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ラップ付き小説 ReversCrown 元気ないやつこっちおいで  作者: egubi
暴れ牛ビーフ編

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83/186

3-4-12 FEEL


二本目の箱は、前回より少し天井が高かった。


その違いだけで、音の返り方が変わる。


前回の小箱は、音が近すぎた。

低音が壁に当たって、床から跳ねて、胸の奥を直接叩きにくるような場所だった。


今日の箱は、もう少し奥行きがある。


ステージの上には、黒いマイクスタンドが三本。

奥にはDJブース。

右手には小さなバーカウンター。

壁際には物販用の長机。

天井の梁には、まだ点いていない照明がいくつも吊られている。


青白い作業灯だけが、ステージの床を薄く照らしていた。


―― mcRC ――


mcRCは、会場に入ってすぐ客席の奥を見た。


近さで押し切る箱ではない。


今日は、声を飛ばす必要がある。

言葉を奥まで届ける必要がある。

空気を一面でつかむより、奥から手前へじわっと温める箱だ。


前回とは違う。


そう思った瞬間、前回の熱が胸の奥で少しだけ動いた。


壁を叩いた音。

BEEFの「分かんねぇ」。

Kateの固まった顔。

新川さんの静かな声。

wataの怒鳴り声。

EGUIの低い言葉。


まだ、残っている。


消えていない。


消えていないまま、二本目の箱へ来た。


mcRCはマイクスタンドの位置を確認した。


中央にmcRC。

右にwata。

左にEGUI。


いつもの位置。


ただ、その後ろにBEEFの機材がある。


DJブース。


前回は、その場所から音が予定を壊し、三人の感情を削り、客席を動かした。


音はすごかった。


それは認めている。


でも、そのすごさをそのまま信用できるほど、まだ心は追いついていない。


BEEFの音は信用できる。


BEEFの距離感は、まだ信用できない。


その二つが同じ人間の中にある。


だから、厄介だった。


―― wata ――


wataは、ステージに上がると床を軽く踏んだ。


「前より鳴るな」


音が足裏から返ってくる。


でも、前回の箱のように、すぐ胸まで戻ってくる感じではない。


もう一度、床を踏む。


「前の箱やったら、足元で全部返ってきたやん。今日は奥に飛ぶ」


wataは、ステージ横に置いたペットボトルの位置を直した。


一度置く。

また少し動かす。

タオルを畳む。

マイクケーブルを足で避ける。

またペットボトルを見る。


落ち着かない時の癖だった。


別に、怖いわけではない。


いや、怖いという言い方は違う。


腹が立っている。


まだ腹が立っている。


でも、BEEFの音を完全に否定できない自分にも腹が立っている。


前回、自分は食らいついた。


客席には、それが気迫に見えた。


評価もされた。


たぶん、かなり。


でも、あのフロウは、自分だけで作ったものではなかった。


BEEFに壊されて、追い込まれて、怒りで噛みついた。


それを「よかった」と言われることが、まだ少し気持ち悪い。


wataは、マイクを持ち上げて軽く回した。


今日もやる。


客には関係ない。


それは分かっている。


分かっているが、BEEFの顔を見たら何か言ってしまいそうだった。


―― EGUI ――


EGUIはスマホでセットリストを確認していた。


一曲目。


FEEL。


何度見ても変わらない。


EGUIは画面を閉じた。


この曲は、上げ曲ではない。


最初から叫ばせる曲でもない。


痛みを隠さず、そのまま履いて歩く曲だ。


だからこそ、今やる意味はある。


でも、今やるからこそ難しい。


前回の痛みが残っている。

怒りも残っている。

不信も残っている。

BEEFの「分かんねぇ」も残っている。


その状態で「感じろ」と歌う。


それは、客席だけに向ける言葉ではない。


自分たちにも返ってくる。


EGUIは、客席の奥を見た。


まだ誰もいない。


空っぽのフロア。


でも、数時間後には人が入る。


その人たちに、こちらの未整理な怒りを投げるわけにはいかない。


客には関係ない。


だから、意味を守る。


ただし、守ることと、怒りを隠すことは違う。


そこを間違えたら、また刺しすぎる。


EGUIは、ゆっくり息を吐いた。


「来た」


wataが顔を上げる。


「BEEF?」


「うん」


―― BEEF ――


BEEFは入口から入ってきた。


黒いキャップ。

黒いジャケット。

片手に機材ケース。


歩き方は変わらない。

周囲を見る目も変わらない。

機材を運ぶ動きも速い。


いつも通り。


そう見えるように歩いた。


でも、三人の近くを通る時、ほんの一瞬だけ足が遅くなった。


自分でも分かった。


遅くなった。


余計なことを考えている。


前なら、そんなことはなかった。


機材を置く。

音を出す。

客を見る。

動かす。


それだけだった。


でも今は違う。


三人がいる。


mcRC。

wata。

EGUI。


前回、止まっていなかった。


返していた。

歌っていた。

客席も動いていた。


だから大丈夫だと思った。


でも違った。


止まっていないことと、傷ついていないことは違います。


新川の声が、まだ残っている。


BEEFはDJブースの横に機材ケースを置いた。


「……おつかれ」


低い声で言った。


三人が返す。


少し間がある。


敬語が残る。


それが、今の距離だった。


BEEFは、それ以上何も言わなかった。


言えることがない。


言いたいことがないわけではない。


ただ、何を言えばいいのか分からない。


だから、機材を開けた。


―― 全体 ――


新川さんが、少し遅れて入ってきた。


「お疲れさまです」


全員が軽く頭を下げる。


新川さんは、三人とBEEFの距離を見た。


近くない。

遠すぎもしない。

でも、空気の間には、はっきり段差がある。


その段差を見て、新川さんは余計なことを言わなかった。


「リハ、確認事項を絞ります」


全員が黙って聞く。


「一曲目、FEELの入り。曲中の止める合図。曲順変更時の最低限の目線。今日はそれだけです」


wataが小さく頷く。


EGUIも頷く。


mcRCはBEEFを見る。


BEEFも、短く頷いた。


「分かった」


それだけ。


いつも通りに短い。


でも、今日はその短さが妙に重い。


新川さんが続ける。


「感情面の話は、ライブ前には広げません」


BEEFの目が少しだけ新川さんへ向いた。


三人も、何も言わない。


その一言で、全員が同じものを思い出していた。


前回の楽屋。

怒鳴り合い。

壁の音。

BEEFの「分かんねぇ」。

新川さんがBEEFを帰さなかった時間。


でも、今日はそこに触れない。


触れないまま、ライブをやる。


客には関係ない。


―― リハーサル:mcRC ――


FEELのイントロが、まだ空っぽのフロアに流れた。


客がいない会場は、妙に広く聞こえる。


低音が床を撫でる。

スネアが壁に軽く当たる。

マイクチェックの声が、天井へ抜ける。


mcRCはマイクを握った。


「朝焼けより先に鳴るアラーム」


一行だけ乗せる。


声は出る。


奥まで届く。


でも、少し硬い。


それは自分のせいだけではなかった。


BEEFの低音が、思ったより浅い。


mcRCは、一瞬だけ眉を動かした。


薄い。


前回なら、ここでBEEFはもっと沈めてきたはずだ。


痛みの曲なら、腹の下から来る低音で支える。

客席の足元を少し暗くして、そこから声を浮かせる。


その方が、曲は強くなる。


でも今、音は少し引いていた。


刺しすぎないようにしているのか。

それとも、ただ探っているのか。

それとも、前回のことが残っているのか。


分からない。


mcRCは一度止めた。


「すみません。FEELの入り、もう一回いいですか」


BEEFは、ミキサーのつまみに手を置いた。


「低いか」


「いや、低いというより」


mcRCは言葉を探した。


低いのではない。


むしろ浅い。

でも、そのまま言うと刺さる気がした。


「支えが、少し遠いです」


BEEFの指が止まる。


「遠い」


「はい」


wataが横から言う。


「前回の逆っすね」


一瞬、空気が固まった。


言わなくていい一言だったかもしれない。


でも、wataは言った。


言わずにいられなかった。


BEEFはwataを見る。


wataも見る。


EGUIが少しだけ息を吸う。


mcRCは、間に入るように言った。


「今の曲は、痛みを感じる曲なんで。刺すんじゃなくて、沈めたい。でも、沈める支えは欲しいです」


BEEFはmcRCを見た。


「刺すな。でも支えろ」


「はい」


「めんどくせえな」


wataがすぐに言う。


「そういう曲です」


BEEFはwataを見る。


wataは引かない。


BEEFは少しだけ鼻で息を吐いた。


「もう一回」


イントロが鳴る。


今度は、低音が少し深くなる。


でも、まだ抑えている。


前回のように、音で場を握り潰す感じはない。


mcRCはその上に声を置く。


「朝焼けより先に鳴るアラーム」


さっきより、声が乗る。


けれど、どこかBEEFの音が、後ろから手を添えているだけに感じる。


押してはこない。

掴んでもこない。

支えてはいる。

でも、遠い。


やりにくい。


―― リハーサル:wata ――


wataは、横でマイクを回しながらBEEFを見た。


BEEFは、mcRCを見ていた。


客席ではない。

スピーカーでもない。

ミキサーでもない。


mcRCの表情を見ている。


ただ、その見方が不器用だった。


演者同士の確認は、普通なら一瞬でいい。


目を合わせる。

呼吸を見る。

すぐ音へ戻る。


でもBEEFは、少し長い。


見すぎる。


確認しているというより、探っている。

探っているというより、睨んでいるようにも見える。


wataは思わず呟いた。


「見すぎやろ」


BEEFが聞いた。


「何だ」


「いや、別に」


「言え」


wataは眉を寄せた。


「見るなら見るでええんすけど、そんな見られるとやりにくいっす」


BEEFの顔が少しだけ硬くなる。


「見ろって言っただろ」


wataは一瞬、言葉に詰まった。


言った。


正確には、そういう話をした。


音で分かれじゃなく、こっちを見ろ。

客だけじゃなく、三人も見ろ。

影響を見ろ。


確かに、そういう話をした。


でも。


wataは額を押さえた。


「見方があるやろ」


BEEFは黙る。


EGUIが低く言う。


「そこは、たぶん慣れです」


BEEFがEGUIを見る。


「慣れ」


「はい」


「知らねえよ」


wataがすぐ返す。


「だから困ってんねん」


また少し空気が尖る。


新川さんが手を上げた。


「リハの確認に戻しましょう」


その声で、一度止まる。


全員が、少しだけ口を閉じた。


新川さんは淡々と言う。


「今は、見方の正解を決める時間ではありません。FEELの入りを成立させる確認です」


BEEFは、ミキサーへ目を戻した。


wataは少しだけ舌打ちしそうな顔をして、しなかった。


まだ腹は立つ。


でも、前回とは違う。


前回は、見ていなかった。


今回は、見ている。


ただ、下手。


その言葉までは、まだはっきり浮かばない。


でも、何かが違う。


おや。


その程度だった。


―― リハーサル:EGUI ――


三回目のイントロ。


BEEFは、低音を少しだけ調整した。


浅すぎず。

深すぎず。


まだ完璧ではない。


でも、少しだけましになった。


mcRCが声を置く。


今度は、言葉が沈まずに立った。


wataが、小さく頷く。


EGUIも、ほんの少しだけ頷いた。


BEEFは、その二人の動きを見た。


見た。


また少し長い。


wataが視線だけで「長い」と言う。


BEEFは顔を逸らした。


EGUIは、それを見ていた。


不器用だと思った。


ただし、それを今言う気はなかった。


今言えば、また刺さる。


BEEFは、たぶん見ようとしている。


でも、見方が分からない。


見ればいいというものではない。

見すぎれば、相手がやりにくい。

引けばいいというものでもない。

引きすぎれば、支えが消える。


その加減を、BEEFはまだ持っていない。


少なくとも、今はそう見える。


ただ、これはまだ仮説にもならない。


ただの違和感。


ただの観察。


EGUIは、客席の奥を見た。


まだ客はいない。


でも、もうすぐ入る。


ここで崩している場合ではない。


「今ので、入りは一旦いけると思う」


EGUIが言う。


mcRCが頷く。


wataも頷く。


BEEFは、短く返した。


「分かった」


それだけだった。


―― 開場:mcRC ――


客が入り始めた。


前回とは、空気が違った。


BEEF勢はいる。


でも、前回ほど固まってはいない。


リバクルーもいる。

初見らしい客もいる。

少し年齢層が高い客もいる。

仕事帰りの服装の人が多い。


FEELには、合うかもしれない。


mcRCは、袖から客席を見た。


前の列に、前回もいたリバクルーがいる。

その後ろに、BEEF勢らしい数人。

腕は組んでいるが、前回ほど構えてはいない。

さらに奥に、初見らしい二人組。


客席は、まだ探っている。


前回の熱を知っている人間は、今日がどうなるのかを見ている。

初めて来た人間は、どこで身体を揺らせばいいのかを探している。

BEEF勢は、BEEFがどこで壊すのかを待っている。

リバクルーは、三人が前回の熱に焼かれていないかを見ている。


それぞれが、それぞれの入り口に立っていた。


mcRCはマイクを持った。


wataが横で首を回す。


EGUIは一度目を閉じた。


BEEFはDJブースに立っている。


表情は読めない。


けれど、前回より少しだけ視線が動いている。


客席。

三人。

ミキサー。

また客席。

mcRCの足元。

wataのマイク。

EGUIの姿勢。


見ている。


やっぱり、見ている。


ただ、それが良いことなのかどうかは、まだ分からなかった。


―― 本番:mcRC ――


照明が落ちた。


客席のざわめきが、一度沈む。


BEEFの指がフェーダーに触れる。


最初の低音が鳴った。


前回のように、床をいきなり殴る音ではない。


深い。


でも、抑えている。


客席が少しだけ息を潜める。


mcRCは一歩前に出た。


「行こうか」


短い声。


歓声が返る。


まだ大きくはない。


様子を見ている。


mcRCはマイクを口元へ持っていく。


FEELが始まった。


「朝焼けより先に鳴るアラーム」


声は、会場の奥へ飛んだ。


乾ききらないシャツ。

満員電車。

飲み込んだため息。

上司の一言。

残るミス。

頭の中で踊る、向いてないという声。


客席の前の方で、一人が小さく頷いた。


別の誰かが、目を伏せた。


FEELは、叫ばせる曲ではない。


最初から上げる曲でもない。


胸の中にあるものを、少しずつ表へ出させる曲だった。


BEEFは、その客席を見ていた。


足はまだ大きく動いていない。


でも、顔が変わる。


歓声ではなく、表情。


前回なら、BEEFはそこから低音で少し強引に前へ出させたかもしれない。


動かす。


止まっているなら、動かす。


けれど今日は、出ない。


BEEFは、音を一歩だけ引いた。


mcRCの声が立つ。


立つ。


でも、支えが少し薄くなる。


mcRCは歌いながら、それを感じた。


「でも止まれない 止まったら終わり」


そのラインで、本当は下がもう少し欲しい。


生活の重さを、低音で受けてほしい。


だがBEEFは引いている。


言葉を立てようとしている。


それは分かる。


でも、言葉は土台がないと孤立する。


mcRCは、歌いながら一瞬だけBEEFの方を見た。


BEEFも見ていた。


目が合う。


少し長い。


mcRCは、すぐに客席へ戻した。


長いんだよ。


心の中で思う。


でも、その長さが前回の無視とは違うことも、どこかで感じていた。


フックへ入る。


「Feel, feel, feel it now」


三人の声が重なる。


客席が、静かに揺れ始めた。


英語の一語一語を追っているわけではない。

でも、短い音の反復が、胸の奥を指で叩くように入っていく。


感じろ。


たぶん、そういう曲だ。


そのくらいの受け取り方で、客席は十分に入っていた。


大きく叫ぶのではなく、静かに揺れる。


FEELは、そういう入り方でいい。


ただ、mcRCの中には小さく残った。


BEEFが見ている。


でも、見方が長い。


BEEFが引いている。


でも、引き方が遠い。


前回とは違う。


でも、やりやすいわけではない。


おや。


その程度の違和感だった。


―― 本番:wata ――


FEELはVerse 2へ移る。


wataが前へ出る。


仲間といるはずなのに遠い輪。

笑ってる写真の中だけ多いな。


声は、いつもより少し固かった。


wata自身にも分かる。


硬い。


でも、今はそれでいい。


このVerseは、仲間の中にいる孤独の話だ。


笑っているのに、どこか遠い。

輪の中にいるのに、自分だけ少しズレている。

分かりたいのに、傷つくのが怖い。


今の自分には、少し刺さる。


BEEFに対しても。

リバクラの中の自分に対しても。


その固さを、BEEFが見ている。


wataは気づいた。


また見てる。


いや、見ているのは分かる。


見ろと言った。


でも、そんなに見られると、やりづらい。


wataは、あえて少し強めにフロウを入れた。


「冗談のノリ うまく返せない夜は」


そこで、BEEFが少しだけクラップを引いた。


wataの声を立てるため。


たぶん、そうだ。


でも、引きすぎた。


言葉は立った。


ただ、ビートの背中が消えた。


wataは内心で噛みつく。


ちゃう。


そこは残せ。


俺は声だけで浮きたいわけじゃない。


乗せろ。


支えろ。


でも、BEEFはまたwataを見ている。


確認している。


探っている。


wataは、その顔を見て、一瞬だけ怒りではないものを感じた。


何や、あれ。


迷ってる?


いや、知らん。


知らんけど。


前回みたいに踏み潰しては来ていない。


その違和感だけが残る。


wataは次のラインで、少し自分からビートへ寄せた。


「合わせて笑うたび 少しずつ fade out」


そこでBEEFが、ほんの少しベースを戻す。


遅い。


でも、戻した。


wataは心の中で言う。


遅いねん。


でも来たな。


何やねん。


フックへ戻る。


客席が少しずつ温まる。


前回のような爆発ではない。


でも、沈みすぎてもいない。


感情が、水面の下で動いている。


wataはBEEFを見ないようにして、少しだけ見た。


BEEFは、まだ見ている。


やっぱり長い。


でも、前回みたいにこっちを踏み潰す感じはない。


それが余計に、よく分からなかった。


―― 本番:EGUI ――


EGUIが前へ出る。


Verse 3。


ひとりの部屋。

時計の音。

誰の返信もない画面。

考えすぎて眠れない2AM。


EGUIの声は、低く始まった。


客席が静かになる。


ここは、言葉を聴く場所。


BEEFは、音を引いた。


今度は、かなり引いた。


EGUIの声が立つ。


立ちすぎるくらい立つ。


会場の奥まで、言葉が刺さる。


「何者でもないまま過ぎる day by day」


客席の一部が、息を止める。


いい。


言葉は届いている。


でも、EGUIはすぐに感じた。


支えがない。


これは、言葉を守っているのではない。


手を離している。


EGUIは、マイクを握る手に少し力を入れた。


「ひとりは自由、でも時に深い sea」


ここで本当は、音が沈むべきだった。


孤独の底を作るべきだった。


でもBEEFは引いている。


前回、THAT SEATで刺しすぎたことを気にしているのか。


それとも、意味を壊さないようにしているのか。


分からない。


ただ、下手だった。


EGUIは、歌いながら一瞬BEEFを見た。


BEEFも見ていた。


また、少し長い。


EGUIは視線を戻す。


「感じるってことは、生きてる証明に」


そのラインで、BEEFがようやく低音を少し戻した。


遅い。


でも、戻した。


EGUIは心の中で言った。


見てはいる。


ただ、遅い。


支えようとはしている。


でも、支え方を知らない。


それを、まだ言葉にはしない。


ライブ中だ。


客には関係ない。


EGUIは、Final Hookへ向けて声を少しだけ押した。


―― 本番:BEEF ――


BEEFは、客席を見た。


前の方の女性客が、目を伏せている。


奥の男性が、腕を組んだまま揺れている。


BEEF勢の数人は、BEEFを見ている。


何か違う、と顔に出ている。


リバクルーは、三人を見ている。


心配と集中が混ざっている。


BEEFには、その全部が一気に入ってきた。


客席。

三人。

音。

痛み。

前回の言葉。


止まっていないことと、傷ついていないことは違います。


見ろ。


でも、どう見ればいい。


BEEFは、一瞬だけ指を止めた。


ほんの一瞬。


曲は止まらない。


でも、BEEF自身の中で止まった。


壊すならここだ。


フック前に一度落として、短い静寂を作れば、客席はもっと深く沈む。

そこからFinal Hookで持ち上げれば、確実に動く。


前なら、そうした。


でも、それをやったら刺しすぎるのか。


また三人が食らうのか。


いや、引きすぎても曲が死ぬ。


じゃあどうする。


めんどくせえ。


BEEFは、奥歯を噛んだ。


そして、完全には壊さなかった。


でも、何もしないわけでもなかった。


フック前、短いフィルター。


音を細くして、空気を一瞬だけ絞る。


落としすぎない。


刺しすぎない。


でも、何もしないわけでもない。


三人が、その細い変化に乗った。


mcRCが一拍早く呼吸を入れる。

wataが母音を詰める。

EGUIが声を少しだけ押す。


Final Hook。


Feel, feel, feel it now.


今度は、客席の声も少し混ざった。


大合唱ではない。


でも、確かに返ってきた。


BEEFは、それを見た。


客席が動いている。


でも、前回のように燃え上がってはいない。


焦がしてはいない。


ただ、温まっている。


それが良いのか悪いのか、BEEFにはまだ分からない。


でも、三人は止まっていない。


いや。


止まっていないから大丈夫、ではない。


BEEFは一瞬だけmcRCを見る。


mcRCは歌いながら客席を見ている。


その横顔は、前回のように怒ってはいない。


でも、完全に安心している顔でもない。


wataは、フロウの端でBEEFを警戒している。


EGUIは、意味を守りながら音を聴いている。


BEEFは、少しだけ音を戻した。


強すぎず。


弱すぎず。


まだ下手だ。


でも、やろうとはしていた。


―― 客席 ――


曲が終わった。


客席から拍手が来る。


大きい。


ただ、前回のように爆発する歓声ではない。


じわっと広がる拍手。


「よかった」


誰かが言った。


「今日、入り方違うな」


別の誰かが言った。


BEEF勢の一人が首を傾げる。


「BEEF、丸くなった?」


隣が小さく返す。


「丸くなったっつうか、迷ってね?」


「でも、悪くはない」


「悪くはないけど、いつもの踏み込みはない」


「リバクラには合ってる?」


「分からん」


「分からんけど、見てる感じはある」


その言葉は、まだ評価ではない。


称賛でも、否定でもない。


ただの違和感。


おや。


それだけだった。


―― ステージ上:三人 ――


mcRCは、拍手を受けながら客席に礼をした。


「ありがとう」


いつもの声で言った。


wataも笑っていた。


EGUIも頷いていた。


BEEFは後ろで、次の音を準備している。


平気な顔。


でも、いつもより少しだけ、次の音に入るまでが遅かった。


mcRCは、それを見た。


おや。


wataも、たぶん見た。


EGUIも、見た。


でも、まだ誰も言わない。


言葉にするには、早すぎた。


ライブはまだ始まったばかりだった。

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