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禊矢の弓士  作者: さきみやめぐ
第一章

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禍穢者

 父の無事を祈りながら、奥の部屋へ向かっていく。大きな物音が一度聞こえただけで、壮琉が向かう間はなぜか音がなかった。


「はっ!」


 部屋を見渡すと、三人の男が気を失った状態で倒れていた。そして、宗賢は息を切らしながら窓際の方に立ち、無事であることを確認できた。

 

「大事ない……お前が持ってきた短剣もあったから……」


 倒れている三人は、それぞれ刀を手にしていた。それを、自分が届けたばかりの短剣一本と素手でねじ伏せてしまった父の強さに息を呑む。壮琉は一瞬で力が抜け、フラフラとした足取りで父のそばに寄る。

 

「よ、よかった……本当によかった……」


 ひどく心配していた様子の壮琉を見て、宗賢は思わず笑みをこぼす。


「大丈夫だ。とにかく、お前はすぐに巡査を……」


 突然言葉が途切れ、強張った顔つきになる宗賢。これには壮琉も「父上?」と問いかけた。


「壮琉、今からすぐに逃げなさい!」

「え、どうして……」


 巡査を呼ぶよう言われると思いきや、まったく違う指示に困惑する。


「いや、だめだ、間に合わん……」

「あっ……」


 壮琉は抵抗できないほど強い力で宗賢に引っ張られ、押入れの中に入れられてしまう。


「いたっ……父上、なぜこのような……」

「いいか? 私が呼ぶまで絶対にここから出るな!」

「父上……」


 壮琉の言葉を遮るように、宗賢は勢いよく押入れの戸を閉めた。その直後、宗賢は男たちが持っていた刀を手に取り、入り口の戸を睨んでいると……。一人の男が部屋に入ってきた。


「あぁ、やはりな。刀が使える浮浪者を雇ったが……太刀打ちできなかったか」


 男の低い声に、壮琉は目を見開く。薬屋に侵入したのは「三人」だったはずだ。


(もう一人いたのか? 足音すら聞こえなかった……)


「禍穢者(まがえもの)が何しに来た?」

「ほう、私の正体がわかるのか」


(まがえもの?)


 宗賢のただならぬ緊張感が壮琉にも伝わり、戸に耳をグッと近づける。そして、宗賢は男の額あたりをじっと見つめ、警戒するように言葉を返す。


「……生身の人間とは思えない……おぞましいほどの殺気を感じたからだ」

「さすが、帝が認めた軍人だな。それとも那(・)珂(・)川(・)の(・)人(・)間(・)だからか?」

「……」


 やり取りがよく聞こえなかったため、壮琉は恐る恐る押入れの戸をほんの少しだけ開ける。宗賢は押入れに背中を向け、目の前の男と話している様子。だが、肝心な男の顔は布で覆われて見えなかった。


「ここには何の用だ?」

「……お主こそ、なぜ薬屋の上にいるのだ?」

「……」


 男に質問で返された後、なぜか宗賢は黙り込んでしまった。


「帝の命令か? 口外するなと……」

「違う」

「ではここで何をしていた?」

「……」


 再度問い詰められても、宗賢はこれ以上言おうとしなかった。男は深いため息を吐き「まったく……これだから軍人はつまらぬ」と苦言をこぼす。それでも宗賢は相手の挑発に動じなかった。


「では取引をしよう。先に私が話す。お主も後から話せ」

「……断る」


 宗賢は刀をすぐに振れるよう姿勢を変える。提案を拒否された男は鼻で笑った後「ならば仕方ない」と呟く。その直後、唯一布から出ている目を赤く光らせた。


「うぅ……!」


 刀を握る両手が震え、宗賢は唸り声を小さく漏らす。男の放つ怪異の力に蝕まれ、全身の自由を奪われていたのだ。


「……耐性はあるようだな……そちらが拒むなら、私から話すとしよう」


 口元が見えなくても、男がしたり顔で父を見ていることが分かる。壮琉はただ、父の無事を再び心で案ずるしかなかった。


「単刀直入に言う。帝を殺しに来た」

「なっ!?」


 男の衝撃的な告白に、宗賢は驚きを隠せなかった。しかし、術のせいで上手く話せない。


(帝って……天海帝のことか?)


 この国は天海帝が統治しているが、国民の多くは帝の顔や姿をよく知らない。名前しか知らない壮琉は、男の話に違和感を覚えた。あの男は、帝のことを知っているのかと……。


「だが……今この瞬間、私の目的が変わった。帝の周りにいる人間を次々に殺めることだ」


 そう言い切った後、男は元の目の色に戻り、宗賢の術を解いた。


「……ぅ……ぁ……」


 数十秒間の痺れから解放され、宗賢は膝から崩れ落ちた。それでも宗賢は、男から目を逸らさなかった。


「殺さずとも、家畜として生かしてやってもいいが……少し前に逃げられてな。いくら情があっても、大事な局面で情けをかけてはいけないと思ったんだ」


 そう言いながら男は宗賢に近づき、しゃがんで目線を合わせる。


「それから……我らにとって、那(・)珂(・)川(・)の(・)一(・)族(・)は脅威なのだ。言っている意味は分かるな?」

「っつ!」


 怒りに震える宗賢は、床に落ちた刀を力任せに掴み取り、決死の覚悟で男の脇腹を突き刺そうと——その体を一歩、前に踏み出した。すると、男は右手のひらを宗賢の顔の前に出す。


「災奥義(さいおうぎ)・臓物飛散(ぞうぶつひさん)」

「ぐぁっ……」


 男が呟いた直後、宗賢の目、鼻、口から大量の血が流れ落ちる。


「生憎だが……死んでもらうぞ……那珂川宗賢」


 もがき苦しむ父の姿に、壮琉はただ涙を流すことしかできない。そのとき、隙間から見えた男の視線が、真っ直ぐこちらを捉えた気がした……。壮琉は慌てて目線を逸らす。


「……」


 しかし男は、押入れに近づく気配すら見せない。向こうに怪しまれないよう、壮琉は必死に息を殺す。


(父上……俺は一体どうしたら……)


 壮琉が心の中でそう叫んだ次の瞬間。肉を、骨を……無慈悲に貫く鈍い音が、壮琉の耳に嫌というほど響き渡った。

巡査:現代の警察を指す

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