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鉄の矜持――損をして、得を取れ――  作者: 八雲 海


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第四話 旋盤工

翌朝、梶谷《かじたに》は工場のシャッターを閉め、電車に乗った。行き先は、隣町の小さな借家。かつての仲間、五十嵐昭三《いがらししょうぞう》の家だった。


 五十嵐は、かつて都内の工場で名の知れた旋盤工《せんばんこう》だった。図面のない注文でも、寸法《すんぽう》を聞けば手だけで削り出す。そういう時代の生き証人《いきしょうにん》だった。


 今は、数値制御《すうちせいぎょ》の機械が同じ仕事を、より早く、より安く仕上げる。五十嵐の手仕事は、いつしか「効率が悪い」の一言で片付けられるようになっていた。


「宗吉《そうきち》か。珍しいな」


 玄関先に出てきた五十嵐は、白髪を短く刈り込んだ、痩せた老人だった。


「頼みがある」


「断る」


 言い終わる前に、五十嵐は答えていた。


「まだ何も言ってねえだろう」


「言われなくてもわかる。ヨタハチだろう」


 梶谷は黙った。噂《うわさ》は、こういう連中の間では早い。


「俺はもう、旋盤の前に立つ気力もねえよ。手も震える。若い頃みたいにはいかねえ」


 五十嵐は、そう言って玄関のドアに手をかけた。


「――部品がないんだ」


 梶谷は、それだけ言った。


「キャブの部品がない。作り直すにも、まず型から起こすしかない」


 五十嵐の手が、ドアの取っ手の上で止まった。


「――やらねえよ。悪いが、帰ってくれ」


 そう言うと、五十嵐はドアを閉めた。


 梶谷は、しばらくそこに立っていたが、やがて何も言わずに引き返した。


*


 それから一週間、五十嵐からは何の連絡もなかった。


 梶谷も、無理に誘《さそ》おうとはしなかった。他の仲間を訪ね歩きながら、工場の作業を、できる範囲で進めていた。


 四月十六日の朝。工場のシャッターを開けると、作業台の前に、五十嵐が黙って座っていた。


「――来たのか」


「道具箱《どうぐばこ》、まだ捨ててなかったよな」


 五十嵐は、それだけ言うと、持参《じさん》した旋盤の工具を並べ始めた。


 梶谷は何も聞かなかった。ただ、黙って頷《うなず》いた。


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