5-1-4 暴れ牛管理局
レギュレーションを読んだ夜のあと、リバクラボラトリーには、まだ少しだけ会議の匂いが残っていた。
黒い布。
ノートパソコン。
水。
赤ペン。
ホワイトボード。
リバックLINEから共有された整理メモ。
Saraが噛み砕いた評価基準。
Kateが補足した入場導線。
Yuiがまとめた作業表。
そこには、まだ消されていない文字があった。
一試合三曲
曲間MC可
曲順、つなぎ、流れも演出
wataは椅子に浅く座って、スマホを指の上で回していた。
「呼ぶ?」
mcRCはホワイトボードを見たまま答えた。
「呼ぶ」
EGUIも短く言った。
「呼ぶしかない」
wataは、少しだけ笑った。
「即答やな」
mcRCは頷いた。
「一試合三曲って聞いた時点で、頭に浮かんだ」
「暴れ牛が?」
「暴れ牛が」
EGUIが水を置く。
「曲間が評価対象なら、避けて通れない」
wataはスマホを机に置いた。
「俺らだけでも、つなげることはできるやん」
mcRCは頷く。
「できる」
「MCで流れ作って、曲順考えて、前の曲の言葉を次に渡して」
「うん」
「でも、今回はそれだけじゃ足りん気がする」
EGUIがホワイトボードを見る。
「三曲を並べるだけなら、俺らだけでいい」
少し間を置いて続けた。
「三曲を一回壊して、一試合として組み直すなら、BEEFがいる」
その名前が出た瞬間、部屋の空気が少し変わった。
BEEF。
ラッパーではない。
歌手でもない。
ステージでマイクを持って、三人の横に並ぶ人間ではない。
ライブDJ。
Rebuild Master。
曲間再構築担当。
完成した曲を、そのまま大事に並べるのではなく、ライブの熱で一度壊す。
止める。
切る。
戻す。
崩す。
組み直す。
そして、次の曲が生きる形へ再生する。
以前、リバクラはそれを食らっている。
NO EASY PEACEで簡単な仲間認定を拒み、THAT’S LIVEで予定外の即興を受け切った。
BEEFがスクラッチで壊した流れを、三人が受けて、客席が理解した。
そのあと、飯も食った。
だからもう、初対面ではない。
それどころか、呼び方も距離も、少し雑になっている。
ただし、雑に扱っていい相手ではない。
BEEFは、便利な音響係ではない。
効果音を足してくれる人でもない。
ただの曲間つなぎではない。
ライブが止まるなら壊す。
客席が置いていかれるなら止める。
三人が言葉を抱えすぎるなら削る。
暴れ牛みたいな男だった。
wataはスマホを持ち直した。
「電話でよくない?」
mcRCは首を横に振った。
「グルチャにする」
「なんで?」
「全員で同時に話したい」
部屋が静かになる。
mcRCは続けた。
「BEEFに頼む話やけど、俺だけで頼む話じゃない」
「三人で必要だと思ったから呼ぶ」
「だったら、三人の言葉を同じ場所に置きたい」
wataは、少しだけ口元を緩めた。
「真面目」
「真面目な話やからな」
EGUIが頷く。
「それでいい」
wataはスマホを開いた。
「じゃあ、グルチャ作るわ」
mcRCは嫌な予感がした。
「名前、普通でいいからな」
「普通は嫌やな」
「なんで」
「もう仲良いし」
「仲良いからこそ普通でええやろ」
「いや、仲良いからこそ、ちょっと雑でいい」
EGUIが水を飲みながら言う。
「雑さの方向を間違えるな」
wataは真顔で頷いた。
「大丈夫。方向は合ってる」
mcRCが画面を覗き込もうとする。
「何にした?」
wataは、にやっと笑った。
そして、作成したグルチャ名を三人に見せた。
暴れ牛管理局
mcRCは数秒黙った。
EGUIも黙った。
wataだけが、妙に満足そうな顔をしている。
「どう?」
mcRCは低い声で言った。
「管理できるんか」
wataは即答した。
「できん」
「なんで管理局にした」
「できないから管理局が必要なんやろ」
EGUIが静かに言う。
「理屈としては雑だが、言いたいことは分かる」
mcRCはEGUIを見る。
「分かるんかい」
EGUIは首を少しだけ傾けた。
「BEEFは暴れ牛ではある」
wataが手を叩いた。
「ほら」
mcRCは、諦めたように息を吐いた。
「……怒るぞ、あいつ」
「怒ったら本物やん」
「試すな」
wataはグルチャを作った。
ただ、グルチャを作っただけでは、相手は気づかない。
当然だった。
招待通知だけでは、BEEFがすぐ画面を見るとは限らない。
むしろ、BEEFはこういう通知を平気で放置するタイプだった。
wataは画面を見ながら言う。
「とりあえず、開局メッセージ送るわ」
mcRCが目を細める。
「開局?」
「管理局やから」
「乗るな」
wataはもう打っていた。
wata@Technician:
暴れ牛管理局、開局しました。
数秒。
既読。
早い。
三人が同時に画面を見た。
最初に反応したのはBEEFだった。
表示名は、まだただのBEEF。
BEEF:
まずその名前なんだよ
wataが吹き出した。
「来た来た来た」
mcRCは額に手を当てた。
「そら突っ込むやろ」
wataはすぐ打つ。
wata@Technician:
管理対象本人から苦情が入りました
BEEF:
誰が管理対象だ
EGUI@Straight Type:
暴れ牛
BEEF:
お前も乗るな
EGUIが少しだけ笑った。
mcRCも、つい笑ってしまった。
BEEFが続ける。
BEEF:
で、なんでお前ら全員@ついてんだよ
wataが画面を見せる。
mcRC@Scene Maker
wata@Technician
EGUI@Straight Type
確かに、リバクラ側の三人は、いつの間にかグルチャ上で役割名をつけていた。
リバックLINEの流れを受けて、分かりやすくするためだった。
ただし、BEEFには何もついていない。
当然だ。
本人の表示名は本人しか変えられない。
wataは打った。
wata@Technician:
分かりやすいやろ
BEEF:
だる
そこで、表示が一瞬だけ変わった。
三人の画面に、BEEFの名前が更新される。
BEEF@Rebuild Master
リバクラボラトリーが止まった。
本当に止まった。
wataは、スマホを見たまま固まる。
mcRCも画面を二度見する。
EGUIが、静かに言った。
「……書いとる」
wataが小さく震えた声で言った。
「自分で書いとる……」
mcRCは、口元を押さえた。
「合わせてきた……」
その瞬間、BEEFから次のメッセージが来た。
BEEF@Rebuild Master:
お前ら、人に合わせるってこと分かんねぇのか
部屋が止まった。
wataの笑いが、一瞬消えた。
EGUIも、スマホを見たまま黙る。
mcRCが、ゆっくり言った。
「……BEEFに言われたよ」
wataが腹を押さえた。
「人付き合い下手なBEEFに、人に合わせろって言われた……」
EGUIが静かに言う。
「かなり効くな」
wataが笑いながら打った。
wata@Technician:
人付き合い下手か?
BEEF@Rebuild Master:
お前らがな
mcRCは机に手をついた。
「なんなんこいつ……」
EGUIが、少しだけ口元を緩めた。
「正論の投げ方が雑やな」
BEEFは間を置かずに続けた。
BEEF@Rebuild Master:
で、何の用だよ
管理局作ってまで呼んだんだろ
その一文で、笑いが少しだけ引いた。
wataもスマホを持ち直す。
mcRCはホワイトボードを見た。
一試合三曲
曲間MC可
曲順、つなぎ、流れも演出
笑える距離になった。
でも、頼む内容は軽くない。
mcRCが打とうとした瞬間、BEEFの方が先だった。
BEEF@Rebuild Master:
三曲のやつか
wataが目を細める。
「察し早いな」
そのまま打つ。
wata@Technician:
察し早いな
BEEFはすぐ返した。
BEEF@Rebuild Master:
ってことは、俺の力が必要ってことか
wataが即座に打った。
wata@Technician:
自意識過剰
BEEF@Rebuild Master:
手伝わんぞ
wata@Technician:
ごめんなさい
mcRCが吹き出した。
「謝るの早いな」
EGUIが頷く。
「判断が正しい」
BEEFからまた来る。
BEEF@Rebuild Master:
お前ら、だんだん扱い雑になってきたな
wataが返す。
wata@Technician:
暴れ牛管理局やからな
BEEF@Rebuild Master:
まずその名前をやめろ
mcRCは、ひとしきり笑ってから、ようやく本題に入った。
mcRC@Scene Maker:
Sound Sessionのレギュレーション読んだ。
一試合三曲。曲順、MC、曲間、つなぎも演出として見られる。
BEEFは短く返す。
BEEF@Rebuild Master:
知ってる
wata@Technician:
情報早
BEEF@Rebuild Master:
お前らより遅かったら困るだろ
EGUI@Straight Type:
そこは正しい
BEEFは続けた。
BEEF@Rebuild Master:
で、三曲をどうする気だよ
mcRCはホワイトボードを見た。
景色。
言葉。
意味。
三人で話したばかりの言葉。
mcRCが打つ。
mcRC@Scene Maker:
一曲ずつ強い曲を置くだけじゃなくて、一試合まるごと一つの流れにしたい。
wataが続ける。
wata@Technician:
俺らだけでも、言葉ではつなげられる。
でも、言葉で抱えすぎる気がする。
EGUIも打った。
EGUI@Straight Type:
意味を守るために、言葉を減らしたい。
そこを音で組み直せる人間がいる。
BEEFの返信は少し遅れた。
読んでいる。
見ている。
たぶん、頭の中で音を鳴らしている。
BEEFは、こういう時にすぐ返さない。
人間関係の会話は雑なのに、音の話になると急に黙る。
その沈黙がある時、BEEFはだいたい本気だった。
やがて、短い返信が来た。
BEEF@Rebuild Master:
つなぎじゃないな
mcRCは頷いた。
画面に向かって打つ。
mcRC@Scene Maker:
うん。
つなぎじゃない。
REBUILDを頼みたい。
BEEFから、すぐ返事。
BEEF@Rebuild Master:
なら最初からそう言え
wataが笑う。
wata@Technician:
言ったやん
BEEF@Rebuild Master:
遠回しなんだよ
三曲まとめて壊したいって話だろ
部屋が静かになった。
そう。
それだった。
曲間をなめらかにつなぐ話ではない。
一曲目、二曲目、三曲目を、きれいに並べる話でもない。
三曲を一度まとめて壊して、Sound Sessionの一試合として再構築する。
BEEFが必要なのは、そこだった。
BEEFは続けた。
BEEF@Rebuild Master:
曲名だけはいらん
歌詞全部出せ
仮でもいい
あと、どこを捨てるかも決めろ
wataの指が止まった。
wata@Technician:
捨てる?
BEEF@Rebuild Master:
三曲で全部言うな
客が死ぬ
EGUIが画面を見たまま、小さく頷いた。
BEEFは続ける。
BEEF@Rebuild Master:
お前らは拾いすぎる
拾うのは悪くない
でも全部拾ったら、客の手が足りない
wataは、珍しくすぐ返さなかった。
その言葉は、かなり痛いところを突いていた。
リバクラは拾うグループだ。
見落とされた声を拾う。
未承認の価値を拾う。
言葉になっていない気持ちに名前をつける。
「俺たちは見てる」と曲にする。
だからこそ、全部拾いたくなる。
でも、大会の一試合は三曲。
時間もある。
流れもある。
初見もいる。
審査もある。
客席の集中も限られている。
全部拾おうとして、全部を薄くしてしまったら意味がない。
EGUIが、ゆっくり打った。
EGUI@Straight Type:
残すために、削る
BEEFの返事は短かった。
BEEF@Rebuild Master:
それ
wataは、少しだけ悔しそうに笑った。
「BEEF、説明うまなってない?」
mcRCが言う。
「元から分かってる人やろ」
「いや、言い方がさ」
EGUIが静かに言った。
「音の人は、削るのが仕事でもあるんやろ」
wataは、しばらくその言葉を見ていた。
BEEFがまた打った。
BEEF@Rebuild Master:
あと、俺を便利な効果音にするな
mcRCはすぐ返した。
mcRC@Scene Maker:
しない
BEEF@Rebuild Master:
俺が前に出すぎたら止めろ
EGUIが返す。
EGUI@Straight Type:
止める
BEEF@Rebuild Master:
お前らの声が死ぬなら、俺はいらん
wataが、少し真面目な顔になった。
wata@Technician:
そこ分かってるから呼んでる
少し間があった。
BEEFの返信。
BEEF@Rebuild Master:
ならいい
それだけ。
でも、三人には十分だった。
BEEFが「ならいい」と言う時は、本当にいい時だった。
褒めない。
認めたとも言わない。
でも、引き受ける方向に体を向けている。
mcRCは打った。
mcRC@Scene Maker:
日程、送る。
リバックラインから共有された候補日程を貼る。
BEEFは少しだけ間を置いた。
BEEF@Rebuild Master:
空ける
全部は無理でも、要るところには入る
wataが椅子から半分立ち上がった。
「来た」
EGUIも、ほんの少しだけ目を伏せた。
mcRCは、画面を見たまま頷いた。
空ける。
BEEFらしい言い方だった。
「出ます」とは言わない。
「ぜひお願いします」とも言わない。
丁寧な承諾文なんて来ない。
でも、もう来る。
暴れ牛が、またリバクラのライブに入ってくる。
そこで、BEEFがまた打った。
BEEF@Rebuild Master:
昼の仕事、どうすっかなー
三人が止まった。
wataが顔を上げる。
「お前、昼の仕事あったな」
mcRCが頷く。
「あるやろ、そりゃ」
EGUIが言う。
「人間だからな」
wataは画面に打った。
wata@Technician:
暴れ牛にも昼の仕事あるんや
BEEF@Rebuild Master:
牛にもある
wata@Technician:
そこ乗るんや
BEEF@Rebuild Master:
乗ってない
事実だ
mcRCが少し笑った。
BEEFは、以前からそうだった。
ライブのことになると急に尖る。
でも、生活の話になると妙に現実的になる。
若い。
生意気。
人付き合いは下手。
でも、コンディションや時間の扱いは意外と雑ではない。
音に本気な人間ほど、生活の調整が雑だと壊れることを知っている。
BEEFが続けた。
BEEF@Rebuild Master:
スケジュール、まとめて送れ
手打ちの断片はやめろ
抜ける
mcRCが頷いた。
mcRC@Scene Maker:
そこはリバックラインに頼めると思う
wataが画面を見た。
「お」
BEEFからすぐ返事が来る。
BEEF@Rebuild Master:
リバックラインって、前の女たちか
mcRCがすぐ打つ。
mcRC@Scene Maker:
言い方
BEEF@Rebuild Master:
前の職場の女たち
mcRCが眉間を押さえた。
mcRC@Scene Maker:
もっと言い方
wata@Technician:
リバックラインです
EGUI@Straight Type:
外部連絡、物販、広報、権利確認、庶務・作業表の五人
BEEF@Rebuild Master:
役割が強い
wataが笑う。
wata@Technician:
強いで
俺らより事務ができる
BEEF@Rebuild Master:
それは見たら分かる
mcRCは、少しだけ得意そうな顔をした。
「見たら分かる、か」
EGUIが横目で見る。
「嬉しそうやな」
「いや、そりゃ嬉しいやろ」
wataがすかさず言う。
「娘褒められた父親みたいになってる」
mcRCは即座に反応した。
「娘ちゃう」
その瞬間、BEEFから次のメッセージが来た。
BEEF@Rebuild Master:
俺のデータのやり取りも、リバックラインに頼んでいい?
mcRCの顔が固まった。
wataがそれを見る。
「出た」
EGUIも少しだけ口元を緩めた。
mcRCはスマホを持ったまま、明らかに数秒迷った。
それから打った。
mcRC@Scene Maker:
やらんぞ
BEEFの返信は早かった。
BEEF@Rebuild Master:
何をだよ
wataが爆笑した。
mcRCは、少し焦ったように打つ。
mcRC@Scene Maker:
いや、そういう意味じゃなくて
BEEFがさらに返す。
BEEF@Rebuild Master:
データ送るだけだろ
mcRCは一瞬黙った。
wataが横から言う。
「父親出たな」
「出てない」
EGUIが静かに言った。
「出てる」
BEEFから、さらに追撃が来た。
BEEF@Rebuild Master:
Saraは元気かよ
mcRCの動きが止まった。
wataが顔を上げる。
「Saraさん名指し」
EGUIが静かに見る。
「権利確認だからな」
mcRCが少し硬い声で言った。
「なんでSaraの名前が出る」
wataが笑いをこらえる。
「いや、権利確認やからやろ」
BEEFのメッセージ。
BEEF@Rebuild Master:
音源データ
使用範囲
クレジット
提出形式
そこ見るのSaraだろ
wataは腹を押さえた。
「普通に正しい」
EGUIも頷く。
「業務上は自然」
mcRCは画面を見たまま、低く言った。
「……娘は簡単にやらん」
部屋が止まった。
wataが机を叩いて笑った。
「言うた! 言うた!」
EGUIも、さすがに口元を押さえた。
BEEFから返信が来た。
BEEF@Rebuild Master:
そーゆー話じゃねぇ
wataは笑いすぎて椅子からずり落ちそうになった。
「BEEFに正論で止められてる!」
mcRCは顔を覆った。
「違う。違うねん」
EGUIが静かに言った。
「今のは完全に父親だった」
「違う」
「娘は簡単にやらん、は言い逃れできない」
BEEFがさらに打った。
BEEF@Rebuild Master:
怖ぇよ
データ投げたいだけだろ
wataが涙目で打った。
wata@Technician:
暴れ牛管理局より通達
mcRC父性過多
mcRC@Scene Maker:
通達するな
BEEF@Rebuild Master:
面倒くせぇ局だな
EGUI@Straight Type:
そこは同意する
wata@Technician:
局員が反乱した
mcRCは、深く息を吐いた。
それから、ようやく整えた。
mcRC@Scene Maker:
データのやり取りは、リバックラインに確認する。
ただし、窓口と範囲は決める。
Saraに直接投げすぎるのは避ける。
BEEFは短く返した。
BEEF@Rebuild Master:
それでいい
最初からそう言え
wataが言った。
「ほんまに言い方きついな」
EGUIが返す。
「でも内容はまとも」
「そこが腹立つ」
mcRCは、まだ少し顔が熱いのを感じながら、スマホを置きかけた。
その瞬間、BEEFがまた打った。
BEEF@Rebuild Master:
あと、Saraに無理させるなよ
権利まわりは詰まると死ぬ
三人は、少し黙った。
笑いが、少しだけ落ち着く。
BEEFはこういうことを、ふいに言う。
人付き合いは下手。
言い方は雑。
距離感も下手。
でも、負荷がどこに集中するかは見ている。
音だけではない。
ライブに必要なものがどこで詰まるかを、本能的に嗅ぎ取る。
mcRCは短く返した。
mcRC@Scene Maker:
そこは守る
BEEFの返事。
BEEF@Rebuild Master:
ならいい
その一言で、話が少し進んだ。
wataが椅子の背にもたれた。
「BEEF、やっぱめんどいけど必要やな」
EGUIが言った。
「必要だな」
mcRCも頷いた。
「必要やな」
グルチャの中では、まだBEEFがぽつぽつ打っていた。
BEEF@Rebuild Master:
歌詞は全部出せ
仮でもいい
録音前でもいい
フックだけでも、構成だけでもいい
曲名だけはほんとにいらん
wata@Technician:
曲名かっこいいやろ
BEEF@Rebuild Master:
曲名でDJできるか
wata@Technician:
できる人もおるかもしれん
BEEF@Rebuild Master:
そいつに頼め
wata@Technician:
ごめんなさい
mcRCは笑った。
笑いながら、ホワイトボードの前に立った。
黒いマーカーを取る。
景色
言葉
意味
そこに、さらに書き足す。
道
wataがそれを見た。
「まだ道なんや」
mcRCは頷いた。
「うん」
EGUIが言った。
「BEEFが作るのは、道というより荒れた道やな」
wataが笑う。
「舗装されてない」
mcRCも少し笑った。
「でも、通ったら景色が変わる」
EGUIは頷いた。
「それでいい」
スマホがまた鳴る。
BEEFだった。
BEEF@Rebuild Master:
あと飯
ラーメン続きは無理
wataの顔から笑みが消えた。
「また来た」
すぐに打つ。
wata@Technician:
暴れ牛管理局、緊急議題です
この牛、ラーメン文化に反旗を翻しました
BEEF@Rebuild Master:
ササミでいい
wata@Technician:
人生に色を入れろ
BEEF@Rebuild Master:
音で入れる
EGUIが、ふっと笑った。
mcRCも笑った。
ようやく、部屋の空気が緩んだ。
けれど、緩んだだけではない。
確かに、何かが一つ動いた。
BEEFは、リバクラに新しい流れを作る人ではない。
リバクラには、もともと流れがある。
mcRCが景色を置く。
wataが言葉を走らせる。
EGUIが意味を通す。
その三人の流れは、これまでだってあった。
でも、大きな場所では、その流れが見えにくくなる時がある。
曲が終わる。
拍手が入る。
MCが入る。
次の曲が始まる。
その間に、初見の客は一度、現実へ戻る。
戻ってしまう。
そこでBEEFがいる。
前の曲の熱を、次の曲の入口へ渡す。
笑ったあとに深く沈めるように。
刺されたあとに前を向けるように。
走ったあとに息を整えられるように。
ただし、やさしく手を引いてくれるわけではない。
ついてこい。
そういう音を出す。
ライブ感についていけないなら置いていかれる。
その危なさも、BEEFにはある。
でも、以前のリバクラは知っている。
その暴れた音の中に、ちゃんと道ができる瞬間を。
mcRCは、最後に打った。
mcRC@Scene Maker:
BEEF、頼む。
俺らの三曲を、大会のライブで生きる形にREBUILDしてほしい。
返事は、短かった。
BEEF@Rebuild Master:
やる
wataは、画面を見たまま黙った。
EGUIも何も言わなかった。
mcRCは、スマホを伏せた。
黒い布。
赤ペン。
水。
付箋。
ホワイトボード。
そこには、さっき書いた四つの言葉がある。
景色
言葉
意味
道
wataがそれを見て、ゆっくり笑った。
「暴れ牛の通り道やな」
EGUIが言った。
「言い方を整えろ」
「BEEFロード?」
「もっと悪い」
mcRCは笑った。
笑いながら、でも消さなかった。
道
それが、BEEFを呼ぶ理由だった。




