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ラップ付き小説 ReversCrown 元気ないやつこっちおいで  作者: egubi
暴れ牛ビーフ編

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3-4-7 分かんねぇ

保冷剤の冷たさが、拳の熱に追いつかない。


mcRCは、壁際の椅子に座っていた。


右手には、スタッフが持ってきてくれた保冷剤。

その下に、少し赤くなった拳。

壁には、小さな傷。


大きな穴ではない。

派手に壊れたわけでもない。

でも、そこに確かに自分の怒りの跡がある。


それが、嫌だった。


怒ったことそのものより、その怒りが形になって残っていることが嫌だった。


人に向けなかった。


それはそうだ。


絶対に人には向けない。


でも、だから大丈夫という話ではない。


力を持っている人間が、怒りで物に当たった。


それは、事実だった。


mcRCは保冷剤を拳に当てたまま、少しだけ目を伏せた。


「修理代は、本当に出します」


スタッフが少し困った顔をする。


「いや、あとで店長に確認しますけど、たぶん大丈夫です。ちょっとした傷なんで」


「でも、俺がやったので」


「まあ……そこは新川さんと話してもらえれば」


スタッフは、そう言って苦笑した。


苦笑できる程度には、空気を戻そうとしてくれている。


それも分かる。


分かるから、余計に申し訳なかった。


wataは少し離れた場所で、腕を組んでいた。


さっきまで客席に向けていた軽さは消えている。


目がまだ怒っている。


EGUIは椅子に座って、水のボトルを持ったまま黙っていた。


飲むでもなく、置くでもなく、ただ持っている。


BEEFはDJブースの横に立っている。


機材ケースは閉じられている。


帰ろうと思えば帰れる状態だった。


でも、新川さんに「今日は帰らないでください」と言われて、そこにいる。


平気な顔。


相変わらず、何を考えているのか分からない顔。


その顔を見るだけで、wataの眉が少し動く。


Kateは入口の近くにいた。


中には入っていない。


壁際に立って、メモ帳とスマホを持ったまま、ただ見ている。


入れない。


入ったら、今の空気を整理しなければならない気がする。


でも、整理できるほど簡単ではなかった。


新川さんは、全員の位置を見てから、静かに言った。


「一度、座りましょう」


BEEFは動かない。


wataも動かない。


EGUIだけが、もう座っていた。


mcRCは保冷剤を握り直す。


新川さんは続けた。


「立ったままだと、言葉が前に出すぎます」


wataが少しだけ笑った。


「もうだいぶ出ましたけど」


「だからです」


新川さんの声は穏やかだった。


でも、引く気のない声だった。


wataは少し黙ったあと、椅子を引いて座った。


乱暴ではない。


ただ、音は少し大きかった。


BEEFも、少し遅れて椅子に座った。


座り方も雑ではない。


ただ、背もたれには預けない。


すぐ立てるような座り方。


mcRCは、それを見ていた。


逃げるなよ。


そう思った。


でも、その言葉は飲み込んだ。


自分も逃げていないと言い切れるほど、今は綺麗ではなかった。


新川さんが言った。


「先ほどの話を、続けるなら続けましょう。ただし、同じ言葉の繰り返しになるなら、一度止めます」


wataがすぐに言う。


「同じ言葉を繰り返してるのはBEEFさんですけど」


BEEFはwataを見る。


「客は動いた」


「ほら」


wataの声が尖る。


「それです」


BEEFは黙る。


wataは前のめりになった。


「客が動いたのは分かりました。何回でも聞きました。ライブが止まってないのも分かりました。数字もたぶん出るでしょう。BEEF勢もリバクルーも初見も反応した。そこを否定してない」


一度、息を吸う。


「でも、こっちはそこだけを聞いてるんじゃない」


BEEFは答えない。


wataは続けた。


「なんで変えたのか。どこを見てそうしたのか。こっちのどこを壊した自覚があるのか。壊したなら、どういうつもりだったのか。そういう話をしてる」


BEEFは低く言った。


「音で分かるだろ」


wataの目が、はっきり冷えた。


「分かりません」


即答だった。


「音で全部分かるほど、俺らは器用じゃないです」


BEEFは少しだけ顎を引いた。


wataは止まらない。


「BEEFさんが音の人なのは分かります。言葉が苦手なのも、まあ分かりました。でも、苦手だから何も言わない。音で分かれ。結果で分かれ。客が動いたから察しろ。顔に出ないけど感じてるから受け取れ」


声が強くなる。


「それ、全部こっち任せじゃないですか」


BEEFは、黙った。


その沈黙に、また空気が重くなる。


wataは、さらに苛立った顔になった。


「また黙るんか」


EGUIが静かに言った。


「wata」


「いや、でもそうやろ」


wataはEGUIを見る。


「言葉が苦手なのはいい。でも伝えようとしてないのが腹立つねん」


その一言に、mcRCの胸が少し反応した。


そう。


そこだった。


言葉が少ないことが問題ではない。


苦手なことが問題ではない。


伝えようとしていないこと。


伝えないまま、相手に影響だけ残していること。


そこが、一番腹が立つ。


EGUIが、BEEFを見た。


「黙ること自体が悪いとは思いません」


BEEFはEGUIを見る。


EGUIは続けた。


「短い人もいる。言葉が遅い人もいる。感情が顔に出にくい人もいる。それ自体を責めたいわけじゃない」


BEEFの表情は変わらない。


「でも、黙ったまま相手に影響だけ残すのは違います」


静かな声だった。


でも、逃げ場のない声だった。


「今日、BEEFさんの音は客席を動かしました。俺たちも動かされました。曲も変わりました。意味の流れも変わりました。なのに、説明は“客は動いた”だけです」


EGUIは少しだけ間を置いた。


「それでは、こちらが受け取り方を全部背負うことになります」


BEEFは何も言わない。


EGUIの声が少しだけ低くなる。


「BEEFさんが何を見ていたのか。何を狙ったのか。どこまで意図して、どこから感情が混ざったのか。何も言わないなら、こちらは想像するしかない」


BEEFの指が、膝の上で少し動いた。


「その想像が外れていたとしても、言わない人に訂正はできません」


wataが小さく頷いた。


mcRCは保冷剤を拳に当てたまま、BEEFを見た。


BEEFは黙っている。


また、黙っている。


その沈黙に、mcRCの中の何かが、じわじわ熱を持つ。


BEEFだけじゃない。


新川さんにも、少し向いた。


視界の端に、新川さんがいる。


静かに場を見ている。


分かっているような顔。


さっきから、必要なところだけ入ってくる。


見ている。


判断している。


止める時だけ止める。


その在り方が、今のmcRCには少し刺々しく見えた。


新川さん。


あなたもですよね。


伝えようとしなかったのは、BEEFさんだけじゃない。


あなたも、全部分かってるみたいに動いて。


この人がこういう人だって、ある程度分かってましたよね。


俺たちがぶつかることも、分かってましたよね。


俺たちなら、壊れずに受け止めると思いましたよね。


人の育成に、俺たちを使いましたよね。


わかったような動きしやがって。


そこまで心の中で言って、mcRCは奥歯を噛んだ。


違う。


今、それは言うな。


今の自分がそれを言ったら、ただの八つ当たりになる。


普段なら、違う受け取り方ができる。


新川さんは、たぶん悪意で紹介したわけじゃない。

リバクラを雑に扱ったわけでもない。

BEEFを押しつけたわけでもない。


見えていたものはあったかもしれない。


でも、全部ではないはずだ。


それも分かっている。


分かっているのに、今は腹が立つ。


痛いから。


ささくれているから。


言ってはいけない言葉ほど、口の近くまで来る。


mcRCは、それを飲み込んだ。


保冷剤を握る手に力が入る。


冷たさで、少しだけ戻る。


新川さんが、mcRCの顔を見た。


何かに気づいたようだった。


でも、新川さんはそれを言葉にしなかった。


代わりに、BEEFへ向いた。


「BEEFさん」


BEEFが新川さんを見る。


「読めていた部分は、私にもあります」


その言葉で、mcRCは少しだけ顔を上げた。


wataも新川さんを見る。


EGUIも。


新川さんは続けた。


「BEEFさんが、予定通りだけで進める方ではないこと。現場でかなり動く方であること。説明が少ない方であること。それは、ある程度分かっていました」


BEEFは何も言わない。


新川さんは三人を見る。


「だからこそ、三本という形にしました」


wataの目が少し鋭くなる。


「俺らなら耐えられると思ったんですか」


新川さんは、すぐに否定しなかった。


そこが、また痛かった。


「耐えられる、という言い方は違います」


「でも、近いことは思ったんですよね」


wataの声には棘があった。


新川さんは少しだけ息を吸った。


「Reverse Crownなら、BEEFさんの音に飲まれきらないと思いました」


沈黙。


「BEEFさんなら、Reverse Crownの言葉を無視しきれないとも思いました」


BEEFが、ほんの少しだけ新川さんを見る。


新川さんは続けた。


「ただ、今日ここまで三人が傷つくとは、見立てが甘かったです」


mcRCは目を伏せた。


その言葉は、謝罪に近かった。


でも、今のmcRCには、すぐには受け取れなかった。


wataも顔を歪めた。


「甘かった、で済む話なんですか」


新川さんは頷かなかった。


「済みません」


短く言った。


「済ませるつもりもありません」


EGUIが静かに聞いた。


「では、どうしますか」


新川さんは少しだけ黙った。


「今すぐ結論を出す段階ではありません」


wataが苛立った声を出す。


「またそれですか」


「はい」


新川さんは揺れない。


「今、結論を出すと、怒りで切るか、結果で飲むかのどちらかになります。どちらも危険です」


wataは何も言わない。


EGUIも黙る。


mcRCは拳を冷やしたまま、新川さんを見る。


腹は立つ。


でも、新川さんが逃げているわけではないことも分かる。


それがまた、ややこしかった。


完全に悪者なら楽だった。


BEEFもそうだ。


完全に雑なだけなら切ればいい。


でも、そうじゃない。


音は雑じゃない。


客席は動いた。


ライブは熱かった。


BEEFも何も感じていないわけではないらしい。


新川さんも悪意でやったわけではない。


だから、こんなに腹が立つ。


簡単に怒れないから。


簡単に切れないから。


本当は、怒りたくないから。


mcRCは、自分の中にある本音に気づきかけて、すぐに目を逸らした。


許したい。


本当は、そうなのかもしれない。


認めたい。


BEEFの価値を、見たい。


でも、そのためのきっかけがない。


相手が何も出してこない。


出してこない相手を、こっちだけで理解し続けるのはしんどい。


早く言えよ。


何か言えよ。


そういうことだったのか、って言わせてくれよ。


その言葉は、まだ形にはならなかった。


ただ、胸の奥でうごめいていた。


wataがBEEFへ向き直った。


「BEEFさん」


BEEFはwataを見る。


「黙ってても伝わると思ってるなら、違います」


BEEFは答えない。


「言葉が苦手なら、苦手でいいです。でも、伝えようとしないのは違う」


BEEFの目が少しだけ動く。


wataは続けた。


「今日のライブで、俺らは何回も食らいました。mcRCは言葉を消された。俺は入りを壊された。EGUIは意味を歪められた」


EGUIは少しだけ目を伏せた。


wataは、低く言う。


「そのたびに、こっちは立て直した」


BEEFは黙る。


「客は動いた。そりゃそうでしょう。俺らも落とさなかったからです」


その言葉に、mcRCは少しだけ息を吐いた。


wataの怒りは、粗い。


でも、正確だった。


wataは続ける。


「BEEFさん一人で動かしたんじゃない。俺らも踏ん張った。なのに、そこへの言葉がない」


BEEFの眉がほんの少し動く。


「褒めろってことか」


wataの顔が変わった。


「違うわ!」


声が響く。


Kateが肩を震わせる。


wataは立ち上がりかけた。


すぐに座り直す。


拳を膝に押しつける。


「褒めてほしいんじゃない。分かってほしいんでもない。いや、分かってほしいけど、そうじゃなくて」


言葉が少し乱れる。


wataも、怒りすぎて言葉が追いついていなかった。


「こっちは人間なんですよ」


その一言は、荒かった。


でも、本音だった。


「音に合わせて勝手に最適化される機械じゃない。食らったら傷つくし、壊されたら腹立つし、それでも客の前だからやる。やった。やったんです」


BEEFは、黙っている。


wataは息を吐く。


「そこに、何か言ってくださいよ」


静かになった。


BEEFは、何も言わない。


また沈黙。


wataの顔が歪む。


「また黙る」


EGUIが言う。


「BEEFさん」


BEEFはEGUIを見る。


「言えないなら、言えないと言ってください」


BEEFの目が、少しだけ鋭くなる。


「何を」


「今、何が言えないのか」


BEEFは何も言わない。


EGUIは続ける。


「分かっているけど言えないのか。分かっていないのか。言う必要がないと思っているのか。そこが分からないから、こちらは怒っている」


BEEFの指が、膝の上で一度だけ動いた。


mcRCは、それを見た。


さっきまでのBEEFとは違う。


ほんの少しだけ、動きが鈍い。


言葉が詰まっている。


いや、詰まっているのかどうかも分からない。


でも、完全に平気ではない。


そう見えた。


mcRCは、低く言った。


「分からないなら、分からないって言ってください」


BEEFがmcRCを見る。


mcRCは続けた。


「分かったふりをされるより、そっちの方がいい」


BEEFの顔が、わずかに歪んだ。


怒りなのか、戸惑いなのか、分からない。


「分かったふりなんかしてねえ」


「なら、何が分かってるんですか」


BEEFは黙る。


mcRCは言った。


「何が分からないんですか」


小箱が静かになった。


スタッフも、もう片づけの音を立てていない。


新川さんも何も言わない。


Kateは、スマホを握ったまま、息を止めていた。


BEEFは、長く黙った。


長かった。


今までの沈黙より、長かった。


けれど、その沈黙は、さっきまでとは少し違った。


押し切るための沈黙ではない。


無視するための沈黙でもない。


言葉を探しているような沈黙だった。


BEEFは、視線を少しだけ下げた。


キャップの影で、目が見えにくくなる。


それから、低く言った。


「……分かんねぇ」


誰も動かなかった。


wataも。


EGUIも。


mcRCも。


新川さんも。


Kateも。


BEEFは続けなかった。


ただ、その一言だけだった。


分かんねぇ。


謝罪ではない。


説明でもない。


理由でもない。


でも、初めて、押し切る言葉ではなかった。


初めて、結果で蓋をする言葉ではなかった。


客は動いた、ではない。


ライブは止まってない、ではない。


音で分かるだろ、でもない。


分かんねぇ。


mcRCの胸の奥で、何かが少しだけ止まった。


怒りが消えたわけではない。


許したわけでもない。


納得したわけでもない。


でも、さっきまで殴り続けていた壁が、ほんの少しだけ別のものに見えた。


wataが、ゆっくり息を吐いた。


「……はよ言えや」


声はまだ怒っていた。


でも、さっきとは違った。


EGUIが静かに言った。


「それなら、そこからです」


BEEFは何も返さない。


mcRCは保冷剤を拳に当てたまま、BEEFを見た。


本当は、もっと早くそう言ってほしかった。


分からないなら分からないと。


分からないまま音を出したなら、そうだと。


言葉が苦手なら、苦手なままでもいいから。


それを少しでも出してほしかった。


そうすれば、怒り方も変わった。


傷つき方も変わった。


でも、それを今責めても、また戻るだけだった。


mcRCは、ゆっくり言った。


「分からないなら、聞きます」


BEEFが顔を上げる。


「俺たちも聞きます。BEEFさんが何を見ていたのか。何が分からないのか」


一度、息を吸う。


「でも、BEEFさんも聞いてください。俺たちがどこで食らったのか。何を守ろうとしていたのか」


BEEFは、返事をしなかった。


ただ、目を逸らさなかった。


その沈黙は、さっきまでより少しだけましだった。


wataが小さく言った。


「まだ全然納得してないですけどね」


EGUIも言った。


「俺もです」


mcRCも頷く。


「俺も」


BEEFは、低く返した。


「……だろうな」


wataの眉が少し動く。


「そこは分かるんかい」


誰も笑わなかった。


でも、空気の角が、ほんの少しだけ変わった。


新川さんが静かに言った。


「今日は、ここまでにしましょう」


wataが何か言いかける。


でも、飲み込んだ。


EGUIも頷く。


mcRCも、保冷剤を拳に当て直した。


BEEFは、少し遅れて頷いた。


「分かった」


その「分かった」は、まだ信用できない。


でも、さっきの「分かんねぇ」の後に聞くと、少しだけ意味が違って聞こえた。


Kateは、入口の壁にもたれたまま、ようやくスマホを開いた。


リバックLINEに打つ。


Kate@秘書・外部連絡:

大きな衝突あり。

ただし、完全決裂ではありません。

詳細整理は少し待ってください。


送信する前に、少し迷った。


そして、もう一行だけ足した。


Kate@秘書・外部連絡:

BEEFさんが初めて「分からない」と言いました。


送信。


すぐに既読がついた。


でも、誰からも返事は来なかった。


たぶん、画面の向こうで全員が止まっている。


Kateはスマホを下ろした。


小箱の中では、誰もまだ笑っていない。


誰も許していない。


誰も納得していない。


でも、怒鳴り合いだけでは届かなかった場所に、ようやく小さな穴が開いた。


そこから何が出てくるのかは、まだ分からない。


ただ、BEEFが初めて、分からないと言った。


その一言だけが、熱の残った小箱の中に、重く残っていた。

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