第八話 一対の絵 [2]
変態した白蛇は人々に紛れ、獲物を探していた。
血を求め、夜の街を彷徨い歩く。
酔った男がフラフラと近づき、
「ねえ、俺と付き合わない?」
赤い顔をして、酒臭い息を吐きながら言った。
白蛇の目が一瞬光った。
が、男はそれに気づかない。
白蛇は無言で暗い路地裏に誘い込んだ。
男を壁に押し付け、かっと牙を向いた。
逃げようとした時には、すでに男の喉に牙が食い込んでいた。
生暖かい血が男の喉から流れ落ち、白いシャツを染めていく。
白蛇は乾いた喉を血で潤すかのように、ゴクゴクと飲みこんだ。
血を吸い終わると、さっきまで金色に光っていた瞳は落ち着きを取り戻し、黒い細長の目に変わっていった。
「腹が減る……もっと……」
一人、また一人と血を吸うごとに、白蛇の身体は人間の女性に近づいていく。
チョロチョロと顔を出していた二股の舌。
鱗の残っていた手足の皮膚。
それらは、完璧に人間の女性へと変わっていた。
真っ黒な長い髪。
細長の目。
物憂げな唇。
しなやかな腰つき。
白く透き通った肌。
もうすぐ完全体になろうとしていた。
だが、数日前から視線を感じ、青い影を見たような気がしていた。
物音がして、嫌な気配を感じた。
振り返ると、そこには僧侶に姿を変えた青蛇がいた。
白蛇は青蛇に襲い掛かろうとしたが、僧侶がそれを許さない。
すぐに弾き返されてしまった。
――もうすぐ完全体になれるのに、こんなところで邪魔が入るなんて……。今は争っている時じゃない。
白蛇は蛇の姿へ変わると、物凄い勢いで逃げていく。
それを青蛇が追いかけていった。
白蛇は人気のない港へ誘導した。
たどり着いた二人は、命をかけて最後の戦いに挑む。
「私は命懸けであなたを愛した。それなのに、あなたは何も答えてくれない。泣き疲れて身を投げた私を、天は白蛇に変え、あなたの元に送った。そんな私をカゴに閉じ込め、自由を奪った。今、自由になった私は、すべてを支配する怪物になってやる」
「私は僧侶、仏に仕える身。娶ることはできない。あなたの愛には答えられない。だから天に祈り、青蛇になってあなたを見守った。あなたの思いを知った天が、私たちを一対の絵にしたのだ。どうかそんな考えは捨てて、絵に戻ろう」
白蛇は最後まで聞かず、襲い掛かってきた。
僧侶は天に向かって祈り始めた。
空は暗くなり、もくもくと黒雲が覆い、稲光が走る。
蛇たちを連れ去りそうな勢いで、海が波立ち始めた。
その時、一筋の稲妻が白蛇の身体を貫いた。
白蛇はのたうち回り、やがて動かなくなった。
僧侶は白蛇を抱きしめ涙した。
「すまない。こうするしかなかった。あなたを怪物にしてしまったのは、愛してると言えなかった私だ。許してくれ……」
激しかった嵐が嘘のように静まる。
夜明けの光の中、僧侶は白蛇を抱きしめたまま立ち尽くした。
やがて二人の姿は淡い光に包まれていく。
天は二人をかわいそうに思い、一枚の絵にしたためた。
大木には、白蛇と青蛇が静かに絡み合っていた。
まるで最初から、そこにいたかのように。
後にこの絵は、幸福をもたらすと伝えられている。




