5-3-3 WAVE
BEEFは、Summer Signalの拍手が広がりきる前に、もう次の音を触っていた。
拍手を待たない。
褒められる時間を、長く取らない。
余韻を切るのではなく、逃がさない。
ターンテーブルの前で、BEEFが右手を軽く浮かせる。
キュッ。
短いスクラッチが、会場の空気を横へ滑らせた。
さっきまで夕暮れ色だった照明が、少しだけ青へ寄る。
海そのものの青ではない。
駅前のビルのガラスに反射する青。
コンビニの自動ドアに映る空。
街の奥のほうに、ほんの少しだけ海が見えるような青。
wataが、額の汗を手の甲で拭った。
「休ませへんな」
BEEFは見ない。
「温度を逃がすな」
mcRCが笑う。
「了解」
EGUIは、客席を見ていた。
Summer Signalで、会場は少し前へ来た。
見られたいけど言えない男。
準備して外に出たのに、誰にも捕まらない男。
でも、何もしないよりは散歩の方がいいと、もう一歩だけ外へ出る男。
そこまでは届いた。
なら次は、その男の気持ちが揺れる瞬間を見せる。
BEEFがクラップを横へ流した。
パン、パン。
短く刻まれた声が混じる。
≫ Yeah yeah
≫ We ride it, we make it
≫ 街も海も音も揺れる
≫ This is our WAVE
客席のあちこちで、身体が少し動いた。
サングラスの五人組の席で、Miwaがタオルを握り直す。
「次、早い」
Ninaが前を向いたまま言う。
「BEEFさん、拍手を待たないね」
Saraが頷いた。
「余韻を切っているというより、続きにしている感じです」
Yuiが淡々と言う。
「温度保持」
Kateが小さく笑った。
「さっき言っていましたね」
少し離れた席では、楽器ケースを抱えた三人も黙ってステージを見ていた。
アコギケースの子が言う。
「青になった」
バスクラケースの子が頷く。
「海というより、街の青」
細長いケースの子がぽつりと言った。
「街から海へ行く風」
「それ、わかるような、わからないような」
「たぶん、これからわかる」
BEEFが右手を上げた。
一拍。
客席が、その一拍を待つ。
次の瞬間、ビートが跳ねた。
二曲目。
WAVE。
三人の声が重なる。
≫ Wave wave wave
≫ 上がって下がってまた上がるだけ
≫ Ride on wave
≫ 沈んだ日も連れてくぜ
会場の身体が、自然に揺れた。
一曲目より入りやすい。
意味を全部読む前に、リズムが先に入る。
上がる。
下がる。
また上がる。
それだけ。
でも、それだけが難しい日がある。
≫ Wave wave wave
≫ 街から海から音まで揺れ
≫ Make my wave
≫ 今日の俺らが波になる
「街から海から音まで、か」
BEEF勢のひとりが腕を組んだまま言う。
隣の男が頷く。
「三人の場所、分ける気だな」
「mcRCが街?」
「たぶん」
「wataは海だろ」
「絶対ろくでもない海だろ」
「それは分かる」
「EGUIは?」
少し間があいた。
「音じゃね」
その読みは、当たっていた。
mcRCが前に出る。
照明はまだ青い。
でも、ステージ奥の映像は海ではなく、街だった。
信号。
駅までの道。
看板。
朝の光。
コンビニの前。
mcRCが、歩くようにラップを始める。
≫ Morning bell また鳴る same old day
≫ 寝ぐせのまま飲み干す bitter coffee
≫ 駅までの道 まだ眠い city
≫ 信号待ちでため息が drifting
「朝からか」
「夏なのに朝がだるいの、リアル」
「寝ぐせのまま bitter coffee、生活だな」
「かっこつけてるのに、ちゃんと寝ぐせある」
リバクルーのあちこちで、笑いが漏れた。
派手な夏ではない。
朝のベル。
寝ぐせ。
苦いコーヒー。
眠い街。
信号待ちのため息。
夏だからといって、毎朝が映画みたいに始まるわけじゃない。
むしろ、夏の朝は暑くて、だるくて、昨日のミスもまだポケットに残っている。
mcRCは、そのまま続ける。
≫ Up and down ばっか life is wave
≫ 昨日のミスもポケットに入れて
≫ スマホの画面 予定は空白
≫ でも街はなぜか楽しそうでムカつく
会場から、低い笑いが起きた。
「予定は空白、やめろ」
「街だけ楽しそうな日ある」
「分かるっていうか、見える」
「自分だけ予定ない時の街、マジでムカつく」
リバックラインの席で、Ninaが小さく笑った。
「街が楽しそうでムカつく、はいいですね」
Miwaが頷く。
「分かる、じゃなくて、見える。そういう人、います」
Kateが静かに言う。
「自分の予定が空白なのに、周りだけ動いている感じですね」
Saraがステージを見たまま続けた。
「羨ましいの前段階ですね」
Yuiが言う。
「孤独の外部環境差分」
Miwaが横を見る。
「言い方」
「街のほうが明るい、本人の中が沈んでいる」
「それは合ってる」
mcRCの声は、少しだけ低くなる。
≫ 昔より選べる それは maybe true
≫ なのに足りない 何かが missing you
≫ 贅沢かもな でも lonely night
≫ 光る看板だけやけに bright
「選べるのに足りない、か」
「贅沢かもな、って自分で言うのがいいな」
「誰かに言われたら嫌だけど、自分で言ってるから聞ける」
「光る看板だけ明るいの、寂しい」
アコギケースの子が、小さく言う。
「ここ、寂しいね」
バスクラケースの子が頷いた。
「夜の看板だけ明るい」
細長いケースの子が言う。
「自分の腕のあたりが暗い」
「腕?」
「たぶん、次」
次だった。
mcRCが、コンビニ前の景色を置いた。
≫ コンビニ前で couple laughing
≫ 二人で飲みに行くの? that’s so happy
≫ 彼女の腕が彼氏に round
≫ おいおい俺も空いてるぞ now
会場の男たちが、反射的に笑った。
「あー!」
「それは刺さる!」
「腕、空いてるぞ!」
「言うな!」
「俺も空いてる!」
女の子たちの反応は、少し違った。
一緒に「分かる」とは言わない。
でも、見えている。
Miwaがタオルを口元に当てる。
「男の人って、そこで自分の腕を見るんですかね」
Ninaが笑いをこらえながら言う。
「なんか、かわいいけど、ちょっと面倒」
Kateが頷く。
「女性側の“わかる”ではないですね。でも、羨ましさは見えます」
Saraが静かに言う。
「欲しいものを欲しいと言えない感じ」
Yuiが淡々と続けた。
「腕の空席確認」
Miwaが吹き出しかけた。
「やめて」
Ninaがステージを見る。
「でもさ、彼氏の腕に彼女が手を回してるの見て、俺の腕も空いてるなぁってなるの、めっちゃ男の子っぽい」
Kateが少し考えてから言う。
「上から来ていないから、嫌ではないですね」
Saraも頷いた。
「奪いたいではなく、羨ましいで止まっています」
Yuiが言う。
「外部行動なし。内部感情のみ」
「だから言い方」
ステージでは、mcRCがそのダサさから逃げなかった。
≫ 羨ましいって つまり欲しいサイン
≫ ダサい自分も連れてく downtown line
≫ 沈んだ顔でも まだ笑えるなら OK
≫ 次の上げ潮 こっちから one way
ここで、客席の笑いが少しだけ変わった。
さっきまでは、「腕、空いてるぞ」という情けない笑いだった。
今度は、その情けなさを抱えたまま前に出る笑いだった。
「ダサい自分も連れてく、いいな」
「羨ましいって欲しいサイン、普通に名言じゃね?」
「沈んだ顔でも笑えるならOK、優しい」
「俺の腕も空いてるぞ、からそこ行くのずるい」
BEEF勢の男が、腕を組んだまま言った。
「こいつ、ダサいの隠さねえな」
隣が返す。
「隠さないから嫌味じゃない」
「羨ましい、でちゃんと止まってるしな」
「そこ大事だな」
mcRCはプレフックへ入る。
≫ Down down しても no more cry
≫ 街の波間で I’m still alive
≫ Round round 回る everyday
≫ 次は俺から make my wave
リバクルーの一部が、ここで手を上げた。
「make my wave!」
「俺から!」
「沈んでも行け!」
街の波間で、まだ生きている。
下がっても、泣いて終わりじゃない。
羨ましいと思った。
ダサいと思った。
自分の腕が空いていることに気づいた。
でも、それでも次は自分から波を作る。
mcRCのバースが、そこへ着地した。
BEEFが低音を戻す。
フック。
≫ Wave wave wave
≫ 上がって下がってまた上がるだけ
≫ Ride on wave
≫ 沈んだ日も連れてくぜ
客席の手が、さっきより多く上がる。
完璧に揃ってはいない。
でも、あちこちで波が立っている。
≫ Wave wave wave
≫ 街から海から音まで揺れ
≫ Make my wave
≫ 今日の俺らが波になる
wataが前へ出た。
ステージの青が強くなる。
街の青から、水面の青へ。
でも、完全に爽やかではない。
wataが前に出た瞬間、何人かが笑った。
「来るぞ」
「絶対なんか言うぞ」
「wataの海、信用できん」
wataは、少しだけ口元を上げる。
最初は、綺麗だった。
≫ 潮風 cut in 砂浜 landing
≫ 波間の shine 目線が dancing
≫ 寄せては返す energy heavy
≫ 自然の beat に body already
「うま」
「音が気持ちいい」
「cut in、landing、dancing、already……気持ちよ」
「意味より先に跳ねるな」
BEEF勢のひとりが言う。
「wata、韻硬いな」
隣が返す。
「でも景色消えてない」
「潮風、砂浜、波間、自然のbeat。ちゃんと見える」
「音だけじゃないのが強い」
wataはさらに畳みかける。
≫ うねり くねり 光る水面
≫ 無限の rhythm まるで神秘の実演
≫ 白い波頭 bang bang 弾ける
≫ 太陽 low angle 肌まで焼ける
Ninaが少し身を乗り出した。
「うねり、くねり、光る水面、って音が波ですね」
Saraが頷く。
「言葉の形が揺れています」
Yuiが淡々と解説する。
「う、く、み、り、の反復。水面の質感に寄せています」
Miwaが横を見る。
「今日のYuiちゃん、分析すごいね」
Yuiは真顔で答えた。
「WAVEなので」
「理由になってるようで、なってない」
Kateが小さく笑う。
「でも、たしかに音で波を作っています」
wataは、まだ綺麗だった。
≫ 水平線から rising motion
≫ 胸の奥まで splash emotion
≫ 自然の力は no explanation
≫ ただ見てるだけで meditation
「rising motion、splash emotion、no explanation、meditation」
「英語の連鎖が強い」
「意味も分かる。水平線から上がる動きが、胸の奥まで跳ねる感じ」
「自然の力は説明できない、ただ見てるだけで整う、ってことか」
「wataにしては爽やかすぎる」
「にしては、って言うな」
ステージのwataが、一瞬だけ止まる。
BEEFも、そこで音を薄くした。
ほとんど無音に近い隙間。
そこへ、wataが置いた。
≫ で ん? あそこの wave は何だ
会場が一瞬止まった。
「でん?」
「来た」
「何を見た」
「絶対あれや」
wataの声が、少しだけ太くなる。
≫ 柔らかく揺れる胸元 panorama
≫ 神が作った曲線の answer
≫ やっぱ自然は偉大だな master
会場が爆発した。
「おい!」
「言った!」
「wata!」
「最低!」
「いや上手い!」
「上手いけど!」
「神が作った曲線言うな!」
「でん、じゃねえ!」
BEEFが即座にビートを一拍切った。
その無音が、余計に笑わせた。
Miwaがタオルで口元を押さえる。
「最低」
Ninaはもう笑っている。
「でも、これ男の人の馬鹿さが出てますね」
Kateが少し眉を上げる。
「ただ、言い方を間違えると完全にアウトです」
Saraが真面目に頷く。
「相手を物扱いしたら終わりです」
Yuiが言う。
「現在、品位ライン上を歩行中」
Miwaが震えた。
「落ちそう」
Ninaがステージを見る。
「でも、音がうまいから腹立つ」
Saraが頷く。
「panorama、answer、master。ふざけていても韻が硬いです」
Kateが言う。
「笑いにしているけれど、危険なところを歩いていますね」
BEEF勢の男も笑っていた。
「wata、馬鹿だな」
隣が返す。
「馬鹿だけど、うまい」
「神が作った曲線のanswerは、ひどい」
「でも男なら抗えない、って顔してる」
「そこまで言うな」
「言ってるのはwataだろ」
wataは止まらない。
≫ Sea breeze, sweet scene, keep clean
≫ ギリギリ品よく でも視線は beam
≫ 波 波 波に勝る波
≫ あるなら出してみな 俺はまだ知らない
「ギリギリ品よく、って自分で言うな!」
「視線はbeam!」
「ダメだこいつ!」
「波に勝る波、最低だけど上手い!」
笑いながら、会場は乗っていた。
Sea breeze。
sweet scene。
keep clean。
海風。
甘い景色。
清潔に保て。
つまり、見てしまう馬鹿さを自覚しながら、下品に落としすぎないよう踏ん張っている。
でも、視線はbeam。
完全に言い訳だ。
だから笑える。
だから危ない。
だから、BEEFが必要だった。
BEEFはクラップを入れる。
パン、パン。
そのクラップで、wataの視線をリズムに戻す。
wataは、さらにギリギリを走る。
≫ Ocean motion, slow devotion
≫ 衝動も冗談も全部 lotion
≫ いや違う 違う それ以上は no
≫ でもこの夏だけは止めんな flow
「lotion言うな!」
「自分で戻った!」
「それ以上はno!」
「止めんなflow!」
会場が笑いに揺れる。
でも、ここでwataは確かに戻っていた。
衝動も冗談も、滑り出したら止まらない。
でも、それ以上は no。
越えない。
戻る。
ただし、flowは止めない。
その制御が、wataの技術だった。
ただの危ない言葉ではない。
危ない場所まで行って、音で戻る。
BEEF勢のひとりが言う。
「落ちそうで落ちない」
隣が笑う。
「BEEFが切ってるからな」
「曲中で首輪つけてる感じある」
「BEEFに首輪つけられるwata」
「逆にすげえな」
楽器ケースを抱えた三人も、笑っていた。
アコギケースの子が言う。
「ひどい」
バスクラケースの子が返す。
「でも音はいい」
細長いケースの子が考える。
「風紀と風が戦って、風がぎりぎり勝った」
「勝っていいの?」
「分からない」
「分からないんだ」
フックへ戻る。
≫ Wave wave wave
≫ 上がって下がってまた上がるだけ
≫ Ride on wave
≫ 沈んだ日も連れてくぜ
客席の手拍子が、少し太くなる。
笑ったあとだから入りやすい。
でも、ただ軽くなったわけではない。
wataのバースは、くだらない欲を笑いにして、でもラインを越えずに戻った。
そこにリズムの技術があった。
そこにBEEFの制御があった。
≫ Wave wave wave
≫ 街から海から音まで揺れ
≫ Make my wave
≫ 今日の俺らが波になる
次は、音。
EGUIがマイクを持ち直した。
照明が落ちる。
波の青が、部屋の灯りのような色へ変わる。
外ではない。
部屋。
夜。
ヘッドホン。
画面の光。
夏の外の明るさから、急に内側へ入る。
EGUIは、強く叫ばなかった。
≫ 部屋の灯り 小さく落として
≫ ヘッドホン越しに音の波を見る
≫ 昔は乗れた なんでも飛べた
≫ でも最近 うまくハマらなかった
会場が静かになる。
さっきまで笑っていた人も、少し顔を上げた。
「ここ、急に分かる」
「好きだった音に乗れない時ある」
「昔はなんでも楽しかったのに、最近ハマれない感じ」
「ある」
「あるけど、今は女の子も“ある”でいいやつ」
Ninaが小さく頷く。
「これは分かります」
Miwaも頷いた。
「うん。これは分かる」
Kateが言う。
「好きだったものに遅れる感覚ですね」
Saraが静かに言う。
「外の夏から、内側の波に戻りました」
Yuiが続ける。
「感情波形、内面側へ遷移」
Ninaが笑いかけて、でも今回は止めなかった。
たぶん、合っていた。
EGUIは、そのまま切り込む。
≫ 理由はわかる
≫ メッセージがない
≫ 言葉だけ多くて 景色がない
≫ お前の説教を聞きたいんじゃない
≫ その場所に俺らを連れてけるかだろ
客席の空気が、はっきり変わった。
これは、ただ曲の中の台詞ではなかった。
歌そのものへの問いだった。
BEEF勢のひとりが、腕組みを解いた。
「これ、今の曲の説明でもあるな」
隣が頷く。
「街、海、部屋。全部見せてから言ってる」
「説教じゃないのは、景色が先にあるからか」
「そういうことだろ」
リバックラインの席でも、声が落ち着く。
Saraが静かに言った。
「メッセージだけでは届かない、ということですね」
Kateが頷く。
「先に見えるものを置く。だから聞ける」
Miwaがステージを見ている。
「コンビニ前のカップルも、さっきの海も、部屋のヘッドホンも、全部見えてました」
Ninaが言う。
「だから、これを言われても説教じゃない」
Yuiが淡々とまとめる。
「景色提示後の主張なので、受け取りやすい」
Miwaが小さく笑った。
「Yuiちゃん、今日ずっと正しい」
EGUIは続ける。
≫ 内面は大事 でも全部じゃない
≫ 泣き言だけじゃ beat は揺れない
≫ 街で見たもの 海で見たもの
≫ くだらない欲も ちゃんと歌にしろ
「くだらない欲も、ちゃんと歌にしろ」
誰かが、客席でその一行を繰り返した。
それは、さっきのwataの「で ん?」を救う言葉でもあった。
くだらない欲。
隠したら綺麗になるかもしれない。
でも、人間味は薄くなる。
その欲を、そのまま下品に投げるのではなく、ちゃんと歌にする。
街で見たもの。
海で見たもの。
くだらない欲。
それも生活の一部だ。
EGUIが、客席へ問いかけるように声を置く。
≫ みんなはどうだ
≫ これなら見えるか
≫ 俺らのバースは生活の映画
≫ 日々の波をそのまま鳴らす
≫ だからこの曲で もう一回乗り出す
ここで、会場の見え方が変わった。
ただの盛り上げ曲ではない。
景色の連続だった。
朝の街。
コンビニ前のカップル。
空いている腕。
海の光。
胸元の波。
部屋の灯り。
ヘッドホン。
好きだった音にハマれない夜。
全部が短い映画のように並んでいた。
アコギケースの子が、少しだけ息を吸う。
「見える歌だね」
バスクラケースの子が頷く。
「説明じゃなくて、場面」
細長いケースの子が言う。
「生活の映画」
「そのまま歌詞」
「でも、ほんとにそう」
BEEFが、そこで大きく音をうねらせた。
低音が引く。
一拍空く。
三人が順に声を重ねる。
≫ 駅前の灯り 置いてかれた夜も
mcRCの声が、街の灯りを戻す。
≫ 砂浜の風と どうしようもない本能も
wataの声が、海と本能を笑いごとにしながら持ってくる。
≫ 部屋鳴りの低音 迷って止まった日も
EGUIの声が、部屋の低音と迷いを拾う。
そして、三人が重なる。
≫ 全部つながってた
≫ それぞれの WAVE
会場のあちこちで、手が上がった。
街も。
海も。
部屋も。
羨ましさも。
欲も。
迷いも。
全部、別々ではなかった。
それぞれの波だった。
さらに、三人は畳みかける。
≫ 沈んだ俺が街を歩く
mcRC。
沈んだまま、街を歩く。
≫ 笑った俺が海を揺らす
wata。
笑いながら、海を揺らす。
≫ 迷った俺が音を鳴らす
EGUI。
迷いながら、音を鳴らす。
そして三つが、ひとつになる。
≫ 三つの景色で
≫ ひとつの波になる
BEEFがクラップを戻す。
最終フック。
≫ Wave wave wave
≫ 上がって下がってまた上がるだけ
≫ Ride on wave
≫ 沈んだ日も連れてくぜ
客席の手拍子が返る。
パン、パン。
パン、パン。
完全に一つではない。
でも、それでいい。
この曲は、綺麗に揃う曲ではない。
上がって、下がって、また上がる曲だ。
≫ Wave wave wave
≫ 街から海から音まで揺れ
≫ Make my wave
≫ 今日の俺らが波になる
黒い逆さクラウン。
明るいタオル。
肉マークのキャップ。
楽器チャーム。
何も持っていない手。
全部が少しずつ揺れる。
そして、三人の声がさらに太くなる。
≫ Wave wave wave
≫ 笑えるダサさも連れていけ
≫ Ride on wave
≫ 足りないなら作ればいいぜ
「笑えるダサさ」
客席の何人かが、そこで声を上げた。
「連れてけ!」
「俺のダサさも連れてけ!」
「足りないなら作れ!」
mcRCの空いている腕。
wataの「で ん?」。
EGUIの、好きだった音にハマれない夜。
全部、ダサい。
でも、それを連れていけるなら、弱さは燃料になる。
最後のフック。
≫ Wave wave wave
≫ 日々も海も音も揺れ
≫ Make our wave
≫ 俺たち自身が波になる
Make my wave から、Make our wave へ。
俺の波から、俺たちの波へ。
客席も、そこで少しだけ巻き込まれた。
自分の沈みも、誰かの笑いも、ステージの音も、全部合わせて会場の波になる。
BEEFがさらにクラップを足す。
パン、パン、パン。
客席が返す。
パン、パン、パン。
wataが笑う。
「いい波来てるやん」
EGUIが短く返す。
「乗れ」
mcRCが前へ出る。
アウトロが落ちる。
≫ We ride the wave
≫ We make the wave
≫ 下がったぶんだけ
≫ 高く跳ねるだけ
下がったことを、なかったことにしない。
下がったぶんだけ、高く跳ねる。
そのまま、最後の声が残る。
≫ Wave
≫ WAVE
BEEFが短くスクラッチを入れる。
キュッ。
音が止まる。
一瞬の無音。
そして、拍手。
今度の拍手は、Summer Signalの時より速かった。
客席がもう、リバクラの二曲目を「眺めていた」のではない。
曲の中に入って、出てきたあとの拍手だった。
BEEF勢のひとりが、腕を組んだまま呟く。
「BEEF、だいぶ合わせてるな」
隣の男が頷く。
「合わせてるっていうか、動かしてる」
「曲間もそうだけど、曲中もな」
「前より丸くなった?」
「いや、丸くはなってない」
「じゃあ何」
少し間があった。
「噛みつく場所を選んでる」
その言葉に、もう一人が笑った。
「それは成長なのか?」
「知らん。でも面白い」
サングラスの五人組の席では、Miwaが小さく息を吐いた。
「今の、楽しかった」
Ninaが頷く。
「楽しいのに、ちゃんと残る」
Kateが言う。
「一曲目より、会場が動きましたね」
Saraが静かに見ていた。
「でも、軽く流れていかないのが強いです」
Yuiが頷く。
「ダサさ、欲望、景色、迷い。全要素を波として処理」
Miwaが横を見る。
「言い方は固いけど、たぶん合ってる」
Ninaが笑う。
「Yuiちゃん、今日は分析モードだ」
Yuiは真顔のまま言った。
「WAVEなので」
「理由になってない」
楽器ケースを抱えた三人も、ステージを見ていた。
アコギケースの子が言う。
「二曲目で、ちゃんと揺れた」
バスクラケースの子が頷く。
「低いところがあったから、上がった時に分かった」
細長いケースの子は、少しだけ目を細めた。
「見える歌だった」
「映画?」
「うん。短い映画」
「誰の?」
細長いケースの子は、少し考えた。
「ダサい男の子と、波の話」
アコギケースの子が笑った。
「それ、タイトルかわいい」
バスクラケースの子も、少しだけ笑った。
ステージの上で、Reverse Crownの三人は息を整えていた。
一曲目で、夏の入口を開いた。
二曲目で、波を作った。
沈んだ日も。
羨ましい日も。
どうしようもなく視線が持っていかれる日も。
好きだった音に遅れる夜も。
全部、持っていった。
BEEFが、ターンテーブルの前で一度だけ指を鳴らす。
音は、まだ終わっていない。
でも、WAVEは確かに届いた。
会場はもう、次の波を待っていた。




