4-4-2 あったかい風、突き通す風
Kateからの返信は、renaのメールボックスに届いていた。
夜ではなかった。
昼でもない。
夕方になる少し前。
窓の外の光が、まだ明るいのに、部屋の中の影だけが少し長くなり始める時間だった。
renaは、そのメールをひとりで開かなかった。
昨日、自分たちで決めたからだった。
名乗るところまでは、自分が送った。
でも、その先は三人で読む。
そう決めていた。
だから、メールの通知だけを見て、いったん画面を閉じた。
閉じた瞬間、胸がきゅっと縮む。
返事が来た。
早い。
いや、早いというほど早くないのかもしれない。
でも、renaの身体には早く感じた。
送った言葉が、戻ってきた。
自分たちが名乗った言葉が、相手の手を通って返ってきた。
それだけで、指先が少し冷たくなった。
renaは、グループチャットを開いた。
⸻
rena:
返信来た
すぐには既読がつかなかった。
少しして、shiho。
⸻
shiho:
読んだ?
renaは、正直に打った。
⸻
rena:
まだ
続いて、natsu。
⸻
natsu:
えらい
renaは、画面を見て少しだけ目を細めた。
えらい。
その一言が、natsuらしかった。
褒めているのか、安心しているのか、ただ事実を置いているのか分からない。
でも、少しだけ肩の力が抜けた。
⸻
shiho:
集まる?
rena:
うん
natsu:
ケース持ってく?
renaは、その文で少し止まった。
ケース。
アコギ。
ピアノ。
バスクラ。
フルート。
ローホイッスル。
最近、その言葉が出るだけで、少し胸が重くなることがあった。
でも、今日は違った。
吹くかどうか。
弾くかどうか。
歌うかどうか。
それは分からない。
でも、ケースを持っていくかどうかを聞けた。
そのことが、少しだけ大きかった。
shihoが返す。
⸻
shiho:
音は出さなくていい
でも、持ってきたいなら持ってきて
natsu。
⸻
natsu:
持ってく
鳴らさない風でも、部屋にいた方がいい
renaは、その言葉を見て、少し息を吸った。
鳴らさない風でも、部屋にいた方がいい。
それが今日のnatsuの答えなのだと思った。
⸻
三人は、shihoの部屋に集まった。
前と同じ部屋だった。
でも、同じではなかった。
以前なら、誰かが入ってきた時点で音があった。
renaがアコギの弦を軽く触る音。
shihoがピアノの低い鍵盤をそっと押す音。
natsuが笛のケースを開ける音。
それぞれが、何も言わなくても、部屋の中に自分の場所を置いていた。
でも今日は、音がなかった。
ピアノの蓋は閉じている。
バスクラリネットのケースは壁際にある。
renaのアコギはケースに入ったまま、椅子の横に置かれている。
natsuのローホイッスルは布に包まれたまま、膝の上にあった。
三人は、ローテーブルを囲んで座った。
中央にノートパソコン。
画面には、Kateからの返信が未読のまま開かれている。
renaは、少しだけ手を止めた。
「読むね」
shihoが頷く。
natsuも頷いた。
renaは、メールを開いた。
白い画面に文字が並ぶ。
⸻
ReShiNa
rena様
ご連絡ありがとうございます。
また、Reverse Crownへのご伝言をお預かりし、ありがとうございます。
いただいた内容は、Reverse Crown三名へ確かに共有いたしました。
「水の人」「森の人」「風の人」として言葉を送ってくださったのがReShiNaの皆さまだったこと、そしてそのことを改めてお伝えくださったこと、Reverse Crown一同、心より感謝しております。
以前のストリート演奏についても、こちらこそありがとうございました。
三人とも、あの日、皆さまの音に真摯に向き合えたことを覚えております。
配信中にお名前を明かすことが難しかったことについて、こちらから何かを求める意図はございません。
そのうえで、こうして三人のお名前を添えてご連絡くださったことを、丁寧に受け止めております。
先日の配信でいただいた言葉について、Reverse Crownとして、改めてオーダーを受けさせてください。
そのうえで、一つご相談があります。
いただいた言葉を、Reverse Crown側だけで受け取り、こちらだけで曲として返すこともできます。
ただ、皆さまの言葉を受け取った今、もし可能であれば、ReShiNaの皆さまと一緒に音にする形もご相談できないかと考えております。
これは、救済や消費の申し出ではありません。
Reverse Crown側からのお願いです。
もちろん、ご負担になる場合や、今は難しいと感じられる場合は、お断りいただいて問題ございません。
また、すぐに結論を出していただく必要もありません。
もし少しでもご検討いただけるようでしたら、まずは三人のご希望に合う形で、お話しする機会をいただければと思います。
文章でのやり取り、通話、対面など、方法はReShiNaの皆さまのご希望を優先いたします。
ご無理のない範囲で、ご確認いただけますと幸いです。
Reverse Crown
外部連絡担当
Kate
⸻
読み終わったあと、三人はしばらく黙っていた。
メールは静かだった。
静かなのに、深いところまで届いてきた。
強く押してこない。
でも、遠くから眺めているだけでもない。
近づいてきている。
ただし、手を伸ばす前に、こちらが逃げられる場所を残している。
renaは、画面の文章をもう一度見た。
「改めてオーダーを受けさせてください」
そこに目が止まる。
受けます、ではない。
ここでも、やっぱり同じだった。
受けさせてください。
配信の中だけの言葉ではなかった。
メールになっても、そのままだった。
shihoが、静かに言った。
「ちゃんと、伝えてくれたんだね」
renaは頷いた。
「うん」
「Kateさんに送ったけど、三人に届いてる」
「うん」
natsuは、ローホイッスルを包んだ布の端を触っていた。
いつもより、指の動きが遅い。
考えている時の癖だった。
natsuは、文章の真ん中を見ていた。
「一緒に音にする形」
その言葉だけを、小さく読んだ。
renaもそこを見る。
Reverse Crown側だけで受け取り、こちらだけで曲として返すこともできます。
ただ、皆さまの言葉を受け取った今、もし可能であれば、ReShiNaの皆さまと一緒に音にする形もご相談できないかと考えております。
一緒に音にする。
それは、思っていたより怖い言葉だった。
そして、思っていたより、呼吸できる言葉でもあった。
「助けます」ではなかった。
「使わせてください」でもなかった。
「話題にしましょう」でもなかった。
「あなたたちのために」でもなかった。
一緒に。
その言葉は、簡単そうで、今の三人には簡単ではなかった。
shihoは、少しだけ視線を落とした。
「今のままだと、私たち、立ち上がり方が分からない」
その声は低かった。
責めているわけでも、弱音を吐いているだけでもなかった。
ただ、事実を置く声だった。
「うん」
renaは小さく返した。
分かっていた。
三人とも分かっていた。
前みたいにやればいい。
そう言えるなら、もう戻っている。
楽器を持てばいい。
曲を作ればいい。
そう言えるなら、こんなに止まっていない。
今の自分たちは、立ち上がり方が分からない。
転んでいるのか。
座り込んでいるのか。
眠っているのか。
自分たちでも分からない。
ただ、前と同じようには立てない。
それだけは分かっていた。
natsuが、ぽつりと言った。
「戻る立ち方、もうないのかも」
renaが見る。
natsuは、ローホイッスルの布を撫でながら続ける。
「前みたいに立つんじゃなくて、違う風で立つのかも」
shihoは、少しだけ目を伏せた。
「違う風で立つ」
「うん」
natsuは頷く。
「同じ場所に戻るんじゃなくて。違う角度で、立つ」
その言葉に、renaは胸の奥が少し痛くなった。
戻りたい。
前みたいに鳴らしたい。
前みたいに、三人で自然に音を出したい。
でも、前とまったく同じ場所には、もう戻れないのかもしれない。
それが悲しい。
でも、違う角度で立つことができるなら。
それは、終わりではないのかもしれない。
shihoは、メール画面を見たまま言った。
「曲の前で止まってくれた、あの三人となら」
renaは、ゆっくり顔を上げた。
shihoは続けた。
「何か、変われるのかもしれない」
変われる。
その言葉は、少し怖かった。
変わるということは、元には戻らないということでもある。
でも、今のまま止まり続けることも、同じくらい怖い。
renaは、静かに言った。
「私たちに持ってないものを、持ってる気がする」
shihoが頷く。
「うん」
「強さ、ではないと思う」
「うん」
「明るさ、でもない」
「うん」
renaは、言葉を探した。
リバクラの三人にあるもの。
あの雨の曲にあったもの。
止まった時間を、止まったまま終わらせない力。
でも、それは無理やり走らせる力ではない。
沈んでいる人に、立て、と言う力でもない。
止まっていることを見て、その中から入口を作るような力。
renaは、それをうまく言えなかった。
shihoも同じように考えている顔をしていた。
そして、natsuを見る。
「ねぇ、natsuは、どう感じる?」
natsuは、すぐには答えなかった。
ローホイッスルを包んだ布を、ゆっくりほどく。
金属の端が、夕方の光を受けて、少しだけ鈍く光った。
吹くわけではない。
ただ、出した。
natsuは、その端に指を置いたまま、言った。
「あったかい風」
renaは黙って聞いた。
shihoも、何も言わなかった。
natsuは、言葉を探すように、少しずつ続ける。
「優しい風」
そこまで言って、また止まる。
優しい。
あたたかい。
でも、それだけではない。
natsuは、少しだけ眉を寄せた。
「だけど、体を突き通す風」
その言葉に、部屋の空気が変わった。
renaは息を止めた。
shihoも、目だけを上げた。
あったかい風。
優しい風。
だけど、体を突き通す風。
それは、不思議な言い方だった。
でも、分かった。
あの三人の音は、優しいだけではなかった。
あたたかいだけでもなかった。
ちゃんと痛いところまで届いてくる。
見ないふりをしていた場所を、乱暴に開けるのではなく。
でも、そこにあると分かるところまで、すっと入ってくる。
雨の曲もそうだった。
止まる日じゃない。
沈む日じゃない。
雨がくれた遊び方。
その言葉は、やさしかった。
でも、同時に痛かった。
自分たちが、止まっていることを、静かに見せられた気がしたから。
natsuは、さらに言った。
「冷たくないのに、逃げられない」
renaは、その言葉で目を伏せた。
逃げられない。
でも、追い詰められるのとは違う。
逃げたいのに、もう少しここにいてもいい気がする。
そんな風だった。
shihoが、低く言った。
「それ、分かる」
natsuは、ローホイッスルの端を見たまま続けた。
「あの三人、優しいのに、ぼやけない」
renaは頷いた。
「うん」
「あったかいのに、甘くない」
shihoが言う。
「だから、怖い」
natsuは頷いた。
「怖い。けど、嫌じゃない」
その一言が、今の三人には大きかった。
怖いけど、嫌じゃない。
それが、リバクラから届いたメールの温度だった。
それが、あの雨の曲の温度だった。
それが、オーダーを受けさせてくださいと言われた時の温度だった。
renaは、アコギのケースに手を置いた。
開けるわけではない。
でも、手を置いた。
「私は」
声が少し震えた。
shihoとnatsuが見る。
renaは、画面ではなく、机の木目を見ながら言った。
「私は、あの三人とやりたい」
言った瞬間、胸が痛くなった。
やりたい。
その言葉を、自分の口から出すのが久しぶりだった。
最近は、やりたいより先に、怖いが来ていた。
やらなきゃ。
戻らなきゃ。
ちゃんとしなきゃ。
そういう言葉ばかりだった。
でも今、出てきたのは、やりたいだった。
renaは、続けた。
「この前の、雨の歌」
言いながら、あのフックが頭の奥をかすめる。
Rain rain, force me slow。
急ぐ俺を止める flow。
外が閉じる、だから見える。
雨の音で breathe again。
「あんな歌を歌える人、初めて」
言い終わると、部屋が少しだけ静かになった。
そして、shihoが言った。
「でも、あなた、他の人の歌、聞かないでしょ」
renaは、すぐに答えた。
「うん」
あまりにも素直な返事だった。
自分でも少し驚いた。
natsuが、ローホイッスルを持ったまま、ぽつりと言う。
「それは、そう」
shihoが少しだけ口元を動かした。
笑った、というほどではない。
でも、少しだけ空気がゆるんだ。
renaは、少し困ったように言った。
「でも、本当に初めてって思った」
shihoは頷いた。
「うん。分かる」
natsuも言った。
「初めて、って感じたなら、それは初めてでいい」
shihoは、少しだけ背もたれに体を預けた。
「ていうか」
renaが見る。
shihoは、少し自嘲気味に言った。
「私たち、あんまり他の人の歌、聞かないよね」
その言葉は、部屋の真ん中に落ちた。
軽く言ったようで、軽くなかった。
renaは、すぐには返せなかった。
natsuも黙った。
三人とも、分かっていた。
それは単なる好みの話ではない。
自分たちは、ずっと自分たちの音を見ていた。
自分たちの響き。
自分たちの世界。
自分たちの水、森、風。
外の音を聴いているつもりではいた。
影響を受けていないつもりもなかった。
でも、どこかで、自分たちの中だけで回っていた。
自分たちの音を守るために。
自分たちの世界を濁らせないために。
外の強い音に飲まれないために。
でも、その守り方は、いつの間にか狭さにもなっていたのかもしれない。
shihoが、ゆっくり言った。
「私たち、自分たちしか見てなかったのかも」
renaは、胸の奥に小さな痛みを感じた。
否定したくなった。
そんなことない。
私たちだって、ちゃんと聴いている。
いろんな音を聴いている。
そう言いたかった。
でも、言えなかった。
言えない程度には、当たっていた。
natsuが、静かに言った。
「外の風、うるさいと思ってた」
二人がnatsuを見る。
natsuは、ローホイッスルの穴に指を置いたまま、続けた。
「だから、窓を閉めてた」
その言葉は、natsuらしかった。
外の風。
うるさい。
だから、窓を閉める。
それは、natsuの中の正直な感覚だった。
外の音は、時々強すぎる。
大きすぎる。
乱暴すぎる。
こちらの小さな揺れを消してしまう。
だから、閉じていた。
でも、閉じた窓の中で、自分たちの空気だけを回していたら、少しずつ息が薄くなっていたのかもしれない。
shihoが言った。
「守ってたんだと思う」
renaは頷いた。
「うん」
「でも、守ってるうちに、入ってくるものも減ってた」
natsuは、小さく頷いた。
「風、止めすぎた」
その言葉で、renaは少しだけ目を伏せた。
風を止めすぎた。
ReShiNaにとって、それは小さな言葉ではなかった。
natsuは風だった。
ローホイッスルで遠くまで景色を運ぶ人だった。
そのnatsuが、風を止めすぎた、と言った。
それは、三人全員のことでもあった。
renaは、ゆっくり言った。
「でも、あの三人の風は、入ってきた」
natsuが見る。
renaは続けた。
「閉めてたのに、入ってきた」
shihoが小さく頷く。
「雨の歌でね」
「うん」
「あれ、たぶん、開けろって言われたんじゃない」
renaは、少し考えてから言った。
「うん」
「でも、隙間があるって気づいた」
natsuが、静かに言った。
「そこから風が入った」
三人は黙った。
部屋の中は、静かだった。
まだ音は出ていない。
ピアノの蓋は閉じたまま。
アコギのケースも閉じたまま。
ローホイッスルも、natsuの手の中にあるだけ。
それでも、さっきより部屋が少し動いていた。
音が鳴っていないのに、音の前にいる感じがした。
shihoが、メール画面をもう一度見た。
「断ってもいいって書いてある」
renaは頷く。
「うん」
「急がなくていいって書いてある」
「うん」
「でも、私は」
shihoは、少しだけ言葉を止めた。
それから、低く言った。
「受けたい」
renaは、顔を上げた。
shihoは、画面を見ている。
「今すぐ何ができるかは分からない」
「うん」
「音を出せるかも分からない」
「うん」
「でも、このまま、自分たちだけで立ち上がろうとしても、たぶんまた同じところを回る」
renaは、胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
同じところを回る。
それは、ずっと感じていたことだった。
話し合う。
でも、同じ場所に戻る。
楽器を持つ。
でも、同じ怖さに戻る。
励まし合う。
でも、同じ沈黙に戻る。
三人だけでいれば安全だった。
でも、その安全の中で、立ち上がり方が見えなくなっていた。
natsuが、静かに言った。
「三人だけだと、風が内側で回る」
shihoが頷く。
「うん」
natsuは続けた。
「外の風、入れた方がいい」
renaは、その言葉を聞いて、目を閉じた。
外の風。
リバクラの三人。
あったかい風。
優しい風。
だけど、体を突き通す風。
怖い。
でも、嫌じゃない。
renaは、メール画面を見た。
Reverse Crown側からのお願いです。
その一文が、胸に残る。
お願い。
依頼。
上からではない。
こちらを救うと言っていない。
こちらを使うとも言っていない。
一緒に音にする形。
renaは、静かに言った。
「受けよう」
shihoが頷く。
「うん」
natsuも頷いた。
「風、入れよう」
renaは、返信画面を開いた。
すぐには書けなかった。
でも、今度の手の止まり方は、さっきまでとは少し違った。
怖くて止まっている。
でも、どこかで言葉は決まっている。
まずは、お礼。
それから、受けること。
ただし、まだ怖いこと。
すぐに音を出せるかは分からないこと。
でも、一緒にやりたいと思ったこと。
renaは、一文字ずつ打った。
⸻
Reverse Crown
外部連絡担当 Kate様
ご連絡ありがとうございます。
また、私たちの言葉を丁寧に受け止めてくださり、ありがとうございます。
三人で、何度も読みました。
正直に申し上げると、まだ怖さはあります。
すぐにうまく言葉にできるか、音を出せるかも分かりません。
それでも、先日の配信でオーダーを受けさせてくださいと言ってくださったこと、
そして今回、一緒に音にする形をご相談くださったことを、三人で大切に受け取りました。
今の私たちは、このままでは立ち上がり方が分からないままだと思います。
でも、私たちの曲の前で立ち止まり、今回の言葉にも真摯に向き合ってくださった皆さまとなら、何かが変わるかもしれないと感じています。
私たちも、皆さまと一緒にやってみたいです。
まずは、文章でのやり取りからお願いできますでしょうか。
その後、必要に応じて、通話なども相談させてください。
どうぞよろしくお願いいたします。
ReShiNa
rena
⸻
書き終えて、renaは画面を見つめた。
今までで一番、心臓が鳴っていた。
これは、名乗るメールとは違う。
受けるメールだった。
何かを始める方へ、一歩出るメールだった。
renaは、本文を二人に見せた。
shihoは、最後まで読んでから、静かに頷いた。
「いいと思う」
natsuも読んだ。
しばらく黙った。
それから、ぽつりと言った。
「風、通れる」
renaは、送信ボタンに指を置いた。
まだ怖い。
でも、もう消したくはなかった。
shihoが言う。
「送ろう」
natsuも言う。
「うん」
renaは、送信した。
画面に、送信済みの表示が出た。
その瞬間、部屋の中に音は鳴らなかった。
でも、natsuがローホイッスルをそっと膝の上に置き直した。
shihoが、ピアノの方を一度見た。
renaは、アコギのケースの取っ手に触れた。
まだ開けない。
まだ弾かない。
でも、三人とも、同じ場所を見た。
立ち上がり方は、まだ分からない。
でも、風の入る場所は、少しだけ分かった気がした。




