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ラップ付き小説 ReversCrown 元気ないやつこっちおいで  作者: egubi
暴れ牛ビーフ編

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3-2-1 課題



リバクラボラトリーのスピーカーから、低いキックが鳴っていた。


音量は大きくない。


近所迷惑にならない程度。

それでも、床の薄い振動は足の裏に伝わってくる。


テーブルの上には、ノートパソコン。

スマホ三台。

水。

赤ペン。

歌詞を書き込んだ紙。

セットリストの仮案。

新川から届いた単独ライブ後の報告書。

リバックラインの初回作業表。


そして、半分だけ残ったコンビニのチキン。


wataが、それを指差した。


「これ誰の?」


mcRCは画面を見たまま答えた。


「知らん」


EGUIが水を飲んでから言う。


「お前やろ」


wataは目を丸くした。


「俺?」


「さっき食ってた」


「食ってたけど、半分残した記憶がない」


EGUIは短く言った。


「残ってる」


wataはチキンを見つめた。


「記憶にないチキン」


mcRCが少し笑う。


「怖い言い方すな」


wataは袋を持ち上げた。


「これ、食べていいやつ?」


EGUIがすぐに返す。


「自分のやろ」


「確定なん?」


「状況証拠は揃ってる」


「裁判みたいに言うな」


mcRCは笑いながら、ノートパソコンの再生ボタンを止めた。


部屋からビートが消える。


その瞬間、空気が少しだけ落ちた。


さっきまで鳴っていた低音がなくなると、リバクラボラトリーは急にただの部屋に戻る。


折りたたみテーブル。

黒い布。

マイク。

ケーブル。

ライト。

生活感のある水のペットボトル。

床に置かれた延長コード。

ホワイトボードに残った文字。


見えない支えを、見える線にする。


その下に、wataがふざけて書き足した小さな文字。


リバクラーメンは保留。


ライブの時は、同じ道具が少し違って見える。


マイクは武器になる。

黒い布はステージの背景になる。

ライトは顔を照らす。

ケーブルは音の血管になる。


でも、音が止まった瞬間、全部がただの物に戻る。


その落差を、三人ともなんとなく感じていた。


mcRCは、画面に表示された仮セットリストを見た。


「もう一回、頭から流した時の感じな」


wataはチキンを置いて、椅子に座り直した。


EGUIも、紙の歌詞を机に並べる。


単独ライブのあと、三人は何度もセットリストを見直していた。


成功した。


それは間違いない。


客席は返してくれた。

曲は届いた。

フックは育っていた。

笑いも起きた。

涙もあった。

リバ点呼も、SMALL WINも、あの夜の最後にちゃんと残った。


それでも、成功したからこそ見えたものがある。


曲と曲の間。


一曲が終わる。

拍手。

mcRCが話す。

wataが茶化す。

EGUIが意味を通す。

そして次の曲へ入る。


それ自体は悪くない。


むしろ、リバクラらしい。


客席と言葉でつながりながら、次の景色へ進む。


でも、会場が大きくなったり、初めて見る人が増えたり、リバクルー以外の客が多くなったりした時、そのやり方だけで全部つなげるのか。


そこが、三人の中で引っかかっていた。


mcRCは、画面を指でなぞるように見た。


「ORDERからRUN ITは、まだ分かる」


wataが頷く。


「入口から走る。そこは見える」


EGUIも言う。


「意味の流れも自然やな」


mcRCは、次の曲順を見た。


「RUN ITからATTACK」


wataが少し笑う。


「走って、撃つ」


EGUIが眉を少し寄せる。


「言い方は荒いけど、流れはある」


wataが即座に返す。


「荒いのは曲のせいや」


「お前の言い方や」


「両方やな」


mcRCは二人のやり取りを聞きながら、画面をスクロールした。


「でも、THAT SEATからUnseen Hands」


そこで少し空気が変わる。


wataも、さっきまでの軽さを引っ込めた。


EGUIは紙の歌詞を見たまま、静かに言った。


「意味ではつながってる」


mcRCが頷く。


「うん。席に座る責任から、見えない支えへ」


wataが続ける。


「ただ、重さが続く」


「そう」


mcRCは、画面を見ながら言った。


「ここの間、俺らはMCでつないだ。たぶんリバクルーには伝わった」


EGUIが頷く。


「伝わったと思う」


「でも、初見が多かったら?」


wataが、少しだけ椅子を引いた。


「急に深いところへ連れて行かれる感じになるかもしれん」


EGUIは頷いた。


「感情の階段が足りない可能性はある」


mcRCは、その言葉を聞いて赤ペンを取った。


紙の端に書く。


感情の階段。


wataがそれを覗き込む。


「またメモった」


「いい言葉やろ」


「いいけど、EGUIが普通にかっこいいこと言うと逃げ場なくなる」


EGUIは表情を変えずに言った。


「逃げる話じゃない」


wataは胸を押さえた。


「正論で追撃すな」


mcRCは少し笑った。


その笑いは軽いが、机の上の話は軽くない。


リバクラは、ただ盛り上がる曲を並べたいわけではない。


曲ごとに景色がある。


自分を呼び出す曲。

走り出す曲。

誰かの席を問う曲。

見えない手にありがとうと言う曲。

小さな勝ちを持って帰る曲。


その景色を、どう順番に見せるか。


その順番が、ただの曲順ではなく、ライブ全体の物語になる。


そこは、三人とも分かっていた。


でも、分かっていることと、客席に見えることは違う。


wataが、机の上のスマホを指で回した。


「俺ら、MCで説明しすぎると説教くさくなるやん」


mcRCが頷く。


「うん」


「でも説明しないと、曲の距離が遠くなる時もある」


「ある」


「その間をどうするかって話やんな」


EGUIが言った。


「言葉でつなぐだけじゃ足りない場面がある」


wataは、EGUIを見た。


「音でつなぐ?」


EGUIは少し考えた。


「音だけとも違う。空気をつなぐ」


mcRCは、赤ペンを止めた。


空気をつなぐ。


その言葉が、三人の間に落ちた。


しばらく誰も喋らなかった。


スピーカーは止まったまま。


部屋には、外を走る車の音が少しだけ入ってきていた。


エアコンの風。

小さな電子音。

wataがチキンの袋を触る音。


音がないわけではない。


ただ、ライブの音ではない。


mcRCは、ふと単独ライブの客席を思い出した。


暗いフロア。

立っている人たち。

泣いている人。

笑っている人。

腕を組んで聴いている人。

赤ペンを胸に差していたリバックラインの五人。

白ポロで壁際に立つ新川。


新川は、あの夜、ずっと現場を見ていた。


ステージだけではない。

客席。

スタッフ。

照明。

音響。

物販列。

退館導線。

トラブル時の裏の動き。


あの人は、たぶん三人が見ていないものを見ていた。


mcRCは、赤ペンを置いた。


「これ、新川さんに聞いた方がいいかもしれん」


wataが顔を上げる。


「曲順を?」


「曲順というより、ライブ全体の流れ」


EGUIが頷いた。


「現場としてどう見えたか」


「うん」


mcRCはスマホを取った。


新川に連絡を入れようとして、少しだけ手を止める。


wataがすぐ気づく。


「また硬い文面にしようとしてる?」


「まだ書いてない」


「でも顔が硬い」


EGUIも言う。


「相談やから、硬くしすぎなくていい」


mcRCは二人を見た。


「お前ら、俺の文面にうるさくなってきたな」


wataは笑った。


「最近のmcRCさん、丁寧語で距離取りがちなんで」


EGUIが静かに補足する。


「相手が新川さんなら、丁寧でいい。ただ、相談の中身は隠さない方がいい」


mcRCは頷いた。


そして、短く打った。


新川さん

お疲れさまです。mcRCです。


単独ライブ後、三人でセットリストとライブ全体の流れを見直しています。


曲ごとの意味のつながりは作れていると思うのですが、曲と曲の間、空気のつなぎ方に課題を感じています。


今後、外部の箱や小さめのライブハウスでやる場合、今のやり方だけで通用するのか不安があります。


一度、現場目線で相談させてもらえませんか。


mcRCは送る前に、二人へ画面を見せた。


wataが読んで、頷いた。


「いいんちゃう」


EGUIも言った。


「分かりやすい」


mcRCは送信した。


すぐには返ってこない。


三人は、しばらく画面を見ていた。


wataが言う。


「既読つかんな」


mcRCがスマホを伏せる。


「仕事中かもしれん」


EGUIが水を飲む。


「急がなくていい」


「そうやけど」


wataは椅子にもたれて、天井を見た。


「なんか、外に相談するの増えたな」


mcRCは頷いた。


「増えた」


「でも、悪い感じはしない」


EGUIが言う。


「全部抱えて止まるよりいい」


wataは少しだけ笑った。


「それ言われると何も言えん」


mcRCも笑った。


それから、もう一度スピーカーの再生ボタンを押した。


ORDERのイントロが鳴る。


三人は黙って聴いた。


何度も聴いた曲。

自分たちで作った曲。

何度も歌った曲。


それでも、いま聴くと少し違う。


この曲がどう次へつながるのか。

客席はどこで息を吸うのか。

曲が終わったあと、何秒で次の景色へ行くのか。


そんなことばかり考えてしまう。


wataが、音に合わせて小さく首を振る。


「この入りは、やっぱ好きやな」


mcRCが頷く。


「入口としては強い」


EGUIも言う。


「最初に“来た”感じがある」


曲が進む。


フックに向かっていく。


三人とも、自然に口元が動いた。


歌うほどではない。


でも、体が覚えている。


フックが終わる。


mcRCが次の曲へ送ろうとした瞬間、スマホが震えた。


音が止まる。


三人の視線が、一斉にスマホへ向いた。


新川からだった。


mcRCは画面を開いた。


ご相談内容、確認しました。

ちょうど私も、同じ点が気になっていました。


曲ごとの力はあります。

ただ、今後外部の箱へ出るなら、曲間と空気のつなぎ方は重要になります。


一度、直接話しましょう。


三人は、短い文章を黙って読んだ。


wataが、低く言う。


「同じ点が気になってました、か」


EGUIが頷いた。


「やっぱり見えてたんやな」


mcRCは、スマホを握り直した。


その下に、もう一通届いた。


それと、ひとつ提案があります。


紹介したい人がいます。


部屋の空気が変わった。


ORDERの余韻は、もう残っていない。


スピーカーは止まっている。


机の上には、赤ペンとセットリストと水。


wataが、小さく言った。


「人?」


mcRCは画面を見る。


新川から、さらにメッセージが来る。


ライブの流れを変えられる人です。


ただ、詳しい話は直接した方がいいと思います。


wataが目を細めた。


「ライブの流れを変えられる人」


EGUIが静かに言う。


「曲を作る人ではなさそうやな」


mcRCは頷いた。


「うん」


wataは、スマホの文字を見ながら言った。


「なんか、来たな」


mcRCは返信を打った。


ありがとうございます。

三人で伺います。


その前提で、曲の芯は三人で守りたいです。

そのうえで、ライブ全体の流れや曲間について相談できる方なら、ぜひ話を聞かせてください。


既読はすぐについた。


返事も短かった。


その前提で大丈夫です。

日程を調整します。


翌日。


リバクラボラトリーを出る前、mcRCのスマホが一度だけ震えた。


リバックLINEの通知が並んでいた。


Kate@秘書・外部連絡:

本日の新川様との打ち合わせについて、確認事項を整理しました。

外部連絡・会場条件・今後のライブ相談に関する内容は、後ほどこちらでも議事録化します。

重要事項はmcRCさんにCC、三人判断が必要なものは戻す前提で進めます。


Yui@庶務・作業表:

打ち合わせ後の確認項目欄を作成済みです。

「三人判断」「リバックライン対応」「新川様確認」「保留」に分けています。


Nina@告知販促:

まだ外には何も出しません。

打ち合わせ内容は非公開扱いで管理します。


Sara@権利確認:

会場条件・配信可否・音源提出・撮影範囲に関する確認が出た場合は、こちらで整理します。

未確認のものは未確認として扱います。


Miwa@物販:

物販の話になったら、売りたい気持ちはありますが、まずは導線と在庫管理優先でお願いします。

リバクラーメンは今日出さなくて大丈夫です。


wataは、横から画面を見て吹き出した。


「最後だけ温度おかしくない?」


mcRCはスマホを伏せた。


「Miwaらしい」


EGUIは靴ひもを結び直しながら言った。


「でも、仕事は回ってる」


「うん」


mcRCは短く返した。


その「うん」は、少しだけ軽かった。


数日前なら、今日の打ち合わせに行く前に、三人だけで資料を全部確認して、会場条件も、物販導線も、問い合わせも、告知の言葉も、全部頭に入れてから出ようとしていた。


今も責任が消えたわけではない。


でも、少し違う。


後ろに、いや、横に、線がある。


リバックライン。


名前がついただけではない。


もう動き始めている。


三人が新川に会いに行っている間にも、問い合わせは分類される。

物販候補は整理される。

未確認事項は未確認のまま置かれる。

勝手に返事をせず、必要なものは三人へ戻る。


それだけで、身体が少し軽くなる。


wataはスマホをポケットに入れながら、少し伸びをした。


「なんかさ」


mcRCが見る。


「何」


「人に仕事渡すって、もっと怖いだけかと思ってた」


EGUIが立ち上がる。


「怖さはあるやろ」


「ある。でも、ちょっと助かる方が勝ってきた」


wataは、照れ隠しみたいに髪の結び目を触った。


「昨日まで、通知見るだけでちょっと身構えてたやん」


mcRCは頷いた。


「うん」


「でも今、通知来ても、“あ、誰かが見てくれてる”って思える」


EGUIが静かに言った。


「それが支えやな」


wataは少し笑う。


「お前、今日いいこと言う係?」


「毎日や」


「自分で言うな」


mcRCは二人の会話を聞きながら、リバクラボラトリーの電気を確認した。


机の上には、まだ資料が残っている。


単独ライブの売上表。

物販の在庫表。

新川からの報告書。

リバックラインの初回作業表。

ホワイトボードの文字。


見えない支えを、見える線にする。


その下の小さな文字。


リバクラーメンは保留。


EGUIがそれを見て言った。


「消すか」


wataがすぐ反応する。


「消すな。歴史や」


「保留の歴史か」


「そう。いつか文化遺産になる」


mcRCは苦笑しながら、部屋の明かりを落とした。


「なら、せめて字をきれいに書け」


「そこ?」


「文化遺産にするなら」


「急に要求上がったな」


扉を閉める。


鍵を回す音が、小さく響いた。


その音が、今日の区切りみたいだった。


リバックラインの話は、いったんここで止める。


次に向かう。


新川のところへ。


外へ出ると、夜の空気は少し湿っていた。


単独ライブの翌日から続いていた熱が、街の中にはもう残っていない。


コンビニの前で高校生が笑っている。

駅へ急ぐ会社員が、スマホを見ながら歩いている。

信号待ちのタクシーの屋根灯が、ぼんやり光っている。

自販機のモーター音が、妙に大きく聞こえる。


世間は普通に動いている。


昨日まで自分たちの中で世界が変わったみたいに思えても、街はいつもの速度で進んでいく。


それが、少しありがたかった。


wataが歩きながら言った。


「新川さん、何言うかな」


mcRCはバッグの紐を握った。


「分からん」


「怒られる?」


「何を」


「相談遅い、とか」


EGUIが横から言う。


「言われても仕方ない」


wataが目を向ける。


「味方して」


「遅い部分はある」


「正論が速い」


mcRCは少し笑った。


「でも、遅いって言われるなら、今言われた方がいい」


wataは黙った。


その通りだった。


第二部の単独ライブは成功した。


でも、成功したからこそ見えたものがある。


三人だけでは回らないこと。

曲間の流れが、一曲ごとに途切れること。

配信とライブでは、届け方が違うこと。

リバクルーだけではない場所に立つなら、今のやり方だけでは足りないこと。


そして、外部ライブや小箱を回るなら、会場選びも、契約も、導線も、配信可否も、物販も、帰りの時間も、全部現実として見なければならない。


それは、曲の中だけでは解決できない。


だから新川に会いに行く。


白ポロのサングラス。


イベント会社の人。


単独ライブで、熱狂の裏側をずっと見ていた人。


THAT’S LIVEの時、裏でスタッフを動かしながら、三人が客席を守った瞬間を見ていた人。


あの人に、今のリバクラの問題を見せる。


それは、少し怖かった。


wataが、駅へ向かう途中で小さく言った。


「俺ら、また現実見に行くんやな」


EGUIが頷く。


「見ないと進めん」


mcRCも言った。


「うん」


駅から少し歩いたところに、新川の会社が入っているビルがあった。


一階には古い喫茶店。

ガラスに貼られたランチメニュー。

階段の横には、小さなプレート。


派手ではない。


でも、仕事の匂いがする。


三人は階段を上がった。


二階の扉の前で、mcRCが一度だけ深く息を吸う。


wataが横から言う。


「緊張してる?」


「してる」


「珍しく正直」


「今日、隠しても意味ない」


EGUIが言った。


「相手は見抜くやろ」


wataが頷く。


「たしかに」


mcRCが扉をノックする前に、中から足音が近づいてきた。


扉が開く。


前に見たスタッフの女性が立っていた。


「Reverse Crownの皆さまですね」


mcRCが頭を下げる。


「はい。本日はよろしくお願いします」


「新川がお待ちです。こちらへどうぞ」


案内された会議室は、前と同じだった。


白い壁。

長机。

モニター。

ホワイトボード。

壁際に積まれた折りたたみ椅子。

過去イベントのポスター。


アイドル。

バンド。

演劇。

企業セミナー。

地域フェス。

トークイベント。


ジャンルはばらばらだ。


でも、どのポスターにも人が集まった跡がある。


誰かが企画し、誰かがチケットを売り、誰かが会場を押さえ、誰かが当日を回し、誰かが笑って帰った。


音楽だけではない。


イベントという形になった熱が、壁に残っている。


wataがポスターを見ながら小声で言った。


「全部、誰かが裏で死ぬほど段取りしたやつやな」


EGUIが頷く。


「死ぬほどはよくない」


「比喩や」


「比喩でもよくない」


「今日、健康管理厳しいな」


mcRCはそのやり取りを聞きながら、机の前で立っていた。


バッグから資料を出す。


新川への相談メモ。

単独ライブ後の課題。

リバックライン体制の概要。

今後のライブ候補。

配信と現場ライブの比率。

曲間の流れに関するメモ。


資料を置いた瞬間、会議室に少しだけ現実の重さが落ちた。


数分後、ドアが開いた。


新川が入ってきた。


白いポロシャツ。


サングラス。


夜の屋内でそれをしているのに、もう誰も突っ込まない。


手にはタブレットと薄いファイル。


歩き方は静かだが、無駄がない。


会場で見た時と同じだった。


人を急かす圧ではなく、現場の速度に合わせて無駄を削っている人の動き。


「お待たせしました」


新川が言った。


mcRCが立ち上がる。


「本日はお時間いただき、ありがとうございます」


wataとEGUIも頭を下げる。


新川は軽く頷き、席へ座った。


「こちらこそ。ご相談いただけてよかったです」


その言い方に、mcRCは少しだけ救われた。


遅い。

何を今さら。

もっと早く言うべきだった。


そう言われても仕方ないと思っていた。


けれど、新川はそこから入らなかった。


ただ、タブレットを開きながら続けた。


「単独ライブ後、状況が変わりましたね」


wataが小さく息を飲む。


mcRCが答える。


「はい」


新川は画面を見ながら、淡々と言った。


「フォロワー数、切り抜き、物販反応、次回希望、問い合わせ。かなり増えています」


mcRCは頷く。


「正直、三人だけでは回りきらなくなってきました」


「でしょうね」


早かった。


wataが思わず顔を上げる。


「でしょうね、なんですね」


新川はwataを見る。


「はい。でしょうね、です」


wataが少し笑う。


「厳しい」


「厳しいというより、自然な結果です」


新川はタブレットを机に置いた。


「単独ライブが成功すれば、作業は増えます。成功したのに作業が増えない方が不自然です」


EGUIが頷く。


「そうですね」


「問題は、増えた作業を誰が持つかです」


その言葉で、mcRCは資料の一枚目を出した。


「その件ですが」


新川は資料を見る。


「はい」


「前職のメンバーで、信頼できる五人がいます。今の仕事で、物販企画、告知販促、権利・提出物確認、外部連絡、庶務整理に近い実務をしているメンバーです」


新川の視線が、一度だけ上がる。


「前職のメンバー」


「はい」


「ファンとしてではなく、実務者として入る、という理解でいいですか」


mcRCは頷く。


「そうです。ただし、まだ正式な会社組織ではありません。あくまで活動を支えるチームとして、無理のない範囲で」


「名称は」


一瞬だけ、mcRCは言い淀んだ。


wataが小さく笑う。


「言え言え」


mcRCは横目でwataを見てから、新川へ向き直った。


「リバックラインです」


新川は、表情を大きく変えなかった。


ただ、少しだけ口元が動いた。


「Reverse Crown Backline」


mcRCが少し驚く。


「分かりますか」


「はい。いい名前だと思います」


wataが、嬉しそうに身を乗り出した。


「僕が言い出しました」


EGUIがすぐ言う。


「胸を張るな」


wataは胸を張ったまま言う。


「張るやろ。これは張る」


新川は小さく笑った。


本当に少しだけ。


「バックラインという言葉を選んだのは、良い判断です」


mcRCが聞く。


「なぜですか」


「前に出るチームではないと分かるからです」


新川は資料に目を戻す。


「ただし、裏方という言葉だけで片づけない方がいい。バックラインは、音が成立するための土台です。見えにくいですが、なくなると鳴りません」


mcRCは黙って、その言葉を受け取った。


見えにくいが、なくなると鳴らない。


Unseen Handsに近い。


でも、より現場の言葉だった。


新川は続けた。


「このリバックラインが、問い合わせや外部連絡の一次整理をする。重要案件はmcRCさんにCC。三人判断が必要なものは戻す。そこまで決めているなら、かなり良いです」


wataが小声で言う。


「Kateたち、褒められてる」


EGUIが頷く。


「伝えよう」


mcRCも頷いた。


新川は、次の資料へ目を移した。


「ただし」


来た。


三人の背筋が少し伸びる。


新川の「ただし」は、だいたい大事なところに来る。


「リバックラインがいても、ライブ運営の判断までは別です」


mcRCは頷く。


「そこを相談したくて来ました」


「はい」


新川はタブレットの画面を切り替えた。


「まず、小箱や外部ライブを増やす場合、考えるべきことはかなり多いです」


画面には、簡単な項目が並んでいた。


会場規模。

客層。

音響条件。

物販可否。

配信可否。

撮影ルール。

終演時間。

搬入搬出。

控室。

交通費。

宿泊。

赤字ライン。

スタッフ人数。

リバクルー導線。

初見客への見せ方。


wataが、思わず言った。


「多っ」


新川は普通に頷いた。


「多いです」


「夢がない」


「夢を壊さないための項目です」


wataは言い返しかけて、止まった。


その言い方は、少し効いた。


夢を壊さないための項目。


会場費も、終演時間も、配信可否も、物販導線も、全部、夢を邪魔するものではない。


夢を現実の形で壊さないために見るものだった。


EGUIが静かに言った。


「現場の言葉ですね」


新川は頷く。


「はい」


mcRCは資料を見ながら言った。


「正直、どこから見ればいいか分からなくなっていました」


「それは普通です」


新川は淡々と答えた。


「アーティスト側が全部分かっていたら、イベント会社はいりません」


wataが小さく言う。


「それはそう」


新川は三人を見る。


「あなたたちは、曲と熱を作る側です」


その言葉に、mcRCは顔を上げた。


新川は続ける。


「ただし、熱だけでは会場は成立しません」


「はい」


「逆に、運営だけでもライブは成立しません」


少し間。


「どちらかだけでは足りません」


会議室が静かになった。


新川の言葉は、責めていない。


でも、甘くもない。


リバクラが作った熱を、彼は認めている。

その上で、熱だけでは危ないと教えている。


mcRCは、深く頷いた。


「それで、もう一つ相談があります」


「曲間の話ですね」


新川が先に言った。


wataが思わず声を出す。


「え、分かるんですか」


新川は少しだけ首を傾けた。


「メールに書いてありました」


「それはそう」


wataが小さく笑い、少し緊張がほどける。


mcRCは資料をめくった。


「単独ライブの時、セトリには流れを作っていたつもりです」


「はい」


「曲の意味としては、入口から、深いところへ行って、また笑って、最後にSMALL WINで帰す。そういう流れはありました」


「見えていました」


新川は短く言った。


mcRCは少しだけ目を伏せる。


「ありがとうございます」


「ただ」


新川は続けた。


「曲と曲の間で、少し切れる瞬間はあります」


wataが、何も言わずに頷いた。


そこは、三人も感じていた。


一曲が終わる。

拍手が起きる。

mcRCが話す。

wataが笑わせる。

EGUIが締める。

次の曲へ行く。


それでも成立していた。


リバクルーには届いていた。


でも、曲の景色が切り替わるたびに、観客側が少し頭で補う必要がある。


初見客が多い場では、そこが弱くなるかもしれない。


新川は言った。


「今のReverse Crownは、曲ごとの景色が強い」


mcRCが頷く。


「はい」


「だからこそ、曲間で景色が切り替わる時に、道が必要になります」


wataが、小さく繰り返した。


「道」


「はい」


新川は、指で机の上を軽くなぞった。


「今は、曲Aが終わり、MCで意味を補足し、曲Bに入っています」


「はい」


「それでも十分成立しています。ただ、今後ライブハウスを回るなら、毎回あなたたちの文脈を知っている人ばかりではありません」


EGUIが言う。


「リバクルー以外」


「そうです」


新川は頷く。


「リバクルーは、かなり育っています」


wataが少し笑った。


「育ってますか」


「育っています」


新川は真面目に言った。


「あなたたちの言葉を受け取る姿勢がある。コールを返す文化もある。曲の背景を知っている。重い曲でも、待てる。笑う場所も分かる」


mcRCは、その言葉を聞きながら客席を思い出した。


リバ点呼で返ってきた声。

SMALL WINで泣いていた顔。

CALL ME OUTで笑いながら刺された男子勢。

THAT SEATで固まっていた社会人勢。


たしかに、育っている。


それは誇らしい。


でも、そこに甘えたまま外へ出ると、届き方が変わる。


新川は続けた。


「外部の箱では、あなたたちの思想を知らない人もいます。曲名も知らない。フックも知らない。リバ点呼も知らない」


wataが、少しだけ真顔になる。


「そこで急に“起立”って言ったら?」


新川は少し考えてから言った。


「状況によります」


「ですよね」


「通る場もあります。通らない場もあります」


EGUIが言う。


「その場を見る必要がある」


「はい」


新川はタブレットを伏せた。


「そこで、曲と曲をつなぐ人がいると、かなり変わります」


mcRCの呼吸が、少し止まった。


wataも、同じように動きを止める。


EGUIは、新川を見た。


新川は、あえて急がなかった。


「DJです」


その言葉は、思ったより静かに置かれた。


派手ではない。


でも、会議室の空気は変わった。


三人が、ずっとどこかで思っていた言葉。


いつかDJがいたら。

曲間をつなげられたら。

ライブが一曲ごとに止まらず、流れたら。

景色と景色の間に道が見えたら。


それが、新川の口から出た。


wataが、少しだけ前に出る。


「DJって、つまり……」


新川は頷く。


「曲を流す人、というだけではありません」


「はい」


「あなたたちの曲の景色を理解して、次の曲へ渡す人です」


mcRCは、その言葉を聞いていた。


曲の景色を理解して、次の曲へ渡す人。


それは、ただ盛り上げる係ではない。


音を派手にするだけでもない。


リバクラがすでに持っているセトリの流れを、観客にも見える形にする人。


新川は言った。


「今までのReverse Crownにも、流れはありました」


三人とも黙って聞く。


「ただ、その流れは、解釈できる人には見えていた。曲を追っている人には分かる。リバクルーには伝わる」


「はい」


「でも、DJが入ると、景色と景色の間に道を作れる」


wataが、小さく息を吐いた。


「道を作る」


「はい」


新川は続けた。


「ORDERからRUN ITへ行く時、ただ曲を変えるのではなく、入口から走り出す感じを音でつなげる」


「ATTACKからTAKE OFFへ行く時、撃つ熱をそのまま離陸へ変える」


「THAT SEATの後にUnseen Handsへ行く時、席の責任から、見えない手への感謝へ、空気を沈めたまま移せる」


「SMALL WINへ行く時、帰り道の温度まで作れる」


mcRCは、胸の奥で何かが噛み合うのを感じた。


自分たちは、セトリを作っていた。


でも、そこに“道”という言葉を入れたことはなかった。


曲を並べる。

意味を考える。

MCでつなぐ。


それだけでもできる。


でも、音で道を作る。


それは、今の三人にはない発想だった。


EGUIが言った。


「それは、曲の中身を変えることになりますか」


新川は、すぐには答えなかった。


少しだけ、EGUIを見た。


「変える場合もあります」


EGUIの表情は変わらない。


新川は続ける。


「ただし、曲の芯を奪う必要はありません」


mcRCが、少しだけ息を吸う。


新川は言葉を選んだ。


「DJが入ることで、曲が壊れるように見えることもあります」


wataの眉が動いた。


「壊れる」


「はい」


「でも、ただ壊すわけではありません」


新川は、机の上の資料を軽く指で押さえた。


「ライブでは、完成した音源をそのまま再生するだけではない場面があります」


その言葉が、ゆっくり三人の間に落ちた。


完成した音源を、そのまま再生するだけではない。


それは魅力でもあり、怖さでもあった。


wataは、少しだけ口を開きかけて、閉じた。


EGUIは新川を見ている。


mcRCは、資料の端に指を置いたまま動かない。


新川は、そこで初めて少しだけ表情を緩めた。


「もちろん、合う人でなければ入れない方がいいです」


wataが、すぐに反応した。


「そこです。誰でもいいわけじゃないですよね」


「はい。誰でもいいわけではありません」


新川ははっきり言った。


「あなたたちの曲は、単なる盛り上げ曲ではありません。笑いもありますが、扱いを間違えると軽くなります。重い曲もありますが、沈めすぎると客席が戻れません」


EGUIが頷く。


「はい」


「だから、DJを入れるなら、かなり相性が重要です」


mcRCは聞いた。


「新川さんから見て、今の俺たちにDJは必要ですか」


新川は、少し考えた。


即答しなかった。


それが、逆に信頼できた。


彼は売りたいから必要と言う人ではない。

面白そうだから入れようと言う人でもない。

必要ないなら、必要ないと言う人だ。


しばらくして、新川は言った。


「今すぐ必須ではありません」


wataが軽く息を吐く。


新川は続ける。


「でも、これから小箱や外部ライブを回るなら、早めに一度試した方がいいです」


mcRCが聞く。


「なぜですか」


「あなたたちは、もう一曲ごとに見せる力はあります」


「はい」


「次は、ライブ全体を一つの流れとして見せる段階に来ています」


その言葉で、三人とも黙った。


ライブ全体を、一つの流れとして見せる。


それは、単独ライブで少しだけ見えた課題だった。


曲はある。

メッセージもある。

客席も返してくれる。


でも、次の段階へ行くなら、ただ曲を増やすだけでは足りない。


流れを見せる。


そのための存在。


DJ。


新川は、静かに言った。


「一人、紹介したい人がいます」


wataが顔を上げた。


EGUIも視線を向ける。


mcRCは、ゆっくり聞いた。


「DJですか」


新川は頷いた。


「はい」


「どんな人ですか」


wataが聞いた。


新川は少しだけ沈黙した。


その沈黙が、妙だった。


言いにくいというより、どこから説明するか選んでいるような間。


やがて、新川は言った。


「かなり、癖があります」


wataが眉を上げた。


「癖」


「はい」


EGUIが静かに聞く。


「扱いにくい?」


新川は少しだけ口元を動かした。


「扱う人ではありません」


三人が黙る。


新川は続けた。


「一緒に現場に立てるかどうかです」


会議室の空気が、また少し変わった。


wataは小さく呟いた。


「なんか、急に怖いんですけど」


新川は否定しなかった。


「怖いと思います」


「否定してほしかった」


「ただ、あなたたちなら会う価値はあります」


mcRCは、新川をまっすぐ見た。


「なぜ、そう思うんですか」


新川は、少しだけ視線を落とした。


机の上の資料ではなく、もっと別のものを見ているようだった。


単独ライブの会場。

THAT’S LIVE。

予定外の一拍。

客席を不安にさせず、価値に変えた三人。

スタッフを責めず、会場を守った三人。

自分たちの曲だけでなく、その場の人間を見た三人。


そんな景色が、言葉にはならないまま、新川の中に一瞬だけ通ったように見えた。


けれど彼は、それを長々とは語らなかった。


ただ言った。


「予定外を、価値に変えられる人たちだからです」


三人は、何も言えなかった。


その言葉は、褒め言葉だった。


でも、同時に次の課題でもあった。


予定外を価値に変える。


それを、単独ライブで一度やった。


でも、次に来る予定外は、トラブルではないかもしれない。


人かもしれない。


音かもしれない。


自分たちの曲が、思っていた形では鳴らなくなることかもしれない。


wataは、少しだけ首の後ろを触った。


「会うだけ、ですか」


新川は頷いた。


「まずは会うだけでいいです」


EGUIが聞く。


「三人で」


「はい。三人で」


mcRCは頷いた。


リバックラインは連れていかない。


これは音楽の芯に近い話だ。


外部連絡や日程調整は任せられる。

会場条件や議事録は共有できる。

でも、最初にその人と向き合うのは三人でなければならない。


wataが言った。


「リバックラインには?」


mcRCが答える。


「会った後に共有する」


EGUIも頷く。


「最初は俺らで見る」


新川は、その判断を聞いて、軽く頷いた。


「それがいいと思います」


mcRCは、資料を一度閉じた。


「会います」


wataが、少し遅れて頷く。


「会いましょう」


EGUIも言った。


「会う」


新川はタブレットに何かを入力した。


「では、日程を調整します」


少し間を置いて、wataが言った。


「ちなみに、その人、有名なんですか」


新川は手を止めた。


そして、ほんの少しだけ三人を見た。


「この界隈では、かなり」


wataの顔が少し引きつる。


「かなり」


EGUIが静かに言う。


「知らん可能性もある」


mcRCは正直に言った。


「俺、たぶん知らないです」


新川は、少しだけ笑った。


「それでも大丈夫です」


「大丈夫なんですか」


「はい」


新川はタブレットを閉じる前に、最後の一文を置いた。


「名前は、DJ BEEFです」


三人は、一瞬、同じ場所で止まった。


DJ BEEF。


wataが、少しだけ顔をしかめる。


「……BEEF?」


EGUIが読む。


「BEEF」


mcRCは、小さく呟いた。


「ヒップホップで言うbeefって、揉め事とか因縁とか、そういう意味もあるよな」


wataは、スマホではなく、新川のタブレットの方を見たまま固まっていた。


「いや、待って」


mcRCが見る。


「知ってるのか」


wataは、少しだけ言いづらそうに言った。


「詳しくはない。けど……名前は知ってる」


EGUIが聞く。


「有名なのか」


wataは頷いた。


「有名。少なくとも、DJの現場とか、ライブDJ調べたら普通に出てくる人」


mcRCは新川を見る。


「そんな人なんですか」


新川は頷いた。


「はい。いろんな意味で」


EGUIが静かに言う。


「いろんな意味、は不穏やな」


wataは苦笑した。


「プレイがえぐいとか、現場で空気変えるとか、合わせられるMCが少ないとか。まあ、噂込みやけど」


mcRCは、もう一度その名前を見た。


DJ BEEF。


まだ会っていないのに、名前だけで会議室の空気が少し重くなる。


wataが、小さく言った。


「癖あるって言われて、名前がBEEFで、しかも普通に有名人」


EGUIが静かに返す。


「開始三分で信用失う名前やな」


wataは笑った。


「それ俺が言いたかった」


mcRCも少し笑った。


けれど、笑いながらも、三人ともその名前から目を離せなかった。


BEEF。


その名前は、妙に強かった。


まだ会っていない。

顔も知らない。

音も知らない。


でも、何かがぶつかる気配だけは、もうあった。


新川は、そこで立ち上がった。


「会う時は、音源を持ってきてください」


mcRCが聞く。


「どの曲を」


新川は少し考えた。


「あなたたちらしい曲を」


それだけ言って、新川はファイルを閉じた。


打ち合わせは終わりに近づいていた。


けれど、三人の中では、むしろ何かが始まろうとしていた。


リバックラインで、活動の後ろと横に線ができた。


そして今度は、曲と曲の間に道を作るかもしれない誰かの影が見えた。


名前は知った。


DJ BEEF。


かなり癖がある。

扱う人ではない。

一緒に現場に立てるかどうか。

予定外を価値に変えられるあなたたちなら、会う価値がある。


会議室を出る時、wataが小声で言った。


「なあ」


mcRCが見る。


「何」


「これ、また面倒なこと始まるやつちゃう?」


EGUIが言った。


「始まるやろ」


wataは苦笑した。


「言い切るな」


mcRCは、階段へ向かいながら答えた。


「でも、たぶん必要な面倒や」


wataは少し黙った。


それから、小さく笑った。


「出た。必要な面倒」


EGUIが言う。


「曲になりそうやな」


mcRCは首を振った。


「まだ早い」


階段を下りると、一階の喫茶店からコーヒーの匂いがした。


外は、まだ夜だった。


駅へ向かう人の流れ。

街灯。

車のライト。

湿った風。


三人は、まだ何も知らない。


DJ BEEFがどんな顔をしているのか。

その音がどれだけ自分たちを揺らすのか。

初めて一緒に鳴らした時、何が起こるのか。


ただ一つだけ、分かっていた。


また、形を変える時が来ている。


三人の声は、手放さない。


でも、流れは変わるかもしれない。


曲と曲の間に、まだ見たことのない道ができるかもしれない。


その夜遅く、新川から短いメッセージが届いた。


日程、仮で押さえました。

場所は、駅前から少し外れたスタジオ兼ラウンジです。

地図を送ります。

音源を持ってきてください。


mcRCは、その画面をしばらく見ていた。


wataも、横から覗き込む。


「いよいよやな」


EGUIが静かに言った。


「会ってからや」


mcRCは頷いた。


「うん」


数秒後、スマホに地図が届いた。

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