表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
84/100

#84 ヴェルナーの告白

 焚き火を起こしたのはヴェルナーだった。


 カイトが炎属性を使えるのは知っている。

 だが自分で火を起こした。

 火打ち石で火口を作り、枯れ枝を丁寧に組み、息を吹きかけて炎を育てる。

 安定した火が上がるまでに三分。

 手慣れた動作だった。

 火打ち石の握り方も、息の吹き方も、最初の頃とは違う。


「うまくなったな、火起こし」


「嫌味か」


「事実だ」


 カイトは祠の壁に背を預けた。

 冷えた石壁が革鎧越しに背中を刺す。

 聖域山脈の夜は冷える。

 吐く息が白い。

 ソフィアは少し離れた場所で薬草の仕分けをしている。

 焚き火の明かりの端で、丁寧に葉を一枚ずつ選り分けていた。

 明日以降の戦闘に備えて、治癒用の素材を確認しているのだ。


 焚き火の明かりが二人の間を照らした。

 ヴェルナーは火の向こう側に座り、膝を抱えている。

 革鎧の傷が焚き火の光に浮かんでいた。

 自分で付けた傷。

 自分で鍛え直した二十日間の証。

 安物の革鎧の縫い目が一箇所ほつれかけている。

 だが繕った跡があった。

 自分で直したのだろう。


「カイト」


「何だ」


 ヴェルナーは膝を抱えたまま、火を見つめていた。

 碧い瞳に炎が映っている。

 揺れる炎が瞳の中で踊り、光と影が交互に横切った。


「お前は生まれた時から何もなかったんだよな」


「核紋が空だ。魔法ゼロ。冒険者適性ゼロ。名前もなかった。孤児院で先生がくれるまで」


「名前もなかったのか」


「核紋なしの孤児に名前をつける習慣がなかった。『そこの空っぽ』とだけ呼ばれてた。それが俺だった」


 ヴェルナーの顎が引き締まった。

 碧い瞳が焚き火から離れ、カイトの顔を見た。


「俺は逆だ。名前だけはあった。グリフォンハート家の三男、ヴェルナー。公爵家の血筋。名門の生まれ。だが中身は空っぽだった」


 焚き火が弾ける音がした。

 枝が崩れ、火の粉が舞い上がった。


「長男は外交の天才だ。父親の後継者として帝都中が認めている。次男は騎士として軍に入り、連隊長まで上り詰めた。三男の俺には何も期待されなかった。食事の席で話を振られることもない。存在しないのと同じだった」


「よくある話だろ。三男に居場所がないなんて」


「よくある話だ。だから冒険者になった。家門の名で食うのは嫌だった。自分の力で。自分の実力で。そう思ってた」


 ヴェルナーの声が低くなった。

 声の温度が、焚き火の暖かさとは逆に沈んでいる。


「炎B級の核紋はある。それは嘘じゃない。だが装備も訓練もパーティ編成も、全部ヴァレンシュタイン家の金だった。俺の金じゃない。家門に流れ込む資金で、最高の装備を揃えて、最高の支援要員を雇って、それで金級に上がった」


「知ってる」


「知ってるよな。お前が最初に見破った」


 カイトは何も言わなかった。

 ギルド審問の夜を思い出した。

 ヴェルナーが証言台に立ち、カイトを「危険な核紋喰い」として告発した。

 あの時のヴェルナーの目は、今とは別人だった。

 高価な鎧を纏い、金級のプレートを胸に下げ、自分の正しさを疑いもしない目。


「密告も、自分の意思だと思ってた。お前が目障りだった。核紋なしのゴミが、俺より速く上がっていく。銅級、鉄級、銀級と。プライドが耐えられなかった。だからギルドに通報した。核紋喰いは危険だと」


「派閥の幹部に焚きつけられてたんだろ」


「後で知った。あの通報を歓迎してたのは、俺じゃなくてギルド内のヴァレンシュタイン派だった。俺は駒だった。平民の有望株を潰すための道具として使われてた。自分の判断だと信じてた行動が、全部他人の手のひらの上だった」


 ヴェルナーの拳が膝の上で握られた。

 爪が掌に食い込んでいる。

 火打ち石で荒れた指の関節が白くなった。


「ヴァレンシュタイン家の資金が止まった時、全部が消えた。装備も支援要員もランクも。金級から鉄級に落とされて、高価な鎧は回収された。残ったのは炎B級の核紋と、借り物で固めた金級の記憶だけだ」


「惨めか」


「惨めだった。最初は。宿で一人、安物の毛布に包まって天井を見てた。三日くらい動けなかった」


 ヴェルナーが顔を上げた。

 碧い瞳が焚き火の光を受けて、琥珀に近い色に見えた。


「だが惨めだったのは、金級を失ったことじゃない。金級だった時の自分が、何一つ本物じゃなかったことだ。あの鎧を着て、あの剣を振って、あのパーティに守られて。それで『俺は強い』と信じてた。あの時が一番惨めだった」


 カイトは腕を組んだ。

 祠の石壁が背中に冷たい。


「四日目に立ち上がった。ギルドに行って、鍛え直しを申し出た。5Fからやり直す。受付のアリアに『正気か』と聞かれた。正気だと答えた」


「アリアに言われたのか。あいつは俺にも同じことを言ったぞ」


「お前の時は核紋なしだったろ。俺はB級の炎を持ってて5Fからやり直すんだ。もっと正気じゃない」


 カイトの口元が微かに動いた。

 笑ったのではない。

 だが、険のない顔だった。


「お前が俺の全てを壊してくれた」


 ヴェルナーの声に、怒りはなかった。

 静かだった。

 焚き火の音だけが、二人の間を埋めている。


「ありがとうと言うべきか、恨むべきか。まだわからない」


「どっちでもいい」


 カイトの声は平坦だった。


「お前は今、自分の足で立ってる。それだけが事実だ」


 焚き火が弾けた。

 火の粉が二人の間に舞い上がり、夜空に散った。


 ヴェルナーの目が細くなった。

 笑ったのか、泣きそうなのか、焚き火の光ではわからなかった。


「事実か。お前はいつもそれだな」


「事実以外に何がある」


「……そうだな。お前の言う通りだ」


* * *


 ソフィアが薬草の仕分けを終えて戻ってきた。

 焚き火の傍に座り、三人分のお茶を淹れた。

 携行用の茶葉だが、山脈の冷えた空気の中では十分に温かい。

 湯気が夜空に立ち昇り、焚き火の煙に混じって消えた。


「いい話してた?」


「してない」


 カイトとヴェルナーが同時に答えた。


 ソフィアが笑った。

 声を出さず、肩だけを揺らす笑い方だった。

 お茶の杯を二人に渡す手つきが、いつもより丁寧だ。


「そう。なら、続きをどうぞ」


「続きはない」


「ふうん」


 ソフィアは茶を飲みながら、二人の顔を交互に見ていた。

 何も言わなかった。

 だがその目が、穏やかだった。

 半年前にギルドの審問で対立していた二人が、焚き火を挟んで茶を飲んでいる。

 その事実を、ソフィアは静かに受け止めている。


 夜が深まった。

 山脈からの風が冷たい。

 焚き火の炎が風に揺れ、三人の影が祠の壁に踊った。

 星が出ていた。

 山脈の上に広がる夜空は、カスカーラの街中より遥かに星が多い。


 カイトが見張りの最初の番に立った。

 ソフィアがテントに入り、ヴェルナーが毛布に包まった。

 相変わらず薄い毛布だ。

 山脈の夜気には足りない。


 カイトは南の空を見た。


 何かが光った。


 微かな光だった。

 星ではない。

 地上から立ち昇る光。

 南の山道の向こうから、淡い光が近づいてきている。


 カイトの核紋が反応した。

 闇でも水でも炎でもない。

 星脈そのものの波動だ。

 体の奥で、星属性の種が共鳴するように震えた。

 胸の底から指先まで、微細な振動が走り抜けた。


「誰か来た」


 声に出していた。


「……星脈が反応してる。あの辺境の聖女か」


 カイトは祠の前に立ち、南の暗がりを見つめた。

 光が、少しずつ大きくなっていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ