5-3-4 置いてかないで Holiday
BEEFが、ターンテーブルの前で一度だけ指を鳴らした。
WAVEの拍手は、まだ続いている。
街の波。
海の波。
音の波。
ダサさも、欲も、迷いも、全部ひとつの波にしたあとで、会場は少しだけ前のめりになっていた。
次を待っている。
さっきまで「リバクラって何?」と見ていた人まで、もう少しだけ見たい顔になっている。
BEEFは、その顔を逃がさなかった。
青く揺れていた照明が、ゆっくり変わる。
海の青が引いていく。
かわりに、少しだけ黄色い光が混じる。
昼でもない。
夜でもない。
休日の夕方。
まだ明るいのに、もう一日が終わり始めている、あの嫌な色だった。
BEEFがキックを小さく落とす。
ドン。
派手ではない。
でも、胸の奥に落ちる。
mcRCがマイクを下げ気味に持った。
wataが隣で、少し笑う。
EGUIは客席を見る。
さっきまで笑っていた客席の顔に、少しだけ警戒が走った。
「なんか、嫌な予感する」
「夕方の音した」
「休み終わる音じゃない?」
「やめろ」
「まだやめろ」
BEEFが、短いピアノみたいな音を鳴らした。
ぽん。
それだけで、会場のあちこちから小さな悲鳴が出た。
「日曜の夕方だ」
「これ日曜の夕方だ」
「やめてくれ」
「まだ土曜でいてくれ」
サングラスの五人組の席で、Miwaがタオルを握りしめた。
「この音、嫌です」
Ninaが笑いながら頷く。
「嫌な安心感ある」
Kateがステージを見たまま言う。
「楽しい休日の終わりの音ですね」
Saraが静かに続けた。
「まだ何もしていないのに、終わりが近づいてくる感じ」
Yuiが淡々と言う。
「休日残量、低下」
Miwaが顔をしかめる。
「やだ、その言い方」
少し離れた席で、楽器ケースを抱えた三人も、音を聴いていた。
アコギケースの子が、小さく言う。
「これ、夕方」
バスクラケースの子が頷く。
「外は明るいのに、心が暗くなる時間」
細長いケースの子がぽつりと言った。
「風が帰りたがってる」
「それ、すごく嫌」
「でも、ある」
BEEFが、クラップを薄く入れる。
パン。
間を空けて、もう一度。
パン。
急がない。
焦らせるために、急がない。
wataがマイクを軽く握り直す。
「これ、刺さるやつやな」
EGUIが短く返す。
「刺す」
mcRCが笑う。
「優しくな」
BEEFが後ろで言った。
「優しく刺せ」
客席の一部が笑った。
「優しく刺すな!」
「刺す時点で優しくない!」
「でも刺される準備できてる!」
その笑いの中で、三人が前に出た。
三曲目。
置いてかないで Holiday。
フックから入る。
≫ Don’t leave me, holiday
≫ まだ待ってよ one more day
≫ カレンダーだけ runaway
≫ 俺だけまだ yesterday
会場の反応は、速かった。
「うわ」
「もう嫌」
「タイトルで負けた」
「カレンダーだけ runaway、ほんまそれ」
「俺だけまだ yesterday、刺さる」
SUNNY DRIVEのファンの一人が、笑いながら頭を抱える。
「夏の曲なのに、急に休日が逃げる曲きた」
隣が言う。
「でも分かる。夏って逃げる」
「休みって逃げる」
「カレンダーはマジで逃げる」
フックは続く。
≫ 置いてかないでよ
≫ 時間に逆らいたい
≫ 明日やろうって言ってたら
≫ 今日がもう終わりみたい
客席のあちこちから、苦い声が上がった。
「明日やろう、言った」
「それ毎週言ってる」
「今日がもう終わりみたい、やめろ」
「ほんとに終わるんだよ」
リバックラインの席で、Ninaが頷く。
「これは男女関係なく分かりますね」
Miwaが小さく言う。
「明日やろうって、本当に言います」
Kateが苦笑する。
「休みの前は、予定だけは立てますからね」
Saraが言う。
「でも実行前に時間が溶ける」
Yuiが淡々と続ける。
「予定立案能力と実行能力の乖離」
Miwaが横を見る。
「今は真面目に刺さってるから、やめて」
Yuiは少しだけ頷いた。
「了解」
さらにフックが落ちる。
≫ Don’t leave me, holiday
≫ まだなんもしてないぜ
≫ 楽しむ予定だけ立てて
≫ 寝転んで end of day
ここで会場が爆笑した。
でも、笑いの下に痛みがある。
「寝転んで end of day!」
「俺の休日や!」
「予定だけ立てるのやめろ!」
「計画中が一番楽しいんだよ!」
「起きたら夕方なんだよ!」
BEEF勢の男が、腕を組んだまま低く笑う。
「これは強いな」
隣が言う。
「誰でも食らう」
「予定だけ立てて寝転ぶ、リアルすぎる」
「派手な言葉じゃないのに強い」
EGUIが、まだ歌っていないのに少しだけ口元を緩めた。
この曲は、泣かせに来ているようで、まず笑わせる。
でも、笑わせたあとで逃がさない。
最後のフック部分が刺す。
≫ 置いてかないでよ
≫ 季節だけ先に行く
≫ 俺のやる気 起きる前に
≫ 休みが先に消えてく
「あー!」
「やる気が起きる前に休み消える!」
「それ!」
「やる気って遅刻するよな」
「休みは早退する」
会場が、妙な一体感で笑った。
アコギケースの子が、耳栓越しに笑う。
「やる気が起きる前に、休みが消える」
バスクラケースの子が静かに頷く。
「すごく正しい」
細長いケースの子が言う。
「やる気は風待ち」
「休みは?」
「先に行く鳥」
「置いてかれるやつだ」
mcRCが前へ出る。
照明に、少しだけ春の色が入る。
夏の話なのに、春から始まる。
休日の始まり。
季節の始まり。
何かできそうな気がする、あの最初だけ強い時間。
mcRCの声が、少し明るくなる。
≫ 春の風が Tシャツを揺らす
≫ コンビニ前でもうアイスが似合う
≫ 新しい緑が道に light up
≫ なんか今日こそ外出たいな
「あ、春からだ」
「Tシャツとアイス、いいな」
「今日こそ外出たいな、分かる」
「その“今日こそ”が危ない」
リバクルーの一人が笑う。
「今日こそ、って言った日はだいたい危ない」
隣が返す。
「でも希望あるんだよ」
「希望だけはある」
ステージ奥には、緑がかった光が揺れる。
でも、爽やかすぎない。
窓を開けた部屋。
遠くから聞こえる声。
外ではもう誰かが休日を始めている。
mcRCが続ける。
≫ 窓開けたら BBQ smell
≫ どっかの庭から煙が wave
≫ 肉の匂いに心が jump
≫ でも俺の予定はまだ blank
会場が笑った。
「肉の匂い!」
「予定 blank!」
「外はBBQ、俺は空白!」
「悲しい!」
サングラスの五人組の席で、Miwaが胸元でタオルを握る。
「これはつらい」
Ninaが笑う。
「どこかの家のBBQの匂いって、休日感すごいよね」
Kateが頷く。
「自分が参加していない休日の象徴ですね」
Saraが言う。
「外の世界だけが進んでいる」
Yuiが淡々と足す。
「嗅覚による疎外感」
Miwaが笑う。
「言い方、でも合ってる」
mcRCのバースは、さらに人間臭くなる。
≫ ゴールデンウィーク 始まったばっか
≫ なのに二日寝たらもう真ん中
≫ ちょっと休むだけ そのはずだった
≫ スマホ見てたら夕方だった
会場が大きく反応した。
「うわあ!」
「二日寝たらもう真ん中!」
「スマホ見てたら夕方!」
「やめろ、俺のGW!」
「ちょっと休むだけ、ほんとそれ!」
BEEFが、そこでビートをほんの少しだけ抜いた。
客席の悲鳴を前に出す。
すぐにクラップを戻す。
パン、パン。
笑いをリズムに戻す。
mcRCは、さらに畳みかける。
≫ 後で行こう 後でやろう
≫ 後で誘おう 後で乗ろう
≫ その“後で”だけが積もってく
≫ 焼けた肉だけ風に乗る
「後で、が積もる!」
「後で誘おう、が一番ダメ!」
「焼けた肉だけ風に乗るの、悲しすぎる」
「俺は乗れてないのに肉の匂いだけ乗る」
Ninaが肩を震わせる。
「焼けた肉だけ風に乗る、絵が強い」
Kateが言う。
「本人は部屋にいるのに、匂いだけ届く」
Saraが続ける。
「外界との接点が匂いだけ」
Yuiが真顔で言う。
「参加権なし、嗅覚参加のみ」
Miwaが笑ってしまう。
「もうやめて、つらい」
アコギケースの子も、小さく笑っていた。
「嗅覚参加」
バスクラケースの子が頷く。
「それ、寂しいけど分かる」
細長いケースの子が言う。
「煙だけが友達」
「悲しすぎる」
mcRCの景色は、部屋の外へ少し広がる。
でも、本人はまだ部屋側にいる。
≫ 近所の子どもが自転車で ride
≫ 犬も楽しそうに tail high
≫ 俺は部屋着で coffee refill
≫ 外の世界だけ festival
会場の笑いがまた広がる。
「犬も楽しそう!」
「外の世界だけ festival!」
「部屋着で coffee refill、もうダメ」
「俺だけ観客にもなれてない」
BEEF勢の男が言う。
「mcRC、生活の置き方うまいな」
隣が頷く。
「子ども、犬、コーヒー、外のfestival。全部見える」
「地味なのに強い」
「こういうの、初見にも届くな」
mcRCは、最後に少しだけ焦りを乗せる。
≫ やばい まだ本気出してない
≫ 遊びの扉も開けてない
≫ 気づけば休みが背中向ける
≫ おいおい待って 俺も連れてけ
「俺も連れてけ!」
「休みが背中向ける!」
「分かる、休みって背中向ける!」
「待ってくれないんだよ!」
サングラスの五人組も、もう普通に笑っていた。
Miwaがタオルを握る。
「これは分かります」
Ninaがすぐ言う。
「これは分かるでいいやつ」
Kateが笑う。
「はい。これは共有できます」
Saraが頷く。
「休日に置いていかれる感じは、みんなあります」
Yuiが言う。
「休日擬人化、逃走中」
Miwaが笑いながら首を振る。
「逃げないで」
プレフックに入る。
mcRCの声が、少しだけ切なくなる。
≫ 半袖の日が増えたのに
≫ 俺の予定は長袖のまま
≫ 始まりの季節だったのに
≫ 終わりの気配が肩叩く
会場の笑いが、少しだけ静かになった。
「予定は長袖のまま、いいな」
「季節は進んでるのに、自分だけ準備できてない感じ」
「肩叩かれるの嫌だ」
「終わりの気配、早すぎる」
アコギケースの子が言う。
「予定が長袖のまま、いい言葉」
バスクラケースの子が頷く。
「身体だけ春に追いつけてない」
細長いケースの子がぽつりと言う。
「風は半袖を知ってる」
「今日の風の人、ちょっと詩人」
「たぶん曲のせい」
フックへ戻る。
≫ Don’t leave me, holiday
≫ まだ待ってよ one more day
≫ カレンダーだけ runaway
≫ 俺だけまだ yesterday
今度は、客席が最初より声を出した。
「Don’t leave me!」
「まだ待って!」
「one more day!」
笑いながら、少し悲鳴みたいな声で。
≫ 置いてかないでよ
≫ 時間に逆らいたい
≫ 明日やろうって言ってたら
≫ 今日がもう終わりみたい
wataが前に出る。
照明が変わる。
春の緑が引いて、強い夏の色になる。
ただし、楽しい夏ではない。
暑すぎる夏。
駅前の照り返し。
汗。
人混み。
浴衣。
祭りの光。
自分だけ通常運転。
wataの声は軽く跳ねる。
でも、言葉はかなり現実的だった。
≫ 夏休み? それ学生用
≫ 俺の夏はただ灼熱仕様
≫ 出勤して退勤して週末希望
≫ でも人混み満タンで即終了
会場がすぐ笑った。
「夏休みは学生用!」
「社会人の夏、それ!」
「週末希望、即終了!」
「人混み満タン、ほんま無理!」
BEEF勢の男が笑う。
「wata、現実えぐいな」
隣が言う。
「韻が硬いのに言ってること普通に悲しい」
「学生用、灼熱仕様、週末希望、即終了」
「語尾の畳み方がうまい」
「でも内容はただの社会人の悲鳴」
wataはさらに行く。
≫ 駅前 浴衣 祭りの光
≫ 俺は汗だく シャツ張りつき
≫ 海行きたい でも渋滞きつい
≫ 花火見たい でも駐車場無理
会場が一気に盛り上がる。
「駐車場無理!」
「リアル!」
「浴衣見てるだけ!」
「シャツ張りつき、やめろ」
「海行きたいけど渋滞きつい、分かる!」
リバックラインの席で、Ninaが笑う。
「この現実感すごい」
Miwaが頷く。
「行きたい気持ちはあるのに、全部めんどくさいやつ」
Kateが言う。
「夏のイベントは、楽しむ前にハードルが高いですからね」
Saraが続ける。
「移動、混雑、駐車場、体力」
Yuiが淡々とまとめる。
「夏イベント実行コスト過多」
Miwaが笑う。
「楽しそうじゃなくなる言い方」
「でも、合ってる」
wataのテクニカルな部分が、ここからさらに強くなる。
≫ 灼熱 着席 欠席の絶景
≫ 予定は未設定 体力は劣勢
≫ 冷房直撃 寝落ちで形成
≫ 気づけば八月 終盤へ前傾
客席の中で、音に反応する人が増えた。
「灼熱、着席、欠席、絶景!」
「未設定、劣勢、形成、前傾!」
「語尾が気持ちいい!」
「でも言ってること終わってる!」
BEEF勢の男が、思わず少し前のめりになった。
「ここ、韻やばい」
隣が頷く。
「意味も全部休日敗北なのに、音が勝ってる」
「灼熱で着席して欠席の絶景って、なんやねん」
「でも見える。外行けずに座ってる絵」
「冷房直撃、寝落ちで形成もリアル」
サングラスの五人組の席で、Yuiが珍しく少し早口になる。
「短語の連続で、夏に負ける過程を圧縮しています」
Miwaが驚く。
「Yuiちゃん、速い」
Saraが頷く。
「単語だけで場面が進んでいますね」
Kateが言う。
「テンポがあるのに、内容は体力負け」
Ninaが笑う。
「wataさん、夏に負けてるのにラップでは勝ってる」
ステージでは、wataがさらに現実を刺す。
≫ 街はちょっと浮ついてる
≫ 店のBGMも夏してる
≫ ラムネ かき氷 サンダルの音
≫ 俺だけ仕事で通常モード
会場の社会人らしき層が、かなり反応した。
「通常モード!」
「周りだけ夏してるの嫌!」
「店のBGMだけ夏、分かる」
「ラムネ、かき氷、サンダルの音、俺は仕事!」
「悲しい!」
アコギケースの子が言う。
「音だけ夏なのに、本人は仕事」
バスクラケースの子が頷く。
「BGMだけ先に行く」
細長いケースの子がぽつりと言う。
「風鈴が遠い日」
「それ、ちょっと綺麗」
「でも悲しい」
wataは、まだ終わらない。
≫ せめて土日で巻き返す
≫ そう言いながら昼まで寝かす
≫ 起きたら太陽もう強すぎる
≫ 外出る前から心が散る
会場から、共感の悲鳴が上がった。
「昼まで寝かす!」
「巻き返せない!」
「太陽強すぎる!」
「外出る前から心が散る、めっちゃ分かる!」
Ninaが手で顔を隠した。
「これ、すごく嫌です」
Miwaが笑う。
「嫌だけど、分かるやつ」
Kateが言う。
「朝から動けばよかった、と思う時間ですね」
Saraが頷く。
「でも起きた時点で暑すぎる」
Yuiが淡々と言う。
「行動開始前の戦意喪失」
Miwaが即返す。
「そう、それ」
wataの夏は、さらに遠のく。
≫ お盆くらいは目を外したかった
≫ カレンダー赤に夢を足したかった
≫ でも洗濯 掃除で日が沈んだ
≫ 夏の背中が遠くににじんだ
ここで、少し笑いが落ち着く。
「洗濯、掃除で日が沈むの、リアルすぎる」
「赤い日に夢を足す、いいな」
「夏の背中が遠い」
「休日って生活に食われるよな」
BEEFが、ビートを少しだけ薄くする。
wataの言葉が、前に出る。
ふざけているようで、ちゃんと寂しい。
イベントに行けなかった。
夏らしいことをしていない。
でも遊んでいないわけではなく、生活に時間を使った。
それも人間だった。
最後にwataが、夏そのものへ言う。
≫ 行かないで summer
≫ まだ俺なんもしてない
≫ 焼けた肌もない
≫ ただ日焼け止め買っただけじゃない
会場が大きく笑った。
「日焼け止め買っただけ!」
「準備だけ!」
「夏らしいことゼロ!」
「買ったのに使ってない!」
「ある!」
Miwaが笑いながらタオルを握る。
「日焼け止め買っただけは、見える」
Ninaが頷く。
「準備だけして満足するやつ」
Kateが言う。
「Summer Signalから続いていますね。準備はするんです」
Saraが続ける。
「でも実行が追いつかない」
Yuiが言う。
「準備偏重、実行不足」
Miwaが笑う。
「今日はYuiちゃんが刺してくる」
wataのプレフック。
≫ セミの声だけ急かしてくる
≫ 俺の気持ちは逆再生
≫ 夏の終わりに抗って
≫ コンビニアイスで延命中
客席がまた反応する。
「コンビニアイスで延命中!」
「夏の延命、それ!」
「セミだけ急かしてくるの嫌!」
「気持ちは逆再生、うまい」
BEEF勢の男が言う。
「wata、テクいのに生活感あるな」
隣が頷く。
「コンビニアイスで延命中は強い」
「夏の終わりに抗う手段がアイスなの、弱いけどいい」
「そこが人間臭い」
フックへ戻る。
≫ Don’t leave me, holiday
≫ まだ待ってよ one more day
≫ カレンダーだけ runaway
≫ 俺だけまだ yesterday
会場の声が、さらに増えた。
さっきよりはっきり、フックが返る。
「Don’t leave me!」
「holiday!」
≫ 置いてかないでよ
≫ 時間に逆らいたい
≫ 明日やろうって言ってたら
≫ 今日がもう終わりみたい
「今日がもう終わりみたい!」
「やめろ!」
「もう終わってる!」
≫ Don’t leave me, holiday
≫ まだなんもしてないぜ
≫ 楽しむ予定だけ立てて
≫ 寝転んで end of day
客席は笑いながら、でももう完全に入っていた。
この曲は、かっこいい曲ではない。
休日に負ける曲だ。
でも、負け方があまりにも自分たちだった。
EGUIが前に出る。
照明が変わる。
夏の強い色が落ちて、少し澄んだ冬の光が入る。
年末年始。
一年の終わり。
新しい年。
変われる気がする、一番危ない時間。
客席の一部が、もう察した。
「正月だ」
「やばい」
「これは刺さる」
「年始の予定の話くるぞ」
EGUIは、まっすぐ入る。
≫ 仕事納め やっと終わった
≫ 今年の俺はよく頑張った
≫ 年明けからは変わる予定
≫ 朝から起きて神社へ行く予定
会場がすぐに笑った。
「予定!」
「予定の時点で危ない!」
「神社へ行く予定!」
「年明けから変わる予定、毎年言う!」
リバックラインの席で、Kateが少し目を細める。
「年始は危険ですね」
Ninaが頷く。
「変われる気がするんですよね」
Miwaが笑う。
「朝から神社、行けたことないかも」
Saraが言う。
「予定としては美しいです」
Yuiが続ける。
「実行確率、低め」
Miwaが横を見る。
「刺さるからやめて」
EGUIはさらに理想を積み上げる。
≫ 心を整え 生活も変える
≫ スマホを見る時間も減らせる
≫ 部屋も片づけ 筋トレもやる
≫ 新しい俺に生まれ変わる
客席が沸いた。
「全部言う!」
「スマホ減らせる、無理!」
「部屋片づけ、筋トレ、全部セット!」
「新しい俺、毎年いる!」
「生まれ変わる予定だけはある!」
BEEF勢の男が笑う。
「EGUI、直球で刺してくるな」
隣が言う。
「言葉が簡単なぶん逃げられない」
「新しい俺に生まれ変わる、全員言ったことある」
「ある」
EGUIの声が、少しだけ落ちる。
ここから現実が来る。
≫ そう思って寝たおおみそか
≫ 気づけばがんたんの昼でした
≫ はつひのでなんか見てません
≫ 布団の中で年を越してません?
会場が爆発した。
「昼でした!」
「初日の出見てません!」
「布団の中!」
「年越してません?じゃねえ!」
「俺だ!」
Ninaが笑いながら顔を押さえる。
「これはひどい」
Miwaも笑っている。
「でも、分かる」
Kateが頷く。
「元旦の昼は、独特の敗北感があります」
Saraが静かに言う。
「新年の清さに、自分が追いついていない感じ」
Yuiが言う。
「初期設定変更失敗」
Ninaが吹き出した。
「元旦を初期設定って言わないで」
EGUIは容赦なく続ける。
≫ おせちを食べて もちを食べて
≫ テレビを見ながらまた寝て
≫ 明日からやる 本気でやる
≫ その明日が来てもまた寝てる
客席から、また悲鳴。
「また寝てる!」
「明日からやる、本気でやる!」
「明日が来ても寝てる!」
「これ以上やめろ!」
アコギケースの子が、小さく笑った。
「これ、かわいいけど情けない」
バスクラケースの子が頷く。
「おせち、もち、テレビ、寝る。完璧な敗北」
細長いケースの子が言う。
「ふとんの重力」
「それは強い」
「正月の布団は重い」
EGUIの声に、少しだけ苦さが混じる。
≫ いつも通りの自分がいる
≫ 変わりたいのにだらけている
≫ 休みがあれば変われるなんて
≫ 少し甘かったと気づいている
笑いが少し落ち着いた。
ここは、刺さる。
休みがあれば変われる。
時間さえあれば。
まとまった休みさえあれば。
年が変われば。
環境が変われば。
今度こそやれる。
でも、休みがあっても、自分が動かなければ変わらない。
それに気づいている。
でも、気づいたからといって、急に強くなれるわけでもない。
会場が静かになる。
Miwaが小さく言った。
「ここ、痛い」
Ninaが頷く。
「休みがあれば変われるって、思う」
Kateが言う。
「時間だけでは変わらない、ということですね」
Saraが静かに続ける。
「でも、そこで責めきらないのがいいです」
Yuiが淡々とまとめる。
「自己理解に到達。ただし自己否定には落とさない」
Miwaが頷いた。
「それ」
EGUIは、最後に人間臭さへ戻る。
≫ でも笑えるほど俺らしい
≫ 情けないほど人間らしい
≫ 正月の空は澄んでるのに
≫ 俺の部屋だけ昨日のまま
会場が、少し遅れて拍手に近い反応をした。
「いい」
「情けないほど人間らしい、いい」
「正月の空と部屋の差、見える」
「昨日のままの部屋、つらい」
「でも責められてない」
BEEF勢の男が、静かに言う。
「EGUI、こういうの強いな」
隣が頷く。
「まっすぐなのに、説教じゃない」
「笑えるほど俺らしい、で救ってる」
「情けないほど人間らしい、はいいな」
EGUIのプレフック。
≫ 時間は待ってくれない
≫ それでも待ってほしい
≫ 置いていかれた大人が
≫ 布団の中で叫んでる
会場のあちこちから声が漏れた。
「大人が布団で叫んでる!」
「俺だ!」
「時間、待ってくれ!」
「休み、戻ってこい!」
細長いケースの子が、ぽつりと言った。
「布団の中の叫び、聞こえる」
アコギケースの子が頷く。
「外には出てないのに、すごい叫んでる」
バスクラケースの子が言う。
「低い声で叫んでそう」
「それ、EGUIさんだから?」
「たぶん」
BEEFが、ここで音を少し開く。
三人が、中央に寄る。
Bridge。
ここは、春、夏、年明けの三つが合流する。
mcRCが前へ出る。
≫ 春の肉の匂いも置いてった
客席が笑う。
「肉!」
「BBQ戻ってきた!」
「嗅覚参加のやつ!」
wataが続く。
≫ 夏の花火の音も遠のいた
「あー」
「花火、遠のくの嫌」
「行けなかったやつ」
EGUIが締める。
≫ 年明けの決意も昼に溶けた
「昼に溶けた!」
「元旦の昼!」
「決意、弱すぎる!」
三人が順に重ねる。
≫ やる気はあった たぶんあった
「たぶん!」
「たぶんがリアル!」
≫ 予定もあった 頭ん中ではあった
「頭ん中では!」
「あるある!」
≫ でも動かなきゃ何も変わらなかった
そこで、会場が少し静かになった。
笑っていたのに、急に本質が来る。
動かなきゃ何も変わらない。
分かっている。
分かっているから痛い。
でも、三人はそこを責めて終わらせない。
全員の声が重なる。
≫ わかってる
≫ でもわかるだろ
≫ 休みの前だけ最強で
≫ 休みの中では弱いんだよ
会場が爆発した。
「分かる!」
「弱い!」
「休みの前だけ最強!」
「休み中では弱い!」
「俺たちのことだ!」
「全員のことだ!」
Miwaが、タオルを握りしめて笑いながら言う。
「これは、みんなですね」
Ninaが頷く。
「男女関係なく、みんな弱い」
Kateが言う。
「休み前の自分は、理想の自分ですからね」
Saraが続ける。
「休み中の自分は、現実の自分」
Yuiが淡々と言った。
「理想自己と実行自己の乖離」
Miwaが笑う。
「今日のYuiちゃん、容赦ない」
でも、その言葉に誰も怒らなかった。
容赦ないけれど、正しい。
全員が、自分の中にある弱さを笑っていた。
三人の声が、少しだけ温かくなる。
≫ 置いてかないで Holiday
≫ 俺も連れてって Holiday
≫ 何も変われなかったけど
≫ 笑ってまた立てばいい
ここで、会場の空気が変わった。
笑いの先に、少し救いが見えた。
何も変われなかった。
それは、事実。
でも、終わりではない。
笑ってまた立てばいい。
その言い方が、強すぎず、優しすぎず、ちょうどよかった。
BEEFが、最後のフックへ向けてビートを少し太くする。
Final Hook。
≫ Don’t leave me, holiday
≫ まだ待ってよ one more day
≫ カレンダーだけ runaway
≫ 俺だけまだ yesterday
客席が返す。
「Don’t leave me!」
「holiday!」
≫ 置いてかないでよ
≫ 時間に逆らいたい
≫ 明日やろうって言ってたら
≫ 今日がもう終わりみたい
笑いながら、少し泣きそうな声。
≫ Don’t leave me, holiday
≫ まだなんもしてないぜ
≫ 楽しむ予定だけ立てて
≫ 寝転んで end of day
ここはもう、会場全体が分かっている。
予定だけ立てた人。
寝転んだ人。
スマホを見ていた人。
昼まで寝た人。
正月に変われなかった人。
全員、自分のこととして笑っている。
≫ 置いてかないでよ
≫ 季節だけ先に行く
≫ 俺のやる気 起きる前に
≫ 休みが先に消えてく
大きな拍手が、フックの途中で混じる。
まだ曲は終わっていない。
でも、もう拍手したくなる。
「休みが先に消えてく!」
「置いてかないで!」
「もう一日くれ!」
「俺のやる気、今起きた!」
BEEFが、その声を受けてビートを少しだけ落とす。
Outro。
三人の声が、少しだけ近くなる。
≫ 置いてかないで Holiday
≫ 置いてかないで Holiday
≫ 変われなかった大人たち
≫ でもまた次の休みを待つ
客席の大人たちが、笑いながら手を上げた。
「待つ!」
「次こそ!」
「また負ける!」
「でも待つ!」
Ninaが笑いながら言う。
「また次の休みを待つ、弱いけどいいですね」
Kateが頷く。
「希望が小さい。でも本物です」
Saraが静かに言う。
「変われなかったことを否定せず、次を待つ」
Yuiが淡々と続ける。
「小規模再起動」
Miwaが笑う。
「small winですね」
Kateが少しだけ笑って、頷いた。
「そうですね」
最後のライン。
≫ Don’t leave me, holiday
≫ Don’t leave me, holiday
≫ 時間に負けた俺たちが
≫ 笑いながらまた歩き出す
BEEFが、最後の音をすっと切った。
一拍。
静けさ。
それから、拍手が来た。
最初は、笑いを含んだ拍手だった。
すぐに、それは大きくなった。
手を叩きながら笑っている人がいる。
うつむいて肩を震わせている人がいる。
「俺だ」と叫んでいる人がいる。
「休み返して」と言っている人がいる。
誰かと目を合わせて、「分かる」と言わずに笑っている人がいる。
SUNNY DRIVEが作った夏は、明るかった。
Reverse Crownの三曲目は、夏に置いていかれる人間を笑わせた。
でも、ただ笑わせただけではなかった。
休みを無駄にした。
予定だけ立てた。
変われなかった。
昼まで寝た。
スマホを見ていた。
外の世界だけfestivalだった。
それでも、笑ってまた立てばいい。
その小さな肯定が、会場の中に残っていた。
BEEF勢の男が、腕を組んだまま息を吐く。
「三曲目、ずるいな」
隣が言う。
「強いこと言ってないのに強い」
「全員に刺さる」
「休日に勝ったことあるやつ、少ないからな」
「名言みたいに言うな」
サングラスの五人組の席では、Miwaがタオルを握ったまま目元を押さえていた。
Ninaが笑う。
「泣いてる?」
「泣いてません」
Yuiが淡々と言う。
「感情漏れ、確認」
「確認しないで」
Kateが穏やかに言う。
「でも、よかったですね」
Saraも頷く。
「弱いまま笑える曲でした」
Miwaは、小さく息を吸った。
「……リバクラ、こういうの本当にずるい」
楽器ケースを抱えた三人も、拍手していた。
アコギケースの子が言う。
「これ、好き」
バスクラケースの子が頷く。
「人間っぽい」
細長いケースの子は、少しだけ首を傾けて言った。
「休みの風が戻ってこない歌」
「それ、寂しいね」
「でも、また待つ」
「うん」
「また次の休みを待つ」
三人は、少しだけ笑った。
ステージでは、Reverse Crownの三人が息を整えていた。
一曲目で、夏の入口を開いた。
二曲目で、波を作った。
三曲目で、休みに置いていかれる大人たちを笑わせた。
夏は、ただ眩しいだけじゃない。
外に出る前の不安がある。
街で見たカップルを羨ましがるダサさがある。
海でどうしようもなく視線が持っていかれる馬鹿さがある。
好きだった音に乗れない夜がある。
そして、休みの前だけ最強で、休みの中では弱い自分がいる。
その全部を、Reverse Crownは夏にした。
ステージ袖で、SUNNY DRIVEの一人が小さく呟いた。
「……これ、強いな」
別の一人が頷く。
「うちの夏とは、別の夏だ」
三人目が、客席を見ながら言う。
「でも、持っていかれた」
その声には、悔しさがあった。
けれど、認めるしかないという響きもあった。
BEEFが、ターンテーブルから手を離した。
mcRCが、客席を見渡す。
wataが、少しだけ笑う。
EGUIが、深く息を吐く。
三曲が終わった。
二回戦、後攻。
Reverse Crownは、夏に勝とうとはしなかった。
夏に置いていかれた人まで、連れていった。




