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ラップ付き小説 ReversCrown 元気ないやつこっちおいで  作者: egubi
暴れ牛ビーフ編

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3-4-6 それだけで正解にするな




「説明してもらえますか」


mcRCの声は低かった。


怒鳴ってはいない。


むしろ、抑えていた。


だからこそ、奥にある熱が見えた。


小箱のフロアには、もう客はいない。


ついさっきまで人で詰まっていた黒い床には、紙コップの跡と、スタッフが回収しきれなかった小さなチラシの端だけが残っている。


ステージのライトは半分落ちていた。


客席側の照明が少しだけ明るくなって、ライブの魔法はもう解けかけている。


でも、熱だけは残っていた。


さっきまでの拍手。

叫び声。

低音。

三人の声。

BEEFの音。

客席のざわめき。


それらが壁に染み込んだまま、まだ消えていない。


BEEFはDJブースの横で、機材ケースに片手を置いていた。


表情は変わらない。


ライブ中と同じ顔。


何かを成功させた顔でもない。

反省している顔でもない。

怒っている顔でもない。


ただ、そこにいる。


その平気さが、三人の神経を撫でた。


wataは一歩後ろで腕を組んでいた。


組んでいるというより、腕を組まないと前へ出そうだった。


EGUIは水を一本持ったまま、キャップを閉めていた。


閉め終わっているのに、まだ指がキャップにかかっている。


mcRCだけが、BEEFの正面に立っている。


三人が同時に詰め寄れば、三対一になる。


それは違う。


それは分かっている。


怒っていても、そこだけは分かっている。


だから、今はmcRCが話している。


新川さんは少し離れたところに立っていた。


スタッフもいる。


PAも、片づけの手を少し止めている。


Kateは入口近くの壁際にいた。


部屋の中には入っていない。


入れなかった。


いつものリバックLINEの空気なら、誰かが冗談を言って、誰かがメモを取り、誰かが「一旦整理しましょう」と言える。


でも今は違う。


入ったら巻き込まれる。


それくらい、三人の周りの空気が硬かった。


mcRCはもう一度言った。


「説明してください」


BEEFは、短く返した。


「客は動いた」


wataが、笑った。


笑い声だけが出た。


「は?」


その一音で、空気がさらに尖った。


EGUIが横目でwataを見る。


wataは止まらなかった。


「それ、さっきも言いましたよね」


BEEFはwataを見る。


「動いた」


「いや、だから」


wataが一歩出かける。


すぐに止まる。


唇を噛んで、半歩下がる。


「……mcRC、先どうぞ」


その声も、十分に怒っていた。


mcRCはBEEFを見たまま、言った。


「客が動いたことは分かっています」


「ならいいだろ」


「よくない」


即答だった。


BEEFの目が、ほんの少しだけ細くなる。


mcRCは続けた。


「ライブが止まらなかったことも分かっています。お客さんが声を出したことも、BEEF勢が前に来たことも、初見が乗ったことも、分かっています」


一つずつ、言葉を置く。


ステージの時と同じだった。


ただし、今の言葉は客席に渡すためのものではない。


目の前の一人に突きつけるためのものだった。


「でも、それだけで正解にしないでください」


BEEFは黙っている。


mcRCは、深く息を吸った。


「俺は、KEEP MOVINGのあとに一言置くつもりでした」


BEEFの表情は変わらない。


「一曲目で客席が動いた。前の人が笑った。初見が少し解けた。壁際の人の足が動いた。そこを拾って、次のshowtimeに渡すつもりでした」


wataが下を向く。


EGUIも黙っている。


mcRCの声が、ほんの少し揺れた。


「そこを、消された」


BEEFは言った。


「流れは切れてない」


mcRCの目が強くなる。


「俺の言葉は切れました」


その一言で、Kateは喉が詰まった。


静かな声だった。


でも、はっきり痛かった。


BEEFは少しだけ眉を動かした。


「でも、客は——」


「客は動いた」


mcRCが先に言った。


「それはもう聞きました」


声が低くなる。


「俺が聞いてるのは、そこじゃない」


BEEFは黙る。


mcRCは続けた。


「なぜ、あそこで入れたんですか」


「いけると思った」


「何を見て?」


「客」


「客の何を?」


BEEFは少し黙った。


「足」


「足」


「動いてた」


wataが口を開いた。


「だから走らせた?」


BEEFはwataを見る。


「止めるよりいい」


wataの顔が歪む。


「それが腹立つって言ってるんですよ」


「何が」


「何が、じゃねえよ!」


wataの声が跳ねた。


スタッフの一人が少しだけ顔を上げる。


Kateが肩を震わせる。


wataは一度、拳を握った。


そのままBEEFへ向けることはしなかった。


「俺の入り、何回壊しました?」


BEEFは答えない。


wataは続ける。


「GREEN LIGHT飛ばしてRUN IT。Call me outを予定より前に刻んで、こっちは母音も入りも全部組み直し。客が湧いた? そりゃ湧くでしょうよ。あのドラムで、あの低音で、あの距離で鳴らされたら身体は動く」


BEEFは平気な顔だ。


それが、wataをさらに煽る。


「でも、俺が食らってないことにはならない」


BEEFは言った。


「返しただろ」


wataが目を見開く。


「返したから何なんですか」


「できてた」


「できてたから壊していいんですか」


BEEFは黙る。


wataは吐き捨てるように言った。


「俺らを試験問題にすんな」


小箱の中が静かになった。


PAの手が完全に止まる。


新川さんは、まだ何も言わない。


EGUIが、そこで一歩前へ出た。


「俺も聞きたい」


声は静かだった。


でも、静かすぎた。


水面の下で何かが燃えているような声だった。


BEEFがEGUIを見る。


EGUIは言った。


「THAT SEATの入り方」


空気が、さらに重くなる。


wataも黙った。


mcRCも、少しだけ目を伏せる。


EGUIは続けた。


「UNSEEN HANDSをちゃんと着地させる前に、THAT SEATへ入れましたよね」


BEEFは答えない。


EGUIは、視線を逸らさない。


「なぜですか」


BEEFは、短く言った。


「あそこが一番刺さる」


EGUIの目が、少しだけ細くなった。


「刺さる?」


「ああ」


「誰に?」


BEEFは一瞬だけ止まった。


ほんの一瞬。


でも、EGUIはそれを見た。


「客だ」


BEEFは言った。


EGUIは、ゆっくり首を横に振った。


「違う」


初めて、BEEFの表情がわずかに変わった。


「何が」


EGUIは、言った。


「あれは客席を見た音じゃなかった」


wataが息を止める。


mcRCもEGUIを見る。


EGUIは続ける。


「少なくとも、客席だけを見た音じゃなかった」


BEEFの指が、機材ケースの取っ手に少しだけかかる。


「分かったようなこと言うな」


「分かったわけじゃない」


EGUIの声が少し強くなる。


「だから聞いてる」


BEEFは黙る。


EGUIは、さらに一歩出た。


「UNSEEN HANDSは、見えない手を見る曲です。その後にTHAT SEATへ行くから、上に立つ責任の曲になる。見ない人間を責めるだけじゃない。支えてきた人を見たうえで、その席に座るなら見ろって言う曲になる」


BEEFは視線を逸らさない。


EGUIの声が低くなった。


「でも、あの入り方は違った」


BEEFは言った。


「客は反応した」


EGUIが即答した。


「反応はしました」


「なら——」


「でも、届いたんじゃない」


EGUIの声が、初めてはっきり震えた。


怒りで。


「刺したんです」


その言葉が、小箱の中に落ちた。


誰も動かない。


EGUIは続けた。


「あれは届いたんじゃない。刺した。客席を。俺たちを。曲を」


BEEFの目が少しだけ鋭くなる。


「刺さるならいいだろ」


EGUIが、初めて声を荒げた。


「よくない!」


その声に、Kateがびくっとした。


EGUIが怒鳴った。


EGUIが。


いつも一番まっすぐで、短くて、言葉を選ぶEGUIが。


「刺さればいいなら、何でもいいんですか!」


BEEFは黙る。


EGUIは止まらない。


「THAT SEATは、人を燃やすための曲じゃない。上にいるやつを殴るためだけの曲じゃない。怒りはある。でも、その奥に見ろって言ってる。横に来いって言ってる。人を雑に扱うなって言ってる」


声が強くなりすぎる。


でも止められない。


「それを、お前の怒りで歪ませるな!」


完全に言った。


言い切った。


BEEFの顔から、少しだけ色が引いたように見えた。


でも、表情はほとんど変わらない。


その変わらなさが、また三人を苛立たせる。


BEEFは、低く言った。


「俺の怒り?」


EGUIは睨むように見た。


「違うんですか」


BEEFは何も言わない。


沈黙。


それが答えのようにも、拒否のようにも見えた。


wataが横から言った。


「BEEFさん」


声は低い。


「自分の怒りを、俺らの曲に混ぜましたよね」


BEEFはwataを見る。


「混ぜたら悪いのか」


wataの顔が固まった。


mcRCが少しだけ目を閉じる。


EGUIが水のボトルを握る。


BEEFは続けた。


「音は混ざる。感情も混ざる。ライブだろ」


wataが怒鳴った。


「開き直んな!」


BEEFも声を荒げた。


「開き直ってねえ!」


初めて、BEEFの声が大きくなった。


スタッフが完全に手を止める。


新川さんが、少しだけ体の向きを変えた。


でもまだ入らない。


BEEFは言った。


「客が何を食うか見て、音を出した。あの場で温く渡してたら流れが死んだ」


EGUIが返す。


「温く渡す話じゃない」


BEEFは言う。


「なら何だ」


「丁寧に渡す話です」


「ライブ中に丁寧丁寧ってやってたら逃げる」


「逃げさせないのと、焼くのは違う!」


EGUIの声がまた上がった。


wataが横で息を吐く。


「そう、それや」


mcRCが、そこでようやく口を開いた。


「BEEFさん」


その声は、低すぎた。


全員がmcRCを見る。


mcRCは、BEEFだけを見ていた。


「今日のライブ、熱かったです」


誰も返事をしない。


「お客さんも動いた。初見も乗った。BEEF勢も前に来た。リバクルーも声を出した。takeoffで、ちゃんと着地した」


一つずつ確認する。


理屈で。


事実で。


自分を抑えるために。


「そこは認めます」


BEEFは黙っている。


mcRCは続けた。


「でも」


そこで、声が変わった。


「俺たちは、客を焦がしに来たんじゃない」


Kateの胸に、その言葉が刺さった。


さっき自分が思ったことと同じだった。


人を焦がしすぎる。


それを、mcRCが言った。


「俺たちは、言葉を渡しに来たんです」


BEEFは言う。


「渡しただろ」


「違う」


mcRCの声が強くなる。


「渡すっていうのは、相手が受け取れる形にすることです」


BEEFは言い返す。


「受け取ってた」


「受け取ったんじゃなくて、食らった人もいる」


「食らうのがライブだろ」


その瞬間、mcRCの表情が消えた。


wataが、まずい、という顔をした。


EGUIも、mcRCを見た。


mcRCは、ゆっくり言った。


「それを、簡単に言うな」


BEEFは黙る。


mcRCの声が震え始めた。


怒りだけではなかった。


痛みだった。


「人の心が動いたら、それで勝ちだと思ってますか」


BEEFは答えない。


「動かせばいいと思ってますか」


「……動かないよりいい」


その一言だった。


それで、切れた。


mcRCが一歩前に出た。


wataが反射的に手を伸ばしかけた。


EGUIも動いた。


でも、mcRCはBEEFに向かわなかった。


横の壁へ向かった。


拳が、壁に入った。


鈍い音がした。


ドン、と小箱の壁が鳴った。


全員が止まった。


Kateは息を呑んだ。


PAが一歩下がる。


wataが目を見開いた。


EGUIも固まった。


BEEFでさえ、一瞬だけ動きを止めた。


壁には、小さな傷がついていた。


大きく壊れたわけではない。


穴が空いたわけでもない。


でも、確かに傷がついた。


mcRCは、拳を壁につけたまま、数秒動かなかった。


肩が上下している。


呼吸が荒い。


それから、ゆっくり拳を下ろした。


「……すみません」


声が低かった。


さっきまでの怒りとは違う。


自分に向けた声だった。


「今のは、俺が悪いです」


誰もすぐには返せなかった。


mcRCは壁の傷を見た。


「修理代は弁償します」


wataが、どうしても耐えきれなかったように、小さく呟いた。


「さすが黒帯……」


EGUIが即座にwataを見た。


「今それ言うか」


wataは両手を少し上げた。


「ごめん。空気が重すぎて」


mcRCは、少しだけ目を閉じた。


一瞬だけ、笑いにもならない空気が揺れた。


でも、怒りは消えない。


壁を殴ったことで、何かが解決するわけではない。


むしろ、mcRC自身が一番分かっていた。


力を持っている人間が、怒りで物に当たった。


人には向けなかった。


でも、それでも良くない。


mcRCは深く息を吸った。


自分の拳を見た。


赤くなっている。


痛みはある。


でも、折れてはいない。


簡単には壊れない拳。


それが、余計に嫌だった。


自分がどれだけ危ういものを持っているか、思い出した。


mcRCは、BEEFを見た。


「すみません。今のは俺が悪い」


もう一度言った。


「でも」


声が戻る。


まだ震えている。


でも、言葉になっている。


「今日のやり方は、納得していません」


BEEFは、何も言わない。


mcRCは続けた。


「俺は、人の顔が見えすぎる」


その言葉に、wataが少しだけ顔を上げた。


EGUIも、黙って聞く。


mcRCは、客席だった黒い床を見た。


「笑ってる顔も、引いた顔も、怖がってる顔も、足だけ動いてる顔も、全部見える。見えたら、入ってくる」


声が少し掠れる。


「相手の気持ちが、こっちに来る。自分の声も、向こうに移る。そういう感覚が昔からあって、正直、ずっとしんどかった」


BEEFは、動かない。


mcRCは言った。


「だから、理屈で整理してきたんです」


静かだった。


「景色にして、言葉にして、順番を作って、意味を作って、やっと扱えるようになった。そうしないと、ただしんどいだけだった」


wataは、目を伏せた。


EGUIも何も言わない。


mcRCはBEEFを見る。


「今日、あなたはその順番を何度も壊した」


BEEFは黙っている。


「それでも、ライブとしては成立した。だから余計に苦しい」


声が強くなる。


「でも、成立したから俺たちが傷ついてないことにはならない」


BEEFは、初めて少しだけ視線を落とした。


ほんの少し。


mcRCは続けた。


「俺たちは大人になろうとしてるだけです」


その言葉は、吐き出すようだった。


「勉強して、考えて、理屈をこねて、怒りも痛みも意味にして、何とか人に渡せる形にしようとしてるだけです」


wataが小さく息を吐いた。


EGUIの手が、水のボトルから離れた。


mcRCの声が少しだけ荒くなる。


「本当は、そんなに強くない」


誰も、何も言わなかった。


「そんな俺らの曲を、客が動いたからいい、で片づけないでください」


BEEFは、ようやく口を開いた。


「……片づけたつもりはねえ」


wataがすぐに言う。


「つもりがなくても、そう聞こえるんですよ」


EGUIも続けた。


「説明が足りない」


BEEFの目が二人へ動く。


wataは言う。


「短い言葉で押し切ってるように聞こえる」


EGUIが続ける。


「平気な顔で、何も感じていないように見える」


BEEFは低く言った。


「感じてねえわけじゃねえ」


三人が黙る。


初めて、少し違う言葉だった。


BEEFは、視線を逸らさずに続けた。


「分かりにくいだけだ」


wataが、怒りを残したまま言った。


「それをこっちに丸投げしないでください」


BEEFは黙る。


EGUIが言う。


「分かりにくいなら、言葉が必要です」


BEEFは、少しだけ顔をしかめた。


「言葉は苦手だ」


wataが即座に返す。


「俺らは音で全部分かるほど器用じゃないです」


mcRCも言った。


「少なくとも、今日のやり方を続けるなら、俺たちは壊れます」


その言葉は、重かった。


BEEFの目がmcRCへ戻る。


mcRCは逃げない。


「ライブは成立するかもしれない。客は動くかもしれない。でも、俺たちが削れていく。そういうやり方はできない」


BEEFは何も言わない。


新川さんが、ここでようやく一歩だけ前へ出た。


「一度、ここで区切りましょう」


声は穏やかだった。


でも、はっきりしていた。


全員が新川さんを見る。


「今のまま続けると、話し合いではなくなります」


wataが何か言いかけた。


新川さんは、wataを見る。


「言いたいことがあるのは分かります」


wataは口を閉じた。


新川さんはEGUIを見る。


「EGUIさんもです」


EGUIは小さく頷いた。


新川さんはmcRCを見る。


「mcRCさん、拳を冷やしてください」


mcRCは、自分の拳を見た。


「……はい」


新川さんはBEEFを見る。


「BEEFさんも、今日は帰らないでください。少なくとも、スタッフが片づける間はここにいてください」


BEEFは、短く頷いた。


「分かった」


その返事にも、wataの眉が動いた。


でも、もう言わなかった。


Kateは、壁際でようやく息を吐いた。


まだ部屋には入れない。


でも、今のやり取りを、見てしまった。


見てしまった以上、まとめなければならない。


数字だけではない。


感想だけでもない。


これは、ライブの熱の話であり、関係の傷の話であり、次へ行けるかどうかの話だった。


mcRCは、スタッフから受け取った保冷剤を拳に当てた。


wataは少し離れたところで、腕を組み直している。


EGUIは無言で椅子に座った。


BEEFはDJブースの横に立ったまま、機材ケースから手を離していた。


平気な顔に見える。


でも、さっきより少しだけ、何かが重い。


誰も、まだ納得していない。


何も終わっていない。


ただ、爆発の一番大きな音だけが、いったん止まった。


小箱の壁には、小さな傷が残っている。


その傷の前で、mcRCは拳を冷やしながら、視線を落としていた。


ライブは成功した。


でも、このままでは続けられない。


そのことだけは、全員が分かっていた。

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