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鉄の矜持――損をして、得を取れ――  作者: 八雲 海


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第十三話 徹夜

夜が更《ふ》けても、誰も帰ろうとしなかった。


 五十嵐《いがらし》は、仕上げ直した金型《かながた》を、何度も光にかざして確かめていた。震える指先が、今夜だけは、いつもより落ち着いているように見えた。


「――もう一度、組んでみるか」


 久保《くぼ》がバンパーの最終仕上げに磨きをかけ、菊田《きくた》はフェンダーの継ぎ目《つぎめ》を最後まで確認していた。平野《ひらの》は、乾《かわ》ききった塗装《とそう》の表面を、そっと指でなぞっていた。


「――綺麗《きれい》だな」


 誰に言うでもなく、平野が呟《つぶや》いた。


 遥《はるか》は、部品の組み付けを手伝いながら、時計を見た。日付《ひづけ》が変わろうとしていた。


 梶谷《かじたに》は、仕上げ直した金型で打ち抜いた新しいダイヤフラムをキャブレターに組み込み、慎重《しんちょう》にネジを締めていく。指先の動きに、迷いはなかった。


「――やってみるか」


 全員が、車の周りに集まった。


 勝村《かつむら》が、運転席に座る。キーを回す手が、わずかに震えていた。


 一度。二度。


 エンジンは、力なく咳《せ》き込んだだけだった。


 誰も、声を出さなかった。


 三度目。


 小さな爆発音《ばくはつおん》とともに、エンジンが息を吹き返した。


 断続的《だんぞくてき》だった音が、次第に一定のリズムを刻《きざ》み始める。水平対向《すいへいたいこう》二気筒特有の、軽やかで、それでいて力強い鼓動《こどう》だった。


 誰も、何も言わなかった。


 ただ、その音だけが、朝の近づく工場の中に、静かに響き続けていた。


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