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ラップ付き小説 ReversCrown 元気ないやつこっちおいで  作者: egubi
reshina編

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126/186

4-4-6 月の夜の猫



まだ怖い。


でも、もう逃げる音ではなかった。


renaは、アコギケースの金具に指をかけた。


小さな音を立てて、ケースが開く。


その音だけで、胸の奥が少し震えた。


ただケースを開けただけ。


それだけなのに、三人には分かった。


さっきまで閉じていたものが、ひとつ開いた。


shihoも、バスクラリネットのケースを自分の前へ引き寄せた。


けれど、すぐには開けなかった。


黒いケースの上に手を置き、低く息を吐く。


その手つきは、楽器を扱うというより、まだ言葉にならないものの輪郭を確かめるみたいだった。


natsuは、フルートケースを膝の上でまっすぐに置いた。


ローホイッスルも、足元にある。


アイリッシュフルートも、横に置いてある。


でも、今、いちばん近くに置いたのはフルートだった。


まだ吹いていない。


でも、もう風はそこに来ている。


renaは、アコギをそっと持ち上げた。


木の匂いが、少しだけ戻ってくる。


怖い。


でも、懐かしい。


痛い。


でも、触れたい。


そういう矛盾が、自分の中にまだ残っていることを、renaははっきり感じた。


shihoが、小さく言った。


「今なら、出せるかもしれない」


renaは頷いた。


「うん」


natsuは、フルートケースを見たまま言った。


「まだ回ってる」


shihoがnatsuを見る。


natsuは、自分の胸のあたりに手を当てた。


「Own tempoの風。まだ体の中にいる」


renaは、その言葉に静かに息を吸った。


消えていない。


さっきの曲は終わったのに、まだ三人の身体の中で鳴っている。


その余韻が消える前に、返したい。


綺麗に整えてからではなく。


心がまだ濡れているうちに。


震えているうちに。


renaはアコギを抱え直した。


「呼ぼう」


shihoが頷いた。


「うん」


natsuは、フルートケースに指を置いた。


「戻ってきてもらおう」


三人は、扉の方を見た。


リバクラ三人は、スマホで呼べる相手ではない。


まだ連絡先を交換したわけではない。


ただ、さっき「外にいます」と言って、部屋を出てくれた。


だから、呼びに行けばいい。


renaは、アコギを一度椅子に置いた。


立ち上がる。


少し足元が頼りなかった。


でも、止まらなかった。


扉まで歩いて、そっと開ける。


廊下の白い光が、細く部屋に入った。


リバクラ三人は、廊下の少し離れたところにいた。


踏み込んでこない距離。


でも、呼ばれたら戻れる距離。


wataは缶コーヒーを持ったまま、壁際でじっとしていた。


mcRCは、扉の正面には立たず、少し横にずれていた。


EGUIは、通路の邪魔にならない場所で、ただ静かに待っていた。


近づきすぎない。


でも、いなくならない。


それが、今のReShiNaにはちょうどよかった。


renaは、小さく息を吸った。


「戻ってきてもらえますか」


三人の顔つきが変わった。


wataが缶コーヒーを持ち直す。


EGUIが静かに頷く。


mcRCは、一度だけ深く息を吸った。


「はい」


三人は、ゆっくり部屋へ戻った。


スタジオの中の空気は、さっき出ていった時とは変わっていた。


アコギケースは開いている。


バスクラリネットのケースも近くにある。


フルートケースは、natsuの膝の上でまっすぐ置かれている。


ローホイッスルも、すぐ手の届くところにある。


それだけで、何かが進んだことが分かった。


でも、リバクラ三人は何も騒がなかった。


「開けたんですね」とも言わなかった。


「すごい」とも言わなかった。


見つけたものを、大声で名前にしない。


その態度に、renaは少しだけ救われた。


wataが、空気を壊さないくらいの声で言った。


「一応、缶コーヒー買ってきました」


shihoが、涙の残った目で少し笑う。


「ありがとうございます」


wataは缶をテーブルに置きながら言う。


「ブラック押したつもりが、微糖出ました」


EGUIが横から言った。


「確認せんからや」


wataは真顔で返す。


「ボタン配置が悪い」


mcRCが言う。


「自販機のせいにするな」


natsuが、フルートケースを見たまま、小さく言った。


「微糖の風」


wataが固まった。


「それ、どういう風ですか」


natsuは少し考えた。


「甘いけど、逃げきれてない」


wataは胸を押さえた。


「自販機のミスまで詩にされるんしんどい」


renaが笑った。


shihoも笑った。


泣いたあとで、ちゃんと笑った。


その笑いが、さっきより少しだけ自然だった。


mcRCは、笑いが落ち着くのを待ってから言った。


「大丈夫ですか」


renaは、アコギを膝に乗せた。


「大丈夫、とはまだ言えないです」


mcRCは頷いた。


「はい」


renaは、弦に指を置いた。


「でも、鳴らせる気がします」


shihoも、バスクラリネットのケースを開けた。


中から、黒い楽器の輪郭が見える。


深い森のような色だった。


natsuは、まずローホイッスルを手に取った。


低い風。


夜の底をなぞる風。


それから、フルートケースの金具にも指を触れた。


小さな音を立てて、蓋が開く。


銀色の管が、蛍光灯を細く反射した。


wataが、思わず息を飲む。


「……綺麗」


natsuは、フルートを見ながら言った。


「今日は、光もいる」


誰も、軽く返さなかった。


その一言に、ちゃんと意味があったから。


renaは、アコギを抱え直した。


shihoは、低く静かに言った。


「この曲は、まだ、自然の曲じゃないです」


リバクラ三人は、黙って聞いた。


shihoは続ける。


「水とか、森とか、風とか。そういうふうに、綺麗に戻れているわけじゃない」


renaが頷く。


「まだ、人の中で傷ついてる曲です」


natsuは、ローホイッスルを膝に置いたまま言った。


「でも、人の方に、少し上がってる」


その言葉に、EGUIが少しだけ目を伏せた。


まっすぐ受け取った顔だった。


renaは、弦に指を置く。


まだ鳴らさない。


「私たち、たぶん、ずっと矛盾してました」


声は震えていた。


でも、逃げていなかった。


「見てほしいのに、見られたくない」


shihoが続ける。


「近づいてほしいのに、踏み込まれるのは怖い」


natsuが言う。


「甘えたいのに、逃げる」


wataは、何か言いかけて、やめた。


この場面で言葉を足すより、聴く方がいい。


それが分かった。


renaは、少しだけ笑った。


泣きそうな笑いだった。


「だから、これは、綺麗な曲じゃないかもしれません」


mcRCが言った。


「綺麗じゃなくていいです」


renaが顔を上げる。


mcRCは続けた。


「今のReShiNaが鳴らす音なら、それを聴きたいです」


EGUIも言う。


「整ってるかどうかより、何を隠さずに置くかやと思います」


wataが少し遅れて頷いた。


「俺ら、さっき自分の曲でけっこう刺したんで。今度はちゃんと、刺される準備してます」


shihoが、少し笑った。


「刺す曲かもしれません」


wataは一瞬固まる。


「やっぱり?」


natsuが静かに言った。


「子猫なので」


wataが首を傾げる。


「子猫?」


natsuは、ローホイッスルを持ち上げる。


「甘えて、逃げる」


wataは、胸を押さえた。


「もうタイトルだけで痛い」


renaが、小さく息を吸った。


「曲名は、月の夜の猫」


スタジオが静かになる。


月の夜の猫。


その言葉だけで、少し暗く、少し柔らかく、少し危ういものが部屋に落ちた。


欠けた月の下。


甘えたいのに逃げる、小さな猫。


その景色が、まだ音になる前から見えた気がした。


mcRCは、ゆっくり頷いた。


「聴かせてください」


リバクラ三人は、壁際へ下がった。


座らなかった。


立ったまま、音の前にいた。


ストリートの時と同じように。


曲の前に、ちゃんと立っていた。


renaの指が、弦に触れる。


最初の音は、細かった。


でも、逃げてはいなかった。


アコギの音が、夜の底に小さな線を引く。


shihoが、低い鍵盤をそっと押す。


重すぎない低音。


沈めるためではなく、受けるための音。


その上に、renaの声が乗った。


震えていた。


でも、その震えが曲だった。


≫ 胸の奥が静かに軋む

≫ 求めてないふりをしながら

≫ 気配だけ探してしまう

≫ I can’t be honest tonight…


natsuのローホイッスルが、短く低く入った。


夜の気配。


欠けた月の下に流れる、冷たい息。


wataは、最初の一行で呼吸を止めた。


声が綺麗だからではない。


もちろん綺麗だった。


でも、それ以上に、隠していたものを隠しきれていない声だった。


「求めてないふりをしながら」


その一行で、さっきまで笑っていた空気が、少し夜へ沈んだ。


でも、暗いだけではない。


夜の中に、誰かを探す気配があった。


mcRCは、renaの右手を見ていた。


弦を強く鳴らしていない。


でも、離してもいない。


怖がりながら、ちゃんと持っている。


shihoの低い音が、言葉の奥に影を作る。


natsuのローホイッスルは、すぐに消えた。


入ったことで、夜の輪郭だけを残した。


近づく前の風。


まだ窓の外にいる風。


renaの声が、少しだけ深くなる。


≫ 近づけばほどける心の縫い目

≫ 甘さに触れた瞬間に怖くなる

≫ 逃げた理由を並べれば並べるほど

≫ 本音だけが沈んでいく


EGUIは、目を伏せた。


これは、言い訳の歌ではなかった。


言い訳を歌っているようで、その奥にある本音を逃がしていない。


逃げた理由を並べる。


でも、並べるほど沈んでいく本音がある。


その構造が、痛かった。


それは、リバクラになる前の自分たちにもあった。


強く見せる理由を並べた。


平気なふりをした。


本当は怖かったのに、笑いでごまかした。


やりたいことがあるのに、まだ言葉になっていないから、ないことにした。


そうやって、それぞれ別々に抱えていた矛盾があった。


だから、EGUIはこの歌を遠くから聴けなかった。


痛い場所に、ちゃんと届いてしまっていた。


shihoの声が、低く入る。


影の中から、もう一つの本音が出てくるようだった。


≫ 言い訳の影に隠した涙

≫ 弱いのに強がる癖だけ残った

≫ 止めたいのに止まらない癖がある

≫ 寄り添いたいくせに踏み込めない


natsuのフルートが、そこで初めて入った。


高くはない。


でも、ローホイッスルのように低く包む音でもない。


細い。


銀色の細い息が、歌の隙間を通った。


少しだけ上へ。


少しだけ光へ。


wataは、思わず目を上げた。


さっきnatsuが言った意味が、音で分かった。


低い風だけではない。


夜の底に沈むだけでもない。


開く風。


怖いまま、少し上に行く風だった。


そして、サビに入る。


renaとshihoの声が重なる。


shihoの声は、前に出すぎない。


でも、奥で確かに支えていた。


森の中から返ってくる声のようだった。


natsuのフルートが、短く揺れる。


猫のしっぽみたいに。


近づいて、逃げる。


≫ 甘えては逃げる夜の子猫

≫ 小さな猫と欠けた月

≫ 揺れる心がかすかに震えて

≫ Come closer… と願って

≫ Don’t look… と俯く

≫ 矛盾の声が同じ胸で響く


mcRCは、胸の奥に手を置きたい衝動をこらえた。


矛盾の声。


同じ胸で響く。


それは、綺麗な答えではなかった。


でも、だからこそ真実だった。


「近づいて」と願う。


「見ないで」と俯く。


その両方が同時にある。


人の心は、そんなふうに面倒で、勝手で、弱くて、愛おしい。


mcRCは、情景としてそれを見ていた。


夜の路地。


欠けた月。


近寄ってきたと思ったら、すぐ物陰へ隠れる小さな猫。


でも、完全には逃げない。


距離を取りながら、こちらを見ている。


その景色が、曲の中でちゃんと立っていた。


EGUIは、じっと三人を見ていた。


この曲は、誰かに分かってもらうための説明ではない。


自分たちでも持て余してきた矛盾を、矛盾のまま外へ出している。


それが分かった。


だから、軽く頷くこともできなかった。


ちゃんと受け止めるしかなかった。


二番へ入る前、natsuのフルートが短く鳴った。


ほんの少しだけ、音が揺れる。


完璧ではなかった。


でも、その揺れがよかった。


息が震えている。


手も、たぶん震えている。


それでも、逃げずに吹いている。


renaは、その音を聴いて少しだけ目を細めた。


natsuが上に行こうとしている。


shihoもそれを感じ取ったように、低音を少し柔らかくした。


沈めない。


支える。


次は、shihoが前に出る。


低い声。


森の影の奥から出てくるような声だった。


≫ 触れれば壊してしまう気がして

≫ 触れないと余計に壊れそうで

≫ どちらを選んでも失くしそうな

≫ そんな夜ばかり積もっていく


wataは、唇を結んだ。


これは、ラップではない。


ビートで押す曲でもない。


でも、リズムがあった。


迷いのリズム。


近づいて、止まる。


言いかけて、飲み込む。


触れようとして、手を引く。


その全部が、曲の中でちゃんと動いていた。


wataは、その仕掛けに気づいていた。


Come closer と Don’t look。


Hold me と Stay away。


近づく言葉と、拒む言葉。


それがただ並んでいるんじゃない。


アコギは近づく。


低音は受ける。


ローホイッスルは夜に沈める。


フルートは逃げるように上へ抜ける。


でも三つともバラバラじゃなくて、同じ月の夜の中にいる。


矛盾を説明しているのではなく、音の動きそのものが矛盾になっていた。


wataは、喉の奥が少し熱くなるのを感じた。


言葉遊びじゃない。


これは、構造で刺してくる曲だった。


renaの声が、そこへ戻る。


≫ 黙っていても伝わる痛みがある

≫ 黙っているから消える想いもある

≫ ほんとうは全部わかっているのに

≫ 整理できない感情だけ残った


shihoの低い気配が、その最後の行に寄り添った。


整理できない感情だけ残った。


その言葉が、ただの混乱ではなくなった。


森の中に置かれた、まだ名前のないものになった。


natsuのフルートが、そこへ細い光を落とす。


名前はない。


でも、消えてはいない。


サビが戻る。


今度は、少しだけ声が強くなった。


強くなったというより、隠す力が少し弱まった。


≫ 甘えては逃げる夜の子猫

≫ 小さな猫と欠けた月

≫ 涙の奥で震える想いを

≫ Hold me… と叫んで

≫ Stay away… と拒む

≫ ふたつの声が夜に溶けていく


wataは、深く息を吐いた。


「Hold me」と「Stay away」。


真逆の言葉。


でも、同じ胸にある。


それを恥ずかしがらずに、いや、恥ずかしがったまま、歌っている。


それがよかった。


強くなったわけではない。


正しくなったわけでもない。


でも、隠すことを少しやめた。


それだけで、音はこんなに変わるのかと思った。


mcRCは、ストリートの時のReShiNaを思い出していた。


あの時も、足を止めた。


でも、今は違う。


あの時は、綺麗な森に迷い込んだようだった。


今は、森の奥で、小さな動物が震えながらこちらを見ている。


逃げるかもしれない。


近づいたら隠れるかもしれない。


でも、そこにいる。


確かにいる。


natsuのローホイッスルが、再び入った。


今度は、さっきより少し深い。


夜の底をなぞるように。


欠けた月の影を、そっと広げるように。


その音があるから、フルートの光がより細く見えた。


低い風と、開く風。


どちらもnatsuの中にある。


その両方が、今の曲には必要だった。


EGUIは、拳を握っていた。


力を入れたわけではない。


ただ、何かを雑に扱わないために、自然とそうなっていた。


リバクラになる前。


三人は、それぞれ自分の弱さを持っていた。


見せたくなかったもの。


言葉にしたくなかったもの。


でも、どこかで誰かに分かってほしかったもの。


この曲は、それを開けてくる。


黒歴史フォルダの奥にしまったまま、もう見ないつもりだったファイル。


そのパスワードを、歌で解かれている感じがした。


勝手に暴かれているわけではない。


でも、鍵が合ってしまう。


だから恥ずかしい。


だから痛い。


なのに、嫌じゃない。


EGUIは、目元が熱くなるのを感じた。


最終盤へ入る。


音が少し薄くなる。


shihoの低音が、夜の底を支える。


renaのアコギが、ゆっくり揺れる。


natsuのフルートが、今度は少しだけ高く抜けた。


怖いまま。


でも、逃げない。


≫ 曖昧なまま抱えてきた気持ちが

≫ 夜の底で静かに揺れている

≫ 言葉にできない弱さのままで

≫ Still reaching out in the dark…


最後の英語が、空気の中に残った。


Still reaching out in the dark.


暗闇の中で、まだ手を伸ばしている。


その声は、消えそうだった。


でも、消えなかった。


アコギの最後の音が細く揺れる。


shihoの低音が、静かに沈む。


natsuのフルートが、その上をほんの少しだけ照らす。


最後に、ローホイッスルがかすかに重なる。


月の影。


夜の底。


逃げる猫の背中。


それでも、完全には消えない気配。


その余韻だけを置いて、音が消えた。


曲が終わった。


一瞬、誰も動かなかった。


音が消えたあとも、まだ夜が残っていた。


小さな猫が、まだこちらを見ている気がした。


最初に手を叩いたのは、mcRCだった。


大きすぎない拍手。


でも、確かな拍手。


続いて、wataが両手を合わせる。


EGUIも、ゆっくり拍手をした。


三人の拍手は、ライブの拍手ではなかった。


盛り上げる拍手ではなかった。


終わった曲を、ちゃんと受け取った拍手だった。


renaは、アコギを抱えたまま目を伏せた。


shihoは、鍵盤から手を離せないまま、唇を噛んだ。


natsuは、フルートを持ったまま、少しだけ肩で息をしていた。


拍手が、静かに続く。


その音に、ReShiNa三人の表情が少し崩れた。


やっと、終わったのだと分かった。


出したのだと分かった。


そして、受け取られたのだと分かった。


wataは、拍手を止めたあと、すぐには喋れなかった。


目元を指で押さえる。


「……あかん」


mcRCが横を見る。


wataは、少し笑おうとして失敗した。


「これ、普通に泣くやつやん」


その声が、少し震えていた。


mcRCも、目元が赤くなっていた。


「うん」


短く言って、息を吐く。


「これは、くる」


EGUIは、目元を拭わなかった。


でも、涙が一筋、頬を伝っていた。


そのまま、少しだけ笑った。


「恥ずかしいな」


wataが、まだ目元を押さえたまま言う。


「何が?」


EGUIは、ReShiNa三人ではなく、自分の足元を見て言った。


「昔の自分を見られた感じがした」


mcRCが、静かに頷いた。


「分かる」


wataは、笑った。


でも、その笑いも震えていた。


「黒歴史フォルダ、勝手に開けられた感じする」


natsuが、少しだけ首を傾げた。


「黒歴史フォルダ」


wataは、鼻をすすってから言った。


「ありますよ。男にも。見られたら死ぬやつ」


shihoが、涙のあとが残る顔で少し笑った。


「パスワード、弱かったんですね」


wataは、胸を押さえた。


「今の曲、パスワード解析能力高すぎます」


renaが、ようやく少し笑った。


mcRCは、アコギを抱えるrenaを見て言った。


「月の夜の猫、すごく好きです」


renaの目が揺れた。


「好き、ですか」


「はい」


mcRCは、言葉を探すように少し黙った。


「景色がありました。夜の路地とか、欠けた月とか、小さい猫とか。見えるのに、説明しすぎてない。こっちが近づきすぎると逃げる感じも、音の距離で分かる」


renaは、アコギのネックを握った。


強く握ったつもりはなかった。


けれど、指に力が入っていた。


そこまで聴いてくれていた。


言葉だけではなく、景色まで。


猫が逃げる距離まで。


近づきたいのに、近づかれると怖くなる、その間合いまで。


renaは、目を伏せた。


胸の奥が、ゆっくり熱くなる。


怖くて出した音だった。


綺麗に見せるためではなかった。


でも、その怖さごと、ちゃんと聴かれていた。


mcRCは続ける。


「俺、そういう歌が好きです。意味がある歌。景色と、音の響きと、言葉の意味がちゃんと重なってる歌」


少しだけ笑う。


「意味を持たない歌が響かないって言い切るつもりはないです。そういう歌にも、たぶん意味はあると思う。でも俺は、今みたいな歌が好きです。痛みがあって、景色があって、ちゃんと何かを連れてくる歌」


renaは、もう駄目だった。


涙が落ちた。


さっきとは違う涙だった。


痛みを押し出された涙ではない。


受け取られた涙だった。


「……そんなふうに」


声が震える。


「聴いてくれたんですね」


mcRCは、すぐには答えなかった。


軽く頷くだけでは足りない気がした。


「聴こえました」


renaは、唇を噛んだ。


「怖かったんです」


「はい」


「これ、出していいのかなって。弱くて、面倒で、矛盾してて」


「はい」


「でも……」


言葉が詰まる。


renaは、アコギを抱えたまま、小さく首を振った。


「そこまで聴いてくれる人がいるなら、出してよかったって、今、思いました」


その言葉に、mcRCの目元もまた赤くなった。


wataが、少し前に出た。


「俺は、ギミックにやられました」


shihoが見る。


wataは、まだ涙の残った目で、けれど少し熱を取り戻していた。


「Come closer と Don’t look。Hold me と Stay away。言葉だけ見ると真逆なのに、曲の中ではちゃんと同じ胸にあるんですよね」


shihoの表情が、少し変わった。


wataは続ける。


「しかも、歌詞だけじゃなくて、音もそうなってる。アコギは近づく。低音は受ける。ローホイッスルは夜に沈める。フルートは逃げるみたいに上へ抜ける。でも三つともバラバラじゃなくて、同じ月の夜の中にいる」


shihoは、鍵盤に置いていた手を少しだけ震わせた。


そこを聴いてくれていた。


ただ綺麗だね、幻想的だね、ではなく。


自分たちが怖くて隠した構造まで、ちゃんと掬い上げられていた。


shihoは、思わず目を閉じた。


ずっと、分かってほしかった。


でも、分かられるのが怖かった。


その矛盾ごと、今、目の前の人が言葉にしている。


shihoの目尻に、また涙が浮かんだ。


「……そこ」


声がかすれる。


「そこを、聴いてくれたんですね」


wataは、頷いた。


「聴こえました」


shihoは、笑おうとして、できなかった。


代わりに、涙が落ちた。


「私たち、たぶん、そこを一番、隠したかったんです」


wataは、少しだけ息を止めた。


shihoは続けた。


「矛盾してるって、自分たちでも分かってて。でも、そこを整えたら、この曲じゃなくなるから」


wataは、静かに言った。


「整えなかったから、刺さったんやと思います」


shihoは、目元を押さえた。


「……よかった」


その声は、ほとんど息だった。


「整えなくて、よかった」


natsuは、フルートを見た。


wataは少し笑った。


「これ、ずるいです」


natsuが言う。


「ずるい?」


「はい。めちゃくちゃずるい。こんなん、刺さります」


shihoが、涙のまま少し笑った。


「さっきから、刺さってばっかりですね」


wataは頷く。


「今日は刺し合いです」


EGUIが口を開いた。


「俺は、強さの歌やと思いました」


ReShiNa三人が、EGUIを見る。


EGUIは、少し間を置いて続けた。


「弱さを歌ってるように見えるけど、弱いだけではないと思います。甘えたいのに逃げる。近づきたいのに拒む。そういう矛盾を、綺麗に片づけずにそのまま出してる」


renaは、黙って聞いていた。


「それは、簡単じゃないです。自分の中の面倒な部分とか、恥ずかしい部分とか、普通は隠したくなる。でも、今の曲は、それを隠さずに置いた。俺には、それが強く見えました」


natsuの手が、フルートの管をそっと撫でた。


EGUIは、声を少し落とした。


「それと、怖いまま手を伸ばしてる感じがしました。暗闇の中で、まだ手を伸ばしてる。あれは、諦めた人の歌じゃない」


natsuの目が、少しだけ揺れた。


怖いまま手を伸ばしている。


それを、音で見つけられた。


自分が吹いた風は、逃げる音ではなかったのだと、誰かが言ってくれた。


natsuは、フルートを胸の近くへ寄せた。


「……逃げてると思ってた」


EGUIは、すぐには返さなかった。


natsuは続ける。


「甘えて、逃げる猫だから」


少しだけ、目を伏せる。


「でも、手、伸びてた?」


EGUIは、はっきり頷いた。


「伸びてました」


natsuは、息を吸った。


泣きそうな顔ではなかった。


けれど、目の奥が濡れていた。


「そっか」


その一言だけだった。


でも、その一言に、どれだけのものがほどけたか、三人には分かった。


EGUIは言った。


「だから、好きです。俺もこの曲、好きです」


部屋の中に、また沈黙が落ちた。


重い沈黙ではなかった。


好きだと言われた言葉が、ゆっくり水に溶けていくような沈黙だった。


renaは、泣きながら笑った。


shihoも、顔を伏せたまま笑った。


natsuは、フルートを抱えたまま、小さく言った。


「怖かった」


誰もすぐには返さなかった。


natsuは続ける。


「でも、出してよかった」


renaが頷いた。


「うん」


shihoも頷く。


「うん」


しばらく、誰も演奏しなかった。


誰も急がなかった。


ただ、受け取られた余韻だけが部屋にあった。


アーティストにとって、曲を褒められることは嬉しい。


でも、それより深いところにある喜びがある。


ちゃんと聴かれること。


音の裏まで、言葉の奥まで、怖くて隠した部分まで、それでも雑に暴かず、そっと手のひらに乗せられること。


それは、認められるよりも近い。


褒められるよりも怖い。


でも、たぶん。


一番欲しかったものだった。


wataが、少しだけ照れたように言った。


「ちなみに」


三人が見る。


wataは、今度はいつもの軽さではなく、本気で聞いた。


「これって、音源あります?」


renaが、一瞬止まった。


shihoも、目を瞬く。


natsuは、フルートを持ったまま、少しだけ首を傾げた。


「音源」


wataは慌てて手を振る。


「あ、もちろん、公開しろとかそういう意味じゃなくて。個人的に聴きたいとか、そういう雑な意味でもなくて。いや、聴きたいは聴きたいんですけど」


mcRCが小さく笑う。


「落ち着け」


wataは頷く。


「はい。落ち着きます」


それから、ちゃんと言い直した。


「今の曲、ちゃんと残ってるなら、いつか聴きたいなと思いました。リリースされてるとか、デモがあるとか、そういう意味で」


shihoは、少しだけ考えた。


「完全な音源は、まだありません」


renaが言う。


「仮録りは、あります。自分たち用の」


natsuが、小さく言った。


「夜の中に置いてあるやつ」


wataがまた胸を押さえる。


「言い方」


renaが、少し笑った。


そして、今度はrenaが言った。


「あの」


リバクラ三人が見る。


renaは、少し恥ずかしそうに、でもちゃんと聞いた。


「さっきのOwn tempoは、音源ありますか」


今度は、リバクラ三人が止まった。


wataが目を丸くする。


mcRCが少しだけ笑う。


EGUIは、照れたように視線を下げた。


wataが言った。


「あります」


renaの顔が少し明るくなる。


shihoも、静かに目を上げる。


natsuが言う。


「もう一回、聴きたい」


wataは、何か言おうとして、言葉が詰まった。


mcRCが代わりに言った。


「渡せる形、用意します」


EGUIも頷く。


「俺らも、月の夜の猫、また聴きたいです」


shihoが、少しだけ笑った。


「交換ですね」


wataが言う。


「曲の交換、いいですね」


natsuが、フルートを見ながら言った。


「風の交換」


wataは、一瞬黙ってから言った。


「それ、めっちゃいいですね」


今度は、誰も茶化さなかった。


風の交換。


Own tempoで入ってきた風。


月の夜の猫で返した風。


まだTSUBOMIの話には入っていない。


でも、その前に必要なことは、もう起き始めていた。


リバクラは、ReShiNaの矛盾を聴いた。


ReShiNaは、リバクラの痛みを聴いた。


互いに綺麗なところだけではなく。


強いところだけでもなく。


弱くて、面倒で、恥ずかしくて、それでも手を伸ばしているところを見た。


renaは、アコギを抱えたまま、小さく言った。


「これで、少し話せる気がします」


shihoが頷く。


「うん」


natsuは、フルートをケースに戻さず、膝の上に置いたまま言った。


「風、まだいる」


mcRCは頷いた。


「じゃあ、その風がいるうちに」


wataが、静かに続けた。


「少し、話しましょうか」


EGUIが言う。


「急がずに。でも、逃げずに」


ReShiNa三人は、顔を見合わせた。


怖さは、まだある。


涙も、まだ乾いていない。


でも、音はもう戻り始めていた。


戻る水。


受ける森。


開く風。


三つの音が、今度はリバクラの三本のマイクと向かい合う準備を始めていた。


TSUBOMIは、まだ咲いていない。


でも、たしかに。


つぼみは、少しだけ開きかけていた。

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