第十二話 三日前
五月十六日。取り壊し予定日まで、あと三日。
五十嵐が削り出した金型で打ち抜いたダイヤフラムを組み込み、キャブレターの試運転が行われた。
梶谷がキーを回す。エンジンは、二度、三度と咳き込むように音を立てたが、すぐに止まった。
「――駄目か」
工場に、重い沈黙が落ちた。
五十嵐がキャブレターを外し、ダイヤフラムの縁を指先で確かめた。
「――型の縁に、わずかなバリが残ってる。これじゃ、きっちり密閉しねえ」
「厚みは」
「厚みは合ってる。悔しいが、型の仕上げが甘かった」
「時間は」
勝村が聞いた。
「三日。それだけだ」
誰も、何も言わなかった。工場の中に、時計の秒針の音だけが、やけに大きく響いていた。
遥は、金型を手に取り、五十嵐の隣に座った。
「もう一度、仕上げ直しましょう」
「今更、磨き直したところで――」
「今更でも、やらなきゃ、間に合うものも間に合わないでしょう」
五十嵐は、遥を見た。それから、小さく笑った。
「――言うようになったな」
久保が、無言で仕上げ用の砥石を差し出した。菊田も、椅子を引きずってきて座った。
全員が、作業台の周りに集まった。
誰も、大きな声は上げなかった。ただ、それぞれの持ち場で、黙々と手を動かし始めた。
窓の外は、もう暗くなっていた。




