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ラップ付き小説 ReversCrown 元気ないやつこっちおいで  作者: egubi
暴れ牛ビーフ編

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3-4-13 黒歴史フォルダ



FEELが終わっても、ライブは終わらない。


むしろ、そこからだった。


一曲目が終わったあとの拍手は、熱狂というより、確認に近かった。


「今の、よかった」


「でも、何か違った」


「今日のBEEF、前回と違う」


「リバクラも、ちょっと探ってる」


そんな言葉にならない揺れが、会場のあちこちに残っていた。


けれど、客席は引いていなかった。


むしろ、少し前のめりになっていた。


前回のように一気に燃やされる感じではない。


今日のライブは、温度がじわじわ上がる。


客席が、三人を見ている。

BEEFを見ている。

そして、三人とBEEFの間にある見えない距離を、なんとなく感じている。


内情は分からない。


分からない。


でも、何かある。


その気配だけが、音の隙間に混ざっていた。


―― mcRC ――


二曲目に入る前、mcRCは客席を見た。


前列のリバクルーは、いつもより少し静かだった。


怖がっているわけではない。

冷めているわけでもない。


ただ、見ている。


今日の三人がどう動くのか。

BEEFがどこで入るのか。

前回の熱が今日どう変わるのか。


それを、息を詰めるように見ている。


mcRCは、マイクを軽く握り直した。


右手に、まだ少し痛みがある。


強く握れば、思い出す。


壁。

音。

拳。

自分の未熟さ。


その痛みを、客席には見せない。


だが、なかったことにもできない。


だから、握る力を少しだけ緩めた。


「ありがとう」


mcRCは言った。


「今日は、ひとつずつ行こう」


その言葉に、客席が頷くように静まる。


ひとつずつ。


今の自分に言った言葉でもあった。


BEEFをすぐ理解しない。

すぐ許したことにしない。

すぐ敵にもしない。


ひとつずつ。


そう思いながら、mcRCは次の曲へ入った。


―― BEEF ――


BEEFは、二曲目の音を出しながら、三人を見ていた。


見すぎるな。


それは、さっきのリハで分かった。


見るな、ではない。


見ろと言われた。


だが、見すぎるとやりにくいらしい。


めんどくせえ。


本気でそう思う。


客席を見るのは、まだ分かる。


動いているか。

冷えているか。

前に来ているか。

置いていかれているか。


それは身体で分かる。


でも三人を見るのは、まだ難しい。


mcRCは、客席を見ながら言葉を置く。

wataは、走り出す前にほんの少し肩が動く。

EGUIは、意味を置く前に息が低くなる。


そういうものが見え始めていた。


見え始めている。


でも、それをどう扱えばいいのかが分からない。


見えたから、引くのか。

見えたから、押すのか。

見えたから、止めるのか。

見えたから、壊すのか。


全部、違う気がする。


BEEFは、二曲目のフック前で少しだけ指を止めかけた。


ここで落とせる。


いつもの自分なら、落とす。


一拍、切る。

声を残す。

そこから戻す。


客席は動く。


でも、今日は一瞬だけ三人を見た。


mcRCは、まだ曲の入口を作っている。

wataは、走りたそうにしている。

EGUIは、意味を落とす場所を待っている。


今、切ると早い。


BEEFは、切らなかった。


代わりに、クラップを少しだけ遅らせた。


ほんのわずか。


客席には分からないかもしれない。


でも、wataが反応した。


眉が少し上がる。


乗ってきた。


BEEFは思った。


来たな。


ただ、次の瞬間には、また分からなくなった。


今のは良かったのか。


偶然か。


合わせたのか。


合わせすぎたのか。


分からない。


BEEFは顔に出さない。


出さないまま、次の音を送った。


―― wata ――


wataは、二曲目の中盤で気づいた。


BEEFが、前回みたいに踏み抜いてこない。


それどころか、ところどころで待っている。


待っている。


その言葉が、ちょっと気持ち悪かった。


BEEFが待つ。


似合わない。


前回のBEEFは、待たなかった。


曲がどこへ向かおうが、三人がどこで息を吸おうが、自分の見た熱を優先して音を叩き込んできた。


腹が立った。


でも、ライブとしては強かった。


今日のBEEFは、そこまで来ない。


来ないなら来ないで、また腹が立つ。


そこは来いよ。


そこは支えろ。


そこは切ってええやろ。


思う。


思うのに、来ない理由が前回とは違う気がする。


wataはVerseの途中で、BEEFの方を一瞬見た。


BEEFは、すぐに目を逸らした。


いや、何で逸らすねん。


見てたやろ。


見ろって言われたから見て、見すぎやって言われたから逸らす。


小学生か。


wataは内心で噛みついた。


でも、その直後に自分の中で何かが引っかかった。


小学生か。


その言葉が、自分に跳ね返った。


いや。


やめろ。


今はそれを掘るな。


wataはフロウを詰めた。


詰めて、言葉でその気配を押し流した。


だが、押し流したはずのものは、喉の奥に残った。


あれ。


あの不器用さ。


どこかで見たことがある。


そんな気がした。


―― 客席 ――


三曲目が終わるころには、客席は少しずつ今日の温度に慣れ始めていた。


前回みたいな、胸を乱暴に掴まれる感じではない。


今日のBEEFは、明らかに違う。


BEEF勢の数人は、それを見逃さなかった。


「今日、落とし方が控えめだな」


「控えめっていうか、見てる」


「誰を?」


「三人」


「BEEFが演者見るのは普通だろ」


「いや、今日の見方違う。なんか確認してる」


「確認?」


「知らん。たぶん」


「丸くなったらつまんねえぞ」


「でも、さっきのズラしは良かった」


「分かる。あれ、リバクラに合わせたっていうより、引っ掛けた」


「じゃあ悪くないのか」


「分からん」


「分からんな」


BEEF勢は、BEEFの良さを知っている。


壊すところ。

急に落とすところ。

空気を乱すところ。

客の身体を強引に動かすところ。


だから、今日のBEEFが遠慮しているように見えると、少し不満がある。


でも、完全に悪いとも言えない。


なぜなら、時々ちゃんとBEEFだったからだ。


大人しくなったわけではない。


消えたわけでもない。


ただ、何かを測っている。


それがもどかしい。


リバクルー側も、似たような違和感を持っていた。


「前回より怖くない」


「でも、ちょっと変」


「三人も探ってる?」


「mcRCさん、客席見るタイミングいつも通りだけど、たまに後ろ見る」


「wataさん、BEEFにちょいちょいキレてない?」


「EGUIさんは静かに聴いてる感じ」


「今日、何かあるね」


「でもライブはいい」


「うん、いい」


いい。


それは確かだった。


だが、よくある「いい」ではなかった。


今日のライブは、完成しているからいいのではない。


揺れているから、目が離せなかった。


―― EGUI ――


EGUIは、後半の曲でBEEFの変化をもう少しはっきり感じた。


BEEFは、言葉を壊さないようにしている。


それは分かる。


ただ、やり方がまだ粗い。


言葉を立てるために音を引く。


それ自体は間違いではない。


だが、引きすぎると、言葉だけが裸になる。


意味は、声だけで届くわけではない。


音の重さ。

間。

低音。

前後の温度。

客席の息。


そこまで含めて、意味は届く。


BEEFは、それを少しずつ掴もうとしているように見えた。


だが、掴み方が下手だった。


EGUIは歌いながら、BEEFの音を聴いていた。


前回なら、ここで入ってきた。

今日は入らない。


前回なら、ここで切った。

今日は切らない。


前回なら、ここで客席を持っていった。

今日は三人の呼吸を待っている。


待っている。


その待ち方がぎこちない。


EGUIは、一瞬だけ自分の過去を思い出しかけた。


言葉を正しく置けば、伝わると思っていた頃。


相手が受け取れる状態かどうかを見ずに、正しい言葉を出していた頃。


間違ってはいない。


でも、届いていない。


それを「相手が分かっていない」と思っていた頃。


EGUIは、そこで思考を切った。


今じゃない。


まだBEEFの話だ。


自分たちの昔の話ではない。


そう思ったが、完全には切れなかった。


黒いフォルダのようなものが、頭の奥で少しだけ開きかけた。


EGUIは、マイクを握る手に力を入れた。


今はライブ中。


客には関係ない。


最後までやる。


―― mcRC ――


ライブの後半、mcRCは一度だけはっきりとBEEFを見るタイミングを作った。


曲のつなぎ。


客席が拍手をしている。


wataが水を飲む。


EGUIが呼吸を整える。


BEEFが次の音を準備する。


その数秒の間。


mcRCは、BEEFを見た。


BEEFも見た。


目が合った。


今度は、mcRCが先に逸らさなかった。


BEEFも、すぐには逸らさなかった。


ほんの短い時間。


けれど、そこには前回にはなかったものがあった。


敵意ではない。


信頼でもない。


謝罪でもない。


ただの確認。


次、行くぞ。


そのくらいの、雑で不完全な確認。


BEEFは、ほんの少し顎を動かした。


頷いた、というほどではない。


でも、合図ではあった。


mcRCはマイクを上げた。


「まだ行けるか」


客席が返す。


「行ける!」


「行く!」


「来い!」


wataが笑う。


「来いって言われてるで」


EGUIが短く言う。


「行くぞ」


BEEFが音を出す。


次の曲は、前回より少しだけ攻めた。


ただし、雑には壊さない。


BEEFは、曲の頭で一瞬だけキックを抜いた。


客席が前へ出る。


wataがそこに入る。


mcRCが景色を作る。


EGUIが意味を置く。


BEEFが、後ろからその流れを切らずに、斜めへ押した。


会場が上がった。


前回のように、焦げるほどではない。


でも、確実に上がった。


mcRCは歌いながら思った。


今のは、悪くなかった。


いや。


認めるのは早い。


早い。


でも。


今のは、悪くなかった。


―― BEEF ――


BEEFは、終盤になって少しだけ分かった気がした。


全部は分からない。


相変わらず、三人の細かい感情は分からない。


mcRCがどこで無理しているのか。

wataがどこで怒りをフロウに変えているのか。

EGUIがどこで言葉を抑えているのか。


全部は分からない。


だが、音なら分かる。


三人がどこで前へ出たいか。

どこで間を欲しがっているか。

どこで客席を見ているか。

どこで足元を求めているか。


それは、少しだけ分かる。


BEEFは、最後の曲で一度だけ強く仕掛けた。


前回のように壊すのではない。


試す。


三人が受け取れる場所に、少しだけ鋭い音を置く。


フック前。


短いスクラッチ。


一拍のズレ。


そこから重いキック。


客席が跳ねる。


wataが笑った。


マイク越しではない。


ほんの一瞬、口元が笑った。


EGUIが声を押した。


mcRCが客席を前に連れていった。


BEEFは思った。


受けた。


じゃあ、もう一つ。


すぐに二つ目を入れようとして、やめた。


やりすぎるな。


その言葉が、自分の中から出たのか、新川の声なのか、分からなかった。


BEEFは、指を止める。


音を残す。


三人が走る。


客席が返す。


それでいい。


たぶん。


BEEFは、少しだけ息を吐いた。


たぶん。


そればかりだった。


―― 終演 ――


最後の曲が終わった時、会場は温まっていた。


前回のような、火傷みたいな熱ではない。


けれど、確かな熱だった。


拍手が広がる。


歓声もある。


「よかった!」


「今日めっちゃよかった!」


「BEEF!」


「リバクラ!」


「また来る!」


客席の声は明るかった。


ただし、どこか探るような余韻も残っている。


それは、悪いものではなかった。


今日のライブは、分かりやすい勝利ではない。


派手な事件でもない。


でも、何かが少し動いた。


そういう夜だった。


mcRCは深く頭を下げた。


wataも続く。


EGUIも頭を下げる。


BEEFはDJブースの後ろで、軽く片手を上げただけだった。


それでも、BEEF勢から声が飛ぶ。


「BEEF、今日変だったぞ!」


客席が笑った。


BEEFは眉を動かす。


「うるせえ」


マイクには乗っていない。


でも、近くの客には聞こえたらしい。


笑いが広がる。


リバクルー側からも声が飛ぶ。


「でもよかった!」


別の声。


「またやって!」


BEEFは、何も返さない。


ただ、機材の方を向いた。


耳が少し赤い。


たぶん、照明のせい。


少なくとも、本人はそういう顔をしていた。


―― 終演後:舞台袖 ――


客席が少しずつ外へ流れていく。


スタッフが誘導する。


物販に向かう人。

ドリンクを飲む人。

友人と感想を言い合う人。

スマホで何かを打っている人。

BEEF勢同士で首をひねりながら笑っている人。


ステージ裏では、撤収の音が始まっていた。


ケーブル。

ケース。

水のボトル。

汗の匂い。

照明の熱。

床に残った振動。


三人とBEEFは、少し離れた場所にいた。


前回のような爆発はない。


怒鳴り合いもない。


壁を殴る音もない。


ただ、妙に気まずい。


BEEFが先に口を開いた。


「……おつかれ」


短い。


だが、前回より少し早かった。


mcRCは一瞬だけ反応が遅れる。


「お、おお……おつかれさまです」


wataも続く。


「……よかったっすよ」


BEEFが見る。


「何が」


wataは少し困った顔をした。


「いや、全体的に」


「雑だな」


「あなたに言われたくないっす」


BEEFは、少しだけ鼻で笑った。


「そうかよ」


EGUIが静かに言った。


「悪くなかったです」


BEEFはEGUIを見る。


「それ、褒めてんのか」


EGUIは少し考えた。


「褒めてます」


wataがすぐ言う。


「今の間、褒めてる人の間じゃないけどな」


EGUIは淡々と返す。


「言葉を選んだ」


BEEFが低く言う。


「選ぶな」


wataが笑いかけて、少し止めた。


まだ笑いきれる距離ではない。


でも、前回よりは声が柔らかい。


mcRCは、それを感じた。


BEEFは機材ケースの取っ手を持つ。


「また、次な」


それだけ言って、少し歩き出す。


mcRCは、思わず声をかけた。


「あの」


BEEFが振り返る。


「何だよ」


言いたいことは、いくつもある。


今日、見てましたよね。


前回とは違いました。


でも、まだやりにくかったです。


何をしようとしてたんですか。


それ、聞けばよかった。


でも、今聞くとまた別の話になる気がした。


まだ早い。


mcRCは、少しだけ言葉を変えた。


「次も、お願いします」


BEEFは、数秒だけ黙った。


それから、視線を逸らして言う。


「……おう」


短い。


でも、返ってきた。


BEEFはそのまま歩いていく。


新川さんが少し離れた場所で、その背中を見ていた。


何も言わない。


止めもしない。


ただ、見ている。


mcRCは、その視線に気づいたが、今日は何も言わなかった。


―― 三人 ――


BEEFが見えなくなったあと、三人はしばらくその場に残っていた。


スタッフの足音が遠い。


客席の声も、少しずつ外へ流れている。


会場の熱が、ゆっくり現実へ戻っていく。


wataが、最初に口を開いた。


「……なあ」


mcRCは、BEEFが去った方向を見たまま返す。


「うん」


EGUIが水を開ける。


「何や」


wataは少しだけ言いにくそうにした。


「今日、なんか感じんかった?」


mcRCは、すぐには答えなかった。


感じた。


それは、確かに感じた。


でも、それを言葉にすると、認めすぎる気がした。


「……感じた」


EGUIも短く言う。


「俺も、少し」


wataは、少し安心したように息を吐いた。


「やんな」


三人の間に、妙な沈黙が落ちる。


いい沈黙ではない。


でも、悪い沈黙でもない。


何かを整理するための沈黙だった。


mcRCが言う。


「前回みたいに、こっち無視して音を入れてきた感じではなかった」


wataがすぐ頷く。


「それは思った。けど、見すぎ」


EGUIも言う。


「見てはいた」


wataは両手を広げた。


「見てはいた。けど、見方が下手。俺の入り、めっちゃ見てたもん。睨まれてるんかと思ったわ」


mcRCは小さく笑った。


「俺も見られた」


「やろ」


EGUIが言う。


「俺のところは、音を引きすぎてた」


wataが振り向く。


「あー、それ思った」


EGUIは少し考えながら続ける。


「たぶん、言葉を立てようとした。でも、支えが消えた。守ろうとして手を離した感じ」


mcRCは、その言い方に頷いた。


「FEELの入りも、それやった」


wataが苦い顔をする。


「でも、途中で戻したんよな」


「うん」


「遅いけど」


EGUIが頷く。


「遅い」


mcRCも言う。


「遅い」


wataが少し笑った。


「三人一致で遅い」


笑いは小さい。


でも、少しだけ空気が柔らかくなった。


mcRCは、ゆっくり言った。


「……つまり、下手?」


wataは即答する。


「下手」


EGUIも頷く。


「下手やな」


mcRCは、言ってから少し眉間を押さえた。


「いや、何かすごい雑な結論やけど」


wataが言う。


「でも、今日の印象それやろ」


「まあ」


「見ようとはしてるっぽい。でも下手」


その言葉で、三人とも少し黙った。


見ようとはしてるっぽい。


それは、かなり大きな言葉だった。


前回のBEEFには、そう見えなかった。


少なくとも、三人には。


客席は見ていた。


熱は見ていた。


だが、三人の痛みは見ていなかった。


今日は。


見ようとしていた。


たぶん。


まだ、たぶん。


mcRCは、ゆっくり口を開いた。


「……もしかして」


wataが見る。


「何」


mcRCは、自分でもまだ言いたくない顔をした。


「あいつ、人を無視してるんじゃなくて」


EGUIが静かに続きを待つ。


mcRCは、少しだけ言葉を選ぶ。


「見方が分かってないだけ、かもしれない」


wataは、すぐには頷かなかった。


「それは、甘く見すぎちゃう?」


mcRCは頷く。


「かもしれん」


「実際、前回こっちは食らってるし」


「それもそう」


「音が良かったからって、全部チャラにはならん」


「ならん」


EGUIが低く言う。


「でも、前回とは違った」


wataは、口を閉じた。


反論しない。


できない。


違ったのは、確かだった。


mcRCは、右手を軽く開いて、閉じた。


「俺も、まだ信用はしてない」


wataが頷く。


「うん」


「でも、今日のあれは、前回とは違う」


EGUIが言う。


「観察はしてた」


wataがすぐ言う。


「下手やけどな」


EGUIは頷く。


「下手やけど」


また、小さな笑い。


そして、沈黙。


その沈黙の中で、mcRCがふと嫌な顔をした。


「……待て」


wataがすぐ反応する。


「何」


mcRCは額を押さえる。


「それ、昔の俺らにも、ちょっとあるかもしれん」


wataの顔が一瞬で歪んだ。


「やめろ」


EGUIは静かに言う。


「あるな」


wataがEGUIを見る。


「乗るな」


EGUIは水を飲んだ。


「あるものはある」


wataは両手で顔を覆った。


「開くな。今そのフォルダを開くな」


mcRCは、すでに苦い顔をしていた。


「パスワード付きの黒歴史フォルダが、勝手に復元されてる」


EGUIが淡々と続ける。


「バックアップ残ってたな」


wataが呻く。


「最悪や」


mcRCは、壁にもたれた。


「俺、人の顔見えすぎるくせに、確認せず勝手に抱えてた時期あるわ」


wataがすぐ手を上げる。


「待て待て待て、具体例出すな」


「まだ出してない」


「出しそうな顔してる」


EGUIが言う。


「俺も、正しい言葉を出せば伝わると思ってた」


wataがさらに慌てる。


「お前まで開くな!」


EGUIは真顔だった。


「まだ表紙だけや」


「表紙で十分怖いわ」


mcRCがwataを見る。


「wataもあるやろ」


wataは即答した。


「ない」


EGUIが言う。


「ある」


mcRCも言う。


「ある」


wataは二人を指差した。


「お前ら、こういう時だけ連携すな」


mcRCが少し笑う。


「言葉で勝ったら伝わった気になってた時期」


wataは目を閉じた。


「やめろ」


EGUIが続ける。


「韻で包んで、本音を隠す」


wataは胸を押さえた。


「殺すな。俺をここで殺すな」


mcRCは笑った。


本当に少しだけ。


でも、その笑いは救いだった。


重い話の入口で、三人が少し笑えた。


それは、前回の夜にはなかった。


wataは、顔を上げて息を吐いた。


「……まあ、でも」


mcRCが見る。


wataは、BEEFが去った方を見る。


「あいつ見てたら、ちょっと嫌な箱開きそうになるのは分かる」


EGUIが頷く。


「自分の未熟な時期に似た匂いはある」


mcRCは、静かに言った。


「だから腹立つのかもしれん」


その言葉で、また三人は黙った。


BEEFに腹が立つ。


それは変わらない。


でも、その腹立ちの中に、別のものが混ざり始めている。


見下ろしではない。


同情でもない。


許しでもない。


ただ、自分たちの中にもあったものを、BEEFの中に見そうになる。


それが嫌だった。


嫌なのに、見えてしまう。


wataが小さく呟いた。


「めんどくさいな」


mcRCが頷く。


「めんどくさい」


EGUIも言う。


「でも、見えたなら無視はできん」


wataはEGUIを見た。


「それが一番めんどくさい」


EGUIは何も言わない。


その通りだったからだ。


mcRCは、深く息を吐いた。


「まだ、決めつけんでいこう」


wataが頷く。


「うん」


EGUIも頷く。


「観察やな」


wataがすぐに顔をしかめる。


「言い方、仕事みたいで嫌やな」


mcRCが少し笑う。


「でも、それしかない」


wataは渋々頷いた。


「見るだけ。まだ信じない」


EGUIが言う。


「それでいい」


mcRCも頷く。


「それでいい」


そこへ、新川さんが少し離れた場所から近づいてきた。


三人は同時に少し姿勢を直した。


新川さんは、三人の顔を順に見た。


「お疲れさまでした」


mcRCが返す。


「お疲れさまです」


wataも言う。


「お疲れさまです」


EGUIも頷いた。


新川さんは、少しだけ間を置いた。


「今日は、前回とは違いましたね」


三人は、すぐには答えなかった。


先に言われたくなかった。


でも、言われたことは同じだった。


mcRCは苦笑した。


「……そうですね」


wataが小さく言う。


「見えてました?」


新川さんは頷いた。


「全部ではありません。でも、変化はありました」


EGUIが聞く。


「BEEFさんの?」


新川さんは、少しだけ考えてから言った。


「BEEFさんだけではありません」


三人が黙る。


その言い方は、ずるかった。


また一枚上手な感じがした。


mcRCは少しだけ目を細めた。


新川さんは、それ以上踏み込まなかった。


「今日は、このくらいでいいと思います。撤収と導線を優先しましょう」


そう言って、少し頭を下げる。


「次もありますから」


次もある。


その言葉は、重かった。


BEEFとの次。


ライブの次。


自分たちの黒歴史フォルダの次。


まだ、何も終わっていない。


wataが小さく言った。


「次、か」


mcRCは頷く。


「次やな」


EGUIが、短く言う。


「次は、もう少し見えるかもしれん」


wataが顔をしかめる。


「見えたら見えたで、まためんどくさいけどな」


mcRCは笑った。


「まあ、それはそう」


三人は、ようやく動き出した。


機材を片づける。

水を回収する。

マイクを拭く。

客席へ軽く頭を下げる。

スタッフに礼を言う。


ライブは終わった。


でも、何かが始まっていた。


まだ名前はない。


まだ結論もない。


ただ、三人の中で、同じフォルダが開きかけている。


パスワード付きの黒歴史フォルダ。


そして、その向こうにいるBEEFは、まだこちらを見ていないようで、少しだけ見ている。


見ようとしている。


下手くそに。


その下手さが、腹立たしくて。


その下手さが、少しだけ、見覚えがあった。

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