4-1-2 守られてるうちは、届いてないのかな
配信が切れたあと、部屋は急に広くなった。
さっきまで、画面の向こうには人がいた。
常連の名前。
初見の名前。
流れていくコメント。
小さく上下する視聴者数。
曲を聴いてくれた人。
途中で去っていった人。
謝ってくれた人。
怒って消えた人。
守ってくれた人。
その全部が、配信終了のボタンひとつで消えた。
でも、消えたのは画面だけだった。
言葉は、まだ部屋に残っている。
可愛い。
守ってあげたい。
俺なら大事にする。
抱きしめたら治りそう。
顔もっと見たい。
アイドル売りしたら伸びそう。
そして、そのあとに続いた常連たちの言葉。
そこじゃないです。
曲の感想でお願いします。
追わないで聴く曲です。
守りたいじゃなくて、距離を守ってほしい曲だと思う。
ReShiNaの音が好きです。
どちらも、消えない。
renaは、アコースティックギターを膝に抱えたまま、弦に触れずに座っていた。
黒い髪が肩から前に落ちて、横顔を少し隠している。
ギターはまだ温かい。
さっきまで鳴っていた。
さっきまで、自分の声を乗せていた。
さっきまで、画面の向こうへ届こうとしていた。
なのに今は、ただの木の箱みたいに見えた。
「また、やっちゃったね」
renaの声は、小さかった。
誰に向けたのか分からない声だった。
shihoは、バスクラリネットのケースの留め具を閉じかけて、手を止めた。
natsuはフルートを布で拭いていたが、そこでようやく顔を上げた。
「やっちゃったって、配信?」
renaはうなずいた。
「うん」
natsuは、少し考えた。
「でも、続けられなかったんでしょ」
「うん」
「なら、終わってよかったんじゃない?」
その言い方がまっすぐすぎて、shihoが少しだけ目を伏せた。
renaも、ほんの少しだけ笑いそうになった。
でも、笑うところまでは行かなかった。
「natsuは、そう言うと思った」
natsuは首を傾げる。
「違う?」
shihoが静かに答えた。
「違わない」
「じゃあ、いい」
「でも、難しいの」
natsuは、フルートを膝に置いたまま、真剣な顔で言った。
「難しいんだ」
「うん」
shihoは、椅子に座り直した。
彼女は三人の中で一番年上だった。
感情に名前をつけるのが、得意というより、役目になってしまうことが多い。
本当は、名前をつけたから痛くなくなるわけではない。
けれど、名前をつけないと、痛みはどこにも置けない。
shihoは、配信画面が消えたモニターを見た。
黒くなった画面に、三人の姿が薄く映っている。
黒髪の長い三人。
楽器を持った三人。
ただ座っているだけなのに、見た目だけなら、たぶん「綺麗な女性演奏家たち」と言われる。
それは、間違ってはいない。
間違ってはいないから、余計に苦しい。
「無視すれば、流れる」
shihoが言った。
renaは、ゆっくり顔を上げた。
「うん」
「可愛いとか、守りたいとか。いつものやつ。無視すれば、そのうちコメントは流れる」
「うん」
「配信も止まらない。空気もそこまで荒れない。常連さんも、たぶん何も言わずに曲の話に戻してくれる」
「うん」
「でも」
shihoはそこで少し言葉を切った。
「その間、私たちが削れる」
renaは、目を伏せた。
「削れるね」
「うん」
「でも、言ったら言ったで、今日みたいに人が減る」
モニターの右上に残っていた視聴者数の表示を、renaは思い出していた。
一人減る。
二人減る。
三人減る。
数字としては、小さい。
たったそれだけ、と言うこともできる。
でも、配信している側から見る数字は、冷たい。
人が離れていくのが、見える。
画面の向こうで誰かが「めんどくさ」と思って、指一本で消えていく。
何が嫌だったのか分からないまま。
何を聴いてほしかったのか届かないまま。
ReShiNaという名前を、きっと二度と思い出さないまま。
renaは、ギターの縁を指でなぞった。
「言わなかったら、私たちが壊れる」
shihoがうなずく。
「言ったら、相手が消える」
natsuは、二人の顔を順番に見た。
「消えた人、戻らないの?」
shihoは少し考えた。
「戻る人もいると思う」
「うん」
「でも、戻らない人もいる」
「そっか」
natsuは、それをそのまま受け取った。
悲しむでもなく、怒るでもなく。
ただ、そういう風が吹いたのだと知るように。
「残った人もいた」
natsuが言った。
renaは、natsuを見た。
「うん」
「最後のフルート、飛んでたって言ってた」
「うん」
「それは、聴いてたってことでしょ」
renaの指が止まった。
natsuは、当たり前みたいに続ける。
「全部の人が聴いてなかったわけじゃない」
shihoが少しだけ息を吐いた。
「それはそう」
「じゃあ、全部だめじゃない」
natsuは、フルートのキーを軽く押した。
小さな金属音がした。
「届いた音もある」
その言葉は、慰めの形をしていなかった。
natsuは慰めようとしているわけではない。
ただ、自分が見た音の行き先を言っている。
届かなかった音がある。
でも、届いた音もある。
それだけ。
けれど、renaの胸には、少しだけ空気が入った。
「natsuってさ」
renaが言った。
「うん」
「たまに、すごく雑に救うよね」
natsuは真顔で首を傾げた。
「雑?」
shihoが、少しだけ笑った。
「今のはいい意味」
「いい意味の雑ってあるの?」
「ある」
「そうなんだ」
natsuは納得したような、していないような顔でうなずいた。
それが少しおかしくて、renaもようやく小さく笑った。
笑ったら、少しだけ喉が痛かった。
配信中、声を細くしすぎたのかもしれない。
あるいは、言えなかった言葉が喉の奥に残っているのかもしれない。
shihoは、机の上に置いていたノートを引き寄せた。
「一回、整理しよう」
renaが少しだけ嫌そうな顔をした。
「今?」
「今じゃないと、たぶん寝る前にもっと沈む」
「それは……そう」
natsuが聞く。
「整理って、コメント?」
shihoはうなずいた。
「コメントと、私たちの反応」
natsuはすぐにフルートを置いた。
「私は見てなかった」
shihoが目を細める。
「そこから整理しようか」
「ごめん」
「怒ってない」
「ほんと?」
「ほんと。でも、次から一応見るタイミングは作ろう」
natsuは少し考えた。
「曲の途中は無理」
「それは分かってる」
「曲のあとなら、見る」
「うん」
「でも、フルートの息が浮いたら、そっち見る」
renaが小さく笑った。
「そこは変わらないんだ」
natsuは真剣だった。
「そこは大事」
shihoは、ノートに一行書いた。
「曲後、natsuもコメント確認」
natsuが覗き込む。
「書いた」
「書いた」
「じゃあ見る」
「約束?」
「たぶん」
shihoが手を止めた。
「たぶんなんだ」
「音が変だったら、そっち見る」
renaが、今度はちゃんと笑った。
「natsuらしい」
部屋に少しだけ笑いが戻った。
でも、その笑いは長く続かなかった。
shihoがノートを見ながら言う。
「次。外見コメントへの対応」
renaの顔が、また少し静かになる。
「うん」
「今日、最初は私が説明した」
「うん。ありがとう」
「そのあと、renaも言った」
「言ったね」
「言い方は、たぶん悪くなかった」
renaは不安そうにshihoを見る。
「ほんと?」
「うん。柔らかかった」
「でも、去った」
「去った」
shihoは、そこでごまかさなかった。
「言い方が悪くなくても、去る人はいる」
renaは、ゆっくり息を吐いた。
「そっか」
「うん」
「じゃあ、どうしたらいいんだろうね」
その言葉は、誰にも答えられなかった。
コメントを完全に許せば、自分たちが削れる。
外見や女性性で褒められることが、世の中では普通の褒め言葉として扱われることも分かっている。
悪気がない人もいる。
「かわいい」と言った人が、全員ひどい人間なわけではない。
「守ってあげたい」と言った人が、本当に傷つけようとしていたわけでもないかもしれない。
でも、ReShiNaには、それが苦しい。
自分たちが鳴らした音より先に、女の子としての輪郭だけをつかまれる感じがする。
自分たちの歌が、楽器が、呼吸が、積み上げてきた練習が、ぜんぶ薄い膜の向こうへ押しやられて、代わりに「かわいい女の子たち」として切り取られる。
その瞬間、音楽家としての自分が、少し消える。
renaは、ゆっくり言った。
「可愛いって言われるのが、全部嫌なわけじゃない」
shihoは黙って聞いていた。
natsuも、今度はちゃんと顔を上げていた。
「でも、歌ったあとに最初にそこへ行かれると……私の声じゃなくて、私の顔とか、女の子っぽさを見てたのかなって思う」
ギターの木目に、renaの指が触れる。
「それが、すごく苦しい」
shihoが静かにうなずいた。
「私は」
彼女は、自分の言葉を探すように少し目を伏せた。
「包容力ありそう、って言われるのが苦手」
natsuがすぐ聞いた。
「包容力、だめなの?」
shihoは少し笑った。
「だめというか」
「うん」
「勝手に受け止める側に置かれる感じがする」
renaが、shihoを見る。
shihoは、バスクラリネットのケースに手を置いた。
「私が低音を出すのは、誰かの感情を全部引き受けたいからじゃない」
部屋が静かになった。
「音の床を作りたいだけ。そこに立てるようにしたいだけ」
shihoは続けた。
「でも、包容力ありそうとか、甘えたいとか言われると、私はまた誰かを受け止める役にされる」
renaが小さく言った。
「それ、嫌だね」
「嫌」
shihoははっきり言った。
「私は、誰かのために低く鳴ってるんじゃない」
その声は落ち着いていた。
でも、かなり奥まで沈んでいた。
natsuは、フルートを見た。
「私は」
二人がnatsuを見る。
natsuは少し考えた。
「妖精って言われるの、よく分からない」
renaが少しだけ笑った。
「natsu、よく言われるね」
「うん。でも、私は妖精じゃない」
shihoが頷く。
「それはそう」
「フルート吹いてるだけ」
「うん」
「あと、妖精って言われると、地面に立ってない感じがする」
renaの表情が少し変わった。
natsuは、言葉を探すというより、音の位置を探すように続けた。
「私は飛ばすけど、浮いてるわけじゃない」
shihoが静かに言った。
「それ、すごく分かる」
natsuは少し驚いたように顔を上げた。
「分かる?」
「分かる」
renaもうなずいた。
「natsuの音って、風だけど、ちゃんと息だから」
natsuはしばらく黙った。
それから、小さくうなずいた。
「そう」
その一言だけで、彼女は少し安心したようだった。
三人はそれぞれ、嫌な言葉が違う。
renaは、可愛い、守りたい、抱きしめたい。
shihoは、包容力、甘えたい、受け止めてほしい。
natsuは、妖精、儚い、現実離れしている。
どれも、褒め言葉として使われることがある。
けれど、彼女たちには、自分の音が別の型に押し込められる音に聞こえる。
renaは言った。
「私たち、めんどくさいのかな」
shihoは、すぐには答えなかった。
natsuが先に言った。
「めんどくさいと思う」
renaが目を丸くした。
「言うね」
natsuは真面目な顔のままだった。
「でも、音楽やってる人って、たぶんだいたいめんどくさい」
shihoが、口元を押さえた。
renaも、今度は少し吹き出した。
「それはそうかも」
natsuは、続ける。
「弦一本の響きとか、息の終わりとか、低音の沈み方とか、普通の人はそこまで気にしない」
「うん」
「でも、そこが気になるから、曲になる」
shihoは、ノートを見たまま言った。
「めんどくさいから、音楽になる」
natsuはうなずく。
「たぶん」
renaは、ギターを見た。
「じゃあ、めんどくさいままでいいのかな」
shihoが答える。
「いいと思う」
「でも、配信は伸びにくいよ」
その言葉は、少し重かった。
三人は、生活している。
音楽が好き。
音楽に心が寄っている。
音楽のためなら、時間も体力も削れる。
でも、空腹は来る。
家賃も来る。
機材代も来る。
弦もリードもメンテナンス代も必要になる。
配信用の機材も、場所代も、移動費も、衣装も、宣伝費も、全部が現実として来る。
夢だけでは、夜は冷える。
明日のカフェライブだって、ありがたい。
本当にありがたい。
でも、それだけで生活が大きく変わるわけではない。
配信が伸びれば、もっと多くの人に届く。
収益にもなる。
次の会場にもつながる。
音源を作る費用にもなる。
分かっている。
分かっているからこそ、痛い。
renaは、ぽつりと言った。
「女を出せば、たぶん伸びるんだよね」
shihoの手が止まった。
natsuも顔を上げた。
renaは、モニターの暗い画面を見たまま続けた。
「もっと笑って、もっと顔を見せて、もっと距離を近くして、可愛いって言われたらありがとうって言って、守ってあげたいって言われたら照れて、そういう配信にしたら……たぶん、今より伸びる」
言葉にするほど、自分の中の何かが冷えていく。
「分かってる。そういう人たちを馬鹿にしたいわけじゃない。そういうやり方で頑張ってる人たちがいるのも分かってる」
shihoは何も言わなかった。
renaは、ギターを抱え直した。
「でも、私たちにはできない」
部屋の空気が、少しだけ重くなった。
「できないのに、できない自分たちを言い訳にしてるみたいになる」
shihoは、ゆっくり首を振った。
「それは違う」
「違うかな」
「違う」
shihoの声は静かだったが、はっきりしていた。
「やり方を選ぶのは、言い訳じゃない」
renaは、shihoを見た。
shihoは、ノートを閉じた。
「ただ、選んだやり方で届いていないなら、そこは考えないといけない」
その言葉に、renaは何も言えなくなった。
優しいだけではない。
shihoはそういう人だった。
renaを慰めるために、全部肯定するわけではない。
現実を置く。
その上に、立てる場所を作る。
natsuが言った。
「届いてないのかな」
renaが見る。
natsuは、フルートのケースを撫でている。
「届いた人はいた」
「うん」
「でも、守ってもらわないと届かないなら、遠くまでは行けないのかも」
その言葉は、natsuらしく、ひどく直接だった。
renaの胸に、ずんと落ちた。
shihoも目を伏せた。
守ってもらわないと届かないなら、遠くまでは行けない。
常連は守ってくれた。
本当にありがたかった。
彼らは、ReShiNaを理解してくれている。
音を聴いてくれている。
距離を守ってくれている。
初見が踏み込みすぎた時、言葉をかけてくれる。
でも、常連がいない場所ではどうなるのだろう。
誰も説明してくれない場所で。
誰も守ってくれない場所で。
初見ばかりの場所で。
ラップ好きも、バンド好きも、DJ好きも、ただ盛り上がりたい人もいる場所で。
ReShiNaの音は、届くのだろうか。
それとも、また「可愛い」で終わるのだろうか。
renaは、唇を結んだ。
「守ってくれたのは、嬉しい」
shihoがうなずく。
「うん」
「ほんとに嬉しい」
「うん」
「でも」
renaは、ゆっくり言った。
「守られているうちは、私たちの音はまだ外へ届いてないのかな」
誰も、すぐには返せなかった。
それは、この部屋の真ん中に置かれた言葉だった。
重くて、でも避けられない。
natsuが、少しだけ窓の方を見た。
カーテンの隙間から、夜の光が入っている。
「外って、どこ?」
renaは少しだけ笑った。
「急に広いね」
「うん」
shihoが答える。
「常連さんがいない場所」
natsuはうなずく。
「うん」
「初見の人が多い場所」
「うん」
「私たちを知らない人の前」
「うん」
「音だけで届くか試される場所」
natsuは、少しだけ目を細めた。
「それ、怖いね」
renaが言う。
「怖い」
shihoも言った。
「怖い」
natsuは、フルートのケースを閉じた。
「でも、吹いてみないと分からない」
その言葉は、とてもnatsuだった。
怖い。
でも、吹いてみないと分からない。
音が届くかどうかは、部屋の中で考えているだけでは分からない。
コメント欄を閉じて、三人で悩んでいても分からない。
違う場所で鳴らすしかない。
renaは、机の上に置いた明日の予定表を見た。
明日はカフェライブだった。
小さなカフェ。
木のテーブル。
白い壁。
窓辺の植物。
コーヒーの匂い。
音楽に詳しいオーナー。
ReShiNaを女の子としてではなく、ちゃんと演奏家として見てくれる場所。
ありがたい場所。
守られた場所。
「明日のカフェライブ」
renaが言った。
shihoが予定表を見る。
「うん」
「たぶん、すごくやりやすいよね」
「やりやすいと思う」
「オーナーさんも、ちゃんと聴いてくれる」
「うん」
natsuが言う。
「ピアノの響き、あの店は気持ちいい」
shihoが少し笑った。
「そこなんだ」
「そこ大事」
「うん、大事」
renaは、予定表に書かれた曲順を見た。
ピアノメインの曲。
綿毛。
丘と菜の花。
バスクラメインの曲は、まだ調整中。
明日は、配信ではない。
画面越しのコメントではなく、目の前の空気に音を置く。
それは怖いようで、少し安心でもあった。
少なくとも、コメント欄で突然「抱きしめたら治りそう」と流れてくることはない。
ただ、目の前に人がいる。
その人たちの呼吸がある。
カップを置く音がある。
椅子を引く音がある。
コーヒーの湯気がある。
音は、そこに直接届く。
「明日、ちゃんとやろう」
shihoが言った。
renaはうなずいた。
「うん」
natsuも言う。
「最後、ちゃんと飛ばす」
shihoが横を見る。
「明日は綿毛だけじゃないから」
「分かってる」
「本当に?」
「たぶん」
renaが笑った。
「たぶん禁止にしようかな」
natsuは少し考えた。
「じゃあ、だいたい」
shihoが言った。
「悪化した」
その小さなやりとりで、部屋に少しだけ温度が戻った。
完全に軽くなったわけではない。
傷ついたことは消えない。
去った人がいることも。
常連に守られたことも。
守られないと届かないのかもしれないという痛みも。
全部、消えない。
でも、明日はある。
カフェライブがある。
音を鳴らす場所がある。
それだけで、少しだけ立てる。
shihoは、ノートをもう一度開いた。
「今日のまとめ」
renaが少しだけ嫌な顔をする。
「まとめるんだ」
「まとめる」
natsuが覗き込む。
「タイトルいる?」
shihoは少し考えた。
「いる?」
natsuは真剣に言った。
「今日、長い」
renaが笑った。
「長かったね」
shihoは、ペンを持った。
そして、ページの上にゆっくり書いた。
守られてるうちは、届いてないのかな。
三人は、その文字を黙って見た。
それは、今日の痛みだった。
でも、今日の終わりではなかった。
その下に、shihoはもう一行書いた。
明日、カフェライブ。
natsuがそれを見て、ぽつりと言う。
「吹けば分かる」
renaが、ギターケースを閉じながら言った。
「歌えば分かるかな」
shihoは、バスクラリネットのケースを持ち上げた。
「届けば、分かる」
三人は、少しずつ片づけを始めた。
マイクの電源を落とす。
ケーブルを巻く。
譜面を揃える。
カメラの角度を戻す。
照明を一つずつ消す。
部屋は、またただの部屋に戻っていく。
配信の部屋でもなく。
演奏の部屋でもなく。
女の子三人が映る画面でもなく。
明日の音を待つ部屋。
renaは最後に、モニターの暗い画面を一度だけ見た。
そこにはもう、誰のコメントも流れていない。
でも、胸の中には残っている。
痛い言葉も。
守ってくれた言葉も。
届いた音も。
届かなかった音も。
全部を抱えたまま、明日へ行くしかない。
renaは、部屋の灯りをひとつ消した。
「おやすみ」
shihoが答える。
「おやすみ」
natsuはフルートケースを抱えて、少し遅れて言った。
「明日、風が変わるといいね」
renaは、扉の前で振り返った。
shihoも、少しだけ目を細めた。
natsuは、それ以上何も言わなかった。
ただ、ケースを抱え直す。
明日、同じ音を鳴らしても、同じ風が吹くとは限らない。
違う部屋。
違う人。
違う空気。
違う距離。
そこで、ReShiNaの音はどう鳴るのか。
まだ分からない。
でも、分からない場所へ行くことだけは決まっていた。
守られた部屋の外へ。
少しだけ。
まずは、小さなカフェまで。




