三枝恒一VS十河湊
演習場中央。
向かい合うのは俺、三枝恒一と十河湊。
自然と視線が集まっていた。
誰も言葉を発しない。
異様な空気が、俺たちを包んでいた。
”きた……”
”このカードやばいぞ”
”コッチーがんばれ!”
“大丈夫。三枝氏なら勝てる!“
”いやでも湊ってやつも相当やばいぞ”
“おっさんには厳しい戦いだなw“
会場とは裏腹にコメントでは一定の盛り上がりを見せている。
みんなの応援を胸に、俺はスマホを仕舞った。
そして目の前の男、十河湊。
彼との距離、約十メートル。
踏み込めばいつでも届く範囲。
「いよいよですね」
違和感のない声かけと笑み。
普通の友達が向けるそれに近しい。
「あぁ」
でもそんな仲じゃない。
少なくとも俺は、仲良くするつもりはないからな。
いや、向こうにもないか。
ヒカリに引っ付くおじゃま虫。
排除対象。
湊にとって、俺はそんなところだろう。
こいつは今何を考えている?
ここで俺を消す?
それとも本心でB級へ上がりたいと思っている?
分からない。
分からないが、一つ確信していることがある。
それはヒカリと湊が初めて会った日。
パーティを組まないかと打診していた時。
自分がB級になったら、と言っていた。
つまりこいつにとって、昇格は決定事項なんだ。
しかしさっきの試合。
カズマを刺したことで警告を受けている。
イエローカード。
次に同じことをしたら、間違いなく失格だ。
さぁ、どうする?
「……よろしくお願いします」
軽く頭を下げる。
いつも通り。
そして数秒の沈黙。
鼓動が、やけにうるさい。
深呼吸をして落ちつかせる。
大丈夫だ。
スリースターズも全員無事。
アケボノがきっとうまくやってくれている。
きっといい報告が、彩芽から聞けるはず。
俺は最後、頭の中によぎる不安を全て正当化した。
試合に集中するために。
「第五試合目――開始」
その瞬間。
空気がさらに重くなった。
どちらも動かない。
踏み込まない。
ほんの僅かな動きで、全てが決まる。
……来ない。
まずは出方を見ようと思っていたが、相手も同じ考えのようだ。
なら。
焦るな。
俺も待つ。
刀気を、静かに広げる。
攻めも、守りも、両立できるように。
俺は全身に刀気を張り巡らせていく。
剣の先までしっかりと。
そして全てが行き届いたとほぼ同時に、
湊が一瞬笑みを見せ、踏み込んできた。
金属音。
刃が交わる。
「準備、できたみたいですね」
まるで待っていたかのような口ぶり。
いや、待っていただろう。
俺の刀気が全身に巡るまで。
踏み込んでくるタイミングがあまりに良すぎたから。
湊はさらに斬り返す。
何度も打ってくる。
――速い。
間近で見ると余計に思う。
異常な速度。
自分の知る中での最速は、同じ刀使いであり刀気の師匠でもある不破ツバキ。
彼女だったが、今の湊はそれとほぼ同等の速さを持っていた。
俺は守りに徹する。
守りの剣。
探索者を初めて十数年、堅実に磨いてきた技術だ。
ダンジョンで何度も自分の身を守ってくれた力。
振り下ろされる剣に自分の剣を垂直に重ね、
相手の力とほぼ同等の力を出力し、自分への身体負荷を極限にまで下げる。
頭で考えずとも、体が勝手にそう動くそうになった。
今だってそうだ。
湊の太刀筋がよく見える。
守りに徹するだけで、全てが手に取るように分かった。
これが俺の剣。
地道にコツコツ積んできた、身の丈にあった今までの戦い方。
だがそれだけじゃダメだと知った。
俺は湊の剣を、紙一重、半身になって躱わす。
そして一太刀。
攻めに転じた。
渾身の水平斬りだ。
簡単には当たらなかったが、
湊は攻撃を一旦止め、大きく後ろへ後退した。
これは、彩芽と出会って学んだ攻めの剣。
守るだけの剣じゃ自分を守れても、大切な人を守れないって。
それを知ることができた。
だからどれだけしんどい修行でも乗り切ってみせた。
足掻いてみせた。
中年だから勝てない。
成長できない。
そんな常識、取っ払ってやった。
「いや〜あそこから攻めてくるとは、恐れ入りましたね」
湊はそう言って笑う。
「ですが……」
湊の影が僅かに揺れ、瞬く間に姿を消した。
「……っ!?」
いや、消したというより、吸い込まれた……いや、落ちたというのが正しいか。
「――これはどうでしょう?」
背後から甘い声。
カンッ――
高い金属音。
なんとか刀を重ね、俺は身を守る。
あれはカズマとの戦いでもみせた移動。
あの時は突然姿を消したように思ったが、実際にこう見ると、影に吸い込まれていた。
そして影から姿を現した。
影移動。
名付けるとしたらそんな感じか。
「三枝さんなら止めると思ってましたよ」
そして次の瞬間、再び消える。
視界から完全に。
だが感じる。
確実に。
この演習場の下。
床に落ちた、あのわずかな濃淡な気配。
そこに沈んでいるんだ。
目じゃない。
耳でもない。
もっと曖昧で、もっと近い感覚。
皮膚の裏側を撫でられるような違和感。
それが、位置を教えてくる。
分からないだけだ。
どこかに、必ず。
俺は動かない。
踏み込まない。
構えたまま、その場に留まる。
――来る。
刃を上げる。
金属音。
受ける。
見えてない。
それでも、そこに振った。
当たった。
また消える。
今度は背後。
振り向かない。
振り向いた瞬間に遅れる。
足の位置をずらす。
剣を滑らせる。
受ける。
火花。
――まただ。
いる場所は見えてない。
でも。
来る場所は分かる。
刀気が触れている。
空間に流したそれが、ほんのわずかに乱れる。
水面みたいに。
何かが潜れば、必ず歪む。
その歪みが、方向になる。
位置じゃない。
軌道だ。
どこから来るか。
どこへ抜けるか。
それが分かる。
だから間に合う。
だから受けられる。
理由はただ一つ。
刀気だ。
空間に流した刀気が、気配を察知してくれる。
ほんの僅か。
水面に落ちた一滴を拾い上げるように。
第二試験、擬似ダンジョン。
あそこでモンスターを探知している感覚に近い。
刀気同士だから分かるのか。
あるいは湊のこの力が、モンスターと近い何かなのか。
「そういえば」
港は戦闘の中に、言葉を差し込んでくる。
「今頃、スリースターズはどうなってるんでしょうね」
――っ。
頭のどこかで、引っかかってはいた。
アケボノが助けに行ってくれている。
だから大丈夫だ。
分かってる。
分かってるのに。
完全には無視できない。
刃を受ける。
遅れる。
ほんの僅か、刀気が乱れただけなのに。
それだけで、重い。
「アケボノ、でしたっけ?」
湊は距離を詰めてくる。
刃の鍔迫り合い。
押される。
嫌な流れだ。
「彼らじゃ無理ですよ」
声は変わらない。
淡々と。
事実を言うみたいに。
「なんたって、僕が雇ったのは――」
一拍の間。
「元S級探索者ですから」
心臓が、嫌な跳ね方をする。
S級。
その一言だけで、現実が歪む。
……あり得ない。
S級の称号を持つ探索者なんて、この世界に十人といないはず。
そんな大物が、こんな個人的なことに手を貸すわけがない。
でも。
もし、それが本当だったら。
ヒカリも。
ルナも。
カナデも。
アケボノも。
――全員。
止まるな。
考えるな。
なのに。
思考が勝手に広がる。
その瞬間。
刀気が、ぶれる。
ほんの一瞬。
それだけ。
それで、十分だった。
剣が弾かれる。
「……やっぱり」
湊の声が近い。
「大切なんですね」
踏み込まれる。
押し込まれる。
受けきれない。
崩れる。
まずい。
このままじゃ――
(恒一)
声が、割り込む。
彩芽。
(色々あったが、全員無事だ)
……っ。
全部、止まる。
(アケボノも、スリースターズもな)
息が、戻る。
(もう危険はない。少なくとも今はな)
重さが抜ける。
思考がクリアになる。
……よかった。
それだけでいい。
今はその言葉だけで十分だ。
それだけで俺は、戦える。
踏み込む。
刃がぶつかる。
今度は、遅れない。
「……十河湊」
呼ぶ。
はっきりと。
「どうやら作戦は失敗みたいだな」
さっきの仕返しだ。
すると一瞬。
湊の動きが、止まる。
「……は?」
初めての顔。
崩れた。
ほんの少し。
でも確実に。
「確認すれば分かる」
港は影に沈み、俺から距離が置いた。
地上に現れ、湊が端末を取り出す。
そして数秒。
その間。
こっちは動かない。
遠隔で指示を出しているなら、失敗なり成功なり、通知がくることになってるだろう。
その確認を、俺は待った。
好きなだけ確認してくれ。
すると、
「……は?」
湊の顔が初めて歪む。
理解が追いついていない顔だった。
「撤退した、だと……?」
声が揺れる。
目の焦点が、合っていない。
「なんで……っ!?」
呼吸が浅くなる。
視線が泳ぐ。
指先が、わずかに震えていた。
聞いたこともない怒声と同時に、次は刀気が溢れた。
さっきまでと違う。
いや、魔力でも刀気でもない何か。
黒いエネルギー体が、外に漏れ出ている。
全く制御されてない。
「ま、待て! 試験は中止だ!!」
試験官の声が聞こえる。
「なんだあれ?」
「流石にやばすぎるだろ」
受験者たちの声が、俺の耳にもようやく届く。
「試験とか、もうどうでもいいです。僕はここで三枝恒一、君を殺して、その後にヒカリ以外の全員も順番に殺していくことにします」
十河湊が、完全に人として壊れた瞬間だった。
――それから少し前。
一方のスリースターズたちは。




