1-2-2 「オーダー入りまーす」
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読後の余韻に合わせてどうぞ
てか聞きながら読んでみて、飛ぶぞ
「……それ、ちょっと聞かせて」
mcRCがそう言うと、若い男は、明らかに肩を揺らした。
さっきまでライブの熱が残っていた広場。
ORDERで笑って、NO FAKEで少し刺さって、ATTACKで声を出して。
その直後の、まだ耳の奥に低音が残っている時間。
本来なら、もう解散してもよかった。
「ありがとう」
「また来ます」
「最高でした」
「気をつけて帰ってください」
そういう言葉を交わして、余韻を持って帰る。
それで十分だった。
でも、若い男が言った一言が、空気を少し変えていた。
「俺、当てられるの苦手なんすよ」
学校でも、仕事でも。
「はい、あなた」
急に振られる。
急に見られる。
急に答えを求められる。
その瞬間に、頭が真っ白になる。
決めたらかっこいいのは分かっている。
でも、何も出てこない。
だから、その場が怖い。
男は、自分で言ったあと、少し後悔したような顔をしていた。
さっきまで、あれだけライブで盛り上がっていた場所に、急に自分の弱い話を置いてしまった。
そんな顔。
mcRCには、それが分かった。
だから、急がなかった。
「名前、聞いていい?」
男は少し目を上げた。
「え、あ……名前ですか」
「本名じゃなくていいよ。呼び名で」
男は少し考えてから、言った。
「……ケイで」
wataが軽く頷く。
「ケイくんね」
EGUIが言う。
「年は?」
「二十二です」
「社会人?」
「はい。今年からです」
その瞬間、周りの何人かが「あー」と声を漏らした。
新社会人。
その言葉だけで、いろんなものが見える。
研修。
先輩。
会議。
電話。
報告。
知らない言葉。
空気を読むこと。
覚えること。
ミスをしないこと。
でも質問しないと分からないこと。
聞きすぎると迷惑そうな顔をされること。
ケイは、小さく笑った。
「まだ全然、仕事できないんですけど」
その言い方に、wataがすぐ反応した。
「今年からで仕事できたら怖いわ」
周りが笑う。
ケイも、少しだけ笑った。
EGUIが言う。
「できんのが普通やろ」
「でも……」
ケイは、言葉を探すように視線を落とした。
「普通に、聞かれるんすよ」
「これ、どう思う?」
「この件、意見ある?」
「ケイくんは?」
そのたびに、全部止まる。
頭の中に、何かはある。
でも、形にならない。
言葉にしようとした瞬間、誰かの視線が刺さる。
先輩。
上司。
同期。
会議室の空気。
ホワイトボード。
ノートパソコンの画面。
その全部に見られている気がする。
「で、結局……」
ケイは苦笑した。
「“すみません、まだ分からないです”とか言っちゃうんすよ」
誰かが言った。
「わかる……」
その声は、さっきから近くで聞いていたスーツの女性だった。
「会議で急に振られるやつ、ほんと嫌」
別の男性も言った。
「授業でもあったな。先生に当てられるの怖くて、目合わせんようにしてた」
高校生の一人が、すぐに頷く。
「今もあります。まじであります」
もう一人の高校生が言う。
「教科書読めって言われるだけでも嫌」
wataが笑いそうになって、でも笑わなかった。
「それ、俺も嫌いやった」
「wataさんも?」
「嫌いやろ、普通。順番に読ませるやつな。前の人がどこまで読むか分からんから、今どこか必死に追ってるのに、自分の番近づいてきたら内容入ってこない」
高校生が爆笑した。
「そう! それです!」
「しかも前の人が急に多めに読むと、予定狂うんすよ!」
wataが指差す。
「それな!」
一気に空気が軽くなる。
でも、mcRCは見ていた。
今の笑いは、ただの脱線じゃない。
共感の笑い。
「あ、それ俺もある」
そう思えた時、人は少しだけ自分を責めなくなる。
EGUIがケイを見た。
「で、それが嫌なんやな」
「はい」
「何が一番嫌なん」
ケイは少し黙った。
問いが少し深くなったからだ。
当てられるのが嫌。
それだけなら、誰でも言える。
でも、その奥に何があるか。
そこを聞かれると、急に難しくなる。
「……何も出てこないのが、嫌です」
「うん」
「何も考えてないやつみたいに見えるじゃないですか」
声が少し小さくなる。
「ほんとは、何も考えてないわけじゃないんです」
周囲が静かになった。
ケイは続けた。
「あとからなら、思うんです」
「あの時、こう言えばよかったな、とか」
「これ言えたら、ちょっと見え方変わったかもな、とか」
「家帰って、風呂入ってる時とかに、めっちゃ出てくるんです」
wataが小さく笑った。
「風呂場の天才な」
「そうです」
ケイも苦笑する。
「風呂場では、めっちゃ喋れるんです」
周りから笑いが起きる。
「わかる!」
「寝る前に反省会始まるやつ!」
「翌朝には使えないやつ!」
「LINE返したあとに、もっといい返し思いつくやつ!」
声が広がる。
ケイの一人の話が、周りに散っていく。
スーツの女性が言う。
「私、プレゼン終わったあとに毎回思います」
「ここ、もっと短く言えたな、とか」
「最初に結論言えばよかったな、とか」
仕事帰りの男性も言う。
「自分は電話切ったあとですね」
「もっとちゃんと説明できたやろって、切ったあとに全部整理される」
高校生が言う。
「好きな人と話したあとです」
一瞬、みんながそっちを見た。
高校生は真っ赤になる。
「いや、そういう意味じゃなくて!」
wataがにやっとする。
「そういう意味やろ」
「違います!」
EGUIが真顔で言う。
「青春やな」
「やめてください!」
笑いが広がる。
でも、誰も馬鹿にしていなかった。
それぞれにあるのだ。
あの時、決められなかったこと。
あの時、言えなかったこと。
あの時、準備していなかった自分を見られたこと。
mcRCは、その輪を見ていた。
さっきのライブとは違う熱。
大きな歓声ではない。
でも、こっちの方が深い。
人が、自分の中にあった小さい痛みを、少しずつ場に出している。
それが、mcRCには見えていた。
「ケイくん」
mcRCが言った。
「たぶんさ」
ケイが顔を上げる。
「当てられるのが怖いっていうより」
「準備してない自分が、見えるのが怖いんじゃない?」
ケイの表情が止まった。
周囲も少し静かになる。
wataが、マイクを持っていないのに、少し前に出た。
「それ、あるな」
mcRCは続ける。
「急に振られるのが怖いのは、もちろんある」
「人前が苦手とか、緊張するとか、それもある」
「でも、ほんまに一番痛いのって」
「“俺、何も持ってないやん”って自分で分かる瞬間じゃない?」
ケイは、何も言えなかった。
それは肯定に近かった。
EGUIが短く言う。
「バレるのが怖いんやろ」
言い方は鋭い。
でも、声は責めていない。
ケイは小さく頷いた。
「……たぶん、そうです」
wataが腕を組む。
「当てられた時に何も出んのは、才能がないとか、センスがないとか、そういう話だけじゃないんよな」
「引き出しが空やと、そら出ん」
「でも引き出しに何か入ってたら、下手でも出せる」
高校生が小さく言う。
「準備……」
wataがそっちを見る。
「そう」
「でも準備って、テスト勉強だけの話ちゃうで」
スーツの女性が頷く。
「仕事もですね」
「そう」
mcRCが言う。
「仕事も、学校も、恋愛も、人前に出るのも、発表も、全部そう」
「来るべき瞬間って、だいたい急に来る」
EGUIが言う。
「“今どうぞ”ってな」
その一言で、数人が苦笑した。
「嫌すぎる」
「やめて」
「心拍上がる」
wataが笑う。
「でも来るんよ。“今どうぞ”は」
「好きな子がたまたま隣に来る」
高校生が頭を抱える。
「やめてください!」
「会議で意見聞かれる」
スーツの女性がうつむいて笑う。
「しんどい」
「面接で、自分の強みは何ですかって聞かれる」
誰かが「うわ」と言った。
「イベントで急に自己紹介振られる」
「それも嫌!」
「飲み会で一言」
「最悪!」
wataが畳みかけるたび、場が笑いながら痛がる。
EGUIがその笑いを切るように言った。
「でも、決めたらかっこいいやろ」
ケイが顔を上げた。
EGUIは続ける。
「準備してたやつが、そこで一言出す」
「知ってたことでもいい」
「自分の考えでもいい」
「好きなことでもいい」
「短くてもいい」
「そこで出せたら、かっこいい」
ケイは少し唇を噛んだ。
「それは……そうです」
「じゃあ、何びびってんだよ」
周囲が一瞬固まる。
でもEGUIは、すぐに言葉を足した。
「びびるなって意味じゃない」
「びびったままでいい」
「でも、決めたいなら準備しろ」
その言葉は、まっすぐだった。
ケイにだけではない。
そこにいた全員に向けられていた。
mcRCが頷く。
「俺もさ、気持ちはめっちゃ分かる」
「俺、あとから思いつくタイプやし」
wataが即座に言う。
「めちゃくちゃ分かる」
「言い方」
「いや、RCは後から考察始まるやん」
EGUIが頷く。
「配信終わった後に、あそこはこうだったって言い出す」
mcRCが苦笑する。
「まあ、それはそう」
周囲が笑う。
mcRCは、その笑いを受けて続けた。
「でも、昔からそうやった」
「あの時こう言えばよかった」
「あの場でこれ出せたらよかった」
「なんで何も言えんかったんやろって」
「後から、めちゃくちゃ悔しくなる」
ケイが静かに聞いている。
「ただ、その後悔ってさ」
「後悔だけで終わると、ただしんどい」
「でも、“次の準備”に変えると、ちょっと意味が変わる」
wataが言う。
「つまり、風呂場の天才を、現場に連れてくる」
笑いが起きる。
「名言っぽい!」
「風呂場の天才w」
EGUIが真顔で言う。
「風呂場から出ろ」
「急に厳しい」
mcRCも笑う。
でも、その例えは良かった。
風呂場の天才。
後からなら、いくらでも言える。
問題は、それを次の現場に持っていけるかどうか。
スーツの女性が少し手を上げた。
「でも、準備って言っても、何すればいいんですかね」
その問いに、場がまた静かになる。
それは、かなり現実的な問いだった。
“準備しろ”は簡単だ。
でも、何を準備するのか。
何を持っていれば、急に当てられても立てるのか。
wataが答えようとして、一回止まった。
mcRCが、その止まり方を見て少し笑った。
「珍しいな」
「いや、ちゃんと考えた」
wataは少し首を傾けながら言った。
「たぶん、全部を準備するんじゃないんよ」
「全部?」
「たとえば会議で何聞かれるか全部予測するのは無理」
「でも、自分はこれだけは思ってる、みたいな軸は持てる」
スーツの女性が頷く。
wataは続ける。
「学校でもさ」
「全部覚えるの無理でも、ここだけは分かるって場所があれば、そこから喋れる」
「好きな人と話すのも、完璧な会話文を暗記するんじゃなくて」
高校生が身構える。
「また俺ですか」
「お前や」
笑い。
wataが言う。
「自分が好きなものとか、聞きたいこととか、一個持っとく」
「何も持たずに“うまくやろう”とすると死ぬ」
高校生は、かなり真剣に頷いた。
「それ、まじでそうです」
EGUIが言う。
「かっこよくやろうとすんな」
「準備して、普通に出せ」
ケイが呟く。
「普通に出す……」
mcRCはその言葉を拾った。
「そう」
「最高の自分を急に出そうとするから、怖いんかもしれん」
「でも、準備してきた自分なら出せる」
「今日の自分でいい」
「今持ってるものを、ちゃんと出す」
「それが“決める”ってことかもしれん」
決める。
その言葉が、場に落ちた。
誰かが小さく言った。
「決めろ……」
wataが反応する。
「ん?」
別の人が言う。
「さっきから話、全部それじゃないですか」
「ここぞで決めろ、みたいな」
高校生が続ける。
「隠れてたら、誰も知らないし」
スーツの女性が言う。
「でも、見せるには準備がいる」
仕事帰りの男性が言う。
「磨いた自分を出す、ってことか」
wataが、少し目を細めた。
「……今の、いいな」
mcRCも、もう分かっていた。
言葉が集まり始めている。
誰か一人の相談じゃない。
場にいる人たちの中から、同じ方向の言葉が出てきている。
ここぞで決めろ。
隠れたままじゃ誰も知らない。
見せろ。
最高を見せろ。
磨いた自分を出せ。
迷いも弱さも抱えたまま行け。
readyのままで、timingを得ろ。
来るべき瞬間。
日々の準備。
地味な反復。
今日の一歩。
まだ歌詞ではない。
でも、もう歌詞になる前の形をしていた。
EGUIがケイを見た。
「ケイ」
「はい」
「お前、準備不足やったんやな」
ケイは、少し苦笑した。
「……はい」
「でも、気づいたやろ」
「はい」
「なら、そこからやろ」
ケイは、今度は少しだけ顔を上げて頷いた。
「はい」
その“はい”は、さっきまでの弱い返事とは違った。
まだ自信はない。
でも、逃げてはいなかった。
mcRCは、その顔を見て、胸の奥が少し熱くなった。
これだ。
オーダーは、こうやって生まれるのかもしれない。
誰かが言葉にできないものを、少し置く。
周りが、それに自分の経験を重ねる。
三人が、それぞれ別の角度から見る。
そして、ただの悩みが、曲の種になる。
wataが口元を押さえる。
「……これ、来てるな」
EGUIが頷く。
「来てる」
mcRCは、まだ少し黙っていた。
こういう時、焦って言うと軽くなる。
だから、ちゃんと場を見る。
ケイの顔。
周りの期待。
ライブの残り熱。
さっきまでのORDERの余韻。
そして、これが曲になるかもしれないという、あの独特のざわつき。
mcRCは息を吸った。
「てことは……」
周囲が静かになる。
wataが、すでに笑っている。
EGUIも、少しだけ口元を上げている。
mcRCはマイクを持ち直した。
「オーダー入りまーす」
一瞬。
そして。
「きたあああああああ!!」
広場が爆発した。
「やば!」
「本当に!?」
「今の曲になるの!?」
「ケイくんのやつ!?」
「俺のも入れて!」
「会議で当てられるやつ入れて!」
「授業で読むやつも!」
「風呂場の天才も入れて!」
wataが笑いすぎて、少ししゃがむ。
「風呂場の天才、人気すぎる」
EGUIが真顔で言う。
「入るかは分からん」
「そこは冷静!」
ケイは、完全に固まっていた。
「え、これ……ほんとに?」
mcRCは頷いた。
「ほんとに」
「でも、今ここで即興では作らん」
ケイがほっとしたような、残念なような顔をする。
周りからも「えー!」という声。
mcRCは笑った。
「いや、ちゃんと作る」
「ちゃんと考える」
「俺らに刺さったから」
wataが続ける。
「今の、ケイくんだけの話じゃなくなったやろ」
「会議の人も」
「授業の人も」
「好きな人の前で死ぬ人も」
高校生が叫ぶ。
「死んでないです!」
「死んでたやろ」
笑い。
EGUIが言う。
「全部まとめて、準備不足で決められんかった話や」
mcRCが頷く。
「だから、ちゃんと曲にして返す」
「次の配信でやります」
ざわめき。
「配信!?」
「いつ!?」
「見に行く!」
「絶対行く!」
「ケイくんも来い!」
ケイが慌てる。
「行きます!」
wataが指差す。
「言質取ったぞ」
EGUI。
「逃げんなよ」
ケイは笑った。
「逃げません」
その顔に、さっきより少しだけ芯があった。
まだ準備はできていない。
でも、準備する方向を向いた顔。
それだけで、場は少し温かくなった。
mcRCは言った。
「タイトルは、まだ仮やけど」
wataがすぐに言う。
「もう決まってるやろ」
EGUIも言う。
「決めろ」
広場がまた沸いた。
「決めろ!」
「強い!」
「タイトル強!」
「怖いけど好き!」
mcRCは笑った。
「まあ、たぶんそれになる」
wata。
「いや、なる」
EGUI。
「なるやろ」
「じゃあ、なるわ」
笑いが起きる。
mcRCは改めて、ケイを見る。
「ケイくん」
「はい」
「この曲、ケイくんの話から始まったけど、ケイくんだけの曲にはせん」
「え?」
「たぶん、ここにいるみんなの曲になる」
周囲が静かになる。
「でも、最初に言ってくれてありがとう」
「それがなかったら、俺らはこの話に気づけんかった」
ケイは、何か言おうとして、少し詰まった。
そして、やっと言った。
「……言ってよかったです」
その言葉で、mcRCは頷いた。
wataも、EGUIも。
誰かが小さく拍手した。
それが広がる。
ケイは、少し恥ずかしそうに笑っていた。
夕方は、もう夜になっていた。
広場の照明が目立ち始める。
駅前の人の流れは続いている。
でも、リバクラの周りには、まだ人が残っていた。
ライブは終わった。
でも、場はまだ終わっていない。
mcRCは周囲を見た。
「じゃあ、最後」
「リバクルー、お願いがあります」
wataが小声で言う。
「来た」
EGUIも頷く。
「大事なやつ」
mcRCが言う。
「この場所、使わせてもらいました」
「だから、帰る前に周り見て、ゴミとか落ちてたら拾います」
「俺らもやります」
「今日からリバクルーなんで」
誰かが笑う。
「掃除もするの!?」
wataが言う。
「するよ」
「帰るまでがライブです」
EGUI。
「飯食って寝るまでがライブ」
「それさっき言った」
「大事なことは二回言う」
mcRCが持ってきていたゴミ袋を出した。
すると、驚いたことに、何人かのリスナーが自分のバッグから小さな袋を出した。
「持ってきました!」
「配信で言ってたから!」
「一応!」
wataが目を丸くする。
「準備えぐ」
EGUIが言う。
「これが今日の答えやん」
その言葉に、mcRCは少し笑った。
準備。
今日のテーマ。
それが、もう目の前にある。
誰かが配信で聞いた言葉を覚えて、袋を持ってきた。
その小さな準備が、この場をきれいにする。
決める瞬間は急に来る。
だから、普段から仕込め。
その話をしたばかりの広場で、もうそれをやっている人たちがいた。
mcRCは言った。
「最高やな」
それだけだった。
でも、その一言で、袋を持ってきた人たちは嬉しそうに笑った。
リバクルーたちは、ゆるく広がった。
大げさな清掃活動ではない。
落ちている紙くず。
空き缶。
誰のものか分からないレシート。
植え込みの隅の小さなゴミ。
ライブに関係ないものもあった。
でも、拾う。
「これ、俺らのゴミじゃないですよね?」
高校生が言う。
EGUIが答える。
「でも今日使った場所やろ」
「はい」
「じゃあ拾っとこ」
高校生は、少しだけ真面目な顔で頷いた。
wataが別の場所で、リスナーと話している。
「風呂場の天才、ほんまに入れるか悩むな」
「入れてください!」
「いや、語感は強いけど曲がギャグになるリスクある」
「でも共感はすごいです」
「それはそう」
スーツの女性が言う。
「“あとからなら言える”って感じなら、仕事にも刺さると思います」
wataがすぐスマホにメモする。
「あとからなら言える」
「いいですね」
「採用候補」
mcRCは、それを見ていた。
もう始まっている。
曲作りは、スタジオだけではない。
この場で、もう言葉が集まっている。
EGUIはケイの近くにいた。
「ケイ」
「はい」
「次、当てられたらどうする」
ケイは少し慌てた。
「え、急ですね」
EGUIは無表情で言う。
「練習」
周囲が笑う。
ケイは少し考えた。
「……まず、分からないですで終わらせない」
EGUIが頷く。
「うん」
「分からないなら、どこが分からないか言う」
「いいやん」
「あと、考える時間くださいって言う」
EGUIは少し笑った。
「それで十分やろ」
ケイは驚いたように見る。
「十分なんですか?」
「十分」
EGUIは続けた。
「完璧に答えるだけが決めることじゃない」
「逃げずに一個出せたら、それも決めたってことやろ」
ケイは、ゆっくり頷いた。
「……それなら、できるかもしれないです」
「じゃあ準備しとけ」
「はい」
そのやり取りを、少し離れたところでmcRCが聞いていた。
EGUIの言葉は短い。
でも、こういう時に強い。
難しくしない。
逃げ場を残しすぎない。
でも、突き放さない。
wataは言葉を広げる。
mcRCは景色を見る。
EGUIは芯を置く。
三人の役割が、また一つはっきりした。
掃除は十分ほどで終わった。
ゴミ袋はそれほど膨らんでいない。
でも、広場は少し整った。
何より、人の空気が整っていた。
mcRCがゴミ袋を結ぶ。
「ありがとう」
「ほんまに助かりました」
リスナーたちが口々に返す。
「こちらこそ!」
「楽しかった!」
「次も来ます!」
「配信見ます!」
「決めろ、待ってます!」
ケイも、少し照れながら言った。
「待ってます」
wataが笑う。
「プレッシャーえぐ」
EGUI。
「作るしかない」
mcRCは頷いた。
「作る」
その声に迷いはなかった。
完全に見えたわけではない。
でも、核は見えた。
準備不足。
当てられる怖さ。
ここぞで決められない悔しさ。
でも、それは才能がないからではない。
日々を整え、好きなものを持ち、言葉を仕込み、自分を磨けば、来るべき瞬間に出せる。
ビビりのままでいい。
迷いも弱さも抱えたままでいい。
でも、隠れたままでは誰も知らない。
見せるなら、準備しろ。
決めろ。
その言葉は、もう曲の中心に立っていた。
最後に、mcRCは集まってくれた人たちへ言った。
「今日はこれで終わります」
「気をつけて帰ってください」
「で、飯食ってください」
wataが続ける。
「風呂入ってください」
EGUI。
「寝ろ」
客席から笑い。
「親みたい!」
「生活指導!」
「リバクラお母さん!」
EGUIが嫌そうな顔をする。
「お母さんではない」
wataが言う。
「じゃあお父さん?」
「違う」
mcRCが笑った。
「ただの3MCです」
その言葉に、誰かが言った。
「ただの、じゃないですよ」
少し静かになる。
言った本人も、少し照れた顔をした。
mcRCは、その言葉を受け取った。
「ありがとう」
それ以上は言わなかった。
言いすぎると、安くなる。
今日はもう十分だった。
人が少しずつ帰っていく。
「また!」
「配信で!」
「決めろ待ってます!」
「ケイくん頑張れ!」
ケイが手を振る。
「頑張ります!」
wataが笑う。
「もう主人公やん」
EGUIが言う。
「今日だけな」
「ひどい」
「次は自分で決めろ」
ケイは笑って、深く頭を下げた。
「ありがとうございました」
そして、人の流れに混ざっていった。
広場には、リバクラ三人だけが残った。
いや、完全に三人だけではない。
撤収を見守っている数人が少し離れている。
でも、空気は少し落ち着いていた。
wataが機材を片付けながら言った。
「……決めろ、やな」
EGUIが頷く。
「決めろ」
mcRCは、マイクスタンドを畳みながら言った。
「でも、怒鳴る曲にはしたくない」
wataがすぐ反応する。
「わかる」
「“根性出せ”じゃない」
「そう」
mcRCは続けた。
「その場で急に強くなれ、じゃない」
「強くなれなかった自分を責める曲でもない」
「決める日のために、普段から整えろって曲」
EGUIが言う。
「準備しとけ」
wataが指を鳴らした。
「それ」
「EGUI、タイトルも方向も全部一言で言うやん」
EGUIは真顔で返す。
「長いと忘れる」
「それはある」
mcRCが笑う。
でも、すぐに少し真面目な顔に戻った。
「作り方はいつも通りでいい?」
wataが頷く。
「三人それぞれ」
EGUI。
「相手のバースに口出しなし」
mcRC。
「それぞれの景色で書く」
wata。
「最後にフックで合わせる」
EGUI。
「同じ思いにする」
このルールは、リバクラにとって大事だった。
三人は同じことを考えているわけではない。
同じ景色を見ているわけでもない。
だから、最初から一つにまとめようとすると、薄くなる。
mcRCは場面から入る。
wataは言葉と構造から入る。
EGUIは意味から入る。
違うから、最後に合流した時に強くなる。
wataが言う。
「俺、たぶん“正解待ち”の話書くわ」
「完璧なタイミング待ってたら、永遠に来ないやつ」
mcRCが頷く。
「いいな」
EGUIが言う。
「俺は、好きなこと持ってるやつの話がいい」
wataが目を細める。
「お、珍しい」
「得意かどうかは後でいい。好きなもん持ってるやつが最後に決める」
mcRCが笑った。
「もう歌詞やん」
EGUIは少しだけ照れたように目を逸らした。
「知らん」
mcRCは、自分の中で場面を探していた。
朝。
ミラー。
寝癖。
靴。
姿勢。
どこで見られてもいいように、日々を整える。
勝負の瞬間は突然来る。
でも、勝負の準備は毎日できる。
「俺は、朝のミラー前かな」
wataが言う。
「いいな」
「見られる前提で整えるってこと?」
「そう」
mcRCは頷く。
「派手になるとかじゃなくて、雑にしない」
「自分の価値を、見える場所まで持っていく」
EGUIが言う。
「隠れた価値なら、まだ半端モン」
wataが固まる。
「……それ、強くない?」
mcRCも止まった。
「今の、メモ」
wataがスマホを出す。
EGUIが少し嫌そうな顔をする。
「勝手に取るな」
「いや、今のは取る」
「取られるようなこと言うな」
「言ったのはお前」
「知らん」
wataは打ち込んだ。
隠れた価値なら、まだ半端モン
言葉は強い。
でも、今日の話には合っていた。
見せない価値は、ないわけじゃない。
でも、届かない。
届かせるには、出すしかない。
出すためには、準備がいる。
mcRCは小さく息を吐いた。
「……できそうやな」
wataが頷く。
「これは、できる」
EGUIが機材ケースを閉めた。
「やるだけやろ」
その短さに、二人は笑った。
夜の広場に、さっきまでの熱がまだ残っている。
白いタイル。
植え込み。
ベンチ。
遠くの駅の明かり。
コンビニの袋を持って歩く人。
帰っていくリバクルーたちの背中。
今日、この場所で生まれた小さなオーダー。
それは、まだ曲ではない。
でも、もう消えない。
mcRCは、最後にもう一度だけ広場を見た。
「ケイくん、次来るかな」
wataが言う。
「来るやろ」
EGUI。
「来させる曲にするんやろ」
mcRCは笑った。
「そうやな」
車に機材を積む。
スピーカー。
マイク。
ケーブル。
看板。
残った水。
プロテインバーの箱。
最後に、wataが箱を見た。
「プロテインバー、減ってないやん」
EGUIが言う。
「甘いからな」
mcRC。
「帰ってから食え」
wata。
「風呂場の天才しながら食うか」
EGUI。
「それはもうただの反省会や」
三人は笑った。
そして、車のドアが閉まる。
初ストリートは終わった。
でも、第一オーダーは始まった。
次は配信。
タイトルは、もう決まっている。
決めろ。
この話にはイメージソングがあります。
聴く場合はこちら:
コピペしてブラウザに貼り付けて、、、かっこいいからさ、、、
https://youtu.be/AdAhmiHwxfM?si=JoR8txDx_Np_zSHv




