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ラップ付き小説 ReversCrown 元気ないやつこっちおいで  作者: egubi
sound session編

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162/186

5-3-9 朝七時、三つの仕事、ひとつのラボ



朝七時。


世間のサラリーマンからすれば、少し遅い。


もう電車に乗っている人もいる。

すでに会社の近くでコーヒーを買っている人もいる。

六時台から動いている人も、当然いる。


だから三人とも、そこは少し救われていると思っていた。


朝五時に叩き起こされる生活ではない。

毎朝、満員電車のピークに真正面から突っ込むわけでもない。

決まった時刻に全員そろってタイムカードを切る生活とも、少し違う。


それでも、朝は朝だった。


眠いものは眠い。


七時のアラームは、容赦なく鳴る。


まず、mcRCの朝。


スマホが鳴る。


mcRCは、一度だけ目を閉じたまま手を伸ばした。


画面を叩く。


音が止まる。


布団の中に、静けさが戻る。


その静けさが、一番危ない。


まだ寝たい。

今日、少し遅くてもいいんじゃないか。

個人事業主なんだから、時間は自分で調整できるだろ。

昨日も遅かった。

午前の一件、少し余裕あるんじゃないか。


そういう声が、頭の中で勝手に会議を始める。


mcRCは、目を開ける前に言った。


「……黙れ」


誰に言ったのか、自分でも分からない。


布団か。

眠気か。

自分の甘さか。


とにかく、足を出す。


床に足を下ろす。


少し冷たい。


そこでようやく、今日が始まる。


台所には、前日の夜に用意しておいた容器が並んでいた。


ささみ。

野菜スープ。

小分けにした米。

ゆで卵。


派手さはない。


だが、朝から迷わなくていい。


それが大きい。


迷う余地を減らしておく。

朝の自分を信用しすぎない。

夜のうちに、朝の自分を助けておく。


mcRCは、レンジに容器を入れた。


回る音がする。


その間に顔を洗う。


鏡には、まだ完全には起きていない男がいる。


前髪が少し乱れている。

目元に昨日の疲れが残っている。

ステージ上のmcRCとは違う顔だ。


逆さの王冠もない。

サングラスもない。

マイクもない。


あるのは、仕事用の鞄。

点検用の書類。

測定器。

メモ帳。

客先ごとの予定表。

そして、個人事業主としての責任。


mcRCの昼の顔は、電気管理技術者だった。


会社員の電気主任技術者ではない。


自分で仕事を受ける。

事業場を回る。

電気設備を見る。

記録を残す。

必要なら報告する。

時には、言いにくいことも言う。


月次点検。

年次点検。

受電設備の状態確認。

キュービクルの中の温度感。

遮断器。

変圧器。

開閉器。

継電器。

接地。

漏電。

絶縁。

異音。

異臭。

表示灯。

電流値。

電圧値。


現場は、それぞれ違う。


古い町工場。

小さなビル。

倉庫。

店舗。

事務所。

設備の癖が強い場所。

担当者がよく分かっている場所。

逆に、誰も電気を見ていない場所。


どこに行っても、mcRCはまず見る。


その場所が、何を当たり前にしているか。


「前からこうです」


その言葉ほど、怖いものはない。


前からこうだから安全とは限らない。

前からこうだから正しいとも限らない。

前からこうだったからこそ、誰も疑わなくなっていることがある。


レンジが鳴る。


ささみと野菜スープの匂いが広がる。


mcRCは席に座り、黙って食べた。


スープの中には、キャベツ、にんじん、玉ねぎ。

ささみは淡泊で、味は強くない。


朝から気分を上げる飯ではない。


動くための飯だった。


スマホで今日の予定を見る。


午前に一件。

午後に二件。

夕方に報告書整理。


時間は会社員ほど固定ではない。


けれど、自由というほど軽くもない。


客先の都合がある。

天候がある。

設備の状態がある。

前回の指摘事項がある。

急な相談が入ることもある。


個人事業主は、時間を自分で決められる。


その代わり、決めなければ何も進まない。


誰かが朝礼で名前を呼んでくれるわけではない。

上司が今日の仕事を並べてくれるわけでもない。

自分で予定を組み、自分で向かい、自分で記録を残す。


mcRCは、スープを飲みながら小さく息を吐いた。


「自分でやるって、こういうことやな」


その言葉を、メモ帳の端に書く。


まだ歌詞ではない。


でも、いつかどこかで使うかもしれない。


自分で決める自由。

自分で背負う不安。

誰も見ていないところで、ちゃんとやること。


そういう言葉は、昼の仕事から生まれる。


次に、wataの朝。


同じ七時。


wataのスマホも鳴った。


手が伸びる。


止める。


少し間がある。


「……うるせえ brain, mute」


自分で言って、自分で少し笑った。


鏡を見ると、寝ぐせがひどい。


「これは、英語で言うと disaster」


そこで一度止まる。


「いや、災害扱いは寝ぐせに失礼か」


誰もいない洗面所で、勝手に言葉を直す。


wataの朝も、前日の準備から始まっていた。


ささみ。

野菜スープ。

米。

水筒。

赤ペン。

プリント。

タブレット。

生徒ごとのメモ。


wataは塾で英語と国語を教えている。


ただし、授業だけではない。


運営も見る。


講師のシフト。

生徒の振替。

保護者への連絡。

教材の進み。

欠席の確認。

教室の空気。

問い合わせへの対応。


そして、夜の授業は、リバクラの日には他の講師へパスすることもある。


最初は、それが苦手だった。


自分がやった方が早い。

自分が見た方が安心。

自分が対応した方が、細かいところまで拾える。


そう思っていた。


けれど、それを続けると、全部自分の中に詰まる。


そして、誰かの役割まで奪う。


wataは、野菜スープを飲みながらタブレットを見る。


今日の授業予定。


中学生の英語。

高校生の現代文。

受験生の小論文。

運営ミーティング。

夜の生徒対応は別講師へ引き継ぎ。


画面の横に、昨日書いたメモが残っている。


任せると投げるは違う。

説明しすぎると、相手の考える場所を奪う。

説明しなさすぎると、ただの不親切。

言葉は橋。

長すぎる橋は疲れる。

短すぎる橋は落ちる。


wataは、ペンを回した。


「橋、か」


韻になるかは分からない。


でも、芯はある。


塾での仕事は、言葉の精度を鍛える。


英語は構造を見る。

国語は文脈を見る。

小論文は主張と根拠を見る。


そして、生徒を見る。


分からない時に笑う子。

分かったふりをする子。

できないことを隠すためにふざける子。

質問したいのに、手を上げられない子。


wataは、そういう子を見ていると、時々ステージを思い出す。


聴いている側も、分かったふりをすることがある。


盛り上がっているふり。

笑っているふり。

大丈夫なふり。

分からないと言えないまま、置いていかれる。


だから、フックは分かりやすくした方がいい。


でも、簡単すぎると薄くなる。


だから、バースで深く潜る。


それがwataの仕事だった。


音で気持ちよくさせる。

でも、意味を捨てない。


難しいことをする。

でも、景色を消さない。


朝のwataは、まだステージの上にはいない。


ただ、塾講師として、生徒の前に立つ準備をしている。


それでも、その準備は、夜のバースに確かにつながっている。


最後に、EGUIの朝。


同じ七時。


EGUIは、静かに起きていた。


三人の中で、一番朝の音が少ない。


アラームを止める動きも速い。


部屋の空気を荒らさないように、手だけがすっと動く。


台所に立ち、前日に用意しておいたささみと野菜スープを温める。


湯気が上がる。


EGUIは、その湯気を少しだけ見ていた。


今日の授業は昼からが中心だった。


EGUIは、日本語を教えている。


相手は、日本語を母語としない人たち。


国も違う。

年齢も違う。

仕事も違う。

覚えたい理由も違う。


生活のため。

仕事のため。

家族のため。

試験のため。

日本で暮らすため。

誰かと話すため。


EGUIは、そういう人たちに日本語を教える。


だから、言葉を雑にできない。


「大丈夫です」


その一言でも、意味が変わる。


本当に問題ないのか。

断っているのか。

遠慮しているのか。

怒っていないふりをしているのか。

もう話を終わらせたいのか。


日本語は、表面だけ見ても分からない。


空気を読むという言葉は簡単だ。


でも、空気が見えない人に、空気を読めと言うのは、説明を放棄しているのと同じだ。


EGUIは、それが嫌だった。


「なんとなく分かるでしょ」


その一言で、置いていかれる人がいる。


だから、EGUIは言葉を分ける。


短く。

まっすぐ。

でも、乱暴にしない。


今日使う教材を確認する。


敬語。

依頼表現。

断り方。

職場で使う日本語。

病院での説明。

役所での会話。

店でのやり取り。


その横に、自分用のメモがある。


伝わる言葉は、簡単な言葉とは限らない。

難しいことを簡単にするのではなく、相手が立てる足場を作る。

まっすぐ言うことと、雑に言うことは違う。

強い言葉は、相手を置いていくことがある。

弱すぎる言葉は、届かない。


EGUIは、朝食を食べながら、それを見ていた。


ささみは淡泊だった。


野菜スープは、少しだけ塩が足りない。


でも、それでいい。


朝から濃すぎる味はいらない。


EGUIは、食べ終えると、弁当を鞄に入れた。


教材。

ノート。

水筒。

そして、言葉のメモ。


ステージでのEGUIは、直球に見える。


でも、その直球は、乱暴な直球ではない。


どこに投げれば届くか。


相手の胸に刺すのか。

手元に置くのか。

横に並べるのか。


それを、毎日考えている。


だから、EGUIのバースは、難しくしすぎない。


でも、軽くはしない。


ちゃんと届かせるために、言葉を削る。


三人の昼。


mcRCは、車に測定器と書類を積む。


向かう先は、今日一件目の事業場。


道路は、もうそれなりに混んでいた。


完全な通勤ピークよりは少し後ろ。


それが救いだった。


車の中で、mcRCは今日の流れを確認する。


月次点検。

前回の指摘事項確認。

キュービクルの外観。

表示の確認。

電流値。

異音。

異臭。

扉の施錠。

記録。

担当者への説明。


現場に着く。


担当者に挨拶する。


「おはようございます。点検に来ました」


相手が少し申し訳なさそうに言う。


「すみません、今日ちょっとバタバタしてて」


mcRCは笑う。


「大丈夫です。必要なところから見ます」


こういう時に、相手を責めても何も進まない。


忙しい現場には忙しい現場の事情がある。


でも、点検は点検だ。


流していいわけではない。


mcRCは、キュービクルの前に立つ。


外観を見る。

周囲を見る。

草や物が近すぎないか。

異音はないか。

においはないか。

雨水の跡はないか。

扉の状態はどうか。


設備は、言葉を話さない。


でも、変化は出す。


その変化を拾うのが、mcRCの仕事だった。


記録を取りながら、ふと思う。


人間も同じだ。


大丈夫と言いながら、大丈夫じゃない人がいる。

笑っているのに、顔の奥が沈んでいる人がいる。

怒っているように見えて、本当は困っているだけの人がいる。


見ないと分からない。


でも、見ようとすれば、少しは分かる。


mcRCは、点検表の端に小さく書いた。


見ないと、異常はないことになる。

でも、本当にないとは限らない。


まだ歌詞ではない。


でも、いつかバースになるかもしれない。


wataは、塾へ向かっていた。


午前の教室は、まだ少し静かだった。


机を整える。

ホワイトボードを拭く。

プリントを並べる。

講師への連絡を確認する。

夜の授業を担当する講師へ、引き継ぎを送る。


「今日はこの生徒、少し様子見て。前回、分かってるふりがあった」


送信。


少しして、返事が来る。


「了解です」


wataは、それを見る。


任せる。


でも、投げない。


これが難しい。


午後、授業が始まる。


英語。


生徒が言う。


「先生、これ、意味は分かるけど、なんでこうなるんですか」


wataは、少し笑った。


「そこ聞くの、ええな」


意味は分かる。


でも、構造が分からない。


その違和感を拾える生徒は伸びる。


wataはホワイトボードに英文を書く。


主語。

動詞。

目的語。

修飾。

どこがどこにかかるか。


言葉は、ただ並んでいるだけではない。


支え合っている。


それを見せる。


国語では、文章を読む。


「この人、なんで怒ってると思う?」


生徒が答える。


「嫌だったから」


wataは頷く。


「それもある。でも、どこが嫌だったんやろ」


文章を分ける。


言葉を見る。


行動を見る。


言っていない部分を見る。


そこから、気持ちを拾う。


wataは授業をしながら、何度も思う。


言葉は、ただ意味を運ぶだけではない。


言えなかったものも、運んでいる。


それが夜になると、韻になる。


音になる。


バースになる。


EGUIの仕事は、昼から本格的に始まる。


教室には、さまざまな国の人が来る。


日本語が少し話せる人。

まだひらがなが苦手な人。

仕事では話せるけれど、書くのが苦手な人。

敬語で急に止まる人。


EGUIは、ホワイトボードに書く。


「すみませんが、もう一度お願いします」


それから、生徒の方を見る。


「これは、やわらかくお願いする言い方です」


別の表現を書く。


「もう一度言ってください」


「これも間違いではありません。でも、場所によっては少し強く聞こえます」


生徒が頷く。


一人が手を上げる。


「強い、は、悪いですか?」


EGUIは首を振る。


「悪くないです。必要な時もあります。でも、相手がびっくりする時があります」


また、別の生徒が言う。


「日本語、むずかしいです」


EGUIは少し笑う。


「むずかしいです」


教室に笑いが起きる。


EGUIは続ける。


「でも、分けたら分かります。全部いっぺんに覚えなくていいです」


その言葉は、ステージのEGUIにもつながっていた。


全部いっぺんに伝えようとすると、届かない。


だから、分ける。


短くする。


でも、薄くしない。


夕方。


mcRCは五時ごろ、最後の報告を終えた。


もちろん、個人事業主だから日によって変わる。


事業場の都合で遅くなる日もある。

急な相談で伸びる日もある。

書類仕事が残る日もある。


それでも、今日は区切れた。


車に戻り、スマホを見る。


リバクラのグループチャットが動いている。


wata。


「今日、六時過ぎに終わる」


EGUI。


「俺も六時くらい」


mcRCは返す。


「じゃあ、七時半ラボで」


wata。


「ジムは?」


EGUI。


「今日はラボ優先」


mcRC。


「終わってから行けたら行く」


wata。


「それ行かんやつ」


EGUI。


「たぶん行かん」


mcRCは笑った。


「うるさい」


七時半。


リバクラボラトリー。


そう呼んでいるだけで、実際は大げさな研究所ではない。


小さな部屋。

黒い布。

簡単な照明。

ノートパソコン。

マイク。

スピーカー。

ホワイトボード。

三人分の椅子。

水。

プロテイン。

散らかったメモ。


でも、三人にとってはラボだった。


日中に拾った言葉を持ち込む場所。


仕事の違和感を、音楽に変える場所。


生活で引っかかったものを、バースにする場所。


最初に来たのはmcRCだった。


鞄を置き、ノートを開く。


今日のメモ。


見ないと、異常はないことになる。

でも、本当にないとは限らない。


それを、ホワイトボードに書く。


しばらくして、wataが来る。


「疲れた」


入ってくるなり言う。


mcRCは笑う。


「お疲れ」


wataは鞄を置き、赤ペンを机に投げた。


「今日のメモ、これ」


ノートを開く。


任せると投げるは違う。

言葉は橋。

長すぎる橋は疲れる。

短すぎる橋は落ちる。


mcRCが読む。


「ええやん」


wataは椅子に沈む。


「授業で出た」


少し遅れて、EGUIが来る。


「お疲れ」


EGUIは、いつも通り静かに入ってくる。


でも、顔には疲れがある。


教材の入った鞄を置き、ノートを開く。


全部いっぺんに覚えなくていい。

分けたら分かる。

強い言葉は悪くない。でも場所を間違えると相手がびっくりする。


wataがそれを見て言う。


「今日、全員“伝え方”やな」


mcRCが頷く。


「ほんまやな」


EGUIがホワイトボードを見る。


「見ないと異常はないことになる、か」


mcRCはペンを回した。


「電気でも人でも、そうやなと思って」


wataが自分のメモを指す。


「言葉は橋。これ、フックにできそうじゃない?」


EGUIが首を傾げる。


「橋、少し綺麗すぎるな」


wataが笑う。


「出た、EGUIの現実戻し」


EGUIは淡々と言う。


「でも、悪くない」


mcRCがホワイトボードに丸をつける。


「三人とも、仕事の現場は違うけど、見てるところ近いな」


wataが頷く。


「人を置いていかんことやろ」


EGUIが言う。


「伝えること」


mcRCが続ける。


「気づくこと」


三つの言葉が並ぶ。


気づく。

伝える。

置いていかない。


そこから、バースの種を作る。


mcRCは、現場で見た設備の景色から入る。


誰も見ていない盤。

いつも通りと言われる表示。

小さな異音。

気づかれない違和感。


wataは、それを言葉でほどく。


見ない、異常ない、意味ない、気づかない。

韻が少しずつ転がる。

音が形を取り始める。


EGUIは、最後に削る。


「言いすぎ」


「これは伝わらん」


「ここはまっすぐでいい」


wataが不満そうに言う。


「削りすぎやろ」


EGUIが返す。


「刺したいなら、先を尖らせろ。全部尖らせたら、ただ痛い」


mcRCが笑う。


「先生やな」


EGUIは言う。


「仕事でも言ってる」


三人は、そうやって言葉を整える。


ひとりでバースを作る時間がある。


それぞれの仕事の帰り道に、スマホへ打ち込むこともある。

ジムの前に、ロッカーで一行だけ書くこともある。

風呂上がりに、急に出てくることもある。


でも、フックは三人で整える。


一人の看板ではなく、三人で客席へ渡す言葉だから。


難しすぎると、客席が置いていかれる。


簡単すぎると、自分たちが薄くなる。


その真ん中を探す。


この日は、配信もあった。


三人は軽く準備をする。


マイクを立てる。

カメラを確認する。

ライトをつける。

音を鳴らす。


wataが言う。


「今日、眠そうな顔してるやつおる?」


mcRCが返す。


「全員や」


EGUIが頷く。


「全員」


配信が始まる。


画面の向こうに、少しずつコメントが流れる。


――ラボきた


――今日も黒い


――顔眠そう


――また何か作ってる?


――大会後なのに動いてるのえらい


――三人そろってる!


mcRCが笑う。


「今日はちょっとだけです」


wataが言う。


「ちょっとだけって言う時、だいたい長くなる」


EGUIが短く言う。


「知ってる」


コメントが流れる。


――知ってる


――絶対長いやつ


――ちょっとだけ詐欺


――眠そうなのに喋ると元気


wataがすぐ反応する。


「眠そうでも口は動くんですよ」


EGUIが言う。


「寝ろ」


――正論


――EGUI先生こわい


――でも寝ろは正しい


mcRCは笑いながら、ホワイトボードの前に立つ。


ただし、昼の仕事の話はしない。


リスナーは、三人がそれぞれどんな仕事をしているのか知らない。


どこで何を拾っているのかも知らない。


だから、言えるのは抽象化した言葉だけだった。


「今日、ちょっと“見ないとないことになるもの”の話をしてて」


コメントが止まる。


少しして、流れる。


――また重そう


――好きなやつ


――見ないとないことになる?


――どういうこと?


wataが横から言う。


「見えてないだけで、ないことにされてるものってあるやん」


EGUIが続ける。


「人でも、気持ちでも、言葉でも」


コメントが流れる。


――あー


――それはある


――未承認の価値じゃん


――また刺してくる


mcRCは、ホワイトボードに書いた言葉を指で叩く。


気づく。

伝える。

置いていかない。


「これ、曲になるかは分からんけど」


wataが笑う。


「なるかもしれん」


EGUIが言う。


「削ればなる」


――削る前提


――EGUIの削り職人


――wataまた詰め込みすぎた?


wataが画面を見る。


「まだ詰め込んでないわ」


EGUIが短く言う。


「これから詰める」


――草


――信頼されてる


――未来予知されてる


配信は、いつものように軽く始まって、いつものように少し深くなる。


でも、昼の顔は出さない。


電気管理技術者のことも。

塾講師のことも。

日本語教師のことも。


それはまだ、リスナーに見せるものではなかった。


ただ、そこから拾った言葉だけが、少しずつ表に出る。


見ないと、ないことになるもの。


伝わらなかった言葉。


置いていかれる人。


リスナーは、それがどこから来たのか知らない。


でも、言葉だけは受け取る。


配信が終わる頃には、時計はもう遅い時間になっていた。


ジムに行ける日もある。


行けない日もある。


行ける日は、三人のうち誰かがプロテインを持って立ち上がる。


「行くか」


「行くの?」


「行けたら行く」


「それ行かんやつ」


そんな会話をする。


集まらない日は、それぞれがジムへ向かう。


ベンチに座り、イヤホンをつけ、今日のメモを思い出す。

ランニングマシンの上で、フックの言葉を繰り返す。

ストレッチしながら、明日の予定のことを考える。


三人は、ステージだけで生きているわけではない。


朝七時に起きる。


前の日に用意した飯を食べる。


それぞれの仕事へ行く。


個人事業主として、電気設備を見る。

塾で英語と国語を教え、運営も回す。

外国人に、日本語を伝える。


仕事を終える。


ジムへ行く日もある。

ラボへ集まる日もある。

配信する日もある。


日中に拾った違和感を、夜に持ち寄る。


まだ歌詞ではない言葉を、バースにする。


三人でフックを整える。


笑う。


削る。


揉める。


また笑う。


そうして、一日が終わっていく。


派手ではない。


誰かに見せるための特別な日でもない。


けれど、リバクラの曲は、そこから生まれている。


ステージの熱だけではない。


仕事で拾った小さな違和感。

教室で聞いた質問。

言葉が届かなかった瞬間。

誰かが見逃したもの。

自分が見逃したくなかったもの。


それが、三人の中で少しずつ溜まっていく。


そして、ある夜。


ビートの上で、言葉になる。


朝七時。


少し遅めの始まり。


でも、そこから三人の一日は動き出す。


今日もまた、生活の中から歌の種を拾いに行く。

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