表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラップ付き小説 ReversCrown 元気ないやつこっちおいで  作者: egubi
暴れ牛ビーフ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
88/186

3-4-17 触らねえって言っただろ



NO EASY PEACEは、思ったより早く形になった。


早いと言っても、軽かったわけではない。


むしろ逆だった。


三人は、いつもより何度も止まった。


言葉が強すぎる。

説明しすぎる。

BEEFを悪者にしすぎる。

自分たちを正義に置きすぎる。2

美談に寄りすぎる。

喧嘩をかっこよくしすぎる。

謝罪を綺麗にしすぎる。


止まる理由はいくらでもあった。


でも、そのたびに三人は、駅ビルのベンチを思い出した。


本屋の袋。

距離の詰め方の本。

BEEFの赤くなった耳。

wataの茶化し。

EGUIの静かな確認。

mcRCのすぐ意味にしようとする癖。


そして、BEEFの言葉。


俺を美談にするな。


それが、曲全体のブレーキになった。


美談にしない。

でも、ただの悪口にもしない。


簡単な和解じゃない。

偽物の喧嘩でもない。


だから、タイトルはそのまま残った。


NO EASY PEACE with DJ BEEF


まだ仲間とは言い切れない。


敵とも言い切れない。


でも、もう無関係ではない。


―― リバクラボラトリー ――


リバクラボラトリーの机の上には、紙が散らばっていた。


ノートパソコン。

スマホ。

ペン。

水。

のど飴。

距離の詰め方の本。

BEEFの言葉を走り書きしたメモ。

そして、まだ仮の歌詞。


wataは、椅子の背もたれに身体を預けたまま、スマホの画面を見ていた。


「タイトルはもう決まりやな」


mcRCがノートパソコンを開く。


「NO EASY PEACE」


EGUIが続ける。


「with DJ BEEF」


wataは口元を上げた。


「with付けたら絶対怒るやろな」


mcRCも笑う。


「怒るやろな」


EGUIが静かに言う。


「でも、参加している」


「本人は“してねえ”って言うやつ」


wataがそう言って、画面に文字を打つ。


No easy peace

No fake beef


そこで、wataの指が止まった。


「なあ」


mcRCが顔を上げる。


「何」


wataは少し口元を上げた。


「これ、入れたい」


彼はスマホを三人の真ん中に置いた。


研鑽にはBEEF


mcRCは、しばらくその文字を見た。


EGUIも見た。


部屋の空気が、少しだけ変わる。


wataは続けた。


「言葉としては、かなり強いと思うんよ」


EGUIが頷く。


「強い」


mcRCは腕を組んだ。


「ただ、読者には少し分かりにくいかもしれん」


wataが見る。


「どこが?」


mcRCは画面の文字を指した。


「BEEFが、BEEFさんの名前に見える」


EGUIが続ける。


「実際、名前でもある」


「うん」


mcRCは頷いた。


「でも、ここで言いたいのは、BEEFさん個人だけじゃない」


wataは、スマホの画面を見たまま少し笑った。


「ヒップホップで言うbeefの方やな」


EGUIが静かに言う。


「衝突。因縁。ぶつかり合い」


mcRCは頷いた。


「ただの喧嘩じゃない。潰すための喧嘩でもない」


wataが言葉を探すように、ペンを回した。


「馴れ合いのpeaceじゃ磨けない時がある。

でも、偽物の喧嘩でも意味がない」


EGUIが続ける。


「本気で当たった時だけ、見えるものがある」


mcRCは、画面に向かってゆっくり言った。


「名前のBEEF。

それと、ぶつかり合いとしてのbeef。

同じ音やけど、意味は違う」


wataがにやっとする。


「でも、今回だけは重なった」


EGUIが頷く。


「DJ BEEFという人間と、避けられなかった衝突。

その両方が、俺たちの音を削った」


mcRCは少しだけ眉を寄せた。


「でも、ここで間違えたら危ない」


wataが聞く。


「何を?」


「喧嘩すれば成長する、みたいにしたら違う」


EGUIがすぐ頷いた。


「それは違う」


mcRCは続けた。


「人を傷つけるだけの衝突は、ただの破壊や。

観察も傾聴もないままぶつかったら、また同じことになる」


wataは、少し黙った。


駅ビルのベンチでのBEEFの顔を思い出す。


言葉を飲み込みながら、それでも逃げなかった顔。


「よく見る」


EGUIが言った。


「耳を傾ける」


mcRCが続ける。


「そのうえで本気で当たるから、研鑽になる」


wataは、ゆっくり頷いた。


「じゃあ、ただのBEEFさんいじりではないな」


EGUIが短く言う。


「いじりに見えたら負け」


mcRCは少し笑った。


「でも、BEEFさん本人は絶対キレる」


wataは即答した。


「キレる」


EGUIも頷く。


「キレる」


wataは、少し声を低くしてBEEFの真似をした。


「俺を便利な成長アイテムにすんな」


mcRCが吹いた。


EGUIも、ほんの少しだけ口元を緩める。


wataは続けた。


「俺の名前で都合よく思想を作るな」


mcRCが、今度はBEEFの声を真似た。


「……分かるから腹立つ」


三人は同時に笑った。


笑ったあと、少しだけ黙った。


軽い笑いではなかった。


その下に、まだ前回の痛みがある。


まだ完全には許していない。

まだ完全には信じていない。

まだ仲間とも言い切れない。


でも、あの衝突がなければ見えなかったものがある。


BEEFの不器用さ。

自分たちの黒歴史。

観察の必要。

傾聴の難しさ。


その全部が、いま歌詞の中に入ろうとしている。


wataは、Hookの下に言葉を書き足した。


Say it raw

Say it loud

分かったフリじゃ 届かないだろ

研鑽には BEEF

痛ぇけど need


書いた瞬間、wataは少し笑った。


「痛ぇけどneed」


mcRCが言う。


「名前のBEEFと、beefの意味が重なるところやな」


EGUIが頷く。


「痛い。腹立つ。でも、必要な衝突だった」


wataは、画面を見ながら言った。


「BEEFさん、これ見たら絶対言うで」


mcRCが聞く。


「何て?」


wataはBEEFの真似をした。


「必要とか勝手に決めんな」


EGUIが真顔で言う。


「それは言う」


mcRCも頷く。


「言うな」


wataはペンを置いた。


「でも、消さん」


mcRCは画面を見る。


「消さんな」


EGUIも言う。


「残す」


三人は、しばらくその言葉を見ていた。


研鑽にはBEEF。


名前ではない。


名前でもある。


衝突でもある。


音でもある。


あまりに便利で、あまりに腹立たしくて、だからこそ残る言葉だった。


―― 曲作り ――


そこからの作業は、早かったり遅かったりした。


フックは早い。


No easy peace。

No fake beef。


そこはもう、最初から決まっていたようなものだった。


wataがフックを口に出す。


「No easy peace 馴れ合いじゃねぇ

No fake beef 飾りじゃねぇ」


mcRCが頷く。


「分かりやすい」


EGUIが言う。


「ただ、少し強い」


wataはペンを回した。


「強くていいやろ」


mcRCは首を少し傾ける。


「強いのはいい。でも、ただの煽りに見えると違う」


EGUIが続ける。


「本音と本気が火花になって、の方で回収できる」


wataはすぐに書き足す。


「本音と本気が 火花になって」


mcRCが言う。


「子どもみたいに 声を荒げた」


wataが顔を上げた。


「そこ入れる?」


mcRCは頷く。


「入れる。俺ら、かなり子どもやったし」


EGUIが静かに言う。


「BEEFさんもな」


wataが笑う。


「全員、子ども」


mcRCも笑う。


「全員、子ども」


EGUIが言う。


「だから痛かった」


wataはそれを聞いて、少しだけ黙った。


それから書いた。


子どもみたいに 声を荒げた


その文字は、少し恥ずかしかった。


でも、嘘ではなかった。


一番恥ずかしいところが、一番残る。


そういうことはある。


Verse 1は、mcRCが作った。


本番前のフロア。

低音。

予定表。

入口。

展開。

落としどころ。


mcRCは、前回の自分を思い出しながら書いた。


予定が崩れること自体が怖かったわけではない。


予定は崩れる。


ライブは生き物だから。


ただ、言葉を届ける順番を、自分たちは大事にしていた。


その順番を勝手に切られた時、胸に火が走った。


mcRCはキーボードを打つ。


本番前のフロア 低音が鳴る

袖の奥で 予定表を握る


wataが覗き込む。


「予定表握ってた?」


mcRCは少し笑う。


「物理的には握ってない」


EGUIが言う。


「でも意味としては握ってた」


「そう」


wataは頷く。


「じゃああり」


Verse 2は、wataが作った。


終電前の窓。

イヤホン。

録音。

巻き戻し。


wataは、自分のVerseを書きながら、少し不機嫌になった。


自分で書いているのに、腹が立つ。


なぜなら、あの一拍の沈黙が本当に残っていたからだ。


自分が詰めたラインより、BEEFが空けた一拍の方が深く落ちた。


それを認めるのが悔しい。


だから書く。


俺が重ねたラインより

空いた一拍の方が

深く落ちてる


書いたあと、wataはペンを置いた。


「腹立つ」


mcRCが画面を見る。


「いいと思う」


「いいから腹立つ」


EGUIが言う。


「残るやつやな」


wataは椅子にもたれた。


「残す」


Verse 3は、EGUIが作った。


搬出口。

自販機の白い光。

拍手のない場所。

汗とケーブルと夜風。


EGUIは、言葉を一つずつ置いた。


ここを綺麗にしすぎると、和解になる。


でも、まだ和解ではない。


あいつにも守りたいものがあった。


そこまでは言える。


でも、全部きれいには片づかない。


そこも必要だった。


EGUIは書いた。


簡単に分かった顔をするな

簡単に丸く収めるな

簡単に綺麗な話にするな


wataが見て、少し笑った。


「EGUI、たまに一番怒ってるよな」


EGUIはペンを置く。


「怒ってる」


mcRCが笑う。


「言い切った」


EGUIは静かに言う。


「怒っているから、丸くしない」


その言葉に、二人は頷いた。


そうだった。


怒りは残っている。


でも、それをただ投げるのではなく、形にする。


それが曲だった。


―― 荒川さんへ ――


歌詞と仮音源がまとまったのは、夜が少し深くなった頃だった。


wataは、椅子の上で軽く伸びをした。


「これ、BEEFさんに送ったらどうなるかな」


mcRCがノートパソコンを閉じかけて、手を止める。


「直接は送らんよ」


wataは頷いた。


「うん。まだ荒川さん経由やな」


EGUIも言う。


「まだ直接連絡する段階ではない」


そこは、三人とも同じ認識だった。


本屋で偶然会った。

ベンチで話した。

BEEFは謝った。

曲も生まれた。


でも、それで急に直接連絡を取り合う関係になるのは違う。


まだ距離はある。


連絡経路は、荒川さんを通す。


それは、面倒ではある。


でも、今はその面倒さが必要だった。


直接投げれば、言葉がぶつかりすぎる。


荒川さんを通すことで、少しだけ熱が冷める。

業務連絡になる。

感情がそのまま相手に飛ばない。


それは、今の四人には必要な緩衝材だった。


mcRCは荒川さんに電話をかけた。


数コールでつながる。


「お疲れさまです、mcRCです」


荒川さんの声は、いつも通り落ち着いていた。


「お疲れさまです。どうしましたか」


「NO EASY PEACEの仮音源と歌詞ができました。BEEFさんに共有をお願いできますか」


「分かりました」


mcRCは、画面に表示されたファイルを見ながら続けた。


「BEEFさんは、DJとしての参加です。ボーカルではありません」


「はい」


EGUIが横から小さく頷く。


wataは、少し身を乗り出して言った。


「あと、曲終わりに俺が短く喋りたいです。だから、すぐ次の曲につなげないようにだけ伝えてもらえますか」


mcRCは、wataの言葉をそのまま電話に乗せる。


「曲終わりにwataが短くMCを入れたいので、次曲へ即接続しないようにお願いしたいです」


荒川さんは、少しだけ間を置いた。


「曲間に短いMCを挟む、ということですね」


「はい。それだけです」


「承知しました。業務連絡として伝えます」


wataは、机の向こうで親指を立てた。


EGUIは静かに水を飲む。


荒川さんが続ける。


「音源と歌詞はメールで送ってください。私からBEEFさんへ転送します」


「分かりました」


「BEEFさんから戻りがあれば、こちらで受けます」


「お願いします」


会話はそれだけだった。


必要なことだけ。


淡々としている。


それが、ちょうどよかった。


電話を切ると、wataが言った。


「めっちゃ業務」


mcRCは頷く。


「それでいい」


EGUIも言う。


「今はそれでいい」


wataは少しだけ笑った。


「直接送ったら、絶対すぐ文句来るもんな」


mcRCが言う。


「来るやろな」


EGUIが言う。


「そしてまた曲になる」


wataは吹いた。


「無限BEEF」


mcRCが笑いながらメール画面を開く。


「それはまだ早い」


三人は、荒川さん宛てにメールを作った。


件名。


NO EASY PEACE 仮音源・歌詞共有のお願い


本文は、かなり普通だった。


Reverse Crownより、三本目ライブ一曲目予定曲「NO EASY PEACE with DJ BEEF」の仮音源と歌詞を共有いたします。

BEEFさんへのご確認をお願いいたします。

DJ BEEFはボーカル参加ではなく、ライブDJ/再構築担当としての参加を想定しています。

また、曲終わりにwataが短いMCを入れるため、次曲へ即接続しないようご共有ください。


以上、よろしくお願いいたします。


書いてから、wataが小さく言う。


「これ、淡々としてるな」


EGUIが頷く。


「淡々としている」


mcRCは送信ボタンを見る。


「でも、中身はぜんぜん淡々としてない」


wataが笑った。


「そりゃそう」


送信。


メールは、荒川さんへ送られた。


―― 荒川さん ――


荒川さんは、事務所のデスクでそのメールを開いた。


夜の事務所は静かだった。


壁際の棚。

イベント資料。

過去公演のファイル。

白いマグカップ。

ノートパソコンの画面。

外から聞こえる車の音。


荒川さんは、添付された歌詞を開いた。


しばらく読む。


Intro。


仲間?

まだ決めるな。


敵?

それも早い。


荒川さんは、少しだけ息を吐いた。


さすがに早い。


だが、悪くない。


フックへ目を移す。


No easy peace。

No fake beef。


本音と本気が火花になって。

子どもみたいに声を荒げた。


荒川さんの眉が、ほんの少し動いた。


子どもみたいに。


そこを言えるようになったのは、大きい。


さらに読み進める。


研鑽にはBEEF。

痛ぇけどneed。


荒川さんは、そこで少しだけ口元を緩めた。


これは、BEEFさんが嫌がる。


かなり嫌がる。


ただ、意味は分かるはずだ。


分かるから、余計に嫌がる。


荒川さんは、歌詞を最後まで読んだ。


搬出口。

自販機の白い光。

誰も拍手していない場所。


ここは、おそらくBEEFさんにも分かる。


荒川さんは、しばらく画面を見ていた。


美談にはなっていない。


リバクラを正義に置きすぎてもいない。


BEEFを悪者にしきってもいない。


まだ痛い。


まだ怒っている。


でも、次に行こうとしている。


荒川さんは、メールを転送した。


件名は淡々と。


NO EASY PEACE 仮音源・歌詞共有


本文も淡々と。


BEEF様


Reverse Crownより、三本目ライブ一曲目予定曲「NO EASY PEACE with DJ BEEF」の仮音源・歌詞が届いています。


添付をご確認ください。


依頼事項:

・DJ BEEFはボーカル参加なし

・ライブDJ/再構築担当としての音源調整

・曲終わりにwataさんの短いMCが入るため、すぐ次曲へ接続しないこと


以上、よろしくお願いいたします。


荒川


送信。


業務メールとしては、それだけだった。


だが、荒川さんは少しだけ椅子にもたれた。


これは、メール以上のものになる。


たぶん、BEEFさんは飲み込む。


そして、飲み込んだものを音に出す。


荒川さんは、そこまでは見えていた。


ただし、何をどう返してくるかは、分からない。


そこから先は、BEEFさんの仕事だった。


―― BEEF ――


BEEFがそのメールを開いたのは、日付が変わる少し前だった。


件名を見た瞬間、眉が動いた。


NO EASY PEACE。


仮音源。


歌詞共有。


BEEFは、しばらくメール一覧の画面を見ていた。


開かなければ、まだ見ていないことになる。


見なければ、触らなくていい。


触らなければ、巻き込まれていない。


そう思った。


数秒だけ。


結局、開いた。


本文を読む。


Reverse Crownより、三本目ライブ一曲目予定曲。


「NO EASY PEACE with DJ BEEF」


BEEFは、その時点で一度スマホを机に置いた。


「タイトルから腹立つな」


誰もいない部屋で言った。


返事はない。


当然だ。


直接文句を言う相手はいない。


リバクラの三人の連絡先は、まだ知らない。


知っていたとしても、送る気になったかは分からない。


相手は荒川だ。


業務メール。


ここに、


「何だこのタイトル」

「俺を便利に使うな」

「研鑽にはBEEFって何だよ」


と返すのは、違う。


違うというか、負けた感じがする。


BEEFは、舌打ちした。


添付を開く。


仮音源。


歌詞。


まず歌詞を見る。


仲間?

まだ決めるな。


敵?

それも早い。


BEEFは、少しだけ黙った。


ここは悪くない。


いや、悪い。


腹立つ。


でも、悪くない。


読み進める。


No easy peace。

No fake beef。


BEEFは、顔をしかめた。


fake beef。


飾りの喧嘩。


自分たちのあれは、飾りではなかった。


痛かった。


面倒だった。


本気だった。


だから腹が立つ。


さらに進む。


研鑽にはBEEF。

痛ぇけどneed。


BEEFは、画面を見たまま固まった。


「……ふざけんなよ」


言いたい。


ものすごく言いたい。


俺を教材にするな。

俺の名前で思想を作るな。

勝手に必要にするな。

痛ぇけどneedって何だ。

便利な成長装置みたいに言うな。


でも、言えない。


言える相手がいない。


荒川に返すのは違う。


荒川はたぶん、全部分かっていて送ってきている。

あの人はそういう人だ。


BEEFは、メール画面を閉じた。


閉じた。


数秒後、また開いた。


歌詞を読み直す。


今度は、Verseを見る。


本番前のフロア。

予定表。

流れが切れた瞬間。

腹立つほど、その場を見てた。


BEEFは目を細めた。


mcRCのVerseだと分かる。


あの男は、景色を見る。


予定表なんて、BEEFにとってはただの進行紙だった。


でも、リバクラにとっては違ったのだろう。


入口。

展開。

落としどころ。


言葉を届かせるための道。


それを、自分は切った。


客は動いた。


でも、道は切れた。


BEEFは、次へ進む。


wataのVerse。


録音。

巻き戻し。

空いた一拍。


俺が重ねたラインより

空いた一拍の方が

深く落ちてる


BEEFは、少しだけ口元を動かした。


悔しかったのか。


そう思う。


あの一拍が。


自分の技術で積んだものより、別の誰かが作った沈黙が深く落ちる。


それは悔しい。


分かる。


分かるから、少し面白い。


そして腹立つ。


EGUIのVerse。


搬出口。

自販機の白い光。

誰も拍手していない。

汗とケーブルと夜風。


そこで、BEEFは少し手を止めた。


分かる景色だった。


ステージではない場所。


客席でもない場所。


終わったあとに残る場所。


誰も見ていないところで、次のために片づける場所。


そこなら分かる。


かなり分かる。


BEEFは、歌詞を最後まで読んだ。


綺麗に丸くは収まっていない。


美談にもなりきっていない。


まだ痛い。


まだ怒っている。


でも、音にする気だ。


あいつらは本当に、何でも曲にする。


BEEFは、メール本文に戻った。


依頼事項。


DJ BEEFはボーカル参加なし。


そこは当たり前だ。


ライブDJ/再構築担当としての音源調整。


再構築担当。


その言い方は、少しだけ悪くない。


曲終わりにwataさんの短いMCが入るため、すぐ次曲へ接続しないこと。


BEEFは、そこを軽く読んだ。


曲終わりに喋る。


リバクラはよく喋る。


曲前にも、曲後にも、意味を置く。


だから、それ自体は不自然ではない。


「……喋るのかよ」


それだけ呟いた。


何を言うかまでは知らない。


気にはなる。


だが、今考えることではない。


それより、仮音源だ。


BEEFはファイルを開いた。


最初の低音が鳴る。


仮音源のくせに、曲の芯はもうある。


むかつく。


BEEFは、椅子にもたれた。


触らない。


見るだけ。


そう思った。


思ったはずだった。


Hookの頭で、音が足りない。


三人の声が立ちすぎている。


ここには、少し汚れた低音がいる。


綺麗な和解にするなら、柔らかいパッドでも敷けばいい。


でも、それは違う。


これは簡単な平和じゃない。


なら、少しざらついた808を下に入れる。


BEEFは、マウスに手を置いた。


「……見るだけだ」


誰もいない部屋で言った。


言ってから、自分で少し嫌になった。


もう触っている。


―― BEEFの部屋 ――


Verse 1。


mcRCの景色。


本番前のフロア。

低音。

予定表。

入口。

展開。

落としどころ。


BEEFは、そこで短いTape Stopを試した。


強すぎる。


消す。


もう少し短くする。


止めすぎない。


だが、流れが切れた感じは残す。


予定が一瞬破れる感じ。


その破れ目から、客席の熱が見える感じ。


「めんどくせえ」


言いながら、また調整した。


Verse 2。


wataの録音。


終電前の窓。

イヤホン。

巻き戻し。

空いた一拍。


BEEFは、ここでShort Silenceを入れた。


本当に短い沈黙。


息が詰まるくらい。


長いと狙いすぎる。


短いから残る。


wataの言葉が、そこで落ちる。


悪くない。


Verse 3。


EGUI。


搬出口。

自販機の白い光。

誰も拍手していない場所。


BEEFは、音を引きすぎないようにした。


EGUIは言っていた。


言葉を裸で置きたいわけじゃない。


支えがあるから、言葉は落ちる。


その言葉が残っていた。


BEEFは低音を少しだけ残す。


少し。


その「少し」が腹立たしい。


どれくらいだよ。


そう思いながら、フェーダーを細かく動かす。


一回目。


多い。


二回目。


少ない。


三回目。


まだ少ない。


四回目。


少しだけ、いい。


BEEFは眉を寄せた。


「……これか」


誰も答えない。


でも、音は答えた。


Bridge。


三人の景色が重なる。


予定が崩れたフロア。

録音に残った沈黙。

搬出口の白い光。


別々の夜で、同じ傷を見た。


BEEFは、ここでMPC Chopを入れた。


ただし、派手にはしない。


前回のように三人を飲み込むチョップではない。


三人の言葉を切り刻むのではなく、言葉の間に傷跡を残すような刻み。


短く。

硬く。

少しだけ痛く。


Final Hook前。


Beat Drop。


ここは強くする。


三人が受けられる場所。


客席が上がれる場所。


BEEF自身も入る場所。


ただし、Final Hook後は少しだけ残す。


wataが短く喋るらしい。


なら、そこは繋げない。


それだけ。


特別な仕掛けだとは思わなかった。


ただ、曲終わりに言葉を置くなら、音は邪魔しない方がいい。


BEEFは、余韻だけ残した。


音が完全に死なないように。


でも、言葉を入れられるように。


その場所を作って、再生した。


Final Hookが終わる。


音が残る。


少し空く。


そこに、何かを喋る。


悪くない。


BEEFは、画面を見ながら小さく言った。


「……喋りすぎんなよ」


誰も返さない。


BEEFはそのまま作業を続けた。


―― 返却 ――


翌日。


荒川さんの元に、BEEFからメールが届いた。


件名。


Re: NO EASY PEACE 仮音源・歌詞共有


本文は短かった。


調整しました。

添付します。


BEEF


添付ファイル。


NO_EASY_PEACE_BEEFmix_rough01.wav


荒川さんは、そのファイル名を見て少しだけ目を細めた。


rough01。


たぶん、roughではない。


音源を確認する。


最初の低音が鳴った瞬間、荒川さんは小さく頷いた。


やはり。


かなり触っている。


Tape Stop。

Short Silence。

MPC Chop。

Beat Drop。


そして、曲終わりには短いMCを入れられる余白。


業務連絡として依頼されたことは、きちんと反映されている。


それ以上に、BEEFさんの飲み込んだものが、音に出ていた。


荒川さんは、リバクラへメールを転送した。


本文は淡々としていた。


Reverse Crown各位


BEEFさんより、NO EASY PEACEの調整音源が戻りました。

添付いたします。


ファイル名はrough01ですが、かなり仕上がっています。

曲終わりの短いMC用の余白も確認できました。


ご確認ください。


荒川


送信。


―― リバクラボラトリー ――


メールが届いた時、三人はリバクラボラトリーにいた。


wataが真っ先に件名を見た。


「来た!」


mcRCがノートパソコンを開く。


EGUIが水を置く。


添付ファイル。


NO_EASY_PEACE_BEEFmix_rough01.wav


wataが真顔で言った。


「roughとは」


mcRCがダウンロードしながら笑う。


「絶対roughじゃないやつ」


EGUIが言う。


「ファイル名で照れている可能性がある」


wataが頷く。


「ある」


mcRCがスピーカーにつなぐ。


「聴こう」


再生。


最初の低音が鳴った瞬間、三人は黙った。


違う。


仮音源とは、まるで違う。


荒い。


でも、雑ではない。


痛い。


でも、刺しっぱなしではない。


ちゃんと、三人の声の後ろにいる。


ただし、大人しくない。


要所でBEEFが来る。


予定を崩す。

でも、潰さない。

沈黙を作る。

でも、手を離さない。

刻む。

でも、言葉を壊さない。


wataは、Verse 2のShort Silenceで笑った。


「うわ、ここ入れてきた」


mcRCはVerse 1のTape Stopで息を呑む。


「ここ、予定切れた感じが出てる」


EGUIはVerse 3の低音を聴いて、少しだけ頷いた。


「残してる」


wataが見る。


「少し?」


EGUIは頷く。


「少し」


mcRCが笑った。


「伝わってるやん」


wataは嬉しそうに言う。


「観察と傾聴、できてるやん」


EGUIがすぐ言う。


「まだ下手なところはある」


wataが指を鳴らす。


「そこがいい」


Final Hook。


Beat Drop。


三人の声が一気に前へ出る。


No easy peace。

No fake beef。


その後。


余韻が残る。


短く喋れるだけの空間。


大げさではない。


不自然でもない。


ただ、曲終わりに一言置ける。


それだけの場所が、ちゃんと空いている。


wataは、黙った。


mcRCも黙った。


EGUIも黙った。


再生が終わる。


しばらく誰も何も言わなかった。


最初にwataが口を開いた。


「roughとは」


mcRCが言う。


「だいぶ仕上がってる」


EGUIが静かに言う。


「やらねえぞ、とは」


wataは、椅子にもたれた。


「触らねえって言ってたやん」


mcRCが笑う。


「めちゃくちゃ触ってる」


EGUIが頷く。


「必要だったんやろ」


その言葉で、少しだけ沈黙が落ちた。


必要だった。


BEEFは、言葉では返さなかった。


直接、文句も言わなかった。


研鑽にはBEEFに怒ったかもしれない。

with DJ BEEFに腹を立てたかもしれない。

一言言いたかったかもしれない。

綺麗すぎる場所に噛みつきたかったかもしれない。


でも、それはメールには乗ってこなかった。


返ってきたのは、音だった。


Tape Stop。

Short Silence。

MPC Chop。

Beat Drop。

少し残された余韻。


飲み込んだ言葉が、全部、音の形で返ってきていた。


mcRCは、静かに言った。


「……これ、返事やな」


wataは頷いた。


「めちゃくちゃ文句言ってる」


EGUIが言う。


「でも、ちゃんと聞いてる」


wataが笑った。


「文句言いながら聞いてる」


mcRCも笑う。


「BEEFさんらしい」


EGUIは、音源の波形を見ながら言った。


「直接言えないから、音に出た」


その言葉に、三人は少しだけ黙った。


今、自分たちに必要なのは、これを聴くことだった。


BEEFの言葉ではない。


BEEFの音。


その音の中にある、観察と傾聴の跡。


よく見る。


耳を傾ける。


それは、BEEFだけに向ける言葉ではない。


自分たちも、BEEFの音をよく見て、よく聞かなければならない。


wataが、もう一度再生ボタンを押した。


「もう一回」


低音が部屋を揺らす。


Tape Stop。

Short Silence。

MPC Chop。

Beat Drop。


三人は、何度も聴いた。


どこでBEEFが怒っているか。

どこでBEEFが飲み込んだか。

どこでBEEFが寄せてきたか。

どこでBEEFが自分を残したか。


それを、音から読む。


完全には分からない。


分かったフリもしない。


でも、聴く。


それが今できる、いちばん正しい距離だった。


wataは、曲終わりの余白を聴きながら、少しだけ笑った。


「ここで言うんやな」


mcRCが見る。


「悪かったよ」


wataは頷く。


「うん」


EGUIが静かに言う。


「BEEFさん、たぶん食らうな」


wataは、かなり楽しそうに笑った。


「食らうやろな」


mcRCも少し笑う。


「でも、悪い食らい方ではないと思う」


EGUIが頷く。


「うん」


wataは、もう一度曲終わりを再生した。


余韻。


空間。


言葉を置ける場所。


そこに、まだ声は入っていない。


BEEFは知らない。


当日まで知らない。


でも、それは大げさな仕掛けではなかった。


曲終わりに、wataが一言だけ喋る。


ただそれだけ。


ただ、その一言が、BEEFに届く。


三人はそれを知っていた。


だから、隠しているというより、温存していた。


wataは小さく呟いた。


「可愛いかよ、は当日まで我慢やな」


mcRCがすぐ言う。


「絶対今言うな」


EGUIも言う。


「温存」


wataは真面目に頷いた。


「はい」


三人はまた笑った。


完全に許した笑いではない。


でも、前より柔らかい笑いだった。


その夜、リバクラボラトリーでは、NO EASY PEACEが何度も流れた。


鳴るたびに、BEEFの不器用さが見えた。


止まるたびに、BEEFの飲み込んだ言葉が残った。


それはまだ、信頼ではない。


でも、信頼の前に必要なものだった。


よく見ること。


耳を傾けること。


そして、返ってきたものを、ちゃんと受け取ること。


三人は、その夜、BEEFから初めて「音で返事」を受け取った。


そして、三本目の箱の一曲目が、ようやく完成した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Image Song

この物語のために制作したイメージ楽曲です。

YouTubeでイメージ楽曲を聴く

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ