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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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93/100

#93 星級冒険者

 ギルドの大広間が、冒険者で埋まっていた。


 普段は依頼掲示板の前でたむろする銅級から鉄級の連中が、今日は壁際に押しやられている。

 中央の通路が空けられ、奥の壇上にギルドマスターが立っていた。

 白髪の大男。

 現役時代は白金級だったという噂の、迷宮都市カスカーラのギルドマスター。


 壇上には帝国の使者も並んでいる。

 金の縁取りの外套を纏った二人の官吏が、巻物を手にしていた。


 カイトは大広間の入口に立っていた。


「何だこれ」


「式典よ。あんたのための」


 ソフィアが隣で小声で言った。

 正装に着替えている。

 革鎧ではなく、白い上衣に紺のスカート。

 ヴァイスリッター家の家紋を胸につけていた。

 いつ準備したのか。


「聞いてない」


「昨日ギルドマスターに呼ばれた時に説明されたでしょ。聞いてなかったの」


「途中で寝た」


 ソフィアが額に手を当てた。

 カイトはいつもの革鎧のままだ。

 着替える気はなかった。


 ギルドマスターが声を張った。

 大広間が静まる。


「カイト・アッシュフォード。前へ」


 カイトは歩いた。

 冒険者たちの視線が集まる。

 白銀の瞳に気づいた者が、息を呑んでいた。


 壇上に上がった。

 ギルドマスターの隣に立つと、帝国の使者が巻物を広げた。


「帝国勅令。聖域山脈封印修復の功績により、冒険者カイト・アッシュフォードに『星級』の称号を授ける。S級認定。歴代の冒険者において、この称号を有する者は大陸史上——五人目である」


 使者が巻物を閉じた。

 広間に一瞬の沈黙が落ちた。

 息を呑む音が、数十人分重なった。


 大広間がざわめいた。

 S級。

 歴史上五人目。

 そしてその男は、半年前まで石級だった。


 カイトの前に、新しいプレートが差し出された。

 白銀のプレート。

 石から銅、銅から鉄、鉄から銀、銀から金、金から白金——その上に位置する、前例のない色。

 表面に星の意匠が刻まれている。


 カイトはプレートを受け取った。

 軽い。

 鉄級の時の安物のプレートより、ずっと軽い。

 だが掌に伝わる重みは、これまでの全てのプレートを合わせたよりも深かった。


 石級のプレートを受け取った日を覚えている。

 受付嬢の同情の目。

 「戦闘力はLv1相当ですが」。

 あの日から半年。

 石から銅、銅から鉄、鉄から銀、銀から金——全てを飛び越えて、白銀のプレートが掌にある。


「続いて、認定の証として——」


 ギルドマスターが手を振ると、鑑定部門の長が木箱を持って壇上に上がった。

 箱の中に、拳大の黒い石が収められている。

 核紋石。

 古代の遺物で、真贋の判定に通常の鑑定士が一週間を要する代物だ。


「この核紋石の真贋を、星属性で判定してもらいたい」


 カイトは核紋石を手に取った。

 右手が白銀に光った。


 星属性が流れ込む。

 石の内部構造が、手触りではなく「理解」として掌に伝わってくる。

 核紋の紋様。

 星脈との共鳴パターン。

 古代の刻印が、星属性の光の中で浮かび上がった。


「本物だ。核紋の紋様が星脈と共鳴してる。刻印は——千二百年前。封印時代の初期だな。紋様の深部に微量の星脈残滓がある。偽造品にはこれがない」


 三秒だった。

 核紋石を手に取ってから、結論を出すまで三秒。

 鑑定部門の長が目を見開いた。


「正確です。我々が一週間かけて導いた結論と完全に一致しています。星脈残滓の指摘に至っては——我々も見落としていた点です」


 大広間が一瞬静まり、次の瞬間、歓声が爆発した。


 冒険者たちが拳を突き上げている。

 テーブルを叩く者がいる。

 口笛が飛んだ。

 足踏みの振動が床を揺らした。


「星級だと!」

「あのカイトが!」

「核紋なしの石級だった奴だぞ!」

「嘘だろ、半年でS級かよ!」


 騒然とした広間の隅に、ヴェルナーが立っていた。


 壁に背を預け、腕を組んでいる。

 碧い瞳がカイトを見上げていた。

 口元が引き結ばれている。

 苦いものを噛んでいるような表情だった。


 かつて「核紋なしのゴミが銅級とは、ギルドも落ちたものだ」と言った。

 あの時のカイトは、怒りを堪えて拳を握った。

 今、そのカイトが壇上に立っている。

 歴史上五人目の星級冒険者として。


 ヴェルナーの瞳が細くなった。

 苦さの奥に、別の光が混じっている。

 羨望ではない。

 敵意でもない。

 純粋な敬意だった。

 全てを失い、鍛え直し、共に戦った後でしか生まれない種類の。


 ヴェルナーの唇が動いた。

 声は歓声にかき消されて届かない。

 だが読唇は暗闘の狩人の基本技術だ。

 1Fの暗闘で鍛えた目は、広間の端に立つ男の唇の動きを正確に捉えた。


 ——おめでとう。


 カイトの口が微かに動いた。


 ——次はお前の番だ。


 ヴェルナーが目を伏せた。

 壁にもたれた肩が、微かに震えていた。


* * *


 式典の終盤、ギルドマスターがもう一通の書状を取り出した。


「帝国からもう一件、通達がある」


 大広間が再び静まった。


「ヴァイスリッター家の名誉回復が、帝国により正式に決定された」


 ソフィアが息を止めた。


「百年前の反逆の罪は冤罪であったと認定され、ヴァイスリッター家は『帝国の真実を守ろうとした忠臣の家』として再評価される。これにより『没落騎士の家』の汚名は公式に撤回される」


 広間がざわめいた。

 冒険者たちの多くは、ソフィアの出自を知っている。

 「没落騎士の娘」として、パーティを組んでもらえなかった女が、壇上のすぐ下に立っている。


 ソフィアの目に、光が滲んでいた。

 唇を噛んでいる。

 泣くまいとしている。


 カイトが壇上から降りた。

 ソフィアの前に立った。


「聞いたか」


「聞いたわよ。……聞いた」


 ソフィアの声が震えていた。

 涙が一筋、頬を伝った。

 拭わなかった。


 大広間の冒険者たちが、二人を見ている。

 歓声が、少しだけ静かになった。

 泣いている女を前に、騒ぐ空気ではなかった。


 ソフィアが涙を拭った。

 深く息を吸い、顔を上げた。

 赤い目で、カイトを見た。


「嘘みたいね」


 カイトは首を振った。


「嘘じゃない。全部、俺たちが掴み取ったものだ」


 ソフィアの唇が震えた。

 笑おうとして、泣きそうになって、結局その両方が混じった顔になった。


 広間の隅から、聞き覚えのある声が上がった。


「星級と騎士の娘に乾杯だ!」


 人垣の後ろで、マルクが杯を掲げていた。

 隣でエルザが眼鏡の位置を直している。

 15Fで別れたきり、二人はこの街の浅層で稼ぎ続けていた。


 カイトが片手を上げた。

 マルクが親指を立て、そのまま人垣に紛れていく。

 追いかけて何かを言う必要は、もうなかった。


 歓声が戻った。

 杯を掲げる音が広間中に響いた。

 カイトとソフィアは壇上の前に並んで立っていた。


 スラムの孤児と、没落騎士の娘。

 白銀のプレートと、名誉回復の書状。


 ソフィアの頬を、もう一筋涙が伝った。

 今度は、拭わなかった。

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