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ラップ付き小説 ReversCrown 元気ないやつこっちおいで  作者: egubi
reshina編

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137/186

4-5-7 どれも、あたしたち







ReShiNaの名前が、前よりも少しだけ遠くまで届くようになっていた。


最初は、本当に小さな変化だった。


配信の待機コメントが、少し早く動く。


アーカイブに残る感想が、前より長くなる。


曲名を出してくれる人が増える。


「雪解けの歌から来ました」と言う人がいる。


「月の夜の猫で知りました」と書く人がいる。


「最近のReShiNa、前より笑ってる気がする」と言う人がいる。


「natsuさんの笛、空気変わる」と言う人がいる。


「shihoさん、低音が綺麗なのにあったかい」と言う人がいる。


「renaちゃん、最近ほんと表情やわらかい」と言う人がいる。


そして、たまに。


「三人とも、可愛い」


と書く人がいる。


そのコメントが流れた瞬間、部屋の中の空気は、ほんの少し変な方向へ跳ねた。


夕方の光が、カーテンの隙間から細く入っている。


床にはアコギケース。


ピアノの上には、shihoの譜面ファイル。


壁際には、バスクラリネットのケース。


窓際には、natsuのローホイッスルとフルートケース。


少し前なら、楽器はもっと遠くにあった。


今は、全部が手の届く場所にある。


それだけでも、三人はもう変わっていた。


けれど。


変わったのは、楽器との距離だけではなかった。


renaは、スマホを見たまま固まっていた。


shihoは、ピアノの椅子に座ったまま、譜面を揃える手を止めている。


natsuは、窓際でローホイッスルを磨いていたが、布の動きが少しだけ止まっていた。


三人とも、見ていた。


同じコメントを。


――三人とも、可愛い。


renaが、最初にスマホを伏せた。


「……見なかったことにしよう」


shihoが静かに言った。


「見たよ」


「見てない」


「見た」


「見てない」


natsuが、ぽつりと言った。


「見た」


renaは振り返った。


「natsuまで」


natsuは真顔だった。


「三人とも、って書いてあった」


「読み上げなくていい」


shihoは、少しだけ目を伏せた。


「三人とも、か」


その声が、思ったより低かった。


いつもの落ち着いた声。


でも、その奥に少しだけ揺れがあった。


renaはそれに気づいた。


「shihoも嫌だったんだ」


shihoは、すぐに答えなかった。


指先が、譜面の角を小さく撫でる。


「嫌だった、というより」


「うん」


「どこを見られているのか分からなくなるのが、怖かった」


部屋が静かになる。


natsuも、今度は茶化さなかった。


shihoは続けた。


「音を聴いてほしいのに、雰囲気だけ見られている気がする時があった」


renaは、ゆっくり頷いた。


「うん」


「低い声がいいとか、落ち着いてるとか、綺麗とか、そう言われるのも、嫌ではなかった」


「うん」


「でも、そこだけで終わられたらどうしようって思ってた」


shihoは、譜面から目を離さない。


「それで、少し引いていたのかもしれない」


renaは、思わず言った。


「他人事みたいに言うけど、shihoも当事者だからね?」


shihoが顔を上げる。


renaは、今度は逃げずに言った。


「私だけじゃないよ。shihoも逃げた」


「……逃げたかな」


「逃げた」


natsuが短く言う。


「逃げた」


shihoは、natsuを見る。


「natsuまで」


natsuは、ローホイッスルを膝に置いた。


「森に隠れた」


shihoは一瞬黙ったあと、少しだけ笑った。


「それは、言い方が綺麗すぎる」


renaは逃さなかった。


「もう逃さんよ」


shihoは、目を瞬かせた。


「急に強い」


「強くなる時もある」


「猫なのに」


「猫じゃない」


natsuが言った。


「猫、爪ある」


renaは胸を張った。


「ほら」


shihoは、とうとう小さく笑った。


前なら、そこで話を終わらせていたかもしれない。


でも、今日は終わらなかった。


shihoはピアノの蓋を少し開けた。


鍵盤が、夕方の光を受ける。


「でも、そうだね」


低い声が、部屋に落ちる。


「私も、当事者だと思う」


renaは黙って聞いた。


shihoは、鍵盤に指を置く。


音は鳴らさない。


「可愛いって言われることも、綺麗って言われることも、全部を外側だけの評価だと思い込んでいた」


「うん」


「でも、見てくれる人の入口が、そこだっただけかもしれない」


renaの目が少し動く。


入口。


その言葉は、さっきから三人の中に残っていた。


見てもらいたいところは、たくさんある。


音。


詩。


アコギ。


ピアノ。


バスクラリネット。


フルート。


ローホイッスル。


風。


水。


森。


でも、その奥へ来てもらうには、最初の扉がいる。


その扉が、声でもいい。


曲名でもいい。


雰囲気でもいい。


そして、もしかしたら。


可愛い、でもいい。


renaは、少しだけ顔を赤くした。


「……可愛いから入ってきた人が、あとから音を好きになってくれるかもしれない」


shihoは頷いた。


「うん」


「雰囲気から入ってきた人が、あとから詩を読んでくれるかもしれない」


「うん」


「リバクラから来た人が、私たちの水とか森とか風とか、ちゃんと見てくれるかもしれない」


「うん」


natsuが、ローホイッスルを持ち上げた。


短く、ふっと息を入れる。


まだ曲ではない。


でも、風が部屋を抜けた。


renaは、その音を聴いて、少しだけ笑った。


「natsuは、どうなの」


natsuは笛を下ろした。


「なにが」


「可愛いって言われるの」


natsuは少し考えた。


「妖精って言われる」


shihoが小さく笑う。


「言われてるね」


natsuは、少しだけ窓の外を見た。


「妖精、たぶん、肌荒れしないと思われてる」


renaは一瞬止まった。


「……え?」


natsuは真面目に続けた。


「する」


shihoが顔を上げる。


「肌荒れ?」


「する」


renaは、思わず笑いそうになった。


「natsuも?」


natsuは頷いた。


「する」


「妖精なのに?」


「妖精にも努力は必要」


renaは耐えられなかった。


肩を震わせて笑う。


shihoも、口元を押さえた。


「それ、かなり名言だと思う」


natsuは不思議そうに首を傾げる。


「名言?」


renaは笑いながら言った。


「みんな知らないだろうなあ。natsuが夜にパックしてるとか」


natsuは、すっと表情を変えた。


「それは、妖精の秘密」


shihoがとうとう声を出して笑った。


「秘密なんだ」


「秘密」


「言ってるけど」


「今、言われた」


renaは、もう笑いを止められなかった。


natsuが本当に少しだけ困った顔をしているのが、余計におかしい。


それでも、natsuは否定しなかった。


パックをする。


髪を整える。


肌の調子を見る。


楽器を吹くために、唇を荒らさないようにする。


息を使う身体を、ちゃんと整える。


natsuは何もしていない妖精ではない。


風みたいに見えるために、ちゃんと生活している。


そのことが、急におかしくて、愛しかった。


renaは、目元を指で押さえながら言った。


「natsu、ちゃんとしてるよね」


natsuは少しだけ考えた。


「してる」


「自分で言った」


「してるから」


shihoが静かに頷いた。


「してるよ」


その言い方がやさしくて、natsuはほんの少しだけ目を伏せた。


照れたのかもしれない。


分かりにくい。


でも、二人には分かった。


renaは、今度はshihoを見た。


「shihoだって」


shihoは、すぐに視線を逸らした。


「何」


「筋トレしてるじゃない」


shihoの手が止まった。


natsuも、少しだけ顔を上げる。


renaはにやっとした。


「ボディーライン、気にしてるじゃない」


shihoは、珍しく分かりやすく動揺した。


「それは」


「それは?」


「姿勢を保つため」


renaは畳みかける。


「姿勢だけ?」


shihoは、少しだけ耳を赤くした。


「演奏に必要だから」


natsuが短く言う。


「三頭筋」


shihoがnatsuを見る。


「そこ言う?」


natsuは真顔だった。


「見せてた」


renaは吹き出した。


「shiho、三頭筋見せてたの?」


shihoは、諦めたように息を吐いた。


「見せてない。確認しただけ」


「誰に」


「鏡に」


「もうそれ見せてるじゃん」


「自分にでしょ」


natsuがぽつりと言う。


「私の三頭筋、もっと認められたい」


一瞬、部屋が止まった。


renaは、ゆっくりshihoを見た。


「shihoって、そんな人だっけ……?」


shihoは、ピアノの前で姿勢を正した。


「私だって、認められたいものくらいある」


renaは口元を押さえた。


「三頭筋が?」


「三頭筋も」


natsuが頷く。


「努力」


shihoは少し真面目な顔で続けた。


「楽器も声も、身体を使うから」


renaは、笑うのを少し抑えた。


shihoの言葉が、思ったよりちゃんとしていたから。


「歌う時も、吹く時も、弾く時も、身体が崩れると音が崩れる」


「うん」


「だから整える」


shihoは、自分の腕を少しだけ見た。


「でも、それを見た目の話にされるのが嫌だった」


renaは黙った。


shihoは続ける。


「でも、見た目も、身体も、音の一部ではある」


その言葉に、部屋の空気が少しだけ変わった。


見た目だけではない。


でも、見た目を完全に切り離すこともできない。


ステージに立つ。


配信に映る。


人前で歌う。


音だけではなく、表情も、姿勢も、服も、髪も、手の動きも、息の仕方も、全部が届いてしまう。


それを怖がっていた。


でも、全部を敵にしなくてもいい。


shihoは、静かに言った。


「私たち、かわいいよね」


renaは、固まった。


natsuも、一瞬だけまばたきをした。


shihoは、少し恥ずかしそうに、でも目を逸らさなかった。


「一応、美容を怠らないようにはしてる」


「女子だしね」


renaが、ほとんど反射で続けた。


言ってから、自分で驚いた顔をした。


shihoが、少し笑った。


「そう。女子だしね」


natsuが、ローホイッスルを膝の上で回した。


「女子」


renaはnatsuを見る。


「natsuも女子」


natsuは頷いた。


「うん」


「妖精じゃなくて?」


「女子妖精」


shihoが、口元を押さえた。


renaは、もう笑いすぎて息が苦しかった。


「何それ」


natsuは、ほんの少しだけ得意そうだった。


「新しい」


「新しいけど」


「入口、増えた」


その言葉で、三人とも笑った。


笑って、少し黙った。


入口。


また、そこに戻ってくる。


可愛いと言われること。


綺麗と言われること。


雰囲気が好きだと言われること。


声が好きだと言われること。


指が綺麗だと言われること。


髪が似合うと言われること。


姿勢が好きだと言われること。


それらを、全部浅いものだと決めつけなくてもいい。


全部、自分たちへ入ってくる入口かもしれない。


そこから奥へ来てくれたらいい。


そこから音へ。


詩へ。


水へ。


森へ。


風へ。


三人が、本当に見てもらいたいところへ。


renaは、スマホをもう一度開いた。


さっきのコメントが、まだ画面の中に残っている。


――三人とも、可愛い。


renaは、今度は伏せなかった。


shihoも、横から覗き込む。


natsuも、少しだけ近づいた。


三人で、その一行を見る。


しばらく誰も喋らなかった。


やがて、renaが小さく言った。


「……ありがとうございます」


声に出した。


コメント欄に返したわけではない。


部屋の中で、自分たちに言い聞かせるように。


shihoも、静かに続けた。


「ありがとうございます」


natsuも、少し遅れて言った。


「ありがとう」


その言葉が、部屋に落ちた。


軽くはなかった。


でも、重すぎもしなかった。


ちゃんと受け取る言葉だった。


renaは、ゆっくり息を吐いた。


「受け取れるようになったの、なんでだろ」


shihoは、少しだけ考えた。


「自分たちだけで、自分たちを見るのをやめたからじゃない」


renaはshihoを見る。


shihoは続けた。


「前は、自分たちが認められる価値だけを価値だと思ってた」


natsuが言う。


「狭かった」


shihoは頷いた。


「うん。狭かった」


renaは、何も言わない。


shihoは言葉を選びながら続ける。


「でも、周りの人が見てくれているものもある」


「うん」


「それを、そんなものじゃないって跳ね返すのは、見てくれた人の気持ちまで跳ね返すことになる」


renaの胸の奥に、少しだけ痛みが走った。


自分たちは、そうしてきたかもしれない。


音を聴いてほしい。


本質を見てほしい。


そう言いながら、自分たちが受け取れる形以外の言葉を、勝手に軽く扱っていたのかもしれない。


可愛い。


綺麗。


雰囲気が好き。


笑顔が好き。


そう言ってくれた人の気持ちを、ちゃんと見ていなかったのかもしれない。


renaは、小さく呟いた。


「私たちが、中で縮こまっていたら」


shihoが見る。


「みんな、どこから見ればいいか分からない」


natsuが、短く言う。


「入口、閉まる」


renaは頷いた。


「うん」


少しだけ沈黙。


そのあと、renaは顔を上げた。


「入り口を増やそう」


今度は、前よりはっきり言えた。


「可愛いでもいい」


shihoが頷く。


「綺麗でもいい」


natsuが続ける。


「妖精でもいい」


renaが笑う。


「妖精でもいい」


shihoが自分の腕を少しだけ見た。


「三頭筋でもいい」


renaが吹き出した。


「そこも入口にするの?」


shihoは真面目に頷いた。


「鍛えてるから」


natsuも頷く。


「努力」


renaは笑いながら、少しだけ目元を拭った。


笑いすぎたのかもしれない。


でも、少しだけ別のものも混じっていた。


「どれも、あたしたちだね」


shihoは頷いた。


「うん」


natsuも言った。


「どれも」


renaは、スマホを伏せなかった。


そのまま机に置いた。


逃げるためではなく、そこに置くために。


そして、アコギケースに手を伸ばした。


金具に指が触れる。


カチ、と小さな音がした。


ケースが開く。


中のアコギが、夕方の光を受けて静かに待っている。


shihoは、ピアノの前に向き直った。


「ねえ」


renaが顔を上げる。


natsuも、笛を手にしたまま見る。


shihoは、鍵盤に指を置いた。


今度は、さっきより少し明るい音を鳴らした。


「作ろうか」


renaは聞き返す。


「何を」


shihoは、少しだけ笑った。


「新曲」


natsuが、ローホイッスルを口元に近づける。


「入口の曲?」


shihoは頷いた。


「うん。入口の曲」


renaは、アコギをそっと抱えた。


少し前なら、そこまでに時間がかかった。


でも今日は、指が自然に弦へ触れた。


ぽろん、と小さく鳴る。


まだ曲ではない。


でも、始まりの音だった。


renaは、二人を見た。


「作ろうか」


shihoが頷く。


natsuが、短く笛を鳴らす。


三人の部屋に、新しい風が入った。


まだ曲名はなかった。


でも、入口はもう開いていた。

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