止めた。
Kateは姿勢を崩さなかった。
でも、指先だけが少し動いた。
周りの客は、まだ意味までは分からない。
「Unseen hands?」
「見えない手?」
「今は見えてるぜ、って言った?」
「さっきのリバックラインって人たちに?」
「外部連絡とか物販とか言ってたよな」
「裏で支えてるチームってこと?」
wataが続く。
≫ 見てた背中
≫ 見られてた日々
EGUIが低く重ねる。
≫ それが trust に変わって
≫ 次の手になる
BEEFが、そこでベースを少しだけ持ち上げた。
音が広がる。
曲が、歓迎会の空間を一段大きくした。
さっきまでテーブルの中にあった会話が、フロアへ漏れ出していく。
客たちは、曲の事情を知らない。
でも、リバクラ三人が、何かをちゃんと誰かに渡そうとしていることは分かった。
mcRCが、もう一歩だけ前に出る。
≫ Hands on deck
≫ ここから上げてく
BEEFがクラップを入れる。
軽い。
でも、鋭い。
フロアの奥から、誰かが小さく声を出した。
「おお」
それが合図みたいに、客が少しずつ近づいてきた。
まだ大きく騒ぐ空気ではない。
でも、見たい。
何が始まったのか、確かめたい。
そんな空気が、床を押してくる。
Hookに入る。
三人の声が重なる。
≫ Hands on deck
≫ 任せられる手がある
≫ Hands on deck
≫ ここから上げてく
「うわ、いいな」
「曲かっこよ」
「BEEF、ちゃんと合わせてる」
「これ即興?」
「いや、曲はあるっぽい」
「でも今ここでやる意味がありそう」
「リバックラインへの曲ってこと?」
「役割だけ言って始めたの、なんかいいな」
BEEFは、そのざわめきを聞きながら、キックを少しだけ太くした。
クラブの客が身体を揺らし始める。
リバクラ三人は、最初は席の近くで歌っていた。
でも、客が寄ってくる。
自然に、真ん中が空く。
DJブースの正面に、人の視線が集まる。
誰かが道を開ける。
誰かが「前行けよ」と小さく言う。
リバクラ三人は、顔を見合わせた。
wataが笑った。
「行くしかないやつやん」
mcRCが小さく頷く。
EGUIが、もう前を向いている。
三人は、DJブースの正面へ出た。
完全なステージではない。
でも、そこに立てば、もう逃げられない。
BEEFの音が、三人の背中を押す。
客が沸いた。
「来た!」
「リバクラ前出た!」
「なんか始まったぞ!」
「BEEFとリバクラ、ここでもやるのかよ!」
「贅沢すぎるだろ!」
リバックライン五人は、席に残ったままだった。
でも、リバクラ三人の目線は、何度もそこへ戻る。
観客も、それに気づき始める。
「やっぱ、あの席見てるよな」
「あの五人?」
「さっきのリバックラインって人たちか」
「泣いてない?」
「これ、あの五人への曲?」
「まじで?」
mcRCのバースに入る。
BEEFは、音を少し引いた。
mcRCの声が前に出る。
≫ 夜の机に 通知が積もる
≫ 昨日の拍手が 数字に変わる
Kateが、静かに息を吸った。
その数字を見ていたのは、自分だった。
フォロワーの増減。
投稿数。
切り抜きの伸び。
問い合わせの整理。
外へ出す言葉の整え方。
ステージの上には見えない仕事。
でも、今、歌になっていた。
≫ 紙の山
≫ 未読の列
≫ 返す言葉
≫ 止まるペン
Kateは、ほんの少しだけ目を伏せた。
外部連絡の文面を何度も直した夜を思い出した。
強すぎる言葉を弱めた。
弱すぎる言葉を立て直した。
BEEFを茶化しすぎないようにした。
リバクラの熱を削りすぎないようにした。
mcRCは、そこを見ていた。
≫ 好きな音を守りたいのに
≫ 音じゃないことで 夜が削れる
そのラインで、Kateの目元が少しだけ揺れた。
Miwaが隣で小さく肩を震わせる。
Kateは、いつものように整えようとした。
でも、今回は整えきれなかった。
「Kate、今の……」
Miwaが声をかける前に、Kateは小さく首を振った。
「大丈夫です」
大丈夫ではなかった。
でも、崩れたくない顔だった。
mcRCは、Kateを見たまま続ける。
≫ 上からじゃない
≫ 横に来る hands
≫ 引っ張るんじゃない
≫ 並んで push
Kateの目から、一筋だけ落ちた。
すぐに拭った。
でも、間に合わなかった。
近くにいた客が気づいた。
「え、泣いてる」
「やっぱあの人たちに向けてる?」
「今の、外部連絡の人のこと?」
「裏方の話?」
「え、こんなん直接歌われたら無理だろ」
mcRCは、その声も聞こえていた。
でも、煽らない。
ただ、歌う。
≫ 「少し持つよ」
≫ それだけで分かった
≫ ここまで来たこと
≫ 間違いじゃなかった
Miwaが、もう耐えられなかった。
静かに、でも完全に泣いた。
いつもの「目から水」では誤魔化せないくらいに。
Yuiが紙ナプキンを渡そうとして、手を止めた。
今は、作業ではなかった。
ただ、隣にいるだけでよかった。
Hookが戻る。
≫ Hands on deck
≫ 任せられる手がある
≫ Hands on deck
≫ ここから上げてく
客はもう、ただ見ているだけではなかった。
リズムに乗っている。
手も上がり始めている。
でも、目線は何度もリバックラインへ行く。
「あの五人、全員来てるぞ」
「これ、完全にあの人たちへの曲だろ」
「外部連絡、物販、広報、権利確認、庶務って言ってたよな」
「普通そこ歌にする?」
「でもそこを見てるのがリバクラなんだろうな」
「直接名指ししないのが逆にやばい」
「こんなん嬉しすぎるだろ」
「人生五回はやり直せるわ」
「男でも泣くわ」
「俺ならちびるかもしれん」
「それは耐えろ」
「いや無理だろ、推しに“見えてる”って歌われるんだぞ」
「まじでうらやましい」
「こんなプレゼントある?」
BEEFは、そのコメントを聞いていた。
少しだけ、音を明るくした。
感動に沈ませすぎない。
泣かせるだけでは終わらせない。
上げる。
それがBEEFの判断だった。
wataのバースに入る。
wataは、最初にMiwaを見た。
それから、Ninaを見る。
そして、リバックライン全員を見る。
≫ 見てた
≫ 見えてた
≫ でも手は出せてなかった
wataの声は、少しだけ苦かった。
自分たちだけでは持ちきれなかったもの。
でも、誰かが手を出してくれた時に、素直に喜べなかった気持ち。
嫉妬と感謝が混ざる、あの嫌な感じ。
それを隠さずに歌う。
≫ あいつはいつも精一杯
≫ 正解ない道で限界手前
Miwaは、mcRCを見た。
あの人は、いつも何かを持ちすぎていた。
言葉も、景色も、責任も、客席も、次の曲も。
だから、手伝いたかった。
物販でも、客の声でも、少しでも持てるものがあるなら持ちたかった。
wataが続ける。
≫ 助けの輪が そいつに触れた時
≫ 胸の奥で 変な音がした
Ninaが、目を伏せた。
告知を作る時、怖かった。
伸ばすことはできる。
でも、伸ばし方を間違えれば、リバクラの大事なものを雑に消費する。
熱を数字に変えるのではなく、次に届く形にする。
それができているのか、いつも迷っていた。
≫ なんで俺じゃない
≫ なんて最低な判定
wataが苦笑するように歌った瞬間、客席が少し笑った。
でも、笑いは浅くない。
分かる、という笑いだった。
「その感情まで歌うのかよ」
「手伝ってくれた人に嫉妬したってこと?」
「最低って自分で言うの強いな」
「でもリアル」
「感謝だけじゃ綺麗すぎるもんな」
wataは逃げない。
≫ でも違う
≫ これは luck じゃない
≫ 積んだ stance が
≫ 呼び込んだ chance
BEEFが、そこにMPC Chopを軽く入れる。
言葉の切れ目を刻む。
stance。
chance。
trust。
hands。
音が跳ねる。
クラブの空気が一気に上がる。
Ninaは泣きながら笑った。
「ずるい……」
Saraが隣で小さく頷く。
「これは、かなりずるいです」
Yuiが、目元を押さえた。
「記録……できません」
Miwaが泣きながら笑う。
「今日はしなくていいです」
Yuiは頷いた。
「はい」
wataは続ける。
≫ Unseen hands
≫ now hands on deck
≫ 見えない支えが
≫ 前線へ connect
その一行で、Ninaが崩れた。
告知。
広報。
切り抜き。
投稿タイミング。
言葉の温度。
それは前線ではないと思っていた。
ステージの後ろ。
客席の外。
数字の裏。
でも、今、前線へconnectと言われた。
自分たちの手が、音の前に出てもいいと言われた気がした。
「Ninaさん……」
Saraが声をかける。
Ninaは首を横に振った。
「無理です」
「何がですか」
「耐えるのが」
その声に、近くの客がまた気づいた。
「広報の人までいった」
「やっぱ役割ごとに刺してるんだ」
「リバックラインって裏方チームなんだな」
「ファン兼サポートみたいな感じ?」
「それを曲にしてんの?」
「最高かよ」
「推しが裏方の仕事見て曲にしてくれる世界、どこ?」
「ここ」
「ここかよ」
「撮影禁止なの惜しいけど、逆にここだけのやつだな」
「ネットに上がらないの、たぶんその方がいい」
「五人守られてる感じある」
「曲で感謝して、でも晒さないってことか」
BEEFは、その盛り上がりを聞いて、少しだけ口元を動かした。
使える。
この熱は使える。
wataの最後が落ちる。
≫ 精一杯の神様は
≫ 空から降りるんじゃない
≫ 積み上げた跡を見た誰かが
≫ 手を伸ばすんだ
BEEFはそこで音を少し抜いた。
wataの言葉だけが、届きやすくなる。
リバックライン五人は、もう全員がそれぞれの形で崩れ始めていた。
Kateは静かに涙を落とす。
Miwaは完全に泣いている。
Ninaは笑いながら泣いている。
Saraは目元を押さえ、姿勢だけは保っている。
Yuiはペンを置いたまま、何も記録しない。
客席が、だんだん理解していく。
「五人全員泣いてる」
「これはもう確定じゃん」
「この曲、リバックラインへの曲だ」
「名前は出したけど、個人は出してないのいいな」
「めちゃくちゃ粋じゃん」
「直接“ありがとう”じゃなくて曲で返すの、リバクラすぎる」
「BEEFが回してるのもやばい」
「さっきまで揉めてた相手が、今その感謝曲回してるんだろ?」
「情報量多すぎる」
「でも音がかっこいいから全部入ってくる」
EGUIのバースに入る。
BEEFは、音を支えるだけにする。
EGUIの声が、まっすぐ通る。
≫ 助けることは
≫ 義務じゃない
≫ 助けたいと思うまで
≫ その人を見てきたってことだ
Saraが、そこで息を止めた。
権利確認。
止める役。
確認する役。
危ないと言う役。
場の空気を重くするかもしれない役。
それでも、やる必要がある。
リバクラが人を雑に扱わないために。
BEEFを茶化しすぎないために。
客席の声を勝手に使い潰さないために。
助けることは義務じゃない。
助けたいと思うまで、その人を見てきたってことだ。
Saraは、初めて少しだけ肩を震わせた。
Kateが、隣からそっと紙ナプキンを渡す。
Saraは受け取った。
何も言わなかった。
言えなかった。
EGUIは続ける。
≫ 信頼は
≫ 急に生まれない
≫ 言葉より前に
≫ 日々が積もる
Yuiが、静かに泣き始めた。
作業表。
日程。
担当。
確認項目。
終電。
導線。
誰が何を持つのか。
目立たない。
拍手もない。
でも、日々が積もる。
言葉より前に、積もっている。
EGUIの声が、そこを逃がさない。
≫ 誰も見てないと思った夜も
≫ 誰かの記憶には残ってる
Yuiは、ペンに触れた。
でも、握らなかった。
記録するより、受け取る方を選んだ。
「Yuiさんまで……」
Miwaが涙声で言う。
Yuiは小さく頷く。
「これは、記録できません」
「なんで?」
「手が震えます」
その一言に、リバックラインの五人が少しだけ笑った。
泣きながら。
周りの客も笑った。
でも、茶化す笑いではない。
「庶務の人まで泣いた」
「役割ごと刺してるんだ」
「これ、五人それぞれに刺さるように作ってる?」
「準備えぐくない?」
「そうだよな。これ、急にできないだろ」
「ちゃんと見てないと書けない」
「準備が大事ってこういうことか」
「普段見てたから、今歌えるんだろ」
「リバクラ、ちゃんと見てるんだな」
EGUIは、まっすぐ落とす。
≫ 頼ることは
≫ 弱くなることじゃない
≫ 任せることは
≫ 自分を捨てることじゃない
mcRCが、その横でリバックラインを見る。
それは、自分にも向けた言葉だった。
全部を抱えようとしていた。
音を守るために、音以外のことまで抱えようとしていた。
でも、任せることは、自分を捨てることじゃない。
むしろ、音を守るために必要なことだった。
≫ 芯は持て
≫ 荷物は分けろ
≫ 夢は渡すな
≫ 作業は渡せ
そのラインで、客席が「おお」と反応した。
「今のいい!」
「夢は渡すな、作業は渡せ!」
「それ仕事にも刺さるやつ」
「チームの曲じゃん」
「裏方を褒めるだけじゃなくて、任せる側にも言ってる」
「リバクラ、自分らにも言ってるな」
BEEFは、そこでBeat Dropを少しだけ遅らせた。
客席の声が先に立つ。
そのあと、低音を落とす。
フロアが揺れた。
EGUIの最後。
≫ 助けて
≫ 助けられて
≫ 次は誰かを見つける
≫ その流れができた時
≫ チームはただの集まりじゃなくなる
リバックライン五人は、もう誰も取り繕えなかった。
Kateは顔を伏せず、まっすぐ見て泣いた。
Miwaは両手で口元を押さえていた。
Ninaは何度も頷いている。
Saraは静かに涙を拭った。
Yuiはペンを置いたまま、ただ聴いていた。
周りの客は、完全に理解した。
この曲が、誰かに向けられていること。
それも、ただのラブソングではないこと。
仕事を見ている曲。
支えを見ている曲。
見えない手を、見える場所に出す曲。
「まじでリバックラインへの曲だ」
「こんなことある?」
「羨ましいってレベルじゃない」
「一生忘れないやつ」
「ファンが手伝って、それを曲にして返されるの?」
「そんなうれしいプレゼントある?」
「これは泣くわ」
「俺でも泣く」
「男でもうれしいわ」
「ちびるはさすがに耐えろ」
「いや耐えられる自信ない」
Bridgeに入る。
BEEFがMPC Chopを入れた。
三人の声が、短く切られて跳ねる。
mcRCが入る。
≫ 音を守るため
≫ 外側を組む
Kateが泣きながら笑った。
外側。
そうだ。
自分がやっていたのは、音の外側を組むことだった。
連絡。
確認。
文面。
場所。
導線。
その外側があるから、音が崩れず届く。
wataが続く。
≫ 見てた hands が
≫ deck に集まる
Miwaが、胸の前で手を握った。
見ていた。
ずっと見ていた。
物販の列から。
客席の端から。
グルチャの向こうから。
数字の裏から。
見ていた手が、今ここに集められている。
EGUIが意味を置く。
≫ それは奇跡じゃない
≫ 歩いてきた道の返事だ
NinaとSaraが、同時に下を向いた。
偶然ではない。
たまたま選ばれたわけではない。
見てきたから。
拾ってきたから。
止めてきたから。
整えてきたから。
それが返ってきている。
mcRCが続ける。
≫ 預けても
≫ 俺らの声は薄まらない
そのラインで、Yuiが一番大きく反応した。
作業を預けること。
管理を任せること。
外部連絡を任せること。
それは、声が薄まることではない。
むしろ、声を残すための手だった。
wataが続く。
≫ 任せた分だけ
≫ フロウが走る
客席が一気に上がる。
「うわ、いい!」
「任せた分だけフロウが走る!」
「チーム論じゃん!」
「仕事できる人の歌だこれ!」
「でもちゃんとヒップホップ!」
EGUIが最後に落とす。
≫ 信じて渡せ
≫ その手で次へ行け
BEEFが、そこでScratch Transitionを入れた。
綺麗に切る。
でも、冷たくない。
曲がFinal Hookへ向かう。
客席はもう完全に乗っていた。
リバックライン五人は、完全に受け取っていた。
リバクラ三人は、何度も五人を見る。
でも、そこだけに閉じない。
フロア全体へ広げる。
これはリバックラインへの曲だ。
でも、リバックラインだけの曲ではない。
誰かを支える手の曲。
見えない手が、前に出る曲。
任せることで、上へ行く曲。
Final Hook。
三人の声が重なる。
≫ Hands on deck
≫ 任せられる手がある
≫ Hands on deck
≫ ここから上げてく
今度は、客席も手を上げた。
「Hands on deck!」
誰かが叫ぶ。
すぐに別の声が続く。
「Hands on deck!」
BEEFがそれを拾う。
客席の声を短く切って、ビートに混ぜる。
Hands。
Deck。
Hands。
Deck。
フロアが跳ねる。
≫ 見てた背中
≫ 見られてた日々
≫ Trust に変わって
≫ 次の手になる
Kateが、Miwaの手をそっと握った。
Miwaはそれを握り返した。
NinaがSaraの肩に軽く触れる。
Saraは頷く。
Yuiは、ペンではなく、グラスを持っていた。
五人が、同じ曲を受け取っている。
でも、それぞれ違う場所で泣いている。
それがよかった。
一人ひとり違う手だった。
違う役割だった。
違う見え方だった。
でも、今は同じdeckにいる。
≫ Hands on deck
≫ 横に来た hands
≫ Hands on deck
≫ この道は間違いじゃない
Miwaが、もう一度小さく泣いた。
でも、今度は笑っていた。
「この道は間違いじゃない、はだめです……」
Ninaが涙声で返す。
「だめですね」
Saraも小さく言う。
「責任を取ってほしいです」
Yuiが頷く。
「全員、萌え死にの危険があります」
Kateが涙を拭いながら、静かに言った。
「水分をください」
Miwaが笑いながら言う。
「目から出てます」
五人は、泣きながら笑った。
その姿を見て、周りの客も笑った。
「もう五人全員やられてる」
「責任取れリバクラ」
「これは火力高すぎる」
「BEEFも止めないのがいい」
「いや、BEEFが上げてる」
「泣かせにいってるのに、曲として普通にかっこいい」
「そうなんだよ。湿っぽくならない」
「BEEFが回してるから、ちゃんとクラブで鳴ってる」
「リバクラの言葉とBEEFの音、相性やばいな」
BEEFは、フロアのその熱を聴いていた。
感動だけに寄せれば、沈む。
上げすぎれば、意味が飛ぶ。
だから、間を取る。
泣けるラインの後に、クラップを少し跳ねさせる。
客が声を返すところで、ベースを太くする。
リバックラインが崩れるところでは、音を支える。
リバクラ三人が前へ出るところでは、道を空ける。
BEEFは、今日も説明しない。
でも、音で全部やっていた。
≫ 抱えたままじゃ飛べないから
≫ 預けた分だけ上へ行ける
そのラインで、mcRCの声が少しだけ強くなった。
自分に言っている。
リバックラインに言っている。
リバクラに言っている。
そして、BEEFにも少しだけ言っている。
預けた分だけ、上へ行ける。
BEEFは、そこで短くスクラッチを入れた。
まるで、返事みたいに。
Final Hookはさらに上がる。
≫ Hands on deck
≫ もう止まらない
≫ Hands on deck
≫ 声を上げろ
客席が声を上げる。
「Hands on deck!」
「Hands on deck!」
「リバクラ!」
「BEEF!」
「リバックライン!」
その名前が出た瞬間、リバックライン五人が一斉に顔を上げた。
誰かが言ったのだ。
さっきmcRCが呼んだ名前を、客席の誰かが覚えていて、叫んだ。
リバックライン。
それはもう、裏だけの名前ではなかった。
でも、晒されるような嫌さはなかった。
撮影禁止の店。
個人名は出さない。
役割だけが呼ばれた。
その上で、曲がそこまで連れてきていた。
mcRCが、五人を見た。
wataも見た。
EGUIも見た。
三人の声が重なる。
≫ Unseen hands
≫ ちゃんと見えてるぜ
その瞬間、五人は完全に崩れた。
Kateは目を閉じた。
Miwaは声を出さずに泣いた。
Ninaは笑いながら泣いた。
Saraは涙を拭うのを諦めた。
Yuiは、何も書かずに、ただ頷いた。
客席から、声が上がる。
「うわあああ!」
「それは無理!」
「ちゃんと見えてるぜ、は無理!」
「こんなん一生ついてくやつ!」
「リバックライン、よかったな!」
「まじでよかったな!」
「知らん人たちなのに泣ける!」
「なんで俺まで泣いてんだ!」
BEEFが、Finalの最後を支える。
≫ Hands on deck
≫ 今度は一緒に動き出せ
≫ 精一杯は消えない
≫ 見てる人は必ずいる
≫ 見られてた日々が
≫ 信頼になって手を呼ぶ
フロア全体が、もう完全に曲の中にいた。
リバックラインへの曲だと分かっている。
でも、自分にも刺さっている。
誰かを支えたことがある人。
誰にも見られていないと思ったことがある人。
助けたいけど、手を出していいか迷ったことがある人。
全部を抱えて、飛べなくなったことがある人。
その全部に、曲が手を伸ばしていた。
最後のHook。
≫ Hands on deck
≫ 任せられる手がある
≫ Hands on deck
≫ 俺らはまだ上へ行ける
BEEFが音を少しずつ引いていく。
でも、完全には消さない。
余韻を残す。
リバクラ三人が、最後に声を置く。
≫ 全部ひとりで
≫ 抱えなくていい
≫ でも
≫ ここまで来た自分を
≫ 疑わなくていい
mcRCが、リバックラインを見た。
wataも、笑いながら見た。
EGUIは、まっすぐ見た。
≫ Hands on deck
少し間。
≫ 歩いてきた道が
≫ 誰かの手を呼んだんだ
最後の音が、ゆっくり消えた。
クラブの中に、しばらく拍手が起きなかった。
誰も、すぐに音を出せなかった。
それから。
一人が手を叩いた。
次に、別の人。
そこから、一気に広がった。
拍手。
歓声。
口笛。
足音。
「やばい!」
「最高!」
「リバックライン!」
「BEEF!」
「リバクラ!」
「もう一回!」
「無理!でももう一回!」
BEEFはDJブースで、面倒くさそうに顔をしかめた。
でも、音は切らなかった。
拍手の余韻を、短く拾って、最後に一度だけ軽くChopした。
Hands。
Deck。
それだけ。
それが締めだった。
wataがDJブースの方を見て笑った。
「やりやがる」
mcRCがリバックライン五人の方へ歩いた。
EGUIも続いた。
三人がテーブルの前に戻ってくる。
リバックライン五人は、立てなかった。
Miwaが、泣きすぎて笑っていた。
「責任、とってください……」
wataが笑う。
「何の責任?」
Ninaが涙声で言う。
「人生を五回やり直せそうになった責任です」
Saraが静かに続ける。
「全員を萌え死にさせかけた責任です」
Yuiが真顔で言った。
「作業表に載せられない感情が発生しました」
Kateは、泣きながらも姿勢を正していた。
「……ありがとうございます」
mcRCは、少しだけ困ったように笑った。
「こちらこそ」
Kateは首を横に振った。
「いえ」
少しだけ声が震えた。
「これは、受け取りました」
mcRCは頷いた。
「うん」
wataが言う。
「でも、まだ終わりちゃうからな」
Miwaが顔を上げる。
「え?」
EGUIが静かに言う。
「歓迎会やからな」
Ninaが泣き笑いで返す。
「歓迎会の火力じゃないです」
Saraも頷く。
「通常の歓迎会ではありません」
Yuiが言った。
「異常値です」
BEEFがDJブースから戻ってきた。
「うるせえ会だな」
wataが振り返る。
「お前が回したんやろ」
「一回だけだ」
「最高やったで」
BEEFは顔をそむけた。
「知らねえ」
Miwaが小さく言う。
「BEEFさんも、ありがとうございます」
BEEFはMiwaを見た。
リバックライン五人の顔を見た。
泣いている。
笑っている。
ぐちゃぐちゃだ。
でも、嫌なぐちゃぐちゃではない。
BEEFは少しだけ困ったように目を逸らした。
「……ちゃんと準備してたからだろ」
mcRCがBEEFを見る。
BEEFは続けた。
「曲も、データも、場所も、流れも。準備してなかったら、あんなの急にできねえ」
その言葉に、テーブルが少し静かになった。
BEEFが、褒めた。
ほとんど分からない形で。
でも、確かに褒めた。
Kateが静かに言った。
「準備は、大事ですね」
BEEFは低く返す。
「当たり前だろ」
wataがにやっとした。
「BEEFが正論言うた」
「殺すぞ」
EGUIが頷く。
「でも、その通りやな」
mcRCは、リバックライン五人を見た。
「準備してくれてたから、今日できた」
BEEFは何も言わなかった。
でも、否定もしなかった。
客席のざわめきは、まだ続いている。
誰かが言う。
「今の曲、配信ある?」
「未発表っぽいぞ」
「ずるい、現地限定?」
「撮影禁止なのが逆に伝説になるやつ」
「切り抜き上がらないの惜しいけど、五人は守られる」
「それでいい。これは現地で受け取るやつ」
「リバックライン、ほんとよかったな」
「俺も誰かを支える手になりたいわ」
「それな」
「今日、ただクラブ来ただけなのに、人生の話になってる」
「BEEFが回してリバクラが歌うと、説教じゃなくなるのすごい」
「上がるのに泣ける」
「泣けるのに踊れる」
リバクラ三人は、その声を聞いていた。
リバックライン五人も聞いていた。
BEEFも、聞いていた。
Hands on Deck。
それは、リバックラインへの曲だった。
でも、その夜、クラブにいた全員の曲にもなった。
見えない手は、見えた。
そして、見えた手は、次の手を呼んだ。




