狂気VS狂気
モニターに映し出された名前。
十河湊。
結城カズマ。
その瞬間、空気が変わった。
そりゃそうだ。
両者、この試験ではトップの成績。
そんな二人がここでぶつかるのだから。
”戦闘センスのカズマVS期待のニュースター”
”どっちが勝つか全然わからん”
”いや、さすがにカズマ”
”でも十河湊も第二試験クリア早かったぞ”
”早いだけじゃほんとの天才には勝てないのよ”
”まぁ結城カズマは、もうA級の実力に近いって言われてるもんな”
コメント欄も騒がしい。
「おー、これはおもしろい一戦だねぇ」
いつの間にか隣にいたセナが軽く笑う。
いつもの調子。
だが、その目は完全に戦闘を観る目だ。
「まぁ、たしかに」
俺も同じだった。
目が、離せない。
受験者トップの2人がどんな戦いを見せるのか、そして俺が今倒すべき十河湊の実力がどんなものなのか、ここで見ておかないといけないと思った。
二人は演習場の中央で向かい合う。
結城カズマ。
軽装で杖すら持たず、構えもしない。
だがその立ち姿だけで分かる。
彼は強いと。
隙が全く感じられない。
そして何より、こんな状況でもカズマはなぜか笑っているのだ。
まるでこの戦いを楽しんでいるかのように。
一方向かいの湊。
穏やかな笑み。
力の抜けた立ち姿。
「よろしくお願いします」
湊が軽く頭を下げる。
いつもの十河湊だ。
やつは普通に話をする時も、戦う時も全く様子が変わらない。
今だってそう。
これが大切な試験だと知らず、ただの挨拶だと思っているかのような気の抜け方だ。
「……あぁ」
カズマは短く返した。
そして、口角をわずかに上げる。
「楽しませてくれよ?」
「えぇ。善処しますね」
そして次の瞬間。
「第二試合、開始……!」
試験官の合図と同時に、空気が弾けた。
カズマの踏み込み。
床が砕けるほどの爆発的な加速。
その勢いのまま、拳が振り抜かれる。
雷。
青白い魔力が拳にまとわりつく。
だが、それだけじゃない。
振り抜く直前、
魔力が弾け、さらに加速した。
変則的な拳。
しかし湊は涼しい顔で、一歩後退し躱す。
「――はっ!」
カズマが笑う。
「読めるのかよ、これ!」
”魔法と近接の融合。カズマの真骨頂だな”
”相変わらずエグすぎww”
”両方できるとか意味がわからん”
”それを避ける十河氏もすごいよね?”
魔法と近接の融合。
実際に聞いたことはあったけど、この目で見たのは初めてだ。
普通はできないもの。
魔法は、本来止まって使うものだ。
魔力を整え、制御し、発動する。
その一連には、どうしても隙がある。
一方、近接戦闘は全く違う。
動きながら戦うのが当たり前。
判断は一瞬。
反射で動く世界。
考えた時点で遅れる。
つまり魔法と近接とは、全くの正反対。
両立できるようなものじゃない。
どちらかを捨てる……いや、どちらかを極めるのが普通の考えだ。
だが目の前のカズマという男は違う。
動きながら魔力を制御し、発動させた魔法を体に纏わせ、そしてそれを相手に近づき、隙なく放つ。
思考と反射を同時にやっている。
魔導士以上の魔法、剣士以上の身体能力。
あり得ないことをやってのけている。
だからこそ、結城カズマは実力派なんだ。
だが。
その一撃は湊に当たらなかった。
拳は空を切る。
そのままカズマは距離を詰め、もう一度雷の拳を突き出す。
右ストレート。
左ストレート。
怒涛の攻めに対して、湊はそれでも後ろに下がりサイドに踏み込んだりと、上手く躱し続ける。
「いいねぇ……!」
次はカズマが一歩下がり、掌を湊に向ける。
「だったらこれはどうだ?」
雷属性の砲撃を放つ。
轟音とともに一直線に走る雷の砲撃。
空気を焼きながら、一直線に湊へと突き進む。
”うわデカッ!?”
”これ当たったら終わるだろ”
”避けられんのかこれ!?”
だが当たらない。
湊はほんのわずかに身体を傾けただけだった。
雷撃はその横を通り抜け、そして止まらない。
「っ、おい!」
受験者の一人が声を上げる。
雷はそのまま一直線に、俺たちのいる方へと迫ってくる。
速い。
避ける暇なんてない。
一瞬、身体が硬直する。
だが次の瞬間、俺たちの目の前で雷が弾けた。
いや、弾けたというより消えた。
まるで透明な壁に叩きつけられたかのように、四散して霧散する。
「……あ?」
誰かが間の抜けた声を漏らす。
「会場には防護結界を展開している」
試験官の声が響いた。
「観客、受験者ともに安全は確保されている」
「いや最初に言っといてくれよ……」
思わず小さく呟く。
周囲でも同じような声が上がっていた。
それからすぐに意識を試合へ戻す。
だがその瞬間だった。
「……あ?」
カズマの声。
「どこ、いった……?」
湊がいない。
いや、その場から完全に気配ごと消えている。
視界のどこにもいない。
音もない。
気配もない。
まるでこの空間から存在そのものが抜け落ちたような感覚だった。
”え?どこ?”
”消えたよな!?”
”いや、ありえんだろ”
見失った……というか、最初からそこにいなかったみたいに感じる。
そしてその瞬間、影が歪んだ。
床に落ちていた影がわずかに膨らむ。
ありえない動き。
だが、確かに何かがそこにいる。
気づいた時にはカズマの背後、地面からぬるりと現れ、
「――終わりです」
躊躇は一切なかった。
迷いも、加減も、感情すらも。
ただの結果として。
剣が、突き出された。
深く。
正確に。
人体の急所をなぞるように。
カズマの脇腹を、貫いた。
「――ッ!!」
鈍い音。
肉を裂く感触がこちらにまで伝わるような錯覚。
血が噴き出し、カズマの身体が震える。
致命傷。
誰が見てもそれと分かる一撃だった。
だがカズマは笑った。
「……はは……っ」
血を吐きながら、膝をつきながら、それでも楽しそうに。
「いいな……お前……」
息は乱れ、視線も揺れている。
それでも、
「くそぉ、気づかなかったわ……」
悔しそうに、それでも確かに満足した顔で笑う。
そしてそのまま、崩れ落ちた。
静寂。
”……え?”
”消えたよな今?”
”影から出てきた?”
”なにあれ……魔法?”
”いや、影魔法なんて存在しないだろ。多分”
「……第二試合、終了。勝者、十河湊」
ざわめきが遅れて押し寄せる。
なんだ今の。
突然消えたと思えば、湊が床から現れた。
魔法と近接、その両方を兼ね備えた結城カズマ。
それだけで異常な彼を出し抜いて、湊は一撃を当然のように加えた。
しかも躊躇なくだ。
試合を終えた湊は、何事もなかったかのように微笑んでいる。
いつも見せる、普通の笑顔だ。
その姿に、寒気が走る。
一瞬、目が合った。
湊は何も言わず、倒れたカズマに目をやる。
だがその一見優しそうな目の奥からは、何も感じなかった。
怒りも、喜びも、執着も。
ただ、そこには他人をどうでもいいものとして見る視線だけがあった。




