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ラップ付き小説 ReversCrown 元気ないやつこっちおいで  作者: egubi
暴れ牛ビーフ編

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74/186

3-4-3 俺の入りが消えた


attackのイントロが鳴った時、俺はまだ少し笑っていた。


笑っていたというより、笑う顔を作っていた。


mcRCの目がさっきより強かった。

本人は隠したつもりだろうけど、出ていた。


出ていたどころじゃない。


小箱の距離では、ああいう一瞬が全部見える。


マイクを上げる前の息。

言いかけた言葉が消えた時の顎。

BEEFの音が入った瞬間の肩。

それを飲み込んで、客席に言葉を置き直した時の目。


俺は横で見ていた。


腹立つやろな。


そら腹立つ。


でも、あいつは落とさなかった。


それがまた腹立つ。


落とさなかったから、ライブとしては熱くなった。


客席はさっきより前に来た。


リバクルーは心配しながらも乗っている。

初見は「何か始まった」と思っている。

BEEF勢は、面白がっている。


その全部が見える。


俺はマイクを握り直した。


次はattack。


ここは分かりやすい。


前に出す曲。


考えすぎる前に動いたあと、showtimeで火をつけて、attackで一気に客席の身体を前に出す。


ここまでは、まあいい。


BEEFがさっき少し予定を削った。


でもまだ序盤。


取り返せる。


俺の頭の中には、次の流れがあった。


attackが終わる。

短く煽る。

GREEN LIGHTへ入る。

そこからRUN IT。

流れを走らせて、Call me outで勝負感を出す。

そのあとnofakeへ入って、嘘なしの芯を出す。


その中で俺は、GREEN LIGHTの前に一回だけ軽く跳ねる入りを作る予定だった。


母音はもう並んでいた。


「あ」で押して、「い」で切って、「お」で落とす。


言葉はまだ確定していない。


でも音の形は決まっていた。


そういうのはある。


説明すると変だけど、口の中に先に道ができる。


どの音で入って、どこで息を吸って、どこで客席を見て、どこでwataの武器を見せるか。


俺はそこを作っていた。


attackが始まる。


BEEFの低音は、リハより少し荒かった。


いや、荒いというより、前に出ている。


小箱の床が、靴底から押し返してくる。


リバクルーが手を上げる。


初見が半拍遅れてついてくる。


BEEF勢が、少しだけ壁から離れる。


俺は前に出た。


「行くぞ」


声を出した瞬間、客席が返した。


「おお!」


悪くない。


むしろ、いい。


attackは、こういう時に強い。


分かりやすいビート。

身体が前に出る言葉。

少し乱暴なくらいの勢い。


mcRCが景色を切る。


俺が音を詰める。


EGUIが後ろから意味を落とす。


いつもの三人。


いや、いつもより熱い。


BEEFの音がいるから、足元が太い。


腹立つけど、気持ちいい。


それもまた腹立つ。


俺はVerseの入りで、少しだけ攻めた。


言葉を前に出す。


客席が反応する。


BEEF勢の一人が、腕を組んだまま首だけ揺らした。


俺は見逃さなかった。


「揺れてんで」


マイクには乗せない。


心の中だけで言う。


attackの終盤、俺はもう次を見ていた。


次はGREEN LIGHT。


ここで一回、明るく前へ押す。


今の荒さを、ただの乱暴で終わらせずに、進む方向へ変える。


俺は息を整えた。


attackの最後の音が落ちる。


ここで一拍。


俺が入る。


そのつもりだった。


BEEFが、いきなり音を巻き戻した。


キュッ、と短い擦れる音。


フロアが「おっ」と鳴る。


attackの最後の声が、細かく切られる。


ta—ta—attack—


そのまま、RUN ITのドラムが入った。


俺は、一瞬、マジで意味が分からなかった。


RUN IT?


今?


GREEN LIGHTは?


俺の口の中に用意していた母音が、全部崩れた。


一瞬で。


音の道がなくなる。


足元の床だけが勝手に走り出す。


客席は沸いた。


BEEF勢が先に声を上げた。


「おお、来た」


リバクルーも反応した。


初見は曲名なんか分からない。


でも、ドラムが走ったら身体が動く。


客席は動く。


俺はマイクを握ったまま、ほんの少しだけ固まった。


ほんの少し。


でも俺には長かった。


ふざけんな。


そこじゃない。


RUN ITは今じゃない。


いや、RUN ITが悪いんじゃない。


曲は強い。


強いからこそ、今じゃない。


俺はGREEN LIGHTで一回、客席に前を見る顔を作りたかった。


そこから走らせたかった。


ただ走ればいいわけじゃない。


順番がある。


熱の角度がある。


俺の入りがある。


それを、いきなり走らされた。


BEEFは平気な顔をしている。


DJブースで、ただ音を出している。


客席は動いている。


BEEF勢は笑っている。


リバクルーは驚きながらもついてきている。


初見はむしろ分かりやすく身体を揺らしている。


じゃあ正解か。


違うやろ。


俺は、歯を噛んだ。


マイクが少し手の中で軋む。


ここで詰まったら、俺が負ける。


そんな勝負じゃない。


分かってる。


でも、身体はそう思った。


この音に負けたくない。


BEEFに飲まれたくない。


客席に「あ、今ずれた」と思われたくない。


俺は息を吸った。


予定していた入りは死んだ。


なら、新しく作るしかない。


RUN ITのドラムが一周する。


二周目に入る直前。


俺は飛び込んだ。


「待機してた足、もう走ってるやん」


自分でも予定にない言葉だった。


客席が反応する。


「おお!」


よし。


続けろ。


「青信号待つ前に、体が先に go」


GREEN LIGHTの名残を、RUN ITに混ぜた。


曲順を戻せないなら、意味だけ拾う。


俺はそう判断した。


判断というより、勝手に口が動いた。


「予定表なら置いてきた、でも落とさねえ flow」


BEEF勢の一人が笑った。


「返した」


聞こえた。


聞こえてしまった。


返したじゃねえ。


返させられたんだよ。


でも、客席には関係ない。


wataが食らいついた。


そう見える。


それでいい。


今は、それでいい。


mcRCが横で少しだけ目を細めた。


EGUIは、黙って後ろから声を重ねる準備をしている。


二人とも、分かっている。


俺がキレてることを。


でも止めない。


止めるわけがない。


ステージだから。


俺はRUN ITのビートに乗った。


乗ったというより、噛みついた。


母音を組み直す。


「run」「turn」「burn」


英語の意味なんか、客席全員が分かる必要はない。


音で入ればいい。


でも、日本語で拾う。


「走るってより、走らされてる顔してんな」


前方の客が笑う。


中央の初見が隣に言う。


「今の分かる」


「俺も」


壁際のBEEF勢が低く笑う。


「言い返してるな」


「あれ、予定か?」


「知らねえ。でも熱い」


予定じゃねえよ。


俺は心の中で吐き捨てた。


でも、その声もビートに乗せる。


「知らねえなら、なおさら見とけ」


マイクに出た。


客席が沸いた。


やばい。


出た。


俺の内側の声が、少しそのまま出た。


でも、引けない。


ここで引いたら変になる。


むしろ押す。


「意味分かんねえ英語も、足が分かればそれでいい」


客席が笑う。


初見の男が叫ぶ。


「それな!」


リバクルーが手を上げる。


BEEF勢の一人が、初めて腕を完全にほどいた。


BEEFは、クラップを一つ増やした。


本当に腹立つ。


そこは拾うんかい。


俺が作り直した流れに、ちゃんと音を足してくる。


悪くない。


だから余計に腹立つ。


RUN ITは、そのまま予定より早く走り切った。


息が少し乱れた。


俺は呼吸を整えようとした。


次は、たぶんGREEN LIGHTを戻す。


そう思った。


いや、戻してくれ。


さすがに戻すやろ。


BEEFが、一瞬だけ音を落とした。


暗転ではない。


でも、低音が引いた。


客席が少し静かになる。


今度こそ。


俺はマイクを上げる。


「今の勢い——」


BEEFが、Call me outのフックを刻んだ。


Call—


Call—


Call me—


客席がざわっとした。


壁際が先に反応する。


「それ来る?」


「早くね?」


早いよ。


俺もそう思った。


早い。


ここは違う。


GREEN LIGHTを飛ばして、RUN ITを先にやって、さらにCall me outを出す?


詰めすぎやろ。


息を置く場所がない。


熱を整える場所がない。


でも客席は食う。


こういう挑発は食う。


BEEF勢は特に食う。


BEEFはそれを分かっている。


たぶん、分かっている。


でも、それだけで進めるな。


俺は腹の奥で叫んだ。


Call me outは、ただの煽り曲じゃない。


呼び出す曲だ。


こっちも出るし、客席も出てこいという曲だ。


雑に火をつけたら、ただの喧嘩になる。


俺は息を吸った。


今度は、半拍待たなかった。


待ったら持っていかれる。


「呼ぶなら呼べよ」


声が強く出た。


自分でも分かる。


喧嘩腰だった。


客席が沸く。


「でも、名前だけ呼んで終わるな」


wataの声が少し割れた。


いや、俺の声だ。


俺がwataだ。


今、自分の中で自分を呼び間違えそうなくらい、頭が熱い。


落ち着け。


でも、落ち着くな。


どっちだよ。


「出てこいって言うなら、こっち見て言え」


BEEF勢の壁際から声が上がる。


「おお!」


リバクルーも反応する。


でも、前方の一人は少しだけ心配そうな顔をしていた。


見えた。


見えてしまった。


あ、出すぎてる。


分かった。


でも止まらない。


BEEFのチョップが、Call me outの言葉を細かく刻む。


call-call-call—


俺はその隙間に入る。


「誰かの声を、サンプルみたいに刻むなよ」


言ってから、自分で少し驚いた。


BEEFの方に向きかけた。


やばい。


それはBEEFに言ってる。


客席にはそう聞こえたかもしれない。


でも、曲の流れとしても成立している。


ギリギリ。


ギリギリだった。


mcRCがすぐ横から入った。


「呼ばれたなら、ステージで返す」


助けに来た。


EGUIも低く重ねる。


「ただし、雑には返さない」


客席が沸く。


三人で何とか曲に戻す。


俺一人だと、たぶん今のは危なかった。


BEEFへの怒りが、そのままマイクに出そうだった。


出てたかもしれない。


でも二人が戻した。


戻してくれた。


悔しい。


助かったのに、悔しい。


俺はまだ怒っている。


怒っているのに、曲は進んでいる。


客席は熱い。


どんどん熱い。


BEEF勢が前に来る。


リバクルーがそれに負けないように手を上げる。


初見が声を出し始める。


小箱の空気が、明らかに濃くなっている。


成功している。


ライブとしては成功している。


だから、さらに腹が立つ。


俺の怒りの逃げ場がない。


「良かったじゃん」と言われたら、何も言えなくなる。


でも、良かったからといって、食らってないわけじゃない。


俺は何度も入りを壊された。


組んだ順番を飛ばされた。


用意していた言葉の道を消された。


そのたびに、その場で作り直した。


客席はそれを「熱い」と受け取る。


たぶん。


たぶん、そう見える。


俺は、内心で叫びながら、フロウを走らせた。


Call me outの最後。


予定では、このあとnofake。


ここで一度、嘘なしの芯へ入る。


もうこれ以上は荒らすな。


俺は本気でそう思った。


BEEFが音を落とす。


低音が切れる。


一瞬、静かになる。


フロアの熱が前に倒れたまま止まる。


俺はマイクを持ち直した。


これなら入れる。


nofake。


言葉を立て直せる。


BEEFが、そこでようやくnofakeのイントロを出した。


遅い。


でも来た。


俺は息を吐いた。


小さくだ。


客席には見えないように。


たぶん見えていた。


前方のリバクルーの一人が、少しだけ俺を見ていたから。


俺はその視線から逃げなかった。


マイクを上げる。


「嘘なしで行くぞ」


客席が返す。


「おお!」


声は大きい。


今日一番大きいかもしれない。


でも、俺の中にはまだ怒りが残っている。


むしろ濃くなっている。


nofakeのビートが始まる。


今度は俺が先に入る。


BEEFに隙間を渡さないように。


言葉を置く。


畳みかける。


母音を硬くする。


ブレスを短くする。


いつもより少し荒い。


分かっている。


でも、止めない。


「綺麗な顔で嘘つくくらいなら」


声が強く出る。


「傷ついた声で本音を出す」


客席が、少し静かになる。


さっきまでの熱が、別の温度に変わる。


笑いじゃない。


煽りでもない。


少し怖いくらいの集中。


俺の怒りが、歌詞の中に混じっている。


良いのか悪いのか分からない。


でも、今はこれしか出ない。


EGUIが後ろから入る。


意味を支える声。


mcRCが前で景色を作る。


三人でnofakeを進める。


BEEFは、ここでは余計なことをしなかった。


音は太い。


でも、邪魔はしていない。


それがまた、少しだけ腹立つ。


できるんやん。


できるなら、さっきもやれよ。


俺は心の中で言った。


でもマイクには出さない。


いや、出さないようにした。


どこまで出ていたかは分からない。


nofakeが終わる。


拍手ではなく、先に息が来た。


小箱全体が、一度息を吐いた。


それから拍手。


大きい。


さっきより重い。


誰かが言った。


「wata、今日やばい」


別の声。


「怒ってる?」


「いや、気迫だろ」


「演出?」


「分かんねえ。でも刺さった」


壁際のBEEF勢が低く言う。


「あいつ、返してくるな」


「飲まれてねえ」


「でも、だいぶキレてたぞ」


「それも含めてライブだろ」


俺はその言葉を聞いた。


それも含めてライブ。


簡単に言うな。


こっちは今、普通にキレてる。


でも、客席に向かってそう言うわけにはいかない。


俺は笑った。


笑った。


たぶん、かなり荒い顔だった。


mcRCが横に来て、小声で言った。


「大丈夫か」


俺は客席を見たまま言った。


「大丈夫ちゃう」


EGUIが反対側から静かに言った。


「でも落としてない」


俺は少しだけ笑った。


「落とすかよ」


さっきmcRCが言ったような言葉だった。


言ってから気づく。


俺ら、同じことしてる。


BEEFに壊されて、怒って、それでも落とさない。


それを順番にやっている。


最悪だ。


でも、ライブは進む。


次は、UNSEEN HANDS。


ここからは、EGUIが一番重くなる。


俺はマイクを下ろし、少しだけ後ろへ引いた。


BEEFはDJブースで、相変わらず平気な顔をしている。


その顔を見た瞬間、また腹が立った。


お前、ほんまに分かってんのか。


でも、今は言わない。


言うのは終わってからだ。


絶対に言う。


UNSEEN HANDSの最初の音が、静かに落ちた。


さっきまでの熱が、少しずつ別の色に変わっていく。


俺は息を整えた。


まだ心臓が速い。


怒りも残っている。


でも、ここからは意味の場所だ。


EGUIの声が、前に出る。


その瞬間、小箱の空気がまた変わった。

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