4-4-1 名乗るメール
配信は、偶然見つけたものだった。
追っていたわけではない。
今日もやっているかな、と思って開いたわけでもない。
renaは、その夜、ただスマホを眺めていた。
見たいものがあったわけではない。
聴きたい音があったわけでもない。
指だけが、画面の上をゆっくり滑っていた。
おすすめ欄に、黒い布と三本のマイクが映った。
暗い画面。
三人の男。
サングラス。
知らない配信。
そのまま閉じることもできた。
けれど、少しだけ音が流れた。
雨の音だった。
外が閉じるから、内側が開くような曲。
止まる日じゃない。
沈む日じゃない。
雨がくれた遊び方。
その言葉に、renaの指が止まった。
見ようと思って探したわけではない。
けれど、閉じなかった。
偶然見つけた配信だった。
でも、その音を聞いた瞬間、ただの通りすがりではいられなくなった。
画面の中の三人は、サングラスをかけていた。
顔はよく分からない。
でも、renaは顔を見ていたわけではなかった。
耳が、先に引っかかった。
景色を置く人の間。
言葉の前に、少しだけ空気を作る声。
音で遊ぶ人の跳ね方。
日本語の中に英語を混ぜる時の、軽いのに逃げていない感じ。
最後に言葉を沈める人の重さ。
短いのに、床に置くような声。
それを聴いているうちに、記憶の中の別の景色が重なった。
ストリート。
屋外の小さな演奏場所。
足を止める人。
通り過ぎる人。
音を聴いているのか、雰囲気を眺めているのか分からない人たち。
その中にいた、三人。
あの時の三人は、サングラスなんてかけていなかった。
だから顔は見えていた。
でも、renaの中に強く残っていたのは、顔そのものではなかった。
聴き方だった。
三人とも、音の前で姿勢を変えなかった。
途中で茶化さなかった。
曲が終わる前に、分かったような顔をしなかった。
撮るためだけに構えるでもなく、話の種にするでもなく、通りすがりの雰囲気として消費するでもなく。
ただ、最後まで聴いていた。
その聴き方が、残っていた。
だから、配信でサングラスをかけていても、別の画面の中にいても、耳が先に結んでしまった。
あのストリートで、私たちの音の前にちゃんと立ってくれた三人だ。
renaは、そう気づいた。
偶然見つけた配信だった。
でも、気づいてしまった以上、もうただの偶然として閉じることはできなかった。
雨の曲は、続いていた。
止まることを、終わりにしない曲だった。
閉じた時間を、ただの沈黙にしない曲だった。
その言葉が、少し悔しかった。
少しだけ、まぶしかった。
自分たちは、止まっていると思っていた。
動けない。
鳴らせない。
前みたいに楽器を持てない。
楽器を持っても、前みたいな自分たちには戻れない。
そう思っていた。
なのに、画面の向こうの三人は、雨で止まった時間を、別の入口にしていた。
だから、コメント欄を見た。
見るだけのつもりだった。
書くつもりなんてなかった。
でも、気づけば、指が動いていた。
水の人。
閉じた場所でも、戻る水はありますか。
名前は出せなかった。
出せるはずがなかった。
あの場で名前を出したら、コメント欄の空気が変わる。
誰かが探し始める。
誰かが思い出す。
誰かが、あの演奏のことを言う。
誰かが、あの音のことを言う。
そうなるのが怖かった。
だから、名前を伏せた。
水。
森。
風。
それが精一杯だった。
でも、あの三人は、名前を聞かなかった。
誰ですか、と聞かなかった。
本人ですか、と探らなかった。
コメント欄に向かって、騒がせなかった。
それなのに、流さなかった。
きれいな言葉ですね、と軽く拾わなかった。
詩的ですね、と飾りにしなかった。
その場で、ちゃんと止まってくれた。
そして、言った。
むしろ、こちらからお願いしたい。
俺たちに、オーダーを、受けさせていただけませんか。
renaは、その言葉を何度も思い出していた。
受けます、ではなかった。
受けてあげます、でもなかった。
受けさせてください。
その言い方が、胸に残っていた。
こちらが何者か分からないまま。
どこから来た言葉か分からないまま。
それでも、軽くしない。
でも、暴かない。
その距離が、怖かった。
怖いのに、少し息ができた。
配信が終わってから、しばらく経っていた。
renaは、スマホを伏せたまま、テーブルの前に座っていた。
部屋の灯りはついている。
昨日までなら、灯りをつけることさえ少し重かった。
暗い部屋の中で、画面だけを見ている方が楽だった。
けれど、今日は違った。
明るい部屋の中にいる。
アコギのケースは、まだ閉じたまま。
開けていない。
弾いていない。
歌ってもいない。
それでも、ケースは足元ではなく、手の届く場所にあった。
それだけで、昨日とは少し違っていた。
renaは、グループチャットを開いた。
ReShiNa。
その名前を見ると、まだ胸が少し痛む。
自分たちでつけた名前なのに。
三人で音を重ねるための名前だったはずなのに。
今は、その名前の輪郭が少し遠い。
それでも、今日は閉じなかった。
短く打つ。
⸻
rena:
昨日の配信のこと。
しばらくして、shihoの既読がついた。
次に、natsu。
⸻
shiho:
うん。
natsu:
まだ残ってる。
renaは、画面を見たまま頷いた。
自分だけではなかった。
あの配信は、三人の中にまだ残っている。
曲としてではなく、言葉として。
いや、言葉の奥にある、触れられ方として。
⸻
rena:
匿名のままでいいのかな。
送ったあと、胸が詰まった。
言ってしまった。
触れなければいけないことに、触れた。
配信では名乗れなかった。
それは仕方なかった。
あの場で名前を出すことは、怖すぎた。
けれど、オーダーを受けてもらった。
しかも、あんなふうに。
あの言葉をオーダーとして受け止めてもらった以上、そのまま匿名でいることが、急に違う気がしていた。
shihoから返事が来た。
⸻
shiho:
私も考えてた。
受けてもらったなら、こちらも礼儀は返したい。
natsuも続ける。
⸻
natsu:
風だけ置いて、逃げたみたいになる。
renaは、その文を見て、少しだけ息を吸った。
natsuらしい言い方だった。
説明ではなく、景色で言う。
でも、意味はすぐに分かった。
⸻
rena:
怖いけど。
shiho:
うん。
怖いままでいいと思う。
natsu:
名前を出すのと、晒されるのは違う気がする。
renaは、画面を見つめた。
名前を出すのと、晒されるのは違う。
その言葉が、静かに胸に入ってきた。
そうだ。
配信中に名前を出すことは、晒されることに近かった。
コメント欄の目の前に、自分たちを置くことだった。
でも、今メールで名乗ることは、違う。
自分たちの言葉に、自分たちで名前を戻すことだった。
shihoが続けた。
⸻
shiho:
名乗ることと、全部話すことも違う。
⸻
それも、必要な言葉だった。
名乗る。
でも、全部は話さない。
今、話せる分だけでいい。
話せないことまで、急いで差し出す必要はない。
natsuが打った。
⸻
natsu:
昨日の言葉に、足だけつける感じ。
renaは、思わず画面を見つめた。
足。
言葉に足をつける。
水の人。
森の人。
風の人。
そのままでは、画面の中を流れるだけだった。
でも、名前を添えたら、どこから来た言葉なのかが分かる。
それは怖い。
でも、逃げた言葉ではなくなる。
⸻
rena:
メールする?
すぐには返ってこなかった。
その沈黙は、迷いだった。
でも、拒否ではなかった。
しばらくして、shiho。
⸻
shiho:
するなら、短く。
でも、ストリートの時のお礼は入れたい。
natsu。
⸻
natsu:
長いと、風じゃなくて荷物になる。
renaは少しだけ笑いそうになった。
笑いにはならなかった。
でも、口元がほんの少しだけ動いた。
shihoが続ける。
⸻
shiho:
昨日だけじゃなくて、あの時もちゃんと聴いてくれていたから。
そこは、伝えたい。
renaは頷いた。
ストリートの時。
あの三人は、まだサングラスをかけていなかった。
配信の時とは見え方が違った。
でも、違う姿でも分かった。
それはたぶん、こちらが音楽家だからだった。
顔より先に、聴き方を覚えていた。
声より先に、間を覚えていた。
人が音の前に立つ時の姿勢は、思っているより残る。
その節は、私たちの曲に真摯に向き合ってくれてありがとうございました。
その言葉が、胸の中に浮かんだ。
natsuが打つ。
⸻
natsu:
あの人たち、音の前で立ち止まれる人たちだった。
shiho。
⸻
shiho:
だから昨日も、少し信じられたのかもしれない。
renaは、その文で止まった。
そうかもしれない。
昨日、完全には逃げなかったのは、あの時の記憶があったからかもしれない。
初めて見る相手ではなかった。
名前は知らなかった。
でも、音の前に立つ姿勢は知っていた。
natsuが続けた。
⸻
natsu:
オーダーを受けてもらったなら、名乗った方がいい。
shiho。
⸻
shiho:
うん。
ただ、名乗るだけ。
決めるのは、その後でいい。
renaは、画面を見つめた。
名乗るだけ。
決めるのは、その後。
それなら、できるかもしれない。
まだ、何かを約束しなくていい。
まだ、何かを始めると決めなくていい。
でも、昨日の言葉に名前を戻すことはできる。
renaはノートパソコンを開いた。
連絡先は、配信概要欄にあった。
Reverse Crown。
外部連絡担当。
Kate。
昨日まで、知らない名前だった。
でも、今は違う。
あの三人に届く窓口。
そう思うと、少しだけ背筋が伸びた。
件名を打つ。
先日の配信でのオーダーについて
本文の白い欄が開く。
renaは、しばらく何も打てなかった。
shihoからメッセージが来る。
⸻
shiho:
書けそう?
renaは正直に返した。
⸻
rena:
手が止まってる。
natsu。
⸻
natsu:
止まってても、戻ってきてるならいい。
renaは、その言葉をしばらく見た。
止まってても、戻ってきてるならいい。
昨日の問いに、自分で返されたみたいだった。
閉じた場所でも、戻る水はありますか。
戻るって、元に戻ることじゃない。
違う形で戻ることかもしれない。
renaは深く息を吸った。
それから、一文字ずつ打った。
⸻
Reverse Crown
外部連絡担当 Kate様
突然のご連絡失礼いたします。
ReShiNaのrenaと申します。
以前、私たちのストリート演奏に足を止めてくださったReverse Crownの皆さまへ、
その節は、私たちの曲に真摯に向き合ってくださりありがとうございました、とお伝えいただけますでしょうか。
また、先日の配信では、
「水の人」「森の人」「風の人」として送った言葉を、オーダーとして受け止めてくださり、ありがとうございました。
こちらについても、Reverse Crownの皆さまへお伝えいただけますと幸いです。
配信中は、名前を明かすことができませんでした。
ですが、あの言葉をオーダーとして受けていただいた以上、このまま匿名のままでいるのは違うと、三人で話しました。
水の人はrenaです。
森の人はshihoです。
風の人はnatsuです。
まだ、うまく言葉にできないことが多いです。
それでも、まずは名乗らせてください。
Reverse Crownの皆さまへ、改めてよろしくお願いいたします、とお伝えいただけますと幸いです。
ReShiNa
rena
⸻
書き終えて、renaはしばらく画面を見つめた。
短い。
でも、怖かった。
水の人はrenaです。
森の人はshihoです。
風の人はnatsuです。
もう、匿名ではない。
自分たちで、名前を置いた。
renaは本文をコピーして、グループチャットに貼った。
⸻
rena:
これでどう?
少しして、shiho。
⸻
shiho:
いいと思う。
Kateさん宛てになってるし、伝言としても自然。
natsu。
⸻
natsu:
怖いけど、重すぎない。
風、通れる。
renaは、送信ボタンの上に指を置いた。
まだ押せない。
押したら、届く。
届いたら、戻せない。
けれど、消そうとも思わなかった。
shihoが送ってきた。
⸻
shiho:
これは、何かを約束するメールじゃない。
名乗るメール。
natsu。
⸻
natsu:
昨日の言葉に名前を戻すメール。
renaは、その言葉で少しだけ目を閉じた。
昨日の言葉に名前を戻すメール。
そうだ。
これは、何かを始める約束ではない。
でも、自分たちの言葉を、自分たちのものとして差し出すメールだった。
renaは送信した。
画面に、送信済みの表示が出る。
それだけだった。
でも、心臓が大きく鳴った。
⸻
メールを受け取ったのは、Kate@外部連絡だった。
ちょうど、リバックライン作業連絡の確認をしていたところだった。
問い合わせ対応のメモ。
次回配信の確認。
権利確認の保留。
物販の発送予定。
その中に、新しいメール通知が入った。
差出人。
ReShiNa rena。
件名。
先日の配信でのオーダーについて。
Kateは、手を止めた。
開く前に、深く息を吸う。
こういう時、急がない。
文面を読む前から意味を決めない。
自分にそう言い聞かせる。
メールを開いた。
最後まで読む。
一度ではなく、二度読んだ。
そのあと、すぐには転送しなかった。
ほんの数秒だけ、目を閉じた。
名乗ってくださった。
そう思った。
それ以上の言葉は、まだ置かなかった。
Kateは、リバックライン作業連絡に打った。
⸻
Kate@外部連絡:
ReShiNaのrena様よりメールが届きました。
先日の配信でのオーダーについてです。
宛先は私ですが、内容はReverse Crownの皆さまへのご伝言を含んでいます。
本文を共有します。
取り扱いは慎重にお願いします。
⸻
既読が増える。
Miwa@物販。
Nina@広報。
Sara@権利確認。
Yui@庶務・作業表。
そして、mcRC。
wata。
EGUI。
Kateは本文を貼った。
⸻
Reverse Crown
外部連絡担当 Kate様
突然のご連絡失礼いたします。
ReShiNaのrenaと申します。
以前、私たちのストリート演奏に足を止めてくださったReverse Crownの皆さまへ、
その節は、私たちの曲に真摯に向き合ってくださりありがとうございました、とお伝えいただけますでしょうか。
また、先日の配信では、
「水の人」「森の人」「風の人」として送った言葉を、オーダーとして受け止めてくださり、ありがとうございました。
こちらについても、Reverse Crownの皆さまへお伝えいただけますと幸いです。
配信中は、名前を明かすことができませんでした。
ですが、あの言葉をオーダーとして受けていただいた以上、このまま匿名のままでいるのは違うと、三人で話しました。
水の人はrenaです。
森の人はshihoです。
風の人はnatsuです。
まだ、うまく言葉にできないことが多いです。
それでも、まずは名乗らせてください。
Reverse Crownの皆さまへ、改めてよろしくお願いいたします、とお伝えいただけますと幸いです。
ReShiNa
rena
⸻
mcRCは、画面を見たまま、息を止めた。
水の人はrenaです。
森の人はshihoです。
風の人はnatsuです。
その一文ずつが、静かに胸へ沈んでいく。
分かっていた、とは言わなかった。
言えば、軽くなる。
そんな話ではない。
彼女たちは、隠れたままでいることもできた。
こちらに何も返さないこともできた。
それでも、オーダーを受けてもらった以上、匿名のままでは違うと、三人で話した。
そう書いてきた。
そして、それを直接ぶつけるのではなく、Kateを通して届けてきた。
その礼儀が、余計に重かった。
wataから、個別にメッセージが来た。
wata:
名乗ってくれたんやな。
EGUIからも来た。
EGUI:
受け取ろう。
mcRCは、ようやく息を吐いた。
リバックライン作業連絡に打つ。
mcRC:
読みました。
Kate、共有ありがとうございます。
それだけ打って、少し止まる。
それから続けた。
mcRC:
まず、伝えてくれたことにちゃんと返したいです。
wataも打った。
wata:
読みました。
名乗ってくれたこと、ちゃんと受け取りたいです。
EGUI。
EGUI:
受け取りました。
短い。
でも、それぞれの声だった。
Yui@庶務・作業表が、最初に整理を入れる。
Yui@庶務・作業表:
現時点の状態です。
・先日の配信での「水の人」「森の人」「風の人」はReShiNaの三名と確認
・ReShiNa側から自発的に名乗りあり
・ストリート演奏時の接点について言及あり
・Reverse Crownへの伝言あり
・配信でのオーダー受領への謝意あり
・現時点では共同制作の了承ではない
・次の対応は、伝言への返答、オーダーへの正式な返答、今後の相談
Sara@権利確認が続ける。
Sara@権利確認:
ここからは、ご本人たちからのオーダーとして扱うことになります。
ただし、まだ共同制作の話は成立していません。
次文面で、こちらの希望を丁寧に伝える必要があります。
Nina@広報が打つ。
Nina@広報:
ここで「分かっていました」系の表現は入れない方がいいです。
名乗ってくださったことへの感謝と敬意を最優先で。
Miwa@物販。
Miwa@物販:
相手はまだ怖いはずです。
名乗ってくれたこと自体が、かなり勇気のいることだと思います。
Kate@外部連絡。
Kate@外部連絡:
返信文は、まずご伝言を確かに受け取ったこと。
そのうえで、Reverse Crown側から改めてオーダーについて話したい、という流れがよいと思います。
mcRCは、画面を見つめたまま、通話をつないだ。
wataとEGUIは、すぐに出た。
wataの声は、いつもより少し低かった。
「名乗ってくれたな」
mcRCは頷いた。
「うん」
EGUIが言う。
「礼儀や」
「うん」
wataは、少し間を置いて言った。
「これ、重いな」
mcRCは、画面を見たまま返した。
「重い」
「でも、変な重さちゃう」
「うん」
「ちゃんと、こっちに渡してくれた感じがする」
EGUIが短く言った。
「こっちも返す」
その言葉に、mcRCは目を伏せた。
返す。
そうだ。
彼女たちは、配信では名乗れなかった。
それは当然だった。
あの場で名乗るのは怖すぎる。
でも、オーダーを受けてもらった以上、匿名のままではいない。
その判断を、三人でしてくれた。
しかも、外部連絡担当を通して、ちゃんと礼を届けてきた。
こちらも礼儀で返さなければならない。
mcRCは、静かに言った。
「改めて、オーダーの話をしたい」
wataが頷く。
「うん」
「昨日の配信で、受けさせてくださいって言った」
「うん」
「それは本気や」
EGUIが言う。
「本気や」
mcRCは続けた。
「でも、本人たちやと分かった以上、ただ俺らが外から返すだけでいいのか、もう一回考えたい」
wataが言う。
「置かれてる場所、想像したらな」
その言葉で、三人は少し黙った。
置かれている場所。
具体的に何があったかを、本人たちに言うつもりはない。
こちらが知ってしまったものを、知っていますとは言わない。
それを掘り返す理由はない。
でも、想像はしてしまう。
名前を出せなかったこと。
それでも名乗ってくれたこと。
取られたくないのに、預けようとしていること。
見られたくないのに、見つけてほしいこと。
前に出たいのか、奥にいたいのか、自分たちでも分からないまま、それでも言葉を置いたこと。
それを考えると、こちらだけで完結させるのは、少し違う気がした。
EGUIが、短く言った。
「一緒にやりたい」
mcRCは頷いた。
「うん」
wataも言った。
「助けます、じゃない」
「違う」
「使わせてください、でもない」
「違う」
「一緒にやりませんか、やな」
mcRCは、小さく息を吐いた。
「うん」
一緒にやりませんか。
それが、ようやく言える場所まで来た。
暴いて言うのではない。
決めつけて言うのでもない。
相手が自分たちから名乗ってくれたから、初めて言える。
mcRCは、リバックライン作業連絡に打った。
mcRC:
名乗ってくださったことへのお礼を、まず丁寧に返したいです。
そのうえで、改めてオーダーを受けさせていただきたいと伝えたいです。
もし可能なら、こちらだけで返すのではなく、一緒にやれないか相談したいです。
助けたい、ではありません。
使わせてほしい、でもありません。
一緒にやりたいです。
Kate@外部連絡が返す。
Kate@外部連絡:
承知しました。
返信文は、以下の構成で作成します。
・ご伝言を確かに受け取ったこと
・名乗ってくださったことへのお礼
・ストリート演奏時のことを覚えている旨
・配信中に名乗れなかったことへの配慮
・オーダーとして改めて受けさせていただきたい旨
・Reverse Crown側だけで返すのではなく、可能であれば一緒に作る形も相談したい旨
・断れる余地、時間をかけられる余地
・詳細は三人の希望に合わせる旨
Yui@庶務・作業表が補足する。
Yui@庶務・作業表:
注意事項:
・曲名はまだ出さない
・制作内容を決めつけない
・過去音源の話は出さない
・救済という言葉は使わない
・話題性、反響、拡散性は出さない
・ReShiNa側が選べる形にする
mcRCは、最後の注意事項を見て頷いた。
曲名はまだ出さない。
制作内容を決めつけない。
過去音源の話は出さない。
その線は、絶対だった。
Kate@外部連絡が文面を作り始める。
その間、通話は静かになった。
wataが、ぽつりと言った。
「なんかさ」
mcRCが聞く。
「うん」
「配信で名乗らんかったのに、メールで名乗ってくれたやん」
「うん」
「それ、けっこうすごいよな」
EGUIが言った。
「勇気いる」
wataは頷くように言う。
「やんな」
mcRCは、画面のメールを見ながら言った。
「だから、こっちもちゃんとせなあかん」
「うん」
「ここで前のめりになったら、全部台無しや」
EGUIが短く言った。
「横に並ぶ」
mcRCは頷いた。
「うん。横に並ぶ」
しばらくして、Kate@外部連絡から文面案が届いた。
⸻
Kate@外部連絡:
返信文案です。
まだ送信しません。
ご確認ください。
⸻
ReShiNa
rena様
ご連絡ありがとうございます。
また、Reverse Crownへのご伝言をお預かりし、ありがとうございます。
いただいた内容は、Reverse Crown三名へ確かに共有いたしました。
「水の人」「森の人」「風の人」として言葉を送ってくださったのがReShiNaの皆さまだったこと、そしてそのことを改めてお伝えくださったこと、Reverse Crown一同、心より感謝しております。
以前のストリート演奏についても、こちらこそありがとうございました。
三人とも、あの日、皆さまの音に真摯に向き合えたことを覚えております。
配信中にお名前を明かすことが難しかったことについて、こちらから何かを求める意図はございません。
そのうえで、こうして三人のお名前を添えてご連絡くださったことを、丁寧に受け止めております。
先日の配信でいただいた言葉について、Reverse Crownとして、改めてオーダーを受けさせてください。
そのうえで、一つご相談があります。
いただいた言葉を、Reverse Crown側だけで受け取り、こちらだけで曲として返すこともできます。
ただ、皆さまの言葉を受け取った今、もし可能であれば、ReShiNaの皆さまと一緒に音にする形もご相談できないかと考えております。
これは、救済や消費の申し出ではありません。
Reverse Crown側からのお願いです。
もちろん、ご負担になる場合や、今は難しいと感じられる場合は、お断りいただいて問題ございません。
また、すぐに結論を出していただく必要もありません。
もし少しでもご検討いただけるようでしたら、まずは三人のご希望に合う形で、お話しする機会をいただければと思います。
文章でのやり取り、通話、対面など、方法はReShiNaの皆さまのご希望を優先いたします。
ご無理のない範囲で、ご確認いただけますと幸いです。
Reverse Crown
外部連絡担当
Kate
⸻
三人は読んだ。
誰もすぐには喋らなかった。
文面は静かだった。
でも、必要なものは入っていた。
伝言を受け取ったこと。
名乗ってくれたことへの感謝。
ストリートの時のこと。
名前を明かせなかったことへの理解。
改めて、オーダーを受けさせてください。
そして、一緒に音にする形を相談したい。
wataが、小さく言った。
「これでいいと思う」
EGUIも言う。
「いい」
mcRCは、もう一度読んだ。
何かを急がせていない。
何かを決めつけていない。
こちらだけの物語にしていない。
それでいて、お願いはちゃんと入っている。
mcRCは、リバックライン作業連絡に打った。
mcRC:
この文面でお願いします。
送信後は、返信を急かさず待ちます。
相手の時間を優先してください。
Kate@外部連絡が返す。
Kate@外部連絡:
承知しました。
この文面で送信します。
数秒。
この数秒にも、もう慣れそうで、慣れなかった。
窓口を叩く数秒。
名乗りを受け取る数秒。
そして今、こちらのお願いを渡す数秒。
どれも同じではなかった。
やがて、Kate@外部連絡から一文が届いた。
Kate@外部連絡:
送信しました。
mcRCは、スマホを伏せた。
wataが通話越しに言う。
「送ったな」
「うん」
EGUIが言う。
「待つ」
mcRCは頷いた。
「待つ」
今度の待つは、少し違う。
相手はもう名乗ってくれた。
こちらも、お願いを渡した。
それでも、答えはまだ分からない。
受けるかもしれない。
断るかもしれない。
文章だけなら、と言うかもしれない。
まだ怖いです、と返すかもしれない。
どの答えでも、こちらは受けるしかない。
オーダーを受けさせてください。
そう言ったのは、自分たちだ。
なら、相手の答えもまた、受ける。
mcRCは、通話を切る前に、小さく言った。
「ここから先は、彼女たちの時間やな」
wataが返す。
「やな」
EGUIも言った。
「待とう」
画面は静かだった。
けれど、さっきとは違う。
水の人はrenaです。
森の人はshihoです。
風の人はnatsuです。
その名前が、もうこちら側にも届いていた。
暴かれた名前ではない。
彼女たちが、自分たちで渡してくれた名前だった。
だからこそ、次の一歩は急がない。
リバクラは、待つ。
その名前に対して、ちゃんと礼を尽くすために。




