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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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82/100

#82 星属性の萌芽

 翌朝、カイトは焚き火の残り火の前に座っていた。


 夜明けの空が白い。

 鳥が遠くで鳴いている。

 ソフィアとヴェルナーはまだ眠っている。

 夜通し見張りを続けたカイトの目の下に、薄い隈が浮いていた。

 眠れなかったのは見張りのせいだけではない。

 胸の奥の白銀の脈動が一晩中続いていた。


 カイトは右手を開いた。

 掌の上に、何もない。

 だが目を閉じると、胸の奥に白銀の脈動が感じられた。

 昨夜よりも小さい。

 だが消えてはいない。


 空の器に吸収した八つの核紋が、中に収まっている。

 闇F級。水D級。地E級。炎C級。地C級。風B級。闇B級。光A級。

 容量は限界だ。

 もう一つでも喰えば、器が壊れる。


 その限界の器の底に、星属性の種が眠っている。


「試してみるか」


 カイトは目を閉じたまま、体内の属性を一つずつ意識した。


 まず闇を抑える。

 暗視に使っていた闇の核紋を、器の隅に追いやる。

 次に水。地。炎。風。光。

 八つの核紋を全て、器の壁面に押しつけるように封じていく。


 選別吸収で覚えた技術だった。

 呪核を取り込もうとして失敗した時、カイトは属性を「選ぶ」ことを学んだ。

 吸収の際に不要な成分を弾き、必要な部分だけを取り込む。

 あの時は吸収の話だったが、今は逆だ。

 体内にある属性を選んで封じ、一つだけ残す。


 一つずつ封じるたびに、体が軽くなる感覚があった。

 闇を封じると暗視が消え、視界が通常の暗さに戻った。

 水を封じると指先の潤いが消え、乾いた感触だけが残った。

 炎を封じると体の芯の温もりが引いた。

 風を封じると空気の流れを読む感覚が途切れた。

 光を封じると、胸の内の浄化の輝きが沈黙した。


 八つの核紋が沈黙した。


 残ったのは、星だけだった。


* * *


 白銀の光が、右手の掌に浮かんだ。


 微かな光だった。

 ソフィアの治癒の青とも、光属性の浄化の金とも違う。

 透き通った白銀。

 大気に溶けるように薄い光が、掌の上で揺れている。


 痛みはなかった。

 昨夜の暴走とは違い、星属性だけを残した状態では体への負荷が少ない。

 八つの核紋が星に引き寄せられて暴れていたのだ。

 星だけにすれば、静かだった。


 カイトは右手を地面に近づけた。

 足元に転がっていた小石に、白銀の光が触れる。


 石の内部が透けた。


 結晶構造が、線画のように浮かび上がった。

 微細な亀裂の位置まで見える。

 星脈のエネルギーの通り道が、極めて薄い線として石の中に走っている。

 石には石の核紋がある。

 この世界の全てに星脈が流れていることを、今初めて実感した。


「これは」


 カイトは木の枝を拾い上げた。

 白銀の光が触れると、木の繊維が透けて見えた。

 年輪の数まで数えられる。

 そして、微量だが木の中にも核紋の残滓がある。

 星脈のエネルギーが大地から木に浸透した痕跡だ。


 今度は自分の左手に右手を近づけた。

 白銀の光が左手の皮膚を透過する。


 核紋が見えた。


 器の中に格納された八つの核紋が、色分けされた光の紋様として浮かび上がっている。

 闇は紫。水は青。地は茶。炎は赤。風は緑。光は金。

 封じているから微かだが、確かにそこにある。

 そして器の底に、白銀の点が一つ。

 星属性の種だ。

 薄い殻に包まれたように揺れている。


「喰わなくても、核紋の中身が見える」


 声に出した。

 空の器は、触れて吸収する力だった。

 だが星属性の視覚は、触れるだけで構造を読む。

 喰わずに見る。

 吸収の必要すらない。


「吸収の上位互換か。いや、方向が違う。喰うのではなく、見る。読む。理解する」


 光が揺れた。

 指先の白銀が薄くなり始めている。


 カイトは光を維持しようとした。

 意識を集中し、胸の奥の星属性に力を注ぐ。

 だが星の脈動は自分の意志では制御できなかった。

 炎や水のように「使おう」として使える属性ではない。

 星属性は、まだカイトの言うことを聞かない。

 手綱のない馬に跨がっている感覚に近い。

 走りたい時に走り、止まりたい時に止まらない。


 三分。


 それが限界だった。

 白銀の光が右手から消え、カイトの視界が通常に戻った。

 木の枝はただの枝に。

 石はただの石に。

 核紋の構造は見えなくなった。


 同時に、封じていた八つの核紋が器の中に戻ってきた。

 闇の暗視が復帰し、水の潤いが指先に戻り、体の芯に炎の温もりが戻る。

 いつもの感覚だ。

 だが、あの白銀の透視を経験した後では、八つの核紋がひどく粗く感じられた。


* * *


「やってたわね」


 ソフィアがテントから出てきた。

 髪が乱れている。

 目が半分しか開いていない。


「見てたのか」


「光で起きたのよ。白銀の光が漏れてた」


「悪い」


「で、どうだったの」


 カイトは立ち上がり、体の埃を払った。


「星属性の断片だ。右手に宿らせると、触れたものの核紋構造が見える。石でも木でも、自分の核紋でも。だが三分しか持たない」


「三分。それは」


「足りない。全然足りない。封印の修復に使うなら、最低でも数時間は維持しないと話にならない。完全覚醒には封印の核との共鳴が要る」


 ソフィアが髪を結び直しながら、カイトの右手を見た。


「副作用は」


「今のところない。昨夜みたいに八つの核紋と干渉しなければ、星だけなら負荷は少ない」


「つまり、使う時は他の全属性を封印する必要があるのね」


「ああ。星属性を使ってる間は、他の属性は全部使えない。戦闘中に使うなら、三分間は丸腰になる」


「丸腰のあんたを三分守れって?」


「そうだ」


「いつものことね」


 ソフィアの口元がわずかに緩んだ。

 カイトが核紋を喰らう時の無防備な数十秒を、半年間守り続けてきた女だ。

 三分なら、やれる。


 ヴェルナーが毛布から半身を起こした。

 寝癖がついた茶髪が跳ねている。


「共鳴って何だ」


「25Fで封印の核に触れた時、アリーシアの記憶が流れ込んできた。あの核紋には百年分のエネルギーが蓄積されてる。聖域山脈にも同じ封印の核がある。そこで触れれば、体内の星属性が共鳴して完全に覚醒するかもしれない」


「かもしれない、か」


「確証はない。ただの直感だ」


 カイトは西の空を見た。

 山並みが朝靄の向こうに薄く見える。

 聖域山脈は、もう近い。


「聖域山脈の封印の中心。あそこで全属性を注ぎ返せば、星が完全に目覚めるかもしれない」


 言いかけて、止めた。

 息を吐き、声のトーンを落とした。


「……いや。目覚めなくても構わない。俺は俺の仕事をするだけだ」


 ソフィアが水袋を投げてきた。

 カイトは片手で受け取り、水を飲んだ。


「朝飯にしよう。今日中に山脈の麓まで行くぞ」


「今日中? まだ三日はかかるんじゃ」


「星脈が濃くなってる。体内の星属性が反応する前に着きたい。昨夜みたいな暴走をもう一度やるのは御免だ」


 ヴェルナーが立ち上がり、毛布を畳み始めた。

 文句は言わなかった。

 安物の革鎧を身につける動作は、以前より手際がいい。


 三人は携行食を手早く食べ、荷物をまとめた。

 硬い黒パンと干し肉を噛みながら、カイトは地図を広げた。

 ソフィアが峠の位置を指で示す。

 ヴェルナーが水場の見当をつける。

 三人の役割が自然に分かれていた。


 カイトは歩き出す前にもう一度、右手を見た。

 白銀の光は消えている。

 だが掌の奥に、あの透視の感覚が残っていた。

 見えなくても、そこにある。


 星は、確かに芽生えていた。

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