スリースターズの指定任務
恒一のB級昇格試験がちょうど始まったその頃、
ダンジョンタワー七階層の通路を、三つの影がすり抜けていく。
ヒカリ、ルナ、カナデ、スリースターズの三人は進み続けていた。
「コッチー、試験大丈夫かなぁ?」
「大丈夫だよ。恒一さんに限って、試験に落ちるなんてあり得ないもん」
「今年の参加者、強者揃い」
話題は恒一の受けている試験の話へ。
「たしかあの結城カズマとか、セナちゃんとかいるんでしょ? さすがのコッチーもキツイか〜」
「そんなことない! 恒一さんは誰にも負けないもん!」
「いやぁどうだか? コッチーももう、いい歳だしね。若い子には勝てないんじゃない?」
「負けないよ! 恒一さんは。誰にも!」
「あれ? ヒカリ、なんかムキになってる〜?」
ルナは挑発じみた表情でヒカリの顔を覗き込む。
「え、な、な、な、なってないよぉ!!」
「ヒカリ、動揺してる」
カナデの追撃に、ヒカリは顔を赤く染めながらも反論する。
「だ、だって、恒一さんも仲間でしょ? 二人は信じてないの?」
わずかな沈黙ののち、ルナはニヤッと笑った。
「もちろん信じてるよん。ただヒカリ、最近コッチーのことばっかり目で追ってるような気がしたから、ちょーっとだけからかっちゃったっ!」
「お、追ってた!? 追ってないよね、カナデ!?」
「え、知らない」
突然のヒカリの問いに、カナデは興味なさげにそう返す。
実際、カナデは二人の会話、つまりヒカリが恒一を目で追ってようがいまいが、一切興味がなかった。
いつも通りの三人。
いつも通りの探索風景。
唯一いつもと違うのは、これがスリースターズ初の指定任務だということだ。
「しっかし配信禁止って、珍しいよね〜」
軽い声でルナが言う。
いつもなら撮影ドローンで視聴者と共有している光景。
しかし、今回はそれが許されなかった。
「救出を求めている人が、映像を嫌ってるらしいからね。だから禁止にしたって聞いたけど」
ヒカリの声は淡々としている。
状況を説明しているようで、内心は読めない。
「でもさ、こういう指定任務なんて初めてじゃない? なんで私たちなんだろ? それだけ有名になったってこと?」
冗談混じりの口調でルナが続ける。
そんな会話の中、カナデが突然足を止める。
「い、今すぐ引き返す……!」
カナデの珍しく怯えた声。
そして撤退を断定したことも今まで初めてだった。
「カナデ、どうしたの?」
空気が重かった。
今までに味わったことのない、嫌な緊張が三人の喉の奥に刺さっている。
「引き返せると、思うか……?」
そして、その不安は現実となった。
長い通路の先、視界が開けた瞬間、闇の中から男が歩み出てきた。
全身を覆う黒いコート、深く被ったフードの下から覗く顔は、どこか虚無的で、瞳の奥にかつての光を宿していない。
大きな槍を背負っている。
「待っていたぞ……スリースターズ」
背筋が凍る。
ヒカリは一歩前に出て、仲間の前に立った。
「あなたは誰?」
「ヒカリ、逃げるよ!」
ルナの叫び声。
その場で震えるカナデの腕を引き、来た道へ踵を返す。
「逃げ道は、ないぞ」
だがその男は一瞬で移動し、すでに彼女たちの帰り道を塞いでいた。
何か特殊な魔法か、あるいは単純な身体能力か。
ここにいる三人には、何が何だか理解できなかった。
「依頼はそこの茶髪オンナ以外を殺すことだ。順番は……どうでもいい」
茶髪オンナ。
その男はヒカリを人差し指で差しながら、笑みすら浮かべずにそう言った。
そして男は槍を抜き、構える。
リーチの長い武器を扱う珍しい戦闘スタイル。
しかし隙は微塵も感じられない。
自分たちよりも明らかに格上。
つまりA級……いや、もしかしたらそれ以上かも。
三人は同時にそう直感していた。
このままじゃやられる。
逃げる暇もなく。
怖い。
足がすくむ。
この場が恐怖で支配されそうになっていたところで、
「なんだ、マジで襲われてるじゃねぇか」
後方から声が響く。
そこには一度実際に会った有名探索者パーティが。
アケボノ。
吉祥寺、柊、そして市村が駆けつけていた。
吉祥寺が剣を抜き、柊が詠唱の構えを取る。
仲間の二人が戦闘態勢をとる中、市村だけは男の顔を見て絶句していた。
「長い槍に黒いコート……あの人、もしかして元S級の……」
言葉はそこで途切れる。
元S級――それだけで、この場の全員が息をのむ。
世界に数えるほどしかいない超越者。
目の前にいるのは、かつてその頂に立った人物ということだ。
そんな男が一歩動いた。
狙いはルナ。
あまりの速さ、あまりの威圧感に、誰一人その場から動けなかった。
たった一人を除いて。
ヒカリだ。
彼女は細身の体を盾にして、ルナの前に立ちふさがる。
槍先数ミリがヒカリの肩口を刺す。
だがそれ以上貫くことはなかった。
「……退け」
男が言う。
ヒカリは頑なに首を振った。
「私を殺すことは禁止されているんでしょ? だからここに立つ。誰も傷つけさせない」
静かながらに、強い意志が滲む声。
ヒカリは事前に分かっていたのだ。
ターゲットではない自分が盾になることで、少なくとも仲間の命が守れることを。
そのわずかな隙に、市村がスリースターズ三人を包む防御魔法を張る。
「ちっ、面倒だな」
だが男は槍ではなく、素手で柊の防御魔法を叩き割った。
魔力の盾が紙のように裂け、吹き飛ぶ。
そして次に吉祥寺の太刀が斬りかかる。
しかし――
「いい太刀筋だが、所詮はB級」
「……っ!?」
軽く流され、吉祥寺は壁に弾き飛ばされた。
「魔法もこれじゃ話にならんな」
柊の炎の矢も掌で払い落とされ、地面に火の粉を散らす。
「はぁ……? うそ、でしょ?」
市村は震えながらも防御魔法を展開。
だが何度重ねても、男はそれをまるでなかったかのように手で払う。
手で払っただけだ。
あんなの攻撃でもなんでもない。
ここにいる全員が絶望した。
このままでは全員、文字通り蹂躙される。
そう確信した時だった。
「槍の処刑人、神崎迅。久しいのぉ」
鋭い声とともに風を切る音。
黒衣の男の動きが止まった。
そこに現れたのは、長身の女性。
手には一本の刀を握り、髪を高く束ねている。
不破ツバキ――A級の刀使いだ。
彼女、ツバキのことは彩芽がここに呼びつけた。
「……っ!? お前は……刀使い、不破ツバキか」
そこで初めて、男の顔が歪んだ。
あれは焦り、戸惑いの表情だ。
「処刑人よ。妾と一戦、交えるか?」
ツバキは短くそう言い、刀を構える。
「いいね。久々にひりつくぜ」
ツバキは答えない。
足の位置をわずかに動かし、呼吸を整え、刀を構える。
その瞬間、空気が変わった。
男の槍が振るかかる。
ツバキの刃がそれを弾く。
その衝撃だけで、周囲に突風が舞う。
これがS級。
わずかな者しか届かない頂。
さらに一撃、一撃と武器を重ねていくが、
最終的に槍の方が弾かれ、バランスをわずかに失う。
男に一瞬の隙が生まれた。
単純な力比べの結果がそうさせたのだろう。
その隙にツバキが一太刀入れれば、男は完全に斬られていたが、なぜかそうしなかった。
男もそれを理解していた。
自分はこの相手に勝てない。
生き延びたのではなく、自分は生かされた側だと。
「まだやるなら、妾は全力で相手するぞ」
「……撤退、させてもらう」
短い言葉を残し、男は重い足取りで奥へ歩いていった。
当然、誰もその後を追う者はいない。
残されたのは、剣を納めるツバキと、呆然と立ち尽くすスリースターズ、アケボノの面々。
緊張が解け、ルナが大きく息を吐いた。
「あぁあああ、助かったぁ……」
ルナの声が震えていた。
ヒカリとカナデはまだ呆然としており、
アケボノの面々も緊張が解け、その場に座り込む。
「ちっ、結局オレたちは無駄足だったってか」
吉祥寺が皮肉気味にそう吐き捨てる。
「そんなことはない」
ツバキがその言葉を否定する。
「お主らがいなければ、妾の到着は間違いなく間に合わなんだ。それに相手はあの処刑人。数分時間稼ぎができただけでも上々じゃ」
ツバキとしては最高の褒め言葉だったが、以前としてアケボノの顔は優れない。
「であればお主ら、妾が鍛え直してやろうか?」
「は……?」
「え?」
「はい!?」
三者三様、驚きが隠せない反応。
「兄ちゃんと同じく、お主らも見どころがありそうじゃからのぉ」
ツバキは無邪気な笑みを浮かべる。
三枝恒一が刀気を習得してからというものの、少し刺激が減っていた。
ちょうど新しい才能を磨きたいと思っていた彼女にとってはちょうどいい出会いになったのだ。
――そして舞台はB級昇格試験、第三試験、五試合目(恒一VS湊)へと戻る。




