3-4-19 That’s Live
BEEFのスクラッチが、NO EASY PEACEの余韻を切った。
短く。
鋭く。
さっきまで箱の中に残っていた熱が、一瞬で別の形に変わる。
wataの「悪かったよ」で止まった空気。
BEEFの赤い耳を見てざわついた客席。
笑いそうになって、でも笑いきれなかったリバクラ三人。
その全部を、BEEFは音で切った。
客席が止まる。
mcRCも、ほんの一瞬だけ止まる。
wataも、マイクを握ったまま目を細める。
EGUIも、姿勢を変えたままBEEFを見る。
BEEFは何も言わない。
マイクも持たない。
ただ、手元だけで返す。
次の瞬間、スピーカーから短い声が跳ねた。
≫ That’s live
細かく刻まれる。
≫ That’s—That’s—That’s live
MPC Chop。
Vocal Stutter。
さっきまでのNO EASY PEACEの重さとは違う。
これは、挑発だった。
客席の前列で、濃いリバクルーの一人が固まった。
「……え」
隣の子が、口元に手を当てる。
「待って」
BEEF勢の男が振り向く。
「何?」
リバクルーの子は、ステージから目を離さない。
「これ……That’s Liveじゃない?」
その言葉に、近くのリバクルーが一斉に反応した。
「嘘でしょ」
「今やるの?」
「いやいやいや、この流れで?」
「前のトラブル回で即興でやったやつだよね?」
「神回って言われてたやつ」
「切り抜き、擦るほど見たやつ!」
「できるの?」
「今ここで?」
BEEF勢は、まだ分かっていない。
「That’s Liveって何」
「曲名?」
「新曲?」
「神回って何」
「リバクルーがめっちゃ動揺してるんだけど」
「何が起きてんの」
客席のざわめきが広がる。
誰も、今日の曲の流れを知らない。
だから、これが本当に最初から決まっていたものかどうかは分からない。
でも、見えたものはあった。
BEEFがwataの一言を食らった。
その直後、音で切り返した。
三人が、一瞬だけ止まった。
そして、今、“That’s live”が刻まれている。
BEEF勢の一人が、低く笑った。
「……仕返ししてる?」
隣が顔を上げる。
「BEEFが?」
「たぶん」
「何に?」
「さっきの“悪かったよ”に」
「音で返したってこと?」
「それ以外なくね?」
その声に、リバクルーの一人がほとんど叫ぶように言った。
「でもThat’s Liveはやばいって!」
BEEF勢が聞く。
「だから何なの、それ」
リバクルーは、目を見開いたまま答えた。
「その場の景色を拾って、今ここで曲にするやつ」
「即興?」
「たぶん」
「たぶんって何」
「いや、前の神回も、即興なのか仕込みなのか分かんないくらい凄かったけど、とにかく目の前の出来事を曲にしてた」
「この空気で?」
「この空気で」
「できんの?」
「知らん!」
「リバクラ、ほんと何するかわからん!!」
その返事が、もう半分悲鳴だった。
Kateは壁際でそれを聞いていた。
最初は全体を見るつもりだった。
客席の反応。
BEEFの仕掛け。
三人の立て直し。
あとで整理できるように、ちゃんと覚えておくつもりだった。
でも、BEEFが“That’s live”を刻んだ瞬間、そんな冷静さは一度吹き飛んだ。
「うそ……これやるの?」
声が出た。
自分でも驚いた。
Miwaも、前方寄りの端で目を丸くしていた。
客席の温度を見ようとしていたのに、もう自分の温度が上がっている。
「やば……できるの、これ」
その時、mcRCがマイクを握り直した。
止まっていた時間は、ほんの一瞬だった。
だが、客席には分かった。
今、三人は受けた。
mcRCが一歩前へ出る。
口元に、少しだけ笑いがある。
怒りではない。
余裕だけでもない。
やりやがったな、という顔だった。
≫ やりやがったな BEEF
≫ なら見るしかねぇだろ
その一行で、客席が爆ぜた。
「言った!」
「BEEFに言った!」
「やりやがったなって言ったぞ!」
「今のスクラッチへの返しだろ!」
「仕返しされた瞬間に、歌詞でツッコんだ!」
「これ、もう始まってるじゃん!」
BEEF勢の一人が、笑いながら前のめりになる。
「やりやがったな、はこっちの台詞だろ」
「いや、BEEFが先にやった」
「で、リバクラが拾った」
「最初の一行で返したの、強すぎる」
「BEEFが音で仕返しして、mcRCが即歌詞でツッコんだんだろ?」
「それもう会話じゃん」
「マイクとDJで喧嘩してる」
リバクルー側も騒ぐ。
「mcRC、最初にそこ拾った!」
「ツッコミから入った!」
「That’s Live始まった!」
「やば、これ本当に今ここ拾ってる!」
「神回のやつ、また始まった!」
「いや、今回のほうが状況おかしいって!」
BEEFは顔を動かさない。
だが、手元は動いている。
“That’s live”の断片を刻みながら、mcRCの声が入る場所を空ける。
mcRCはその隙間に入った。
≫ 顔、見えてるぜ
wataがすぐ横から乗る。
≫ 声、拾ってるぜ
EGUIが低く返す。
≫ なら返せ
三人の声が重なる。
≫ That’s live
客席が叫んだ。
まだ全員が意味を理解したわけではない。
でも、分かった。
これは、ただ次の曲に入ったわけではない。
BEEFが仕掛けた。
リバクラが受けた。
そして今、目の前で曲が動き出している。
≫ That’s live, that’s live
≫ これがライブだぜ
≫ That’s live, that’s life
≫ 声で証明せえ
三人の声が跳ねる。
BEEFのMPCが、その声を後ろから押す。
客席の前の方で、誰かがすぐに返した。
「That’s live!」
別の誰かも続く。
「That’s life!」
完璧な合唱ではない。
でも、勢いがある。
声がばらばらで、タイミングも少しズレている。
だからこそ、ライブだった。
≫ 予定調和じゃない世界
≫ 今ここで化ける stage
「予定調和じゃないって、今のことじゃん!」
「BEEFがやらかしたからだろ!」
「いや、やらかしたっていうか仕掛けた!」
「それを受けてるリバクラもおかしい!」
「リバクラ、ほんと何するかわからん!!」
≫ 手を上げろ
≫ 胸鳴らせ
≫ 同じ景色ぶち上げろ
客席の手が上がる。
最初は前列だけ。
すぐに中段へ広がる。
BEEF勢も、リバクルーも、初見も、少しずつ混ざっていく。
「これ、今参加しないと置いてかれるやつだ」
「置いてかれるっていうか、置いていかせてくれない」
「声出せって言われてる」
「なら返すしかないだろ」
≫ That’s live, that’s live
≫ これがライブだぜ
≫ That’s live, that’s life
≫ 返せ その声で
客席から声が返る。
That’s live。
That’s live。
BEEFが、そこで短くクラップを抜いた。
客席の声だけが浮く。
次の瞬間、Beatが戻る。
歓声が上がった。
「うわ!」
「今、声だけになった!」
「客席も曲にされた!」
Miwaが思わず笑った。
「これ、見る側じゃいられないやつだ」
隣にいたリバクルーが頷く。
「だからThat’s Liveなんだよ」
でも、その子の声も震えていた。
知っている側なのに、驚いている。
前の神回の切り抜きを何度も見た。
アーカイブも見た。
コメント欄で「これ即興なのか?」「リバクラおかしい」「現場対応力バグってる」と何度も言われていたのも知っている。
でも、今この流れでやるとは思っていなかった。
できるとも、簡単には思えなかった。
それなのに、もう始まっていた。
mcRCが、客席を見た。
見る。
本当に見る。
前列で上がった手。
奥で息を飲んだ目。
肩にかかったタオル。
床に転がったスポドリ。
さっきまでBEEFを見て笑っていた男。
泣きそうな顔を飲み込んで、今は前を向いている女の子。
赤い耳をごまかすように、フェーダーを触るDJ。
全部、景色になる。
≫ やりやがったな BEEF
≫ なら見るしかねぇだろ
≫ 予定表にない音が
≫ 今この箱を揺らすだろ
客席がまた湧いた。
「もう一回言った!」
「やりやがったな、入ってる!」
「予定表にない音って、今のBEEFの仕掛けだろ!」
「三人が一瞬止まったの、やっぱ想定外だったんじゃね?」
「でももう曲にしてる!」
「怖っ、対応早っ!」
BEEF勢の男が笑いながら言った。
「BEEF、仕掛けたのに即バースにされたぞ」
「返り討ちじゃん」
「いや、BEEFもそれ狙ってるだろ」
「どっちだよ!」
「分かんねえけど熱い!」
mcRCは止まらない。
≫ 低い天井 古い柱
≫ 跳ねた汗とスポドリ
≫ 赤い耳したDJが
≫ 何も言わずに次を鳴らす
客席が一気に湧いた。
「赤い耳!」
「言った!」
「BEEF!」
「やめたれ!」
その直後、別のリバクルーが叫んだ。
「また今回もスポドリ拾ったああ!」
一気に笑いが広がる。
「前も拾ってたやつ!」
「スポドリ準レギュラーかよ!」
「mcRC、そういうの絶対逃がさない!」
「スポドリまで物語に参加してる!」
「誰だよ落としたの!」
「落としたやつ、今日のMVP候補!」
BEEFは顔を動かさない。
動かさないが、スクラッチが少しだけ鋭くなる。
BEEF勢が笑う。
「効いてる!」
「絶対効いてる!」
「でも返してる!」
リバクルーも笑う。
「mcRC、見すぎ!」
「そこまで拾う!?」
「これがScene Makerかよ!」
Kateは口元を押さえた。
分析するつもりだった。
でも、笑ってしまう。
低い天井。
古い柱。
スポドリ。
赤い耳。
それは全部、今この場にあるものだった。
それをその場で切り取って、バースに変えている。
≫ 前列で上がる手
≫ 奥で息を飲む目
≫ リバクルーが固まって
≫ BEEFの仲間が笑ってる
「こっち見られてる!」
「BEEF勢も歌詞にされた!」
「固まってるのバレた!」
「笑ってるのもバレた!」
BEEF勢の一人が、少し悔しそうに笑った。
「客席まで逃げ場ねえな」
リバクルーが返す。
「だから横に来いって言われるんだよ」
≫ 考えてる暇はない
≫ でも見えてるものはある
≫ 止まった一拍の隙間に
≫ 今日の本音が立ってる
「痛いなぁ……」
誰かが呟いた。
その声は、小さかった。
でも、近くの数人が頷いた。
さっきの「悪かったよ」。
BEEFのスクラッチ。
三人が止まった一瞬。
そこに立った本音。
それを、もう歌にしている。
≫ さっき泣いてた顔も
≫ 今は笑って前を向く
≫ その切り替わる瞬間が
≫ この箱の温度を変えていく
Miwaは、そのラインで前列の女の子を見た。
本当に笑っていた。
少し前まで、胸の前で手を握っていた子だ。
今は、手を上げている。
≫ リバースクラウンは逃げない
≫ ただ勢いだけで押さない
≫ 間の置き方 見誤るな
≫ 今は呼吸を読む番だ
そのラインで、Kateの顔から笑いが少し消えた。
これは、ただの即興芸ではない。
BEEFに壊されたくないから逃げるのではない。
勢いで押し返すのでもない。
呼吸を読む。
熱を読む。
客席を見る。
BEEFを見る。
今この箱を見る。
それが、mcRCの現場対応だった。
≫ 客席じゃねえ
≫ 横に来い
≫ この景色ごと
≫ ステージに上げるぞ
その言葉で、リバクルーが声を出した。
「横に来い!」
「来た!」
「これだよ!」
BEEF勢の男が少し笑う。
「客席じゃねえって、客に言うのかよ」
隣のリバクルーが返す。
「リバクラは言う」
「強引だな」
「でも嫌じゃないだろ?」
男は少しだけ黙ったあと、手を上げた。
「まあな」
Hookが戻る。
That’s live。
That’s live。
客席の声が、さっきより大きくなる。
≫ That’s live, that’s live
≫ これがライブだぜ
≫ That’s live, that’s life
≫ 声で証明せえ
≫ 予定調和じゃない世界
≫ 今ここで化ける stage
≫ 手を上げろ
≫ 胸鳴らせ
≫ 同じ景色ぶち上げろ
≫ That’s live, that’s live
≫ これがライブだぜ
≫ That’s live, that’s life
≫ 返せ その声で
BEEFが、客席の声を刻んだ。
「That’s live」
「返せ」
「BEEF!」
「横に来い」
断片が跳ねる。
客席が一瞬、驚く。
「え、今の俺らの声?」
「拾われた?」
「客席の声まで刻んだ!」
「BEEF、客席も使ってる!」
BEEF勢が笑う。
「やっぱ性格わりぃ!」
「でもうめえ!」
「客席まで巻き込んだぞ!」
リバクルーも叫ぶ。
「これ、もう戻れん!」
「客席も素材にされた!」
「いい意味で逃げられない!」
BEEFは、三人だけではなく客席も見ている。
いや、見ていない顔をしている。
でも、拾っている。
手元だけで、空気を曲げている。
その技術に、客席が少しずつ気づいていく。
wataが前に出る。
さっきまで笑っていた顔が、少しだけ鋭くなる。
≫ おいおい BEEF
≫ それどうやってんの
≫ 手ぇ早すぎて
≫ 残像起きてんぞ
客席が笑う。
「聞いた!」
「本人に聞いた!」
「でも歌の中で!」
BEEF勢が吹いた。
「分かる!」
「手元見えねえもんな!」
「残像はガチ!」
≫ Scratchで切って
≫ MPCで刻んで
≫ こっち見ずに煽るとか
≫ 性格わりぃぞ 分かってる
そのラインで、客席がさらに湧いた。
「こっち見ずに!」
「見てない顔でやるやつ!」
「いやBEEF絶対見てるだろ!」
「見てるのに見てない顔すんだよ!」
「そこが腹立つ!」
wataが言う「こっち見ずに」は、本当に見ていないという意味ではなかった。
見ている。
たぶん、見ている。
でも、見ていない顔で煽ってくる。
手元だけで空気を転がしてくる。
余裕があるように見せて、こちらを揺らしてくる。
だから腹が立つ。
だから、少し見惚れる。
≫ でもその手元
≫ 正直ちょっと見惚れた
≫ いや違う 見惚れてない
≫ 今のは研究や 黙っとけ
客席が爆笑した。
「見惚れてる!」
「研究って言い訳!」
「wata、素直になれ!」
「BEEFの技見惚れるのは分かる!」
BEEFは顔をしかめた。
だが、手元は止まらない。
むしろ、少しだけMPCの刻みが細かくなる。
BEEF勢がすぐ反応する。
「照れて技増えた!」
「手元で照れ隠ししてる!」
「黙って喋ってんだよ、まさにそれ!」
wataが畳みかける。
≫ 指先だけで空気を曲げる
≫ 止めた一拍で胸まで上げる
≫ 無音のくせに圧がある
≫ なんで黙って喋ってんだよ
「黙って喋ってる!」
「BEEFの説明として完璧じゃん!」
「マイク持ってないのにうるさいんだよ!」
「音が喋ってる!」
wataの韻が走る。
≫ That’s live を chop
≫ 声まで trap
≫ 無茶振り tap
≫ 俺らに slap
≫ でも来たなら rap
≫ 返すのが rule
≫ 焦りすら fuel
≫ ここからが cool
BEEF勢が、もうリバクルーと一緒に笑っていた。
「無茶振りtap!」
「俺らにslap!」
「焦りすらfuelって今まさにじゃん!」
「こいつら本当に返してる!」
≫ 残像が走る
≫ 伴奏が跳ねる
≫ 間奏で試す
≫ 感情が返る
その連鎖で、客席が気持ちよく揺れた。
「残像、伴奏、間奏、感情!」
「きれい!」
「音がいい!」
「さっきのBEEFの手元、全部韻にした!」
Kateは、もう完全に笑っていた。
メモを取ろうとしていた手は止まっている。
でも、今はそれでよかった。
これはメモするより先に食らう場面だった。
wataがさらにBEEFへ向ける。
≫ RCが拾った景色
≫ BEEFが切った導火線
≫ 俺が韻でつなぎ直す
≫ 即興でも落とさねぇ完成線
「導火線!」
「つなぎ直した!」
「即興でも完成線って、今の状況そのままじゃん!」
「これ本当にその場で合わせてるのかよ!」
wataが少し笑って、最後に刺す。
≫ なぁ BEEF
≫ 赤い耳してんぞ
≫ でもその技
≫ ちょっとだけ貸せよ
箱が爆ぜた。
「また赤い耳!」
「貸せよ!」
「認めてる!」
「いじりながら褒めてる!」
BEEFは、わずかに顔を背けた。
その瞬間を、前列の客が見逃さない。
「今、顔そらした!」
「効いてる!」
「でも音止めない!」
「BEEFも返してる!」
≫ 残像 伴奏
≫ 間奏 感情
≫ これがライブだぜ
≫ 返せよ衝動
客席が返す。
「衝動!」
「That’s live!」
「返せ!」
BEEFがBeatを戻す。
Hookが来る。
That’s live。
That’s life。
声がさらに増える。
≫ That’s live, that’s live
≫ これがライブだぜ
≫ That’s live, that’s life
≫ 声で証明せえ
≫ 予定調和じゃない世界
≫ 今ここで化ける stage
≫ 手を上げろ
≫ 胸鳴らせ
≫ 同じ景色ぶち上げろ
≫ That’s live, that’s live
≫ これがライブだぜ
≫ That’s live, that’s life
≫ 返せ その声で
EGUIが前へ出た。
空気が少しだけ締まる。
笑いが残ったまま、意味が落ちる準備をする。
≫ wataが踏んだ
≫ 残像 伴奏 間奏 感情
≫ その言葉遊びを
≫ 遊びで終わらせない
客席が静かになる。
「来た」
「EGUIが締める」
「遊びで終わらせない、っていいな」
≫ RCが見た空気
≫ BEEFが切った音
≫ wataがつないだなら
≫ 俺は意味を通す
BEEF勢の一人が、小さく頷いた。
「今、整理したな」
「mcRCが見て、BEEFが切って、wataがつないで、EGUIが意味を通す」
「役割が見える」
「これ即興でやってるんだよな?」
「たぶん」
「たぶんが怖い」
EGUIは、まっすぐ客席へ向ける。
≫ ライブは録音じゃない
≫ きれいに直す場でもない
≫ ズレた瞬間の顔まで
≫ そのまま乗る場所だ
客席の温度が、また変わった。
さっきまで笑っていた人が、少し真顔になる。
「痛いなぁ」
「ズレた瞬間の顔まで乗る、ってさ」
「今日ずっとそれじゃん」
「BEEFの赤い耳も、三人が止まった瞬間も、全部乗ってる」
「逃げられないな」
≫ 予定が崩れたくらいで
≫ 目まで逸らすな
≫ 流れが揺れたくらいで
≫ 心まで下げるな
Miwaは、前方の客の顔を見た。
声を出していた人たちが、ちゃんと聞く顔になっている。
リバクラは、上げるだけでは終わらせない。
笑わせて、乗せて、最後に意味を置く。
それがEGUIの役割だった。
≫ BEEFが切った一拍は
≫ ただの意地悪じゃない
≫ 今ここで返せるか
≫ 試された合図だ
BEEF勢が反応する。
「意地悪じゃないって言ってくれてるぞ」
「でもやり方は悪いって次言いそう」
その直後、EGUIが言った。
≫ まあでも BEEF
≫ やり方はだいぶ悪い
≫ 黙って煽ってくるな
≫ こっちの心臓にも都合がある
客席が笑いで揺れた。
「言った!」
「心臓にも都合がある!」
「BEEF聞いてる!?」
「絶対聞いてる!」
BEEFは、ほんの少しだけスクラッチを返す。
短く。
抗議みたいに。
客席がさらに湧く。
「返事した!」
「今の文句だろ!」
「音で文句言うな!」
EGUIは、さらにmcRCにも向ける。
≫ それとRC
≫ お前も見すぎだ
≫ 客席どころか
≫ BEEFの耳まで拾うな
mcRCが一瞬笑う。
客席も笑う。
「内輪にも刺す!」
「EGUI、容赦ない!」
「BEEFだけじゃなくてmcRCにも言った!」
「公平!」
≫ でもそれでいい
その一言で、笑いが少し落ち着く。
EGUIが続ける。
≫ 見えたものを逃がすな
≫ 聞こえた声を流すな
≫ 笑いも焦りも照れも
≫ この場の材料になる
客席が、静かに熱を持つ。
「材料になる」
「今全部材料にしてる」
「こっちの声も使われたしな」
「ライブってこういうことか」
≫ 残像は技だ
≫ 伴奏は流れだ
≫ 間奏は問いだ
≫ 感情は返事だ
Kateは、そのラインで思わず息を止めた。
さっきwataが音として転がした言葉を、EGUIが意味に変えている。
言葉遊びを遊びで終わらせない。
その通りだった。
≫ 客席を置いていくな
≫ 熱だけで押し切るな
≫ 見ろ 受けろ 返せ
≫ それで初めてライブだ
箱全体が静かになる。
静かなのに、熱い。
誰も置いていかれていない。
むしろ、全員が引き込まれている。
≫ リバースクラウンは逃げない
≫ でも一人で完成しない
≫ 今ここで選んだ声が
≫ この夜の形を決める
その瞬間、客席から自然に声が出た。
「おお……」
拍手ではない。
歓声でもない。
体の奥から漏れたような声だった。
EGUIが最後に置く。
≫ wataが鳴らした音に
≫ 俺が意味を通す
≫ でも最後に決めるのは
≫ お前らの声だ
客席が前に出る。
もう待っている。
返す準備ができている。
≫ 見ろ
≫ 受けろ
≫ 決めろ
≫ 変えろ
≫ ここにいる全員で
≫ この夜を完成させろ
BEEFがBeat Dropを落とした。
≫ That’s live, that’s live
≫ これがライブだぜ
客席が返す。
「That’s live!」
≫ That’s live, that’s life
≫ 声で証明せえ
「That’s life!」
≫ 予定調和じゃない世界
≫ 今ここで化ける stage
「今ここ!」
「化けた!」
≫ 手を上げろ
≫ 胸鳴らせ
≫ 同じ景色ぶち上げろ
手が上がる。
前列だけではない。
後方まで上がる。
BEEF勢も、リバクルーも、初見も、リバックラインのKateもMiwaも、もう見るだけではいられなかった。
Miwaは、気づけば声を出していた。
「That’s live!」
言ってから、自分で笑った。
手伝いたいからここにいる。
でも、それ以前にファンだった。
好きだから来ている。
好きだから食らう。
Kateも、壁際で手を上げていた。
全体を見るつもりだったのに、今は普通に混ざっている。
それでいい。
全部、客席の温度だった。
Bridgeで、三人がそれぞれ返す。
≫ 俺は見た
≫ 前列の手も 奥の目も
≫ 俺は拾った
≫ 汗も声も 韻にした
≫ 俺は返した
≫ この場の意味を 客席へ
三人の声が重なる。
≫ 声が返って
≫ 初めてライブだ
客席が返す。
「これがライブだぜ!」
その声は、もうステージだけのものではなかった。
BEEFが、その声を一瞬だけChopした。
短く。
嬉しそうではない。
だが、雑でもない。
その場の声を、ちゃんと音にして返した。
BEEF勢が叫ぶ。
「BEEFも拾った!」
「客席の声、また使った!」
「これ、もう全員でやってるじゃん!」
リバクルーが返す。
「だからThat’s Liveなんだよ!」
「今わかった!」
「説明より見た方が早い!」
Final Hook。
≫ That’s live, that’s live
≫ これがライブだぜ
≫ That’s live, that’s life
≫ 声で証明せえ
客席が返す。
That’s live。
That’s live。
That’s life。
声で証明せえ。
≫ 予定調和じゃない世界
≫ 今ここで化ける stage
≫ 手を上げろ
≫ 胸鳴らせ
≫ 同じ景色ぶち上げろ
≫ That’s live, that’s live
≫ これがライブだぜ
≫ That’s live, that’s life
≫ 返せ その声で
≫ That’s live, that’s live
≫ 狙って作れない
≫ That’s live, that’s life
≫ だから今しかない
そのラインで、箱全体が一つになった。
作れない。
狙えない。
同じ形では二度とできない。
だから、今しかない。
BEEFの仕返し。
リバクラの現場対応。
客席の驚き。
笑い。
焦り。
照れ。
熱。
全部が、今だけの形になっていた。
mcRCが客席を見る。
≫ 顔、見えてたぜ
客席が返す。
「見てたぞ!」
wataが笑って言う。
≫ 声、鳴ってたぜ
「鳴ってた!」
EGUIが、まっすぐ置く。
≫ ちゃんと届いてたぜ
客席から、今度は大きな歓声が返った。
三人が声を揃える。
≫ That’s live.
最後の音が止まる。
一瞬。
沈黙。
そのあと、箱が爆発した。
拍手。
歓声。
足音。
叫び声。
「やばい!」
「何今の!」
「即興でやってたの!?」
「ガチか!」
「BEEFが仕掛けて、リバクラが返した!」
「赤い耳拾われたの最高!」
「また今回もスポドリ拾ったの最高!」
「こっちの声も使われた!」
「That’s Live、意味わかった!」
「これはライブだわ!」
BEEF勢の一人が、興奮した顔でリバクルーに言った。
「これ、毎回やるの?」
リバクルーは、息を切らしながら笑った。
「毎回は無理!」
「じゃあ今日だけ?」
「今日だけ!」
「痛いなぁ!」
「だから見に来るんだよ!」
Kateは、ようやく息を吐いた。
メモはほとんど取れていない。
でも、見た。
食らった。
それで十分だった。
Miwaは、まだ手を下ろせずにいた。
客席の温度を見るつもりだった。
でも、今は自分がその温度の一部になっていた。
ステージ上では、三人が笑っていた。
焦り切った顔ではない。
やり切った顔でもない。
まだ次がある顔だった。
BEEFはDJブースで、いつものように平気な顔をしている。
しているつもりだった。
だが、客席から声が飛ぶ。
「BEEF!」
「やりやがったな!」
「でも最高!」
BEEFは、ほんの短くスクラッチを返した。
それだけで、客席がまた笑う。
wataがマイクを上げかける。
今度こそ「可愛いかよ」と言いそうになる。
mcRCが横から視線だけで止めた。
EGUIも首を少しだけ横に振る。
wataは口元だけで笑って、別の言葉に変えた。
「まだ行けるか!」
客席が叫ぶ。
「行ける!」
BEEFが次の音を準備する。
ここから先は、細かい曲順を追う必要はなかった。
その後のライブは、予定通りでありながら、少しだけ予定通りではなかった。
ある曲では、BEEFがフック前を一瞬だけ切った。
wataがそれを韻で返した。
客席が笑った。
ある曲では、mcRCが後方で泣きそうになっている客を見つけ、その表情を言葉に変えた。
その客は、泣きながら笑った。
ある曲では、EGUIがいつもより強く言葉を置いた。
BEEFは音を引きすぎず、低音だけを残した。
その支えの上で、意味が客席へ落ちた。
BEEF勢とリバクルーは、いつの間にか少し混ざっていた。
最初は違う場所にいたはずの声が、同じHookで返ってくる。
リバックラインの二人も、もうただの観察者ではなかった。
Kateは、途中でようやくメモを取ろうとして、結局やめた。
Miwaは、物販のことを一瞬思い出して、すぐ忘れた。
今日は、楽しむ日だった。
好きだから来た。
好きだから手伝いたい。
その順番を、忘れなくていい。
BEEFは最後まで、丸くはならなかった。
優しいDJになったわけでもない。
要所で切る。
煽る。
試す。
客席の声まで刻む。
でも、前とは違った。
見たうえで仕掛ける。
聞いたうえで返す。
三人が受けられる場所に、ちゃんと刃を置く。
リバクラも、前とは違った。
壊されて怒るだけではない。
受ける。
返す。
景色にする。
韻にする。
意味にする。
客席と一緒に完成させる。
三本目の箱は、最後まで熱を失わなかった。
焦げる熱ではない。
逃げ場をなくす熱でもない。
ちゃんと見て、ちゃんと聞いて、ちゃんと返した熱だった。
NO EASY PEACE。
That’s Live。
その二曲が、この夜の芯を作った。
簡単な平和ではない。
でも、偽物ではない。
狙って作れない。
だから今しかない。
その夜、リバクラとBEEFは、まだ完全な仲間になったわけではなかった。
でも、客席にはもう分かっていた。
何かが並び始めている。
怒鳴り合いでも、勝ち負けでも、ただのゲスト参加でもない。
もっと面倒で、もっと熱くて、もっとライブらしい何か。
それが、三本目の箱で鳴っていた。




