次の試合は……?
ざわめきは、すぐには収まらなかった。
誰もが理解できていない。
今、何が起きたのか。
”今のなに……?”
”消えた……よな?”
”いや意味わからん”
”てかあれ……刺したよな? 躊躇なく”
”さすがに十河湊アウトだろ”
”運営側のこれは見逃せない”
コメントも、観客席も、完全に混乱している。
無理もない。
俺も理解が追いついていない。
ただ一つ、はっきりしていることがある。
あれは、やりすぎだ。
視線を落とすと、そこには今も床に倒れている結城カズマ。
脇腹から流れ出た血が、演習場の床を赤く染め上げている。
「医療班、入れ!」
試験官の声と同時に、待機していた救護班が一斉に駆け込んできた。
手際がいい。
すぐに止血。
魔法による応急処置。
「意識あり! だが出血量が多い、急げ!」
担架が運び込まれ、カズマの身体が慎重に持ち上げられる。
その間も、血は止まらない。
顔色は明らかに悪い。
さっきまで笑っていた男が、今はもう動かない。
そして、俺はもう一方へと視線を向ける。
十河湊。
彼は何事もなかったかのように立っている。
呼吸も乱れていない。
ただ静かに、担架で運ばれていくカズマを見ているだけだ。
感情が、見えない。
怒りも。
達成感も。
罪悪感すら。
「……なにあれ、キショいどころじゃないじゃん」
隣でセナがポツリと呟いた。
その声には、もういつもの軽さはなかった。
「あれ、完全にイカれてるよ」
低く、冷えた声。
「平気で人を刺して、あの顔って……」
一瞬だけ言葉を切り、
「……人間の感情捨ててるね」
はっきりと断言した。
否定できなかった。
これまでの行動全てを考えた時、セナの『感情を捨てている』という言語化がしっくりときたからだ。
ヒカリへの執着。
十一階層でシャドウボアの討伐数を競っていた時、自らの腕を俺に差し出してでも勝ちをもぎ取ったこと。
そして今回スリースターズを指名し、何かしらの危害を加えようとしていること。
今の戦いだってそうだ。
カズマは戦いを楽しみ余裕すらあった中、湊は明らかに違っていた。
楽しんでいない。
怒ってもいない。
ただそうするべきだから、目の前にいたからという顔で刺していた。
全て正気じゃできないことばかりだ。
こいつはイカれている。
俺は改めてそう思った。
そんな時、
「十河湊」
試験官の低い声が、場を切り裂いた。
空気が一瞬で張り詰める。
全員の視線が、湊へと集まる。
「……はい」
いつもの穏やかな返事。
それが逆に、気味が悪い。
試験官は数秒、湊を見据えたあと、口を開いた。
「今回の第三試験において、致命傷を与えてはならないという明確なルールは設けていない」
会場がわずかにざわつく。
だが試験官は続ける。
「それは、ここにいる受験者が全員、推薦を受けて試験に臨んでいる有望な探索者だからだ」
言葉に、重みがあった。
「互いに節度を持ち、制御された戦闘ができる――そう判断しているからこそ、あえて制限を設けていない」
そして。
「だが――」
声が、わずかに低くなる。
「お前の今の行為は、その前提を大きく逸脱している」
空気が、凍りついた。
「十河湊」
もう一度名前を、はっきりと呼ぶ。
「お前にイエローカードを与える」
ざわめき。
コメントも一斉に流れ出す。
”イエロー?”
”最終警告ってことか”
”そりゃそうだろ”
”普通にやりすぎ”
「次、同様の行為を行った場合――」
試験官の視線が、鋭くなる。
「試合の勝敗に関わらず、失格とする」
明確な宣告だった。
その場の誰もが、息を呑む。
湊は数秒だけ沈黙し、
「……承知しました」
軽く頭を下げた。
それだけ。
謝罪も、言い訳もない。
ただ受け入れただけ。
――こいつ、本当に理解してるのか?
という疑問が浮かんだが、湊はそれ以上何も言わず、俺たち受験者の待機場所へと戻っていった。
それから試験は、淡々と進んでいった。
第三試合は特に波乱もなく終わった。
だが。
さっきの一戦の余韻だけは、誰の中にも残ったままだった。
観客も、受験者も。
誰もが無意識に十河湊という存在を意識している。
そして第四試合。
俺の番だった。
相手は弓使い。
距離を取られると厄介なタイプで、正直相性は良くない。
……はずだった。
だが、実際は違った。
矢は速かった。
威力も十分。
それでも、当たらなかった。
頬を掠めることもなく、致命になる軌道にも乗らない。
明らかに、精度が落ちていた。
わざと外しているわけじゃない。
単純に、狙えていない感じだった。
その時、頭をよぎったのはさっきの光景。
十河湊。
あの一撃。
あの、躊躇のなさ。
目の前であれを見せられて、平常でいられる探索者がどれだけいる?
おそらく、少なくとも今戦っていた相手は違った。
集中が乱れていた。
呼吸も、間合いも、微妙にズレていた。
湊の行為に動揺していたのか、あるいは相手への致命傷によるイエローカードを気にしてか。
どちらにせよ、その隙を突くのは難しくなかった。
結果だけ言えば俺が勝った。
だが、手応えは薄い。
実力でねじ伏せたというより、相手が崩れていた。
そんな感覚だった。
そして第五試合。
ここからは二回戦。
勝ち残った四人と、一回戦で試合のなかった一人。
計五名による再編成。
奇数ということは一回戦目と同様、一人は不戦勝になるということ。
モニターが切り替わる。
無機質な電子音。
誰と当たる。
誰が外れる。
その結果ひとつで、この先の流れが変わる。
メンバーは俺、湊、セナ、他二人。
誰と戦っても苦戦を強いられそうだ。
二回戦、第五試合目。
その名が今、表示される。
第五試合
三枝恒一 vs 十河湊
一瞬。
時間が、止まったように感じた。
偶然か。
はたまた、神の悪戯か。
分からない。
だが一つだけ、はっきりしている。
今この組み合わせは、
俺が最も臨んだものだということだ。




