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閲覧禁止フォルダ  作者: 影野 紡


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第二話 白いキャンバス

俺は絵を描くことが好きだ。


自分で言うのもなんだが、かなり上手い方だと思う。

美術教師にも、「お前には才能がある」と何度も言われてきた。


今日は天気もいいので、近所の河原で風景画を描いている。


川のせせらぎ。

時々、水の流れが速くなり、突き出た石に小さな水しぶきが跳ねる。

周囲には若葉がしげり、初夏の風が心地いい。


俺はこういう景色を描くのが好きだった。


静かな場所で、一人で絵に没頭する時間。

余計なことを忘れられる。


空は雲ひとつない青空――だった。


さっきまでは。


いつのまにか灰色の雲が広がり、不穏な空気が漂っている。


「雨でも降るのか……?」


俺は筆を置き、キャンバスを片付けようとした。


その時だった。


「あれ……?」


キャンバスに違和感を覚える。


川の中から、白い手が一本伸びていた。


突き出た石に、指が引っかかっている。


そんなもの描いた覚えはない。


慌てて川を見る。


だが、水が流れているだけだった。


人影もない。

もちろん手なんか出ていない。


「なんだよ……気味悪いな」


見間違いだと思おうとした。

だが、どうしても気になって仕方がない。


俺は急いで道具をまとめ、その場を離れた。


帰る途中で雨が降り出し、全身ずぶ濡れになった。


家に着いてシャワーを浴びる。


ふと、自分の指先を見る。


皮膚がふやけ、白くめくれかけていた。


まるで長時間、水に浸かっていたみたいに。


「……気持ち悪いな」


シャワーを終え、ビールを飲みながら、さっきの絵を確認してみる。


だが、そこに手はなかった。


川と石だけの、いつもの風景画。


「やっぱり疲れてたのか……」


そう自分に言い聞かせた。


だが次の休日。

結局、俺はまた河原へ来ていた。


怖いもの見たさ、というやつかもしれない。


途中だったキャンバスを開く。


そして、息が止まった。


手が増えている。


今度は両手だった。


しかも、石にしがみつくように爪が食い込んでいる。


「なんだよ……これ……」


慌てて川を見る。


やはり何もない。


だが、キャンバスへ視線を戻した瞬間、背筋が凍った。


描かれた指先の爪が、一枚剥がれていた。


その時、ズキッと足元に痛みが走る。


「あっ……!」


河原の石に躓き、足の親指の爪が剥がれていた。


血が滲んでいる。


俺はしばらく動けなかった。


偶然――なのか?


嫌な汗が流れる。


もうやめよう。

この絵は捨てるべきだ。


そう思うのに、なぜか捨てられない。


むしろ続きを描きたいという衝動が強くなっていく。


もっと完成させたい。


もっと“本物”に近づけたい。


気づけば俺は、夢中で筆を走らせていた。


空は暗く、風が強くなっている。


頭がクラクラした。


首に違和感がある。


妙に重い。


キャンバスを見る。


石の上に、生首が乗っていた。


俺によく似た顔だった。


「……は?」


心臓が嫌な音を立てる。


次の瞬間。


視界がぐらりと揺れた。


気づくと俺は、低い位置から土手を見上げていた。


身体が動かない。


声も出ない。


だが、目の前には自分のキャンバスがある。


カップルが近づいてきた。


「ねえ、さっきニュース見た?」


「ああ。河口でバラバラ死体が見つかったってやつだろ」


――バラバラ死体?


思考が止まる。


「この辺の川らしいよ。怖いよね」


「まだ見つかってない部分もあるらしい」


その言葉を聞いた瞬間、俺は理解した。


絵に現れていた手。

剥がれた爪。

最後の首。


あれは全部――俺だったんだ。


意識がゆっくり沈んでいく。


身体がキャンバスへ吸い込まれていく感覚。


カップルはそんなことにも気づかない。


「うわ、このキャンバス真っ白じゃん。誰か置いてったのかな」


いつのまにか絵は消えていた。


女が笑いながら鉛筆を拾う。


「ちょっといたずらしちゃお」


キャンバスに、大きなバツ印を書いた。


「ぎゃあああっ!」


男が突然叫び、顔を押さえる。


額から顎にかけて、深い切り傷が走っていた。


「な、なにこれ!?」


「早く消せ! 早く!」


女は青ざめながら消しゴムでバツ印を消す。


乱暴に、何度も、何度も。


「消した! 全部消したよ!」


男の顔を見る。


「……え?」


女の喉から悲鳴が漏れた。


男の顔から、目も、鼻も、口も消えていた。


何もない。


皮膚だけが、のっぺりと張りついている。


その瞬間。


真っ白なキャンバスに、男の顔のパーツが浮かび上がった。


描かれた口が、ゆっくり動く。


「ぼ、ぼくの顔を返して……」


女は絶叫しながら後ずさる。


その背後で。


誰も描いていないはずの“女の顔”が、キャンバスに薄く浮かび始めていた。

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