4-2-2 毛布の中の雨
renaはギターに指を置いた。
「タイトルは、INFJ」
その瞬間、三人の男が同時に少し吹き出した。
笑った、というより、急に足元の段差を踏み抜いたような反応だった。
renaは驚いて、指を止めかけた。
shihoも目を上げる。
natsuは首をかしげた。
言葉を拾う男が、片手で口元を押さえた。
「いや……そら刺さるわ」
景色を見る男が、少し困ったように笑った。
「タイトルで答え合わせされた感じあるな」
意味を短く置く男が低く言った。
「俺ら、だいたいそれやろ」
言葉を拾う男がすぐ返す。
「言うな」
景色を見る男が笑いをこらえながら言う。
「まだ一音も鳴ってへんのに、もう痛い」
言葉を拾う男が頷いた。
「タイトルで先制攻撃してくるの、ずるいやろ」
意味を短く置く男が静かに言う。
「聴け」
「はい」
そのやりとりに、周囲の数人が少し笑った。
さっきまで「美しきものは花びらにあらず」を聴いていた人たちの表情が、ふっと緩む。
深く沈んでいた空気に、少しだけ人間の体温が戻った。
renaは、状況が分からないまま、少しだけ瞬きをした。
「……そんなに、ですか?」
言葉を拾う男が、真顔で頷いた。
「そんなにです」
景色を見る男も頷く。
「今ので三人とも、ちょっと内側の会議始まりました」
renaは困ったように笑った。
「会議?」
言葉を拾う男が胸のあたりを指した。
「ここで」
shihoが小さく吹き出しそうになって、すぐに口元を押さえた。
「心の中で?」
意味を短く置く男が低く言う。
「しかも長引く」
言葉を拾う男が即座に返す。
「やめろ。リアルすぎる」
景色を見る男が、さらに余計なことを言った。
「議題はたぶん、“なぜ俺はこうなのか”です」
「やめろ言うてるやろ」
さっきまで真剣に聴いていた周囲の客が、今度は普通に笑った。
ReShiNaの三人も、少しだけ力が抜けた。
ただ、ReShiNa側は、まだ完全には分かっていなかった。
renaもshihoも、どちらかと言えば感情が外へ出る方だった。
嬉しい時は目が動く。
傷ついた時は空気が変わる。
言葉に詰まっても、顔には出る。
だから、目の前の三人が、たった四文字のタイトルだけで、いきなり内側へ沈み込む理由が、少し不思議だった。
natsuは、さらに別の方向から不思議がっていた。
「INFJって、天気?」
言葉を拾う男が、少しむせた。
「天気?」
natsuは真面目な顔で続ける。
「雨っぽい」
景色を見る男が耐えきれずに笑った。
「分からんでもない」
意味を短く置く男が低く言った。
「だいたい曇りやな」
言葉を拾う男が、胸を押さえた。
「やめろ。もう始まる前に削られてる」
renaは思わず笑った。
「すみません、まだ歌ってないです」
「そうなんですよ」
言葉を拾う男が、なぜか少し責めるように言った。
「まだ歌ってないのに、もう一回サビ来たくらい疲れてるんですよ」
shihoがとうとう小さく笑った。
「それは、こちらの責任なんですか?」
景色を見る男が真面目に頷く。
「タイトルを出した側にも、一定の責任はあります」
renaが困った顔で笑う。
「そんなに?」
意味を短く置く男が、短く言った。
「ある」
言葉を拾う男がすぐに指を立てた。
「いや、でも責任追及の曲ではない。たぶん」
景色を見る男が言う。
「たぶん、毛布から出たくない曲やろ」
renaの表情が、少し変わった。
「……どうして分かるんですか」
言葉を拾う男は、軽く肩をすくめた。
「タイトルが、もう布団の中から社会見てる感じなんで」
周囲がまた笑った。
natsuは、納得したように頷いた。
「じゃあ、雨じゃなくて毛布?」
意味を短く置く男が答える。
「毛布の中の雨」
言葉を拾う男が天を仰いだ。
「やめろ。詩にするな。刺さる」
shihoは笑いをこらえながら、バスクラリネットを構え直した。
さっきまでの緊張が、少しだけほどけていた。
けれど、軽くなりすぎたわけではない。
むしろ、曲の入口ができていた。
この曲は、重い。
でも、重いまま沈ませる必要はない。
笑いながら、痛いところへ入っていける。
それを、目の前の三人が勝手に作ってしまった。
renaは、少しだけ息を整えた。
「じゃあ、始めます」
言葉を拾う男が、姿勢を正した。
「はい」
景色を見る男も、少しだけ笑いを残したまま黙る。
意味を短く置く男は、もう目を逸らしていなかった。
natsuは小さく言った。
「毛布の中の雨」
renaが、演奏前なのに吹き出しそうになった。
「natsu、今それ言わないで」
shihoが低く言う。
「歌えなくなる」
natsuは素直に頷いた。
「うん。黙る」
言葉を拾う男が小さく呟いた。
「素直な妖精やな」
意味を短く置く男が即座に言った。
「黙れ」
その一言で、最後にもう一度だけ笑いが起きた。
そして、笑いが自然に引いていく。
renaはギターに指を置いた。
街のざわめきが、少し遠くなる。
さっきまで笑っていた人たちも、待っている。
あの三人も、待っている。
雨なのか。
毛布なのか。
それとも、毛布の中の雨なのか。
まだ誰にも分からないまま、二曲目の最初の音が鳴った。
一曲目より、音は近かった。
景色を広げるというより、胸の中に小さな部屋を作るような入り方だった。
renaのギターは、強く鳴らない。
弦をそっと撫でるように、乾いた歩道の上へ薄い影を落とす。
shihoのバスクラは、今度は深く沈むというより、胸の奥にある小さな空洞をなぞる。
natsuのフルートは、すぐには入らない。
少し離れたところで、まだ様子を見ている。
renaの声が入った。
≫ 確かに天気は晴れでも
≫ 私は雨だった
その一行で、さっき笑っていた空気が、少しだけ止まった。
景色を見る男が、空を見上げる。
ビルの隙間には、夕方の色が残っている。
晴れている。
雨なんて降っていない。
それでも、その一行が落ちた瞬間、通りの中に見えない雨が降った気がした。
景色を見る男が、小さく言った。
「外は晴れ。内側だけ雨」
言葉を拾う男が、すぐに返す。
「初手から説明いらんくらい分かるやつ」
意味を短く置く男が低く言う。
「天気ちゃう。状態やな」
natsuがフルートを構えたまま、少しだけ首をかしげた。
「やっぱり天気じゃない?」
shihoが小さく言う。
「natsu、今は黙る時間」
「うん」
natsuは素直に頷いた。
でも、少しだけ納得していない顔だった。
renaは歌い続ける。
≫ 語り尽くせない心の想い
≫ 誰にも伝わる気がしないからcry
≫ 果てにはなれもしない無限の妄想
≫ 時代に逃走 飽くなき論争
≫ できるはずもない一人の伴奏
言葉を拾う男が、少し前のめりになった。
「うわ、急に詰めてきた」
景色を見る男が頷く。
「さっきの曲と全然違うな」
意味を短く置く男が言った。
「頭の中がうるさい」
言葉を拾う男が指を鳴らしそうになって、途中でやめた。
「それ。外は静かなのに、内側だけ会議室満員」
景色を見る男が吹き出しかける。
「また会議か」
「議長不在のやつ」
意味を短く置く男が短く刺す。
「地獄やな」
周囲の客が少し笑う。
けれど、その笑いは、さっきよりも苦い。
誰かが「分かる」と言いそうになって、言わなかった。
言えないけど分かる。
そういう顔が増えていた。
renaの声は、少し早口になる。
ラップというほど強く押すわけではない。
けれど、胸の中で言葉が渋滞している感じがあった。
shihoの低音が、それを支える。
natsuのフルートが、まだ入らない。
入らないことが、逆に息苦しい。
言葉を拾う男が、その隙間を聴いて言った。
「フルート、まだ来ないのも効くな」
景色を見る男が頷く。
「逃げ道がまだない」
意味を短く置く男が言う。
「毛布の中やからな」
言葉を拾う男が胸を押さえた。
「その比喩、まだ生きてるのやめろ」
natsuは、そこで小さくフルートを入れた。
細い音。
けれど、明るく抜ける音ではない。
毛布の隙間から、外の空気がほんの少しだけ入ったような音だった。
景色を見る男が、反射的に言った。
「今、隙間開いた」
言葉を拾う男が目を丸くする。
「フルートが毛布めくった?」
意味を短く置く男が言った。
「ちょっとだけな」
周囲が小さく笑った。
natsuは、演奏しながら本当に少しだけ不思議そうな顔をした。
毛布をめくったつもりはない。
でも、たぶん、そう聞こえたならそれでいい。
≫ いろんなこと考えられることって
≫ 必要だったのかな 私に
この一行で、笑いが少し引いた。
考えられること。
気づきすぎること。
見えすぎること。
人の言葉の裏を読んでしまうこと。
空気の小さなズレを拾ってしまうこと。
それは才能なのか。
しんどさなのか。
必要だったのか。
renaは、その問いをやわらかく置いた。
押しつけない。
でも、逃がさない。
言葉を拾う男が、静かに言った。
「必要やったんか、って聞くの重いな」
景色を見る男が言う。
「考えられること自体を疑ってる」
意味を短く置く男が短く言った。
「疲れてるんやろ」
「いや、分かるけど、言い方よ」
「事実や」
「そうやけど」
周囲の数人が笑った。
でも、誰も軽くは聞いていなかった。
次の瞬間、renaの声が少しだけ広がる。
≫ アンニュイでメランコリック
≫ それでも明日はやってくる
≫ めくらないで 被せた毛布
≫ 行きたくないんだ 魔物の巣窟
言葉を拾う男が、両手で顔を覆った。
「ほら毛布来た!」
景色を見る男が耐えきれず笑った。
「予言当たってるやん」
意味を短く置く男が、真顔で言う。
「魔物の巣窟は社会やな」
言葉を拾う男がすぐに突っ込む。
「断定すな」
景色を見る男が笑いながら言う。
「でも朝の駅とか、まあまあ魔物の巣窟やろ」
「やめろ。明日行かれへん」
周囲から笑いが起きた。
仕事帰りの男性が、思わず吹き出す。
学生らしい女性が「分かる」と小さく言う。
でも、笑いながら、誰も曲から離れない。
むしろ、言葉が近くなった。
アンニュイでメランコリック。
普通なら少し気取って聞こえる言葉が、毛布と魔物の巣窟で急に生活になった。
natsuのフルートが、そこで短く跳ねる。
まるで、毛布の端から顔だけ出して、すぐ引っ込めるみたいな音だった。
景色を見る男が笑う。
「今、顔出した」
言葉を拾う男が頷く。
「で、すぐ戻った」
意味を短く置く男が言った。
「出たくないんや」
そのコメントに、周りがまた笑う。
renaも歌いながら、少しだけ笑いそうになった。
危ない。
でも、悪くない。
この曲は、しんどい。
でも、しんどさを真正面から置き続けるだけでは、たぶん重くなりすぎる。
目の前の三人は、痛いところに笑いを添えている。
それが、曲を軽くしているわけではない。
むしろ、痛さを聴ける形にしていた。
shihoは、そのことを演奏しながら感じていた。
まだ言葉にはしない。
分かったとは思わない。
けれど、何かが起きているのは分かる。
≫ 弱いのはわかってる
≫ みんな立ち向かってるから
≫ 私だって立ち上がってる
≫ 頑張ってるっては言われてるんだ、一応
意味を短く置く男が、ここで初めて少しだけ表情を変えた。
「一応、がしんどいな」
言葉を拾う男が頷く。
「頑張ってるって言われてるんだ、一応。自分では納得してないやつや」
景色を見る男が、少し遠くを見る。
「外からは立ってるように見える。でも本人は、立ってるだけでギリギリ」
意味を短く置く男が言う。
「それは立ってる」
言葉を拾う男が横を見る。
「え?」
「ギリギリでも、立ってるなら立ってる」
その言葉に、周りの空気が少し変わった。
笑いが消えたわけではない。
でも、少しだけ背筋が伸びる。
renaの声が、その言葉を受けたように少しだけ前へ出た。
shihoの低音も、沈みすぎず、足元を支える方向へ変わる。
natsuのフルートは、今度は毛布の外から吹く風のように入った。
小さな音。
でも、外に世界があることを知らせる音だった。
≫ アンニュイでメランコリック
≫ それでも明日はやってくる
≫ めくらないで 被せた毛布
≫ 行きたくないんだ 魔物の巣窟
今度のサビでは、さっきより客が反応した。
誰かが小さく笑う。
誰かが頷く。
誰かが「魔物の巣窟」と口の中で繰り返す。
言葉を拾う男が、周りの反応を見て小声で言った。
「これ、みんな分かるんやな」
景色を見る男が頷く。
「タイトルで構えたけど、生活の歌や」
意味を短く置く男が言う。
「朝の歌やな」
言葉を拾う男が少し考えた。
「いや、日曜の夜の歌でもある」
景色を見る男が嫌そうな顔をした。
「やめろ」
「月曜前夜」
「やめろって」
意味を短く置く男が低く言う。
「魔物の巣窟、前日入り」
言葉を拾う男が腹を抱えかけた。
「言い方!」
周囲も笑った。
ReShiNaの三人も、今度ははっきり少し笑った。
renaは、歌の合間に笑ってしまわないように、少しだけ口元を引き締める。
shihoは低音を置きながら、肩の力が抜けていくのを感じた。
natsuは、なぜみんなが月曜で笑っているのか、少し分かっていない顔をしている。
でも、場が軽くなったのは分かった。
≫ 逃げたいのは 甘えじゃない
≫ 息をするだけで 精一杯
≫ 誰かの正解が 刺さって痛い
≫ 「平気?」の二文字で 崩れそうになるnight
ここで、笑いがすっと引いた。
逃げたいのは、甘えじゃない。
息をするだけで、精一杯。
誰かの正解。
平気?
その二文字。
歩道にいた人たちの中で、何人かが明らかに反応した。
正解を言われて傷ついたことがある人。
平気?と聞かれて、平気ではなくなったことがある人。
大丈夫?ではなく、平気?という言葉の軽さに崩れたことがある人。
その人たちが、少しだけ顔を伏せた。
言葉を拾う男は、しばらく黙った。
景色を見る男も言わなかった。
意味を短く置く男が、低く言った。
「平気?は、雑に使うと刃物やな」
言葉を拾う男が、静かに頷く。
「聞いてる側は軽いねんけどな」
景色を見る男が言った。
「こっちは、そこで堰が切れる時ある」
その言葉が、周囲の耳にも入る。
誰かが小さく息を吐く。
笑いで開いていた入口から、今度は痛みが入ってくる。
でも、さっきまで笑っていたから、逃げずに聴ける。
renaは、その変化を感じた。
重い言葉が、客席に沈む。
でも、沈みきらない。
さっき作られた笑いの余白が、痛みを受け止めている。
natsuのフルートが、ここで初めて少し長く伸びた。
自由気ままではない。
寄り添うような音だった。
意味を短く置く男が、natsuを見た。
「今のは、逃げ道ちゃうな」
言葉を拾う男が言う。
「何?」
「横に来た」
景色を見る男が、少しだけ目を細める。
「フルートが?」
「うん」
言葉を拾う男は、小さく笑った。
「妖精、急に隣座るやん」
周囲が少しだけ笑う。
natsuは演奏しながら、また少し首をかしげた。
でも、音は逃げなかった。
ちゃんと隣にいた。
≫ それでも 止めたくないんだ
≫ 終わらせ方だけ 上手くなるのは
≫ まだ ここで生きてる証が
≫ 小さくても 残ってるから
景色を見る男が、低く息を吐いた。
「ここで前向くんや」
言葉を拾う男が頷く。
「終わらせ方だけ上手くなるのは、ってきついな」
意味を短く置く男が言う。
「でも、止めたくない」
「うん」
「そこが残ってる」
「小さくても、か」
周囲の客が、静かに聴いている。
さっきまで笑っていたのが嘘のようだった。
でも、空気は暗く沈みきっていない。
笑いで入った。
痛みで沈んだ。
それでも、最後に小さな火が残る。
その構造が、自然に伝わっていた。
renaは、最後のアウトロへ入る前に、少しだけ息を吸った。
ギターの音が細くなる。
shihoの低音が、遠くへ引く。
natsuのフルートが、少し上で待っている。
≫ でも
≫ これがずっと続くと思うと
≫ 変わりたい 変えてみたい 自分が終わる前に
≫ 変わりたい 変えていきたい 私たちの生きる道はあるから
最後の言葉は、思ったよりも強く響いた。
変わりたい。
変えてみたい。
自分が終わる前に。
変えていきたい。
生きる道はあるから。
それは、明るい希望ではなかった。
でも、完全な絶望でもなかった。
毛布の中で雨が降っている。
外は魔物の巣窟かもしれない。
それでも、どこかで変わりたいと思っている。
その小さな願いが、最後に残った。
音が終わる。
今度は、すぐに拍手が起きなかった。
でも、それは悪い沈黙ではなかった。
誰かが息を吸う。
誰かが鼻をすすった。
誰かが小さく笑う。
「毛布の中の雨……」
「それ、もう正式タイトルでいいんじゃない?」
言葉を拾う男が、反射的に言った。
「いや、勝手に副題つけたら怒られるやろ」
景色を見る男が笑う。
「でも、忘れへん」
意味を短く置く男が言う。
「INFJより分かりやすい」
言葉を拾う男が目を見開いた。
「おい、タイトル批判するな」
意味を短く置く男は表情を変えない。
「補助や」
「補助なら許す」
そのやりとりで、張りつめていた空気が少しだけほどけた。
拍手が起きた。
今度の拍手は、一曲目とは違っていた。
一曲目は、発見の拍手だった。
二曲目は、被弾した人たちが、なんとか笑って返す拍手だった。
「分かる」
「めちゃくちゃ分かる」
「魔物の巣窟、明日行きたくない」
「でも最後、ちょっと救われた」
「フルート、途中から隣にいた」
「バスクラの低音、心臓の下に来る」
「声かわいいとか言う曲じゃなかった」
「いや、声は綺麗なんだけど、それだけじゃない」
「さっきの三人、解説うますぎん?」
「解説っていうか、普通に被弾してた」
「それな」
renaは、マイクの前で頭を下げた。
「ありがとうございました」
今度の声は、少しだけ震えていた。
でも、悪い震えではなかった。
shihoも礼をする。
彼女の目元には、まだ不安が残っている。
けれど、さっきより少しだけ表情が柔らかい。
natsuは、ぺこりと頭を下げてから、三人の男を見た。
景色の人。
言葉の人。
意味の人。
二曲目でも、それは変わらなかった。
景色の人は、曲の場所を見つける。
言葉の人は、痛みを笑える形にする。
意味の人は、短い言葉で芯を置く。
名前はまだ知らない。
けれど、顔は覚えた。
かなり覚えた。
言葉を拾う男が、拍手をやめてから少しだけ頭を下げた。
「ありがとうございました」
renaは少し慌てて返す。
「こちらこそ、聴いてくださってありがとうございました」
景色を見る男が言った。
「すごかったです」
言葉を拾う男がすぐに続ける。
「いや、すごかった、だけやと雑やな」
意味を短く置く男が言う。
「雑ではない」
「でも、足りへん」
「それはそう」
景色を見る男が、少し考えながら言った。
「最初の曲は、下を見る曲で」
言葉を拾う男が続ける。
「二曲目は、内側の雨を見る曲でした」
意味を短く置く男が言う。
「逃げる曲かと思ったら、残る曲やった」
その言葉に、renaは少しだけ息を止めた。
逃げる曲かと思ったら、残る曲。
それは、自分でもうまく言えていなかった。
shihoも、その言葉を聞いていた。
natsuは、小さく頷いた。
「残ってた」
言葉を拾う男がnatsuを見る。
「妖精さんもそう思う?」
natsuは少し首をかしげる。
「妖精じゃない」
「すみません」
「でも、残ってた」
意味を短く置く男が、小さく笑った。
「そこは言うんや」
natsuは真面目に頷いた。
「うん。残ってたから」
その場にいた人たちが、また少し笑った。
笑いながら、でも誰も雑には扱っていなかった。
renaは、その空気を見ていた。
いつもと違う。
本当に、今日はいつもと違う。
なぜ違うのかは、まだ分からない。
ただ、今日は自分たちの曲が、少し外に開いた気がした。
言葉を拾う男が、最後にもう一度だけ頭を下げた。
「聴けてよかったです」
景色を見る男も頷く。
「足止めてよかった」
意味を短く置く男が言った。
「また聴きたい」
それだけ言って、三人は少しずつ歩道の流れへ戻っていった。
ReShiNaの三人は、しばらくその背中を見ていた。
名前は知らない。
でも、顔は残った。
特にnatsuの中には、もうはっきり残っていた。
景色の人。
言葉の人。
意味の人。
彼らが何者なのかは、まだ知らない。
けれど、今日のストリートで、自分たちの音を少し違う場所へ運んだ人たちだった。
renaは、ギターケースを閉じながら言った。
「……変な人たちだったね」
shihoがバスクラリネットをしまいながら頷く。
「変だった」
natsuが言う。
「聴いてた」
renaは少し笑った。
「うん」
shihoも静かに言った。
「聴いてたね」
natsuは、三人が消えていった通りの方を見たまま言った。
「景色の人。言葉の人。意味の人」
renaが振り返る。
「え?」
natsuは、もう一度言った。
「景色の人。言葉の人。意味の人」
shihoは少しだけ黙った。
それから、小さく笑った。
「natsuの分類、たまに怖いくらい合ってる」
natsuは首をかしげた。
「そう?」
renaは、三人が歩いていった方向を見た。
もう姿は見えない。
けれど、確かに何かが残っている。
拍手の強さ。
客の反応。
言葉になった音。
笑いながら痛いところへ入っていった空気。
今日のストリートは、いつもと違った。
その理由は、まだ分からない。
でも、忘れない。
ReShiNaは、静かな場所の外で、初めて少しだけ違う反響を聞いた。
そして、その反響の中に、三人の男の声が混ざっていた。




