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ラップ付き小説 ReversCrown 元気ないやつこっちおいで  作者: egubi
sound session編

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5-4-13 風は、まだ名前を持たない



natsuは、フルートケースを抱いたまま座っていた。


店の個室の、少し端の席。


テーブルの中心からは外れている。


でも、誰からも離れすぎてはいない。


ちょうど、声が届くところ。

ちょうど、顔が見えるところ。

ちょうど、空気の動きが分かるところ。


natsuは、そういう場所にいることが多かった。


真ん中ではない。


でも、外でもない。


輪のふち。


そこは、風がよく通る。


BEEFさんが戻ってきた。


wataさんも戻ってきた。


その少し前に、RCさんとrenaが戻ってきていた。

さらに少し前に、EGUIさんとshihoが戻ってきていた。


誰も、大きな声で「何を話したの」とは聞かない。


でも、natsuには分かった。


三人の中で、何かが少し動いた。


大きく変わったわけではない。


勝ったわけでもない。

負けが消えたわけでもない。

答えが出たわけでもない。


ただ、さっきまでひとつに固まっていたものが、少しほどけた。


風が、三つに分かれた。


natsuは、それを口には出さなかった。


出したら、言葉になってしまう。


言葉になると、まだ早い。


まだ、名前をつける時間じゃない。


だから、ただ見ていた。


RCさんは、水のグラスを持って戻ってきた。


さっきより少し、目の奥が静かだった。


泣いたあとの静けさではない。


何かを考え始めた人の静けさ。


彼の中に、たぶん椅子ができた。


natsuは、そんなふうに感じた。


景色の中に置かれる椅子。


誰かが座れる椅子。


でも、まだ誰も座っていない椅子。


RCさんは、その椅子を見ている。


自分が作ったのか。

誰かが置いたのか。

それとも、もともとそこにあったのか。


まだ分からない顔だった。


natsuは、フルートケースの角を指でなぞった。


RCさんの音は、街の音だ。


人の足音。

扉の音。

カフェのカップ。

仕事帰りの駐車場。

朝の詰所。

窓際の席。


見える。


とてもよく見える。


でも、よく見えすぎると、風は少し迷う。


どこを通ればいいか分からなくなる。


全部が置かれている場所では、風は隙間を探す。


natsuは、そんなことを思った。


でも、言わない。


renaがきっと、もっと水に近い言葉で伝えた。


natsuは、それでいいと思った。


水の人には、水の言葉がある。


風は、まだ通るだけでいい。


EGUIさんは、席に戻ってから、いつもより少し低い声で「水ください」と言った。


ただの一言だった。


でも、さっきまでの声と違った。


前に出す声ではなかった。


下に置く声だった。


natsuは、その違いを聞いた。


「水ください」


それだけなのに、少し沈んでいた。


重いのではない。


落ち着いていた。


shihoの森が、少し移ったのかもしれない。


natsuは、shihoの方を見た。


shihoは何も言わずに、グラスをEGUIさんへ渡していた。


EGUIさんは、短く「ありがとう」と言った。


その「ありがとう」も、いつもより少し低かった。


natsuは、目を細めた。


EGUIさんの言葉は、まっすぐ飛ぶ。


矢みたいに。


でも、矢は刺さる。


刺さることが必要な時もある。


でも、刺さったものを抜くのは痛い。


置かれた言葉なら、手に取れる。


持って帰れる。


胸の中にしまえる。


natsuは、そんなふうに感じた。


でも、言わない。


shihoがきっと、もっと森に近い言葉で伝えた。


森の人には、森の言葉がある。


風は、枝の間を通るだけでいい。


wataさんは、戻ってきてすぐ、水を飲んだ。


そして、少しだけ黙った。


それが珍しかった。


wataさんは、黙っているように見えても、だいたい中で言葉が走っている。


今も走っている。


でも、走り方が少し違う。


さっきまでは、言葉が詰まって走っていた。


今は、途中に小さな空き地がある。


natsuには、そう見えた。


wataさんは、小さく呟いた。


「一拍か」


BEEFさんが、聞こえていたのかいないのか、タブレットを置きながら低く言った。


「忘れんな」


wataさんは、少しだけ笑った。


「覚えんな、使え、やろ」


BEEFさんは、ほんの少しだけ口元を動かした。


「分かってんじゃねえか」


natsuは、そのやり取りを聞いていた。


一拍。


それは、風の入り口に似ている。


音が詰まっているところに、風は入れない。


言葉がぎっしり並んでいるところにも、風は入れない。


ほんの少しだけ空く。


そこに、息が入る。


そこに、客席が入る。


そこに、誰かの思い出が入る。


natsuは、指先でフルートケースの留め具に触れた。


かち、と小さく鳴る。


誰も気づかない。


その小さな音も、一拍だった。


BEEFさんは、まだ荒れている。


でも、音の話をしたあとのBEEFさんは、さっきより少しだけ戻っていた。


肉を食べて、タブレットを片付けて、Saraさんに観察されて、natsuに牛と言われて。


怒っている。


でも、動いている。


負けをきれいには抱けていない。


でも、抱えたまま、誰かの音を見ることはできる。


natsuは、BEEFさんを見た。


BEEFさんの音は、火花に似ている。


削る。

切る。

止める。

落とす。

壊す。

戻す。


でも、火花だけだと、風に流される。


風がなければ、遠くへは行かない。


natsuは、そこまで考えて、やめた。


まだ、言わない。


まだ、遠くを見るだけでいい。


テーブルの向こうでは、Kateさんが支払いの確認をしていた。


「人数分、まとめてこちらで出します。あとで精算しますね」


mcRCさんがすぐ反応する。


「いや、それは俺らも」


Kateさんは、にこっと笑った。


「後で精算します」


「いや、だから」


「後で精算します」


Ninaさんが横から言う。


「二回言いました」


Saraさんも続く。


「確定事項です」


mcRCさんは、少しだけ肩を落とした。


「強いな」


Miwaさんが、まだ少し涙声で言う。


「今日は受け取ってください」


その言葉に、mcRCさんは黙った。


受け取る。


今日のリバクラは、ずっと何かを受け取っている。


悔しさ。

拍手。

敗北。

MIRROR LINEの強さ。

ReShiNa Letter。

My restへの拍手。

食事。

場所。

心配。

指摘。

笑い。


受け取るものが多すぎて、たぶんまだ整理できていない。


でも、全部を今すぐ整理しなくていい。


natsuは、そう思った。


風は、全部を一度に運ばない。


軽いものから運ぶ。

乾いたものから転がす。

濡れたものは、少し待つ。

重いものは、誰かが持ち上げた時に、少しだけ手伝う。


それでいい。


renaは、ギターケースを閉じていた。


でも、閉じたあとも、手を置いたままだった。


たぶん、RCさんとの話がまだ胸に残っている。


shihoは、キーボードケースの持ち手を一度確認し、また置いた。


EGUIさんとの話を、まだ自分の中で響かせている。


BEEFさんは、ケーブルを今度こそ丁寧に巻いた。


wataさんは、それを見て何か言おうとしたけれど、やめた。


一拍、空いた。


BEEFさんが、ちらっとwataさんを見る。


wataさんは、少しだけ笑う。


「今のはちゃうやろ」


BEEFさんは、低く言った。


「今のは違う」


「違うんかい」


「でも、悪くない」


wataさんは、少しだけ照れたように目を逸らした。


natsuは、ほんの少し笑った。


一拍を意識すると、人は少し不器用になる。


それが面白い。


不器用になるということは、新しい動きが始まったということでもある。


上手すぎる人は、変わる時に一度下手になる。


風向きが変わる時、葉っぱは少し迷う。


それでいい。


Yuiさんが、メモ帳を閉じた。


「本日の帰路、確認できました」


Saraさんが頷く。


「忘れ物確認も必要です」


Ninaさんが言う。


「忘れ物しそうな人、います?」


全員の視線が一瞬だけBEEFさんに向かった。


BEEFさんが眉を寄せる。


「なんでだよ」


Saraさんが即答する。


「タブレット、ケーブル、感情」


wataさんが吹き出した。


「感情、忘れ物扱い!」


BEEFさんがSaraさんを睨む。


「感情は持って帰るもんじゃねえ」


Saraさんは静かに言った。


「置いて帰ると、あとで回収が大変です」


BEEFさんは、言い返しかけて、少し止まった。


natsuは、それを見ていた。


Saraさんの言葉は、たまにとても正しい。


正しすぎて、BEEFさんには刺さる。


でも、Saraさんは刺そうとしているわけではない。


確認しているだけ。


BEEFさんの感情も、忘れ物にしない。


それは、少し優しい。


natsuは、Saraさんの横顔を見た。


風ではない。


水でも森でもない。


でも、こういう支え方もある。


natsuは、世界にはいろんな音があると思った。


料理の皿が下げられる。


グラスの氷が溶ける。


店の外を、誰かが通る足音がする。


会場の音は、もうほとんど聞こえない。


それでも、今日のステージの音は、みんなの中に残っている。


RIVALの火。

PRESSUREの重さ。

GIVE & GLOWの温度。

MIRROR LINEの鏡みたいな線。

ReShiNa Letterの水と森と風。

My restのごほうびと休息。


全部が混ざっている。


混ざっているけれど、濁ってはいない。


まだ澄んでもいない。


途中の水。


途中の森。


途中の風。


natsuは、少しだけ遠くを見た。


個室の壁の向こう。


店の外。


夜の街。


その先の会場。


もっと先の、まだ見えていないステージ。


そこに、リバクラの三人が立っているような気がした。


まだ遠い。


今の音では、まだ届かない場所。


でも、何かが少しずつそちらへ向いている。


RCさんの景色に、椅子ができた。


EGUIさんの言葉が、少し沈む場所を探し始めた。


wataさんの音に、一拍の空き地ができた。


BEEFさんは、チームの呼吸を見始めている。


renaは水を残した。


shihoは森を置いた。


リバックラインは、帰る道を作った。


natsuは、フルートケースを抱きしめた。


自分はまだ、何も言っていない。


牛、とか。

風、とか。

少し、とか。


それくらいしか言っていない。


それでいい。


今はまだ、それでいい。


natsuの言葉は、早く出すと風邪をひく。


そんな気がした。


風は、強く吹けばいいわけではない。


強すぎる風は、人を立たせない。


弱すぎる風は、届かない。


どこで吹くか。


どこまで待つか。


誰がまだ歩けるか。


誰がもう止まりそうか。


natsuは、そういうものを、言葉にする前に見る。


見るというより、聴く。


聴くというより、感じる。


人の声の隙間。

皿の音の切れ目。

笑いの後の息。

沈黙の重さ。

目線の行き先。


全部、風の通り道だった。


「natsu?」


renaの声がした。


natsuは、ゆっくり顔を向ける。


「ん」


「帰り支度、できる?」


natsuは、フルートケースを少し持ち上げた。


「できてる」


shihoが、穏やかに言う。


「さっきから、ずっとできてたね」


natsuは頷く。


「うん」


「何見てたの?」


shihoの声は優しい。


答えを急かす声ではない。


natsuは、少しだけ考えた。


見ていたもの。


風。

三つに分かれたもの。

まだ遠いもの。

まだ言葉にならないもの。


でも、それを全部言うのは違う。


natsuは、首を少し傾げて言った。


「帰り道」


renaが微笑む。


「帰り道?」


「うん」


natsuは、個室の扉の方を見た。


「みんな、帰れるかなって」


shihoは、少しだけ目を細めた。


「帰れると思う?」


natsuは頷いた。


「今日は」


「今日は?」


natsuは、そこで言葉を止めた。


それ以上は、まだ言わない。


shihoは、無理に聞かなかった。


「そっか」


renaも、ただ頷いた。


三人の近くで、wataさんがBEEFさんに言っている。


「BEEF、タブレット忘れるなよ」


BEEFさんが言い返す。


「忘れるか」


Saraさんが静かに言う。


「ケーブルは忘れかけていました」


「黙れ」


Yuiさんが小さく言う。


「感情も」


BEEFさんが振り返る。


「増やすな」


natsuは、少し笑った。


笑ったあと、また少し遠くを見た。


三つに分かれた風は、まだ部屋の中にある。


まだ、弱い。


まだ、名前もない。


でも、止まってはいない。


それだけは、分かった。


だから、natsuは何も言わなかった。


フルートケースを胸に抱いたまま、みんなの後ろを歩く準備をした。


今は、前に出る時ではない。


横で吹く時でもない。


後ろから、少しだけ風の向きを見る時だった。


店の扉が開く。


夜の空気が入ってくる。


少し冷たい。


でも、悪くない。


natsuは、誰にも聞こえないくらい小さく息を吸った。


そして、胸の奥でだけ思った。


風は、まだ名前を持たない。


でも、もう動いている。

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