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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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83/100

#83 山脈への道

 山道に入ると、空気が変わった。


 平地の温い風が消え、冷たく湿った空気が首筋を撫でる。

 足元の土が硬い。

 岩が剥き出しになった斜面を三人が登っていく。

 木々の背が低くなり、視界が開けた。


 西に聖域山脈の峰が見えた。

 雪を被った山頂が朝日に照らされ、白銀に輝いている。

 カイトの胸の奥で、星属性が微かに脈動した。

 山脈が近づくほど、脈動が強くなっている。


「近いな」


「ええ。あと半日で麓に着く」


 ソフィアが地図を畳みながら答えた。

 山道は街道から外れた獣道で、地図に載っていない部分も多い。

 岩の隙間に踏み跡があるだけだ。


 先頭を歩くヴェルナーが足を止めた。


「止まれ」


 低い声だった。

 カイトも気づいていた。

 前方の岩陰から、魔力の気配が滲んでいる。

 ダンジョンの魔物とは違う。

 星脈のエネルギーが外に溢れ出したような、不安定な波動だ。


 茂みが揺れた。


 跳び出してきたのは、灰色の毛並みの大狼だった。

 だが目が赤い。

 瞳の奥に星脈のエネルギーが渦巻いている。

 牙から紫色の蒸気が立ち昇り、唸り声が岩壁に反響した。

 体躯は通常の狼の二倍はある。

 毛の間から赤黒い光が漏れていた。


「星脈の影響で凶暴化してる。普通の狼じゃない」


 カイトの声に応じるように、岩陰から二頭目、三頭目が姿を現した。

 どの狼も目が赤く、通常より二回りは体が大きい。

 星脈のエネルギーを吸い込み続けた結果、肉体が変質している。


 先頭の大狼が吠えた。

 鋭い咆哮が山肌に跳ね返り、三重に反響した。


 三頭が同時に動いた。


* * *


 ヴェルナーの剣が振り下ろされた。


 炎が刃に宿っている。

 赤い光が剣筋に沿って伸び、正面から飛びかかった大狼の胴を薙いだ。

 切り裂くのではなく、炎で焼き切る。

 B級の炎属性が剣に凝縮されている。

 刃先から先端までの熱量の分布が均一だった。

 以前のヴェルナーなら、炎は大振りで制御が粗かった。

 今は違う。

 必要な場所に、必要な量の炎を纏わせている。


「腕を上げたな」


 カイトは左側から突進してきた二頭目を短剣で受けた。

 大狼の体重が腕にかかる。

 重い。

 星脈の影響で筋力が増している。

 だが地E級の怪力で押し返し、短剣を捻って大狼の脇腹に切り込んだ。

 赤い血が噴き出す。

 だが大狼は止まらない。

 傷口から紫色の蒸気が立ち昇り、肉が修復され始めた。

 星脈のエネルギーが再生を促進している。


「再生するのか。厄介だな」


 三頭目がカイトの死角から跳んだ。


「させないわよ」


 ソフィアの水流が三頭目の横腹を打った。

 水の壁が大狼を弾き飛ばし、岩壁に叩きつける。

 だが星脈で膨張した体は頑丈で、大狼はすぐに立ち上がり、再び突進してきた。

 口を大きく開き、紫の蒸気を纏った牙が迫る。


 カイトの右手が白銀に光った。


 星属性の断続的な覚醒だ。

 制御していない。

 勝手に反応した。

 大狼の体が透けて見える。

 核紋の構造が浮かび上がり、星脈エネルギーの流れが赤い線として映った。

 再生能力の核心が見えた。

 首の根元に、星脈のエネルギーが結節する一点がある。


「急所が見える。首の根元、星脈の結節点だ」


 カイトの短剣が大狼の首筋を捉えた。

 結節点を断つと、大狼の赤い目から光が消えた。

 再生が止まり、体が弛緩し、そのまま地面に崩れ落ちる。


 白銀の光が消えた。


 一分も持たなかった。

 膝に力が入らない。

 カイトは短剣を杖にして体を支えた。


「星属性の視覚、戦闘中に使うと体力の消耗がひどい」


「無茶しないで。ヴェルナーと私で対処できたわ」


「できてなかっただろ。三頭目は背後から来てた。再生能力もある。急所を断たなきゃ倒せない相手だ」


「それは」


 ソフィアが言い淀んだ。

 事実だった。


 ヴェルナーが炎の残り火を剣から払った。

 一頭目は完全に動きが止まっている。

 炎の断面が鮮やかだった。


「お前に言われると、複雑な気分だ」


「何がだ」


「腕を上げたな、とか。お前はいつの間にか師匠みたいな口を利く」


「師匠じゃねぇよ。事実を言っただけだ」


「その事実が複雑なんだ。半年前は俺が金級でお前は石級だった。今は」


 ヴェルナーは言葉を切り、剣を鞘に収めた。


「今は、俺が一番弱い」


「自覚があるなら上等だ」


 カイトの声に棘はなかった。

 ヴェルナーが一瞬だけ目を見開き、それから口元を緩めた。

 苦笑とも微笑ともつかない、妙に素直な表情だった。


* * *


 山道を登るにつれ、魔物の出現頻度が上がった。


 凶暴化した岩蜥蜴の群れを、ヴェルナーの炎とソフィアの水流で挟撃した。

 岩蜥蜴の鱗は星脈で硬化していたが、炎で表面を焼き、水流で裏返した隙にカイトが腹を突いた。

 星脈で膨張した大蟲を、カイトの風属性で吹き飛ばし、ヴェルナーが止めを刺した。

 大蟲の体液が岩に染みを作り、紫色に変色していた。

 連携が機能していた。


 カイトの星属性は断続的に発動と消失を繰り返した。

 数十秒だけ視界が開け、敵の急所が見える。

 だがその代償に体力が急激に消耗する。

 ソフィアの治癒が、カイトの消耗を補い続けた。


「お前が不安定な分を、こっちで埋めてる感じだな」


 ヴェルナーが水袋を差し出した。

 カイトは受け取って飲んだ。


「ああ。情けない話だが」


「情けなくはないだろ。新しい属性に体が慣れてないだけだ。ダンジョンで闇属性を喰った時もこうだったんじゃないか」


「闇はもっと楽だった。F級だからな。星は桁が違う。ランクすら測定できない属性だ」


 日が傾き始めた頃、三人は山の尾根に立った。


 眼下に谷が広がり、その先に聖域山脈の麓が見えた。

 岩肌と針葉樹の森に覆われた山裾に、小さな建物が見える。

 古い祠だ。

 石積みの壁と苔むした屋根が、夕暮れの靄の中に佇んでいた。


「あれが合流地点か」


「リーナの依頼書に書いてあった座標と一致するわ」


 三人は尾根を下り、谷を渡り、聖域山脈の麓に足を踏み入れた。

 足元の草が膝まで伸び、露が革鎧の裾を濡らした。

 谷底の小川を渡る時、水が異様に冷たかった。

 山脈から流れ出す雪解け水だ。


* * *


 古い祠の前に立ったのは、日が沈む直前だった。


 祠は思ったより小さかった。

 成人が三人入れば一杯になる程度の石造りの建物で、入口に聖紋の意匠が彫られている。

 百年前のものだろう。

 風化して半分以上が崩れていたが、紋様の名残は見て取れた。

 カイトの右手が微かに光った。

 星属性が聖紋に反応している。


 祠の前は開けた平地で、焚き火を囲める程度の広さがあった。

 背後に聖域山脈の峰が聳えている。

 雲に頭を隠した山頂は白銀に霞み、空との境界線が溶けていた。

 圧倒的な質量が目の前にある。


「……誰もいないな」


 カイトは平地を見回した。

 人の気配はない。


「鑑譜師も聖女も、まだか」


 夕靄が足元を這っている。

 静かだった。

 山脈からの風だけが、祠の壁を撫でて通り過ぎていく。

 カイトの核紋が、かつてないほど強く脈動していた。

 星属性が、この場所に反応している。


 封印の中心が、近い。

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