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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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#99 手紙と荷物

 星脈鉄の鉱石は、掌に収まるほどの大きさだった。


 カイトはそれを布で包みながら、星属性の目で内部を透視した。

 鉱石の核紋構造が白銀の光に浮かび上がる。

 結晶の配列は安定している。

 リーナの楽器に使えば、音の共鳴域が広がるはずだ。


「メモは何て書くの」


 ソフィアが机の向かい側から覗き込んだ。

 宿の部屋は狭い。

 カイトの前に紙片と炭筆が置いてある。


「『あの星脈鉄、もう一個手に入った。いるか? ——カイト』」


「それだけ?」


「それだけだ」


「手紙くらい書きなさいよ。リーナはあんなに丁寧に書いてくれたのに」


「物で十分だ。あいつは星脈鉄が欲しかった。だから星脈鉄を送る。余計な言葉は要らない」


 ソフィアが額に手を当てた。


「あんたのそういうところ、好きだけど呆れる」


「好きか呆れるかどっちかにしろ」


「両方よ」


 カイトは炭筆でメモを書き、布に包んだ鉱石の上に載せた。

 紐で縛り、宛名を書く。

 「リーナ・クレスタフェルデ殿」。


 次にミーリアへの荷物を用意した。

 ダンジョン産の薬草の種だ。

 小袋に入った二十粒ほどの種を机に並べ、一つずつ星属性で透視していく。

 核紋の光が種の表面を舐めるように走る。


「何してるの」


「種の状態を見てる。核紋構造が安定してるやつを選んでる。星属性で見ると、発芽率が高い個体がわかる」


「そんな使い方できるの」


「星属性は全属性の上位互換だ。植物の核紋を読み取るくらいはできる」


 二十粒から八粒を選び出した。

 残りの十二粒は核紋の配列に乱れがあり、発芽率が低いと判断した。

 選んだ八粒を新しい小袋に入れ、紐を縛る。


「ミーリアへのメモは?」


「書かない」


「書きなさいよ。せめて一言くらい」


「種で伝わる」


「伝わらないわよ」


「……伝わる」


 カイトは選んだ八粒を布で丁寧に包んだ。紐を縛り、宛名だけ書いた。メモは入れなかった。


「本当に何も書かないの」


「ああ」


「……あんたらしいわ」


 ソフィアが自分用の手紙を書き始めた。

 リーナ宛とミーリア宛、それぞれ便箋一枚ずつ。

 カイトは横目でその手紙を見た。

 丁寧な筆跡で、聖域山脈の出来事や近況が綴られている。

 最後の一行に、カイトは目を留めた。


「何書いた」


「女の子同士の秘密よ」


「俺のことか」


「さあ。読ませないわよ」


 ソフィアが手紙を素早く折り畳んで封筒に入れた。

 カイトは追及しなかった。

 だが、ソフィアの耳が赤いのは見えていた。


 二つの荷物と三通の手紙を紐で括り、机の上に並べた。

 リーナへの星脈鉄と、ミーリアへの薬草の種。

 カイトのメモ二枚と、ソフィアの手紙二通。

 物と言葉が、それぞれのやり方で同じことを伝えようとしている。


* * *


 荷物をギルドの配送窓口に預けた帰り、訓練場の前を通りかかった。


 金属がぶつかる音がしていた。

 カイトは足を止めた。


 訓練場の柵の中に、ヴェルナーがいた。

 鉄級の安い革鎧。

 腰に吊った片手剣は刃こぼれしている。

 銅級試験の実技——ゴブリンの模擬体を相手にしていた。

 基礎の中の基礎だ。

 構え、踏み込み、斬撃、離脱。

 一つずつ丁寧に動作を確認している。


 試験官の中年の女が腕を組んで見ていた。

 記録板に何かを書き込んでいる。


「ヴェルナー・グリフォンハート。元金級。銅級昇格試験を受験」


 試験官の声が聞こえた。


「元金級が基礎試験とは、珍しいですね」


 ヴェルナーが模擬体を斬り倒し、剣を収めた。

 息が上がっている。

 額の汗を拭いもせず、試験官の方を向いた。


「金級の頃の俺は、この試験に受かる実力もなかった」


 試験官が目を丸くした。

 ヴェルナーの碧い瞳に迷いはない。

 かつての傲慢さの代わりに、静かな確信があった。


 カイトは柵に肘をついた。


「遠回りだな」


 ヴェルナーが振り向いた。

 カイトの白銀のプレートを見て、苦笑した。


「お前に言われると堪えるな」


「金級から石級に戻って、また一から登り直すのか」


「ああ」


「好きにしろ」


 ヴェルナーが剣を鞘に戻した。

 柵越しにカイトと向き合った。

 かつては見下ろしていた目線が、今は同じ高さにある。


「最短距離ばかり走ってたら、足元が見えなくなる。お前に教わったよ」


「俺は何も教えてない」


「教えたんだよ。お前は1Fから全部自分の足で登った。金で買ったランクで上にいた俺には——それが一番堪えた」


 カイトは何も言わなかった。

 ヴェルナーの手の甲を見た。

 剣ダコが新しくできている。

 金級の頃にはなかったものだ。

 高級な手袋を嵌めていたから。

 今は素手で剣を振っている。


「銅級試験、受かりそうか」


「わからない。だが——落ちたらもう一度受ける」


「そうか」


 カイトは柵から肘を外した。

 背を向けて歩き出した。


「カイト」


 足を止めた。


「次にお前と並んで戦う時は——借り物じゃない実力で隣に立つ」


「期待はしない」


「知ってる」


 カイトは手を振らなかった。

 そのまま歩いた。

 だが歩調は少しだけ遅くなっていた。


 ソフィアがギルドの入口で待っていた。

 壁に背中を預け、腕を組んでいる。


「見てたの」


「見てた」


「何か言いたいことは」


「いや。——悪くなかったな」


 ソフィアが目を丸くした。


「あんた、ヴェルナーのこと認めてるの?」


「認めてない。ただ——あいつは逃げなかった。金級を捨てて、石級からやり直すことを選んだ。それは事実だ」


「ふうん」


「何だよ」


「あんたも変わったわね。前なら『あいつの話はするな』って言ってたのに」


 カイトは黙ってギルドの扉を開けた。

 否定はしなかった。


* * *


 夜になった。


 宿の窓から月が見えた。

 穏やかな白い光だ。

 もう赤くない。

 聖域山脈の封印が安定してからは、月の色が元に戻った。

 大地が震えたあの夜に赤く染まった月も、今はただの月だ。


 カイトは窓枠に肘をついた。

 月光が手の甲を照らしている。

 白銀の核紋が薄く光った。

 星属性の光と月光が重なり、区別がつかなくなった。


 封印は安定した。

 聖域山脈の星脈は正常に戻り、大陸の均衡が保たれている。

 ミーリアは辺境に帰り、庭の薬草を育てている。リーナは帝都で封印の記録をまとめている。

 ヴェルナーは銅級試験を受けている。

 ソフィアは隣の部屋で、もう眠っているだろう。


 全部、片付いた。


 だが、カイトの足は止まらない。

 止まったことがない。


「次のダンジョンは——見つけないとな」


 月に向かって呟いた。

 穏やかな光が、何も答えなかった。

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