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ラップ付き小説 ReversCrown 元気ないやつこっちおいで  作者: egubi
reshina編

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125/186

4-4-5 Own tempo


実際に会う日まで、何度か文章のやり取りを重ねた。


TSUBOMIというテーマについて。


お互いのジャンルを、無理に混ぜないこと。


ラブソングという形を借りること。


でも、本当に言いたいのは、恋そのものだけではないこと。


俺たちも、あなたたちも、まだ咲き切っていない。

でも、まだ咲ける。

咲こう。


その言葉は、何度読み返しても、ReShiNaの三人の中で少しずつ色を変えた。


最初は、怖かった。


次に、静かだった。


それから、少しだけあたたかくなった。


renaは、アコギケースを部屋の隅から出す日が増えた。


まだ毎日弾けるわけではない。


ケースを開けて、閉じるだけの日もある。


弦に触れて、やっぱり怖くなって、そっと蓋を戻す日もある。


でも、ケースはもう部屋の奥へ戻らなくなった。


そこに置いてある。


見えるところにある。


それだけで、自分が音から完全に逃げてはいないことを、少しだけ認められる気がした。


shihoは、ピアノの蓋を開ける時間が増えた。


低い音を一つだけ鳴らして、しばらく黙る。


その一音が沈んでいくのを、最後まで聴く。


すぐに次の音を足さない。


音が終わる場所を、ちゃんと待つ。


バスクラリネットのケースも、壁際から少しだけ部屋の中央に近づいた。


まだ、以前のように自然には持てない。


けれど、遠ざけておきたいほどではなくなった。


natsuは、楽器を並べるようになった。


ローホイッスル。


アイリッシュフルート。


フルート。


三つを出して、しばらく眺める。


吹かない日もある。


けれど、手に持つ。


息を吸う。


唇の近くまで持っていく。


それだけの日もある。


ローホイッスルは、低く深い。


沈んだ場所に、長い風を通す。


アイリッシュフルートは、木の息がある。


遠い草原や、古い森の湿り気を連れてくる。


けれど、今のnatsuは、それだけでは足りない気がしていた。


低い場所に、ずっといたくないわけではない。


古い森の風を、嫌いになったわけでもない。


でも、今は。


もう少し、細かく光を返す音がいる。


怖さの中に、少しだけ期待が混ざっている。


その期待は、低い音だけでは包みきれない。


沈むだけではなく、少しだけ上へ抜けたい。


まだ、そう言い切れるほどではない。


でも、楽器の前に座るたびに、natsuの目はフルートケースへ行った。


そのことに、natsu自身が一番気づいていた。


そして、当日になった。


指定されたのは、ライブハウスではなかった。


配信部屋でもなかった。


小さなリハーサルスタジオだった。


雑居ビルの三階。


一階には古い喫茶店があり、二階にはダンススクールの看板が出ている。


階段の壁には、いくつかのバンドステッカーが貼られていた。


剥がれかけたもの。


上から別のステッカーを貼られたもの。


誰かのライブ告知の紙が、端だけ残っているもの。


音楽の場所は、いつも少しだけ雑だ。


でも、その雑さが、今日は少し安心できた。


完璧に整えられた場所ではない。


きれいに飾られた場所でもない。


ここなら、少し声が震えても、音になる気がした。


ここなら、失敗しても、誰かが笑い飛ばす前に拾ってくれる気がした。


renaは、アコギケースの取っ手を握り直した。


手のひらが少し汗ばんでいる。


shihoは、片手に譜面ファイル、もう片方にバスクラリネットのケースを持っていた。


いつもより少しだけ背筋が伸びている。


natsuは、フルートケースを持っていた。


ローホイッスルも、アイリッシュフルートも持ってきている。


けれど、胸の前で大事に抱えているのは、細長いフルートケースだった。


renaは、それに気づいた。


「今日は、フルートなんだ」


natsuは、ケースを少しだけ見下ろした。


「うん。まだ分からないけど」


shihoが横から静かに言った。


「でも、それを一番上に持ってる」


natsuは、少しだけ困ったように目を伏せた。


「今日は、こっちが上にある」


短い返事だった。


けれど、二人には分かった。


それは、怖さだけの選択ではない。


沈むための楽器ではなく、少し上へ行くための楽器。


低く包むローホイッスルではなく、細かく色を変えられるフルート。


いつもより、少しだけ気持ちが前を向いている。


その表れだった。


階段を上がる途中で、natsuがぽつりと言った。


「音、上から降ってくる」


renaは足を止めかけた。


shihoも耳を澄ませる。


防音扉の向こうから、低いキックのような振動が、ほんの少しだけ伝わってきた。


曲ではない。


たぶん確認音。


それでも、誰かが中にいることが分かった。


その瞬間、renaの手に力が入った。


shihoが静かに言う。


「大丈夫」


natsuも言った。


「怖いなら、怖いまま入ろう」


renaは頷いた。


怖いまま。


でも、逃げずに。


扉の前に立つ。


ノックしようとした瞬間、内側から扉が開いた。


出てきたのは、mcRCだった。


サングラスはしていない。


配信の時とは、少し印象が違った。


でも、renaにはすぐ分かった。


顔ではなく、立ち方で。


声を出す前の空気で。


あの景色を置く人だ。


mcRCは三人を見て、少し背筋を正した。


「来てくれてありがとうございます」


一瞬、間が空いた。


本人も自分の声の硬さに気づいたらしく、すぐに少し表情を崩した。


「……すみません。最初の一言、会社の面談みたいになりました」


中からwataの声が飛んできた。


「お前、初手かたすぎ」


EGUIの声も続く。


「いや、悪くないやろ。最初にちゃんと頭下げるのは大事や。……まあ、面談っぽかったのは否定せんけど」


mcRCが振り返る。


「否定しろよ、そこは」


EGUIは表情を変えずに言った。


「嘘はよくない」


wataが吹き出した。


そのやり取りに、natsuがほんの少し目を細めた。


笑った、というほどではない。


でも、空気が少しだけゆるんだ。


スタジオの中は、思っていたより狭かった。


壁には吸音材。


床にはケーブル。


奥にスピーカー。


中央にマイクスタンドが三本。


椅子が六つ。


小さなテーブルの上に、ペットボトルの水が置かれている。


黒い布はない。


配信の暗い画面もない。


ライブの照明もない。


ただ、音を出すための部屋だった。


wataとEGUIが立っていた。


二人もサングラスはしていない。


wataは少し緊張をごまかすように笑っている。


EGUIは静かに頭を下げた。


mcRCが言った。


「Reverse CrownのmcRCです」


wataが続く。


「wataです。今日は、ちゃんと緊張してます」


EGUIが言う。


「EGUIです。よろしくお願いします。今日は、うまく話そうとしすぎずにいきます。言葉より先に音を聴く日やと思ってるんで」


renaも、少し背筋を伸ばした。


「ReShiNaのrenaです」


shihoが続く。


「shihoです。よろしくお願いします」


natsuは、フルートケースを胸の前に抱えたまま、小さく頭を下げた。


「natsuです」


そこで一度、フルートケースを見る。


「今日は、音で来ました」


少しだけ頭を下げる。


「お願いします」


一瞬、静かになった。


普通の自己紹介ではなかった。


でも、失礼ではなかった。


むしろ、natsuらしく、まっすぐだった。


今日は、音で来ました。


その言葉だけで、彼女が何を大事にしているのか、少し分かる気がした。


初対面ではない。


でも、ちゃんと会うのは初めてだった。


ストリートで、同じ場所にいた。


配信で、匿名の言葉を交わした。


メールで、名前を渡した。


TSUBOMIという言葉を受け取った。


それでも、こうして六人で同じ部屋に立つと、空気の重さはまったく別だった。


mcRCは、少しだけスタジオの奥を指した。


「とりあえず、荷物置いてください」


その一言で、ようやく六人が動いた。


renaはアコギケースを壁際に立てかけた。


けれど、手はすぐには離れなかった。


置いたのに、まだ取っ手を握っている。


shihoは譜面ファイルを椅子の上に置き、バスクラリネットのケースを足元へ寄せた。


床に置く時、金具が小さく鳴った。


natsuは、いったんローホイッスルとアイリッシュフルートのケースを椅子の横へ置いた。


けれど、フルートケースだけは膝の上に残した。


その動きを、wataが見ていた。


「今日は、それなんですね」


natsuは少しだけ視線を落とした。


「うん」


それから、ケースの角を指でなぞった。


「低いところに沈む音じゃない気がする」


wataは、少しだけ目を瞬いた。


「低いところ」


natsuは、すぐには続けなかった。


言葉を探しているというより、耳の奥で風向きを確かめているようだった。


「今日は、息が上に行きたがってる」


部屋が少し静かになる。


natsuは、まだケースを開けない。


でも、声には少しだけ熱があった。


「怖いけど、下じゃない」


renaとshihoが、natsuを見る。


natsuは、フルートケースに指を添えたまま言った。


「ローホイッスルの風じゃなくて、もっと細かく光る風。まだ吹けるかは分からない。でも、ケースを持つなら、今日はこっち」


その言葉に、renaの胸の奥が少し熱くなった。


natsuが、上を見ようとしている。


風が、低い場所から少しだけ持ち上がろうとしている。


それが分かった。


wataは、ふざけずに頷いた。


「じゃあ、今日はフルートの風ですね」


natsuは少しだけ考えてから言った。


「まだ、ケースの風」


wataは、そこで笑いそうになって、でも笑いきれなかった。


「言葉、強いな……」


natsuは困ったように言った。


「強くしてない」


EGUIが静かに言う。


「強くしようとしてへんから、ちゃんと届くんやと思う。音も言葉も、たぶんそういう時がある」


natsuは、少しだけ目を上げた。


「そういう時」


EGUIは頷いた。


「うん。飾ってないものほど、真っ直ぐ来る時がある。今のは、そういう言葉やった」


natsuは、フルートケースを少しだけ抱え直した。


「まだ、鳴ってないのに」


wataが言う。


「鳴る前から来る音もありますよ、たぶん」


shihoの口元が少しだけ緩んだ。


renaも、少し笑えた。


リバクラ側も、すぐにはマイクに立たなかった。


wataがスピーカーの電源を確認する。


小さなノイズが鳴る。


EGUIがマイクスタンドの高さを一つずつ直した。


高すぎるものを少し下げ、ケーブルが足に引っかからないように横へ流す。


mcRCは、テーブルの上に置いてあった水を六本、ひとつずつ椅子の近くへ置いた。


wataがそれを見て言った。


「そういうとこ、ほんま面談感あるで」


mcRCが返す。


「水配っただけやろ」


EGUIが言う。


「水を置く場所で、だいぶ場の感じ変わるやろ。取りに行かんでいいだけで、人は少し落ち着く」


wataがEGUIを見る。


「なんか急にちゃんとしたこと言うやん」


EGUIは首を傾げる。


「水は大事や」


natsuが、小さく頷いた。


「水、大事」


wataがそちらを見る。


「ですよね。水、大事ですよね」


natsuは真面目に頷いた。


「うん」


wataが少し困った顔をした。


「なんか、普通に返されるとこっちが変な人みたいになるな」


shihoの口元が少しだけ緩んだ。


renaも、ほんの少し笑った。


少しだけ。


でも、その少しが大きかった。


wataが、思い出したように言う。


「そういえば、ストリートの時、会いましたね」


renaは頷いた。


「はい」


mcRCが少し真面目な声で言った。


「あの時は、俺たちはReShiNaのことを知らなかったんです」


少し間を置く。


「名前も、曲も、何も知らなかった。でも、三人とも足止めちゃったんだよね」


wataがすぐに言う。


「そりゃ止めるやろ。妖精もいたし」


shihoが目を瞬いた。


renaも、natsuも一瞬止まる。


mcRCがwataを見る。


「お前、初対面で妖精言うな」


wataは慌てて両手を振った。


「いや、変な意味ちゃうねん。ほら、水とか森とか風とか、そういう」


EGUIが言う。


「言い方は雑やけど、言いたいことは分かる。あの時、空気がちょっと変わったんよ。街の中に、街じゃない場所ができた感じがした」


wataがEGUIを見る。


「それそれ。それを俺が言いたかった」


mcRCが言う。


「じゃあ最初からそれ言え」


wataが肩を落とす。


「俺にそれを求めるな」


その瞬間、natsuが小さく笑った。


本当に小さく。


けれど、確かに笑った。


「妖精、いた?」


wataは少しだけ救われた顔をした。


「いました」


natsuは、少し考えてから言った。


「たぶん、いない」


wataが崩れる。


「いないんかい」


shihoの口元が緩んだ。


renaも、今度はもう少しだけ笑えた。


空気がほどける。


大きくではない。


緊張の表面に、細いひびが入るくらいに。


renaは、少しだけ言いやすくなって、口を開いた。


「私たちも、たまたま配信を見て」


mcRCが頷く。


「はい」


「おすすめ欄に出てきて、最初は、誰だろうと思って」


wataが少し笑う。


「怪しい三人でした?」


renaは、少し迷ってから正直に言った。


「はい」


wataが胸を押さえた。


「即答」


EGUIが頷いた。


「当然やと思う。黒い布とサングラスの三人を、怪しくないと思う方が危ない」


mcRCも笑った。


「まあ、黒い布とサングラスですからね」


renaは続けた。


「でも、音が流れて。声を聴いて、少しずつ、あれって思って」


shihoが引き取る。


「ストリートの時に聴いてくださっていた三人だと気づいて、びっくりしました」


wataは目を丸くした。


「てか、俺たち配信の時サングラスしてたのに、なんで分かったんですか?」


その問いに、ReShiNaの三人は一瞬、顔を見合わせた。


特に、難しいことを聞かれた気はしなかった。


だから、natsuが自然に言った。


「音で分かるよね?」


部屋が止まった。


リバクラ三人が、同時に少し固まる。


mcRCは、目を瞬いた。


wataは口を開けたまま、言葉を失った。


EGUIも、ほんの少しだけ表情を変えた。


wataが、ようやく声を出した。


「……すげぇ」


natsuは、不思議そうに首を傾げた。


「え?」


wataは言う。


「いや、え?じゃなくて。音で分かるよね、って、そんなコンビニでお茶選ぶみたいに」


mcRCが苦笑する。


「でも、たぶん本当にそうなんやろな」


shihoが静かに言う。


「顔より、聴き方の方が残っていました」


EGUIが見る。


「聴き方」


shihoは頷く。


「ストリートの時、三人とも、曲の前にちゃんと立ってくださっていたので」


その言葉に、リバクラ三人の顔から、少しだけ軽さが消えた。


wataも、ふざけるのをやめた。


mcRCは、ゆっくり頭を下げた。


「ありがとうございます」


EGUIも頭を下げた。


「覚えてくれて、ありがとうございます。俺らが覚えてたつもりやったけど、こっちも覚えられてたんやなって、今ちょっと思いました」


natsuは、少しだけ視線を下げた。


「音の前にいる人は、残る」


淡々とした一言だった。


でも、リバクラ三人には深く刺さった。


何を言ったかではなく。


何をしたかでもなく。


どう聴いたか。


それが残る。


しばらく、誰も動かなかった。


スピーカーの奥で、微かな待機ノイズだけが鳴っている。


その音が、逆に部屋の静けさをはっきりさせた。


mcRCは、少しだけ息を吐いた。


「じゃあ、今日は」


そこで一度、言葉を切った。


ReShiNa三人を見る。


「自己紹介を、言葉じゃなくて、曲でやりませんか」


renaが顔を上げた。


「曲で」


「はい」


mcRCは頷いた。


「メールでも書いたんですけど、言葉で説明するより、音を聴いた方が分かることがある気がして」


wataが、少しだけ肩をすくめた。


「まあ、俺らが普通に自己紹介し始めると、たぶん堅いです」


EGUIが言った。


「堅いけど、それが悪いわけじゃない。ただ、今日の最初は、話し合いより音の方がいいと思う。話すと、どうしても正しい言葉を探してしまうから」


shihoが静かに頷いた。


「それは、分かります」


EGUIは続けた。


「だから、最初は俺らが鳴らします。これが全部です、って曲ではないです。ただ、今の俺らがどういう温度でここに来たかは、言葉だけより伝わると思います」


natsuが、ほんの少しだけ笑った。


「音の自己紹介」


mcRCは頷いた。


「はい。音の自己紹介です」


それで、スタジオの空気がまた少しゆるんだ。


mcRCは、マイクの前に立つ前に、ReShiNaの三人を見た。


「この曲は、TSUBOMIとは別の曲です」


renaは頷いた。


「はい」


「でも、今ここで最初に聴いてもらうなら、この曲がいいと思いました」


shihoが静かに聞く。


「どういう曲ですか」


mcRCは、少しだけ考えた。


「自分のテンポを取り戻す曲です」


wataが音源の画面を開く。


「つらい時って、何が嫌だったかも分からんことあるじゃないですか」


EGUIが続ける。


「でも、つらいだけでいい。理由まで整ってなくても、つらいって感じてるなら、そこから始めていい。そういう曲です」


mcRCは頷いた。


「言葉になる前の状態を、責めない曲です」


そこで、また少しだけ間が空いた。


renaの指が、アコギケースの取っ手に触れた。


shihoは、譜面ファイルの端を握る。


natsuは、フルートケースを膝の上でそっと抱え直した。


wataが、音量を下げた状態で一度だけビートを鳴らす。


低いキックが、床に小さく沈んだ。


一瞬だけ鳴って、止まる。


wataがReShiNaを見る。


「音量、大丈夫ですか」


shihoが頷く。


「大丈夫です」


natsuも小さく頷いた。


renaは、少し遅れて言った。


「大丈夫です」


wataはもう一度、機材を見る。


mcRCがマイクスタンドの前に立つ。


EGUIが少し後ろから、足元のケーブルを確認する。


三人が、それぞれの場所へ移動する。


ただ立つだけで、空気の芯が変わった。


配信の時のようなサングラスはない。


黒い布もない。


照明も普通の蛍光灯。


それでも、三人がマイクの前に並ぶと、ReShiNaには分かった。


ここから、音が来る。


wataが、再生ボタンに指を置いた。


mcRCが静かに言う。


「じゃあ、俺らからいきます」


一拍。


「曲は、Own tempo」


wataが再生ボタンを押した。


スピーカーから、低く小さなビートが立ち上がる。


大きく煽る音ではない。


胸の奥に、小さな拍を置くような音だった。


三人が息を吸う。


≫ つらい、しか出ない夜がある

≫ 何が嫌かも まだ言えないまま

≫ Own tempo, one beat

≫ 小さく鳴れば それでいい


renaは、最初の一行で目を伏せた。


あまりにも、今だった。


自分たちのことを歌われているわけではない。


これはリバクラの曲だ。


彼らの言葉だ。


それでも、近すぎた。


つらい、しか出ない夜。


何が嫌かも、まだ言えないまま。


それは、ReShiNaがずっといた場所だった。


ビートは急がない。


三人の声も、強く押してこない。


けれど、逃がしもしない。


言葉が、ひとつずつ部屋に置かれていく。


フックに入ると、三人の声が少しだけ重なった。


問いかけるようで、責める声ではなかった。


≫ 何が嫌だった?

≫ 何が痛かった?

≫ 言えないなら

≫ つらいだけでいい

≫ 誰のノイズで

≫ テンポがズレた?

≫ 誰の目線で

≫ 自分を止めた?


shihoの目が揺れた。


つらいだけでいい。


それは、簡単な言葉だった。


でも、今のshihoには、簡単ではなかった。


ずっと、説明しなければいけないと思っていた。


何が嫌だったのか。


どこが痛かったのか。


どうして傷ついたのか。


認められているのに、なぜ苦しいのか。


愛されているように見えるのに、なぜ遠いのか。


言葉にできなければ、弱いのかと思っていた。


でも、言えないなら、つらいだけでいい。


その一行で、胸の奥にあった固いものが、少しだけほどけた。


shihoは、涙をこらえるように唇を結んだ。


こらえようとした。


けれど、目元に熱が上がる。


natsuは、涙を流していない。


でも、呼吸が浅くなっていた。


風が止まる時の呼吸だった。


その手は、ローホイッスルではなく、フルートケースを抱えている。


低く沈むためではなく。


少しだけ、上へ抜けるために。


renaは、アコギケースの取っ手を握ったまま、視線を上げられなかった。


少しだけ間が空く。


ビートの中に、次の景色が入る余白ができる。


mcRCが半歩、マイクに近づいた。


≫ 新しい季節 薄い上着

≫ 知らない名前が増えてく morning

≫ うまくやれそうな気がした最初

≫ 同じ机 同じ空気 少しだけ希望

≫ なのに空気を読む前から

≫ 誰かが上に立とうとする

≫ 距離の詰め方が雑で

≫ 笑えば済むような小さい棘


小さい棘。


それは、大きな事件ではない。


大声で責められたわけではない。


殴られたわけでもない。


でも、残る。


残って、リズムを濁らせる。


mcRCの声は、景色を置くように進んでいく。


帰り道。


コンビニの白い光。


何を買うでもなく棚の前で止まる自分。


嫌なのはあいつじゃない。


どうでもいい一言に、今日を渡した俺自身だ。


その言葉で、renaの視界が滲んだ。


自分たちが苦しめられたのは、確かに人だった。


でも、そのあと、自分たちの今日を何度も渡してしまったのも、自分たちだった。


それが、痛かった。


mcRCは責めるようには歌わない。


自分の胸の奥を見ながら、景色として置いていく。


責めるためではなく、拾うために。


≫ 小さい棘で止まった夜

≫ それでも俺の拍は消さない

≫ 誰かのノイズに乱れたなら

≫ もう一回 自分で鳴らせばいい


shihoの頬を、涙が一筋落ちた。


本人が一番驚いた顔をした。


泣くつもりはなかった。


ここで泣くとは思っていなかった。


でも、落ちた。


natsuは、それを見ないふりをした。


見ると、shihoがもっと泣きそうだったから。


でも、自分の手も、フルートケースを抱えたまま少し震えていた。


フックが戻る。


≫ Own tempo, one beat

≫ 弱いままでも breathe tonight

≫ Own tempo, small light

≫ 俺も一緒にやるからさ


その「俺も一緒にやるからさ」で、natsuの目元が一気に赤くなった。


助けてあげる、ではない。


頑張れ、でもない。


俺も一緒にやるからさ。


その距離。


また、あの距離だった。


受けさせてくださいと同じ距離。


横にいる距離。


natsuは、フルートケースの留め具に指をかけそうになって、やめた。


今ではない。


でも、開けたいと思った。


それだけで、自分の中の風が少し変わっていた。


wataが、一歩前に出た。


動きは軽い。


でも、声の入りは軽くない。


遊ぶように跳ねながら、深いところへ入ってくる。


≫ 見えてきた balance 好き嫌いの silence

≫ 誰が誰に寄るか 空気の alliance

≫ 笑って流すふり 胸だけ散らかる

≫ 強いやつの声ほど 部屋に残る

≫ 「どんな自分になりたい?」

≫ そう聞かれても輪郭がない

≫ 夢とか future まだ語れない

≫ でも嫌だったことだけは消えない


renaは、顔を上げた。


それだった。


自分たちは、今何をしたいのか分からなかった。


どうなりたいのかも分からなかった。


戻りたいのか。


変わりたいのか。


前に出たいのか。


奥にいたいのか。


入口になりたいのか。


自分たちでも分からなかった。


でも、嫌だったことだけは消えなかった。


その位置は、分かる。


痛みの位置。


そこが次の道。


wataは、軽やかに踏んでいるのに、言っていることは深い。


そして、言葉が速くなる。


少しだけ、ビートが前へ出る。


≫ 嫌なら嫌でいい 逃げじゃねぇ意思

≫ 痛みの位置 そこが次の道

≫ 羨んだなら 欲しいものがある

≫ 凹んだなら 守りたいものがある

≫ 負けた記憶 消せない記録

≫ スマホの中で増えてく比較の地獄

≫ スクロール スクロール 心だけ low

≫ 誰かの成功で 自分が空洞


natsuの目から、涙が落ちた。


音もなく落ちた。


フルートケースを抱える手が、少しだけ緩む。


natsuは、自分でも驚いたように目を伏せた。


自分は、こんなところで泣く人ではないと思っていた。


でも、泣いていた。


それが悔しいわけではなかった。


少しだけ、あたたかかった。


wataは、言葉を切らさない。


韻を踏みながら、逃げ道を潰すのではなく、足元に小さな道を置いていく。


≫ でも聞けよ

≫ どれが嫌だ

≫ あいつか 順位か 才能の差か

≫ それとも何も変えられないまま

≫ 布団の中で沈む自分か

≫ 夢が薄くても 棘は real

≫ 消したい悔しさ それが fuel

≫ 大きな理想じゃなくてもいい

≫ 嫌だった世界を少し直せる

≫ そんな自分になるのが goal でいい


shihoが、静かに口元を押さえた。


自分の拍。


それを、ずっと見失っていた気がした。


誰かの評価。


誰かの拍手。


誰かの褒め言葉。


誰かの動画。


誰かの切り取り。


その全部に、少しずつテンポを持っていかれていた。


自分たちの拍が、聞こえなくなっていた。


≫ 誰かの BPM に合わせすぎて

≫ 自分の拍が聞こえなくなる

≫ なら戻せ 小さく戻せ

≫ Own tempo そこから鳴らせ


ビートが一度、深く沈む。


次の声を待つように、空間が少し広がった。


EGUIが、前へ出た。


派手な動きはない。


でも、言葉の温度が変わる。


直球だった。


飾らない声が、部屋の真ん中に置かれる。


≫ 机にノートは開いたまま

≫ ペンは転がってる

≫ 動画を見てたら夜になって

≫ また自分にがっかりしてる

≫ やらなきゃいけないのはわかってる

≫ でも体が動かない

≫ 目標も作れないわけじゃない

≫ どうせ続かないって先に思う


その一行で、renaは泣いた。


今度は、はっきり泣いた。


声は出さなかった。


でも、涙は止まらなかった。


あまりにも具体的だった。


昨日も、似たような夜があった。


楽器に触れられず、画面だけを見て、時間が過ぎて。


何もできなかった自分にがっかりした。


やらなきゃいけないのは分かっている。


でも体が動かない。


目標も作れないわけじゃない。


どうせ続かないって先に思う。


EGUIの声は、まっすぐだった。


飾らない。


責めない。


でも、逃がさない。


≫ それ、弱いよな

≫ でも人間だよな

≫ ご褒美もなく 出口もなく

≫ 走り続けられるやつなんて少ない

≫ 本当に嫌なのは

≫ 時間を無駄にしたことじゃない

≫ 無駄にしたあとで

≫ また自分を嫌いになることだ


shihoが、とうとう顔を伏せた。


肩が少し震えている。


natsuは、フルートケースを抱えたまま、目を閉じた。


renaは、涙で三人の姿がぼやけて見えた。


でも、声ははっきり聞こえていた。


≫ 風呂に入る

≫ 机に座る

≫ 一行書く

≫ 五分だけやる

≫ それを笑うやつがいるなら

≫ そいつは何もわかってない

≫ 弱い自分を知ってるやつは

≫ 一歩の重さを知ってる


この時、ReShiNa三人の中で、何かが完全にほどけた。


大きな目標じゃない。


復活しなければいけないわけでもない。


名曲を作らなければいけないわけでもない。


楽器を完璧に鳴らさなければいけないわけでもない。


今日は一行でいい。


五分でいい。


ケースを開けるだけでもいい。


それを笑うやつがいるなら、そいつは何も分かっていない。


弱い自分を知っているやつは、一歩の重さを知っている。


その一歩を、今の三人は知っていた。


音が少し薄くなる。


声が前に出る。


EGUIの言葉が、橋のように伸びた。


≫ つらい、しか出ないなら

≫ まずそれだけでいい

≫ 言葉にならないなら

≫ 黙ったままでもいい

≫ でも本当は

≫ なんとかしたいんだろ

≫ このままじゃ嫌だって

≫ どこかで思ってるんだろ


natsuが、顔を上げた。


涙で少し光った目で、リバクラ三人を見た。


なんとかしたい。


言えなかっただけで、ずっとそうだった。


このままじゃ嫌だった。


でも、どうすればいいか分からなかった。


その気持ちを、あの三人は勝手に決めつけずに、曲の中でそっと置いた。


三人の声が、少しずつ重なっていく。


mcRCの景色。


wataのリズム。


EGUIの直球。


ばらばらの声が、一つの拍へ集まっていく。


≫ 何が嫌だった?

≫ 何が痛かった?

≫ それは責めるためじゃない

≫ テンポを戻すためだ

≫ 凹んだことも

≫ 羨んだことも

≫ 負けた痛みも

≫ 置いていかなくていい

≫ 自分のことは

≫ 自分で鳴らしたい

≫ 誰かの一言に

≫ 今日の音を奪わせたくない


renaは、アコギケースを握っていた手を、ゆっくり離した。


それから、ケースの金具に触れた。


今すぐ開けるわけではない。


でも、触れた。


shihoも、譜面ファイルから手を離し、足元のバスクラリネットのケースを見た。


natsuは、フルートケースの留め具に指を置いた。


開けない。


でも、はっきり触れた。


その動きに、mcRCは気づいた。


でも、見なかったふりをした。


今は、見る場面ではない。


その手が自分で動いたことが大事だった。


最後のフックへ入る。


三人の声が、少しだけ明るくなる。


でも、無理に上げない。


泣いている人を置いていかない明るさだった。


≫ Own tempo, one beat

≫ 無駄にした夜も連れていこう

≫ Own tempo, small light

≫ 消えかけた拍を鳴らそう

≫ 何が嫌だった?

≫ 何が痛かった?

≫ 答えがまだなくても

≫ 今日は一歩でいい


最後の音が、ゆっくり消えていく。


スピーカーの低い残響。


スタジオの空調音。


誰かの小さな息。


それだけが残った。


リバクラ三人は、すぐには喋らなかった。


ReShiNa三人も、何も言えなかった。


ただ、そこにいた。


泣いた顔で。


楽器を抱えたまま。


それぞれの手を、少しだけ震わせながら。


wataが、マイクから少し離れた。


何か言おうとして、やめる。


EGUIも黙っている。


mcRCは、少しだけ視線を下げた。


そして、静かに言った。


「これが、今の俺らの自己紹介です」


その声は、ライブのMCの声ではなかった。


配信の声でもなかった。


同じ部屋にいる人へ渡す声だった。


renaは、すぐには返事ができなかった。


涙を拭こうとして、うまく拭けない。


shihoが、低く息を吐いた。


natsuは、フルートケースを抱えたまま、ぽつりと言った。


「あったかい風」


誰も、すぐには聞き返さなかった。


natsuは続けた。


「優しい風」


少しだけ間が空く。


「でも、体を突き通す風」


wataが、小さく息を飲んだ。


mcRCは、目を伏せた。


EGUIは、まっすぐnatsuを見ていた。


natsuは、涙の跡を隠さなかった。


「痛いところまで来るのに、怖くない」


そこまで言って、少しだけ首を振る。


「怖いけど、嫌じゃない。逃げたい風じゃない」


shihoが、ようやく顔を上げた。


目元は赤い。


でも、声は落ち着いていた。


「つらいだけでいい、って」


一度、言葉が止まる。


「それを歌で言われたの、初めてでした」


renaも、涙を拭いながら言った。


「何が嫌だったか、言わなきゃいけないと思ってました」


mcRCは、黙って聞いていた。


renaは続ける。


「でも、言えないなら、つらいだけでいいって言われて……」


声が少し震える。


「少し、ほどけました」


wataは、何か返そうとして、少し迷った。


そして、いつもの軽さを半分だけ戻して言った。


「ほどけたなら、よかったです。絡ませに来たわけじゃないんで」


shihoが、涙のまま少し笑った。


「絡まってはいました」


wataは、うっと詰まる。


「そこは、すみません」


natsuが小さく言う。


「でも、風通った」


wataがnatsuを見る。


「風通った?」


natsuは頷いた。


「うん。さっきより、少し上に」


その一言が、場を少しだけあたためた。


mcRCは、ゆっくり言った。


「この曲、今の俺らにも必要な曲で」


renaが見る。


mcRCは続ける。


「誰かに言うだけの曲じゃないんです。俺らも、よく自分のテンポ見失うんで」


EGUIが頷いた。


「見失う時はある。自分たちで選んでるつもりでも、気づいたら誰かの言葉とか、数字とか、反応に合わせてる時がある。そうなると、音が自分のものじゃなくなる」


wataも言う。


「めちゃくちゃ見失う。配信中とか特に。コメント気にしすぎて、あれ? 俺今どこ見てた? ってなる時ある」


natsuが、少しだけ不思議そうに見る。


wataは苦笑した。


「いや、見失わなそうに見えました?」


natsuは、少し考えた。


「配信では、見失ってないみたいだった」


wataは肩をすくめる。


「配信ではね」


EGUIが言う。


「見せてないだけやと思う。見えてないものが、ないことにはならない。俺らもそれを分かってるつもりで、よく忘れる」


shihoが、その言葉を受け取るように頷いた。


「見せてないだけ」


それは、ReShiNaにも覚えがあった。


見せていないだけ。


見えないだけ。


見えないから、ないことにされる。


でも、本当はある。


mcRCは言った。


「だから、TSUBOMIも、たぶんそういう曲になると思ってます」


renaが、アコギケースを見る。


まだ開けていない。


でも、触れている。


mcRCは続けた。


「咲いてないから何もない、じゃなくて」


EGUIが言う。


「まだ途中ということには、ちゃんと意味があると思います。完成してないから価値がないんじゃなくて、完成してないからこそ残ってる温度もある。俺らはそこを雑に扱いたくないです」


wataが少しだけ頷く。


「途中ってダサいことじゃないし、途中のまま出せる音もあると思うんです」


natsuが、ぽつりと言った。


「途中は、風が入れる」


その言葉に、三人が少し笑った。


今度は、wataも笑った。


「natsuさん、言葉が強いな」


natsuは、きょとんとした。


「強い?」


wataは頷く。


「はい。たまに、普通の顔で刺してきます」


shihoが静かに言う。


「いつもです」


renaが頷く。


「いつも」


natsuは、少しだけ困った顔をした。


「刺すつもりは、ない」


EGUIが言う。


「だから刺さるんやと思う。狙ってない言葉って、避けにくい」


その言葉に、natsuは少しだけ目を伏せた。


困ったようにも見えた。


照れたようにも見えた。


けれど、否定はしなかった。


フルートケースを胸の前で抱え直す。


「刺したかったわけじゃない」


wataが、少しだけ笑う。


「それは、分かってます」


natsuは、ほんの少しだけ首を傾げた。


「でも、刺さった?」


wataは、迷わず頷いた。


「はい。だいぶ」


「じゃあ、すみません」


その言い方があまりに真面目で、renaが涙の残った目で笑った。


shihoも、口元を押さえる。


wataは慌てて手を振った。


「いや、謝るやつじゃないです。いい方の刺さるです」


natsuは少し考えた。


「いい方の刺さる」


「はい」


「痛いのに?」


wataが一瞬止まる。


「……痛いのに、です」


natsuは、納得したような、していないような顔で頷いた。


「変な言葉」


EGUIが静かに言う。


「でも、音もそういう時あるやろ。痛いのに、逃げたくない音」


natsuは、そこで初めてEGUIをちゃんと見た。


まっすぐに。


「あります」


短い返事だった。


でも、それは会話を終わらせる短さではなかった。


奥で、ちゃんと何かが鳴っている返事だった。


少しだけ笑いが落ちた。


泣いたあとで、まだ息が整っていない部屋に、薄い光みたいに落ちた。


それから。


笑ったあとで、また静かになった。


部屋の中に、Own tempoの余韻がまだ残っていた。


スピーカーはもう鳴っていない。


けれど、音が消えたあとの空気が、まだ震えている。


renaは、目元を押さえた。


shihoは、膝の上で手を重ねていた。


natsuは、フルートケースを胸の前に抱えたまま、視線を少し落としていた。


そして、natsuが、ぽつりと言った。


「でも、ごめんなさい」


mcRCが顔を上げる。


「はい」


natsuは、フルートケースを抱えたまま、少しだけ息を吸った。


「少し」


そこで一度止まる。


「休憩、させて」


誰も、すぐには返事をしなかった。


natsuは続けた。


「いまの曲」


「歌」


「イメージ」


ひとつずつ、置くように言う。


「もう少しだけ、感じていたい」


renaが、natsuを見る。


shihoも、静かに顔を上げる。


natsuは、自分の胸のあたりに手を添えた。


「いま、風が回ってる」


少しだけ、目を閉じる。


「体の中」


それから、ゆっくり目を開けた。


「落ち着くまで、待ってほしい」


その言葉に、リバクラ三人の顔つきが変わった。


mcRCは、すぐには頷かなかった。


軽く受け流すには、あまりにも大事な言葉だったから。


wataも、茶化さなかった。


EGUIも、まっすぐnatsuを見ていた。


最初に口を開いたのは、mcRCだった。


「そう言ってもらえるのは、嬉しいです」


声が少しだけ低くなる。


「この曲を持ってきてよかったなって、今思いました」


wataも、ゆっくり頷いた。


「正直、Own tempoでいいのか、ちょっと迷ったんです」


renaが見る。


wataは、少し照れたように笑った。


「自己紹介にしては、刺さるかもしれんし。初対面でこれ出すの、重いかなって」


shihoが、涙のあとが残った顔で言った。


「重かったです」


wataが胸を押さえる。


「ですよね」


natsuが、ぽつりと言う。


「でも、持てる重さ」


wataの手が止まる。


natsuは続けた。


「誰かに押しつけられた重さじゃない」


「自分の中に、もともとあった重さ」


「それを、見つけた感じ」


wataは、黙った。


言い返せなかった。


EGUIが静かに言った。


「少しでも力になれると嬉しいです。けど、力になるって、引っ張ることだけじゃないと思ってます。今日みたいに、いったん止まってもらえるなら、それも曲の役目やと思う」


renaは、涙を拭いながら頷いた。


「止まったのに、止まってない感じがします」


mcRCが、小さく笑った。


「それ、嬉しいです」


shihoが、深く息を吐いた。


そして、少しだけ目元をこすりながら言った。


「でも」


全員がshihoを見る。


shihoは、少しだけ笑った。


泣いたあとで、声が少し湿っている。


「ちょっと、刺さりすぎましたけどね」


wataが、ぱっと顔を上げた。


「やっぱり?」


shihoは頷く。


「はい」


renaも、涙を拭きながら笑った。


「だいぶ」


natsuも、フルートケースを抱えたまま言う。


「まだ、抜けてない」


wataが両手を上げた。


「すみません。刺す気はなかったんです」


natsuが、少しだけ首を傾げた。


「さっき私にも言ってた」


wataが固まる。


「言ってました」


EGUIが静かに言う。


「返ってきたな」


mcRCが笑いをこらえる。


wataは、天井を見る。


「ブーメラン速すぎん?」


その場に、小さな笑いが落ちた。


泣きながら。


笑いながら。


まだ声は震えていて。


でも、ちゃんと同じ部屋で笑えていた。


その笑いは、場を軽くするためのものではなかった。


泣いたことをなかったことにする笑いでもなかった。


泣いたままでも、少し笑える。


それだけの笑いだった。


mcRCは、空気を見た。


ReShiNaの三人は、まだ曲の中にいる。


Own tempoの言葉が、まだ身体の中を回っている。


このまま次の演奏へ進めることもできる。


でも、それは少し違うと思った。


mcRCは、wataとEGUIを見た。


二人も、すぐに分かったように小さく頷いた。


mcRCは、ReShiNa三人へ向き直った。


「じゃあ、少し休憩しましょう」


renaが顔を上げる。


mcRCは続ける。


「俺ら、いったん外に出ます」


shihoが、少し驚いたように見る。


「外に?」


wataが軽く言う。


「はい。飲み物でも買ってきます。俺、さっきから水しか配ってないんで、面談感を消すためにも」


renaが小さく笑った。


EGUIが続ける。


「三人だけで、少し話した方がいいと思います。俺らがいると、たぶん気を遣うと思うんで」


mcRCも頷く。


「急かさないので。落ち着いたら呼んでください。廊下でも、下でも、どこかにいます」


natsuが、フルートケースを抱えたまま、少しだけ顔を上げた。


「逃げない?」


mcRCは、すぐに言った。


「逃げないです」


wataが続ける。


「自販機までは逃げますけど」


EGUIが言う。


「それは移動や」


wataが頷く。


「移動でした」


natsuが、ほんの少し笑った。


「じゃあ、移動」


mcRCは、軽く頭を下げた。


「はい。移動してきます」


リバクラ三人は、マイクの電源を落とし、スピーカーの音量を下げた。


wataがスマホを持つ。


EGUIが足元のケーブルをもう一度確認して、誰も引っかからない位置に寄せる。


mcRCは、ドアの手前で一度だけ振り返った。


「ゆっくりで大丈夫です」


renaは、声が出なかった。


代わりに、深く頷いた。


shihoも頷く。


natsuは、フルートケースを胸に抱えたまま、小さく言った。


「ありがとう」


普通の礼儀の言葉ではなかった。


音を置くような、ありがとうだった。


リバクラ三人は、何も足さなかった。


ドアが開く。


廊下の白い光が少し入る。


足音が三つ、外へ出ていく。


ドアが閉まる。


スタジオに、ReShiNa三人だけが残った。


一気に静かになった。


静かになったのに、Own tempoの余韻は消えなかった。


むしろ、三人だけになったことで、音の残り方がはっきりした。


renaは、アコギケースに触れたまま、しばらく黙っていた。


shihoは、目元を指で押さえた。


natsuは、フルートケースを膝の上に置き直した。


誰もすぐには喋らなかった。


外で、リバクラ三人の足音が少し遠ざかる。


それを聞いて、shihoがようやく息を吐いた。


「……こんな人たち、いるんだね」


その声は、驚きと、少しの悔しさと、やわらかさが混ざっていた。


renaは、まだ涙で湿った目をしている。


「うん」


natsuは、フルートケースを見たまま言った。


「いた」


shihoが、少しだけ笑った。


「いたね」


renaは、胸の奥を押さえるように手を置いた。


「今まで、出会ったことない」


shihoは頷く。


「聴き方が、違う」


「うん」


renaは言う。


「優しいだけじゃない」


shihoが続ける。


「分かったふりもしない」


natsuが、フルートケースの角をなぞる。


「風が、こっちの中で回る」


shihoは、その言葉を受け取るように静かに頷いた。


「ちょっと、やばいかも」


renaが顔を上げる。


「なにが?」


shihoは、少しだけ恥ずかしそうに笑った。


「普通に、ファンになりそう」


その言葉に、renaが一瞬止まった。


それから、ふっと笑った。


涙がまだ残っているのに、笑えた。


「わかる」


natsuも、小さく頷いた。


「わかる」


shihoが、目元を押さえながら笑う。


「やばいよね」


renaは、アコギケースに額を近づけるようにして笑った。


「やばい」


natsuは、真面目な顔で言った。


「曲、ずるい」


shihoが頷く。


「ずるい」


renaも頷く。


「ずるい」


少し間が空いた。


そして、shihoがぽつりと言った。


「ある意味、王子様よね」


renaが、涙を拭く手を止めた。


natsuも顔を上げた。


一瞬、三人とも黙った。


その言葉の照れくささが、三人の間にふわっと落ちる。


renaが、少し笑いをこらえる。


「王子様」


shihoは、言ってから自分で少し恥ずかしくなったらしく、目を逸らした。


「いや、違うかもしれないけど」


natsuが、真剣に考えた。


そして言った。


「ラッパーの王子様?」


その瞬間、renaが吹き出した。


shihoも、とうとう笑った。


泣き顔のまま。


肩を震わせて。


涙と笑いが、同じ場所から出てくるみたいだった。


renaは、目元を押さえながら言った。


「なにそれ」


natsuは少し困る。


「違う?」


shihoは笑いながら首を振った。


「違わないのが嫌」


renaも頷く。


「なんか、ちょっと分かるのが悔しい」


natsuは、フルートケースを抱え直した。


「王子様って、白い馬じゃなくてもいいの?」


renaは笑いすぎて、また涙が出た。


「馬は今いらない」


shihoが言う。


「マイク三本だったね」


natsuは真面目に頷いた。


「じゃあ、三本マイクの王子様」


renaがまた笑った。


「もうだめ、それはだめ」


shihoも、目元を拭いながら笑う。


「だいぶだめ」


それでも、笑いながら、三人の中に確かに残っていた。


あの三人は、助けに来た王子様ではない。


そんな綺麗な物語ではない。


でも。


閉じた場所まで来て、扉を壊さずに、外から歌を置いてくれた。


出てこいとは言わなかった。


咲けとは言わなかった。


でも、ここにいる、と伝えてくれた。


それは、たしかに、少しだけ物語みたいだった。


renaは、笑い終えてから、静かに息を吸った。


「……私たちも」


shihoが見る。


natsuも見る。


renaは、アコギケースの取っ手に手を置いた。


「ありのままを、見せたい」


shihoは、すぐには返事をしなかった。


低く、深く、その言葉を受け止めるように黙った。


それから、頷いた。


「うん」


natsuは、フルートケースを見る。


「全部じゃなくても」


renaは頷く。


「うん。全部じゃなくてもいい」


shihoが言う。


「綺麗なところだけじゃなくて」


renaが続ける。


「でも、傷を見せ物にするんじゃなくて」


natsuが、ぽつりと言う。


「音で」


三人は、顔を見合わせた。


そうだ。


言葉で全部を説明しなくていい。


泣いた理由を、全部並べなくてもいい。


どこが痛かったのかを、正確に報告しなくてもいい。


音でいい。


今、自分たちが出せる音でいい。


ケースに触れるだけでも一歩なら。


次は、ケースを開ける。


音を出せるなら、一音でいい。


一音が震えるなら、その震えごと渡せばいい。


shihoは、バスクラリネットのケースに手を置いた。


「私、低い音から入る」


renaが頷く。


「うん」


shihoは続けた。


「でも、沈めるためじゃなくて。受けるために」


natsuが、フルートケースに触れた。


「私は、上に行く」


少しだけ間を置く。


「でも、逃げるんじゃなくて」


renaは、アコギケースの金具に指をかけた。


「私は、水を戻す」


shihoが見る。


renaは、少しだけ笑った。


「元に戻るんじゃなくて。流れ直す」


三人は、しばらく黙った。


それぞれの楽器に手を置いていた。


外から、かすかにwataの声が聞こえた。


何を言っているかまでは分からない。


たぶん、自販機の前で何かを間違えている。


EGUIの低い声が続き、mcRCの笑う声が少しだけ混ざる。


それだけで、三人はまた少し笑った。


もう風はそこに来ている。


ReShiNa三人は、同時に深く息を吸った。


泣いたあとで、少し笑ったあとで。


まだ怖くて。


でも、少しだけ楽しみで。


三人だけの部屋に、次の音の気配がゆっくり満ちていった。


そして、renaがアコギケースの金具に指をかけた。


小さな音を立てて、ケースが開く。


shihoも、バスクラリネットのケースを自分の前へ引き寄せた。


natsuは、フルートケースを膝の上でまっすぐに置いた。


まだ怖い。


でも、もう逃げる音ではなかった。

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