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妖刀を拾った中年探索者、女侍の亡霊に死ぬほど鍛えられる〜悪いヤツらを斬って美少女探索者パーティを助けた俺、配信でバズり始める。  作者: 甲賀流


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十河湊という男


 演習場の空気が、一変した。


 目の前に立っているのは、さっきまでの十河湊のはずなのにもう、同じものには見えなかった。


 膨れ上がった刀気が、抑えきれずに外へ漏れている。


 いや、そもそもあれは刀気なのか。


 黒く濁った何かが、湊の身体から滲み出し、空間そのものを侵食しているように見えた。


 黒いあれは影か?


 すると湊の身体が、徐々に歪んでいく。


 肩が落ち、背骨が曲がる。


 だがそれは崩れる動きじゃない。


 肉体が作り変わっている。


 骨が軋む音がした。


 内側から押し広げられるように、身体の形が変わっていく。


 皮膚の下を、黒い何かが蠢いている。


 筋肉じゃない。


 血でもない。


 もっと濃くて、重い影そのものだ。


 次の瞬間、


 皮膚が裂けた。


 音もなく。


 内側から溢れた黒が、そのまま外へと流れ出る。


 腕が伸びる。


 いや、違う。


 増えている。


 肘から先が異様に長くなり、指は五本では足りず、影の刃のように分裂していく。


 地面に触れた部分から、さらに影が広がる。


 まるで根を張るみたいに。


 足も同じだった。


 踏みしめているのか、溶け込んでいるのか分からない。


 境界が、曖昧になっている。


 そして、顔。


 そこだけは残っていた。


 十河湊の面影が。


 だが。


 表情はなかった。


 目だけが、異様に開いている。


 白目が消え、黒で塗り潰されているのに、


 なぜかこちらを見ていると分かる。


 口が、ゆっくりと開く。


「……どうして」


 湊が、呟く。


「どうして撤退なんて……」


 その声は、もう俺に向けられていない。


 その直後、


「試験は一旦中止だ! 全員ここから離脱――」


 試験官の掛け声。


「出さないよ」


 それを遮る湊の声。


 その瞬間、影が広がった。


 床が沈む。


 壁が黒く染まる。


 天井も、視界の端も、全部が影に覆われていく。


 気づけば――


 逃げ場が完全に消えていた。


 上も、下も、横も。


 どこを見ても黒いのに、なぜか人の姿だけははっきりと見える。


 歪んだ空間。


 ダンジョンと同じ――いや、それ以上に重く濃い。


 ここはもう、試験会場じゃない。


 完全に、別の領域だった。


「くそ、戦うしかないのか……」


 試験官の重苦しい声。


「あ、あんな化け物と、ですか?」

「ボス級なんて相手したことないんだけど」


 他受験生の嘆きが耳に入る。


 ここに残るのは、第三試験の一回戦目を勝ち抜いた湊以外の四人と試験官の男。


 計五名。


「……おじさんも、戦うんでしょ?」


 隣に並ぶのは、霧島セナ。

 いつもの軽い口調だが、顔は明らかに引き攣っている。


 でも、戦う覚悟は伝わってきた。


 俺は一歩、前に出る。


「大丈夫、俺がやる」


 別に誰に向けたわけでもない。


 ただ、そういなきゃいけないと思った。


 剣を鞘に納め、


 刀を手に顕現させる。


 久しぶりの感触だった。


 ――妖刀【冴斬】。


 最近は刀気の修行ばかりで、他の武器や肉体を使っていたからな。


 なんか不思議と手に馴染む。


 久しぶりなのに、まるでずっと握っていたみたいな。


(恒一)


 彩芽の声が響く。


(あれは影喰。十九、二十階層でお主が相対したものと同種じゃ)


 影が、蠢く。


(おそらくは……二十五階層相当)


 B級でも上位の探索者。

 しかもフロアボスとなれば、普通は複数パーティで挑むレベルだ。


 少しだけ、息を吸う。


 だが、それだけだった。


 驚きはない。


「……なら」


 視線を前へ。


「やることは同じだ」


 影が、伸びる。


 地面から、槍のように突き出してくる。


 速い。


 だが、十分に見える範囲だ。


 俺は刃を上げ、斬る。


 影が弾ける。


 そして次。


 横から背後から、


 影による攻撃が迫ってくるが、問題なく斬っていく。


 単調だ。

 ただ影が伸びて、突き出してくるだけ。


 恐怖はあるが、動き自体は変わらない。


 理屈だって簡単だ。

 ただの影を模したエネルギー体による物理攻撃。


 理屈が分かれば、


 冴斬はなんでも斬ることができる。


 どんな攻撃すらも。


「――ッ!?」


 湊の黒い瞳が、初めて揺れた。


「なんだ、それは……」


 なんとか絞り出したような、細い声。


「……妖刀、冴斬だ」


 俺は短く答えた。


「そんなの……聞いてない……」


 湊の声が、崩れる。


「そんなの……違う……!」


 影が暴れる。


 なぜかさっきまでの規則的な動きが消える。


 無秩序。


 ただ振り回されるだけの力。


 何があったのか分からないが、これはもう脅威じゃない。

 ただのモンスターの動きだ。


 さっきの試合。

 湊本人と戦っている時の方が、よっぽど強かった。


(恒一)


 彩芽の声が、静かに落ちる。


(ああなってはもう、人の姿には戻れんだろう)


 一拍。


(お主の手で斬ってやれ。それがあやつとしても、本望だろう)


 少しだけ、目を閉じる。


 ――そうか。


 そうだよな。


 怪物のような力を得て、何かを成し遂げたい気持ちがあった。

 だが、本当に怪物になりたかったわけじゃないだろう。


 金切る苦しそうな咆哮。


 もう迷いはなかった。


 俺は踏み込む。


 影が伸び、行く手を阻むが関係ない。


 全部、分かる。

 刃を合わせて斬っていく。


 さらに踏み込み、距離を詰める。


 ようやく眼前。

 目の前に、それがいる。


 人の形をしていたもの。


 だがもう、中身は空っぽだ。


 恐怖も、怒りも、執着も。


 全部、歪んでしまっている。


 なら。


 終わらせるだけだ。


 一閃。


 冴斬による一振りは、完全に湊だったものを完全に斬りふせた。


 音は、ほとんどなかった。



* * *



冴斬。


 その名を僕、十河湊は知っている。


 影喰の力を与えられたあの日、確かに聞いた名だ。


 この世に残った十種の刀の中で最強。


 理すら断つ、特別な刀。


 そして、あの人が欲しがっていた刀。


 だから僕は、ずっと思っていた。


 それはもっと遠くにあるものだと。


 今の僕には関係のない、もっと上の段階の話だと。


 少なくとも、こんなところで。


 三枝恒一みたいな、ただの中年探索者が持っていていい刀じゃない。


 なのに。


 なんで、あいつが持っている?


 なんで、僕はそれを知らされていない?


 喉の奥がひくつく。


 頭の中が、うまくまとまらない。


 だって、おかしいだろう。


 僕は影喰を与えられた。


 僕は選ばれた。


 そう思っていた。


 全てはヒカリを手に入れるために。


 誰よりも上へ行くために。


 あの人は、僕に力をくれた。


 だから僕は、てっきり特別なんだと。


 そう、思っていたのに。


 三枝恒一の持つ刀の正体を伏せられていたということは、どういうことだ?


 つまり最初から勝てない相手だったことを、僕に黙っていたということじゃないか。


 なんでわざわざそんなことをする?


 いや、違うな。


 最初から僕が勝つかどうかなんて、どうでもよかったんだ。


 僕がヒカリへの執着をこじらせて、


 僕が自分から取り返しのつかない場所まで堕ちて、


 その過程で何人死のうが、何を壊そうが、


 そんなことは全部、


 あの人にとっては、心底どうでもよかった。


 ただそれだけのこと。


 あの時、病室にあの人が来て、影喰の力で僕の体を治してくれた時から、


 最初はヒカリとまた話ができたらって、


 そう思っていただけなのに。


 いつの間に僕の心は、これだけ真っ黒になってしまってたんだろう。


 これも全て、


 影喰をもらったあの日から。


 まるで何かに操られているかのように、黒い感情が湧き出したんだ。


 ヒカリが欲しい。


 僕のものにしたい。


 ほかの存在はいらない。


 ヒカリ以外を殺してでも、


 ――全てを手に入れてやる。


 今までのことを思い返した僕は、ぞっとした。

 

 今さら。


 本当に今さらだ。


 あの人は、一度も僕を対等に扱っていなかった。


 力をくれた時も。


 言葉をくれた時も。


 好きな人を手に入れられる力だと囁かれた時、


 たしかに僕は心が揺れた。


 その力に縋ろうと思った。


 全ては僕の弱い心のせいだ。


 あれは全部、甘い餌だった。

 僕が食いつくと分かっていて目の前にぶら下げられた、実に巧妙な罠だったんだ。


 ヒカリを想う気持ち。


 手に入れたいと願った僕の汚い心の部分。


 誰にも理解されない焦り。


 そこに、つけ込まれた。


 利用された。


 僕のこの感情全部、


 最初から、あの人の手のひらの上だったのか。


 ふざけるな。


 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。


 僕は特別じゃなかったのか。


 選ばれたんじゃなかったのか。


 影喰を得て、最強になったんじゃなかったのか。


 ただの駒か。


 壊れてもいい道具か。


 冴斬を持つ相手にぶつけて、どこまでやれるか試すための、捨て石だったのか。


 胸の奥が、ぐちゃぐちゃに潰れる。


 怒りなのか。


 悔しさなのか。


 恐怖なのか。


 もう分からない。


 ただ一つだけ、はっきりしている。


 僕は、何も持っていなかった。


 力も。


 特別さも。


 好きな人の心も。


 何一つ、僕のものにはなっていなかった。


 視界が暗くなる。


 三枝恒一の姿が、どんどん遠ざかっていく。


 なのに、冴斬だけがはっきり見えた。


 あれが本物。


 僕に与えられた影喰なんて、その前ではただの紛い物だったのか。


 ああ。


 そうか。


 僕は最初から、最後まで――


 誰かに都合よく使われただけだった。


 その時、初めて。


 自分の中が、空っぽだったことに気づいた。


 そして最期に、


 斬られた感覚だけが、僕の記憶に残った。

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― 新着の感想 ―
こんばんは。 最初から最後までキショい奴でしたが…最期の後悔を聞くと、ほんのちょびっと…指先一つまみぶん位は同情しますな。
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