3-4-1 軽く
mcRC「この小説の歌は実際に聴けるから、聴きながら読んでみてくれよな」
聴く場合はこちら:
コピペしてブラウザに貼り付けて、、、。とぶぞ。
THAT SEAT
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BBQ
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HOMEBASE
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feel
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keep moving
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CALL ME OUT
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READY
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SHOWTIME!
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ATTACK
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SAY IT TO ME
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ORIGIN
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ORDER
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小箱の入口は、思っていたより狭かった。
黒い鉄の扉。
少し擦れた階段。
壁に貼られた過去イベントのフライヤー。
角がめくれたポスター。
ステッカーの跡。
何度も人が通った匂い。
新しい会場ではない。
けれど、使い込まれた場所だった。
誰かがここで初めて歌った。
誰かがここで失敗した。
誰かがここで名前を覚えられた。
誰かがここで、次に行く理由を持って帰った。
そういう小さな熱が、壁に染みている。
mcRCは階段の途中で一度足を止め、会場の扉を見上げた。
「近いな」
wataが後ろから言った。
「距離?」
「うん」
EGUIも階段の手すりに軽く触れながら頷いた。
「客席、かなり近そうやな」
三人は、それぞれ荷物を持っていた。
マイク。
ノート。
着替え。
水。
セトリの紙。
本番前の確認メモ。
セトリは、すでに新川さん経由でBEEFへ渡してある。
三本分のうち、今日の一本目。
曲順も、MCを入れる場所も、ざっくりした流れも共有済みだった。
音源も渡してある。
最初は使用予定分だけ送るつもりだった。
けれど、BEEFから「全部くれ」と返ってきた。
理由は短かった。
いや、理由はなかった。
ただ、それだけだった。
wataはその時、しばらく画面を睨んでいた。
「全部って、ほんまに全部やったな」
mcRCは苦笑した。
「まあ、音に関しては雑じゃないし」
EGUIが静かに言った。
「聴いてくれるなら、悪いことではない」
そこは、もう三人とも同じだった。
BEEFの態度は苦手。
説明は足りない。
短すぎる。
腹は立つ。
でも、音に関して雑ではない。
それだけは、前回の配信で分かってしまった。
だから今日、ここにいる。
扉を開けると、まだ客のいないフロアが見えた。
低い天井。
黒い床。
壁際の小さなバーカウンター。
ステージの奥に置かれたDJブース。
三本分のマイクスタンド。
天井から吊られた小さなライト。
広くない。
だからこそ、逃げ場もない。
客席の顔が見える。
一番後ろの壁にも届く。
逆に言えば、少しの乱れも伝わる。
mcRCはステージ前に立ち、客席側を見た。
まだ誰もいないフロア。
でも、そこに人が入った時の距離が分かる。
最前列は近い。
手を伸ばせば届きそうな距離。
声だけではなく、息も届く。
wataはステージに上がり、マイクスタンドの位置を見た。
「近いな、ほんまに」
EGUIがステージの中央に立つ。
「大きい会場よりごまかせない」
「やめて、そういうこと言うの」
wataが顔をしかめる。
EGUIは少しだけ目を細めた。
「事実や」
「事実の圧がすごいねん」
mcRCは軽く笑った。
その時、奥の扉が開いた。
新川さんが入ってきた。
白いシャツ。
黒いパンツ。
首から下げたスタッフパス。
手にはタブレット。
「おはようございます」
「おはようございます」
三人がそれぞれ返す。
新川さんはステージとフロアを見渡し、穏やかに言った。
「今日は距離が近いです」
wataがすぐ言った。
「それ、さっき全員で思ってました」
新川さんは少しだけ笑った。
「近い会場は、良くも悪くも出ます」
mcRCが頷く。
「はい」
「ただ、ここは音が悪い箱ではありません。低音も出ますし、声も前に出せます。BEEFさんには、少し低音を抑えめで調整してもらうよう伝えています」
wataが、少し意外そうに顔を上げた。
「伝えてくれてるんですね」
「はい。三人の声が主軸ですから」
その一言で、mcRCは少しだけ息を吐いた。
新川さんは、さらりと言う。
でも、ちゃんと見ている。
ただ会場を押さえただけではない。
音の出方も、三人の声も、BEEFの強さも見ている。
EGUIが静かに言った。
「ありがとうございます」
新川さんは頷き、タブレットを見た。
「このあと、リハは予定通りです。まずReverse Crownのみでマイクチェック。次にBEEFさんを入れて音合わせ。最後に一曲目から三曲目まで軽く通します」
wataが言った。
「一曲目から三曲目」
mcRCがセトリの紙を見る。
一曲目、KEEP MOVING。
二曲目、showtime。
三曲目、attack。
今日の始まり。
軽く始める。
考えすぎる前に動く。
その曲を、一曲目に置いた。
重い意味を説明するためではない。
まず、客席を動かすため。
初見にも入りやすく。
リバクルーにも笑ってもらえるように。
BEEF勢にも、三人の軽さと強さを見せられるように。
mcRCは紙の一番上に書かれたタイトルを見た。
KEEP MOVING。
その文字だけ、少しだけ太く見えた。
リハは、予定通り始まった。
まず、三人だけのマイクチェック。
mcRCがマイクを握る。
「チェック、ワンツー」
声が返る。
近い。
返しが早い。
ステージ上で聞こえる自分の声が、少し裸に感じる。
wataが続く。
「チェック、チェック。あー、ちょっと高いところ返しもらえます?」
PAが親指を上げる。
wataは短くフロウを乗せる。
音が壁に当たり、すぐ返ってくる。
「近っ」
wataが思わず言った。
「自分の声に追いかけられる」
EGUIがマイクを持つ。
「チェック」
低めの声が、まっすぐ前に出る。
派手ではない。
でも、よく届く。
新川さんが客席側で聞きながら頷いた。
「EGUIさんの声、かなり前に出ますね」
EGUIは少しだけ頭を下げた。
「ありがとうございます」
wataが横から言う。
「本人、褒められてるけど顔変わりません」
EGUIが淡々と返す。
「変える必要がない」
「かわいくない」
「ライブ前や」
mcRCが笑った。
「そのやり取り、本番でやるなよ」
wataが手を上げる。
「TPOはあります」
EGUIが短く言う。
「たまにない」
「それはそう」
三人の空気は、まだ柔らかかった。
そこへ、BEEFが入ってきた。
黒いパーカー。
黒いキャップ。
黒いパンツ。
表情は相変わらず読みにくい。
機材ケースを片手に持ち、もう片方の手で小さく挨拶する。
「おう」
wataの眉がわずかに動いた。
「おはようございます」
mcRCも言う。
「おはようございます」
EGUIも頭を下げた。
「お願いします」
BEEFは短く頷き、DJブースへ向かった。
余計なことは言わない。
だが、動きは早かった。
ケーブルを出す。
機材を置く。
接続する。
電源を入れる。
音源を確認する。
ヘッドホンを片耳に当てる。
その手つきに迷いはない。
wataがステージ袖からそれを見て、小さく言った。
「仕事は早いんよな」
mcRCは頷いた。
「そこはほんまにな」
EGUIが言う。
「音の人やな」
BEEFは、三人の声が聞こえたのか聞こえていないのか、何も返さなかった。
ただ、数分後には音を出せる状態になっていた。
PAが合図する。
BEEFが低音を一つ鳴らす。
小箱の床が、軽く震えた。
wataが思わず足元を見る。
「出るな」
BEEFが短く言う。
「出る」
wataは少しだけ顔をしかめた。
「返事は最低限」
BEEFは機材を見たまま言う。
「足りてる」
wataが口を開きかける。
mcRCが軽く手で止めた。
「リハや」
wataは息を吐いた。
「はい」
音合わせが始まる。
まずはKEEP MOVING。
本番と同じ一曲目。
BEEFがイントロを出す。
軽いクラップ。
跳ねるビート。
明るいシンセの断片。
でも、下にはBEEFらしい低音がいる。
原曲より、足元が少し強い。
でも、重くはない。
mcRCはマイクを上げる。
「Hey come on」
wataとEGUIが続く。
「いいの いいの 考えすぎない」
声が合う。
小箱のフロアに、まだ客はいない。
けれど、音だけで少し空気が動く。
mcRCのVerseへ入る。
部屋の空気。
冷めたcoffee。
low battery。
鍵。
靴。
風。
言葉が近い。
この会場では、派手なことを言わなくても届く。
wataのVerseでは、言葉が跳ねる。
「やる気待ち? それ待機列」
リハなのに、PAの一人が少し笑った。
wataはそれを見逃さなかった。
「今笑いましたよね」
PAが親指を上げる。
wataが少し得意げな顔をする。
EGUIがぼそっと言った。
「リハで調子に乗るな」
「褒められたら伸びるタイプなんで」
「伸びすぎるな」
mcRCが笑う。
BEEFは何も言わない。
ただ、wataのVerseの時、少しクラップを前に出した。
wataは一瞬だけBEEFを見る。
BEEFは機材を見ている。
悪くない。
腹立つけど、悪くない。
EGUIのVerseに入ると、BEEFは音を少し引いた。
EGUIの声が前に出る。
「大きなことじゃなくていい」
低音が下で支える。
言葉は邪魔されない。
EGUIは、歌い終わってからBEEFを見た。
BEEFは短く言った。
「声、通るな」
EGUIは少しだけ目を伏せた。
「ありがとうございます」
wataがすぐに言う。
「褒めた?」
BEEFは機材を触りながら言う。
「事実」
「褒めたやん」
「事実だ」
mcRCが笑う。
「まあ、褒めたってことで」
BEEFは何も返さなかった。
リハは大きな問題なく進んだ。
showtime。
attack。
三曲を軽く通す。
BEEFは、接続を少し変える場所があった。
ただし、リハでは三人が分かる範囲だった。
KEEP MOVINGの余韻を少し残してshowtimeへつなぐ。
showtimeの終わりを短めに切り、attackへ押す。
思っていたより、違和感は少ない。
mcRCは、少し安心した。
これならいける。
wataも、表情には出さなかったが、さっきより肩の力が抜けている。
EGUIは、曲終わりに一度だけ客席の空席を見ていた。
まだ誰もいない。
でも、ここに人が入ったら、音の返りも空気も変わる。
それは分かっていた。
新川さんがフロアから言った。
「リハは問題ないと思います」
PAも頷く。
BEEFがヘッドホンを外した。
「本番は変わる」
wataがすぐ反応した。
「何がですか」
BEEFは短く言う。
「客」
それだけ。
wataは一瞬、言い返しそうになったが、やめた。
EGUIが言った。
「それはそう」
mcRCも頷く。
「本番は客が入る」
BEEFは、それ以上は言わなかった。
三人はステージを降りた。
リハが終わった。
大きな問題はない。
音は悪くない。
むしろ良い。
三人の声も残っている。
BEEFも、少なくともリハでは曲を壊していない。
wataはペットボトルの水を飲みながら言った。
「まあ、リハは大丈夫やったな」
mcRCが頷く。
「うん」
EGUIも言う。
「本番、ちゃんとやろう」
三人は、そう思っていた。
開場の時間になると、フロアの空気が一気に変わった。
スタッフが扉を開ける。
階段の上から、足音が降りてくる。
一人。
二人。
三人。
すぐに、黒い床の上に人の気配が増えていく。
リバクルーは、比較的前に来た。
顔に見覚えがある人もいる。
配信で名前を見たことがある人。
前の単独ライブにも来ていた人。
手元にタオルを持っている人。
少し緊張した顔で、でも嬉しそうにステージを見上げる人。
一方で、壁際にはBEEF勢らしい人たちが集まった。
腕組み。
黒い服。
無言。
ステージ中央の三本マイクではなく、奥のDJブースを見ている人もいる。
初見らしい客もいた。
友人に連れられてきたような人。
スマホで何かを確認している人。
曲名を知らないけれど、会場の空気を探っている人。
フロアの温度は、まだ一つではない。
前の方は温かい。
壁際は硬い。
中央は様子見。
小箱なのに、空気がいくつにも分かれていた。
mcRCは袖からそれを見ていた。
近い。
客席の表情が分かる。
前方の女性が、ステージを見上げている。
少し奥の男性が、腕を組んでブースを見ている。
真ん中の初見らしき二人が、小声で何か話している。
リバクルーの一人が、少しだけ緊張した顔で笑っている。
wataが隣に立った。
「混ざってるな」
mcRCは頷く。
「かなり」
EGUIも袖から覗く。
「前と奥で温度が違う」
wataが小さく息を吐いた。
「こういう時こそ、最初大事やな」
mcRCは、手元のセトリを見た。
一曲目、KEEP MOVING。
軽く始める。
重く考えさせない。
肩の力を抜かせる。
まず、一分だけ動いてもらう。
それが今日の入口だった。
BEEFはDJブースに立っていた。
平気な顔。
客席の硬さも、リバクルーの期待も、BEEF勢の視線も、全部見えているのかいないのか分からない。
ただ、片耳にヘッドホンを当て、指をフェーダーに置いている。
mcRCは、BEEFの背中を見た。
何を考えているのか、相変わらず分からない。
でも、今はそれでいい。
本番が始まる。
照明が落ちる。
フロアのざわめきが、少し低くなる。
客席の顔が、暗がりの中で輪郭だけになる。
一拍。
BEEFが最初の音を出した。
軽いクラップ。
続いて、跳ねるビート。
強すぎない低音。
小箱の床が、ほんの少しだけ揺れた。
客席の前方が、すぐに反応する。
リバクルーが手を上げる。
初見が一瞬、周りを見る。
BEEF勢の何人かが、腕を組んだまま顎を上げる。
三人はステージへ出た。
mcRCが中央より少し前。
wataが横で軽く肩を回す。
EGUIは静かにマイクを握る。
ライトが入る。
近い。
客席の目が、一気に三人へ集まる。
mcRCはマイクを上げた。
「Reverse Crown」
フロアから声が返る。
「Reverse Crown!」
いつもより近い声。
壁に反響する前に、身体へ当たる。
wataが笑う。
「近いな」
客席が笑う。
EGUIが言う。
「その分、届く」
拍手が起きる。
BEEFが、フックの断片を薄く鳴らした。
Hey come on。
その声の欠片が、まだ完全に温まっていない小箱の空気を軽く叩いた。
最前のリバクルーが、すぐに顔を上げた。
「あ、これ」
小さな声だった。
でも、近い会場だから聞こえる。
隣のリバクルーが、口元を押さえて笑った。
「新しいやつ?」
「たぶん」
「軽いやつ来た」
その声を聞いた初見の客が、少しだけ首を傾ける。
曲名は知らない。
でも、言葉の入りは分かりやすい。
BEEF勢は、まだ壁際にいた。
黒い服。
腕組み。
少し斜に構えた顔。
三本のマイクより、奥のDJブースを見ている。
そのうちの一人が、低く言った。
「どんなもんかね」
もう一人が、鼻で笑うほどではないが、軽く息を抜いた。
「BEEFがどこまで触るかだな」
その声は、リバクルーには届いていない。
でも、壁際の温度はまだ硬かった。
BEEFがクラップを入れる。
軽い。
でも、安くない。
跳ねる音の下に、足元を押す低音がいる。
小箱の床が、ほんの少し震えた。
最前のリバクルーが自然に手を上げる。
中央の初見が、それを見て半拍遅れて肩を揺らす。
壁際のBEEF勢は、腕を組んだまま。
ただ、一人だけ、靴の爪先が小さくリズムを取った。
mcRCは、それを見た。
遠くない。
今日は全部見える。
目の動きも、口元も、腕を組む角度も、足先の揺れも。
見えてしまう。
だからこそ、逃げられない。
mcRCはマイクを上げた。
「Hey come on」
wataとEGUIが重なる。
「いいの いいの 考えすぎない」
声が、低い天井に当たってすぐ返ってくる。
大箱のように遠くへ飛ばす声ではない。
目の前の人の胸に、直接置くような声。
「一分だけで good enough」
中央あたりの客が、小さく隣に聞いた。
「今の、グッドイナフって何?」
隣の客が少し考えてから答える。
「たぶん、十分ってことじゃない? 完璧じゃなくてもいい、みたいな」
「ああ、一分だけで十分ってことか」
「そうそう。今日の俺らには、それくらいでいいって感じ」
「分かりやすいな」
その会話が、曲の隙間に溶ける。
最前の一人が、小さく笑った。
「一分だけでいいんだって」
隣の友人が頷く。
「今日それで来た」
その声に、別のリバクルーが笑う。
「それ、だいぶ救われるやつ」
BEEFは余計な音を足さない。
ただ、三人の声の下に低音を敷いている。
軽く始める曲なのに、足場だけは妙にしっかりしていた。
mcRCのVerse。
部屋の空気がちょっと slow。
テーブルの上、冷めたcoffee。
窓の向こうで街が glow。
こっちはまだ low battery。
言葉が近い。
客席に映像を見せるというより、同じ部屋に招くような距離だった。
前方の女性が、少しだけ目を細める。
分かる、という顔。
別の客が、肩から力を抜く。
初見らしき二人組の片方が、小さく呟いた。
「歌詞、聞きやすいな」
もう片方が頷く。
「思ったより生活の曲なんだ」
「なんか、すごいこと言ってるんじゃなくて、普通に朝とか部屋とか、そういうやつなんだね」
「そこがいいんじゃない?」
その声を聞いて、mcRCの胸の奥が少しだけ緩んだ。
届いている。
説明しなくても、届く時は届く。
BEEF勢の一人は、まだ腕を組んでいた。
けれど、mcRCのVerseの途中で、少しだけ顔の角度が変わった。
ステージ中央を見る時間が増えた。
DJブースだけではなく、三人の方を見るようになった。
wataのVerseへ入る。
「考えすぎなら brake it, break it」
一気に言葉が跳ねた。
「完璧主義なら shake it, shake it」
客席の前方が、ふっと笑う。
初見の一人が隣に聞く。
「今の英語、正直全部は分からんけど」
隣が笑う。
「でも音が気持ちいい」
「それ。なんか分からんのに入ってくる」
wataは、その笑いとざわめきを拾うように一歩前へ出た。
「やる気待ち? それ待機列」
ここで、はっきり笑いが起きた。
リバクルーだけではない。
中央の初見も笑った。
壁際のBEEF勢の一人が、思わず口元を緩めた。
隣の男が、それを見て小さく言う。
「笑ってんじゃん」
「いや、今のはちょっと上手いだろ」
「認めるの早いな」
「うるせえ」
そのやり取りは小さかった。
でも、壁際の硬さがほんの少しだけ揺れた。
wataは、そこまでは聞こえていない。
でも、空気がほどけたのは分かった。
「正解待ち? それ渋滞です」
さらに笑いが広がる。
BEEFが、そこに合わせてクラップをほんの少しだけ前へ出した。
wataの言葉が、跳ねる床に乗る。
軽いのに、切れ味がある。
ふざけているのに、刺さる。
「one step, next step, no stress」
中央の客が、小声で言った。
「ワンステップ、ネクストステップって、そのまま一歩ずつってことだよね」
「たぶん。英語苦手でも、これは分かる」
「日本語が拾ってくれるから置いてかれないな」
BEEF勢の一人が、腕を組んだまま小さく頷いた。
「お、いいじゃねえか」
隣が返す。
「BEEF目当てで来た顔して、もう乗ってるやん」
「まだ乗ってねえ」
「足」
言われた男が、自分の足元を見る。
靴先が、リズムを取っていた。
男は少しだけ顔をしかめた。
「……音がいいだけだろ」
「歌も悪くねえよ」
その短いやり取りが、壁際の空気を少しだけ変えた。
EGUIのVerseに入る。
音が少し引いた。
BEEFが低音を薄くする。
EGUIの声が前へ出る。
「大きなことじゃなくていい」
小箱が、少し静かになる。
笑っていた客も、揺れていた客も、自然に耳を向ける。
「今できることでちょうどいい」
派手な言葉ではない。
でも、この距離では逃げ場がない。
誰かに言われているようで、でも責められてはいない。
前方の男性が、息を吐くように笑った。
「それでいいのか」
隣の女性が言った。
「それでいいんじゃない?」
「迷ったままで止まるより」
EGUIの声が、まっすぐ入る。
「小さく動けばそれでいい」
壁際のBEEF勢の一人が、腕をほどいた。
完全に前へ来るわけではない。
でも、組んでいた腕が解けた。
別の一人が、低く言った。
「声、通るな」
「三人目?」
「たぶん」
「地味かと思った」
「地味じゃねえな」
その言葉の間に、EGUIは続ける。
「止まってもまた」
少しだけ客席を見る。
「動けばいいだけ」
最前列の一人が、口元を押さえた。
泣くほどではない。
でも、何かが触れた顔だった。
mcRCはそれを見た。
wataも横目で見た。
EGUIは見ていたが、表情を変えなかった。
ただ、声の温度だけが少し上がった。
Final Hook。
「Keep moving, we don’t stop」
今度は、前方から声が返った。
小さい。
でも、確かに返った。
「Keep moving」
リバクルーが先に言う。
初見が遅れてついてくる。
壁際のBEEF勢はまだ声までは出さない。
けれど、足は動いている。
肩も、わずかに揺れている。
「一分だけで good enough」
そのフレーズが、小箱の天井に当たって跳ね返った。
最前のリバクルーが笑いながら言った。
「一分だけって言って、もうめっちゃ動かされてる」
別の客が返す。
「詐欺だな」
「いい詐欺」
wataがそれを聞いて、マイクを少し下げたまま笑った。
「聞こえてるで」
客席が笑う。
mcRCがすかさず言う。
「いい詐欺らしいです」
さらに笑いが広がる。
EGUIが静かに付け足す。
「動いたなら勝ち」
その一言で、また拍手が起きる。
BEEFはDJブースで、平気な顔をしていた。
でも、フックの最後でクラップを一つだけ増やした。
それだけで、客席の手が少し上がる。
まるで、身体が勝手に反応したみたいに。
曲が終わる。
最後の音が落ちる。
一瞬、空気が浮いた。
それから拍手が来た。
大きすぎない。
でも、近い。
拍手が胸に当たる。
声が飛ぶ。
「いいぞ!」
「動いた!」
「KEEP MOVING!」
誰かが曲名を叫んだ。
まだ初めて聴いたはずなのに。
wataが少しだけ目を開く。
「もう覚えたん?」
客席から笑いが返る。
BEEF勢の一人が、壁際で小さく言った。
「一曲目としては悪くねえ」
隣が言う。
「上からだな」
「いや、褒めてる」
「褒め方がBEEF勢」
「うるせえ」
その小さな笑いは、壁際から中央へ少しだけ漏れた。
リバクルーがそれに気づき、少しだけ振り返る。
目が合ったBEEF勢の男が、気まずそうに視線を逸らした。
でも、もう最初の硬さではなかった。
mcRCは息を整えながら、客席を見た。
温度が変わっていた。
前方だけではなく、中央にも熱が移っている。
壁際はまだ硬い。
でも、完全に拒んではいない。
一曲目としては、悪くない。
いや。
かなり良い。
wataがマイクを下ろして、小さく言った。
「入ったな」
EGUIが頷く。
「うん」
mcRCも頷いた。
「このまま行こう」
三人は、そう思った。
BEEFはDJブースで、相変わらず平気な顔をしていた。
ヘッドホンを片耳に当てたまま、次の音源へ指を伸ばしている。
客席はまだ拍手している。
リバクラは、次の流れへ進むために、ステージ上で小さく呼吸を合わせた。
一本目は、いい形で始まった。
mcRC「この小説の歌は実際に聴けるから、聴きながら読んでみてくれよな」
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