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ラップ付き小説 ReversCrown 元気ないやつこっちおいで  作者: egubi
reshina編

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119/186

4-3-7 流れてはいけない音



黒百合が外へ出たことは、痛かった。


けれど、まだ分かる痛みだった。


黒百合は、公式曲ではなかった。


告知された新曲でもない。


音源化するつもりで整えた曲でもない。


前夜祭の本編が終わったあとの、自由時間。


「もう一曲、何かあれば」という柔らかい空気の中で、ReShiNaが戻ってしまった夜の庭。


あの場にいた人間だけが見た、予定外の花だった。


曲名も決まっていなかった。


演奏する予定もなかった。


あれを代表曲にするつもりなど、少しもなかった。


それでも、人前で鳴った音ではあった。


客席がいた。


拍手があった。


誰かのスマホがあった。


感動のあまり、録画ボタンを止め忘れた人がいた。


帰り道に、短く投稿した人がいた。


「前夜祭の最後、これ何だったの」


それだけだった。


最初は、本当にそれだけだった。


画面は暗い。


ステージの照明も落ちかけていて、三人の顔ははっきり見えない。


renaの声は途中から入っている。


shihoの低音はスマホのマイクで少し潰れている。


natsuのローホイッスルは、息が多く拾われて、実際よりずっと不穏に聞こえる。


投稿された動画は、完全なものではなかった。


けれど、その不完全さが逆に、見た人の記憶を引っかいた。


「あの最後のやつ、黒百合って感じだった」


「ReShiNa、あんな音も出すんだ」


「癒し系かと思ってたら違った」


「怖かったけど、忘れられない」


「公式に曲名あるのかな」


大きな拡散ではない。


世間が騒いでいるわけでもない。


前夜祭にいた人たち、その周辺の音楽好き、出演者同士の小さな会話。


そのくらいの範囲だった。


それでも、見た人の中では消えなかった。


黒百合という名前は、公式には存在しないまま、限られた人間の口の中で小さく転がり始めた。


ReShiNaの三人にとって、それは苦しかった。


でも、完全には拒めなかった。


黒百合は、人前で咲いてしまった音だったからだ。


予定外だった。


未完成だった。


見せようとして見せた顔ではなかった。


それでも、客席の前で鳴った。


だから、痛くても、怒りだけにはできなかった。


見られた。


それが黒百合だった。


けれど、百合根は違った。


百合根は、見られたのではない。


掘られた。


三人だけの練習室で、誰にも聴かせるつもりのなかった音。


録るつもりもなかった。


曲にするつもりもなかった。


黒百合の下にあった根を、三人で初めて見てしまっただけの夜。


あの音が、外へ出た。


しかも、きれいな形ではなかった。


音はこもっていた。


壁越しのように遠い。


低音は潰れている。


ローホイッスルの息だけが妙に近い。


歌声は途切れ、途中から始まり、途中で終わる。


出所も曖昧だった。


誰が録ったのか。


どこで録ったのか。


本人たちは知っているのか。


誰もはっきり言わない。


なのに、名前だけがついていた。


百合根。


それは、流れてはいけない音だった。


「外に出すなよ」


「これ、公式じゃないっぽい」


「でも聴いた方がいい」


「黒百合の下、これだった」


「やばい」


「本人たちには言うな」


そういう言葉と一緒に、百合根は少しずつ回った。


止めるための言葉が、止める力を持っていなかった。


「外に出すな」は、秘密の価値を上げるタグになった。


「本人たちには言うな」は、背徳感を強める合図になった。


「分かる人だけ」は、選ばれたような勘違いを作った。


百合根は、そうやって汚く広がった。


綺麗な話題ではなかった。


称賛と罪悪感が混ざっていた。


興奮と後ろめたさが混ざっていた。


「聴いてはいけない」と言いながら、聴く。


「広げてはいけない」と言いながら、送る。


「本人たちがかわいそう」と言いながら、感想を書く。


その矛盾ごと、百合根は回り始めた。


ReShiNaは、動けなくなっていた。


黒百合のあと、三人は表に出る言葉を選べなくなった。


百合根のことは、まだ知らない。


自分たちの音がどこまで漏れているかも、誰の手に渡っているかも知らない。


けれど、黒百合だけでも十分だった。


三人の中に、重い夜が居座っていた。


配信はしない。


ライブの告知も出さない。


公式アカウントに載せるのは、最低限の文面だけ。


ありがとうございました。


また整えます。


それだけ。


renaは、その「整えます」という言葉を打つたびに、胸の奥が少し冷えた。


整える。


声を整える。


音を整える。


見え方を整える。


自分たちを整える。


整えれば整えるほど、何かが遠くなる。


それが分かっていても、他に書ける言葉がなかった。


shihoは、バスクラリネットのケースを開けるところまではできるようになっていた。


でも、リードをつけるところで止まる。


黒い管体に触れると、百合根の夜がまだそこに残っている気がした。


低く鳴れば落ち着くと。


深くあれば美しいと。


その言葉が、自分の中でまだ鳴っていた。


natsuは、ローホイッスルをケースから出して、また戻す。


フルートには触れない。


高く抜ける風が、今は遠かった。


ローホイッスルの低い風は近い。


でも、その風を吹くと、また何かが戻らなくなる気がした。


三人は、無気力だった。


何もしていないわけではない。


何も考えていないわけでもない。


むしろ、考えすぎて動けなかった。


一つ一つの音に意味がついてしまう。


一つ一つの言葉に傷がついてしまう。


綺麗と言われても怖い。


怖いと言われても怖い。


忘れられても怖い。


覚えられても怖い。


見られたい。


でも、見られたくない。


その矛盾が、三人の胸の中で絡まっていた。


リバックラインが百合根を見つけたのは、その頃だった。


最初に気づいたのはSaraだった。


Saraは、リバックラインの中で、権利確認を担当している。


音源、画像、切り抜き、投稿文、出演名義、権利の所在。


そういうものに、自然と目が行く。


誰かが善意で投稿したものでも、本人の許可がなければ危ない。


誰かが感想として上げたものでも、切り抜き方次第で意味が変わる。


誰かが「外に出すな」と言いながら回した音源なら、もっと危ない。


Saraは、たまたま流れてきた短い投稿で、その言葉を見た。


百合根。


指が止まった。


黒百合は、すでに小さく拾っていた。


前夜祭の自由時間で生まれたらしい、非公式の曲。


客席の誰かが撮った短い動画。


公式ではない。


扱い注意。


そこまでは、リバックラインの共有ボードにも軽く記録していた。


でも、百合根という名前は見たことがなかった。


Saraは投稿を開いた。


すぐに、嫌な予感がした。


画面には、黒背景。


白い文字。


ReShiNa? / 百合根? / leaked rehearsal audio


その文字を見た瞬間、Saraの指は止まった。


leaked。


漏れた。


流出。


非公式。


本人の意図しない音。


嫌な言葉ばかりだった。


再生ボタンを押すか、押さないか。


Saraは数秒迷った。


権利確認の立場としては、確認しなければならない。


でも、一人の人間としては、押したくなかった。


それでも、確認した。


数十秒で止めた。


最後まで聴けなかった。


重すぎたからではない。


いや、重かった。


でもそれ以上に、これは聴く側が踏み越えている音だと分かった。


黒百合とは違う。


黒百合は、人前で咲いてしまった音だった。


百合根は、違う。


誰かが、土の中に手を入れた音だった。


Saraは、リバックラインの共有ボードを開いた。


そこには、Reverse Crownの活動に関する予定、物販、権利確認、配信注意事項、外部連絡のメモが整理されている。


黒百合については、すでに短い項目があった。


【ReShiNa関連:黒百合】

・前夜祭自由時間で発生した非公式曲と思われる

・短い客席動画が一部投稿

・大規模拡散ではない

・本人側公式発信なし

・扱い注意


Saraは、その下に新しい項目を作るかどうか迷った。


作れば、記録になる。


記録にすれば、共有対象になる。


共有対象にすれば、Reverse Crownの三人も知る可能性がある。


知らない方がいいこともある。


知ってしまったら、聴くかどうかの選択が生まれる。


選択が生まれた時点で、もう無傷ではいられない。


Saraは、しばらく画面を見つめた。


それから、新しい項目を作った。


ただし、音源リンクは貼らなかった。


【ReShiNa関連:百合根】

・非公式音源と思われる

・出所不明

・練習室漏れ、または無断録音の可能性

・本人許諾なしの可能性が高い

・拡散範囲は狭いがSNS上に確認

・黒百合とは性質が異なる

・扱い非常に注意


それだけ入力して、リバックラインのグループへ送った。


Sara@権利確認:

ReShiNa関連と思われる非公式音源が回っています。黒百合とは性質が違います。


Kate@外部連絡:

確認します。


Nina@広報:

百合根?


Sara@権利確認:

はい。出所が非常に悪い可能性があります。


Miwa@物販:

黒百合とは違うの?


Sara@権利確認:

黒百合は前夜祭の客席録画。問題はありますが、人前の演奏です。

百合根は練習室漏れ、または無断録音の可能性があります。


Yui@庶務・作業表:

整理します。

・黒百合:前夜祭限定、非公式、客席録画由来と思われる

・百合根:練習室漏れ音源と思われる

・本人許諾なしの可能性高

・拡散範囲はまだ狭い

・ただしSNS上に上がっている

・音源の扱いはかなり危険


Nina@広報:

これ、三人に共有する?


チャットが止まった。


普段なら、危険情報は早く共有する。


何かが燃えそうなら、先に知っておく。


権利に関わるなら、動く。


名前を使われるなら、確認する。


けれど、これは違った。


Reverse Crownに直接関係するトラブルではない。


ReShiNaの音の話だ。


しかも、本人たちが出していない可能性が高い。


見つけたからといって、すぐ見せていいものではなかった。


Kate@外部連絡:

共有する前に、三人へ確認します。

「情報があるが、要るかどうか」を先に聞きます。


Sara@権利確認:

同意します。ミーハー根性で見せるものではありません。


Miwa@物販:

知ってほしくない気持ちもある。


Nina@広報:

でも、知っておいた方がいい気もする。


Yui@庶務・作業表:

判断不能。本人許諾のない情報であるため、閲覧自体が負荷になる可能性あり。

一方で、今後関係が生まれる可能性がある場合、背景理解として必要になる可能性あり。


Kate@外部連絡:

まず、情報の存在だけ伝えます。音源は送らない。


その夜、Reverse Crownの配信準備は、いつもより少し静かだった。


黒い布。


小さなライト。


マイク三本。


ノートパソコン。


水。


ケーブル。


今日の曲は、もう決まっている。


RAINY RESET。


雨の日の曲。


外が閉じることで、内側が開く曲。


止められた日を、止まる日で終わらせない曲。


mcRCは、マイクの角度を直していた。


wataは、今日の曲順を見ながら、Hookの入りを口の中で確認している。


EGUIは、配信用画面とコメント管理画面を見比べていた。


そこへ、Kateから連絡が入った。


Kate@外部連絡:

配信前に一点、確認があります。


mcRC:

どうぞ。


Kate@外部連絡:

ReShiNaさん関連と思われる情報があります。ただし、共有するか迷っています。


wata:

迷う情報?


Sara@権利確認:

非公式音源です。黒百合と、もう一つ。


EGUI:

もう一つ?


Sara@権利確認:

百合根、と呼ばれています。


mcRCの手が止まった。


wataも顔を上げる。


EGUIは、画面の文字をじっと見た。


「呼ばれてる、ってことは公式やないんやな」


Sara@権利確認:

はい。公式ではありません。出所がよくありません。


wata:

出所がよくない音源って、かなり嫌な言い方やな。


Sara@権利確認:

そのままの意味です。


Kate@外部連絡:

そこで確認します。この情報、要りますか?


部屋の空気が止まった。


情報がある。


でも、要るかどうかを聞かれている。


見せます、ではない。


共有します、でもない。


要りますか。


その聞き方が、逆に重かった。


mcRCは、椅子に深く座り直した。


「それ、俺らが知ってええやつ?」


Sara@権利確認:

判断しかねます。


wata:

判断しかねます、か。


EGUI:

知りたくないなら、知らん方がええやつか。


Kate@外部連絡:

はい。その可能性があります。


Nina@広報:

正直、ミーハー根性では知ってほしくないです。


Miwa@物販:

しんどいと思います。


Yui@庶務・作業表:

情報の性質上、興味本位での閲覧は不適切です。


wataは、軽く笑いかけて、笑えなかった。


「それ、俺ら向いてないやつちゃうん」


mcRCは画面から目を離さなかった。


「でも、彼女たちの歌を一度でも聴いた立場としては、気になる」


EGUIが、静かに頷いた。


「気になる、はある」


wataは腕を組んだ。


「でも、それって興味本位で聴いていいやつか?」


誰もすぐには答えなかった。


配信開始予定時刻まで、まだ少しある。


いつもなら、ここで軽く話して、曲のテンションを作る時間だった。


でも、今は誰も軽くできなかった。


mcRCが言った。


「もし仮に」


そこで一度止まる。


「今後、彼女たちとの関係が生まれるなら、知っておくべきことかもしれん」


Kate@外部連絡:

その可能性はあります。


Sara@権利確認:

ただし、現時点で関係があるわけではありません。


EGUI:

そこやな。


wata:

知らん人の傷を、先回りして覗くみたいになるのは嫌やな。


mcRC:

うん。


彼は少しだけ黙った。


それから、画面の向こうのリバックラインへ言った。


「その前に、君らに聞いておきたい」


Kate@外部連絡:

はい。


mcRC:

俺らは、見てもいいと思う?


wataが続けた。


「まだ俺ら見てないからな。見た人にしか聞けへん」


EGUIも静かに言った。


「判断を預けるのは卑怯かもしれん。でも、聞かんまま踏むのも違う」


チャットが止まった。


リバックラインの側にも、簡単な答えはなかった。


Miwa@物販:

同じ女性の立場として言うなら、見てほしくはありません。


Nina@広報:

でも、見てほしい気もします。


wata:

どっちやねん。


Nina@広報:

どっちもです。


Miwa@物販:

たぶん、そういう矛盾を含んでいます。


EGUI:

どういうこと?


Sara@権利確認:

説明は不可能です。


Yui@庶務・作業表:

整理不能です。


Kate@外部連絡:

見られたくない。でも、誰かには分かってほしい。

そういう矛盾をはらんでいる気がします。


mcRCは、ゆっくり息を吐いた。


「分からんな」


wataも言った。


「分からんな」


EGUIも、画面を見たまま言った。


「分からん」


Miwa@物販:

私たちは、皆さんがどう判断しても責めません。


Nina@広報:

見ても、意味があると思います。


Sara@権利確認:

見ないことも正解だと思います。


Yui@庶務・作業表:

どちらも正解。どちらも負荷あり。


Kate@外部連絡:

最終判断は、三人に任せます。


部屋の中に、雨の音があるわけではなかった。


けれど、外は雨だった。


窓のない配信部屋の外で、街のどこかを雨が叩いている。


その雨の気配だけが、空気の重さを少しだけ変えていた。


mcRCは、黒い布の上に置かれたマイクを見た。


今日、自分たちはRAINY RESETをやる。


雨が止める。


だから見える。


閉じる。


だから開く。


そういう曲をやる。


その前に、閉じられていたはずの音を、見るかどうかで迷っている。


皮肉だった。


けれど、逃げる気にはなれなかった。


mcRCが言った。


「興味本位って言われたら、返す言葉はない」


wataが眉を上げる。


「言い切るんや」


「うん」


mcRCは頷いた。


「でも、俺ら三人が同時に足を止めるだけのミュージシャンやった」


あの前夜祭。


ReShiNaの音は、確かに三人の足を止めた。


音楽としてのジャンルは違う。


熱も違う。


入口も違う。


でも、止まった。


三人とも、同時に止まった。


EGUIが言った。


「なんとなく、知っておくべきやと思う」


wataが画面を見た。


「違うと思ったら、すぐ止める」


mcRCが頷いた。


「見る」


Kate@外部連絡:

分かりました。まず黒百合、その後に百合根を短く共有します。

不要と判断した時点で止めてください。


Sara@権利確認:

音源リンクは保存しないでください。こちら側でも扱い注意で管理します。


EGUI:

了解。


最初に、黒百合の短い動画が流れた。


画面は暗い。


照明は落ちかけている。


映像は途中から始まる。


それでも、renaの声は届いた。


夜の庭に触れるような声だった。


shihoの低音は、スマホの小さなマイクで少し潰れている。


でも、低い場所から何かを引きずり上げているのは分かる。


natsuのローホイッスルは、息が多く拾われていて、実際よりもずっと不穏に聞こえる。


でも、その不穏さが、かえって黒百合という名前に合っていた。


動画が終わった。


wataが、小さく言った。


「これが、黒百合か」


Sara@権利確認:

前夜祭の自由時間に出たもののようです。公式曲ではありません。ただ、人前で演奏されたものです。


mcRCは頷いた。


「痛いけど、まだ分かる方やな」


EGUIが言った。


「見られた音やな」


見られた音。


それは、三人の中でしっくり来た。


本人たちが望んだ形ではない。


でも、人前で鳴った。


客席がいた。


だからこそ、見られた。


見られてしまった。


次に、百合根が流れた。


音は悪かった。


黒百合よりも悪かった。


こもっている。


近くない。


けれど、遠すぎもしない。


壁越しのような、妙な距離。


バスクラリネットの低音は潰れて、輪郭を失っている。


ローホイッスルの息だけが、時々やけに近い。


renaの声は、ところどころ細く、ところどころ刺さる。


それでも、言葉は届いた。


≫ 眠れる音だと

≫ 笑ってくれるよ みんな


≫ でも私たちは

≫ ずっと眠れなかったのに


wataの表情が変わった。


軽い言葉が出ない。


韻を拾う余裕もない。


≫ 前に出過ぎないのがいいってこと?

≫ みんなそう言ってるみたい


≫ じゃあ私たちはどこまで下がれば

≫ 私たちのありのままを見てくれるの?


EGUIの目が動かなかった。


mcRCは、無意識に手を握っていた。


音は悪い。


でも、悪い音だから弱いわけではなかった。


むしろ、悪い音質の奥から、それでも届いてしまうものがあった。


届いてしまうから、余計に苦しかった。


≫ 黒い水を飲んでも

≫ 澄んだ声でいればいいの?


wataが、目を伏せた。


≫ 煤だらけの床でも

≫ 綺麗な音だけ鳴らせばいいの?


EGUIが、少しだけ息を吸った。


≫ 戻らない風でも

≫ 優しく吹けば許されるの?


mcRCは、画面を見たまま動かなかった。


そして、最後。


≫ 百合根

≫ 百合根


≫ 花じゃない私たちを

≫ 土ごと見てよ


音が止まった。


誰もすぐには話さなかった。


配信部屋の中に、ノートパソコンのファンの音だけが残った。


外では雨が降っている。


見えない雨。


窓のない部屋に、雨の気配だけがある。


wataが、ようやく口を開いた。


「これ、曲っていうより……出血やろ」


EGUIが低く言った。


「軽く回していい音じゃない」


mcRCは、目を閉じた。


少しだけ長く。


そして、ゆっくり開けた。


「黒百合は、咲いたところを見られた音や」


誰も遮らなかった。


「でも、百合根は違う」


mcRCの声が、少し沈んだ。


「掘られた音や」


その言葉で、部屋の空気が重くなった。


掘られた音。


それが、一番近かった。


黒百合は、事故のように咲いた花。


百合根は、土の中に手を入れられた根。


見られたのではない。


掘られた。


wataが、珍しく真面目な顔で言った。


「これを『やばい』で終わらせたら、俺らも同じ穴やな」


EGUIは頷く。


「触り方、間違えたらあかん」


Sara@権利確認:

今日の配信でこの件に触れる必要はありません。


Kate@外部連絡:

むしろ、触れない方がいいと思います。


mcRCは即答した。


「触れん」


wataも頷く。


「曲名も出さん」


EGUIが言った。


「人の痛みを見世物にせん」


Kate@外部連絡:

配信は予定通り行いますか。


mcRCは少し黙った。


「やる」


wata:

曲、変える?


mcRC:

変えへん。


EGUI:

RAINY RESETやな。


mcRC:

うん。雨の日の曲や。


wataは、小さく息を吐いた。


「閉じたから見える、か」


EGUIが、静かに言った。


「今は、それでええ」


mcRCは、もう一度、画面を見た。


黒百合。


百合根。


咲いたところを見られた音。


土の中を掘られた音。


その二つを、胸の奥に置いたまま、彼はマイクの位置を直した。


「今日は、この話はしない」


wataが頷いた。


「せん方がええ」


EGUIも頷いた。


「見世物にせん」


リバックラインの画面に、Kateの短い文字が出た。


Kate@外部連絡:

了解しました。


Sara@権利確認:

音源は閉じます。配信ログとは切り離します。


Yui@庶務・作業表:

記録更新。

・三人は内容確認済み

・配信内では言及しない

・曲名も出さない

・今後の扱いは保留

・関連コメントが来た場合は特定しない


Nina@広報:

重いね。


Miwa@物販:

うん。


誰も、それ以上は言わなかった。


配信開始時刻が近づいていた。


黒い布の前に、三人が座る。


mcRCが中央を見る。


wataが少し肩を回す。


EGUIがマイクに近づく。


いつも通りのはずだった。


でも、胸の奥には、さっきの音が残っていた。


眠れる音だと笑ってくれるよ、みんな。


でも私たちは、ずっと眠れなかったのに。


花じゃない私たちを、土ごと見てよ。


それは、今日の配信で話すことではない。


歌うことでもない。


コメントに拾うことでもない。


でも、なかったことにはできない。


mcRCは、配信開始ボタンに指を置いた。


雨の日の曲をやる。


閉じたから見える曲をやる。


けれど、その前に、彼らはひとつ、見てしまった。


流れてはいけない音を。


そして、その音を見世物にしないと決めた。


mcRCは、ゆっくり息を吐いた。


wataは、いつものように少し斜めに座り直した。


EGUIは、マイクの位置を静かに確かめた。


黒い布の前に、三本のマイクが並んでいる。


誰も、百合根の名前を出さない。


誰も、黒百合の話をしない。


ただ、その重さだけを胸の奥に置いたまま、三人は画面の向こうを見た。


mcRCが、小さく頷いた。


配信が始まった。

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