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鉄の矜持――損をして、得を取れ――  作者: 八雲 海


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第五話 板金職人

菊田茂《きくたしげる》は、荒川《あらかわ》沿いの解体屋《かいたいや》で働いていた。


 かつては腕利きの板金職人《ばんきんしょくにん》として名を馳《は》せたが、腰を痛めてからは、まともに金槌《かなづち》を振るえなくなっていた。今は、解体前の車から使える部品を外すだけの仕事に甘んじている。


「よう、宗吉《そうきち》」


 菊田は、油まみれの手袋を外しもせずに、梶谷《かじたに》を迎えた。人懐《ひとなつ》っこい笑みの奥に、どこか投げやりな影があった。


「腰の具合はどうだ」


「悪いね。もう昔みたいには叩《たた》けねえよ」


 菊田は、自分の腰を軽く叩いてみせた。


「フェンダーの叩き出しを頼みたい」


「無理無理。この腰じゃ、五分と持たねえ」


 梶谷は黙って、鞄《かばん》から一枚の写真を取り出した。錆《さび》とへこみだらけのボディ。フロントフェンダーは原形《げんけい》をとどめていない。


 菊田は、写真を見て、ふっと笑った。


「――ひでえな、こりゃ」


「ひでえだろう」


「誰がここまでほっといたんだよ」


「俺だ」


 菊田は、しばらく写真を見つめていた。それから、頭を掻《か》きながら言った。


「宗吉よ。俺は、腕はまだ本物だぜ。腰が悪いだけだ」


「知ってる」


「知ってるなら、椅子《いす》くらい用意しとけよ。座りながらじゃなきゃ、叩けねえんだから」


 菊田は、そう言いながら、もう工具箱《こうぐばこ》に手を伸ばしていた。


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