4-5-5 ごはんと、Sound Session
録画ランプが消えても、誰もすぐには動かなかった。
小さなミニライブハウスの中には、二曲分の余韻がまだ残っていた。
君に会えてよかった feat. Reverse Crown。
君の音に憧れて feat. ReShiNa。
言葉にすれば、たった二曲。
けれど、そこにあったのは、もっと大きな往復だった。
見た。
見られた。
聴いた。
聴かれた。
憧れた。
憧れられた。
必要だと言った。
必要だと言われた。
それを音にして、目の前で渡し合った。
ReShiNa三人は、まだ少し夢の中にいるような顔をしていた。
renaはアコギを抱えたまま、椅子に腰かけている。
指先は弦に触れているのに、もう鳴らしてはいない。
ただ、そこに音の余熱が残っているみたいに、そっと置いていた。
shihoは、バスクラリネットのケースを閉じようとして、金具に手をかけたまま止まっていた。
閉じるのがもったいないような。
でも、いつまでも開けておくのも違うような。
そんな顔をしていた。
natsuは、フルートを片づけず、胸の前で抱いている。
視線は床に落ちているけれど、落ち込んでいるわけではない。
まだ身体の中で、さっきの音が回っている。
風の向きが変わる前の、静かな目だった。
リバックラインの五人も、すぐには仕事に戻れなかった。
Kateはノートを閉じた。
閉じたけれど、完全に仕事を終えた顔ではなかった。
まだ頭の中で、言葉を整理している。
でも、今はそれを紙には落とさない。
Miwaは、まだ目元が赤い。
ハンカチを握ったまま、時々小さく息を吸っている。
泣き止もうとしているのに、余韻が戻ってきてしまう顔だった。
Ninaは、そんなMiwaを見ながら、自分も少し鼻をすすっていた。
広報の顔に戻りたいのに、まだ戻りきれない。
Saraは、カメラの録画停止を確認したあと、ケースにしまう前にもう一度画面を見た。
記録として問題ないか確認する目。
でも、その目の奥には、ちゃんと感情が残っている。
Yuiは、さっきからずっと小さく笑っていた。
泣きそうで、でも嬉しそうな笑い。
自分の中に入ってきたものを、まだ言葉にできずにいる顔だった。
そんな中で、最初に空気を破ったのはwataだった。
「さあ!」
いきなり声が明るくなる。
全員が、少しびくっとした。
wataは、両手を軽く叩いた。
「みんな、ごはん行こ!」
一瞬、誰も返せなかった。
あまりにも急だったからだ。
でも、その急さが、逆によかった。
感動のあとに、ずっと感動だけを置いておくと、息が詰まる。
泣いたあとの体には、現実の重さがいる。
腹が減る。
水がいる。
炭水化物がいる。
誰かが笑って、椅子から立つ音がいる。
そういう当たり前が、音楽のあとにはちゃんと必要だった。
mcRCが、少しだけ笑った。
「切り替え早いな」
wataは真顔で言った。
「大事やろ。泣いたら腹減るんよ」
mcRCは頷いた。
「うん。飯は大事」
その声は、いつもの配信の声より少し低かった。
でも、硬くはなかった。
人を現実に戻す声だった。
「泣いたあと、ちゃんと食わんと戻ってこれんから。音も体も、腹減ったままやと続かん」
EGUIが静かに頷く。
「そこはほんまに大事やな」
Miwaが、まだ涙声で笑った。
「それはちょっと分かります」
natsuが、フルートを抱えたまま、ぽつりと言った。
「音楽、腹へる」
その言い方は、いつものnatsuのままだった。
短い。
まっすぐ。
感覚で置く。
でも、妙に正しい。
wataが、親指を立てた。
「名言」
natsuは、目だけでwataを見る。
「ただの事実」
shihoが、小さく笑った。
「natsuは、ずっと変わらないね」
renaも笑う。
「そこがいいよね」
natsuは、少しだけ首を傾げた。
「変わるところは、音でいい」
その一言に、wataが一瞬止まった。
「……それ、今日の候補入りでは?」
Kateが反射的にノートを開きかける。
natsuは、Kateを見る。
「箱?」
Kateは、少しだけ笑った。
「候補の箱です」
natsuは、諦めたように頷いた。
「じゃあ、入れて」
その場に、小さな笑いが落ちた。
泣いたあとで。
曲を聴いたあとで。
まだ胸の奥が熱いままなのに、誰かが「腹へる」と言ってくれる。
それが、少し救いだった。
wataは、もう完全に気持ちがごはんへ向いていた。
「で、何行く? リバクラーメン行く?」
renaが首を傾げる。
「リバクラーメン?」
mcRCが、少し困ったように笑う。
「ラーメンです。リバクラが行くから、リバクラーメンって言ってるだけ」
shihoが、静かに言った。
「言いたいだけですね」
wataが胸を張る。
「そうです」
EGUIが低く言う。
「胸張るな」
Ninaが笑いながら言った。
「でもラーメンいいですね。泣いたあと塩分ほしい」
Miwaが涙を拭きながら頷く。
「分かる。めちゃくちゃ分かる」
Saraが冷静に言う。
「録画後で荷物があるので、近場がいいです」
Kateがスマホを開いた。
「この周辺だと、ラーメン、カレー、パスタ、定食があります」
wataがすぐに反応した。
「カレーもええなぁ」
natsuが顔を上げる。
「こめ?」
wataが見る。
「こめ?」
natsuは、真面目な顔で言った。
「カレー。こめ?」
EGUIが説明する。
「ライスかナンかってことやな」
natsuは頷く。
「ナン」
wataがにやりとした。
「ナンやな」
natsuは、少しだけ目を細めた。
「ナン、いい」
renaも言う。
「ナン、いいですよね」
その瞬間、wataの目が光った。
mcRCが先に言った。
「やめろよ」
wataはもう遅かった。
「レジーナン?」
一拍。
全員が止まった。
shihoが、静かにwataを見る。
「……言いましたね」
wataは少しだけ笑いをこらえる。
「すみません。言いたくて」
EGUIが低く言う。
「もう言いたいだけやんけ」
Ninaが笑いをこらえきれずに吹き出した。
Miwaも泣き笑いになった。
Yuiは、口元を押さえて肩を震わせている。
natsuは、少し考えてから言った。
「レジーナン」
renaが耐えきれずに笑った。
「natsu、復唱しないで」
natsuは、真面目に言った。
「音はいい」
wataが嬉しそうに頷く。
「でしょ?」
shihoが言う。
「同意しないで」
Kateがスマホを見ながら、少しだけ笑った。
「パスタも近くにあります」
wataが、すかさず言った。
「レジーナポリタン?」
今度は、mcRCが本気で止めに入った。
「もうええわ」
EGUIも言う。
「言いたいだけやんけ」
wataは、両手を上げる。
「はい。言いたいだけでした」
renaは笑いすぎて、少しだけ目元を押さえた。
「だめ、今日ずっと泣いたり笑ったりしてる」
Miwaが、同じく目元を押さえながら言った。
「私もです」
Ninaが二人を見て言う。
「感情の消費カロリー高いですね」
natsuが頷く。
「だから、ごはん」
Yuiが笑った。
「natsuさん、そこに戻るんですね」
natsuは、少し首を傾げる。
「ごはん、大事」
「はい。大事です」
mcRCが、ステージの上に残っていたペットボトルをまとめながら言った。
「ほんまに大事。今日みたいな日は、ちゃんと食べて、ちゃんと帰るとこまでセットやから」
Kateが、そこに反応した。
「それ、進行としても正しいです」
wataが笑う。
「ほら、飯が進行になった」
mcRCは肩をすくめる。
「飯を軽く見るな」
EGUIが頷く。
「名言っぽい」
mcRCが笑う。
「いや、普通のこと言ってるだけや」
でも、ReShiNa三人には、その普通が少し嬉しかった。
感動したあと。
泣いたあと。
大事な曲を聴いてもらったあと。
そのまま音の中に閉じ込められるのではなく、ごはんへ行く。
食べる。
笑う。
帰る。
明日も続く。
それをmcRCが自然に置いてくれることが、少し安心だった。
結局、店は近くのカレー屋になった。
ライブハウスから歩いて五分ほどの場所。
小さな店だった。
インド料理店というより、日本の街に馴染んだカレー屋。
入り口には、手書きのメニュー。
チーズナン。
バターチキン。
キーマ。
ほうれん草。
ラッシー。
wataは看板を見た瞬間に言った。
「勝ちやな」
EGUIが言う。
「まだ食べてない」
「看板で勝ってる」
mcRCは、店の前で人数を数えた。
「十一人か。入れるかな」
Kateがすでに店内を確認していた。
「奥の席をつなげてもらえそうです」
mcRCが少し笑う。
「早いな、Kate」
Kateは当然のように言う。
「人数が多いので」
wataが小声でReShiNaに言う。
「こういう人たちです」
renaは笑った。
「頼もしいです」
Ninaがすぐに言った。
「renaさん、口調」
renaは、はっとした。
「あ」
Miwaが笑う。
「戻りましたね」
renaは、少しだけ頬を赤くする。
それから、言い直した。
「頼もしい」
言い方が少しぎこちない。
でも、それがかえって可愛くて、リバックライン側が少し笑った。
Kateがやさしく言う。
「無理に崩しすぎなくて大丈夫です」
Miwaが続ける。
「でも、ちょっとずつ近くなってる感じは嬉しいです」
renaは、ほっとしたように笑った。
「うん」
その「うん」は、自然だった。
店に入ると、スパイスの香りが一気に身体へ入ってきた。
さっきまでの音の余韻に、カレーの匂いが混ざる。
泣いたあと。
笑ったあと。
録画のあと。
曲を聴いたあとの身体には、その香りが妙に現実的で、ありがたかった。
奥の席をつなげてもらい、十一人が少し窮屈に座る。
でも、その窮屈さも悪くなかった。
ステージでは立ち位置を気にしていた人たちが、今はメニューを覗き込み合っている。
さっきまで「相互尊重」とか「境界線を守った友情」とか言っていた人たちが、今はチーズナンを何枚頼むかで真剣に悩んでいる。
それが、なんだかおかしかった。
wataがメニューを広げる。
「チーズナン、これはいるやろ」
EGUIが頷く。
「いる」
mcRCが言う。
「普通のナンもいるやろ。あと米もいる。カレーは米でも食いたい」
natsuが短く言う。
「両方」
renaが笑う。
「強い」
natsuは真顔で返す。
「選べない」
shihoが静かに言った。
「じゃあ両方でいいね」
Miwaが言う。
「平和な解決」
Saraがすぐに人数分を計算する。
「チーズナン二つ、プレーンナン二つ、ライスも少し。カレーはシェア用と個別で分けた方がよさそうです」
wataが感心する。
「食事でも段取り」
Kateが当然のように言う。
「人数が多いので」
mcRCが笑う。
「さっきも聞いた」
「何度でも言います」
Ninaが、ReShiNa三人の方へ身を乗り出した。
「辛さ、大丈夫ですか?」
renaが少し考える。
「普通なら大丈夫で……」
言いかけて、自分で止まった。
Ninaが笑う前に、renaは少しだけ照れて言い直す。
「普通なら、大丈夫」
Miwaが嬉しそうに言う。
「自分で直した」
renaは赤くなった。
「難しいね」
shihoも静かに頷く。
「意識すると、逆に変になる」
natsuは、メニューを見たまま言った。
「そのままでいい」
renaがnatsuを見る。
natsuは続けた。
「変える時は、音でいい」
その言葉に、renaは少しだけ目を細めた。
「うん」
shihoも、小さく頷いた。
「そうだね」
natsuは、メニューから目を離さずに言った。
「でもラッシーはいる」
Yuiが笑った。
「そこは譲らないんですね」
「白い救い」
wataが小声で言う。
「言い方が詩」
shihoが横から言う。
「natsuはだいたいこう」
renaも笑った。
「本人は普通に言ってる」
Kateがメモを取ろうとして、やめた。
natsuがそれを見た。
「箱?」
Kateは、少しだけ笑った。
「心の箱に」
natsuは納得したように頷いた。
「それならいい」
注文が終わると、少しだけ空気が落ち着いた。
店内には、他の客も数組いる。
厨房からは、ナンを焼く音と、皿が触れる音が聞こえる。
誰かの笑い声。
スプーンが皿に当たる音。
さっきまでのライブハウスとは違う生活の音。
その中で、ReShiNaとリバクラとリバックラインは、ようやく普通の人たちみたいに座っていた。
運ばれてきたナンは、想像していたより大きかった。
テーブルの端から端まで届きそうなほどの大きさに、Yuiが小さく歓声を上げる。
「大きい……」
wataが、得意げに言う。
「これがナンの力や」
EGUIが言う。
「お前が作ったわけじゃない」
Ninaが笑う。
「でも、このサイズはテンション上がりますね」
natsuは、ナンをじっと見ていた。
「布団」
全員が止まる。
renaが吹き出した。
「ナンを布団って言わないで」
natsuは真面目に返す。
「大きい。あったかい」
wataが頷く。
「確かに布団」
shihoが言う。
「同意しないで」
笑いがまた広がる。
泣いたあとの笑い。
録画のあとのごはん。
曲を外へ出す準備の前に、こういう時間がある。
それが、妙に大事に思えた。
チーズナンをちぎると、中から熱いチーズが伸びた。
Miwaが思わず声を上げる。
「わ、すごい」
Ninaが笑う。
「Miwa、今日ずっと感情が忙しい」
Miwaは、チーズナンを見つめたまま言った。
「だって、今日は全部すごいんだもん」
その言い方が、少し子どもみたいで、でもMiwaらしかった。
wataが、そこに乗る。
「恋でもあるしな」
Miwaは、ぱっと顔を上げた。
「それはそうです」
mcRCがむせかけた。
「急に何を」
Miwaは、泣いたあとの目で、でも火力だけはしっかり残した顔で言った。
「敬意も、信頼も、憧れも、広い意味では恋です」
Ninaが笑いながら頷く。
「出た、Miwaの火力」
Kateが少しだけ口元を緩める。
「表現は強いですが、言いたいことは分かります」
mcRCは頭を抱えた。
「食事中に俺を焼くのやめてもらっていい?」
wataが嬉しそうに言う。
「焼かれてるのはナンやで」
EGUIが低く言う。
「うまくない」
「厳しい」
natsuがチーズナンを見て言った。
「これは恋?」
Miwaが真剣に答える。
「かなり恋」
natsuは頷いた。
「わかる」
shihoが笑う。
「そこは分かるんだ」
natsuは、チーズナンを小さくちぎりながら言った。
「あったかい。伸びる。危ない」
wataが腹を抱えそうになる。
「恋の定義、チーズナンになった」
renaは笑いすぎて、また少し目元を押さえた。
「今日だめ、ほんとに」
mcRCは、水を飲みながら言った。
「まあでも、こういう時間もいるよ。曲だけでずっと熱いままだと、みんな焼ける」
EGUIが頷く。
「冷ます時間やな」
mcRCは、ナンをちぎりながら言った。
「冷ますというか、戻す時間。人に戻る時間」
その言葉に、ReShiNa三人が少し黙った。
音楽をやっていると、時々、人ではなく音そのものになりすぎる。
燃えすぎたり、沈みすぎたり、風になりすぎたりする。
でも、ごはんを食べると戻ってくる。
手が汚れる。
水を飲む。
辛いとか、甘いとか言う。
人に戻る。
それは、ReShiNaにとっても大事なことだった。
しばらく食事の話で盛り上がったあと、shihoがふとリバクラ三人を見た。
「そういえば」
mcRCが見る。
「うん?」
shihoは、少しだけ言いにくそうにしながらも言った。
「Sound Sessionって、Reverse Crownさんは出ないんですか?」
その瞬間、Ninaが小さく笑った。
「shihoさん、口調」
shihoは、はっとした。
「あ」
renaも、横で少し笑う。
「戻ったね」
shihoは、少しだけ頬を赤くした。
さっき、砕けて話そうと言ったばかりだった。
でも、大事な話になると、すぐに丁寧語へ戻ってしまう。
natsuが、ナンをちぎりながら、ぽつりと言った。
「硬い」
shihoは、少しだけ目を伏せる。
「……硬かった」
wataが笑いかけたが、すぐに口を閉じる。
その代わり、mcRCがやわらかく言った。
「いや、いいよ。大事な話やし」
shihoは、少しだけ息を整えた。
それから、言い直す。
「Sound Sessionって」
一度止まる。
「リバクラは、出ないの?」
言い方はまだ少しぎこちない。
でも、ちゃんと砕こうとしていた。
mcRCは、その努力を受け取るように頷いた。
「Sound Session?」
wataも言う。
「なにそれ?」
ReShiNa三人が、少し驚いた顔をした。
renaが見る。
「知らない?」
今度はrenaの口調も少しだけ砕けていた。
EGUIが首を横に振る。
「名前は聞いたことあるかもしれんけど、詳しくは知らん」
natsuが、ぽつりと言った。
「大きい音の場」
wataが見る。
「大きい音の場?」
shihoが補足する。
「イベント。私たちは前夜祭だけ出たことがある」
renaも頷く。
「本戦というか、メインの方は出てないんだけど」
ここで、Kateが説明を引き取った。
「Sound Sessionは、ジャンル混合の音楽イベントです。いわゆる勝負形式に近い部分があります」
mcRCが、少しだけ姿勢を正した。
「勝負系なんですか?」
Saraが頷く。
「採点基準はいろいろあります。演奏技術、構成、独自性、観客反応、ステージ運び、SNS反響。細かい項目は年によって変わります」
Ninaが続ける。
「でも、トータルで見ると、かなり大きいのは盛り上げです」
wataが眉を上げる。
「盛り上げた方が勝ち?」
Miwaが頷く。
「極端に言うと、そうですね。もちろん技術も必要ですけど、最終的には会場を持っていった組が強いです」
EGUIが腕を組む。
「バトルロワイヤルみたいな感じ?」
Kateが言う。
「一組ずつ出て、最終的に比較されるタイプです。直接対決というより、全員が同じ場に投げ込まれる感じですね」
wataが少し笑う。
「それ、ほぼバトルロワイヤルやん」
Saraが冷静に言う。
「表現としては近いです」
mcRCは、少し黙った。
盛り上げた方が勝ち。
一組ずつのバトルロワイヤルタイプ。
それは、リバクラにとって遠いようで、近い話だった。
三人のラップ。
コール。
場の空気を拾う力。
予定外を受ける力。
リバ点呼。
リバクラ朝礼。
BEEFとのライブで身につけた崩れない対応。
全部が、どこかでつながる。
けれど、簡単に「出ます」と言える話でもない。
勝負に出るということは、準備がいる。
曲もいる。
見せ方もいる。
外に向けて自分たちをどう置くかも決めなければいけない。
ReShiNaは、その空気を見ていた。
shihoが、静かに言った。
「私たちは、前夜祭だけだった」
renaも頷く。
「本戦は、怖かった」
natsuが短く言う。
「広すぎた」
その言葉に、リバクラ三人は黙った。
広すぎた。
その一言で、ReShiNaがそのイベントをどう感じていたかが伝わった。
音が届く前に、場の広さに飲まれる。
そんな感覚だったのかもしれない。
でも、renaは少しだけ顔を上げた。
「でも、リバクラなら」
言ってから、自分で少し照れたように笑った。
「合うと思う」
mcRCが、静かに見る。
renaは続けた。
「盛り上げるだけじゃなくて、人を置いていかないから」
その言葉で、mcRCの表情が少し変わった。
shihoも続ける。
「Sound Sessionは、派手な人が強い場所でもある。でも、ただ派手なだけでは残らないと思う」
natsuが言う。
「声が残る人が勝つ」
wataが、少しだけ目を細める。
「声が残る人」
natsuは頷く。
「終わったあと、耳にいる人」
EGUIが、ゆっくり頷いた。
「それは、分かる」
renaは、リバクラ三人を見た。
「私たちは、前夜祭だけだったけど」
少しだけ言葉を探す。
「リバクラなら、出る価値は高いと思う」
Kateが、ここで静かに言った。
「私も、そう思います」
mcRCがKateを見る。
「Kateも?」
その呼び方に、ReShiNa三人が少しだけ反応した。
さん付けではない。
さっきから少しずつ見えていた、近い距離の呼び方。
Kateは自然に頷いた。
「はい。かなりあります」
Ninaが、そこで急に配信のテンションを少しだけ出した。
「いやもう、出たら普通に見たいですけどね。ぶちょーー!!!!!!って叫ぶ準備はあります」
mcRCが即座に顔をしかめる。
「やめて」
Kateが淡々と言う。
「その場合、私も言う可能性があります」
mcRCがKateを見る。
「Kateまで?」
Kateは涼しい顔で答える。
「配信では言っています」
wataが吹き出した。
「切り替ええぐい」
Miwaが、まだ目元を少し赤くしたまま、火の入った声で言った。
「でも本当に、出る価値は高いと思います。これは仕事としても言いますし、恋としても言います」
mcRCがむせた。
「また恋って言った」
Miwaは真顔で言う。
「言います。広い意味の恋です。応援って、少し恋です」
EGUIが低く言う。
「火力が高い」
Ninaが笑う。
「Miwa、泣いたあとが一番火力出る」
Miwaは頷いた。
「出ます。だって見たいから」
その一言で、場が少し静かになった。
見たい。
その言葉は強かった。
ただ勧めているのではない。
勝てそうだからでもない。
話題になりそうだからでもない。
見たい。
リバクラが、広い場に立つところを。
ReShiNaと関わったあとのリバクラが、どんなふうに会場を巻き込むのかを。
見たい。
Kateは、そこで少し仕事の言葉に戻した。
「リバクラは、会場を盛り上げる力があります。ただ煽るのではなく、巻き込む力です。Sound Sessionの形式には合うと思います」
Ninaが続ける。
「SNS的にも相性いいです。短く切れる場面が多い。リバ点呼とか、朝礼文化とか、あのへんは会場で起きたら強い」
Miwaも頷いた。
「でも、ただ盛り上げで出るより、今回のReShiNaとの流れを経たあとなら、もう一段深いと思います」
Saraが冷静に言う。
「出場するなら、曲選定と権利処理、提出音源、当日の導線、撮影許可範囲、切り抜き方針を早めに確認する必要があります」
Yuiが、少し緊張した顔で言った。
「でも、見たいです」
また、その言葉だった。
今度は、Yuiの小さな声。
Miwaの火力とは違う。
でも、静かで強い。
wataは、スプーンを置いた。
「見たいって言われると、弱いな」
EGUIも頷く。
「弱い」
mcRCは、少しだけ笑った。
「そこまで言われたらな」
でも、すぐには決めない。
それもリバクラらしかった。
勢いで飛び込むこともできる。
けれど、周りを巻き込むなら、確認がいる。
準備がいる。
出る価値があるからこそ、雑には決めない。
mcRCは、ReShiNa三人とリバックラインを見た。
「そっか。そこまで言うなら、ちょっと考えてみよっか」
wataが頷く。
「うん。ちゃんと話そ」
EGUIも言う。
「三人で相談やな」
mcRCは、少しだけ肩の力を抜いた。
「とりあえず、俺たちまた相談してみるよ」
renaは、ほっとしたように笑った。
「うん」
shihoも頷く。
「それがいいと思う」
natsuは、ナンを小さくちぎりながら言った。
「出たら、風変わる」
wataが笑う。
「また強いこと言う」
natsuは、首を傾げる。
「変わるでしょ」
EGUIが頷く。
「変わるな」
mcRCも、少しだけ遠くを見るように頷いた。
「変わるかもな」
Sound Session。
まだ、出るとは決まっていない。
でも、名前がテーブルの上に置かれた。
カレーの匂いと、チーズナンの湯気と、ラッシーの白いグラスの間に。
大きなイベントの名前が、普通の食卓に混ざった。
それが、不思議とよかった。
夢は、いつもステージの上だけで決まるわけではない。
時々、泣いたあとのごはんの席で。
誰かの何気ない一言で。
「出ないの?」という、少しぎこちない砕けた口調で。
次の扉が開く。
wataが、ナンを持ち上げながら言った。
「とりあえず、今日は食お。戦の前に飯や」
mcRCが笑う。
「まだ戦に出るって決まってない」
EGUIが言う。
「でも飯はいる」
mcRCも頷いた。
「飯はいる。ここは決定」
natsuが頷く。
「いる」
renaも笑う。
「いるね」
shihoが、カレーを少しすくって言った。
「今日は、食べよう」
Kateが頷く。
「食事も進行の一部です」
Ninaが笑う。
「名言っぽく言わないでください」
Miwaが、やっと少し落ち着いた顔で言う。
「でも、ほんとにそうかも」
Yuiが小さく言う。
「音のあとに、ごはん」
Saraが水を飲みながら言った。
「必要な補給です」
wataがにやりとする。
「つまり、レジーナンは必要補給」
mcRCが即座に言った。
「蒸し返すな」
EGUIが低く続ける。
「言いたいだけやんけ」
natsuが、ナンを見ながらぽつりと言う。
「でも、音はいい」
全員が笑った。
笑いながら、食べた。
泣いたあとで。
二曲を渡したあとで。
次の大きな名前が出たあとで。
まだ何も決まっていないのに、何かが始まりそうな気配だけが、テーブルの上に確かにあった。
リバクラは、まだSound Sessionに出るとは言っていない。
でも、三人の目の奥には、もう少しだけ火が入っていた。
ReShiNaは、それを見ていた。
リバックラインも、それを見ていた。
そして、誰も急かさなかった。
ただ、生暖かく。
でも、ちゃんと期待しながら。
その夜のカレーは、たぶん誰にとっても、少しだけ忘れにくい味になった。




