4-4-3 TSUBOMI
ReShiNaからの返事は、Kateを通して届いた。
まずは、文章でのやり取りからお願いできますでしょうか。
その後、必要に応じて、通話なども相談させてください。
mcRCは、その一文を何度か読み返した。
すぐに会うわけではない。
すぐに通話するわけでもない。
まず、文章。
その距離が、今はちょうどよかった。
近づきたい。
でも、近づきすぎてはいけない。
伝えたい。
でも、先に踏み込みすぎてはいけない。
wataは、スマホを見ながら言った。
「文章から、やな」
mcRCは頷いた。
「うん」
EGUIが短く言う。
「それでいい」
リバクラボラトリーに、三人は集まっていた。
配信の準備ではない。
黒い布はまだ張っていない。
マイクも立てていない。
今日は、曲の前の話だった。
机の上には、紙が何枚か置かれていた。
水の人。
森の人。
風の人。
形が変わっても、自分でいられるか。
前に出なくても、誰かの始まりになれるか。
戻らないものを抱えたまま、ここにいていいか。
あの配信で置いた言葉。
そして、ReShiNaから届いた言葉。
まだ怖さはあります。
すぐにうまく言葉にできるか、音を出せるかも分かりません。
それでも、皆さまと一緒にやってみたいです。
まずは、文章でのやり取りからお願いできますでしょうか。
mcRCは、スマホを伏せた。
「ここから先、Kateさんに文面を作ってもらうのは違うな」
wataは、すぐに頷いた。
「違うな」
EGUIも言った。
「俺らが書く」
Kateが悪いわけではない。
むしろ、ここまでの距離を守ってくれたのはKateだった。
言葉の温度。
宛先。
相手が断れる余地。
追わない線。
その全部を、リバックラインが整えてくれた。
でも、ここからは曲の芯に入る。
テーマの話になる。
そこを外部連絡担当に任せるのは、ReShiNaに対しても、Kateに対しても、自分たちの曲に対しても違う。
mcRCは、紙を一枚引き寄せた。
「まず、俺らが何をやりたいかやな」
wataが椅子に座り直した。
「一緒にやりたいです、だけじゃ足りん」
「足りない」
EGUIが短く言う。
「何をやるか」
mcRCは頷いた。
何をやるか。
そこがいちばん難しかった。
ReShiNaの音は、リバクラとはまったく違う。
水。
森。
風。
アコギ。
ピアノ。
バスクラ。
フルート。
ローホイッスル。
声の余白。
静かな呼吸。
一方で、リバクラは違う。
街。
マイク。
ビート。
言葉。
跳ねるリズム。
三人のラップ。
客席に向ける熱。
この二組を、ただ混ぜればいいわけではない。
ReShiNaをリバクラ側へ引っ張りすぎたら、彼女たちの音が飾りになる。
リバクラがReShiNa側へ寄りすぎたら、三人の言葉とビートが薄くなる。
どちらかが、どちらかの場所に入るのではない。
横に並ぶには、共通の場所が必要だった。
wataが、紙を見ながら言った。
「ジャンル、違いすぎるんよな」
mcRCは頷く。
「うん」
「俺らがケルトっぽくなるの、変やし」
「変やな」
「向こうにラップしてもらうのも、違うし」
EGUIが短く言う。
「違う」
wataは、少しだけ眉を寄せた。
「じゃあ、どこで会うん?」
部屋が止まった。
どこで会うのか。
音の種類ではない。
楽器の種類でもない。
ジャンル名でもない。
もっと手前の、人として触れる場所。
mcRCは、ゆっくり言った。
「男女」
wataが顔を上げた。
「男女?」
「うん」
EGUIも見る。
mcRCは続けた。
「女三人と、男三人っていうのは、単純やけど、大きいと思う」
「うん」
「そこを共通行にできる気がする」
wataは、少し考えてから言った。
「ラブソング?」
その言葉が出た瞬間、三人とも少し黙った。
ラブソング。
苦手な言葉だった。
wataは、すぐに顔をしかめた。
「一番苦手なやつ来たな」
mcRCは、少しだけ笑った。
「来たな」
EGUIは短く言った。
「苦手や」
wataが机を軽く叩いた。
「俺ら、愛してるぜベイベーみたいなん無理やろ」
mcRCが返す。
「無理やな」
「好きだよ、君だけ、永遠に、とか」
「無理やな」
EGUIが言う。
「嘘になる」
wataは、少しだけ口元をゆるめた。
「でも、ラブソングって言っても、そこじゃないんやろ」
mcRCは頷いた。
「そう」
そこではない。
結果としてラブソングになる。
でも、本当に言いたいのは、恋そのものだけではない。
男女の歌を選ぶのは、ただ恋を歌いたいからではない。
二組のジャンル差を無理に潰さないため。
お互いの場所を壊さずに並ぶため。
共通の人間テーマとして、恋を使う。
それだけだった。
いや、それだけでもなかった。
苦手だからこそ、そこへ行く。
頭で考えすぎている時。
言葉が複雑になりすぎている時。
水だ、森だ、風だ、戻るだ、入口だ、ここにいるだと、意味が重なりすぎている時。
あえて、単純で逃げられない場所へ行く。
好きだった。
言えた。
でも、うまく育てられなかった。
それでも、なかったことにはならない。
そのくらい単純で、でもごまかせない場所へ。
mcRCは言った。
「余計なこと考えすぎてる時ほど、単純なことを考えた方がいい気がする」
wataが笑う。
「ラブソングが単純て言うたら、怒られるで」
「いや、単純じゃない」
「どっちやねん」
mcRCは紙にペンを置いた。
「入り口が単純なんやと思う」
EGUIが頷く。
「好きだった」
「そう」
「それは逃げられない」
mcRCは頷いた。
「逃げられない」
wataが、少しだけ黙った。
それから、言った。
「で、TSUBOMI?」
mcRCは頷いた。
「TSUBOMI」
今度は、漢字では書かなかった。
紙に、ローマ字で書く。
TSUBOMI
wataが、その文字を見た。
「正式に、それ?」
「うん」
「つぼみ、じゃなくて?」
「曲名としては、TSUBOMI」
EGUIが短く言う。
「いい」
mcRCは、紙に書いた文字を見つめた。
TSUBOMI。
花ではない。
咲き切ったものではない。
でも、枯れてもいない。
終わってもいない。
途中。
閉じている。
まだ開いていない。
でも、中にはもう、何かがある。
その言葉を選んだのは、偶然ではなかった。
ReShiNaの曲名や世界には、自然や花に近い言葉がある。
水。
森。
風。
花。
根。
芽。
季節。
その場所へ、リバクラが土足で入るのは違う。
でも、彼女たちの世界を無視して、街の言葉だけで返すのも違う。
だから、TSUBOMI。
リバクラの言葉として出せて、ReShiNaの自然の感覚にも届く場所。
しかも、花ではなく、つぼみ。
完成ではない。
満開でもない。
でも、まだ咲ける。
wataが言った。
「俺らもTSUBOMIなん?」
mcRCは、すぐに頷いた。
「そう」
「向こうだけじゃなくて?」
「向こうだけなわけない」
EGUIが言う。
「俺らもまだまだや」
mcRCは、その言葉に頷いた。
「俺らも、まだまだだろ」
wataが続ける。
「まだ咲ける」
EGUIが短く言う。
「咲こう」
その三つの言葉が、部屋に置かれた。
まだまだだろ。
まだ咲ける。
咲こう。
明るく背中を叩くような応援ではなかった。
もっと静かで、少し照れた、でも真っ直ぐな言葉だった。
mcRCは、紙に書いた。
俺たちも、あなたたちも、まだ咲き切ってない。
でも、まだ咲ける。
咲こう。
wataは、それを見て言った。
「これ、レジーナへのメッセージでもあるけど、俺らへのブーメランやな」
mcRCは笑った。
「そうやで」
「自分で刺さりに行くやつやん」
EGUIが言う。
「刺さった方がいい」
wataは、少しだけ口元をゆるめた。
「まあな」
mcRCは、メールの下書きを開いた。
ここは、リバックラインに書いてもらわない。
Kate@外部連絡を通す。
でも、言葉はリバクラのものにする。
ReShiNaが、自分たちで名乗ってくれたから。
こちらも、自分たちの言葉で返す。
mcRCは、打ち始めた。
⸻
ReShiNa
rena様
shiho様
natsu様
Kate様を通じて失礼いたします。
Reverse CrownのmcRCです。
ご返信ありがとうございます。
まず、文章でのやり取りから始めたいというお気持ち、受け取りました。
こちらも、いきなりお会いして進めるのではなく、まず文章で、今回の曲の方向についてお伝えしたいと思います。
先日の配信で、俺たちはオーダーを受けさせてください、と言いました。
その気持ちは今も変わっていません。
ただ、皆さんが名乗ってくださった今、俺たちだけで外から曲にして返すより、できれば一緒に作りたいと思っています。
そこで、最初のテーマ案をお伝えします。
テーマ案は、TSUBOMI です。
結果としては、男女のラブソングになると思います。
でも、本当に言いたいことは、恋そのものだけではありません。
俺たちは、ジャンルが違います。
皆さんが俺たちの方へ無理に寄るのも違うし、俺たちが皆さんの音の場所へ無理に入るのも違うと思っています。
だから、共通して触れられる場所として、男女の歌を考えました。
ただ、正直に言うと、俺たちはラブソングが得意ではありません。
うまく格好つけることも、たぶんできません。
でも、今回はその苦手さも含めて、歌にしたいと思っています。
好きだったこと。
うまく咲かせられなかったこと。
でも、なかったことにはならないこと。
咲き切った花ではなく、つぼみだった時間。
そして、それは過去の恋だけの話ではなく、今の俺たち自身の話でもあると思っています。
俺たちも、皆さんも、まだ咲き切っていない。
でも、まだ咲ける。
咲こう。
そういう曲にできないかと考えています。
TSUBOMIという言葉を選んだのは、皆さんの音や曲に、自然や花の気配を感じたからです。
ただ、その場所へ俺たちが無理に踏み込むのではなく、俺たちの言葉としても立てる場所を探した時に、花ではなく、TSUBOMIだと思いました。
完成した花ではなく、まだ途中のもの。
でも、終わっていないもの。
まだ咲けるもの。
もしこのテーマに違和感がなければ、まずはそれぞれで歌詞や言葉の断片を持ち寄ってみませんか。
完成した歌詞でなくて大丈夫です。
一行でも、単語でも、景色でも構いません。
文章でやり取りしながら準備ができたら、実際に会って、一緒に作れたらと思っています。
その時、もし可能であれば、話し合いに入る前に、お互いの曲を少しだけ鳴らしてみませんか。
言葉を交わすよりも、音を聴いた方が分かることがある気がしています。
もちろん、無理に演奏してほしいという意味ではありません。
できる範囲で大丈夫です。
まずは、このテーマについて、三人でゆっくり確認していただければと思います。
Reverse Crown
mcRC
wata
EGUI
⸻
書き終えて、mcRCは手を止めた。
長い。
思ったより長い。
でも、短くする場所が分からなかった。
wataが、横から画面を読んだ。
「俺たちラブソング苦手です、ってちゃんと書いてるやん」
mcRCは頷いた。
「書いた」
「ええん?」
「嘘つくよりええやろ」
wataは少し笑った。
「まあ、それはそう」
EGUIは、別のところを見ていた。
「TSUBOMIの理由、いい」
mcRCが見る。
「そこ?」
EGUIは頷いた。
「花じゃなくて、TSUBOMI」
wataも、もう一度その部分を見る。
「たしかに、そこは向こうに届きそうやな」
mcRCは、少しだけ黙った。
届いてほしかった。
ReShiNaの世界を借り物みたいに使うのではない。
でも、無視もしない。
水や森や風の奥にある、自然や花の言葉。
そこに、リバクラ側から手を伸ばす。
ただし、花ではなくTSUBOMI。
咲き切った完成形ではなく、まだ途中のもの。
そこに、今回の二組が立てる気がした。
mcRCは、リバックライン作業連絡を開いた。
⸻
mcRC:
ReShiNaさんへの返信文を、三人で書きました。
今回は楽曲テーマの話なので、こちらで書くべきだと思っています。
Kate、送信前に宛先や失礼がないかだけ確認してもらえますか。
⸻
すぐに、Kate@外部連絡から返る。
⸻
Kate@外部連絡:
承知しました。
文面そのものはReverse Crown三名からの言葉として扱います。
私は宛先、敬称、失礼に当たる表現がないかのみ確認します。
⸻
wataが、それを見て言った。
「さすがやな」
mcRCは頷いた。
「ありがたい」
EGUIが言う。
「役割や」
mcRCは、下書きを共有した。
しばらくして、Kateから返答が来た。
⸻
Kate@外部連絡:
内容の方向性は問題ないと思います。
一点だけ、冒頭に「Kate様を通じて失礼いたします」と入っているため、窓口を通していることは明確です。
このまま送信可能です。
⸻
mcRCは、文面をもう一度読んだ。
TSUBOMI。
ラブソング。
苦手。
まだ咲ける。
咲こう。
お互いの曲を少し鳴らす。
言葉より、音。
三人は、しばらく黙っていた。
wataが、ぽつりと言った。
「これ、俺らも逃げられへんな」
mcRCは苦笑した。
「逃げられへんな」
「ラブソングやで」
「ラブソングやな」
EGUIが言う。
「苦手や」
wataがEGUIを見る。
「お前、さっきからそれしか言ってへん」
EGUIは真顔で返した。
「本当やから」
mcRCは、画面を見たまま言った。
「だから、やるんやろ」
その一言で、少しだけ空気が決まった。
得意だからやるわけではない。
分かっているからやるわけでもない。
苦手だから。
まだ咲き切っていないから。
そのまま、曲にする。
mcRCは、Kateへ送った。
⸻
mcRC:
この文面でお願いします。
送信後は、急かさず待ちます。
⸻
Kate@外部連絡から、短く返る。
⸻
Kate@外部連絡:
承知しました。
送信します。
⸻
数秒。
もう何度目かの、数秒だった。
それでも、慣れなかった。
窓口を叩く数秒。
名乗りを受け取る数秒。
お願いを渡す数秒。
そして今、テーマを渡す数秒。
やがて、Kateから一文が届いた。
⸻
Kate@外部連絡:
送信しました。
⸻
mcRCは、スマホを伏せた。
wataが言う。
「送ったな」
mcRCは頷いた。
「送った」
EGUIが短く言う。
「待つ」
「うん」
また、待つ。
でも、今度は少し違った。
ただ返事を待つだけではない。
自分たちの苦手を差し出した。
ラブソングが得意ではないこと。
それでも、そこに行きたいこと。
TSUBOMIというテーマを選んだこと。
まだ咲ける。
咲こう。
その言葉を、向こうに渡した。
mcRCは、机の上の紙を見た。
TSUBOMI
その文字は、まだ曲ではない。
まだ歌詞でもない。
でも、二組が同じ場所へ立つための、小さな目印にはなっていた。
⸻
メールを開いたのは、renaだった。
今度は、一人で最後まで読まなかった。
冒頭だけ見て、すぐに三人のグループチャットへ連絡した。
⸻
rena:
テーマ案、来た
shihoから、少し遅れて返事が来る。
⸻
shiho:
読んだ?
rena:
まだ全部は読んでない
でも、タイトルだけ見えた
natsu。
⸻
natsu:
なに
renaは、画面の一行を見た。
テーマ案は、TSUBOMI です。
その文字を見た時、胸の奥が少しだけ動いた。
漢字ではない。
ひらがなでもない。
英語でもない。
ローマ字の、TSUBOMI。
こちらの言葉を、そのまま持っていくのではなく。
でも、こちらの世界を無視するのでもなく。
水や森や風に近い場所へ、彼らの文字で立っている。
renaは、ゆっくり打った。
⸻
rena:
TSUBOMI
少し間が空いた。
shiho。
⸻
shiho:
花じゃないんだ
natsu。
⸻
natsu:
まだ開いてない
renaは、画面を見たまま頷いた。
そう。
花ではない。
咲いた後ではない。
完成ではない。
でも、種でもない。
もう中に何かがある。
まだ閉じているだけ。
その言葉を、彼らが選んだ。
ReShiNaの自然や花の気配を感じたから。
でも、その場所に無理に踏み込むのではなく、自分たちの言葉としても立てる場所を探した時に、花ではなく、TSUBOMIだと思った。
renaは、まだ全文を読んでいないのに、その理由が少し分かった気がした。
shihoから、もう一文届く。
⸻
shiho:
そこを選ぶんだ
natsuが続けた。
⸻
natsu:
あの三人、花を取りに来てない
renaは、その言葉で目を閉じた。
花を取りに来ていない。
それは、今の三人にとって、とても大事なことだった。
咲いたところだけを見たいわけではない。
きれいなところだけを使いたいわけでもない。
まだ開いていないもの。
途中のもの。
怖がって閉じているもの。
それを、無理やり開かせるのではなく。
TSUBOMIと呼んだ。
renaは、静かに言った。
誰もいない部屋で、声に出した。
「……そこ、選ぶんだ」
それは、驚きだった。
少し悔しさもあった。
少し嬉しさもあった。
そして、怖さもあった。
この言葉選びは、軽くない。
きれいだから選んだだけではない。
ラブソングだから甘くするためでもない。
自分たちと、彼ら自身の未完成さを、同じ場所に置くための言葉だった。
renaは、グループチャットに打った。
⸻
rena:
三人で読もう
shiho。
⸻
shiho:
読む
natsu。
⸻
natsu:
風、通りそう
renaは、ノートパソコンを閉じなかった。
メールは、まだ画面に開かれている。
TSUBOMI。
その文字が、白い画面の中に静かに置かれていた。
まだ曲ではない。
まだ答えでもない。
でも、確かにそこには、こちらの世界を雑に扱わない手つきがあった。
renaは、アコギのケースに触れた。
まだ開けない。
でも、今日は少しだけ、開けてもいいかもしれないと思った。




