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ラップ付き小説 ReversCrown 元気ないやつこっちおいで  作者: egubi
sound session編

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169/186

5-4-7.8飯は感情


関係者出口の外は、会場の中とは別の音がしていた。


壁の向こうでは、まだ歓声が残っている。


二万五千人の拍手は、厚い扉を挟んでも完全には消えない。

遠くで誰かが叫ぶ声がする。

スタッフの無線が短く鳴る。

機材ケースの車輪が床をこする音が、関係者通路の奥から響いてくる。


けれど、リバックラインの五人とReShiNaの三人がいる場所は、その通路の中ではなかった。


関係者以外立ち入り禁止。


その札があるラインの、外。


観客として入った者が待てる、ぎりぎりの場所だった。


Kateは、壁際でスマホを握っていた。


Ninaは何度も画面を見ては、また閉じる。


Miwaは小さな紙袋を両手で持ち、持ち手を何度も直していた。


Saraは、結果の数字を頭の中で反芻しているように、目を伏せている。


Yuiはメモ帳を開いていたが、何も書けていなかった。


言葉が、難しかった。


お疲れ様でした。


それは言える。


でも、そのあとが分からない。


惜しかったです。


本当だ。


でも、今それを言えば、負けた事実を軽く扱うようにも聞こえる。


すごかったです。


これも本当だ。


三曲とも、届いていた。

RIVALも、PRESSUREも、GIVE & GLOWも。

客席は反応していた。

初見も巻き込んでいた。

声も返っていた。


でも、負けた。


10.9対11.2。


たった0.3。


それでも、負けは負けだった。


今回は、審査員評価でも、観客評価でも、MIRROR LINEが上だった。


変化・チャレンジではリバクラが上回った。


でも、勝敗はMIRROR LINE。


理屈では分かる。


これは絶対評価ではない。

全員の水準が高い。

リバクラが悪かったわけではない。

むしろ、かなり良かった。

点差も微差。

相手が強かった。


分かっている。


けれど、負けるという事実は、理屈よりも先に胸に落ちる。


まるで、自分たちの大切なものが少し届かなかったような気持ちになる。


それが違うと分かっていても。


分かっているからこそ、余計に言葉が難しい。


Ninaが、小さく言った。


「……最初、何て言う?」


Miwaがすぐには答えなかった。


珍しかった。


「お疲れ様、は言いたいです」


Saraが頷く。


「それは、言っていいと思います」


Yuiが、メモ帳を見たまま言う。


「そのあとが、作業表にありません」


Kateが、少しだけ笑った。


「ないですね」


Ninaが息を吐いた。


「こういう時の作業表、欲しい」


Saraが首を振る。


「たぶん、作っても使えません」


「ですよね」


その横に、ReShiNaの三人もいた。


renaは、アコースティックギターのケースを肩にかけている。


shihoは、大きめの荷物を足元に置き、片手でストラップを持っている。


natsuは、フルートケースを胸の前に抱き、どこか通路の空気を見ていた。


三人とも、会場の外側で待っていた。


関係者通路には入らない。


入れないし、入らない。


今のリバクラに最初に届くのは、関係者としての言葉ではなく、外で待っていた人の言葉でいい。


そんな空気があった。


その時、renaが少しだけKateのそばへ寄った。


リバクラがまだ出てくる前だった。


声を落とす。


「すみません」


Kateが顔を向ける。


「はい」


renaは、背中のギターケースに指を添えた。


「あとで、もしできたら……音を少しだけ出せる場所って、ありますか」


Kateは一瞬だけ目を開いた。


しかし、すぐに仕事の顔になる。


「確認します」


Ninaが横から小声で言った。


「小音量で、個室か、奥の小さいスペースがある店ですね」


Saraが続ける。


「周囲への迷惑、店側の許可、音量制限、時間帯の確認が必要です」


Yuiが小さくメモする。


「食事、個室、小音量可」


Miwaが、小声で言った。


「泣いても目立たない、も」


Yuiは真顔で頷いた。


「重要です」


そこまでだった。


リバクラには聞こえない。


話はそれ以上広げない。


Kateが短く言った。


「探します」


renaは、小さく頭を下げた。


「お願いします」


その直後、扉が開いた。


最初に出てきたのはBEEFだった。


キャップを深くかぶっている。


逆さのクラウンマークが、照明を受けて一瞬だけ光った。


その後ろから、mcRC、wata、EGUIが出てくる。


三人とも、顔は上げていた。


沈み切ってはいない。


けれど、分かる。


空元気だった。


mcRCが、先に手を上げる。


「お疲れさんー」


声は軽い。


軽くしようとしている声だった。


wataも、すぐ続く。


「いやー、負けた負けた。ミラーライン強かったわ」


笑っている。


でも、笑い方がいつもより少し速い。


EGUIは短く言う。


「お疲れ」


いつも通りに見える。


でも、目が少し深い。


BEEFは何も言わない。


ただ、少し離れたところで立ち止まる。


帽子のつばが目元を隠している。


Kateが、一歩前へ出た。


「お疲れ様でした」


その一言に、リバックラインの五人が同時に頭を下げる。


ReShiNaの三人も、ゆっくり頭を下げた。


renaが静かに言う。


「お疲れ様でした」


shihoも続く。


「本当に、お疲れ様でした」


natsuは少し遅れて、ぽつりと言った。


「音、まだ揺れてる」


誰もすぐには返せなかった。


wataが、少しだけ笑おうとする。


「え、まだ? 俺らもう終わったけど」


natsuは、首を横に振る。


「終わってない。揺れてる」


wataは、何か言おうとして、やめた。


natsuの言い方は不思議だった。


でも、ふざけてはいなかった。


Miwaが、紙袋を少し上げる。


「とりあえず、飲み物だけでも……」


mcRCがすぐに受け取る。


「あ、ありがとう。助かる」


その手は、いつも通りに見えた。


けれど、少しだけ力がなかった。


Ninaが、空気を戻そうとして明るく言う。


「ほんと、RIVALめちゃくちゃ熱かったですし、PRESSUREも刺さりましたし、GIVE & GLOWはもう……」


そこで言葉が止まる。


褒めたい。


本当に褒めたい。


でも、褒め言葉だけで悔しさを包もうとすると、何か違う。


wataがそれを見て、先に笑った。


「大丈夫。気ぃ遣われてるの分かるから」


Ninaは、顔を少し歪めた。


「分かるなら、分からないふりしてください」


「それは無理」


「じゃあ、ちょっと分かりにくく傷ついてください」


「器用か」


少しだけ笑いが起きた。


ほんの少し。


でも、空気はまだ重い。


Yuiが、小さく言った。


「お疲れ様会、行きましょう」


その言葉に、mcRCが一瞬だけ止まった。


wataも、視線を少し逸らす。


EGUIは黙っている。


BEEFは、すぐに顔を背けた。


mcRCが、少しだけ明るく言う。


「あー……今日は、ええかな」


wataがすぐ乗る。


「うん。今日はもう帰って寝るか」


EGUIも短く言う。


「そうやな」


BEEFは、低く言った。


「俺も帰る」


そのまま歩き出そうとする。


「だめです」


声は、renaだった。


大きくはない。


でも、まっすぐだった。


全員がrenaを見る。


renaは少しだけ緊張した顔をしていた。


でも、引かなかった。


「今日は、だめです」


mcRCが戸惑う。


「いや、気持ちは嬉しいけど……」


今度はshihoが言った。


「気持ちだけではありません」


wataが、少し眉を上げる。


「え、急に怖い」


shihoは穏やかな顔のまま、低く言った。


「必要です」


「何が?」


「食事です」


Miwaが、ものすごく小さく「強い」と呟いた。


natsuが、フルートケースを抱いたまま言う。


「今、風が止まってる」


その言葉が、出口前の空気に落ちる。


natsuは続ける。


「森、ざわめいてる」


shihoが、静かにnatsuを見る。


natsuは最後にrenaを見た。


renaが、静かに言う。


「水が、濁ってる」


リバクラ側は、何も返せなかった。


普通の説明ではない。


でも、妙に分かる。


風が止まっている。

森がざわめいている。

水が濁っている。


つまり、今の自分たちは、うまく流れていない。


うまく沈めていない。


うまく澄んでいない。


wataが、苦笑いする。


「詩的に怒られてる?」


natsuが首を傾げる。


「怒ってない」


shihoが言う。


「心配しています」


renaが続ける。


「だから、連れていきます」


mcRCが、少しだけ笑った。


「連れていくんや」


Kateが、静かに言う。


「はい。連れていきます」


BEEFが、その場で足を止めた。


「俺はいい」


声が荒い。


BEEFの中には、まだ負けが刺さっていた。


MIRROR LINEのDJから言われた「またやろう」。


それがずっと胸の中で転がっている。


また。


次。


そんな綺麗に言えるのか。


今、負けたばかりなのに。


BEEFは、それをまだ飲み込めていなかった。


「腹減ってねえ」


そう吐き捨てる。


Saraが、静かにBEEFを見た。


「その状態の自己申告は信用度が低いです」


BEEFが眉を寄せる。


「何だと?」


Saraは表情を変えない。


「強い感情が出ている時は、空腹や疲労を本人が正しく認識できないことがあります」


wataが小さく吹いた。


「権利確認から体調確認に入った」


Saraは続ける。


「したがって、今の『腹減ってねえ』は、判断材料としては弱いです」


BEEFが、明らかに苛立った顔になる。


「俺の腹だぞ」


「はい」


「俺が減ってねえって言ってる」


「はい」


「じゃあ減ってねえだろ」


「いいえ」


「なんでだよ」


Saraは、まっすぐ言った。


「BEEFさんだからです」


全員が一瞬止まった。


BEEFが、低く言う。


「名前で判断すんな」


Saraは首を傾げた。


「名前以外にも、さきほどから言動が不安定です」


mcRCが口元を押さえた。


wataは肩を震わせている。


EGUIは横を向いた。


BEEFがSaraを睨む。


「不安定じゃねえ」


Saraは冷静だった。


「今の返答も不安定です」


「どこがだ」


「声量、語気、視線、歩き出しの速度です」


「観察すんな」


「しています」


「すんな!」


Ninaが耐えきれずに笑った。


Miwaも口を押さえている。


Yuiはメモを取りかけて、Saraに見られて手を止めた。


Saraは淡々と言う。


「作業表には入れないでください」


Yuiは静かにペンを下ろした。


BEEFは、完全に納得していない顔で言う。


「食える気分じゃねえんだよ」


renaが、やわらかく言った。


「だから、食べるんです」


BEEFの目が、少しだけ揺れた。


renaは続けた。


「気持ちで食べられない日は、身体から戻した方がいいです」


Miwaが、ぽつりと言う。


「飯は感情です」


wataがすぐ反応した。


「出た」


mcRCも言う。


「出たな」


EGUIが短く言う。


「真理」


Miwaは少し慌てる。


「いや、今のは勢いで……」


Kateが頷く。


「でも正しいです」


Ninaが続く。


「こういう時こそ、好きなもの食べるんです」


Saraも言う。


「しっかり休んで、しっかり寝てください」


Yuiが、ようやく書ける項目を見つけたように言う。


「本日の復旧手順。食事、入浴、睡眠」


wataが突っ込む。


「現場復旧みたいに言うな」


mcRCが笑う。


「でも、そうかもな」


笑いは少し戻った。


けれど、芯の重さはまだある。


BEEFは、まだ納得していない顔をしていた。


「……飯だけだぞ」


Saraがすぐ言った。


「現時点では、それで十分です」


「勝手に承認すんな」


「では、仮承認です」


「余計腹立つわ」


そこでnatsuが、BEEFをじっと見上げた。


「牛、草は?」


一瞬、全員が固まった。


wataが崩れた。


「草!?」


mcRCも吹き出す。


BEEFがnatsuを見る。


「誰が牛だ」


natsuは当然のように言った。


「BEEF」


「名前だ」


「名前、牛」


「違う」


Saraが真顔で補足する。


「日本語訳としては、牛肉です」


BEEFがSaraを見る。


「お前まで乗るな」


Saraは、首を横に振った。


「事実確認です」


natsuが続ける。


「じゃあ、肉」


BEEFは少しだけ間を置いた。


「……それは食う」


natsuが頷いた。


「名前、戻った」


「戻ってねえ」


今度は、ちゃんと笑いが起きた。


Kateが、すぐにスマホを見た。


「店、取れました」


全員の視線がKateへ向く。


Kateは淡々と続ける。


「会場から少し離れますが、個室です。食事も出せます。音量は控えめなら、奥の小さなスペースで少しだけ音を出せるそうです」


mcRCが少し驚く。


「音?」


Kateは自然に言った。


「店側に確認したら、そういう場所でした」


それだけだった。


詳しくは言わない。


さっきの相談は、リバクラには聞こえていない。


今は説明する場面ではない。


Ninaがすぐに明るく言う。


「じゃあ移動しましょう。食べましょう。座りましょう」


Miwaも言う。


「好きなもの食べましょう」


Yuiがメモ帳を閉じる。


「移動開始」


BEEFは、まだ少し不機嫌そうに言った。


「肉あるんだろうな」


Saraが即答した。


「確認済みです」


「確認早すぎる」


「必要事項です」


natsuが小さく言った。


「牛、安心」


「安心してねえ」


それでも、BEEFは歩いた。


重さは、消えていない。


けれど、動き出した。


それが大きかった。


店は、会場から少し離れた場所にあった。


表通りから一本入ったところにある、木目の落ち着いた店だった。


奥に小さな個室がある。


以前は、小さな演奏イベントにも使われていたらしい。


大きな音は出せない。


だが、アコースティックギターと、小さなキーボード、フルート程度なら、時間と音量を守れば問題ない。


その条件だけで、今夜は十分だった。


店に入ると、木の香りが少しした。


会場の熱気とは違う。


スピーカーの低音もない。


人の歓声もない。


代わりに、グラスの音と、厨房の気配がある。


席に着くと、全員が一度黙った。


急に静かになったせいで、負けたことがまた胸に戻ってきそうになる。


それを察したように、Miwaがメニューを開いた。


「はい。こういう時こそ、好きなもの食べます」


wataが、少し笑う。


「それ、さっきも聞いた」


「何回でも言います」


Ninaが続く。


「今日は反省会じゃなくて、お疲れ様会です」


Saraが補足する。


「反省は、体調が戻ってからです」


Yuiがメモを見る。


「現在の目的。栄養補給。感情の着地。睡眠の準備」


mcRCが言う。


「ほんまに復旧手順やな」


EGUIが静かに頷く。


「助かる」


BEEFは、メニューを見ていた。


しばらくして、低く言う。


「肉」


Saraが即座に店員へ伝える。


「肉料理を中心にお願いします」


BEEFが顔を上げる。


「俺が頼む」


Saraは平然としている。


「遅かったので」


「遅いって何だ」


「三秒以上、メニューを見ていました」


「普通だろ」


「今日は普通ではありません」


wataが笑う。


「Saraさん、今日BEEFに強いな」


Saraは、静かに返す。


「乱れている人には、明確な判断補助が必要です」


BEEFが眉を寄せる。


「誰が乱れてる」


Saraは即答した。


「BEEFさんです」


「即答すんな」


natsuが、フルートケースを抱えたまま言う。


「牛、荒れてる」


BEEFがnatsuを見る。


「とどめ刺すな」


natsuは首を傾げた。


「まだ刺してない」


「刺す気かよ」


「風だから、刺さない。通る」


BEEFは、もう何も言い返さなかった。


注文が終わり、飲み物が来て、料理が少しずつ並び始める。


温かいもの。


香りのあるもの。


肉。


スープ。


米。


野菜。


湯気。


誰もすぐに大会の話をしなかった。


それでよかった。


食べることは、簡単なようで難しい。


負けた直後は、何を食べても味がしないことがある。


でも、口に入れる。


噛む。


飲み込む。


身体が少しずつ、ここに戻ってくる。


mcRCが、スープを一口飲んで、小さく息を吐いた。


「……うま」


Miwaが、なぜか少し泣きそうな顔をした。


「よかったです」


wataが肉を食べて、少し顔をしかめる。


「うまいの腹立つな」


Ninaが笑う。


「料理に当たらないでください」


EGUIは黙って食べていた。


だが、箸の動きは少しずつ戻っている。


BEEFは、最初こそ不機嫌そうだったが、肉を食べ始めると少しだけ静かになった。


Saraが、横目でそれを確認する。


「摂取開始を確認しました」


BEEFが肉を飲み込んでから言う。


「実況すんな」


「経過観察です」


「医者か」


「権利確認です」


「関係ねえ」


natsuが、ぽつりと言う。


「牛、戻る」


BEEFはnatsuを睨む。


「戻ってねえ」


Saraが言う。


「摂取前よりは戻っています」


「お前もか」


natsuが続ける。


「少し」


BEEFは、少しだけ黙った。


それでも、肉をもう一切れ食べた。


部屋に、小さな笑いが戻る。


少しして、shihoが静かに手を置いた。


「少しだけ、いいですか」


全員が顔を上げる。


shihoは、強く言わない。


けれど、部屋の空気が自然にそちらへ向いた。


「言葉では、うまく言えないので」


renaがギターケースを開ける。


natsuがフルートケースをそっと開く。


shihoは、小さなキーボードの前に座った。


リバックラインの五人は、驚きと緊張の間で固まっている。


Ninaが小さく言う。


「ここで……?」


renaは、少しだけ照れたように笑った。


「はい」


shihoが続ける。


「こちらに住む私たちは、言葉だけでは語れないので」


mcRCが、静かに座り直した。


wataも、背もたれから身体を起こす。


EGUIは、まっすぐReShiNaを見る。


BEEFも、箸を置いた。


natsuが、フルートを持つ。


まだ吹かない。


ただ、空気を測るように構える。


renaが、アコースティックギターを静かに鳴らした。


小さな音だった。


会場の低音とはまったく違う。


でも、その小ささが、今は必要だった。


一音だけで、部屋が変わる。


続いて、shihoの低い鍵盤が入る。


深い。


森の奥のような低音。


natsuのフルートが、言葉の隙間に風を通す。


リバックラインの五人は、息を止めていた。


音楽で語れる人たち。


その事実が、少しだけ眩しかった。


renaが、歌い始める。


≫ Dear you

≫ 親愛なるあなたへ


mcRCの指が、少しだけ動いた。


wataの目が揺れる。


EGUIが、息を止めた。


BEEFは、顔を上げない。


でも、耳は完全にそこへ向いていた。


renaの声は、強く押さない。


水が染みるように入ってくる。


≫ うまく言えない言葉を

≫ 今日は歌にして送るよ


shihoの鍵盤が、少しだけ広がる。


natsuのフルートが、言葉の隙間に風を通す。


renaは続けた。


≫ Dear you

≫ この声が小さくても

≫ 少しだけ背中に届くなら


mcRCは、じっとテーブルを見ていた。


wataは、唇を噛んだ。


EGUIは、まばたきの回数が少なくなっている。


BEEFは、箸を握ったまま動かない。


renaの声が、少し深くなる。


≫ 負けないで

≫ なんて

≫ 簡単には言えない


wataが目を閉じた。


その言葉が、今の自分たちに必要だった。


負けないで。


その言葉は簡単だ。


でも、簡単に言われると、痛い時がある。


勝って。


それも同じ。


≫ 勝って

≫ なんて

≫ まっすぐには言えない


Miwaが、口元を押さえた。


Ninaは目を逸らさなかった。


Saraは、静かに瞬きをした。


Yuiは、メモを取らなかった。


これは、記録するものではなかった。


renaの声は、少し震えている。


けれど、逃げていない。


≫ 辛い日もあるよね

≫ 折れたくなる夜もあるよね


mcRCは、下を向いた。


さっきまで保っていた顔が、少し崩れかける。


≫ 自分で自分を

≫ うまく抱けない時もあるよね


BEEFが、小さく息を吐いた。


乱れていた心に、その言葉が落ちた。


自分で自分を抱けない。


それは、BEEFのことでもあった。


伝説と呼ばれてきた男が、今、自分の悔しさを持て余している。


勝手に怒って、勝手に乱れて、でもどこへ置けばいいか分からない。


そのままの自分に、歌が触れてきた。


≫ それを私が言うのは

≫ 少し変かもしれない


≫ 私たちはずっと

≫ 自分の中で迷ってた


renaは、自分たちのことも歌っていた。


ただリバクラを慰めているのではない。


自分たちも、迷っていた。


内側に沈んでいた。


その過去を、手紙にして差し出していた。


≫ 声にならない声を

≫ 胸の奥にしまって


≫ 大丈夫なふりで

≫ 静かに沈んでた


shihoの声が、renaに重なる。


≫ でもあなたの声で

≫ 窓が少し開いた


ReShiNaの歌は、静かに部屋を満たしていく。


外の世界が怖かったこと。

見られることが怖かったこと。

褒められることさえ、うまく受け取れなかったこと。


でも、リバクラの声で窓が開いたこと。


その事実を、今、歌で返している。


≫ 知らなかった街の音が

≫ 水面まで届いた


≫ きれいじゃなくても

≫ 強く見えなくても


≫ ここにいていいと

≫ 思えた日があった


EGUIの喉が、小さく動いた。


それは、彼がずっと歌ってきたことでもあった。


ここにいていい。


人を雑に扱うな。


横に来い。


その声が、誰かに届いていた。


しかも、今その誰かが、自分たちへ歌い返している。


renaとshihoの声が重なる。


≫ Tá do ghuth beo

≫ あなたの声は生きている


フックに入る。


natsuのフルートが、後ろから風を通す。


≫ Dear you

≫ ReShiNa Letter


≫ あなたへ

≫ この歌を送るよ


部屋の中は、もう誰も喋らなかった。


≫ Dear you

≫ ReShiNa Letter


≫ 勝てじゃなくて

≫ 壊れないで


wataの目元が歪んだ。


勝てじゃなくて。


壊れないで。


その言葉は、悔しさを否定しない。


でも、勝敗より奥にあるものを守ろうとしていた。


≫ 遠くへ行って

≫ でも無理しないで


≫ その声を

≫ 自分で嫌いにならないで


mcRCは、とうとう目元を手で押さえた。


泣いているとは言わなかった。


誰も言わなかった。


ただ、押さえた。


それで十分だった。


≫ Dear you

≫ ReShiNa Letter


≫ 私たちから

≫ あなたへ


shihoが二番を歌い始める。


声は、森のように低く、深い。


≫ 大きくなるほど

≫ 怖くなることもある


Ninaが、静かに目を伏せた。


リバクラは大きくなっている。


客席は一万一千から、一万六千へ。

そして、二万五千へ。


大きくなることは、喜びだけではない。


期待も増える。


視線も増える。


比べられる数も増える。


≫ 期待の数だけ

≫ 息が浅くなることもある


BEEFは、そこでようやく顔を上げた。


その言葉は、彼にも刺さった。


期待。


伝説の男。


それは名誉でもあり、檻でもある。


≫ 比べられて

≫ 測られて

≫ 数字に名前をつけられて


10.9。


11.2。


0.3。


数字に名前をつけられて、負けと呼ばれる。


shihoの声は続く。


≫ 本当はただ

≫ 届けたかっただけなのに


EGUIが、静かに目を閉じた。


そうだった。


本当はただ、届けたかった。


でも大会に立てば、比べられる。


点がつく。


勝ち負けがつく。


それを拒むことはできない。


それでも、忘れてはいけないものがある。


shihoの声が、さらに深くなる。


≫ チャンスなのに

≫ ピンチみたいに見える夜もある


≫ 間違えたことばかり

≫ 頭の中で鳴る日もある


BEEFの指が、少しだけ震えた。


さっきまで乱れていた感情が、まだそこに残っているようだった。


≫ それでも

≫ 思い出してほしい


ここで、shihoは少しだけ目を伏せた。


言いすぎない。


まだ、全部を言う時間ではない。


歌は続く。


≫ あなたたちは

≫ 上に立つためじゃなく


≫ 誰かの横に来るために

≫ 声を出してきたこと


リバクラの三人は、ほとんど同時に顔を上げた。


その言葉は、胸の奥をまっすぐ突いた。


だが、今はまだ、それを言葉にはしない。


受け取るだけでよかった。


≫ 私たちは

≫ そこに救われたこと


renaのハーモニーが重なる。


≫ 何かを返したいのに

≫ 何ができるか分からない


≫ 手を伸ばしたいのに

≫ 届く距離も分からない


renaとshihoが、そっと歌う。


≫ だから今日は

≫ 歌にしました


≫ 不器用なまま

≫ 手紙にしました


≫ Solas duit

≫ あなたに光を


フックが戻る。


今度は、最初よりも深く入ってきた。


≫ Dear you

≫ ReShiNa Letter


≫ あなたへ

≫ この歌を送るよ


≫ Dear you

≫ ReShiNa Letter


≫ 勝てじゃなくて

≫ 壊れないで


BEEFは、今度は顔を伏せなかった。


ただ、じっと見ていた。


壊れないで。


その言葉が、自分に向いていることを、彼は分かっていた。


≫ 遠くへ行って

≫ でも無理しないで


≫ その声を

≫ 自分で嫌いにならないで


リバックラインの五人は、誰も喋らなかった。


音楽で語れることが、少しだけ羨ましかった。


自分たちは言葉を探す。


場所を探す。

店を探す。

ご飯を頼む。

導線を作る。

メモを取る。


それも大事だ。


それは分かっている。


でも、今この瞬間、ReShiNaは音で直接、リバクラの奥へ触れていた。


Ninaが、小さく息を吐く。


「いいなぁ……」


Miwaが、泣きそうな顔で頷く。


「音楽で語れるの、うらやましいです」


Saraが静かに言う。


「でも、私たちは場所を作りました」


Yuiが頷く。


「この場がなければ、演奏できません」


Kateが、小さく笑った。


「それで十分です」


その会話は、歌の邪魔にならないほど小さかった。


Bridgeに入る。


natsuのフルートが、少しだけ前に出た。


水と森の間を、風が抜ける。


renaとshihoの声が、静かに重なる。


≫ 私たちは

≫ ずっと内側を見ていた


≫ 森の奥で

≫ 水のそばで

≫ 風の音だけ聞いていた


natsuは、歌わない。


ただ、フルートで答える。


その音が、言葉よりもnatsuらしかった。


≫ 外の世界は怖くて

≫ 見られることも怖くて


≫ 褒められることさえ

≫ うまく受け取れなかった


mcRCが、ゆっくり息を吸った。


wataは、目をこすった。


EGUIは、膝の上で手を握っている。


≫ でもあなたたちは

≫ 街の明かりの中で


≫ 笑って

≫ 傷ついて

≫ それでも人を見ていた


BEEFは、そこで少しだけ口を開きかけた。


何か言いそうになった。


だが、言わなかった。


今は、聴く時間だった。


≫ その声が

≫ 暗い水面に映って


≫ 私たちは初めて

≫ 外へ出る道を知った


renaの声が、少しだけ震える。


≫ だから今度は

≫ 私たちの番です


shihoの鍵盤が、深く沈む。


≫ 大きな力には

≫ なれないかもしれない


≫ でも

≫ この思いだけは

≫ 渡したい


≫ Leis an solas

≫ 光とともに


Final Hook。


natsuのフルートが、今度は強く前へ出た。


歌声を押しのけるのではない。


歌声が遠くへ行けるように、風を作る。


≫ Dear you

≫ ReShiNa Letter


≫ 水の声を

≫ 森の響きを

≫ 風の旋律を


≫ Dear you

≫ ReShiNa Letter


≫ あなたへ

≫ この歌を送るよ


renaとshihoの声が、重なる。


≫ 負けないで

≫ 誰かにじゃなく


≫ 自分の夜に

≫ 飲まれないで


BEEFが、そこで目を閉じた。


自分の夜。


それは、今の彼そのものだった。


勝ち負けの世界で生きてきた。

黙らせてきた。

ひっくり返してきた。

一人で鳴らしてきた。


だからこそ、チームで負ける夜を、どう抱えればいいか分からなかった。


でも、その夜に飲まれないでと、歌われている。


≫ 遠くへ行って

≫ でも帰ってきて


≫ その声を

≫ あなた自身が守れるように


mcRCの肩が、小さく震えた。


wataは、もう顔を隠していなかった。


EGUIは、ただまっすぐ聴いていた。


≫ Dear you

≫ ReShiNa Letter


≫ 力になれなくて

≫ ごめんね


≫ それでも

≫ 届けたい


≫ ありがとうより

≫ 少し先の気持ちを


Miwaが、とうとう涙をこぼした。


Ninaがそっとハンカチを渡す。


Yuiはメモ帳を閉じた。


Saraは、静かに目を伏せる。


Kateは、背筋を伸ばしたまま聴いていた。


≫ Dear you

≫ ReShiNa Letter


≫ この歌を

≫ 手紙にして


最後のアウトロ。


renaのギターだけが残る。


そこへ、natsuのフルートが細く重なる。


shihoの鍵盤が、森の奥のように低く響く。


≫ Dear you

≫ 親愛なるあなたへ


≫ うまく言えないけど

≫ どうか届いて


≫ Tá do ghuth beo

≫ あなたの声は生きている


mcRCが、静かに目を閉じた。


wataは、深く息を吐いた。


EGUIは、唇を結んだ。


BEEFは、拳を膝の上で握っていた。


でも、その拳はさっきより少しだけ緩んでいた。


≫ この手紙が

≫ 風にほどけても


≫ ひとつだけ

≫ 残りますように


最後の言葉が、部屋の真ん中に置かれる。


≫ あなたの声は

≫ まだ終わっていない


音が消えた。


誰も、すぐには拍手しなかった。


拍手をするには、近すぎた。


ステージではない。


会場でもない。


これは、手紙だった。


少しして、mcRCが小さく言った。


「……届いた」


renaが、顔を上げる。


mcRCは、目元を押さえたまま、もう一度言った。


「届いた」


wataが、鼻をすすった。


「ずるいわ」


shihoが、少しだけ首を傾げる。


wataは、涙をこらえるように笑った。


「言葉じゃないの、ずるい」


natsuが、フルートを膝に置いて言った。


「風、少し動いた」


BEEFが、低く言う。


「……まだ止まってる」


natsuは、BEEFを見た。


「少し、動いた」


BEEFは、何も言わなかった。


ただ、目を逸らさなかった。


renaが、静かに言う。


「今日は、これ以上は言いません」


shihoも頷く。


「食べてください。休んでください」


Miwaが、涙声で言った。


「飯は感情です」


wataが、少し笑う。


「今日、強いなそれ」


Ninaが頷く。


「スローガンにしていいくらいです」


Saraが言う。


「使用許可を確認します」


Yuiが、少しだけメモ帳を開いた。


「飯は感情。暫定採用」


Kateが笑った。


「今日は、それでいいです」


BEEFは、皿の上の肉を見た。


少し冷めかけている。


それを箸でつまむ。


口に入れる。


噛む。


飲み込む。


それだけの動作に、妙な重さがあった。


「……うまい」


Saraが、静かに言った。


「摂取確認」


BEEFが睨む。


「まだ言うか」


natsuが、すぐ続けた。


「牛、戻る」


「戻ってねえ」


「少し」


「少しも戻ってねえ」


Saraが言う。


「少なくとも発話量は戻っています」


BEEFは、もう反論を諦めたように肉をもう一切れ食べた。


部屋に、小さな笑いが戻る。


負けは消えていない。


悔しさも消えていない。


数字も消えていない。


10.9対11.2。


それは、まだ胸にある。


でも、食べる。


息をする。


誰かの音を受け取る。


それだけで、人は少しだけ戻ってこられる。


この夜、ReShiNaは言葉ではなく、手紙を歌った。


リバックラインは、場所と食事と帰れる導線を作った。


リバクラは、まだ完全には立ち直っていない。


BEEFも、まだ整っていない。


それでよかった。


今日は、答えを出す夜ではない。


今日は、壊れないための夜だった。


音は消えた。


けれど、部屋の中にはまだ、手紙の余韻が残っていた。

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