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核紋が空の最弱冒険者、魔物を喰らって全属性で成り上がる  作者: 景都 (けいと)


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81/100

#81 封印の余波

 異変は、三日目の夜に起きた。


 街道を外れ、山間の獣道を歩いていた時だった。

 ヴェルナーが先頭で枝を払い、カイトが中央、ソフィアが後方。

 三人の隊列が夕暮れの森を進んでいる。

 足元には落ち葉が厚く積もり、踏むたびに湿った音を立てた。

 鬱蒼とした木々の隙間から、西日が赤い筋を落としている。


 カイトの胸が脈打った。


 核紋の鼓動ではなかった。

 もっと深い場所で、何かが蠢いている。

 闇でも、光でも、炎でもない。

 八つの核紋のどれとも違う鼓動が、鳩尾の奥から全身に広がった。


「っ」


 カイトの足が止まった。

 右手の甲に白銀の光が走った。

 血管のように枝分かれする光の筋が、手首から肘へ、肘から肩へと駆け上がっていく。


「カイト」


 ソフィアが駆け寄った。

 カイトは膝をついていた。

 右手が、光っている。

 白銀の光だ。

 ダンジョン25Fで見た、封印の核と同じ色の。


「何、これ。核紋の暴走?」


「違う。暴走じゃない。中から……何かが出てきてる」


 光が強くなった。

 カイトの肌から白銀の粒子が零れ落ち、足元の草が揺れた。

 風もないのに。

 粒子が落ちた地面の落ち葉が白く変色し、枯れ葉の繊維に光の線が浮かんだ。

 星脈のエネルギーが地面に染み込んでいる。


 ヴェルナーが振り返った。

 抜きかけた剣の手が止まっている。

 魔物の気配ではない。

 カイトの体から溢れる光に、周囲の木々の影が長く揺れた。

 ヴェルナーの碧い瞳が見開かれていた。


「何が起きてる」


「封印の核だ。25Fで触れた時に、吸い込んでたらしい」


 カイトは歯を食いしばった。

 体の中で八つの核紋が渦を巻いている。

 闇が、水が、地が、炎が、風が、光が。

 全てが一点に向かって引き寄せられていく。

 胸の奥に生まれた白銀の核に、八つの力が吸い込まれるように融合を始めた。


「ぐっ」


 痛みが来た。

 核紋の容量が限界に達している状態で、新しい属性が芽生えようとしている。

 器が軋む音が、自分にだけ聞こえた。

 腹の底から頭蓋の裏まで、電撃のような衝撃が貫いた。

 視界の端が白く潰れ始める。

 指先の感覚が遠くなった。


 呪核を吸おうとした時とは違う。

 あの時は反転エネルギーが器を侵食した。

 今は器の中身が全て、一つの点に凝縮されようとしている。

 融合だ。

 八つの核紋が勝手に星へと融けようとしている。


「ソフィア」


「わかってる」


 ソフィアの両手がカイトの背中に当てられた。

 水属性の治癒が流れ込む。

 青い光が白銀の光と絡み合い、暴れる属性の流れを宥めていく。


 だが足りない。

 星属性の萌芽は、水の治癒程度では鎮まらない。

 カイトの額に汗が噴き出した。

 視界が白く明滅する。


「全力で抑えろ。属性の融合が始まってる。止まらないと器が壊れる」


「止めてるわよ。あんたの体が抵抗してるの」


 ソフィアの声に緊張が滲んだ。

 治癒の光を最大出力にまで引き上げている。

 B級の水属性が全開で巡り、カイトの体内を駆け抜けた。


 ヴェルナーが膝をついてカイトの肩を掴んだ。


「おい、意識を保て」


「触るな。星脈が伝わる」


 ヴェルナーの手が弾かれた。

 カイトの肩から白銀の光が放電のように跳ね、ヴェルナーの掌を焼いた。

 赤い火傷の跡が掌に浮いている。

 だがヴェルナーは手を引かなかった。


「俺の炎で何かできないか」


「できない。これは核紋の問題だ。外から干渉しても意味がない」


「だったら見てるしかないのか」


「見てろ。ソフィアが何とかする」


 ソフィアの治癒が深度を増した。

 水の流れが青から蒼へ、蒼から藍へと色を変える。

 カイトの体内を巡る治癒のエネルギーが、暴走する八つの核紋を一つずつ引き離していく。


 闇を押さえる。

 水を鎮める。

 地を固定する。

 炎を冷ます。

 風を止める。

 光を遮る。


 白銀の光が、少しずつ引いていった。


 融合しかけた八つの核紋が、元の位置に戻っていく。

 胸の奥の白銀の核が、薄く脈動を続けている。

 消えてはいない。

 だが、今は鎮まった。


* * *


 カイトは木の根元に座り込んだ。


 息が荒い。

 全身に汗が張りついている。

 革鎧の内側が体温で蒸れ、肌に貼りついて不快だった。

 手の甲を見ると、白銀の光の筋が薄く残っていた。

 蛍のように明滅し、やがて消える。


「星属性」


 声に出すと、言葉の重さが喉に引っかかった。


「25Fの封印の核に触れた時、微量の星脈エネルギーを吸い込んでた。核紋喰いの無意識の吸収だ。普段は倒した魔物からしか喰わないが、封印の核は規格が違う。触れただけでエネルギーが流れ込んできた」


「それが今になって暴れ出したってこと?」


「山脈に近づいてるからだろう。聖域山脈の星脈と共鳴して、体内の星属性が活性化した」


 ソフィアが水袋をカイトに渡した。

 カイトは半分を一気に飲んだ。

 冷たい水が喉を通り、体の芯まで落ちていく。

 ソフィアの額にも汗が浮いていた。

 全力の治癒は術者にも消耗を強いる。


「星属性……伝説の属性が、俺の中で目覚めようとしてる」


「目覚めたら、どうなるの」


「わからない。核紋喰いで喰った属性は全部、使い方を体が覚えた。闇なら暗視、水なら水中呼吸、そういう対応関係がある。だが星属性は別だ。喰ったんじゃない。勝手に入ってきた。制御の手がかりがない」


「文献にもないってこと?」


「文献なんかねぇよ。誰も経験してない」


 ヴェルナーが焚き火の準備を始めていた。

 枯れ枝を集め、火口を組んでいる。

 カイトのように炎属性は持っていないが、火打ち石で手際よく火を起こした。

 二十日間の鍛え直しが、こういう基本動作にも表れている。

 かつて高級装備に守られていた男が、地面に膝をついて火口に息を吹きかけている。


 火が燃え上がると、林の中が橙色に染まった。

 カイトは焚き火の光を見つめた。

 胸の奥で、白銀の脈動がまだ続いている。

 小さく、だが確実に。


「ソフィア。さっきの治癒、どのくらい持つ」


「わからない。一時的に抑えただけよ。また星脈の濃い場所に入ったら再発する可能性がある」


「そうか」


「そうかじゃないわよ。次は抑えきれないかもしれない。あんたの器、もう限界なの。その上に星属性なんて乗せたら」


「乗せたくて乗せてるんじゃねぇ。勝手に芽生えてきてるんだ」


「わかってるわよ。だから余計に厄介だって言ってるの」


 ソフィアの声が強くなった。

 だがその奥に、別の響きが混じっている。

 カイトの体が壊れることへの、隠しきれない不安。


「その時は、また頼む」


 ソフィアが口を閉じた。

 焚き火の光が頬を照らしている。

 何か言いたげだったが、飲み込んだ。


 沈黙の間に、ヴェルナーが火の向こう側に座った。

 膝に肘をつき、カイトの顔を見ている。

 碧い瞳に、焚き火の光が揺れていた。

 火傷した掌を膝の上で開いたり閉じたりしている。


「カイト」


「何だ」


 ヴェルナーの声が震えた。

 小さく、だが明確に。


「お前の体から——星が見えた」


 カイトはヴェルナーの目を見た。

 碧い瞳の奥に、驚きと、畏れと、それから少しの羨望が混じっている。

 かつて「核紋なしのゴミ」と嘲った男が、今、カイトの中に伝説の属性を見ている。


「ああ。見えたんだろうな」


 焚き火が弾け、火の粉が夜空に舞った。

 星と火の粉の区別がつかない。

 カイトの胸の奥で、白銀の脈動が静かに答えた。

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