第八話 手を動かす
遥の最初の仕事は、部品の洗浄だった。
外されたボルトやナットを、灯油の入ったバケツに浸し、古い歯ブラシで一つずつ錆を落としていく。単調で、地味な作業だった。
「こんなの、誰にでもできるじゃない」
遥がぼやくと、菊田が笑った。
「誰にでもできることを、誰もやりたがらねえのが、この仕事だよ」
遥は黙って、手を動かし続けた。
灯油の匂いが、指先に染み付いていく。子供の頃、実家の工場でも同じ匂いがしていたことを、遥はふと思い出した。あの頃は、その匂いが嫌いだった。父の手からも、いつもその匂いがしていた。
午後になると、五十嵐が旋盤の前に座り、削り出した部品を掲げてみせた。
「――これでどうだ」
梶谷は、それを受け取り、光にかざして確かめた。
「上出来だ」
五十嵐は何も言わず、また旋盤に向き直った。震える手を、もう一方の手で押さえながら。
遥は、その様子を遠くから見ていた。
誰も、大げさに褒め合ったりはしない。ただ、黙って仕事を確かめ、黙って次に進む。それだけだった。
バケツの中の部品は、洗うたびに、少しずつ元の輝きを取り戻していく。歯ブラシの先で錆をこすり落とすと、その下から、まだ鉄の色が出てきた。
遥は、その変化を見つめながら、自分の手の中で何かが変わっていくのを、まだうまく言葉にできずにいた。




