6 夢の奥底で
(……ん?)
生暖かい風に当たったような感覚で意識が覚醒してきて、ヒマリはゆっくりと体を起こす。
まだ、頭が冴えない状態のヒマリの目の前に驚く光景が広がった。
(なに……ここ?)
大きなアーチ状の窓から、淡いパステルピンク調の空が四方八方どこまでも続き雲がふわふわと浮かんでいる、その雲は自身の周辺にも複数浮かんでおり、掴めそうであった。
窓にはガラスが無いため、どこかで嗅いだような懐かしい香りを乗せてヒマリの鼻をくすぐった。
(小さい頃、ホシドに遊んでもらった時に傍らで咲いてた花の香りが……あれ?……ホシドと最初に出会った日はいつだっけ)
まだ意識がぼんやりする中、ヒマリは布団から出るとようやく違和感に気がついて、頭が冴えたので思わず声をだす。
「……これ、夢?」
夢にしてはやけに五感が刺激されてる。
そんな違和感だった。
(違和感が凄いけど夢じゃないと、この状況は説明がつかない。それか異能?)
ヒマリの世界にいるアヤカシは、5つのエレメントに沿った異能⁴のうち1つを生まれつき無差別に与えられる為それを疑ったが。
(でも、こんな異能。聞いたことも見たこともない)
この類の異能を学んでいないヒマリは本能的に身の危険を察知し、気がつけば兎の耳が頭に生えている状態になっていた。
ヒマリの本当の姿である。
(体をつねっても痛い。やっぱりここは……とりあえず戻れないか、周りを探らなきゃ)
警戒しながら辺りを見渡す、窓の外には雲以外にも美しいシルバー色の満月が浮かび、寝ていたベッドの反対側にある真っ白な地面には両脇に堀があり、清らかな水が先に続くよう流れて、何もかも幻想的としか表現出来ない場所であった。
ふと、ベッドのサイドテーブルに何かあるのでは無いかと思い引き出しを開けてみる。
(……懐中時計?)
役に立つかも分からないが、蓋付きの黒い懐中時計を取り出したヒマリはカチッと時計を開いてみた。
(なにこれ)
見たことのない中身のデザインであった。
そこには時間を示す数字が書かれているのではなくて、黒い円盤内に白い横文字が上下に2列書かれている。
上の段には、STAGE:ENTRANCE。下の段には7/10.00:00と謎の数字が記載されていた。
(意味わからん……)
はぁ。と溜め息をついたヒマリはとりあえず懐中時計をポケットにしまおうとしたが
(あれ、そういえば私の服もハイドが着てるようなファンタジー衣装になってる)
両肩が丸出しで、両手には必要なさそうなふんわりとした柔らかいアームカバー、短めのスカートを囲うように長めのフリルが膝辺りまで付いており、白色がメインでドレスのような衣装であった。
(めっちゃ恥ずかしい……というかポケットあるの?)
短めのスカートに心許ない浅めのポケットを発見したので、とりあえずそこに懐中時計を突っ込んでおくことにした。
両脇の流水が示す先に、今いる部屋と同じ色をした雪のように白い螺旋階段がある空間が目に入るので、そこへ向かうことにする。
到着したヒマリは広いフロアにある螺旋階段を見上げると。
(うわ……上は空で何も無いじゃん。他にどうしよう)
そんな時だった。
「ようこそヒマリ。レーヴ・ラカージュへ」
聞き覚えのある声が背後からしたので、ゆっくり振り向いたヒマリは
「ハイド……?いや、今はホシドって呼んだ方が良いのかな。どういうつもりなの」
声を掛けてきたのはハイドの衣装を着てるアヤカシ姿のホシドであった。
昨夜の盗み聞きした会話に原因があるのなら、ホシドが怪しいと直感的に感じたので彼に問いかけた。
彼はいつもヒマリへ話し掛けてくるような、優しい微笑みを浮かべている。
「いきなりこの世界に堕として、すまなかった」
「堕とす?これはホシドの異能なの?それとも夢?」
「俺の異能とも言えるし、そうじゃないとも言える。夢……だと思うなら、そう思えばいい」
質問を濁された。
「なら、目的は何。私はどうしたら帰れるの?」
ヒマリが問うとホシドとの間に、沈黙が降り注いだ。
数秒であったがホシドが再び口を開いて、神妙な顔付きで答える。
「……キミは帰れない。申し訳ないが帰すわけにはいかない」
「なん……ッ!」
ヒマリが「なんで」と聞こうとした瞬間、頬の横に冷たい何かが通過した。
(これは……ホシドの異能だ!)
グラス・エトワール・フィラント 。
訳すと氷の流れ星、氷のツララを生成し相手へ放つと、どこまでも追いかけてくる……と授業で聞いたことがある。
「ここは地上と違ってね。時間の流れが違うからさっさと夢から覚めて戻ったほうが良い」
「とっくに方法が分かるなら、帰るわ……よッ!!」
瞬時に頭の中でヒマリは(フルール・レストリクシオン )と唱えると無機質な白い床から、花の咲いたトゲのある蔓が勢いよく生えてきた。
花の束縛と呼ばれており、ヒマリはそれを器用に操り自身を狙って飛んでくる氷の針を叩き落とす。
「酷いよホシド。どうしてこんな事を……何か秘密にしてることがあるなら、私に話して欲しいのに……」
「……すまない。俺は……キミを傷つけたくなんか……」
ふと、ホシドと顔が合った。彼は……。
(なにかに苦しんでる?)
苦悶のような表情を浮かべて、片手で頭を抑えていた。
その刹那。
『ホシド。余計なことをするなよ……?貴様はオレに消されたいのか?』
ホシドとヒマリしかいない空間に、誰かの声が響く。
(この声……あの時ホシドが誰かと話してた)
その事を思い出したヒマリだったが、それがホシドに一瞬の隙を与えて
「……ッ」
「……ここでは、死にはしない。ただ"下に堕ちる"だけだ」
ホシドの手から冷たい物が腹部へ刺された。
血は出なかったが、夢のはずなのに苦しくて息が朦朧として意識が遠のいてく。




