5-3-8 勝利飯、次の鏡
店は、会場から少し離れた場所にあった。
駅前の大通りから一本だけ入ったところ。
外から見ると、派手すぎない。
けれど、入口の灯りがあたたかい。
会場帰りの熱は、まだ街に残っていた。
「SUNNY DRIVEも強かったよな」
「観客評価は取ってたし」
「でもリバクラ、三曲の組み方がやばかった」
「Holiday、俺の休日すぎる」
「WAVEの、あれ」
「言うな」
「いや、忘れられん」
そんな声を背中に受けながら、リバックラインの五人とReShiNaの三人は店に入った。
ReShiNaが一緒に来ることは、すでにリバクラ側へ連絡してある。
楽器ケースが三つあること。
席を広めにしたいこと。
今日の食事に同席してもいいかということ。
返事はもう来ていた。
wataは軽く。
「ええやん」
EGUIは普通に。
「広い席にしよう」
mcRCは少し嬉しそうに。
「来てくれるならありがたい」
BEEFは相変わらず。
「店、狭いなら変えろ」
だった。
Saraはその返事を見て、すぐに店へ確認を入れた。
「奥の席、取れています。楽器ケースも置けます」
shihoが、バスクラケースを少し持ち直す。
「助かる。これ、本当に場所を取るから」
natsuは、自分のフルートケースを軽く掲げた。
「私は軽い。細い。たぶん、店内で一番空気を読む楽器」
shihoがすぐに言う。
「楽器は自分で空気を読まない」
natsuは真顔で返す。
「でも、細い」
renaが笑う。
「それは本当」
Ninaが、もう笑っている。
「natsuちゃん、表現が毎回ちょっと変で好き」
natsuは少しだけ得意げに見えた。
「変じゃない。風」
Yuiが淡々と言う。
「好き。その分類」
natsuが、すっとYuiを見る。
「今の、うれしい」
Yuiは軽く会釈した。
「ありがとうございます」
Ninaが横で肩を揺らす。
「この二人、何か通じてる」
Miwaは、店の入口を何度も見ていた。
もう来ることは分かっている。
連絡も済んでいる。
それでも、入口を見る。
待つという行為そのものが、落ち着かない。
Kateがそれを見て、にやっと笑った。
「Miwaさん、入口に穴が開きますよ」
Miwaが慌てて顔を戻す。
「開けません」
Ninaが笑う。
「いや、視線の圧はありました」
Yuiが言う。
「入口監視、継続中」
「監視じゃないです」
Kateは、サングラスを少し押し上げて言った。
「いいんです。勝ったんですから。迎えるんです。堂々と」
Miwaが小さく言う。
「堂々と……」
Kateは胸を張った。
「そうです。私たちは今日、部長を迎える権利があります」
Ninaが横からすぐ言う。
「出た」
Saraが静かに言う。
「Kateさん、声量」
Kateは、はっとした顔をした。
「失礼しました」
Yuiが淡々と言う。
「仮面装着」
Kateは微笑む。
「はい。仕事の仮面です」
Ninaが笑った。
「その仮面、薄くなってますよ」
Kateは小声で返す。
「今日は勝ったので、少しだけ薄いです」
その数分後。
入口の向こうから、黒っぽい影が見えた。
mcRC。
wata。
EGUI。
そして、少し後ろにBEEF。
ステージ衣装からは着替えている。
けれど、熱はまだ身体に残っていた。
髪の乱れ。
少し掠れた声。
汗が引いたあとの疲れ。
勝ったあとの、まだ落ち着ききらない目。
店に入ってきたmcRCが、奥の席を見て、少し笑った。
「お、ちゃんと広い」
wataがReShiNaの三人を見て、片手を上げる。
「来てくれてるやん」
EGUIが、静かに頭を下げた。
「今日はありがとうございます」
renaも頭を下げる。
「お邪魔します」
shihoが続ける。
「勝利、おめでとう」
natsuは、少しだけ目を細めて言った。
「勝ってた。ちゃんと」
wataが笑う。
「“ちゃんと”が重いな」
natsuは首を横に振る。
「ちゃんとは、褒め言葉。たぶん」
Yuiが言う。
「好き。その“たぶん”の置き方」
natsuは小さく頷いた。
「Yui、風を拾うのが早い」
Yuiは真顔で返す。
「情報処理です」
「じゃあ、情報の風」
「好きです」
Ninaが顔を押さえた。
「また成立してる」
BEEFは、楽器ケースの位置を一度見てから言った。
「邪魔にならない席か」
Saraが即答する。
「確認済みです。店にも事前に伝えています」
BEEFは頷く。
「ならいい」
Saraは、少しだけ目を細めた。
「BEEFさんが“変えろ”と送ってきたので、変えずに済むようにしてあります」
BEEFがSaraを見る。
wataが吹き出した。
「Saraちゃん、地味に強いな」
Saraは穏やかに言う。
「必要な確認です」
BEEFは短く言った。
「助かる」
Saraは、ほんの少しだけ微笑んだ。
「どういたしまして」
Ninaが小声で言う。
「今の、BEEFさんとSaraちゃん、ちょっと良かった」
Yuiが淡々と返す。
「無駄のない業務連携」
natsuが頷く。
「風じゃなくて、刃みたいな会話」
Yuiがすぐ返す。
「好きです。その観察」
BEEFがそっちを見る。
「何がだ」
natsuは真顔だった。
「会話の切れ味」
BEEFは少しだけ黙った。
たぶん、返す言葉を見つけられなかった。
奥の席は、二つのテーブルをつなげた形だった。
壁際に楽器ケースを並べる。
バスクラケースが一番存在感を持ち、アコギケースがその横に収まり、フルートケースがすっと隙間に入る。
natsuがそれを見て言う。
「ほら。私の楽器、やっぱり空気読んでる」
shihoが言う。
「だから楽器は読んでない」
renaが笑う。
「でも、置きやすいのは本当」
Ninaがうなずく。
「フルートケース、すごいスマート」
natsuは真顔で言った。
「棒」
shihoがすぐ返す。
「棒って言わない」
wataが笑いながら座る。
「このやり取り、ずっと聞いてられるな」
mcRCも、椅子に座りながら息を吐いた。
「なんか、やっと終わった感じする」
その瞬間、Kateが少し前のめりになった。
「部長ーーー!!!」
Miwaがびくっとした。
Ninaが即座に笑った。
Saraが「Kateさん」と低く制する。
Kateは、はっとして咳払いした。
「失礼しました。感情が」
mcRCは目を丸くしたあと、笑った。
「びっくりした。急に昔の感じ出たな」
Kateは涼しい顔で言う。
「普段は業務用です。今日は祝勝用です」
EGUIが短く言う。
「祝勝用Kate」
wataが笑う。
「機能切り替え式なんや」
Yuiが淡々と言う。
「仮面解除率、上昇」
Kateはサングラス越しに笑った。
「今日は、少しだけ調子に乗ります」
Ninaが言う。
「少しだけ?」
Kateは胸を張る。
「勝ちましたので」
Miwaが小さく笑った。
「Kateさん、ほんとはこうなんですよね」
Kateは即座に言った。
「何のことでしょう」
Saraが静かに言う。
「仕事の仮面がずれています」
Kateは再び咳払いした。
「失礼しました」
注文が始まる。
枝豆。
唐揚げ。
サラダ。
焼き物。
ご飯もの。
温かい汁物。
wataがメニューを見ながら言う。
「肉いるやろ」
EGUIが頷く。
「いる」
mcRCも言う。
「今日は食わな無理」
BEEFが短く言う。
「タンパク質」
natsuがすぐ見る。
「ササミ?」
BEEFの手が止まった。
wataが吹き出す。
「もうバレてるやん、BEEFササミ派」
BEEFは低く言った。
「誰が広めた」
EGUIが言う。
「お前が食ってた」
Saraがメニューを見ながら、さらっと言う。
「ササミ、あります。あと、炭水化物も食べてください。ライブ後なので」
BEEFがSaraを見る。
「指示か」
Saraは、穏やかに返す。
「提案です」
BEEFは数秒黙ったあと、メニューを見た。
「飯も頼む」
wataが手を叩いた。
「Saraちゃん、BEEFを動かした!」
Saraは平然としている。
「食事管理上、当然です」
Ninaが笑う。
「BEEFさん、Saraちゃんには結構素直」
BEEFが低く言う。
「合理的なら聞く」
Saraが頷く。
「では、今後も合理的に言います」
BEEFは少しだけ目を細めた。
「ほどほどにしろ」
Saraは微笑んだ。
「善処します」
Yuiが淡々と言う。
「交渉成立」
natsuが言う。
「刃、しまった」
Yuiがすぐ返す。
「好きです、その見方」
natsuは嬉しそうに頷いた。
料理が少しずつ運ばれてくる。
湯気が立つ。
皿が並ぶ。
ライブ後の空腹に、油と塩と温かい汁の匂いが刺さる。
Miwaが、小さく息を吐いた。
「飯は感情も戻しますね」
EGUIがすぐ頷く。
「戻る」
wataが箸を持ちながら言う。
「名言化してきたな」
Kateが微笑む。
「今日は特に必要です」
Saraが言う。
「まず食べてください。感想会はそのあとでもできます」
Yuiが淡々と足す。
「血糖値優先」
mcRCが笑う。
「完全に正しい」
BEEFは黙って食べ始めた。
それを見て、natsuが言う。
「BEEF、食べるの速いけど、雑じゃない」
BEEFが目だけ向ける。
「見るな」
natsuは首を傾げる。
「見える」
renaが小声で笑う。
「natsu」
食事が始まると、勝ったあとの固さが少しずつほどけていった。
二回戦の話。
SUNNY DRIVEの話。
採点の話。
観客評価でSUNNY DRIVEが上だった話。
変化・チャレンジでリバクラが伸びた話。
どれも笑いながら話せる。
でも、どこかで全員分かっている。
勝ったけれど、楽勝ではない。
あれだけやって、差はわずかだった。
だから、浮かれきれない。
それでも、最初に空気を壊したのはNinaだった。
「で」
wataが嫌な予感の顔をする。
「何?」
Ninaは、にこにこしている。
「WAVEの話なんですけど」
wataは箸を止めた。
「聞こえへんな」
EGUIが即座に言う。
「逃げるな」
mcRCも笑う。
「逃げるな」
BEEFが短く言った。
「業務ではない」
テーブルが一瞬止まり、次の瞬間に笑いが弾けた。
Ninaが手を叩く。
「出た!」
Miwaは、タオルを膝の上で握りしめている。
「ずっと言いたかったんですけど」
wataが眉を上げる。
「やめとけ」
Miwaは真剣だった。
「コンビニ前のカップルを見て、彼女が彼氏の腕に手を回してるのを見て」
mcRCの顔が、わずかに固まる。
Ninaがにやにやする。
Saraは静かに見ている。
Kateは少しだけ視線をそらした。
Yuiは表情を変えない。
Miwaは続けた。
「俺の腕も空いてるぞって……」
mcRCが両手で顔を覆った。
wataが吹き出す。
EGUIが口元を押さえる。
natsuが真面目な声で言う。
「空いてたんだ」
mcRCが呻く。
「やめてくれ」
renaが笑いながらも優しく言う。
「でも、あそこはすごく見えたよ」
shihoも頷いた。
「景色があった。ダサいけど、悪くなかった」
mcRCが顔を上げる。
「ダサいは確定なんや」
Ninaが笑う。
「確定です」
Yuiが淡々と言う。
「ダサさ評価、安定」
mcRCがテーブルに伏せそうになる。
「勝った夜にこんなに刺されることある?」
EGUIが短く言う。
「ある」
wataがすぐ乗る。
「お前の腕の話やろ」
mcRCがwataを見る。
「お前は次に来るからな」
その時、Kateが急に前のめりになった。
「でも、部長」
mcRCが顔を上げる。
「ん?」
Kateは、完全に仕事の仮面を外した顔でにこにこしていた。
「今だと、選び放題ですよ?」
その瞬間、テーブルが止まった。
Miwaが固まる。
Ninaの目が輝く。
SaraがKateを見る。
Yuiは無表情のまま、少しだけ姿勢を正す。
rena、shiho、natsuも一斉にmcRCを見た。
mcRCは、即座に首を横に振った。
「選べる立場じゃないわい」
wataが口を押さえる。
mcRCは続ける。
「俺如きが」
Kateが、待ってましたという顔で指を鳴らした。
「出た」
Ninaが続く。
「相変わらずの自己肯定感の低さ」
Yuiが淡々と言う。
「地表下」
Miwaが、小さく呟く。
「煙未満……」
mcRCがMiwaを見る。
「どゆこと?」
Miwaは少し慌てた。
「あ、前にたまに言ってました。『俺なんて、煙以下の価値しかない』って」
wataが顔をしかめる。
「痛いわ」
EGUIが低く言う。
「卑下しすぎやろ」
Kateが腕を組む。
「謙り方が、地の底なんですよね」
Ninaが頷く。
「地底謙遜」
Yuiが言う。
「自己評価、地下圏」
mcRCは両手を上げた。
「待って。飯の席で俺の自己肯定感を採掘するな」
natsuが首を傾げる。
「煙以下って、もう風に負けてる」
wataが爆笑した。
「風の人からの判定、厳しい!」
renaが笑いをこらえる。
shihoも肩を震わせている。
Miwaは、少しだけ勇気を出したように言った。
「言ってくれたら、あたしが腕に行きますよ?」
テーブルが凍った。
mcRCの目が見開かれる。
Miwa自身も、自分で言ったあとに顔を真っ赤にした。
Ninaが一瞬で前のめりになる。
Kateが口元を押さえる。
Saraが「Miwaさん」と言いかけて、止まる。
Yuiが淡々と口を開いた。
「あ、だめ」
Miwaが一瞬でYuiを見る。
「早い!」
Ninaが笑い崩れる。
「Yuiちゃん、審判早い!」
wataが手を叩く。
「今のは速かった!」
EGUIも珍しく笑っている。
BEEFが水を飲みながら言った。
「事故る」
Saraが冷静に頷く。
「事故ります」
KateがMiwaの肩を軽く叩く。
「気持ちは分かりますが、腕への突入は申請制です」
Miwaが真っ赤なまま言う。
「申請しません!」
natsuが真顔で言う。
「ハーレム?」
全員が一斉にnatsuを見た。
natsuは、悪気ゼロの顔だった。
「違う?」
Ninaが机に伏せた。
「違うけど、言葉が強い」
renaが慌てる。
「natsu」
shihoが笑いをこらえながら言う。
「今のは、かなり風が強かった」
natsuは少し考える。
「突風だった」
Yuiが頷く。
「好きです。その自己評価」
BEEFが低く言う。
「話を戻せ」
wataが笑いながら言う。
「戻す場所、どこやねん」
mcRCは顔を覆ったまま言った。
「俺は今、消えたい」
Kateが即座に言う。
「煙以下になるのは禁止です」
Ninaも続く。
「今日は勝者なので」
Miwaはまだ顔を赤くしたまま、小さく言う。
「すみません……」
mcRCが顔を上げて、少しだけ柔らかく笑った。
「いや、ありがとう。気持ちだけ受け取る」
Miwaは固まった。
Ninaが小さく言う。
「今のはずるい」
Yuiが言う。
「受領処理、完了」
Miwaはタオルで顔を隠した。
「やめて……」
そこでNinaが、wataの方を見た。
「で、wataさん」
wataが身構える。
「何が」
Ninaは、少しだけ首を傾けた。
「でん、そんなにまずいですか?」
wataが、ぱっと顔を上げる。
「ほら!」
EGUIがwataを見る。
「ほら、ではない」
Kateが言う。
「言い方の問題はあります」
Saraも頷く。
「雑に扱えばアウトです」
Ninaは笑う。
「でも、曲としては普通に笑えました。男って単純ね、とは思いましたけど」
wataが胸を押さえる。
「それ、褒めてる?」
natsuが言う。
「かわいいと思った」
wataが止まった。
BEEFが水を飲む手を止める。
mcRCがwataを見て笑う。
「かわいい言われてるぞ」
wataは咳払いした。
「いや、そこは受け取り方が難しい」
shihoが少し笑う。
「でも、戻ってきたから笑えたんだと思う」
renaが頷く。
「ただ目線が行ってしまう、ということを隠していないのは、正直だなって」
Miwaが、恐る恐る言う。
「部長も、好きですか?」
mcRCがむせた。
EGUIが水を差し出す。
wataが爆笑する。
「お前に飛んだ!」
mcRCは水を飲みながら言う。
「何の確認やねん!」
Miwaは顔を赤くして慌てる。
「違います!一般論です!男性としてというか、歌詞としてというか!」
Yuiが淡々と言う。
「一般論、四回目」
NinaがMiwaの肩を叩く。
「もう一般論で逃げ切るの無理だよ」
Kateが少し笑いながら言う。
「Miwaさん、深追い禁止です」
natsuが真顔で言う。
「でも、答えは気になる」
mcRCが頭を抱える。
「natsuまで」
BEEFが短く言った。
「好き嫌いじゃなくて、見るだろ」
全員がBEEFを見た。
BEEFは顔色ひとつ変えない。
「目に入るものは入る。そこで終わるか、雑に扱うかは別だ」
一瞬、テーブルが静かになった。
wataが、ゆっくりBEEFを見る。
「……お前が一番ちゃんと言うやん」
EGUIが頷く。
「正論」
Ninaが感心したように言う。
「BEEFさん、たまにめちゃくちゃまともですね」
BEEFは箸を持ち直す。
「たまに言うな」
Saraが、静かに言う。
「今の整理は、とても正確でした」
BEEFがSaraを見る。
「お前も乗るな」
Saraは涼しい顔で返す。
「評価です」
BEEFは、少しだけ視線を外した。
「いらん」
Ninaがにやにやする。
「照れてる」
BEEFは即答した。
「違う」
EGUIが言う。
「早い時は図星」
BEEFは黙った。
そこから、Holidayの話に移った。
Kateが、少しだけ表情を柔らかくして言う。
「置いてかないで Holidayは、全員に刺さったと思います」
EGUIが頷く。
「俺も刺さってる」
wataが笑う。
「本人が刺さるな」
EGUIは真顔で言った。
「休みの前だけは強い」
全員が沈黙した。
そして、同時に笑った。
renaが言う。
「予定だけは立てるよね」
shihoも頷く。
「部屋を片づける予定、練習する予定、全部ある」
natsuが言う。
「休みの前の日は、未来の自分が強い。休みに入ると、未来の自分はだいたい行方不明になる」
Yuiが静かに言う。
「好き。その失踪表現」
natsuがうれしそうに頷いた。
「未来の自分、すぐ消える」
Ninaが笑う。
「natsuちゃん、短いけど深いこと言うね」
shihoが言う。
「短いというより、風みたいに急に来る」
natsuは、少しだけ考えて言った。
「風は、説明しすぎると止まるから」
Yuiが言う。
「好きです」
wataが横から言う。
「Yuiちゃん、今日めっちゃ好き言うやん」
Yuiは真顔で答える。
「良い表現が多いので」
mcRCが笑う。
「これはこれで名コンビやな」
BEEFがササミを食べながら言った。
「食え」
EGUIが頷く。
「食いながら話せ」
そのあとも、しばらく食事会は笑いで進んだ。
SUNNY DRIVEは強かった。
観客評価で負けたのは課題だ。
でも、三曲構成で勝てたのは大きい。
そんな話をしながらも、誰かがふと「布団は強い」と言い、また笑いが戻る。
勝った夜だった。
ちゃんと祝っていい夜だった。
けれど、料理の皿が一つ空いた頃。
Saraのスマホが震えた。
続いて、Kateのスマホも光る。
大会公式からの通知だった。
Kateが画面を見る。
少しだけ、表情が変わった。
Ninaが気づく。
「どうしました?」
Kateは、すぐには答えなかった。
画面をもう一度確認する。
Saraも、自分のスマホを見て、同じように息を止めた。
Miwaが不安そうに言う。
「次の相手、出ました?」
Kateが頷く。
「出ました」
テーブルの笑いが、少しずつ止まった。
BEEFが、箸を置いた。
その動きが、妙に重かった。
wataが気づく。
「……何、その反応」
Kateが画面をテーブルの中央へ向ける。
そこには、次戦カードが表示されていた。
Reverse Crown
vs
MIRROR LINE
一瞬、誰も喋らなかった。
さっきまでの笑いが、全部テーブルの下へ落ちたみたいだった。
mcRCが、画面を見たまま言う。
「ミラーライン」
EGUIが低く言う。
「聞いたことある」
wataが、少し眉を動かす。
「……よりによって、そこか」
Ninaが小さく聞く。
「強いんですか」
答えたのは、BEEFだった。
「強い」
短い。
でも、それだけで十分だった。
BEEFがこういう時に大げさに言うタイプではないことを、全員もう知っている。
mcRCがBEEFを見る。
「知ってるのか」
BEEFは頷く。
「知ってる。相当ベテランだ。大会慣れしてる。ライブも強い。音も固い。客の扱いも分かってる」
wataが、ゆっくり息を吐く。
「優勝候補?」
BEEFは言った。
「候補の一つだな」
テーブルの空気が、さらに重くなる。
Miwaが、画面を見ながら小さく言う。
「ミラーライン……」
Saraが、公式プロフィールを開く。
「三人組ですね」
Yuiが画面を覗く。
「役割分担あり」
Kateが、ゆっくり読む。
「一人目が場面を作るタイプ。二人目が技巧と音のタイプ。三人目がメッセージを通すタイプ」
Ninaが顔を上げる。
「……リバクラに似てません?」
その言葉で、テーブルが静かになった。
似ている。
完全に同じではない。
リバクラの模倣でもない。
むしろ、向こうの方がずっと前からその形を磨いている。
ざっくり言えば、同じ山の先を歩いている先輩ベテラン。
役割分担があり、場を作り、音で走り、言葉で締める。
ただし、積み上げてきた年数も、ライブ経験も、完成度も違う。
wataが、少し苦い顔で言った。
「上位互換って言うと、同じすぎるな」
BEEFが頷く。
「同じじゃない。パクリでもない。ただ、お前らが今やろうとしてることを、あいつらはかなり前から別の形でやってる」
mcRCが、画面から目を離さない。
BEEFは続ける。
「だから、ざっくり言えば、先輩ベテランの完成形に近い。見た目の役割は似てる。けど、中身は向こうの積み上げがある」
EGUIが低く言う。
「嫌な相手やな」
BEEFは短く答える。
「一番嫌な相手だ」
wataが口の端だけ上げる。
「完成度で比べたら?」
BEEFは即答した。
「不利だな」
その言葉は、静かに落ちた。
でも、嘘ではなかった。
BEEFは、そういうところで慰めない。
Miwaの手が、テーブルの下でタオルを握った。
Ninaも黙る。
Kateは画面を見つめている。
Saraは、追加情報を開こうとして、手を止めた。
Yuiは静かに言った。
「類似構造。経験値は相手が上。ただし同一構造ではない」
wataが笑おうとする。
でも、うまく笑えない。
「きっつ」
mcRCは、画面から目を離さない。
自分たちに似ている。
でも、相手の方が経験がある。
それは、ただ強い相手より嫌だった。
自分たちが武器だと思っているものを、相手も持っている。
しかも、長く磨いている。
EGUIが、低く言った。
「同じことしたら、負けるな」
BEEFが即答する。
「負ける」
その言葉に、テーブルが沈む。
けれど、BEEFは続けた。
「だからって、今ここで焦って全部変えるな」
wataがBEEFを見る。
「どっちやねん」
BEEFは、wataを見返す。
「相手が似てるからって、自分らを捨てたら、それこそ負ける」
mcRCが顔を上げる。
BEEFは、言葉を選ばずに続けた。
「お前らはお前らのことをやれ。ただし、相手は相当強い。しかも、自分たちの鏡みたいに見える瞬間がある。そこだけは覚えとけ」
重い。
でも、必要な言葉だった。
ここで、renaが静かに口を開いた。
「完成されている音って、綺麗です」
全員が、ReShiNaの方を見る。
今度は、BEEFではなく、音楽家の声だった。
renaは、手元のグラスに視線を落としたまま続けた。
「綺麗な音は、すごく強いです。隙がなくて、迷いがなくて、聴いていて安心する。そういう音は、もちろん届きます」
shihoが、ゆっくり頷いた。
「でも、完成されすぎていると、聴く側が入り込む隙間が少ない時もあります」
wataが、少しだけ顔を上げる。
shihoは言葉を選ぶように続けた。
「うまい、すごい、綺麗。そう思うのに、自分の場所がそこにないように感じることがあるんです」
renaが頷く。
「私たちは、それをたぶん、前はあまり考えていませんでした」
テーブルが静かになる。
renaの声は、柔らかい。
でも、いつもより少し深かった。
「私たちは、内にこもっていたところがありました。自分たちの音の中にいて、そこを守っていて。もちろん、それも大事だったんですけど……」
shihoが、そっと引き取る。
「でも、それだけでは届かないことがあると、リバクラさんたちに教えてもらった気がします」
mcRCは、何も言わなかった。
wataも、箸を持つ手を止めている。
EGUIは、静かに聞いていた。
renaが、少しだけ顔を上げる。
「なんで、あんなに頑なだった私たちに響いたんだろうって、今日もずっと考えていました」
shihoが言う。
「リバクラさんたちは、完璧に綺麗な音で開けたわけじゃない。むしろ、少し不器用で、少しダサくて、でも、その分こちらが入れる隙間があった」
renaが続ける。
「見ている人の場所を、ちゃんと残していたんだと思います」
natsuは、フルートケースを指先で軽くなぞった。
「入り口があった」
renaが頷く。
「うん。入り口があった」
shihoは、ミラーラインの名前が映った画面を見る。
「だから、次は音楽家としてちゃんと見ます。ミラーラインさんがどう届くのか。リバクラさんがどう届くのか」
その言葉に、テーブルの空気が変わる。
それは、対策ではない。
評価でもない。
でも、ReShiNaが今、自分たちの感受性で何かを見ようとしていることは分かった。
renaが少しだけ笑う。
「今日は……ファンとしても、見てましたけど」
Miwaが息を止める。
「ファンとして……」
renaは少し顔を赤くした。
「はい。音楽家として興味もありました。でも、それだけじゃなくて」
shihoも、少しだけ視線を落とす。
「楽しかったです。悔しいくらい」
wataが、照れたように笑う。
「それは嬉しいな」
EGUIが頷く。
「うん」
natsuがぽつりと言った。
「耳は疲れた。でも、心は残った」
Yuiがすぐ言う。
「好きです」
natsuはYuiを見た。
「ありがとう」
BEEFは、黙って水を飲んだ。
けれど、その目だけは少しだけReShiNaを見ていた。
Saraが静かに言う。
「情報整理は、明日にしましょう。今日は勝利後の回復を優先です」
Kateも頷く。
「はい。今、必要以上に不安を増やす必要はありません」
Ninaが言う。
「そうそう。今日は食べよう」
Miwaが、少しだけ力を込めて言った。
「次も、ちゃんと応援します」
mcRCが微笑む。
「ありがとう」
Miwaはすぐにタオルを見る。
「はい」
wataがニヤニヤする。
「Miwaちゃん、今のは腕空いてる系?」
Miwaが固まる。
Ninaが笑う。
Kateが「wataさん」と静かに言う。
Saraも微笑んでいる。
EGUIが短く言った。
「業務ではない」
また笑いが起きた。
BEEFが、皿を少し寄せながら言う。
「次、笑ってられねえぞ」
その声で、笑いは少しだけ落ち着く。
BEEFは続けた。
「でも、今は食え。明日考えろ」
mcRCが頷いた。
「そうする」
wataも箸を取る。
「自分らのことをやるだけやな」
EGUIが言う。
「それしかない」
BEEFは言った。
「同じことはするな。でも、自分らを捨てるな」
mcRCが、ゆっくり頷いた。
「了解」
その返事は、明るくはなかった。
でも、逃げてもいなかった。
テーブルには、また少しずつ音が戻ってきた。
箸の音。
グラスの音。
笑い声。
少し低くなった相談の声。
そして、時々沈む沈黙。
その沈黙の中に、次の相手の名前がある。
MIRROR LINE。
自分たちに似ている相手。
でも、同じではない。
同じ山を、もっと前から登ってきた先輩ベテラン。
大会の山場。
たぶん、今までで一番嫌な相手。
でも、今日はまだ勝利飯だった。
不安はある。
怖さもある。
けれど、ここで全部を決める必要はない。
mcRCは、温かい汁物を一口飲んだ。
少しだけ、身体が戻る。
wataは、肉を取りながら言う。
「まあ、やるしかないか」
EGUIが頷く。
「やるしかない」
BEEFは黙ってササミを食べていた。
natsuがそれを見て、小さく言う。
「暴れ牛、ササミで鏡を見る」
BEEFが顔を上げる。
「だから見るな」
Yuiが淡々と言う。
「好きです、その備え方」
BEEFは、今度こそ返事をしなかった。
店の外では、まだ観客の声が残っていた。
「次、リバクラどこと当たるんだろ」
「MIRROR LINEらしいぞ」
「うわ、そこ?」
「山場じゃん」
その声は、店の中までは届かない。
けれど、空気だけはもう、確かに変わっていた。
Reverse Crownの次の相手は、鏡だった。




